※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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106 五人目の仲間

「あなたは、ご主人様……つまり、宝玄仙様ではありません。あなたは、宝玉(ほうぎょく)様です。そうですよね?」

 

 沙那は言った。

 宝玉は感心していた。

 こんなにもあっさりと宝玄仙でないことがばれるとは思わなかったし、宝玉の存在を沙那が知っているとも思っていなかった。

 

「どうして、わたしの存在を知っていたの、沙那?」

 

「金角から聞きました」

 

「金角……」

 

 宝玄仙が金角によって、石化した身体で快楽責めの拷問を受けたとき、あまりに錯乱して、束の間、正常な意識を手放した。

 だから、その数瞬だけ、宝玄仙に代わって身体を支配することができた。

 そのときに、金角と会話をした。

 だが、ほんの少しの時間であり、それだけで、金角がこの身体の中の宝玉という人格をはっきりと認識するとは思わなかった。

 ましてや、それを沙那に伝えているというのは予想外だ。

 それにしても、まだ、宝玉が眠っている状態に近かったせいだろうか……。

 宝玄仙と金角の会話の記憶は、宝玉に流れ込んでいない。

 

 そして、もっと予想外なのは、沙那が宝玉という人格を宝玄仙という人格と区別して接していることだ。

 ひとつの身体にふたつの人格という途方もない現実を――。

 

 常識ではあり得ない。

 あり得ないが事実だ。

 そして、沙那は、しっかりとした観察力と論理的な思考で、ふたつの人格の存在が事実であることを突きとめて、そして、納得した。

 なんと聡明な女性だろう。

 

「ご主人様はどういう状況なのですか、宝玉様?」

 

 沙那が訊ねた。

 

「眠っているわ。わたしの中でね」

 

 宝玉は言った。

 

「……随分、ご主人様とは、感じが違いますね、宝玉様」

 

 沙那は言った。

 

「喋り方のこと?」

 

「喋り方も含めてすべてです。とても、柔らかく、落ち着いておられます。そして、穏やかです」

 

「それは、もともとの宝玄仙という人格をふたつの人格で分け合っているからよ。激しい部分を宝玄仙が受け持ち、穏やかな部分をわたしが受け継いでいるの……。だから、わたしは、心の穏やかな宝玄仙ということになるのかしら」

 

 宝玉は声をあげて笑った。

 こういう宝玄仙に接することは、なかったのだろう。

 沙那は、呆気にとられている。

 

「宝玉様が、ご主人様の人格を眠らせたのですか?」

 

「ご主人様というのは、宝玄仙のことね……。あいつが、あなたたちをそういう風に扱っているからよねえ……。だけど、宝玄仙が、あなたたちのご主人様だというのなら、この宝玉もまた同じよ。宝玄仙とわたしは同じなのよ」

 

「そうでした。失礼しました、ご主人様」

 

 沙那は言った。

 

「……いいわよ。わたしも、“ご主人様”と呼ばれたくはない。ややこしいし。“宝玉”と呼んでくれればいいわ。呼び捨てでね」

 

「とんでもありません。では、さっきのまま“宝玉様”と呼ばせてください」

 

「じゃあ、“ご主人様”と“宝玉様”ね。わかったわ、沙那」

 

「ありがとうございます」

 

 沙那は頭を下げた。

 聡明な沙那は、きちんと“奴隷”としての立場を演じている。

 だが、本気で宝玄仙の“奴隷”に甘んじているわけでもないだろう。

 それがもっとも、適切だと判断してそうしているのだ。

 この女性は、心の底から奴隷になりきったりはしない。

 きちんとした意思を持っている。

 その意思で、宝玄仙に仕えてくれているのだ。

 

「では、改めて、お訊ねしますが、宝玉様は、どうやって、ご主人様の人格を眠らせたのですか?」

 

「金角の前に出た時と同じよ。金角の時は、宝玄仙は、限界を超える恥獄に精神的な失神状態になった。それで、わたしが表に出現した。今回は、わたしは、過去の記憶を使って、意図的に宝玄仙に限界を超えるような羞恥地獄を与えて、宝玄仙を追い込んだわ。宝玄仙は耐えられなくなり、意識を手放し、わたしがとって代わったということよ」

 

「ご、ご主人様を乗っ取ったんですか?」

 

 沙那は声をあげた。

 

「乗っ取ったというのは、言葉が悪いわね。わたしの身体でもあるのよ」

 

「も、もちろん、そうですけど……」

 

 沙那は、口ごもった。

 彼女からすれば、あの宝玉仙こそが、供として仕える主人だ。

 宝玉仙という人格が存在しなくなることには耐えられないはずだ。

 それは理解できる。

 

「ところで、沙那は、わたしの存在のことをどういう風に認識しているの?」

 

 宝玉は言った。

 

「わたしが知っているのは、金角に教えてもらったことです。ご主人様は、帝都で二年間も事実上捕らわれの身となり、ありとあらゆる恥辱を受けさせられました。その与える影響から、本来の人格のご主人様を護るために、ご主人様が、もうひとつの人格を作られました……」

 

「宝玄仙がわたしを作った……?」

 

 宝玉は、沙那の言葉を繰り返した。

 

「ええ……。その人格は、限界を超える恥辱から、ご主人様の精神が崩壊するのを防いだだけではなく、契約術による支配からも防ぎ、ご主人様は、闘勝仙というご主人様を陥れた八仙に復讐を果たすことができました」

 

「そう……。それが、宝玄仙が金角に語ったことなのね。そして、宝玄仙は、それが真実だと信じている……。わたし自身が、そういう風に宝玄仙に説明しているから……」

 

 宝玉は言った。

 沙那が怪訝な表情になった。

 

「真実は違うのですか、宝玉様?」

 

 沙那がじっと宝玉を観察しながら言った。

 彼女は彼女なりに、真実を知ろうとしているようだ。

 そのために、宝玉の示す些細な表情の変化も見逃すまいとしているのだ。

 

「違うわ……。それは、あの宝玄仙という人格が、そう思い込んでいるだけの“事実”よ。でも、真実は、もう少し複雑なのよ」

 

「複雑?」

 

 沙那は首を傾げている。

 

「それを話す前に確認したいんだけど、わたしという人格の存在について、孫空女や朱姫は知っているのかしら?」

 

「孫女には、一度、少しだけ話しました……。朱姫には、まだです……。わたしも話だけのことだったので……」

 

「孫空女は、それを聞いてどうだった?」

 

「別になんとも……。ふうんっていう感じです。もともと、孫女は眼の前のものしか気にしません。ご主人様が、宝玉様であろうと、宝玄仙様であろうと、態度は同じだと思います」

 

「そう……。じゃあ、わたしがこれから話すことについて、彼女たちにどのように説明するかは、あなたが判断しなさい。わかったわね、沙那?」

 

「わかりました」

 

 沙那は言った。

 

「あの宝玄仙は、この宝玉という人格が作られた人格であり、自分は本来の人格と思い込んでいるようだけど、実際は逆なのよ」

 

「逆とは、なんですか?」

 

「この宝玉こそが本来の人格なのよ。そして、宝玄仙こそが、この宝玉が後で作り出した人格……。彼女は、闘勝仙に対抗するために、本来は一時的に形成された人格なの」

 

 沙那の眼が大きく見開かれた。

 言われたことの内容に驚いているのだろう。

 

「信じていないようね。まあ、あなたから見ればそうでしょううね。あなたが、最初に触れた人格が宝玄仙だったし、その宝玄仙というのは冷酷で強く、そして、嗜虐癖のある変態女法師……。そうなのでしょう?」

 

「は、はい」

 

 沙那は、仕方なくという感じで頷く。

 

「性格としては極端よね。それは当然なのよ。わたしが復讐のために準備した別人格は、わたしの持つ強い部分だけを抽出して作ったものだから……。本来のわたしにも嗜虐趣味があったことは事実だけど、いまの宝玄仙ほど冷酷で徹底したものじゃなかったのよ。だから、調教したと思っていた相手から裏切られるようなことになったりもしたの……」

 

 宝玉は大きく息をした。

 裏切られたことを思い出すと、いまでも息苦しくなる。

 沙那はなにも言わないが、ちょっと心配そうに、宝玉を見つめている。

 宝玉は再び、口を開く。

 

「……いずれにしても、わたしは、自分を支配していた闘勝仙の支配魔術から脱出するために、支配されていない別の人格を意図的に作り出したのよ――」

 

 沙那が口を挟みかける。

 しかし、宝玉はそれを手で制した。

 

「……そんな、顔をしなくてもいいわ。信じられなければ、信じなくてもいいけど、話は聞いて、沙那――。わたしは、想像もしたことのないような恥辱を受け続け、精神が崩壊しそうだった。闘勝仙との“奴隷契約”まで受け入れてしまった。『真言の誓約』という契約術よ。術遣いが術を通じて交わした契約は、逆らえない。本来であれば、絶対に闘勝仙に逆らえないわたしの復讐などあり得なかったわ」

 

「はい」

 

 沙那は神妙に聞いている。

 本当にいい娘だ。

 

「だけど、わたしは、恥辱により崩壊しかけているわたし自身の精神を利用することを考えた。わたしは、意図的に自分の人格を分裂させたのよ。その人格は、闘勝仙に復讐することのできる強い心を持っていなければならない。わたしは、わたしの持つ、強い部分を新しい人格に注ぎ込んだわ。そして、その人格をさらに強化した」

 

「強化ですか……」

 

「そう、強化よ。どうやったと思う?」

 

 宝玉は微笑んだ。

 

「……さあ」

 

「新しい人格に、自分こそが本来の人格と思い込ませたのよ。それで、新しい人格は強化され、復讐を果たしてくれた。闘勝仙たちを惨たらしく殺してくれた。復讐は果たされたわ。二年越しの願いがかなったのよ。わたしは、やっと自由の身になれた」

 

「はい」

 

「だけど、困ったことが起きたのよ。というよりは、わたしは、復讐を果たした後のことなんて、これっぽっちも考えていなかったのよ。闘勝仙たち三人の八仙の異常な死に方は、当然のようにわたしに嫌疑がかかったの。なにしろ、わたしには、完璧な動機があるから」

 

 沙那は黙って頷いた。

 

「ただ、わたしも八仙のひとり。確かな証拠もなしに、詮議などかけられない。しかし、その証拠もない。わたしが殺したと仮定しても、その方法がわからない。いずれにしても、わたしという存在が残っていては、都合が悪い人間が多く帝都にはいたのよ。その話は聞いたわね?」

 

 宝玄仙が、数日前、やっと帝都時代のこと、特に、宝玄仙を怖れているはずの皇太子の話をしたことを宝玉は知っている。

 あの馬鹿は、やっとそれを沙那に語ったのだ。

 

「少しですが……」

 

 沙那が頷いた。

 

「わたしを苛んでいた者たちは、大部分が帝国の大貴族で、筆頭が皇太子よ。彼らは、わたしの復讐の矛先が自分たちにも及ぶことを当然予測した。だけど、捕縛することができない。彼らが選んだ手段はわかるわね、沙那?」

 

 宝玉は、一度言葉を切った。

 じっと聞いていた沙那は、口を開く。

 

「それで、教団がご主人様に、西域への巡礼を命じたのですね?」

 

「そうよ。もちろん、それは名目で、教団も宮廷も、帝国領のずっと外で、しかも、妖魔の土地とも呼ばれる西域のことなんて興味はないわ。要は、わたしを追放したかったのよ」

 

「でも、ご主人様もそれを利用したのでしょう?」

 

「そうね。わたしも、これこそ、わたしが生き延びる機会だということがわかったわ。わたしは、西方巡礼を受け入れ、帝都を出発した……。だけどね、さっき言った、困ったことというのは、わたしの道術のことなのよ」

 

「道術ですか?」

 

「お前が最初に言ったことよ。わたしには、道術がほとんど遣えない。困ったのはそのことよ。西方に向かうという危険な旅だというのに、道術どころか、本来持っている術返しの血でさえ弱くなっている。できるのは、霊具をつくることと、自分の霊具の操作くらい。これでは、旅などできはしないわ」

 

「どうして、道術が制限されるのですか。闘勝仙は死んだのでしょう?」

 

 沙那が訊ねた。

 

「闘勝仙が死のうと、生きていようと、契約を交わした誓いは有効なのよ。連中は、わたしの強力な術を防ぐために、それこそ、三重にも四重にも、わたしの道術を無効にする処置をしていた。それをことごとく受け入れていたわたしは、いまでも、その呪縛の中にいるのよ。だから、わたしには、術を抗する力がほとんどないの」

 

「それで、宝玉様は、さっき、鼉潔(だけつ)の術や霊具を無抵抗に受け入れたのですね? つまり、受け入れたのではなく、抵抗できなかった……」

 

「そうよ、沙那。本来のわたしは、あれ程までに無力よ。そんなわたしでは、西方巡礼なんて不可能。だから、この旅そのものも、新しい人格に委ねた。いずれにしても、闘勝仙に支配されきっていたわたしは、支配者である闘勝仙を失って呆然としていた……。つまり、ご主人様を失ったことで、気力もなくしてしまったの」

 

「えっ?」

 

 沙那が当惑した声を発した。

 

「おかしいでしょうけど、自分で殺しておきながら、わたしは、闘勝仙を失うことで、主人がいなくなった飼い犬のような状態になったの。それ程、あいつのわたしへの支配は完璧だった。あいつが予想していなかったのは、わたしが別人格を作り出すという可能性だけだった」

 

「それが、事実として……。あっ、申し訳ありません。もちろん、信じないわけではありませんが……」

 

 沙那は、まだ、この話は信じていないようだ。

 その本音を思わず喋ったことに慌てている。

 宝玉は、なにかおかしかった。

 

「いいのよ、沙那。信じられないのはいいのよ。言いたいことを言いなさい」

 

「はい。では、お訊きしたいのは、どうして、本来の人格である宝玉様が眠っていたのかということと、いま、こうやって、宝玉様が表に現れた理由です」

 

 宝玉は、それを聞いて思わず顔に笑みを浮かべてしまった。

 沙那が選んだ質問で、沙那が真に訊ねたいことがわかったからだ。

 聡い沙那は、それを知るために注意深く、別の言葉を選んだのだ。

 

「……あなたが知りたいことはわかるわ、沙那。この宝玉が、ずっとこのまま、表に出たままでいるつもりかどうかを知りたいのね」

 

 すると沙那の顔が緊張で赤らんだ。

 図星だったらしい。

 沙那にとって、やっぱり、旅の“ご主人様”というのは、激しい嗜虐趣味の宝玄仙のことなのだろう。

 それが、本来の人格であろうと、作られた人格であろうと……。

 本当に、羨ましい……。

 

「まず、質問に答えるわ。わたしという宝玉の人格は、実は、眠ってなんかいなかったわ。静かにしていただけよ。その証拠に、宝玄仙が体験したことや感じたことは、すべてわたしは知っているし、感じるわ。全部とは言わないけど、ほとんどを知っている。それは、わたしが本来の人格であるからよ。だから、あなたたちのことも、よく知っていたでしょう?」

 

 宝玉は言った。

 

「は、はい」

 

 沙那は戸惑っているようだ。

 

「だけど、宝玄仙は逆よ。わたしが表に出ている間は、本当に眠っているわ。こうやって、わたしとあなたが話していることは知らないわ」

 

「わたしは、このことを後で、ご主人様に……、つまり、宝玄仙様に、お話すべきですか、宝玉様?」

 

「聡明なあなたに判断を任せるわ、沙那。でも、わたしの意見としては、彼女の存在の根源を崩すようなことは避けるべきだと思うわ。宝玄仙は、自分が本来の人格であるという強化により、存在を強めている。それを否定すれば、存在が弱くなると思うわ」

 

「では、宝玉様も、宝玄仙様の存在を否定するつもりはないのですね?」

 

「もちろんよ、沙那。この旅は、彼女のものよ。わたしは、それを取りあげるつもりはない。わたしは、彼女を通じて、あなたたちと接して、わたし自身もあなたたちと接したかった。それだけよ」

 

「ならば、このまま、ずっと、ご主人様を眠らせたままでおくつもりはないのですね?」

 

「わたしは、あなた方が望まないことはしないわ。わたしは、あなたたちが好きよ。愛しているわ。宝玄仙も同じよ。それを伝えたかった。それだけよ」

 

「そうですか……」

 

 沙那はほっとした表情になっている。

 

「わたしもあなた方の旅に加わりたい。もちろん、わたしは無力だから、積極的には表に出るつもりはないけど、あの宝玄仙が暴発して、あなた方に度が過ぎる行為をするようだととめてあげるわ」

 

 宝玉はにっこりと微笑んで、地面に転がっていた残りふたつの『女淫輪』を拾い、そして、沙那の手の中の『女淫輪』を取りあげた。

 そして、それを法衣の内隠しにしまった。

 沙那が微笑んだ。

 

「わたしが旅に加わることを認めてくれるわね、沙那?」

 

「嬉しいです。よろしくお願いします。宝玉様」

 

 沙那が微笑んだ。

 満面の笑みだ。

 どうやら、完全に認めてくれたようだ。

 

「さてと、安心したわ。じゃあ、後は、宝玄仙を認めさせることだけね。もっとも、認めるに違いないけど……。拒否したら、また、悪夢を見せてやるわ。もっとも、悪夢じゃなくて、現実の記憶なんだけどね」

 

「これからは、ご主人様と宝玉様が、交互にその身体をお使いになることになるのですか?」

 

「そういうことね、沙那。まあ、わたしは、大抵は奥に引っ込んでいるから、時折出るだけだと思うけどね。でも、そうねえ……。あなた方にこの身体を癒してもらいたいときは出てこようかしら」

 

「癒す……ですか?」

 

 沙那が眉をひそめた。

 宝玉は笑った。

 

「そんな警戒しないでよ、沙那。いいじゃないの。わたしだって、性欲はあるわよ」

 

「そ、そうですよね……」

 沙那は、引きつった笑みを浮かべている。

「……でも、いままで話した限りにおいては、随分と分別がおありで、ご主人様と比べれば、かなり、そのう……」

 

 沙那は言葉に詰まったようだ。

 

「……かなり、まともそうだ、と思った?」

 

 宝玉は、沙那の顔を覗き込みながら言った。

 

「はい」

 

 沙那は言った。

 宝玉は声をあげて笑った。

 

「わたしも、あの変態巫女の宝玄仙と同様の変態女の宝玉よ。だけど、宝玄仙に比べれば、随分まともとは思うけどね。宝玄仙は、わたしの嗜虐性の部分を抽出した極端な性格だし、わたしは、その部分を宝玄仙に渡すことで失っているから、宝玄仙のような過激性はないわね。そういう意味では、わたしも宝玄仙も、いずれもどこかが欠けている人格ね。ふたりともまともではないわ」

 

「やはり、宝玉様はかなり分別がおありです。随分と接しやすい方だと思います」

 

 沙那は微笑んだ。

 

「少なくとも、話は通じるしね。あいつは、話そのものが嫌いよ」

 

「そ、そうですね……」

 

 沙那が顔を赤らめながら頷く。

 

「ただ、わたしは、愛されるのが好き。あの流沙(るさ)の宿町であなた方がしてくれたことは、宝玄仙と一緒にわたしも受けていたわ。とても素敵な体験だった。闘勝仙たちに受けていたものとは似ているけどまったく違う。愛されているという充実感にわたしは満たされた。ああいうことをまたして貰いたいのよ、沙那」

 

 宝玉は言った。

 

「わ、わたしたちにできることでしたら……」

 

「もちろん、できるわ。宝玄仙は、わたしが説得する。彼女も、“受け”が嫌いではないのよ。あなた方に苛められるのも好きなのよ。だけど、もともとと二面性を持っていたわたしの性格や性癖のうちの、嗜虐癖を中心とした極端な部分しか渡さなかったから、愛情表現も極端なのよねえ」

 

「愛情表現が極端なのは、もの凄く共感できます」

 

 沙那が言った。

 

 宝玉は、河面に鼉潔の小舟が見え隠れしはじめたのに気がついた。

 孫空女と朱姫を載せた小舟がこっちにやってくる。

 

「お迎えが来たようね、沙那」

 

 すると、沙那が斬られた服の合わせ目を押さえながら立ちあがった。

 しばらく、そうやってじっと目を凝らしていたが、宝玉に顔を向けてにっこりと微笑んだ。

 

「孫空女と朱姫は、うまくやったようです、宝玉様」

 

 沙那は言った。

 宝玉も、もうはっきりと姿が見えるようになった小舟を見ていた。

 鼉潔が舟を操っているが、孫空女と朱姫が捕えられている様子はない。

 孫空女は『如意棒』を持って、鼉潔に向けている。

 その後ろには朱姫もいる。

 小舟は、中州の船着場に接岸し、鼉潔を先頭に孫空女と朱姫がその後ろから降りてきた。

 

「ご主人様、沙那、助けに来たよ。あれっ? 沙那、その服、どうしたのさ?」

 

「こいつに切られたのよ。修繕してくれない、孫女」

 

 沙那が言った。

 

「いいよ。じゃあ、ここで休憩して、服が修繕できたら、こいつに向こう岸まで送らせようか――。それじゃあ、朱姫、頼むよ」

 

「はい、孫姉さん。じゃあ、鼉潔、あたしの眼を見な。お前は、檻を開けてご主人様と沙那姉さんを解放する。それが終わったら、あたしたちのために、食事を準備しろ、いいね」

 

「はい」

 

 鼉潔が答えた。

 眼が虚ろだ。

 おそらく、朱姫の『縛心術』がかかっている。

 

 檻の扉が開いた。

 宝玉は、孫空女の差し出した手を取り、檻の外に出た。

 

「よくやったわ、孫空女、朱姫。ありがとう」

 

 宝玉は言った。

 ふたりが嬉しそうな顔をした。

 

「じゃあ、わたしは、ちょっと、こいつの小屋で横にならせてもらうわ、沙那。話し合わなければならないこともあるしね」

 

「頑張ってください」

 

 沙那は、拳を握って宝玉に向けた。

 

「あなたは、わたしの味方、沙那?」

 

 宝玉は言った。

 

「おふたりの味方です。わたしたち三人ともです。でも、あの淫具を外してくれて感謝しています。朱姫の首輪を外したのも宝玉様ですよね?」

 

「そうよ。だけど、宝玄仙には、お前たちで言い訳するのよ」

 

 宝玉は言った。

 

「ええっ――。宝玉様がご主人様に言って下さるんじゃないんですか?」

 

 沙那が声をあげた。

 

「嫌よ。当たり前じゃない。そんなことまで、あの宝玉仙と交渉したら、交渉にもなりはしないわ。大丈夫よ。淫具を外したのは、お前たちじゃなくて、わたしなんだから、まあ、煮て食うまではしないと思うわ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください、宝玉様。ご主人様は、必ず、わたしたちを、それこそ煮て食うくらいのことをするに違いありません」

 

「うまく話すのね。それと、ほかのふたりにも、うまくわたしのことを伝えておいて、沙那」

 

「そんなあ」

 

 沙那が嘆き声をあげた。

 孫空女と朱姫が不思議そうな顔でこっち見ていた。

 

 

 *

 

 

 沙那は、孫空女と朱姫とともに、三人揃って素っ裸で地面に正座をさせられていた。

 正面には、宝玄仙が石の上に座って、三人を睨みつけている。

 右手には、小枝を鞭のように振り回している。

 怖ろしく機嫌が悪い。

 

「わたしの断わりもなく、勝手に淫具を外したね、お前たちは?」

 

 宝玄仙が振った小枝が空気を切る音がする。

 沙那は、自分の乳首のすれすれに振られたその小枝に身をすくませた。

 

 まだ、鼉潔の棲み処にしている黒水河の中州だ。

 鼉潔は、宝玄仙により、小屋に閉じ込められているので、出てくることはないだろう。

 

 宝玉の人格だった宝玄仙は、小屋の中で二刻(約二時間)ほど、ひとりで休んでいた。

 おそらく、その時間に、宝玄仙の身体の中で、宝玄仙と宝玉が、すでに二つの人格が共存している宝玄仙の身体をどのように使うかの話し合いをしたのだろう。

 

 小屋から出てきた宝玄仙は、沙那が見たことがないくらいに機嫌が悪かった。

 その人格が、宝玉ではなく、宝玄仙であることは明らかだった。

 そして、沙那たちは、いきなり三人全員集められて、その場で素っ裸になって座るように命じられたのだ。

 

 言い訳や、状況の説明を受けるような雰囲気ではなかった。

 いまにも沙那たちを殺しそうな表情に、沙那は心の底から恐怖した。

 あんな顔をした宝玄仙は、なにをするかわからない。

 これまでの旅でそのことを沙那は十分に知っていた。

 

 沙那は、孫空女に修繕をしてもらった服を着ていたが、慌ててその場で素裸になった。

 孫空女も朱姫も同じだ。

 そして、命令のままに、地面に三人並んで正座をし、宝玄仙は、その前にあった石に腰掛けた。

 

 かなり、長い時間の沈黙が流れている。

 沙那たちにとっては、永遠にも感じるような長い沈黙だった。

 そして、宝玄仙が、やっと口にしたのが、沙那と朱姫から外された淫具についてだった。

 

「で、でも、わたしたちに、勝手に、それを外す力がないのは、ご存じでしょう……」

 

 沙那がそう言うと、宝玄仙が睨みつけた。

 それで、沙那は、もう、それ以上続きを話すことができなくなってしまった。

 

「朱姫、お前から説明しな」

 

 宝玄仙が、朱姫の顔を見て、小枝で地面を叩いた。

 

「ひっ」

 

 朱姫は、それだけで泣きそうな顔をした。

 

「どうやって、これを外したのか訊いているんだよ。さっさと説明するんだ、朱姫」

 

 三人の前に、朱姫がしていた革の首輪の霊具が投げ出された。これを装着されると激しい淫情に襲われるという霊具だ。

 淫情から逃れるためには、尻で自慰をするか他人に癒してもらうかしかなく、しかも、それを日に三度しなければならない。

 朱姫は、宝玄仙の供になって以来、その霊具を装着されて、ずっと尻で日に三度の自慰をやらされていたのだ。

 

「ご、ご主人様に外してもらっただけです」

 

 朱姫が半泣きで言った。

 

「わたしが外したんだねっ――」

 

 小枝が激しく鳴る。

 

「そ、そう思っていました。ご、ごめんさない」

 

 朱姫は泣き出してしまった。

 

「……じゃあ、沙那だ。お前は、どうやって外した?」

 

 宝玄仙が沙那を睨みつけている。

 沙那は、すくみあがった。

 どうやって説明すべきだろうか。

 誤魔化すことも考えたが、それがばれたときが怖ろしすぎる。

 宝玉と宝玄仙がどこまで話をしたかもわからない。

 結局、正直に言うことが一番いいという結論に達した。

 

「わ、わたしが……、お願いしました……」

 

「ほう?」

 

 宝玄仙の小枝が、沙那の乳首の上に乗せられた。

 沙那は、それでぶたれるのを覚悟して、歯を食いしばった。

 だが、予想していた激痛は襲ってこない。

 その代わり、怒りの形相の宝玄仙の持つ小枝の鞭が、沙那の乳首をいたぶるように動かされる。

 いつ打たれるのかわからない恐怖は、ひと思いに打たれた方がましだと思った。

 

「宝玄仙でも、宝玉でもなく……、お前が、外してくれと言ったんだね、沙那?」

 

「あ、あの、ご主人様……、で、でも、話を聞いて……」

 

 宝玄仙の小枝が空気を切って、乳首の先を思い切り弾かれる。

 

「ひぎいいっぃぃ――」

 

 沙那は、激痛に仰け反って倒れた。

 倒れながら、乳首が温かいもので包まれる。

 宝玄仙の『治療術』で治されているのだということはわかった。

 だが、倒れ込んだ沙那の裸身に、また小枝の鞭が飛んだ。

 

「誰が、勝手に姿勢を崩していいと言った、沙那――?」

 

 二度、三度と小枝が振り下ろされる。

 

「ひぎっ、あぎいっ、んぐうう」

 

 沙那は懸命に身体を起こして正座に直った。

 打たれた場所は、次々に『治療術』で癒されている。

 だが、激痛であることに変わりはない。

 これまで、鞭で打つなどという行為は皆無だった宝玄仙だ。

 それがこの仕打ちというのは、余程に感情が昂ぶっているのだろう。

 

「舌を出しな、沙那」

 

 宝玄仙がもの凄い形相で睨んでいる。

 沙那は口を開けて舌を出した。

 

「もっとだよ」

 

 さらに出す。

 

「んぎゃあああ」

 

 その舌に激痛が走る。

 舌を小枝の鞭で打たれたのだ。

 舌の表面が破けるとともに、打たれた衝撃で舌を噛んでしまい口から血が流れ出る。

 

「ひっ、ひいい」

 

 沙那は、呻き声をあげながら、手で口を押さえた。

 その手に血が滴り落ちる。

 

 沙那は、ふと、横の孫空女と朱姫を見た。

 孫空女は、顔が凍りついたように驚いている。

 朱姫など、宝玄仙の怖さに嗚咽がとまらなくなっている。

 

「まあいい、それよりも、お前たちは、宝玉のことはすでに知っているんだね……?」

 

 宝玄仙が静かに言った。

 

「は、はい」

 

 沙那は、口から流れる血を手で受けながら言った。

 

「それは、全員知っているということかい、沙那?」

 

 口が温かいもので包まれる。

 宝玄仙の『治療術』が施されている。

 

「……し、知っています。わたしが、ご主人様の中に、宝玉様という別人格がおられることは、全員に説明しました」

 

「わかった。じゃあ、お前たち全員に、わたしから改めて説明しておくよ。沙那がどういう風に説明したかは知らないけど、宝玉という人格がわたしの中にいることは本当だよ。わたしは、帝都にいた頃、二年間という時間、闘勝仙という八仙の事実上の虜囚だった。その闘勝仙から受け続けた調教という名の凌辱の末に、わたしは闘勝仙に、わたしが隷属する『真言の誓約』という契約術を結ばされた。それは、“奴隷契約”ともいってね、主人と認めた相手に一生逆らえないという道術遣いの縛りだ。それを結ぶと絶対に、主人を裏切れない」

 

 宝玄仙は語りはじめた。

 沙那も含めて供の三人は、正座のまま神妙に話を聞いている。

 ここまでの話は宝玉の話と一致する。

 

「……その頃には、闘勝仙とその取り巻き連中の責めでわたしの心は崩壊状態だった。なにしろ、教団の中でも、屋敷でも、ありとあらゆる人間から性的な拷問を受け続けるという毎日だ」

 

「そんな……」

 

 朱姫が呟いた。

 沙那も孫空女も唖然としてしまう。

 何度聞いても、帝都時代の宝玄仙の話は壮絶だ。

 

「だけど、わたしは、それを利用したんだ。自分の心を意図的に崩壊させ、人格を分裂させた。そして、闘勝仙と結んだ“奴隷契約”の縛りを産みだした新しい人格に押し付けたんだ。与えられる凌辱も、その記憶もね。新しい人格は、自分で“宝玉”と名乗りはじめた。宝玉というのは、わたしが宝玄仙という戒名を貰う前の名だ。宝玄仙も宝玉も、同じわたしの名なのだよ。まあ、それはさておき、そうやって、密かに闘勝仙との誓約とも解放されたわたしは、闘勝仙への復讐の手段を練った。そして、成功した」

 

 それは、宝玉の話とは食い違っている。

 宝玉の話では、真言の誓約に縛られたのは、本来の人格であり、復讐をしたのは意図的に産みだした人格だと言っていた。

 

「……わたしは、すべてを取り上げられていた。自分の財産も、権威もなにもかもね。それどころか、たった一枚の下着でさえも、わたしのものではなかった。わたしは、身に着けるものの一切を誰かの許可なく、着させてももらえなかった。そういうわたしに唯一残ったままだったのが、なんの装飾もないひとつの指輪だった。わたしは、それに複雑な術式を刻みこみ、考えられないくらいに強力な支配魔具を作った……。それが、なんだかわかるね、沙那?」

 

「服従の首輪です」

 

 沙那は言った。宝玄仙との旅を始める前に、宝玄仙に騙されて沙那が嵌めた首輪だ。

 それを霊具化する前の形が、小さな指輪だということは、以前教えられたことがある。

 

「復讐をわたしは果たした。だけど、困ったことになった。それは、意図的に分裂させた人格が、二年という月日の中で独立した存在として成長してしまったことだった。そのときには、もう、分裂した人格を元に戻すというのは、不可能になっていたんだ。仕方なく、わたしは、その宝玉と名乗る人格を眠らせた。これまでの旅の間、ずっと宝玉は眠っていた」

 

 それも、宝玉の話とは違う。

 宝玉は静かにしていただけで、眠ってはいなかったと言っている。

 その証拠として、宝玄仙が体験したことはすべて認識していると言った。

 そして、そのとおり、宝玉は、宝玄仙が知っていることを承知していてもいた。

 

「こうしているこの宝玄仙のひとつの身体には、ふたつの人格がある。それは真実だよ」

 

 宝玄仙はじろり全員を見回した。

 宝玉は、自分が本当の人格だと言い、宝玄仙もまた、自分が本当の人格だという。

 いずれが本当の人格なのかというのは、沙那は気にしていない。

 どちらも、宝玄仙の身体の中にいる同じ人間の人格なのだ。

 ふたりとも本来の人格ということだ。

 

「とにかく、宝玉という人格は、わたしが作った人格だけど、いまはこの身体に共存している独立した人間だ。だから、時折、あいつも、この身体を使いたいそうだ。お前たちと愛し合いたいらしい。そのときは、相手をしてやってくれればいい。あいつは、それで満足する」

 

 そういうことになったのだと思った。

 宝玄仙と宝玉とのあいだで、話し合いが成立したのだ。

 ふたりでひとつの身体を使うことになったのだ。

 うまく折り合いがついてくれて安心した。

 

「わかったけど、相手って、なにさ?」

 

 孫空女がそのものずばりの質問をした。

 すると宝玄仙が、孫空女の股間に小枝の先を伸ばした。

 孫空女の顔が恐怖に覆われる。

 

 だが、宝玄仙は、孫空女の股間に小枝を差して、ゆっくりと前後し始めた。

 敏感な場所を刺激しているのだろう。

 孫空女の口から次第に喘ぎ声が漏れてくる。

 宝玄仙のいたぶりを手で払いのけたりすると、すぐにとんでもない罰が与えられる。

 だから、孫空女ほどの女傑でも、あんなに破廉恥な行為を受けていながら、ただ黙って耐えるしかない。それが宝玄仙の供三人の決まり事だ。

 

「こういうことを、逆に宝玉にしてやればいいんだよ、孫空女。わかったかい?」

 

 宝玄仙が、孫空女の股間から小枝を抜いた。

 その先はしっとりと濡れ、孫空女の股間から出たもので糸を引いていた。

 

「ご、ご主人様に、そんなことをしてもいいの?」

 

 孫空女が、身体をくねらせながら上気した顔で言った。

 

「わたしじゃない。宝玉だよ。身体は、宝玄仙の身体でも、中身は宝玉のときにやるんだ──」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 

「よくわからないけど、言われたことをするよ」

 

 孫空女が言った。

 

「沙那、痛かったかい。済まなかったね。わたしも興奮していたようだよ」

 

 宝玄仙が沙那に視線を向けた。

 もう、かなり、激情も収まったようだ。

 

「いえ、いいんです……。憂さを晴らしたいことがあれば、遠慮なくわたしを使ってください」

 

 沙那は言った。

 本心だった。

 宝玄仙にしろ、宝玉にしろ、大きな心の苦痛を背負っている。

 自分が犠牲になることで少しでもそれが癒えるのであれば、癒せばいい。

 

「服を着ていいよ、お前たち。さて、じゃあ、食事にしようか――。ただし……」

 

 宝玄仙は、畳んで置かれている沙那の衣服を小枝で押さえた。

 

「沙那は、罰として、明日まで素っ裸で過ごすんだ。明日の夕方、服を渡してやるよ。それまで、どうせ、大した人里は行かないんだろう。この宝玄仙を差し置いて、勝手な約束を宝玉とした罰だよ。その裸を晒して道を歩きな」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そ、そんな、惨めすぎます」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 

「だったら、『女淫輪』を締め直してやろうか。それとも、素っ裸の期間をもっと伸ばすよ。これくらいで済んで有難いと思いな」

 

 宝玄仙が険しい形相で睨みつけた。

 あの顔と眼には逆らえない。沙那は、頷くしかなかった。

 

「朱姫、沙那の服を葛籠にしまっておいで。お前たちは、服を着ていい、孫空女、朱姫」

 

 まだ、正座をしたままの沙那を気の毒そうに横目で見ながら、孫空女と朱姫が服を着始める。

 

「それと、孫空女、おいで」

 

 宝玄仙が言った。

 まだ、服を着る途中だった孫空女が、裸身に下袴(かこ)を履いただけの格好で、宝玄仙に駆け寄る。

 その孫空女の首に、宝玄仙の手が伸び、孫空女の首に、朱姫が嵌めていた例の革の首輪がつけられた。

 

「な、な、な、なんでえぇ――」

 

 孫空女が絶叫した。

 沙那も驚いた。

 

「沙那につけようと思ったけど、興奮して鞭で叩いてしまったからね。朱姫に付け直しても面白くないし、三日ほど、お前が嵌めときな、孫空女。なあに、日に三回の尻の自慰さえすれば、なんてことのない霊具だよ」

 

「ひ、酷いよ、ご主人様。あ、あたし、宝玉様とは、一度も話していないんだよ。一番、関係ないのに」

 

「つべこべ言うんじゃないよ、孫空女。とりあえず、食事前に、いまここで、尻で自慰をしな。朱姫とは違って、張形はいらないね。指でしな。早くしないと、小屋に閉じ込めている鼉潔の前でやらせるよ。三日経ったら解放してやる。その間、朝昼晩、毎日、わたしの前で尻で自慰をしな」

 

 宝玄仙の残酷な命令に孫空女が哀願している。

 その孫空女の姿を見て、宝玄仙が、面白くて堪らないという感じで笑っている。

 やっぱり、あれこそが宝玄仙だ。

 

 結局、孫空女は、泣きそうな顔で下袴をさげると、剝き出しの尻を宝玄仙に向けた。

 沙那は、それを横目で見ながら白い裸身を立ちあがらせた。

 孫空女が喘ぎ始めた。指は、自分の肛門に突き刺さっている。

 

「ほら、孫空女、どんなふうに自慰をしているのか、どんな気持ちか叫びながらやりな」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 

「や、やだよう。そんなの」

 

 あの孫空女がさすがに泣き声をあげた。

 

「やるんだよ。もう一度、逆らったら、お前も沙那と一緒に全裸で歩かせるよ。しかも、指を尻の孔に入れたままね」

 

「ひいっ――。言うよ、言う。お、お尻に指を入れて、内側を掻くよう動かしているよ」

 

「へえ、お前は、そうやると気持ちいいのかい? 入口の部分はどうだい、孫空女?」

 

「そ、そこも……。内側の壁を掻いて、そして……抜いて……入口の部分で……あああっ……回して……また入れて……き、気持ちいいよお……」

 

「もっと、でかい声で叫ぶんだよ、孫空女」

 

「……お尻が……駄目、頭が……ぼうっと……も、もうわからないよう……。お尻だけじゃない……ぜ、全部、気持ちいい……。もう、いくよ、ご主人様――。もう、お尻、動かさなくてもいくっ――」

 

「まだだよ、孫空女。始まったばかりじゃないかい」

 

 宝玄仙が喜んでいる。

 孫空女は、お尻に指を入れたまま、絶頂の許可で貰えないので、上気した顔を小刻みの横に振っている。

 

「とまるんじゃないよ。指を動かしな、孫空女。それに、喋りながらだ。忘れるんじゃないよ――」

 

「……ゆ、指を動かすと、気持ちよく……触ってないのに……あ、あそこも……熱くなって……」

 

「あそこって、どこだい、孫空女? はっきりと叫びな」

 

 宝玄仙が愉悦しきった表情で言った。

 確かに、あれこそが宝玄仙だ。

 沙那は、もう一度思った。

 

 沙那は嘆息し、そして、食事の準備を始めている朱姫を手伝うために、裸身を向かわせた。






 *


【西遊記:43回、鼉潔(だけつ)】

 玄奘(三蔵法師)一行は、黒水河(こくすいが)という大河に行く手を阻まれます。どうやって渡ろうか途方に暮れていると、ひとりの船頭が舟で通りかかります。
 その船頭に向こう岸まで連れていってくれるように頼むと、快く引き受けてはくれますが、舟が小さいので一度にふたりしか渡せないと言います。

 当初は、玄奘と猪八戒が舟に乗りますが、実は船頭は、鼉潔(だけつ)という妖魔が化けた姿であり、玄奘と猪八戒を浚って水の中の棲みかに連れていきます。

 孫悟空は、鼉潔が昔から知っている西海龍王の息子であることに気がつき、觔斗雲(きんとうん)で西海龍王のところに向かい抗議します。

 驚いた西海龍王は、魔昂(まこう)という鼉潔の兄を孫悟空と一緒に行かせます。
 魔昂は、黒水河に着くと、鼉潔を叱ります。鼉潔は腹をたてて暴れようとしますが、魔昂にあっという間に取り押さえられます。
 玄奘と猪八戒も救出されて、一行は無事に河を渡ることができます。

 *

 『西遊記』において、玄奘の供になるのは、供になった順に、孫悟空、玉龍、猪八戒、沙悟浄の四人です。玉龍はいつもは白馬になっているので目立ちませんが、人間になったり、龍になったりして活躍する場面もあります。
 今回登場した、宝玉は、玉龍から一字を取った登場人物です。
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