胎間忍 作:内府
京の中心から外れた一角にアサギ達の潜伏先の住居があった。
このところ、サクラはもっぱら外に出て桂女の仕事をして生活費を稼いでいた。
時たまカカシもやってきて銭を置いていくが主な収入源はサクラであった。
サクラは桂女に扮して行商人の真似事や遊女そして産婆といったことをしておりアサギ達の元に帰ってくるのは夜になってからというありさまだった。
また、ムラサキもようやくアサギの許しを得て外に出ることが許された。
ムラサキの腹は赤子が成長し目立つようになっていたが、それでもアサギ達の役に立とうと丸々と張り出た腹を抱えて行商の真似をして京の町を歩いた。
そのためアサギ、凜子、ユキカゼの3人で隠れ家にいることが増えた。
ユキカゼは悪阻により嘔吐を繰り返して横になり休まざるをえなかった。
アサギと凜子はそんなユキカゼの看病をしながらムラサキとサクラが行商で取り扱う魔除けの札や仏像や草鞋の作成という内職をしていた。
今も囲炉裏を囲んでアサギと凜子は魔除けの札を作成し、ユキカゼは安らかに眠っていた。
アサギは弟子の2人と過ごしていると10年近く前のことを思い出していた。
その頃のアサギは内弟子として凜子と2人暮らしだったものにユキカゼを加えた3人暮らしになった。
元々、ユキカゼは母親の不知火と2人で暮らしていたが不知火が任務から帰って来なかったので1人になったユキカゼをアサギが引き取った。
引き取られて初めの頃のユキカゼは泣いてばかりで俯きがちな少女であったが、徐々にアサギと凜子に打ち解けて明るさを戻していった。
今はアサギは妹のサクラと2人暮らしでサクラ1人でも十分に騒がしかったが、3人の時と比べると少しだけもの寂しかった。
アサギは魔除けの札に不動明王の絵を判で押しながら凜子に話しかけた。
アサギ「ねえ、凜子。こうしているとなんだか昔を思い出すわね。」
凜子「ええ、師匠と私とそれからユキカゼ。3人で暮らしていた頃を思い出します。」
凜子は札へ魔除けの呪文を書きながら応え、昔のことを思い出して語り始めた。
凜子「初めてユキカゼが師匠の家にやって来た時はとても嬉しかったんですよ。」
アサギ「あら、そうだったの?」
凜子「ええ、師匠を独り占めしていた所に割り込んできてへそを曲げたこともありましたが、本心では妹ができたと喜んでいました。」
アサギ「そうね、貴女はずっと一人っ子だったものね。」
凜子は胎間忍の里で育ったが本当の親の顔は知らなかった。
任務から帰ってきたくノ一が拾ってきた赤子でそうしたことは珍しくなく、里でひとまとめにされて育てられてその後アサギの元に預けられた。
凜子「そういえば、覚えていますか?いつだったか師匠が急な病で倒れた時のことを。」
アサギ「ええ、貴女が看病してくれて回復したのよね。あの時はたしかユキカゼも一緒に寝込んでいた気がするわ。」
凜子「そうです。実はあの時ユキカゼは師匠のために薬草を採りに山に入っていたのです。」
アサギ「えっ、そうだったの。」
アサギは自分が知らないうちにユキカゼがそのようなことをしていたことに驚き、作業の手を止めた。
凜子「はい、事実です。私が師匠の看病に気を取られているうちに一人で山に入りました。ユキカゼがいなくなったことに気づき私が後を追いかけて見つけたときには雨に濡れていながらもその手には薬草を掴んでいました。ユキカゼはその後、風邪を引いて師匠と寝込んでしまいました。」
アサギ「だからユキカゼも一緒に寝込んでいたのね。昔っからこの子は無茶をして…。」
この時既にユキカゼは起きていたが寝たふりをしていた。
ユキカゼも自分が山に入った時のことを思い出していた。
アサギが病に倒れた原因は急に2人の弟子の面倒をみることになりその疲労が溜まったことによるもので、ユキカゼは幼いながらも自分達のために苦労していたアサギのことはよく覚えていた。
病に倒れたアサギの看病は年長の凜子がしており何もできない自分が不甲斐なく思え、ユキカゼは万病に効くと言われる入手困難な薬草を採りに荒天にも関わらず信濃の山に入り薬草を探した。
薬草を採ることはできたが帰り道を見失い疲労で気を失い、再び目を覚ましたのは凜子の背中の上であった。
今でも目を覚ました自分に凜子が大粒の涙を流しながら勝手にいなくなるなと叱ったこと、そして帰ってから熱を出した自分を懸命に看病してくれたことをユキカゼは忘れたことはなかった。
凜子「ええ、でもそんなユキカゼが可愛くて放っておけないんですよ。」
凜子も手を止めてユキカゼを見やった。
アサギ「だそうよ、ユキカゼ。」
ユキカゼ「ヒャイッ!」
突然自分に話を振られて驚いてユキカゼは跳ね起きてしまった。
凜子「なっ…起きていたのか、ユキカゼ。何時から起きていたんだ?」
ユキカゼ「えっと…その…3人で暮らしていたことを思い出す、あたりからです。」
凜子「ほぼ初めからじゃないか…。」
凜子は今までの会話が聞かれていたことが恥ずかしく、顔が真っ赤になっていた。
凜子「嘘だろ……こんなのって…恥ずかしすぎる。」
自分の思っていることを相手に聞かれて凜子は羞恥の極みにあった。
そんな凜子を見かねたユキカゼも思わず自分の本心を打ち明けた。
ユキカゼ「あっ、あの!私は姉弟子のことを本当の姉だと思っています!いつも凜々しくて強くて美しくて優しい、私の憧れの姉なんです!」
ユキカゼもあまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になっていた。
凜子「ユキカゼ…。」
ユキカゼ「姉弟子…。」
互いの想い伝え合い2人はお互いを見つめあっていた。
アサギはそんな2人を見て思わず妬いてしまった。
アサギ「ふぅ、私はどうでもいいのね…。」
凜子、ユキカゼ「そんなことはありません!!」
アサギの呟きに2人は同時に反応した。
アサギ「ふふっ、冗談よ。…いらっしゃい。」
凜子、ユキカゼ「師匠!!」
アサギは両手を広げると凜子とユキカゼはアサギへと駆け寄り3人は熱く抱擁をした。
アサギ「あらあら、2人ともまるで子供みたい。」
アサギはそう言って2人の頭を撫でた。