やっと見つけた船頭は、約束通りに下流側で待っていてくれていた。
だが、小さな舟なので、船頭のほかには、この荒い流れの中では、一度にはふたりしか乗れないと船頭は言った。
そこで、沙那は、まずは沙那と宝玄仙が向こう岸に渡り、その後、孫空女と朱姫が二回目で渡るという計画を立てた。
宝玄仙の安全は、早く確保する必要があるし、孫空女が残れば、大抵の兵とも十二分以上に戦える。
「それにしても、本当にしつこい連中だよ」
孫空女が悪態をついた。
「それじゃあ、先に行くわ、孫女、朱姫」
沙那は言った。
「うん、すぐに後を追うよ、沙那」
「お気をつけて、沙那姉さん」
沙那は頷いた。
いつの間にか、朱姫の首から霊具がなくなっていることに気がついていたが黙っていた。
どういう心境の変化があったのかはわからないが、下手に刺激をして、この気まぐれ女の気が変わったら、朱姫があまりにも気の毒だ。
「それじゃあ、行くぜ……」
船頭が言った。
沙那と宝玄仙が舟に乗ると、すぐに小舟は河の波間に進み入った。
河に乗り入れた舟は、沙那が想像したこともないくらいに、大きく揺れ始めた。
泳げない沙那は、舟の縁に必死でしがみついた。
宝玄仙は大丈夫らしく、小舟の縁に掴んで身体を支えているものの、揺れ動く舟の上で平然としている。
そして、宝玄仙は、じっと船頭に眼をやっている。
「……お前、妖魔だね」
不意に、宝玄仙が船頭から眼を離さないまま言った。
宝玄仙の言葉に、沙那は驚いた。
「へえ、よくわかったな。俺は、妖魔の気配を消すことができる。誰にも見つかったことがねえのに、よく見破ったな」
沙那と宝玄仙が掴んでいる小舟の縁が生き物のように柔らかくなり、そして、手首ごと縁を掴んでいる手を埋めてしまった。
沙那は、ぎょっとした。
いつの間にか、足首から先も、船底に埋まってしまっている。
「こうやって、船頭のふりをして、河を渡ろうとする者を浚っている妖魔ということね、お前」
宝玄仙は冷静だ。
すでに手首と足首は、この小舟に飲みこまれている。
沙那は、岸に残る孫空女たちに眼をやった。
もうかなりの距離を進んでいる。
こっちの状況は見えないだろう。
この荒い波では、声も届きようもない。
「わ、わたしたちをどうする気よ――?」
沙那は叫んだ。
船頭は、人間の姿から、身体に
妖魔特有の角も、短いが頭に一本ある。
そいつが、小舟の上を歩いて、沙那の腰から細剣を鞘ごと取りあげる。
そして、沙那の顎を掴んでぐいと顔を自分に向けさせた。
沙那は、顔を振って、その手を振り払った。
「そうだな。まずは、身体をしゃぶり尽くして、お前を味わおうかな。人間の雌の味というのは、俺たち妖魔にとっては、実に甘美なものだ。それから、お前たちを食う。人間なんてのは、俺たちの敵だ。人間は俺たちを殺し、俺たちを阻害する。だから、俺たちも人間を襲う。仕方ねえよね」
妖魔は、指の爪を伸ばすと、沙那の服をまっすぐに引き裂いた。
「ひ、ひとつしかないのよ。切らないでよ」
沙那は悪態をつくとともに、露わになった自分の裸身を膝を曲げて隠した。
「気が強いな、女。とにかく、巣に着いたら、じっくりと味わってやろう。残りのふたりも連れてきたら、じっくりといたぶってから料理にしてやるが、お前は最初だ。服なんて、もう必要ねえ。お前は、今日中に喰う」
「食べるなら、食べてごらん。腹の中で溶かされても、暴れ回ってみせるわ」
「ひいっひひひひ――。こりゃあ、面白しれえ、この
鼉潔の爪が沙那の乳首に伸びた。
沙那は、その爪が胸に突き刺さるのを覚悟した。
だが、鼉潔の爪は、沙那の胸に乗っていた衣服の端を払いのけると、乳首を爪の先で弾いた。
「くうっ」
沙那は敏感な場所に刺激を受けて思わず声をあげてしまった。
「ほう、随分、いい声で鳴くな、人間? これだけで、そんなに気持ちいいのか?」
鼉潔の爪は、二度、三度、四度と沙那の乳首を弾く。その度に、沙那は出したくはない声を絞り出されてしまう。
「鼉潔――」
宝玄仙だ。
鼉潔が沙那の乳首を弄るのをやめて、宝玄仙を見た。
「調子に乗るんじゃないよ、小妖」
沙那は宝玄仙に視線を向けた。
宝玄仙は落ち着いている。
「お前、俺のことを小妖と言ったか?」
鼉潔が怒りを顔に浮かべている。
宝玄仙にゆっくりと近づいていく。
「ま、待ちなさい、鼉潔――。お前の相手はわたしよ。ご主人様に近づくな」
沙那は慌てて叫んだ。
宝玄仙を傷つけさせてはならない。
こちらに妖魔の注意を引きつけなくては……。
鼉潔が沙那にもう一度振り返った。
「この法師は、お前のなんだ?」
鼉潔は沙那に言った。
「沙那は、わたしの旅の仲間よ」
宝玄仙が口を挟む。
「へえ、じゃあ、お前も同じ姿にしてやるよ」
鼉潔に爪が宝玄仙の襟元に伸びた。
「待て、鼉潔――。この小妖。こっち向け」
沙那は叫んだ。
「お前、必死だな、女……。そんなに、この女法師が大事か?」
鼉潔が沙那に振り返った。
舟がなにかに当たって、不意に揺れが止まった。
「俺の巣に着いたようだ。続きは後でな、女」
沙那は顔をあげた。
小舟は、河の真ん中付近らしい岩場の中州に着いていた。
荒い波の河だが、中州の周りは嘘のように静かだ。
広くはない岩場だが、真ん中にこの妖魔の棲み処らしい小さな小屋がある。
その横には、大き目の獣の檻が三個並び、さらに横には、巨大なかまどと、獲物を斬り刻むための台と肉切り包丁が置いてある。
鼉潔が腕を振った。
次の瞬間、沙那と宝玄仙は、さっき舟から見ていた檻の中に転送されていた。
おそらく、『結界罠』のようなものだろう。
あらかじめ、舟に接岸する場所の下に魔術が刻まれていたのだ。
それで、鼉潔の魔術で飛ばされたのに違いない。
とりあえず拘束はなくなっているが、檻の中に閉じ込められた。
「そこで、大人しくしていろ――。残りの仲間もすぐに連れて来るぜ」
鼉潔はそう言って、再び、河の中に小舟を進めた。
すでに妖魔の姿ではなくなり、さっきの船頭の姿になっている。
沙那は、宝玄仙とともに、檻の中に残された。
「ああ、もう、これどうしよう。代わりの服はないし。ご主人様、服とかを道術で元に戻せたりします?」
沙那は、引き裂かれた服を身体の前で合わせながら宝玄仙に言った。
「わたしの術は、ただの服には効かないわよ。術遣いの道術が、霊気をまったく帯びていない人間に効かないのと同じよ。霊気を帯びないただの“物”には道術は遣えないわ」
「そうですか……。どうしようかな、これ。朱姫か孫女に修繕してもらうかなあ」
剣技では誰にも引けは取らない沙那だが、裁縫のような女らしいことは苦手だ。
そういうことは、なぜか半妖の朱姫の方が上手だ。
それよりも、あの孫空女でさえも、服を縫うというようなことは簡単にやってのける。
沙那は、驚愕したものだ。
「怖がっていないわね、沙那。妖魔に捕えられたというのに」
宝玄仙が檻の格子に背をもたれさせながら、こっちをじっと見ている。
「孫女がいますから。実は、孫女とあらかじめ打ち合わせをしていたんです。わたしたちが、無事に向こう岸に到着したら、船頭に合言葉を教えることにしていました。その合言葉を船頭が言わなければ、それで、孫女は、あの船頭が怪しいことに気がつきます。彼女だったら、あんな小妖一匹、簡単にあしらいます。すぐに、わたしたちを助けに来るはずです」
「わたしたちを捕えた妖魔よ。孫空女ひとりで、大丈夫?」
「わたしたちの失敗は、鼉潔の霊具でもあった小舟にうっかりと乗ったためです。小舟に乗らなければ、あの程度の魔力の妖魔なら、孫女は大丈夫です。合言葉がなければ、警戒して乗りません。それに、ご主人様の『術返し』も効いていますから」
通常、術遣いは、あらかじめ道具に霊気を込めておいた霊具か、結界を通じて術を発揮する。
しかし、身体に霊気か魔力の出入口を持っている道術遣いや妖魔同士では、そのままの力を相手の身体に送り込んで、術として発揮することもできる。
相手の術を受け入れるか撥ね返すかは、お互いの持っている術師としての力の強さにもよるらしいが、本来、宝玄仙は相手の術を撥ね返す能力が、人一倍強い。
孫空女も、宝玄仙と同じ霊気を帯びているので、その力はかなり強い。
宝玄仙の霊気を帯びているということでは沙那も同じなのだが、霊気を体内に充満させている孫空女と比べれば、宝玄仙の『魂の欠片』を体内に預かるというかたちで霊気を一箇所に置いているだけの沙那は、「術遣い」としての強さは、孫空女よりも遥かに劣る。
「なるほどね。本当に、お前たちは、しっかりしているわね」
宝玄仙は言った。
「それよりも、気になるのは、ご主人様のことです」
沙那は言った。
「わたし?」
「はい。なぜ、あっさりと捕まったのですか? 孫女も、朱姫も、不思議がるんじゃないかと思います」
「なぜか、ですって? そりゃあ、無警戒だったからね。お前も捕えられたじゃない? あの鼉潔は、自分の妖魔の魔力を隠す術を持っていたわ。それで、あの舟自体が霊具であることに気がつかなかったわ」
「わたしは、術遣いとしては、最低の部類ですから、わたしが鼉潔の霊具に抵抗できないのは当たり前です。でも、ご主人様は違います。ご主人様には、大抵の霊具は通用しません。でも、あっさりとご主人様は、鼉潔の舟による拘束を受け入れ、そして、道術による攻撃も鼉潔になさいませんでした。なぜなのです?」
沙那はそう言って、宝玄仙をじっと見た。
宝玄仙が口を開いたのは、しばらくしてからだ。
「……お前は、いつも、そうやって、物事を理詰めで考えるの、沙那?」
「必要なときには……」
「必要なときねえ……」
宝玄仙は苦笑している。
「わたしについて、ほかに気になることはあるかしら、沙那?」
「朱姫の首の霊具をお外しになったんですね」
「まあ、わたしの気まぐれよ」
「だったら、わたしのも外していただけませんか? その、気まぐれに……」
沙那は言ってみた。
怒られても失うことはない。
それに、沙那の判断が正しければ、これは外してもらえる絶好の機会だ。
「見せてごらん」
宝玄仙はあっさりと応じた。
沙那は両手で隠していた服を開いた。
宝玄仙の指が沙那の右の乳首に近づいた。
からりと音と立てて、『女淫輪』が下に落ちる。
そして、左の乳首も……。
さらに、宝玄仙の指は沙那の股間に伸びた。
一年半以上も、ずっと沙那の肉芽を締め付けていた『女淫輪』も抜け落ちた。
「ああ、ああぁ……」
宝玄仙の淫具の力から解放されたことで、沙那の全身からは力が抜け、その場に脱力した。
しかも、これまでに、宝玄仙の淫靡な力に、耐えに耐えてきた沙那の“気”が、抵抗する対象がなくなったことで、身体に逆流してしまい、自分で自分の官能を暴発させてしまったのだ。
沙那は、身体を両手で覆いながら、しばらく余韻に浸って、身体が正常に戻るのを待った。
「そんなにつらいものだったのね、それは?」
やがて、宝玄仙が言った。
激しい絶頂をしたような気分だった。
沙那は、まだ、半分恍惚状態にあった。
「あ、ありがとうございます」
沙那は慌てて言った。
そして、引き裂かれた服を前で覆って裸体を隠した。
牢の地面に落ちている女淫輪を一個拾う。
「ご、ご主人様、提案があるのですが……」
沙那は宝玄仙を試してみるつもりだった。
これから沙那が提案することに、眼の前の宝玄仙がどういう反応をするのか見たい。
「提案?」
「これをご主人様が装着するのです」
「その『女淫輪』をわたしが?」
宝玄仙の眼が開かれた。
「わたしは、これを自分の力で制御していましたが、普通は、これを身体につければ、常時、欲情状態になります。事実、わたしも、快楽を頭に感じることは防いでいました」
「そ、そうね……。本当にすごいわ……。そんな風に抵抗できるなんて……。だから、調子に乗って、あいつ……いえ、わたしも、一年以上も装着させっぱなしなんて、酷いことを……」
「でも、身体の反応としては、この一年半、わたしの股間は乾いているという状態がありませんでした。これをおつけになりませんか、ご主人様?」
「なんで、わたしがそれをつけるの?」
宝玄仙の口調は静かだった。
本来であれば、こんなことを口にすれば、烈火のごとく怒るだろう。
次の瞬間に、宝玄仙の道術は、沙那の身体に刻まれた内丹印に注がれ、沙那は、激しい快楽の拷問をされていたに違いない。
しかし、眼の前の宝玄仙は、冷静というよりは、沙那の提案に恍惚の色さえ顔に浮かべている。
「わたしたち三人の供が、ご主人様を支配してさしあげます。わたしが、いま、ここでおつけします。わたしにはそれ以上のことはできませんが、朱姫ならこの淫具を自在にできると思います。朱姫に管理させます」
「そう……。朱姫にね……。確かに、朱姫なら操れそうね……」
「ご主人様は、この『女淫輪』を身体につけて、いつ、それを動かされるかわからない緊張の中でお過ごしになられるのです。どこで、動かすかわかりません。他人と一緒のときかもしれないし、食事のときかも、それとも、眠っているとき……。もしかしから、ひとりで用を足しているときかも……」
「い、そんな……。そんな、ひどいわ……」
宝玄仙が恥ずかしそうに真っ赤な顔になった。
沙那たちに、そうやって調教される日々を送る自分を想像したのかもしれない。
ただ、明らかなのは、目の前の宝玄仙は、それを望んでいるということだ。
三人の供からの逆調教を受けたそうな表情をしている。
沙那は確信した。
「いかがです。ただでさえ、軽い欲情をしている身体なのです。それがわたしたち供の玩具のようにされるのです。面白いと思いませんか?」
沙那は言った。
宝玄仙は、まだ怒りを爆発させない。
それどころか、上気した表情でごくりと唾を飲んだ。
「そんなことをわたしが受け入れると思う、沙那? わたしは、お前たちの身体を自由にできるのよ。お前のその身体に刻まれた内丹印を通じてね」
「だったら、お互い様ですね。お互いがお互いの玩具になりましょう。それに、わたしたちは、ご主人様に奉仕し、玩具になり、そして、お護りしています。その代償なのですよ。これは……」
「代償……」
「そうです、ご主人様――。そうだ。ご主人様の自分の力で外れないように、ご主人様がご自分に暗示をかけていただきます。それで、自分では『女淫輪』を外せなくなります。これで同等ですね。ご主人様は、わたしたちの身体を支配し、わたしたちもまた、ご主人様の身体を支配して……」
沙那は、『女淫輪』をひとつ手に取ると、それをもって宝玄仙に近づいた。
宝玄仙の法衣の裾から、少しずつ『女淫輪』を脚に這わせる。
宝玄仙は抵抗しない。
ただ、黙って、沙那のやることに身体を任せている。
このまま、押し切れば宝玄仙は、『女淫輪』でさえも受け入れるだろう。
「もう、結構です。わかりましたから」
沙那は、宝玄仙から身体を離した。
宝玄仙は呆気にとられた表情をしている。
「わたしが、このような淫具をご主人様の大事なところに装着するなんてことがあるわけがありませんでしたね」
沙那は言った。
「た、試したのね、わたしを?」
「そうです。これで、確信が持てました」
「どういう確信、沙那?」
「あなたは、ご主人様……、つまり、宝玄仙様ではありません。あなたは、
沙那は言った。