胎間忍 作:内府
美濃国岐阜城、この城のダンゾウらに与えられている一室に滝川一益が訪れていた。
滝川一益の前にはダンゾウら3人が控えて、彼から信長の命を受けていた。
滝川一益「我ら、甲賀衆は京での監視を強めるようにお舘様より命じられた。その方らも我らと京に移りこれに協力してもらう。」
ダンゾウ「いいだろう。話はそれだけか?」
滝川一益「以上だ。」
滝川一益は信長からの命を伝えるとさっさとダンゾウらの部屋から退出してしまった。
残されたダンゾウは内心忸怩たる思いでいっぱいだった。
胎間忍を狩ることができず、甲賀衆の下請けのような仕事をさせられることに腹が立つが何より、信長が自分達が処理しようとした響子を寵愛していることに苛ついていた。
ダンゾウには野心があった。
長きにわたり忍びとして陰の働きをしていたダンゾウは日のあたる場所で働いてみたかった。
そのためには実力さえあれば、出世のできる織田家に取り入り士分に取り立てられることを目論んだ。
しかし、現実的にはダンゾウの前には甲賀衆を率いる滝川一益が立ちはだかりダンゾウの陰の働きを埋もれさせていた。
ダンゾウはまだ気づいていないが仮に士分に取り立てられたとしても今度は明智光秀や羽柴秀吉といった織田家の名将と出世競争を繰り広げなければならず、彼が以前下に見て軽くあしらった森蘭丸は小姓として信長に可愛いがられておりダンゾウの前途は厳しいものがあった。
オビト「京へ行くのか?」
ダンゾウ「仕方あるまい、我らも京へ行くぞ。」
こうしてダンゾウら3人は甲賀衆と共に京へと赴き、陰の働きをすることとなった。
同じ頃、岐阜城の当主の間で信長はうつらうつらとしていた。
信長は人間五十年の内を有効に使うために活動的な生活を送り朝は早くから起きて昼寝など全くしなかったのだが、このところ様子が違っていた。
響子が側室に来てから二人きりの時は信長は彼女の膝の上で寛ぐことが増えた。
今も響子に膝枕をさせていた。
響子の温かく柔らかい膝の上に頭を載せていると自然と眠気が湧き、ついつい眠くなってしまった。
響子は自分の膝の上で安らかにしている信長を見ていると普段の覇気に溢れた信長との差に母性がくすぐられていた。
信長が微睡んでいると襖の外で控えていた小姓が滝川一益の来訪を告げた。
信長は響子の膝上から起きるといつものような覇気のある織田家の当主の姿になり滝川一益を通すように命じた。
滝川一益「失礼いたします。…これは響子様、お邪魔いたしました。」
響子「いえ、お構いなく。」
信長「一益、用件はなんじゃ?」
響子が他の男と話しているのを見て信長は少し苛ついた。
滝川一益「はっ。ダンゾウらに甲賀衆の協力を命じ来奴らも了承しました。これよりそれがしも京へ向かい明智殿をお助けします。」
信長「であるか。キンカンには期待しておると伝えておけ。」
滝川一益「はっ!ではこれにて御免つかまつる。」
滝川一益が御前を下がり、再び響子と二人きりになった。
響子「お舘様、すねておられますか?」
信長「そうではない。」
響子はいつもよりとげのある信長の声に気がついていた。
響子「滝川様は大切なご家来衆のお一人です。どうか大事になさって下さい。」
信長「分かっておる。……それより響子よ京へ行ったことはあるか?」
響子に小言を言わればつの悪くなった信長は話をすり替えた。
響子「京…でございますか?まだ行ったことは在りませんね。」
信長「であるか。…近く、京へ上りキンカンの後押しをするつもりじゃ。その折にお主も供をするか?」
響子「まあ、よろしいのですか?」
信長「儂が許す。京を見物してまいれ。」
響子「お舘様はどうなさるのですか?」
信長「儂は他に用がある。」
そう答えた信長であったが響子の寂しそうな顔を見て慌てて付け加えた。
信長「ので、あまり長くは供に見物ができぬがそれでも良いか?」
響子「ありがとうございます、楽しみにしております。」
響子の晴れやかな顔に信長は安堵した。
数日後の京では依然として雪が積もり全てを白く包んでいた。
京には明智光秀の屋敷があり、この屋敷は彼の主がいつ宿泊してもよいようにそして公家や他の大名の接待に使えるように立派なものであった。
この屋敷の客間に主人の明智光秀と2人の男が顔を合わせて何やら話し合っていた。
一人は権大納言山科言継でもう一人は織田家重臣滝川一益であった。
明智光秀「…それでは山科様、公卿の方達の説得ははかどっておられますか?」
山科言継「ええ、半数の公卿は賛同しております。頑なに反発する者もいますが、頂いた金子が効いたのか意見を変える者もおります。」
明智光秀「それは何より。不足があればお申し付け下さい。追加の金子をご用意します。」
山科言継「かたじけない。」
明智光秀「滝川殿、他家の動向はいかがです。」
滝川一益「既に配置した甲賀衆からの報せでは本願寺の間者が妨害を仕掛けてきたようだが、その間者はもうこの世にはいません。他に武田や三好などの間者も紛れているようですが見つけしだい殺すように命じています。」
明智光秀「それでかまいません。何としても蘭奢待の切り取りを成功させましょう。」
明智光秀の呼びかけに山科言継と滝川一益が頷いた。
明智光秀の脳内には彼の主と朝廷が一体となってその大義の下に天下を一統するそんな構想が思い浮かんでいた。
その大義のためにも明智光秀は全身全霊をかけて京を奔走することを誓った。
京の古寺の門前でカカシは一人虚無僧に化けて托鉢をしていた。
彼の目的は甲斐との繋ぎの忍びとの待ち合わせであったが相手は一向に訪れて来なかった。
最近の京では織田家に敵対する忍びが姿を消すことが増えていた。
カカシは間もなく京で何かが起こることを予測し調査することを決めた。