※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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144 生贄のふたり

 股間が疼く……。

 

「……こ、この馬鹿女」

 

 孫空女は、石牢の向こう側の壁に、鎖で繋がれている七星に言った。

 全身が熱い……。

 股間が痒い……

 悪態でもついていなければ、孫空女もおかしくなりそうだ。

 

「何度もいうなよ、孫空女……。あたいが悪かったよ……」

 

 七星もまた、上気した熟れきった表情で応じる。

 孫空女と七星は、石壁に取り付けられた手枷に手首と足首を繋がれて壁に背中を密着させられていた。

 両手は上方に高くあげ、両足は横方向にがばりと開いている。

 全裸なので女の羞恥をこれ以上ないというくらいに曝け出した格好だ。

 七星の股間は、すっかりと充血し、淫液で濡れ光っている。

 おそらく、孫空女の股間も同じ状態だろう。

 

 ここは、この城郭の軍営の地下牢のようだが、部屋の四隅には、燭台が置かれていて部屋の中はかなり明るい。

 七星と同じ格好をして向かいあわせの孫空女は、七星とそうやってみっともない姿を見せあっているような状態だ。

 

 孫空女と七星は、賭場で男たちにさんざんに触られた後、やってきた軍の兵に連行されて、この軍営まで連れてこられた。

 迎えに来たのは、関保(かんほ)という軍人で、鉄の手枷と足枷を嵌められたものの、孫空女と七星を、賭場の男たちから引き離し、わりかし丁重な扱いでここまで連れてきた。

 

 素っ裸で城郭を歩かされるのかと思っていたが、ふたりの裸身を覆う布を準備してあり、それを巻いて準備されていた護送用の馬車に載せられて、軍営に連れてこられたのだ。

 

 酷い扱いになったのは、この地下牢に放り込まれてからで、あの関保という隊長がいなくなった途端だ。

 すぐに、数名の牢番たちに布を剥がされて、いまの状態に壁に繋げられ、よってたかって、身体中を調べられた。

 拘束されていたら、抵抗もできなかった。

 孫空女の耳の中に、『如意棒』の霊具が隠してあったのが見つかったこともあり、それが口実となり、それこそ、ありとあらゆる穴を調べられた。

 

 あの関保という隊長が、孫空女と七星を犯すことを厳に禁止していかなかったら、ここの兵たちにも輪姦されてと思う。

 ただ、ほとんど、犯されると同じことを指でされはしたのだが……。

 手を出せないことに対する嫌がらせのような身体監査の最後に、ここの牢番長という男が、女陰になにかを塗った。

 それが、女の身体を淫乱にしてしまう媚薬が塗ってあったとわかったのは、その牢番が、孫空女と七星を石壁に繋いだまま、これ見よがしな顔をして、この牢を出ていった直後だ。

 

 強烈な疼きと痒みはすぐにやってきた

 もしも、手を拘束されていなければ、遠慮なく、ここで自慰をしていたかもしれない。

 だが、両手どころか、両脚さえも限界まで開脚させられている。

 孫空女と七星にできることは、腰を浅ましく振ることと、お互いに悪態をつくことだけだ。

 

「馬鹿女……」

 

 孫空女は、また言った。

 股間が痒い。油断すると、そればかりを考えてしまう……。

 

「い、いい加減にしろよ、孫空女……。お前ばっかり、嫌な目に遭ったんじゃないよ。あたいだって、同じ仕打ちを受けたんだ……。賭場の連中にはさんざんに身体をいじくられて、そして、ここに連れて来られては、隅から隅まで調べられてさあ……。お、おかしな薬を塗られて……」

 

「お前のせいだろうが」

 

「そ、そりゃあ、いかさまをやろうとしたのは、反省しているけど、あのときは、ほかに手がなかったんだよ」

 

「そ、そんなこと、言ってんじゃないよ……。なんで、ここに捕まった時に、あっさりとご主人様の名前……出したんだよ」

 

 孫空女は声をあげた。

 そうなのだ。

 この七星は、ここに放り込まれたとき、あの関保という隊長に質問されてあっさりと、宝玄仙の名を出した。

 宝玄仙も孫空女も、この七星も、この車遅国(しゃちこく)の女囚用の牢城である智淵城(ちふちじょう)から脱出した身の上だ。

 うっかりと名を出せば、宝玄仙に危険が及ぶ可能性がある。

 

「ああ……あれね。だって……。こうなった以上、名を出さなけりゃあ、助からないじゃないか……。ここは罰を受けるかもしれないけど、ともかく、助けてもらおうよ」

 

「だけど、ご主人様にもしものことがあったら……」

 

 孫空女が、さらに言い募ろうとしたとき、牢の扉が開いた。

 あの牢番長が立っていた。

 

「さあ、お前ら、そろそろできあがってきたんじゃねえか……。おうおう、随分と、股を濡らして、豆を大きくしているじゃねえか」

 

 牢番長は、にやついた顔で孫空女と七星を見回した。

 

「……どうだ。俺の肉棒で股をほじって欲しいのはどっちだ。やってやってもいいぜ」

 

 牢番長は孫空女の前に屈み込んで言った。

 

「ふ、ふざけるなよ。あたしらに手を出すなって……、い、言われてんだろうがよ」

 

 孫空女は怒鳴った。

 あの関保という隊長は、それこそ、この牢番長に、孫空女と七星に手を出すなと厳命して、立ち去っていったのだ。

 その権幕は、孫空女も驚くほど激しいものだった。

 

「別に無理矢理やろうとは言ってねえぜ。関保隊長に叱られるしな。ただ、お前らが、どうしてもやってくれって言うんなら仕方ねえ。やってやってもいいぜと言ってるだけだ」

 

「なっ……」

 

 孫空女は絶句した。

 こんな男には触られるどころか、こうやって、身体を見られるのもおぞましい。

 

「痒いだろう? どうだ、掻いてやろうか?」

 

「ご、ごめんだよ」

 

 孫空女は叫んだ。

 しかし、執拗な痛みにも似た疼きが孫空女を悶々と孫空女を苦しめている。

 一瞬だが、このただれたような女陰を抉ってもらえれば、気持ちがいいだろうとも考えてしまった。

 

「やって欲しいって言えよ。すぐにやってやるぜ、赤毛」

 

 牢番長は、孫空女の前にしゃがんだ。

 

「へへ、なかなかのおいしそうな身体してんじゃねえかよ。乳首もびんびんに勃っちまってよう――。あの薬はよく効くだろう? 男にやってもらわねえと、その疼きは消えねえぞ。どうだい、やってくれって言えよ」

 

「い、いやだよ」

 

 孫空女は喚いた。

 

「おかしいなあ、こんなに、股間をびしょびしょにしているくせによう」

 

 本当に痒い。狂いそうだ。

 牢番長がぴんと肉芽を撫ぜた。

 

「ひいぃ」

 

 孫空女は身体を仰け反らして、声をあげてしまった。

 痒みが一瞬だけ癒えた悦びが、直後に、さらに刺激を求める苦しさに変化する。

 

「ほら、やって欲しいって言えよ」

 

 牢番長の鼻息が顔にかかるくらいまで、孫空女に近づく。

 孫空女は頭を振って、牢番長の鼻頭めがけて思い切り頭突きした。

 

「うぎゃあぁ――」

 

 牢番長が鼻血を出して、床に倒れた。

 しかし、すぐに起き上がって、孫空女の頬を思い切り張り飛ばした。

 激痛とともに、一瞬だけ視界が暗くなる。

 だが、それだけだ。口の中の血を牢番長に向かって吐いた。

 牢番長の顔がさらに赤くなり、再び孫空女の顔目がけて、手が振りあげられた。

 

 もう一度、来る――。

 孫空女は、歯を食い縛った。

 そのとき、七星の笑い声が部屋に響いた。

 牢番長が視線を七星に向けた。

 

「ざ、ざまないね、あ、あんた……。鎖で拘束された女に……鼻血を出さされて、その腹いせに……顔を殴るのかい。そ、それでも男か――。つ、つくものついてんのかよ――」

 

「な、なんだと、青毛」

 

 牢番の矛先が七星に向いた。

 

「ど、どうせ、あんな媚薬を使わなけりゃあ、あ、相手をしてくれる女もいないんだろう。お、女の身体に……精を出したけりゃあ……、か、金を払いな」

 

 七星の口調は強いが、表情は媚薬で蕩けかけて、淫乱な雌の顔をしている。

 自分もあんな表情をしているのだろうかと、孫空女は思った。

 

「へっ、お前も熟れきってしまって、下の口ではだらだらと涎を垂らしまくっているじゃねえかよ」

 

 牢番長が七星に近づいた。

 

「おい、なにをしている――」

 

 そのとき、強い声が石牢の扉側からした。

 孫空女がふと見ると、そこに立っていたのは、険しい表情の関保だ。

 後ろに五人ほどの兵も立っている。

 牢番長が、驚いて立ちあがった。

 関保がつかつかと牢に入ってきて、その牢番長の顔に関保の腕が飛んだ。

 牢番長の身体が、壁に叩きつけられた。

 

「この女たちに勝手に触るなと言ったはずだ」

 

 関保が牢番長を冷たい顔で見下ろしている。

 殴られた牢番長の頬が青くなっている。

 いい気味だ。

 

「か、関保様……。こ、これはですね……」

 

「言い訳はいい。これから先は、この女たちは、俺が預かる。牢から出ていけ」

 

 関保がそう言うと、牢番長が逃げるように部屋から出ていった。

 牢番長が出ていくのを確かめていた関保が向き直った。

 兵がふたりほど入ってくる。

 手には、新しい拘束具らしきものを持っている。

 

「お前たちの処遇が決まった。お前たちは、いまから霊感大王廟(れいかんだいおうびょう)に送られて、妖魔への生贄になる。お前たちの主人がそれに合意したそうだ」

 

 関保が言った。

 

「い、生贄……?」

 

 七星だ。

 意外な言葉に驚いた表情をしている。

 孫空女も怪訝に思った。

 生贄ってなんだ?

 

「そうだ」

 

 しかし、関保はそれだけ言うと、説明することなく兵に合図をした。

 兵が寄ってきて、孫空女と七星の首に金属の首輪をかける。

 首輪の前の部分には鎖が繋がっていてふたつの手錠が繋がっている。

 壁の枷を外されて、その首輪に繋がった手錠に両手首が繋ぎなおされる。

 脚も壁から外されて、足首を繋ぐ鎖が繋がった金属の足枷が左右の足首に嵌められる。

 その間、ほかの兵は剣を抜いて、孫空女と七星を見張っている。

 枷をつける兵の手際もよく、逃亡の隙はない。

 

 壁から離してもらえたが、今度は足錠と手錠をつけられたという状態だ。

 手錠は首輪と繋がっているが、かなりの長さがあるので、比較的自由はある。

 股間くらいは届きそうだ。

 

 関保は、さらに兵に命じて、水の張ったたらいを運ばせた。そして、盆に載せた食事と布も持ちこまれた。

 

「時間は二刻(約二時間)だ。その間に、そのたらいの水で身体を洗い、食事をしていい。二刻すれば、お前たちは、生贄を運ぶ市民に引き渡される」

 

 関保はそれだけを言い。兵を引きあげさせた。

 そして、自分も牢を出ようとする。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、関保。ご主人様……、いや、宝玄仙様は、本当に、あ、あたしらを生贄とやらにすることに同意したのかよ?」

 

 孫空女は関保に訊ねた。

 

「ああ、そうだ。ひとりにつき、金袋ひとつだそうだ」

 

 牢の扉が閉じた。

 扉が閉じると、七星がたらいに飛びついた。

 すぐに股間を洗い始める。

 孫空女も争うように同じようにした。

 なんとか薬を洗い落とすことができると、身体も落ち着いてきた。ほかの布片で身体を拭く。

 

「おい、孫空女、一応、身体を隠せるものもあるよ。あの隊長さんも情け深いじゃないかい」

 

 七星が言った。

 布の束の中には、身体を拭くための何枚かの布片のほかに、衣類もあった。

 もっとも、衣類といっても膝丈くらいの下袍(かほう)と胸の部分を包む胴巻きだ。

 それでも、裸でいるよりはずっといい。

 いずれも足枷と手枷をつけたままでも身につけられそうだ。

 

 急いで身に着ける。

 手枷をつけられたままだとやり難いが、ふたりで協力するとなんとか下袍と胸の胴巻きを装着することができた。

 これでも半裸のようなものだが、なにかほっとする。

 

「ほう、食事もいいよ。なんか、贅を尽くしたという感じだよ。魚料理に肉料理。果物もあるねえ。へえ……。この小瓶はなにかな……? うわぁ、見てごらんよ、孫空女。これは、酒だよ。酒がついているよ」

 

 七星は歓声をあげた。

 

「……あたしの酒はあんたにあげるよ、七星」

 

「なんだい、あんた、下戸(げこ)かい、孫空女? 女ながらに一斗樽くらい平気でいけそうな感じだけど」

 

 七星は、すでに肉と酒を口に入れて満足そうな表情をしている。

 

「酒なんて……。ひと口飲んだだけで、あたしはひっくり返ってしまうよ」

 

 孫空女も箸を伸ばして飯と魚料理を口にした。

 確かにおいしかった。

 囚人に出すような粗末なものではない。

 

「意外だねえ。もしかしたら他のみんなも飲めないのかい?」

 

 七星はそう言いながらも小瓶の酒を一気に飲み干した。

 

「おい、七星。そんなに一気に飲んで大丈夫かよ?」

 

 孫空女は驚いた。

 

「なに言ってんだよ。こんなの水みたいなもんじゃないか……。ほら、あんたのをあたいによこしな。その代わり、この水壺をやるよ」

 

 七星が、ふたつある小瓶のうち、水の方を孫空女に伸ばした。孫空女はそれを受け取って、酒の入っている方を七星に渡す。

 

「これは、味わって飲もうかね。生涯最後の酒かもしれないからね」

 

 七星は、嬉しそうに小瓶を自分の盆に載せた。

 

「よく言うよ……」

 

「孫空女、これもいいよ……。この刻んだ茸(きのこ)に蜂蜜がかかったやつ。意外に旨いよ。食べてごらん」

 

 七星は次から次へと料理を平らげていく。

 呆れた食欲だ。

 

「茸って大丈夫かよ……。あたしは、知らない茸だけは手をつけないようにしているんだよ」

 

 孫空女は言った。

 

「それは野宿の場合だろう? ここで毒なんて出しはしないよ。よくわからないけど、生贄って言ってたじゃないか。だっから、ここで死なれちゃあ、困るんじゃないか」

 

 七星が口の中にものを入れたまま言った。

 

「その生贄ってなんだろうねえ、七星? 霊感大王とか言っていたねえ……。へえ、本当にこれ美味しい」

 

 孫空女も思わず言った。

 茸料理は、柔らかくて風味があり、茸自体はぴりりと辛い。それが蜜と口の中で合わさり、なんとも言えない味になる。こんなものは初めてだ。

 

「……まあ、あれじゃない。食い終わったら、また、縛られて、どっかに運ばれて、待っていたら、その霊感大王とやらが出て来るんじゃないか? それで、あたいらは食われるんだろうよ……。ねえ、あんた、その肉、まだ食うのかい? 余ってんならおくれよ」

 

「後で愉しみに食べるから残してんだよ――。それにしても気楽だねえ、七星。これから、あたしらは喰われるんだよ。その魔王にね」

 

「なに言ってんだよ。あんたとあたい――。暴れ回って、逃げりゃあいいじゃないか。魔王だって喰う前には、鎖くらい外すだろうさ。そうなったら、ぶん殴って逃げる。そして、宝玄仙さんのところに戻ろう……」

 

「そんな、簡単には……」

 

「大丈夫さ。まあ、路銀をなくしたことについては、罰もあるかもしれないけど、あれはあれで、怖さ半分、期待半分っていうか……。ここだけの話だよ、孫空女。あたいは、宝玄仙さんが、“罰だ”っていうと、なにされるんだろうって、震えが走るんだけど、ほんの少し、股間がじわぁってなるんだよね。あたいって、罰を受けたいのかなあ?」

 

「知らないよ、そんなの」

 

 孫空女も呆れて言った。

 だけど、孫空女も同じように感じることもある。

 宝玄仙は、罰の後は優しくもしてくれる。

 あれは、本当に温かい気持ちになる。

 

「それで、さっきの話はどうなのさ?」

 

 七星が言った。

 

「さっきの話って?」

 

「みんなが下戸かって、話だよ。そう言えば、あんたら、旅の間、酒飲まないよねえ。あんたらと一緒になって一箇月くらいだけど、そう言えば、一度も酒がなかったじゃないか。考えてみれば、あたいは、こんなにも長い時間、酒を抜いたことはなかったかも」

 

「ご主人様は飲むよ。まだ、東帝国内を旅していた頃、天教の神殿で酒を振る舞われたのを普通に応対していたね。まあ、いくら飲んでも一緒という感じだったよ」

 

「へえ、宝玄仙さんは、うわばみかい。そりゃあ、一度手合わせしたいねえ」

 

 七星が気楽そうに笑った。

 

「沙那はあたしと一緒でまったくの下戸だよ。朱姫は知らないけど、飲んだことないんじゃないかなあ……。少なくとも、一緒に旅をするようになってからは、一滴も飲んでいないよ」

 

「ふうん。酒もなかなかいいものなのにねえ。この愉しみを知らないなんて、あんたらも可哀そうに」

 

「知らないんじゃなくて、愉しめないんだよ」

 

 孫空女は言った。

 食事をすっかりと平らげると、することもなくなった。

 しばらく壁にもたれて微睡んでいると、扉が開いて、また関保がやってきた。

 

「時間だ」

 

 関保はそれだけを言い、そばに近寄ってきた。

 首がちくりとした。

 次の瞬間、いきなり腰が抜けた。

 

「な、なに……?」

 

 腰が抜けたのではない。

 全身の力が入らなくなったのだ。全身が弛緩して立つことができない。

 ふと見ると、七星も同じ状態だ。

 

 すべての拘束具が外されるが、手も足もまったく自由にならない。

 どうやら、即効性の弛緩剤を首に刺されたようだ。

 もしかしたら、道術のこもった仙薬の一種かもしれない。

 

 両脇を兵に抱えられて無理矢理に立たされる。

 そして、引き摺られるように、地下牢の廊下を歩かされた。

 地下牢の先には、牢番の詰所があり、そこを通り過ぎると、軍の営庭だ。

 

 外に出されたとき、陽の光がまぶしかった。

 それで、いまは、すでにかなり陽も高いのだとわかった。

 そこには、五十人ほどの人間がいて、ほとんどが飾りのようなものがついた衣装を着ている。

 台がふたつ準備されていて、それが神輿のようになっている。銅鑼(どら)や太鼓を持った者もいるし、幟(のぼり)を持った者もいる。

 彼らは兵ではないようだ。

 生贄を運ぶ住民なのだろう。

 

「ふたりを引き渡すぞ、陳清(ちんせい)殿」

 

 関保は短く言い、孫空女と七星は、そこにいた初老の男に引き渡された。

 孫空女と七星は、すぐに数名の男たちに担がれて、台の上に載せられる。

 そして、その台に手足を拡げて革紐で拘束された。

 手首足首のほかに胴体や首にも紐が巻かれて、台に完全に固定された。

 

「出発じゃ」

 

 さっき、関保が陳清と呼んだ男が叫んだ。

 ときの声があがり、台が持ちあげられる。

 銅鑼と太鼓が鳴り響き、ゆっくりと進み始めた。

 

 孫空女と七星は、台に拘束されて載せられたまま、営門を出て大通りを出た。

 縛られている台は人の肩の上にあり、台の周りには、外から覗き込めないように囲いがついている。

 そのため、風景があまり見えない。

 しかし、なんとなく、営門を通過し、大通りを抜けて、城門を抜けるのがわかった。

 城郭を進む間は、行進を見物する者もいたようだが、城門を出てしまうと、ほとんど人の気配はなくなった。

 

 進んでいる左側からは、河から流れる風の気配と水の音が聞こえてくる。

 通天河(つうてんが)だろう。

 川沿いの街道を進んでいるのだ。

 

 行進は一度も止まることなく、二刻(約二時間)ほど進み続けた。

 やがて、台に載った孫空女の視線にも、大きな建物が映った。

 

 その建物の中に入ると、中はがらんとした空間のようだった。

 建物の奥にある祭壇のような場所に、台が置かれる。

 孫空女と七星を運んできた男たちは、祈りのような言葉を合唱し、そのまま立ち去っていった。

 

「ねえ、孫空女、いるよね?」

 

 七星の声がした。七星が縛られている台も孫空女の横にあるはずだが、孫空女に見えるのは、この建物の天井と台の横の柵だけだ。

 

「いるよ」

 

「あたいらを運んできた男たちは、もういないよねえ?」

 

「そうだね。この建物からいなくなった気配はしたね」

 

「じゃあ、さっさと逃げようじゃないか。さっきの身体を弛緩された薬の効果は消えてみたいだし」

 

 七星は言った。

 それは孫空女も感じていた。

 あれは、孫空女と七星を台に拘束するための一過性の弛緩剤だったらしく、いまは身体の筋肉も戻っている感じだ。

 

「賛成だね。でも、この身体を縛っている革紐の外し方がわからないけどね」

 

 孫空女は言った。

 

「あたいもさ……。あんただったら、いい考えがあるのかと思ったりしたのさ。それとも、あんたの馬鹿力で、この紐を引き千切るとか……」

 

「残念だけど、あたしの力でもこれは無理だよ」

 

 そんなことは、さっきからやっているのだ。

 しかし、これはただの革紐じゃない。

 引き千切ろうとすると力が吸収されたようになって、まったく力が伝わらない。

 多分、なにかの霊具だろう。

 

「じゃあ、やっぱり喰われるしかないのかなあ……」

 

 七星が嘆息するのが聞こえた。

 

「あんたの得意の第六感はどうなんだよ。あたしらは、生き延びられんのかな?」

 

 七星は事あるごとに、自分には第六感があり、命の危機のある危険は回避できると豪語していた。

 こいつに言わせれば、禍は降りかかるが最後には七星を避けていくことになっているらしい。

 

「さあね……。よく考えたら、あたいもまだ死んだことはないからね。本当に、死ぬときに予感がするのかどうかは、わからないよ」

 

「頼りないねえ。いつもの豪語はどうしたんだよ、七星。こういうときこそ、景気のいいこと言ってくれよ、馬鹿女」

 

「馬鹿女って、なんだよ、孫空女」

 

「馬鹿女だから、馬鹿女って、言ってんだよ。ああ、なんでこんなことになったんだろう。だいだい、博打で金を増やそうなんてさあ……。結局、沙那が正しかったじゃないか」

 

「お前まで、真面目女の振りしちゃってさあ……。元はといえば、五行山の女盗賊だろうがよ」

 

「あたしは、博打には手を出さないんだよ。子分にもやらせなかったしね」

 

「そんなことだから、子分に裏切られんだよ、孫空女。博打をしない盗賊なんて聞いたことないよ」

 

「な、なんだとう、七星――」

 

 孫空女は怒鳴った。

 宝玄仙と最初に遭ったとき、宝玄仙がけしかけたとはいえ、孫空女が率いていた部下たちは、孫空女を裏切って、寄ってたかって孫空女を犯したのだ。

 あのときの屈辱が思い出された。

 

 その時、風のようなものが吹いた。

 

「な、なんか来るよ、孫空女」

 

「ああ」

 

 孫空女には、『移動術』で、なにかがやってくるのがわかった。

 大きなふたつの流れ……。

 

「お父さん、約束だよ……」

 

 女の子の声……。

 

「うわあっ」

 

 七星の叫び声がした。

 孫空女も、七星が見たものを見た。

 身の丈が孫空女の二倍もある悪鬼のような姿の金色の具足を身につけた巨人の魔族が孫空女と七星を見下ろしている。

 巨大な二本の横角があり、口元から覗く尖った牙と真っ赤な瞳は肉食獣を思わせた。

 また、その横には、同じような髪と牙の小さな雌妖がこっちを覗いている。

 霊感大王ほどではないが、雌妖も巨漢だ。

 大きな妖魔が霊感大王だろう。

 なんとなく顔が似ているところを見ると、横の子供の雌妖は、娘だろうか。

 

「ねえってばあ、お父さん、聞いているの?」

 

「聞いているなもし、愛魚女[(あいなめ)。しかしのう……」

 

 姿かたちの凶暴さに似つかわしくないゆったりとした喋り方だ。

 

「だーめ。もう約束したもんねえ……。ほら、あんたたち、ちゃんとした犬にしてあげるからね」

 

 愛魚女と呼ばれた雌妖が言った。

 話し方は、幼い子供を思わせる。

 それにしても、いま、犬って言われた気がするが……

 犬ってなんだ?

 

「わかったぞなもし、愛魚女。じゃあ、ちゃんと育てるんだぞなもし。躾できるなもし?」

 

「できるよ、お父さん」

 

「じゃあ、飼ってもいいぞなもし」

 

 大きな妖魔がそう言いながら、孫空女の首に手を伸ばしてなにかを嵌めた。

 それが首輪だと気がついたのは、すぐだ。

 気がついたときには、霊感大王は七星のいる台にも手を伸ばしている。

 孫空女に嵌めたものと同じ首輪を七星の首にも嵌めようとしている。

 しばらくしたら、愛魚女という娘が戻って来た。

 顔に満面の笑みを浮かべている。孫空女を拘束していた革紐を次々にその愛魚女が外している。

 そして、ついに、最後の革紐が外された。

 

「孫空女――」

 

 向こうの台で、七星が立ちあがっている。

 孫空女も、愛魚女を突き飛ばして立ちあがった。

 愛魚女が悲鳴をあげて、地面に倒れた。

 

「七星、逃げるよ――」

 

「あいよ」

 

 台から飛び降りた。

 

「伏せ――

」

 しかし、愛魚女の声が響いた。

 突然、身体が金縛りになったように動かなくなった。

 孫空女は、地面に張りつけられた。

 

「な、なに?」

 

 七星の声――。

 明らかに動揺している響きがある。

 孫空女も突如として、自由を奪われたことに当惑した。

 しかし、すぐに理由を悟った。

 

「こ、これだ、七星――。首輪だよ。外せ」

 

 孫空女は叫んだ。

 この首輪が霊具になって、孫空女たちの行動を縛っているのだ。

 

「伏せだよ、二匹とも」

 

 だぎ、また、愛魚女の声が響く。

 身体が強く地面に拘束される。

 手足がまったく動かない。

 

「……首輪を取っちゃだーめだよ、お前たち」

 

 愛魚女が孫空女に近づいて、その手が孫空女の服に伸びる。

 すると、背中側から着ているものを引き千切り始めた。

 

「な、なにやってんだよ、愛魚女。や、やめなよ」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「なにって、お前たちは、あたしの飼う犬になるのよ。服なんて着てたら変でしょう?」

 

「ちょ、ちょっと」

 

 あっという間に服を剥がされた。

 その間、なんの抵抗もできない。

 

「さて、こっちも、脱ごうね」

 

 愛魚女は、七星に取りかかった。

 七星が悪態をついている。

 孫空女はもがいた。

 だが、どうしても、地面から離れられない。

 

「こらっ、お前ら、わたしの持ち物に触るんじゃないよ」

 

 廟の入口から声がした。

 孫空女は声の方向を見た。

 

 宝玄仙と沙那と朱姫がそこにいた。

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