※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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12  五行山の山賊退治

「連中が出ていくわ……」

 

 沙那が小さな声でささやいた。

 

「いまのところ、沙那の策にすっかりと嵌まっているようだね。たった二本の手紙で二個の盗賊団を操るとは大したもんだ。さすがは、元千人隊長だよ」

 

 宝玄仙が沙那の横で笑った。

 

「怪しまれたときのことも見越して、二重、三重に仕掛けを準備していましたが、一番最初の手で引っ掛かってくれました」

 

 沙那も微笑んだ。

 孫空女が頭領をしていた盗賊団の砦の上になる崖の縁だ。

 そこで沙那は、宝玄仙と孫空女とともに、眼下の砦を見下ろしている。

 砦に向かう崖の斜面の下側には、侵入者を防ぐ逆茂木が尖端をこっちに向けているが、見張りのような備えはない。

 

 孫空女の説明の通りだった。

 また、逆茂木の下の広場になっている台上には平屋の建物が三棟ほど並んでいる。

 そのうち、真ん中の大きな建物が主立つ者が集まる場所であり、奪ったものを集めておく倉庫でもあるらしい。ほかの二棟は、下っ端の暮らす建物だそうだ。

 

 孫空女の案内で夜道を賭して、砦の真上に回り込む間道を進んできた三人だったが、月明かりのおかげで、大した苦労はしなかった。

 さらに、明るい月の光は、これから襲撃しようとしている盗賊団の砦の状況を詳しく教えてくれている。

 砦にいた連中が沙那の策に嵌まって、続々と出撃していく様子も丸見えだ。

 

「まあ、こいつが頭領をしていたくらいの連中だしね。あんまり、頭もよくないのさ」

 

 宝玄仙が皮肉っぽく言った。

 

「確かに、そうだね」

 

 すると、孫空女は気を悪くした様子もなく、にっこりと宝玄仙に笑いかけた。宝玄仙は、ちょっと拍子抜けしたような顔になった。

 そんなふたりの様子が、なんだか不思議におかしいものに感じ、沙那はくすりと笑ってしまった。

 

 沙那が仕掛けた策はそれほどのものではない。

 もともと、この五行山に巣くっていた二個の盗賊団を活用した撹乱だ。

 

 この五行山には、峠を境界にして、東側を縄張りとする孫空女の盗賊団と、西側を縄張りとする眼看(かんがん)の盗賊団があった。

 だが、孫空女は宝玄仙のせいで、頭領を追われるかたちになり、眼看については、孫空女を襲おうとして返り討ちに遭い、いずれも相次いで頭領を失うことになった。

 

 孫空女の方は、頭領だけが抜け、寅(とら)将軍というあだ名のという男が地位を継いだようたが、眼看については頭領以下首脳陣のほか、客人になっていた黒女もいなくなったので、残った部下たちの動揺は激しいもののようだった。

 それは、少し調査するだけでわかった。

 調査については、宝玄仙に協力してもらった。

 連中の隠れ処のそばまでいって道術で風を送り、中の話し声を風で拾ってもらったのだ。

 そんなことができるのだから、やっぱり天教で八仙に選ばれるくらいの法師なのだと思った。

 

 沙那は、まずは、西側の盗賊団の残った者にあてて、寅将軍の名で偽手紙を届け、夜のうちに全員揃ってやってくれば命は助けるが、朝までにそっちの砦にまだいれば、皆殺しだと脅した。

 残っていた者たちは、頭領の眼看をはじめ、指揮してくれる者を全部失った連中だ。

 最後通告に恐れおののき、いわれるまま、夜を賭してやって来るだろうと予想したが、案の定、そのとおりやって来た。

 砦のさらに下の街道に、たくさんの松明が移動するのが見えるので、それに違いない。

 

 一方で寅将軍の方には、財宝と美女を荷とする隊商が夜のうちに、密かに五行山を越えるという偽情報を流した。

 果たして、いま寅将軍以下、総動員で出ていったところを見ると、沙那の策に嵌まって、こっちにやって来る西側の盗賊たちを隊商と思い込んで、襲撃に行ったのだろう。

 まあ、精々殺し合えばいい。

 気がついて戻って来た頃には、こっちは砦の潜入を終わっているというわけだ。

 

「それにしても、本当に沙那の策に嵌まって、砦を無防備にして出ていったねえ」

 

 宝玄仙が呆れたように言った。

 

「寅は、新しく頭領になって、いいところを見せたいからね。沙那の策に嵌まるとは思ったよ。そのくせ、臆病だから、なるべく大勢で襲おうとしたのだろうさ」

 

 孫空女が肩を竦めた。

 

「そろそろ行きましょう」

 

 沙那は言った。

 

「じゃあ、あたしから、行くよ」

 

 孫空女がぱっと崖を飛び降りた。

 片足を前に出すようにして、うまく体勢をとって、斜面を滑り降りていく。

 やがて、逆茂木のところに到達したが、滑り落ちながら、耳から如意棒を出し、正面を破壊して通り道を作って、そのまま下まで行った。

 

 孫空女が下から手を振る。

 安全だという合図だ。

 そのときにはすでに、如意棒は耳の中だ。

 孫空女が、完全に霊具の武器を遣いこなしているのに、沙那は感嘆した。

 

「では、わたしたちも降りましょう。わたしの背中にぴたりと身体を密着させてください、ご主人様」

 

 沙那は背後に宝玄仙を抱きつかせ、孫空女と同じように身体を斜めにして滑り降りていく。

 方向は孫空女の作った逆茂木の間隙だ。

 

「わっ、こ、これっ」

 

 怖がって狼狽え出した宝玄仙を途中で叱咤し、なんとか沙那たちも下に着くことができた。

 

「ひいっ」

 

 下まで着くと、宝玄仙が悲鳴のような声をあげて、くたくたとしゃがみこみかける。

 それを身体を支えて立たせ、沙那は剣を抜いた。

 

「とにかく、残っている者を探しましょう。いれば追い払う。その後は、建物に油をかけて焼き払う準備をするわ」

 

「油は真ん中の建物内の倉庫にあるよ」

 

 孫空女が歩き始めた。

 沙那もそっちに向かう。

 だが、ふと、宝玄仙を見た。

 

「縄かなんか使って、もっと、穏やかにおろしてくれるかと思ったよ……」

 

 宝玄仙は装束についた土を払いながら、ぶつぶつ言って、ついてきている。

 沙那は苦笑した。

 

「とにかく、ここから行こうか」

 

 孫空女が先導して、中央の大きな建物に入った。

 廊下があり、左右に扉がある。

 

「誰かいる……」

 

 奥に進みかけていた途中で、孫空女が立ち止まった。

 孫空女の目線には、扉がある。

 沙那は、扉の取っ手に手をかけた。

 鍵は掛かっていない。

 沙那は音がしないように、扉を開いた。

 部屋の中は倉庫のようだ。

 積み荷の箱で壁ができている。

 すると、奥から声がした。

 

「へへへ、ほれほれ、小便したいんだろう? 股を開けよ。股を開かなければ、小便ができねえだろう?」

 

「寅将軍には手を出すなと命じられてるから、せめて目の保養くらいさせてくれてもいいじゃねえか」

 

「た、頼む。後生じゃ……。こ、この黒い布紐をほどいてくれ。こ、これがあると、身体が動かんのだ。お、おしっこが洩れる」

 

 沙那はぎょっとした。

 尋常な様子ではない。

 男がふたり、女をいたぶっている声だ。

 

「お前ら──」

 

 孫空女が吠えた。

 駆け出して奥に飛び込んでいく。

 沙那も走る。

 

「うわっ、な、なんだ、お前ら……。あっ、姐御」

 

「姐御、なんで、ここに……?」

 

 男はふたりだ。

 どう見ても弱そうな連中であり、おそらく襲撃にも邪魔なので、置いていかれたのだろう。

 

「お前ら、その女はなんだ──?」

 

 孫空女はすでに如意棒を構えていて、ふたりに怒鳴った。

 

「な、なんだって、言われても……。そ、そのう……。ひ、昼間、のこのこと迷い込んできた雌妖でして……」

 

「頭領が……いや、いまの頭領……じゃ、ねえ……と、寅将軍が、夜の襲撃の後で味見するから、見張っておけと……。な、なんか、あっちの眼看の方から逃げてきた途中だったみたいで……」

 

 ふたりがすっかりと狼狽えた様子で言った。

 

 雌妖……?

 

 ふたりがいたのは、身体に布だけを巻きつけた半裸の女が入っている檻の前だ。檻は小さく、おそらく大型の獣を閉じ込める檻だろう。

 背を伸ばすことはできず、少女はしゃがんでいる。

 身体は小さくて、年齢は十二、三歳というところだろうかと思った。

 だが、男ふたりの“雌妖”という言葉にはっとした。

 少女の漆黒の髪に、はっきりと頭から突き出ている二本の角があったのだ。

 

 頭に角を持つ亜人種……。

 

 即ち、亜族だ。

 

 人間族とは異なり、すべての個体が、道術とよく似た「魔術」を遣う。だから、亜族のほかに、あるいは「魔族」、「魔妖」、「妖魔」などと呼ばれている。

 女の亜族なので、雌族だ。

 

 かつては、この帝国でも、亜族は珍しいものではなかったらしいが、天教が拡がるにつれて、大規模な亜人狩りがあり、この地域からはすっかりと存在が消えたとされている。

 

 だが、彼らの本来の棲み処は、「魔域」と呼ばれる遥かな西の地域であり、魔域には、亜族だけの国がたくさんあるという。

 その魔域が、亜族の発祥の地なのだ。

 書物によれば、帝国から西に向かうにつれて、人間族の国でも存在も珍しくなくなるようだが、帝国内では珍しく、沙那も目の当たりにするのは初めてだ。

 だが、頭にある角は確かに、この少女が亜族であることを意味する。

 

 よくはわからないが、この宝玄仙の旅の目的地は、亜族の地である魔域であり、そこで天教の布教をするのだそうだ。

 亜族の存在を認めず、かつてこの帝国で亜族狩りという残酷な殺戮の歴史を持つ天教教団が、その亜族に天教を布教するなど、沙那ですら理解不能だが、宝玄仙はそう言っている。

 

 とにかく、亜族とは危険で野蛮な存在だ。

 沙那は生まれたときから、そう教えられており、あらゆる書物にも、亜族の危険性が書かれている。

 

 しかし、この亜族は、とても弱っている感じだ。

 そして、首に黒い布を巻かれて、結ばれている。

 さっき、ほどいてくれと哀願しているようだったのは、あの首の布のことだろうか……?

 

「そりゃあ、御影……つまり、黒女の扱う霊気封じの布……。逃げてきたところを捕まえられたということだが、もしかして、眼看のところにいた黒女に捕らえられていたのかい?」

 

 宝玄仙が雌妖の少女に質問した。

 

「そ、そうだ。この不思議な布はわしの力を奪う……。しかも、触ると力が抜けて、自分で外すこともで……、できんのだ」

 

 雌妖は、妙に閉じ合わせた腿をもじもじと擦り合わせたりしている。そういえば、この男たちが、雌妖の尿意をからかっていた気がする……。

 なんとなく、もう一刻の猶予もないという感じだ。

 

「……だ、だが、黒女は死んだ……。わしは知らんが、眼看も死んだという話だ。それで隙ができたので、わしは逃げてきた……。だが、また、ここで捕まってしまって……。ところで、お前らは誰だ?」

 

 雌妖の少女が言った。

 妙に大人びた首の口調だが、それも亜族の特徴だろうか?

 沙那は首を傾げた。

 

 いずれしても、この雌妖の少女は、おそらく、孫空女に退治された黒女という存在によって、この五行山のもうひとつの盗賊団に囚われていたらしい。

 しかし、その黒女も眼看も死んだ。

 それで向こうで混乱が起こり、この雌妖は、能力を封じている首の布こそ外せなかったものの、なんとか逃げてきたのだろう。

 しかし、運悪く、今度はこっちの盗賊団に捕らえられた。

 相当の不運というほかない……。

 

「なんとなく話はわかったよ……。ところで、いま砦に残っているのは、他には誰と誰だ?」

 

 孫空女が怒鳴った。

 男たちは震えながら、自分たちふたりだけのはずであり、この雌妖の見張りを命じられたのだと答えた。

 嘘をついている雰囲気はない。

 孫空女が頷いた。

 

「……わかった。だったら、お前らの命は助けてやるから、たったいま、砦を捨てて逃げな」

 

 孫空女が不機嫌そうに言った。

 

「えっ?」

「はっ?」

 

 しかし、男ふたりはきょとんとしている。

 

 すると、大きな音がした。

 何事かと驚いたが、孫空女が如意棒で床に大穴を開けた音だった。

 だが、少なくとも、沙那には孫空女が如意棒を振った動作は目に止まらなかった。

 ふたりの男は引っくり返って泡を吹いている。

 ひとりなど恐怖に失禁までしていた。

 

「ならいいや……。ここで死にな。あたしのことは聞いてんだろう? あたしは、全員を皆殺しにするつもりで来たのさ」

 

 孫空女が如意棒を構えた。

 ふたりの賊は、すっ飛んで逃げていった。

 

「あんた、ちょっと揺れるよ」

 

 孫空女が檻の鍵を叩き壊した。

 鉄格子の扉が開く。

 

「か、感謝する……。だ、誰か知らんが……。よくぞ、男を追い払ってくれた……。だが、礼は待ってくれ」

 

 雌妖が開いた檻の扉から這い出してきて、しゃがんだ姿勢のまま、両足を開いた。

 そして、驚くことに、三人の目の前で、いきなり放尿を開始した。

 

「お、おおっ……。め、滅茶苦茶、き、気持ちいい……。が、我慢しておったからな。あいつら、わしの性器を覗こうと、張り付いて離れんかったのだ。お、おお……」

 

 雌妖は沙那たちに身体を向けたまま、股間から放尿を続けている。

 黒い陰毛に覆われた股間も丸出しだ。

 ちょっと、目のやり場に困る感じだ。

 しかし、力を封じられているとはいっても、危険な亜族であり、眼を離すわけにはいかない。

 

「お前、男に対してはすごく恥ずかしいのに、わたしたちの前では、平気なのかい」

 

 宝玄仙が呆れたように言った。

 

「お前たちは、女であろう? 恥ずかしくはないわ」 

 

 雌妖が笑った。

 宝玄仙は苦笑している。

 

「……ところで、わしの名は、小角(おづの)じゃ。最初に言っておくが、大して若くないぞ。人間族には、わしは随分と幼く見えるらしいがな」

 

 小角がおしっこをしながら言った。

 

「そうかい。まあ、ゆっくりしな」

 

 宝玄仙がからかうように言った。

 そのあいだも、小角の股間からは激しい小水が迸り続ける。

 

「ふう……」

 

 やがて、小角(おづの)が満足そうに嘆息した。

 床の上には、小角が作った小尿の水溜まりができている。

 余程、我慢していたのか、かなり激しい奔流だったし、大きな水溜まりだ。

 

「ははは、亜族のくせに、黒女のような影法師に捕らわれた間抜けかい。お前、我慢しているのは小便だけじゃないだろう。糞もしたそうさ。囚われて何日だ? ずっと我慢してるのかい?」

 

 宝玄仙が小角を眺めながら笑った。

 沙那は驚いたが、よく考えれば、亜族も人間族も、生理現象は同じなのかもしれない。

 ただ、沙那としては、狂暴で残虐で知られている亜族が、沙那たち人間と同じように排便をしたり、食事をしたり、さらに、性交をしたりというのが、ぴんと来ない。

 

「み、三日だ……。な、なあ、こ、この黒い布をはずしてくれ。これがなければ、魔術が遣える。排便など魔術で外に出せるのだ」

 

 小角が訴えた。

 確かに、小角の肌は粟立っていて、排便を耐えていると言われれば、そう見えないことはない。

 

「だけど、いまはその霊気封じのせいで、魔術は遣えないんだろう? 小便が恥ずかしくなければ、大便も恥ずかしくないはずさ。遠慮なく、そこでやりな。三人で見物してやるから」

 

「だ、大便は恥ずかしいに決まっておる──。な、なんということを言うのだ。お前は変態か」

 

 小角が顔を真っ赤にして言った。

 あれだけ排尿を堂々とやったわりには、羞恥心は強いようだ。

 

「だったら、助けてやってもいいけど、お礼に、わたしらの性の相手をして、三人に奉仕しな。そうしたら、助けてやるよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 沙那は悪乗りし始めた宝玄仙に、嘆息してしまった。

 しかし、とにかく、止めないと、どこまでも調子に乗ってしまう。

 

「ご主人様、こんなことしている場合ではありません。こうしているあいだにも、ここの連中が戻ってくるかも……」

 

 沙那は言った。

 宝玄仙は笑った。

 

「仕方ない、小角。じゃあ、性の奉仕なしに逃がしてやるよ。孫空女、黒い布を首からほどいてやりな。わたしは、どうも御影のその霊具は苦手でね。わたしが触ると、また行動不能になってしまうよ」

 

「わかった」

 

 孫空女が小角の首に手を伸ばした。

 沙那ははっとした。

 残酷で凶悪な亜族だ。

 力を復活させた途端に暴れださないだろうか?

 

「ま、待って」

 

 とにかく、沙那は身構えた。

 孫空女が手を止める。

 

「どうしたんだい、沙那?」

 

 宝玄仙が首を傾げた。

 

「だって、亜族は狂暴で残酷なものです。力を戻したら、襲いかからないでしょうか?」

 

「そ、そんなことするか──」

 

 すると、小角は怒鳴った。

 宝玄仙が笑った。

 

「どうやら、お前は、天教の教義に毒されているようだね。亜族が乱暴で残酷というのは嘘っぱちだよ。むしろ、種族として狂暴なのは、人間族の方さ。どこまでも冷酷になれるからね。亜族の多くは善良さ」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 沙那はきょとんとした。

 

「外すよ」

 

 孫空女が黒布に手を伸ばす。

 

「うわっ?」

 

 しかし、いきなり孫空女が脱力して、両膝を床につけた。

 

「どうしたの、孫空女?」

 

 やっぱり亜族がなにかした?

 沙那は驚いて駆け寄った。

 しかし、そんな感じでもない……。

 孫空女の身体を起こすと、すぐに立ち上がった。孫空女も、わけがわからないという顔をしている。

 

「ど、どういうこと……。黒い布に触ろうとしたら、急に力が抜けて……」

 

 孫空女は呆然としている。

 そのとき、宝玄仙が口を開いた。

 

「どうやら、御影の魔毒を防ぐために、孫空女の身体に充満させているわたしの霊気が、御影の霊気封じの布に作用してしまったようだね……。沙那が取りな。お前なら大丈夫だ」

 

 そういうことあるのだろうか。

 沙那は、小角の首から布の紐をほどいた。

 苦労することなく、あっさりと外れる。

 

「お、おおっ……、か、感謝する」

 

 小角は叫んで、ぶるりと身体を震わせた。

 そういえば、排便を魔術で外に出せるとか言っていたので、それをしたのだろうか。

 随分とほっとした顔をしている。

 

「もう、いいよ。行っちまいな。あいにくと、たて込んでいてね。久しぶりに、亜族と遊ぶのもいいかと思ったけど許してやるよ」

 

 宝玄仙にしては、珍しくあっさり言った。

 

「い、いいのか?」

 

 小角は言った。

 だが、宝玄仙が行けという仕草をすると、目の前から突然に消滅してしまった。

 

「移動術かい。そこそこの亜族だったんだねえ……」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ご主人様は、亜族をよくご存知なんですか?」

 

 沙那は、なんとなく訊ねた。

 意外なことに、宝玄仙はなにかを思い出したかのような、切なそうな溜め息をした。

 

「昔、亜族に親しい知り合いがいてね……。それでわたしは、この国では誰よりも亜族に精通してると思うよ」

 

 宝玄仙はそれだけを言った。

 不思議な物言いだが、とにかく沙那は思念を消す。

 いまは、盗賊団退治だ。

 

「とにかく、孫空女……。手筈に戻りましょう。手分けして、油を撒こう」

 

 沙那は言った。

 孫空女は、この部屋の奥に油壺が山積みしてあるはずだと応じた。

 

 確かに、油壺の山が奥にあった。

 宝玄仙には、隠れていてもらい、分担して三個の建物のすべてに油を撒きまくる。

 

 作業の途中で、砦の下の街道を見た。

 

 戦いの喧騒のような騒ぎが続いている。

 争い合っているようだ。

 寅将軍たちに襲われ、仕方なく西の盗賊の連中も死に物狂いの抵抗をしているというところだろうか。

 一方的な殺戮という感じではない。

 

 三棟の全部に油を撒き終わった頃には、そろそろ夜が白々と明けかけていた。

 沙那と孫空女は、下の街道から登ってくる坂の上の砦の門にふたりで並んで立った。

 宝玄仙には建物の後ろに隠れてもらっている。

 

「そろそろ、行くわよ、孫空女。明るくなって、やっとあんたの元手下たちも、相手が隊商でないことに気がついたようよ。戦いの喧騒が収まりかけているわ」

 

「いつでもいいよ、沙那」

 

 孫空女は、沙那の隣で、如意棒を持って仁王立ちだ。沙那も剣を抜いている。

 沙那は合図を送った。

 三棟のうち、両側の二棟が燃え始める。

 宝玄仙が道術で油に火をつけたのだ。

 

 下の街道で次々に叫び声がするのが聞こえた。

 すぐに、慌てふためいた感じで、砦に向かって集団が駆けあがってくる様子に変化した。

 彼らも何事が起きているのかわからないと思うが、とにかく、砦に戻ることにしたのだろう。

 

 しばらくすると、人の姿がはっきりとわかるようになってきた。

 先頭を走ってくるのは、ひときわ大きな巨漢だ。

 沙那は、あの男に見覚えがある。

 あの輪姦のときに、異常なくらいに尻に固執していた男で、沙那も何度も肛姦された。

 あのときの口惜しさと惨めさが蘇ってくる。

 

 盗賊たちの先頭が砦の門の前に到着した。

 先頭はあの巨漢だ、

 走ってきたために息を荒くしている。

 

「なんだ、お前ら──。あっ、孫空女。もうひとりは、あのときの女……。どういうことだ? 火をつけたのはお前らか」

 

 その巨漢が怒鳴った。

 周りの者も憤慨した感じで、武器を構えた。

 しかし、沙那の見るところ、大部分の後続の盗賊は、女頭領だった孫空女の出現に戸惑っている感じだ。

 また、夜のあいだ、西の盗賊と戦い、かなり疲労している様子でもある。

 具足もぼろぼろで、傷を負っている者も多い。

 

「盗賊団は解散だよ。どいつもこいつも立ち去りな。さもなければ、皆殺しだ。あたしが強いのを知ってんだろう」

 

 孫空女が叫んだ。

 盗賊団の後ろ側がざわついた。

 戸惑いが動揺に変化している。

 さらに、一部には恐怖の色もある。

 孫空女も昨日まで頭領として、この盗賊たちをまとめていたのだ。大部分は、孫空女の強い言葉に、それだけで戦意を喪失した気配だ。

 

「やかましい。いまの頭領は俺だ。よくも砦を焼いてくれやがったな。俺たちに犯されてよがり泣いた分際で、頭領面するんじゃねえ。この酬いはくれてやるぞ、孫空女」

 

 例の巨漢が、怒りで顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「酬いってなんだい、寅?」

 

 孫空女がせせら笑った。

 やっぱり、こいつが寅将軍という男なのだと思った。

 

「知れたことよ。ふたり揃って、俺たちの厠女(かわやおんな)にしてやる。檻に入れて、全員の性処理女にするのよ。そのうち、孕むだろうが、そのときは首をはねてやる。だから、毎日、孕まねえように一生懸命に股を指で洗うんだな」

 

 寅将軍が卑猥な笑いをした。

 だが、同調したのは、周りの数名だけで、ほとんどはすでに戦意を失っている感じだ。

 これは、あっさりと片付きそうだ。

 沙那は思った。

 

「ねえ、兄貴、あの雌族もいますから、全部を共有にするのは勿体ないですよ。ひとりくらいは、幹部用にしませんか?」

 

 寅将軍の横の男が追従笑いを浮かべて言った。

 

「もう雌族の小角ならいないわよ。わたしたちが逃がしたわ」

 

 沙那は言った。

 

「な、なんだと──。あれには、まだ時間がなくて、手をつけてなかったんだぞ」

 

 寅将軍が喚いた。

 

「知ったことじゃないわね」

 

 沙那はそれだけを言った。

 いずれにしても、沙那の忍耐もそろそろ限界だ。

 

「畜生、構わねえから、ふたりとも叩きのめせ。だが、顔と股には傷をつけるな」

 

 寅将軍が叫んだ。

 しかし、やって来るのは、周りの十人ほどだ。残りはやって来ない。

 

 孫空女が飛び込んだ。

 速い……。

 沙那が男たちのところに飛び込んだときには、寅将軍の両膝を如意棒で砕き終わったときだった。

 

「うがあっ」

 

 寅将軍が、地響きを立てて倒れる。

 孫空女はすでに後ろだ。

 

 男たちの肩や脛を砕きながら、突進する。

 背後の集団が怯み出した。

 

 沙那もふたりほどの男の肩を切って倒したが、もう出る幕はない感じだ。沙那は進むのをやめた。

 

「抵抗をやめるのよ。逃げ散りなさい。本当に全員、皆殺しよ」

 

 沙那は叫んだ。

 そのとき、後ろの中央の建物で、ぱっと炎があがった。

 手筈通りだ。

 今度も、宝玄仙が火をつけたのだ。

 

「ほっほっほっ──。お前ら、焼き殺されたくなかったら、さっさと逃げ散るんだよ」

 

 宝玄仙だ。

 燃え始めている建物の前に現れた宝玄仙が、笑いながら大声をあげた。

 盗賊たちが一斉にざわめく。

 そして、悲鳴が起きた。

 

「あのときの道術遣いの巫女だ」

「道術を遣うぞ」

「逃げろ──。逃げるんだ──。俺たちにも火をつけられる」

 

 この前の凌辱に参加した者たちが騒ぎ出した。

 宝玄仙は、油に火をつけただけだが、宝玄仙が道術遣いであることを知っている者から見れば、道術を遣ったようにも思えるはずだ。

 宝玄仙を知っている者たちが逃げ始めると、宝玄仙のことを直接には知らない者たちまで逃亡しはじめる。

 

「待て、逃げるな──」

 

 孫空女は怒鳴った。

 だが、声だけだ。

 『如意棒』はもう彼女の耳の中にある。

 

 倒れた者も足を引き摺り、あるいは、肩を抑えて逃げ去っていく。

 寅将軍も苦痛に涙を流しながら、ふたりほどに肩を支えられながら、逃げようとしている。

 だが孫空女は、もう興味を失ったように寅将軍が横を通りすぎるのに任せている。

 

「沙那、なんだい、わたしのあの役目は──。馬鹿馬鹿しい。道術なんてのは、本当はそんなに簡単にはいかないんだよ。霊気を持たない人間には、霊具か結界印を通してでしか、道術はかけられないんだ」

 

 宝玄仙が呆れた口調で言った。

 

「そんなことは彼らにはわかりませんよ、ご主人様。あの半分は先日のことで、ご主人様の道術の恐ろしさを骨身に染みています。この砦に残っていた者も、ご主人様の道術のことを話に聞いて怖ろしい怪物のように考えていると思っていたはずです。だから、効果抜群でしたよ」

 

 沙那は笑った。

 

「怪物ねえ……」

 

 宝玄仙は苦笑している。

 すると、孫空女がゆっくりと、こっちに戻ってきた。

 すでに盗賊たちのすべては小さくなっている。連中は完全に逃げていった。

 宝玄仙が孫空女に視線を向けた。

 

「孫空女、お前の率いていた盗賊団は、これで根城も失い壊滅だ。盗賊をしていた者は、盗賊以外にはなれないだろうから、彼らもどこかでまた盗賊をするかもしれない……。だけど、それはお前とは関係のないことだ」

 

「そうだね、ご主人様……」

 

 孫空女が頷いた。

 沙那ははっとした。

 もしかしたら、孫空女が盗賊たちへの仕返しをしたいと宝玄仙に言ったのは、本当は仕返しが目的なのではなく、自分という頭領がいなくなったら、彼らがもっと非道を始めると思ったかもしれない。

 自分が彼らを抑えることができなくなった以上、その前にこの盗賊団を潰しておかなければと考えたのではないだろうか……?

 確かに、あの寅将軍という男は、無分別でどうしようもない悪党という感じだった。

 

「これで気が済んだだろう、孫空女」

 

「うん、気が済んだよ、ご主人様」

 

 孫空女はにっこりと笑った。

 

 そのとき、目の前の空間が捩れたと思った。

 気がつくと、小角が目の前に立っている。

 

「おうおう、盗賊どもを追い払ったのはいいが、派手に燃やしたのう。これでは、ここはもう使えんな」

 

 小角が言った。

 

「小角?」

「わっ、なんだ? まだ、いたのか?」

 

 沙那と孫空女は、ふたりで声をあげてしまった。

 

「お前、どこかに逃げたんじゃなかったのかい」

 

 宝玄仙も言った。

 

「なにを言う。礼がまだではないか。人間族とは違って、亜族は義理堅いのだぞ。忙しそうだから、隠れていただけだ」

 

「自分で言ってりゃ、世話ないね」

 

 宝玄仙は皮肉を込めた口調だ。

 だが、小角は気にする様子もない。

 

「まあいい。じゃあ、五行山を西に越えよう。わしが黒女に捕まる前に、住み処にしていた山小屋がある。そこで恩を返す」

 

 小角は言った。

 

「恩? なにかくれるのかい?」

 

 宝玄仙だ。

 すると、小角はむっとした顔になった。

 

「なにを言う。恩は性奉仕なのだろう? それとも違うのか?」

 

 小角の言葉に宝玄仙は大笑いした。

 

「違いないね。じゃあ、その山小屋に行こうか。たっぷりと恩を返してもらうよ、小角」

 

 宝玄仙は嬉しそうに言った。

 沙那はうんざりした気持ちになった。

 ふと、横を見る。

 やはり、孫空女も当惑した顔になっていた。

 

 

 

 

(第1話『五行山の盗賊』終わり、第2話『雌妖の恩返し』に続く)

 






 *


【西遊記:14回】

 孫悟空が五行山に封印をされて、五百年後──。
 東帝国の皇帝が主宰する法要の実施を命じられた玄奘(三蔵法師)は、その法要の場に現れた観音菩薩に導きにより、真経を受け取るために、遥か西に位置する天竺にある「雷音寺」に向かって旅をすることを承知します。

 その旅の途中で難儀に遭い、玄奘は供を失います。
 しかし、五行山で、観音菩薩に封印されている孫悟空を見つけて、西行に供として同行することを条件に封印を解きます。

 眼看喜(がんかんき)というのは、孫悟空を供にして最初に出逢う盗賊の頭です。
 その盗賊たちを皆殺しにしてしまった孫悟空は、玄奘に叱られて、早速逃げ出してしまいます。
 だが、思い直して戻った孫悟空ですが、玄奘は、今後自分に刃向かえないように、孫悟空の頭に「禁箍児(きんこじ)」という逃亡防止の輪を嵌めてしまいます。
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