胎間忍 作:内府
雪の積もる京の都を一人の行商人が歩いていた。
この行商人はあちこちと歩き回って京の商店を訪れていた。
そんな行商人を二つの陰が追いかけていた。
この陰は滝川一益配下の甲賀衆で京の都で活動する他家の忍びを抹殺する密命を帯びていた。
そのため、行商人や浮浪者といった者達を見つけては尾行し、怪しいと判断すれば即座に殺した。
この2人の甲賀衆も町で見かけた行商人を尾行し観察していた。
見た限りでは何ら不審な点もなくそろそろ引き上げようかと考えていた矢先、人通りの少ない角を曲がったかと思うとその姿が消えていた。
甲賀衆はさては先ほどの行商人は他家の忍びだったかと慌てて探すもその陰も形も見当たらなかった。
町人風の甲賀衆「くそっ!逃したか。」
侍風の甲賀衆「仕方がない、滝川様に報告するぞ。」
町人風の甲賀衆「ああ。」
行商人を見失なった甲賀衆は仕方なく彼らの上役に報告し指示を仰いだ。
2人の甲賀衆がその場を立ち去った頃、雪で覆われた地面の下から先ほどの行商人が現れた。
この行商人の正体はカカシであった。
カカシはこのところ武田の忍びと連絡がつかないことに疑念を抱き自ら行商人に扮して囮を務め敵の正体を探った。
カカシ「滝川……、甲賀衆か。」
先ほど自分を見失った忍び達が言っていた滝川という人物からすぐに滝川一益が思い浮かんだ。
武田の忍びとして織田家との諜報戦を繰り広げる上で最大の敵が滝川一益と彼の率いる甲賀衆であった。
その滝川一益と甲賀衆が京で何をしているのか、カカシの頭に引っかかった。
ひとまず、京へ潜伏しているアサギ達に甲賀衆の活動が活発になっていることを伝える必要があった。
カカシは行商人の出で立ちから瞬く間に侍へと変装するとアサギ達の住み家へと歩き出した。
同じ頃、京の別の場所でも甲賀衆が京に潜り込んだ忍びを追い詰めていた。
この忍びは本願寺から送り込まれて托鉢僧に化けていたが、甲賀衆から疑われたことに気づくとすぐさま逃げ出した。
この本願寺の忍びは脚に自信がありこのまま走り抜ければ脱出できると考えていた。
ただ、この忍びは不運なことがあった。
この時、甲賀衆だけではなく虚無僧に扮したダンゾウの配下の包帯男も居合わせた。
甲賀衆「くそっ!なんて速さだ、このままでは奴に……えっ!」
逃走する本願寺の忍びを追跡する甲賀衆が諦めかけたその時、自分の後ろにいた包帯男が一瞬で甲賀衆を抜き去り本願寺の忍びへと追いつこうとしていた。
本願寺の忍び「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、……ピギャ!!!」
全速で走る本願寺の忍びに瞬く間に追いつき包帯男が拳を突き出すと本願寺の忍びの頭部へとめり込み西瓜のように割れて脳漿がぶちまけられた。
本願寺の忍びのぶちまけられた脳漿が雪の上に赤い花を咲かせた。
甲賀衆「ハァハァハァ、あんたすごいな。ただ目立ちすぎる。処理はしとくから先に帰んな。」
息を切らせて追いついた甲賀衆の提案に包帯男は黙って頷き、京での甲賀衆の宿へと帰って行った。
残された甲賀衆は包帯男の身体能力の高さに畏れを抱くとともに忍びには向いていないのではないかと思った。
京の明智邸でこの屋敷の主と客人として宿泊している滝川一益が明智光秀の私室で火鉢を囲いながら京での活動を報告していた。
明智光秀「明日は連歌、明後日は茶会と公卿方をお招きして、蘭奢待の件の協力を取り付ける予定です。そちらの活動はいかがですか?」
滝川一益「順調です。今日も幾人かの鼠を始末することができました。他国の者でこの件に勘づいている者はおらんでしょう。」
そう答えた滝川一益であったが一抹の不安があった。
先ほど配下の甲賀衆から一人の行商人風の男を取り逃がしたと報告があった。
明智邸の付近の警戒は厳重で他家の忍びが入り込む隙間もなく蘭奢待の件の情報が漏れているとは考えにくかったが、甲賀衆から逃れられる程の忍びの存在が滝川一益を不安にさせた。
明智光秀「滝川殿、何か不安がおありですか?」
滝川一益の顔色が気になった明智光秀が声をかけた。
滝川一益「いえ、鼠というのは狩っても狩ってもきりがないと思っただけです。」
明智光秀「さようですか。滝川殿のお働きには目を見張るものがおありです。これからもともにお舘様の下精一杯忠勤に励みましょう。」
滝川一益「そのとおりです。」
明智光秀「そういえば、先ほど岐阜からの使いで近くお舘様が京に参られるとのことです。それがしの役目の後押しをしてくださるとのことでした。それと、響子様もご一緒とのことです。」
滝川一益「それは何より。明智殿の仕事もはかどりますな。それにしてもこのところお舘様はいたく響子様を気に入っておいでですな。」
明智光秀「そうなのですか?」
滝川一益「ええ。岐阜から京へ向かう挨拶の際にはずっとお側に響子様がおられて、一言響子様にお声をかけただけでお舘様の機嫌を損ねてしまいましたよ。」
滝川一益は岐阜城でのことを思い出して、主君の響子への寵愛の深さを痛感した。
明智光秀「それは災難でしたな。お舘様にかような一面がおありとは。」
滝川一益「全くです。ですがお舘様のそのような一面を見られたことと響子様の美しい姿を見ることができた分だけ儲けもんですかな。はっはっは。」
滝川一益の笑いに釣られて明智光秀も笑い出した。
彼らは主君を畏れてもいたが同時に敬愛しており、彼らの主君が甘党なことなどを酒の肴にして笑い合うこともあった。