胎間忍 作:内府
美濃国岐阜城、この城の一室を新たに側室となった響子に与えられていた。
響子がこの城から逃げ出したあの日、信長に見つかりもはや自分の胎の子を失うかと思ったがまさか側室になるとは思いもしなかった。
側室となった響子ではあるが今のところ信長から夜伽を命じられることはなかった。
これは信長が響子の胎の子のことを気遣っていたことが理由であった。
ただ信長は響子に何ら関心がないわけではなく、信長は政務の合間を縫っては響子の元に足繁く通っていた。
響子に足繁く通う信長であったが二人きりになれることは少なかった。
なぜなら響子が自室にいるよりもお市の部屋にいることが多く必然的に信長もお市の部屋に行くことが増えた。
この日も響子はお市の部屋に赴きお市の姫達と遊んでいた。
茶々「義姉上様ー、カルタというもので遊びましょー。」
響子「カルタですか?それはいったいどのようなものでしょう?」
茶々「ふっふーん、こちらです。」
茶々が取り出したのは絵の書かれた札であった。
戦国時代のカルタは現代のものとは違いトランプに近かった。
茶々は得意気にカルタを並べて響子に遊び方を説明していた。
今回の遊び方は今で言う神経衰弱であった。
初「初もするー!」
響子「それでは初様も交えて3人でいたしましょう。」
こうして行われた1回目のカルタは茶々が1位で響子、初と続いた。
響子「茶々様はお強いですね。」
茶々「ふっふーん、そうでしょう、そうでしょう。」
初「ううっもーいっかい!もーいっかい!」
茶々「仕方がないのお、もう一回じゃ。」
茶々は1位になれたことと響子に褒められたことが嬉しく気をよくしていたが、最下位の初は悔しそうに再戦を求め茶々がそれに応じた。
2回目のカルタでは1位は響子で僅差で茶々が2位となりまたしても初が最下位となった。
初「うぅ…また負けた…」
響子「初様、もう一戦いたしましょう。」
響子に励まされ初は頷き、3回目のカルタが行われた。
3回目のカルタでは前回と同じく響子が1位で2位に初がつけて最下位は茶々となった。
初「やったあ!姉様に勝てた!」
響子「お見事でした、初様。」
姉に勝てた初を響子が優しく頭を撫でた。
初「えへへっ。」
茶々「ぐぬぬぬ、もう一回、もう一回じゃ!」
響子に撫でられて嬉しそうにしている初に嫉妬した茶々は再戦を求めた。
こうして行われた4回目のカルタでも最下位は茶々で、5回、6回と続けるもその度に茶々は最下位であった。
むきになった茶々はまたしても再戦を望んだがその時に信長が響子を訪ねてお市の元へやってきた。
一同に緊張が走り、かしこまって信長を迎えた。
信長「よい、皆楽にせよ。」
それだけ言うと信長は当然のように響子の隣へと座りさりげなく彼女の手を上から握った。
信長「響子よ、今まで何をしておったのだ?」
響子「カルタでございます。お舘様もされますか?」
信長「いや、儂は其方がしておるところを見るだけでよい。」
信長は微笑みながら響子に答えた。
その様子を見ていたお市の侍女達は信長が微笑んでいることに驚いた。
信長は第六天魔王と恐れられ、この年の正月には朝倉義景と浅井親子の髑髏を箔を施して家臣の前で酒宴を開くほど冷酷で知られていた。
そんな信長が響子に対して微笑んでいることがお市の侍女達は信じられずに驚いてしまった。
お市「あの、兄上。一つお願いの儀がございます。」
信長「何じゃ?」
響子に会えて機嫌を良くしている信長にお市が願い出た。
お市「長政様の首を返していただきたいのですが。」
信長「であるか。」
お市の願いに信長は即答せずに思案していた。
響子はお市のこの願いに同情していた。
響子の最愛の夫、惣一郎は首をなくして帰ってきた。
できることなら長政の首をお市の元に返してやりたいと思った。
響子「お舘様、私からもお願いします。どうか、お市の方様の元へ長政様の首をお返しくださいませ、」
お市「義姉上様……。」
信長「ふむ…響子が申すなら。市よ、長政が首その方に返すゆえ弔ってやれ。」
お市「ありがとうございます、兄上。」
信長は響子に流されたのか、お市の願いを許した。
響子「ありがとうございます、お舘様。」
信長「なに、気にするな。」
お市「ありがとうございます、義姉上様。真にありがとうございます。」
お市は響子の協力により長政の首が戻ってきたことに感激し涙を流した。
響子「良いのですよ、お市の方様。愛するお方を弔うことは遺された者の務めですから。」
お市「うっうっ、…義姉上様……。」
感極まって泣いているお市を見て茶々も思わず涙してしまった。
初「泣かないで、母上、姉様。」
そんなお市と茶々を初が彼女達の傍らで慰めていた。
信長は響子に流されて甘いことをしたと内心では苦笑していた。
この時、部屋の外から早足で近づく足音が聞こえ襖の外から信長を呼ぶ声がした。
信長がそれに応えて襖を開けると小姓がおり、信長に一報を耳打ちした。
信長「すまぬが、急用ができた。」
それだけ言うと信長は先ほどの小姓と共に慌ただしく退出した。
残された響子は未だに泣いている茶々の傍へ行き茶々を抱き締めて彼女をあやした。
信長が告げられたのは山科言継の来訪であった。
山科言継は公家の一人で諸国を巡り朝廷の支援を求める公家の中でも特異な人物であった。
朝廷の支援をした武家はその支援の見返りに官位などを貰うことがあった。
この時の信長は官位などよりもより大きな見返りを求めるつもりでいた。