147 河のほとりの罠
岸に打ち上げられたとき、朱姫は周りに誰もいないことに気がついた。
ただ、そこに辿り着くにはかなりの距離がありそうだ。
太陽は山の影に半分傾いている。
どうやら、夕刻のようだ。
朱姫はずぶ濡れの身体を起きあがらせた。
宝玄仙はどうしただろう?
沙那は? 孫空女は? 七星は?
見回した限り、みんなはどこにもいないようだ。
あのまま溺れたということはないだろうか。
朱姫が生き残っているくらいだから死んではいないと思うが……。
「寒い……」
朱姫は身体を震わせた。
身体が冷え切っている。
その身体に夕闇の寒さが急に染み込む。
とにかく、身体を温めたい。
とりあえず、遠くに見える人家の集まりに向かって足を進める。
それにしても、ここはどこだろう?
河沿いに歩きながら、朱姫は考えた。
河の流れからすれば、どうやら、朱姫は通天河の向こう岸にはいるようだ。
あのとき、『海亀の
食われはしなかったが、その巨大な魚の作る渦に巻き込まれて河の中に引きずり込まれた。
その渦に巻き込まれたとき、朱姫の身体をなにかの力が引っ張り寄せた。
あれは、宝玄仙の道術ではなかったのだろうか。
水の渦に巻きつけられながらも、朱姫は宝玄仙の姿を見たような気がしたのだ。
最初に襲われた巨大魚は、すぐに朱姫から離れていった。
しかし、その巨大魚は一匹ではなく、数匹の群れだった。
あっという間に数匹の巨大魚に囲まれて、その真ん中に朱姫は巻き込まれた。
多分、その時までは、孫空女や沙那や七星も近くにいた気がする。
宝玄仙の道術が水中の中で飛び交うのがわかった。
巨大魚たちは、朱姫たちを獲物として渦の中に巻き込みながらも、苦しむようにもがいていた。
それから朱姫の記憶は混沌としている。
なにかの力に身体を支えられた気もするが、よくわからない。
しばらく、巨大魚の作る水の渦に巻き込まれて、急流に流され続けた。
やがて、顔が水面に出たと思う。
しかし、すぐに朱姫の頭に河の波が被った。
そうやって、何度か、水面を出たり沈んだりを繰り返していたことを微かに憶えている。
だが、覚えているのはそこまでだ。
気がついたら、朱姫はさっきの岸に倒れていた。
河原の砂と泥が身体にまとわりついている。
あの広大な河の真ん中で水の中に投げ出されて、よくも岸に辿り着けたものだと思う。
こうやって、通天河を見ても向こう岸は見えない。
それほど大きな河の真ん中で投げ出されたのだ。
それともなにかの力に護られたのだろうか。
いずれにせよ、打ち上げられたのが岩場のような場所でなくてよかった。
柔らかな砂が朱姫の身体をうまく受け止めてくれたのかもしれない。
河沿いの小道は、途中から奥深い林に阻まれて、内陸側に曲がっていた。
道沿いに進み、この林を迂回すれば、さっき川岸から見えた集落に辿り着けるだろう。
しばらく歩くと、さっき迂回した通天河沿いの林の向こうに焚火の煙が見えた。
それと同時に、通天河とは反対の山手の方向に一軒の家があるのも見えた。
その家は、樹木の影に隠れてわかり難いが小さな庵がある。
近づいていった。
家というよりは、やはり小さな庵だ。
特に門のようなものはない。
朱姫は、その庵に向かった。
さっき見えた集落はかなり遠くにあった。
ここに、人がいるなら、この庵の人間に助けてもらおうと考えた。
朱姫は、その庵に向かった。
「すみません」
驚いたことに、玄関は開け放たれていた。
朱姫は、玄関から家の中に向かって叫んだ。
返事はない。
「どなたか、いませんでしょうか?」
もう一度言った。
やはり、返事はない。
中に人の気配はなかった。
朱姫は迷ったが、そのまま上がり込んだ。
いまは、冷えた身体を温めたい。
玄関から先に進むと、ひとつの部屋があった。
どうやら、この庵にあるのは、この部屋だけのようだ。
部屋の真ん中には囲炉裏があり、火が熾せるようになっているが、いまは火の気はない。家具らしいものはなく、卓も椅子もなにもなく、ただの床があるだけだ。
人が生活をしていた匂いはなく、どうやら、空き家のようだ。
朱姫は、部屋の隅にぽつりと置いてあるひとつの葛籠に目を留めた。
近づいて蓋を開く。
「あら」
思わず声が出た。
中にあったのは、ひと組の女物の衣類だった。
長袖の薄紅色の貫頭衣と草履――。
ひと組の下着まである。
朱姫は、今度は大して迷うことなく、びしょ濡れの衣類をその場で脱ぎして、その新しい服に着替えた。
服のほかにも、身体を拭く布と、髪をとかす櫛や髪飾りまである。
さすがに髪飾りまで失敬するのは気が引けたので触らなかったが、布と櫛は貸してもらった。
乾いた衣類に着替えることができ、なんとなく人心地ついた朱姫は、囲炉裏を使って部屋を暖めることを考えた。
幸いにも囲炉裏の横には、数束の薪も置いてある。
薪を囲炉裏に置き、霊力を込める。
あっという間に薪が燃え始める。
こんなことができるようになったのは、最近のことだ。
眼の前の薪は普通の薪だ。
こういう霊力を帯びないものに道術を及ぼすのは、実は複雑な術式が必要となる。
そのままでは薪はただの薪だ。
霊力を帯びない人間に道術が通じないのと同じように、霊力を帯びないただの薪には、道術はかけられない。
だから、まずは、ただの薪を霊具にする術式を刻む。
霊具にするために、薪に触れて、霊力の出入り口を刻むのだ。
霊力の出入り口といえば、代表的なものは道術紋だが、薪を燃やすだけの単純な道術には、それほどの複雑なものはいらない。
霊力の出口を薪に刻むことで、ただの薪が霊具となる。
そこに朱姫の霊力を注ぐのだ。
薪は発火し、燃えあがる。
それだけのことをやっているのに、かかっている時間はほとんどない。
見た目には、ただの薪に道術で火をつけたようにしか見えないはずだ。
実は、霊具を作るというのは、道術の中でも高等技術で、少し前の朱姫にはそんなことできはしなかった。
しかも、霊具を作る道術は、非常に高い精神集中が必要になる。
少しでも雑念があれば術式は完成しない。
だが、いま、なんなく朱姫は、ただの薪を発火のできる霊具にした。
嬉しかった。
このところ、急激に霊力が上がり、さまざまなことができるようになっていた。
宝玄仙は、朱姫には、道術力の高い術遣いになれるかもしれないと言っていたが本当だろうか。
宝玄仙が言うには、もともと、朱姫は持っている道術の割には、大きな術を遣っていたらしい。
『使徒』を出す技――。
『縛心術』――。
『移動術』――。
そして、『獣人』の技――。
こういう術は、本来、朱姫程度の術遣いにしては高すぎる技のようだ。特に『獣人』などという術は、一度遣えば、しばらくはどの術も遣えなくなるし、技を出してもすぐに術切れで術が停止してしまう。
だから、本来の朱姫は、もっと高い霊力を溜めることができるはずだという。
そうならないのは、朱姫がまだ成長の過程であるからかもしれないし、人間と魔族の相の子という特殊な血がそうさせているかもしれないらしい。
とにかく、朱姫ももうすぐ十八になる。
だから、霊力もまた成長をしている。
それは自分でもわかる。
それにしても、どうせ、宝玄仙の道術紋を刻まれるならもう少し、成長してからがよかった。
沙那や孫空女、そして、七星の裸身を見るたびに思う。
朱姫の身体は、ふたりに比べれば幼い。
宝玄仙に魔法陣を刻まれた影響により、宝玄仙のそばにいる間は、宝玄仙の強い霊力の影響が加わり、肉体的な成長が緩慢になり、宝玄仙と出遭った頃の十六とまったく変化をしていないのだ。
もともと、身体に道術紋を刻むというのは、朱姫のように成長途中の人間にやったりはしない。
しかし、朱姫にはそれが必要なのだ。
以前、白骨という奴隷商人によって、『
それを放っておくと朱姫の身体は、どんどん獣に近いものになり、やがて、脳を犯されて獣そのものになってしまう。
そうならないように、宝玄仙は、朱姫に刻んだ道術紋を通じて、『臙脂虫』の卵を処理し続けてくれている。
そうやって、『臙脂虫』を定期的に処分しなければ、繁殖力の強い『臙脂虫』は、すぐに朱姫の身体をまた作り変えてしまうのだ。
その『臙脂虫』の影響をとめるという代償が、朱姫の肉体の成長の停止なのだ。
もっとも、宝玄仙に道術紋を刻まれたということは、悪いことばかりではない。
そうやって、宝玄仙の強い術が常に注がれているということが、朱姫にも影響を及ぼしているようでもあるのだ。
宝玄仙の霊力が、朱姫の中の霊力の包容量を拡大している気配があるらしいのだ。
それにしても、みんなは無事だろうか。
宝玄仙に限って、河で溺れるなんてことはないような気がするし、朱姫でも生き残ったのだから、沙那や孫空女ほどの女傑だったら、なんとか岸に辿り着けたに違いない。
七星など、泳ぎは得意だと言っていたから大丈夫だろう。
とにかく、今夜は、このまま休んで、明日、みんなを探す手段を考えよう。
朱姫は、そう考えて、囲炉裏の前にごろりと横になった。
しばらくしてから、なにかの気配を感じて、朱姫は眼を開いた。
「
「そうだね、
「叶わなきゃ、罰として火あぶりだね」
「叶わなきゃ、罰として火あぶりだね」
朱姫はまどろみから覚めて、声の方向に視線を送った。
裏庭に、透明の羽根を持つ二匹の雌妖が浮かんでいて、朱姫を見ている。
裏庭に面する障子は開け放たれて、完全に解放されている。
声の主は鳥妖だった。
ふたりとも人間でいえば、七、八歳くらいの少女というところか。
透明の薄物を身に着けていて、白い裸身が透けている。
「なに、あんたたちは?」
朱姫は身体を起こして言った。
「盗人が起きたね」
「なかなか可愛いね。
「いいや、きっと叶うね。きっとお嫁にするね」
「なら、おめでたいね。盗人だけど、きっと許されるね」
二匹の鳥妖は、まるで鳥がさえずるような高い声でそう言い合った。
「盗人って、もしかして、ここはあんたたちの庵?」
朱姫は完全に眠気が取れて言った。
「違うね。独角兕様の庵だね」
「庵というか罠だけどね。ここに女物の服とか、宝石とか置いといて、盗もうとした若い女を捕えるための罠だね」
「そうだね。だけど、最近じゃあ、知れ渡っていて、誰も引っかからなくなったね。だから、なにも置いてなかったけど、久しぶりに獲物がかかったね」
「可愛いから、きっと独角兕様は喜ぶね」
また、二匹が言った。
なんとなく、
奏というのは、
使徒というのは、妖魔と似ているが、自分の力で存在しているのではなく、術者の霊力により実体化しているというのが特徴だ。
朱姫は長くひとりぼっちで旅をしてきたので、唯一の話し相手がその三匹の使徒たちだった。
残念ながら、金角と銀角に襲われたとき、朱姫の使徒は銀角に焼かれてしまい、彼女たちが宝玄仙と『主従の誓い』を結んだ後、責任を持って復活させるといって魔域に持ち帰った。
長く一緒だった使徒がいなくなったことに衝撃を受けたが、宝玄仙や沙那や孫空女の存在が朱姫の寂しさを消滅させてくれた。
「もしかしたら、あんたたちは、その独角兕とかいう人の使徒?」
朱姫は言った。
「あたしは、金啄女だよ。独角兕様の使徒だね」
「あたしは、剛啄女だよ。独角兕様の使徒だね」
それぞれに言った。
どちらが金啄女で、どちらが剛啄女なのかわからない。
二匹ともそっくりな姿をしている。
「ここは、独角兕という人の庵なの?」
朱姫は訊ねた。
「庵じゃないね。女を捕えるための罠だね」
「人じゃないね。妖魔だね」
「妖魔の大王の独角兕様だね」
「ここに女の好きなものを置いて、手を出したものを捕えるんだよ」
「随分、長く使っていなかったからね。この庵の正体が知れ渡ってしまって、誰も近づかなくなったからね」
金啄女と剛啄女が交互に宙を舞いながら言った。
なんとなく嫌な予感がした。
朱姫は、開け放たれている裏庭に降りようとした。
しかし、なにか空気の壁みたいなものに阻まれて外に出られない。
朱姫はびっくりした。
「な、なにこれ?」
朱姫は思わず声をあげた。
「ここからは出られないよ」
「盗人だからね」
金啄女と剛啄女が甲高い声で囁き笑った。
「盗人、盗人って……。ああ、この服ね。返すわよ――」
朱姫は叫んで、着ていた服を脱ごうとした。
ずぶ濡れになった服は、まだ半乾きだが仕方がない。
「ひひゃあっ」
その途端、着ていた服が突然にうねうねと動き始めて、朱姫はそこに倒れ込んだ。
衣服がまるで生き物のように、朱姫の身体中を擦りはじめたのだ。
くすぐったいような、気持ちいいような微妙な刺激に、朱姫は身体を抱いて、嬌声をあげた。
「盗人が感じているね」
「もっと、感じさせてやろうよ、金啄女」
鳥妖がそう言った直後、股間を包む下着から伝わる振動が激しくなった。
肉芽を覆う部分だけが、もの凄い速度で振動する。
「きゃああぁぁぁ――」
朱姫は悲鳴をあげて、下着を取り去ろうとした。
しかし、なぜか、下着が貼りついたようにとれない。
こうなったら、引き破ってでも外そうと思った。
しかし、両手がさっと背中に回る。
実際には両手ではなく、朱姫が着ている服の袖が背中に動いたのだ。
その服を着ている朱姫は、当然、背中に腕を回して拘束されたかたちになった。
服が拘束具そのものになったというところだ。
「あ、謝るから。か、勘弁してぇ――。ひいいっ」
朱姫は背中に腕をまわした身体をその場にうずくまらせた。
「そんなに腰を動かしていやらしいね」
「もうすぐ、独角兕様が来るよ。どうなるかな。嫁にするかな。それとも、火あぶりかな」
金啄女と剛啄女は笑いさざめくだけだ。
股間の振動はまだ続いている。
そして、さらに両方の乳首の部分も震えはじめた。朱姫はさらに悲鳴をあげた。
「金啄女、剛啄女――。若い娘が囲炉裏の罠に可愛い娘が引っかかったというのは本当か――。おお、これかあぁ」
朱姫は、裏庭に感じた新しい魔族の気配に顔をあげた。
そこには、一匹の巨漢の妖魔がいて、二匹の鳥妖の間に浮かんでいる。
頭の両側から水牛を思わせる二本の角がある。
「独角兕様、あたしらが捕まえたんだよ」
「そうだよ。可愛い顔をしているよ」
金啄女と剛啄女が独角兕に向かってにこにことした顔を向けた。
「おうおう、わかっている。これはなかなかの別嬪だ。だが、こいつは、なんで、こんなに震えているんだ?」
独角兕が言った。
「懲らしめだよ。盗人だからね」
「懲らしめだよ。庵に勝手にあがりこんで、服や薪を盗んだね」
二匹の鳥妖が言う。
「か、返す。返しますから、もう、か、勘弁してください」
朱姫は泣き叫んだ。
股間と乳首を苛む衣服の振動は、もう朱姫を切羽詰った状況に追い詰めていた。
「お前の名は?」
独角兕が朱姫に視線を向ける。
「朱姫……朱姫です」
「そうか、朱姫か。いい名だな。よし、俺の妻にしてやる」
独角兕がさっと手を振る。
朱姫を苦しめていた下着の振動と服のうねりがとまった。
しかし、背中に回った腕はそのままだ。
朱姫は、身体を起こして、独角兕に顔を向けた。
すると独角兕の顔が破顔した。
「おお、これは、なかなかのものだ。そうだな、十番妻にしよう」
独角兕は地上に降りると、そう叫んだ。
「うわあ、十番妻だって」
「いきなり、毎日妻だよ。ほかの妻たちが嫉妬するね」
金啄女と剛啄女が交互に言う。
いったい、十番妻とか、毎日妻とかいうのはなんのことだろう。
「ねえ、ご褒美ちょうだい、独角兕様」
「そうだよ、ご褒美だよ」
二匹の鳥妖が、こちらに向かいかけた独角兕を引きとめるように声をあげた。
「わかった、わかった。ご褒美だな」
独角兕が立ちどまり、二匹の鳥妖の腰を太い腕で掴むと、自分に引き寄せた。
そして、まず、一匹に口づけをした。
相手の口の唾液のすべてを飲み尽くすかのような強烈な接吻だ。
朱姫はそれを呆気にとられて見ていた。
鳥妖といっても姿はまだ子どもだ。
子ども相手の本格的な口づけは異様だ。
独角兕は一匹から口を離すと、もう一匹にも同じ口づけをした。
口づけが終わると、二匹の鳥妖は力を失ったかのように地面に降りてしゃがみ込んだ。
その顔は上気して真っ赤だ。
「さて、朱姫。よく来たな。俺の嫁にしてやるぞ」
独角兕が庵にあがり込んできた。
朱姫は、思わず後ずさった。
しかし、その片脚を独角兕が掴んで引きとめる。
そして、もう一方の腕で、いきなり、
「きゃああぁぁぁ――。や、やめてよう――」
朱姫は腿を擦り合わせて叫んだ。
腕は背中に回っているので、下着を曝け出されても隠すことができない。
しかも、下着はさっきの金啄女たちの悪戯で、いやらしい染みを作っているはずだ。
「おおう」
独角兕が朱姫の股間を見ながら唸り声をあげた。
「……いい匂いだ。さっそくここでやるか、朱姫?」
「や、やるって、な、なによ。は、離して――。離してください。下袍を捲りあげないでよう――」
朱姫は、脚を曲げて股間を懸命に隠しながら、泣き声をあげた。
の片側の足首を掴んでいる独角兕の強い力は、ぴくりとも動かない。
「なかなかのお転婆だ。だが、俺は、元気のいい女は好きだあっ」
「な、なにするのよ?」
朱姫は片足で、激しく独角兕を蹴りあげる。
しかし、独角兕は涼しい顔で朱姫をん場目回すように眺めつづけている。
「男と女でやると言えば、決まっているであろう。ましてや、俺とお前は、いま、夫婦になったのだぞ。十番妻にしてやる」
独角兕が朱姫の足首を持って、ぐいと自分に引き寄せた。
ますます、朱姫の下袍はまくれ上がり、いまは、完全に股間の下着が丸出しになる。
「い、嫌だって、言ってるでしょう」
朱姫は、空いている足で独角兕の顔を蹴りあげた。
だが、独角兕は平気な顔をしている。
にこにこして、朱姫の下着に手を伸ばした。
もう、これは駄目だ。犯される。
朱姫は恐怖に包まれた。
独角兕の手は、朱姫の履いている下着に完全にかかった。
「『獣人』――」
朱姫は叫んだ。
独角兕に負けないくらいの大きさの妖魔の姿に変わると、身にまとっていた貫頭衣を引き千切って、自由になる。
驚愕している独角兕に向かって、腕を振りあげる。
独角兕が、朱姫の腕を片腕で受けた。
その腕を独角兕の身体ごと吹き飛ばす。
床に倒れた独角兕に向かい飛びかかる。
『獣人』の魔術で、凶暴な妖魔そのものになった朱姫の十本の爪が独角兕の顔に襲い掛かる。
「ぎゃあぁぁぁ――」
しかし、空中にいる間に股間に衝撃を感じて、朱姫は態勢を崩したまま床に落ちた。
履いていた股間の下着が急に淫らな振動を始めたのだ。
しかも、最大限の振動を……。
「ひゃああぁ――。い、いやあぁぁ」
床に倒れ落ちた朱姫は股間を両手で押さえて、身体を仰け反らせた。
朱姫の身体は、もう霊力がなくなって、元の娘の姿に戻りつつある。
これまでにない強い振動に、朱姫ははしたない声を絞り出して、全身を悶えさせる。
「い、いくっ――」
ついに、朱姫は股間を両手で押さえたまま、身体を仰け反らせた。気をやってしまった。
気がつくと、びりびりの衣類を纏っているだけの裸身で、朱姫は床にうずくまっていた。
べっとりと淫液の染み込んだあの下着だけは、しっかりと身に着けている。
「あ、危ないところだった。助かったぞ、金啄女と剛啄女」
独角兕が身体を起こして裏庭にいる二匹の妖魔に顔をあげた。
そして、倒れている朱姫の腕をぐいと背中にまわして、縄で後ろ手に縛ろうとしている。
使っているのは、『魔縄』だ。
霊力が籠っている縄であり、それで縛られると軽く縛っただけでも外れることはない。
「も、もう、暴れないから、く、括らないで」
朱姫は声をあげた。
もう、股間に振動は止まっている。
「駄目だな。朱姫は、屋敷にいって、しっかりと調教してやらねばならんようだ。十番妻になるのは調教が終わってからだな」
独角兕は言った。
朱姫の両腕は背中で結わえられた。
もう、解けない。
もう、完全に霊力は喪失している。
道術を遣う力ももう残っていない。
「それよりも、ご褒美だよ。ご褒美」
「そうだよ、ご褒美」
「そうだったな、金啄女に剛啄女、来い」
独角兕が二匹の雌妖を庵の中に引き寄せて、再び、それぞれに熱い接吻をした。
「あ、あんたたちは、使徒じゃないの?」
朱姫は、括られた身体を曲げて隠しながら言った。
朱姫も使徒を使っていたが、ああいうふうに性の対象として使徒を考えたことはない。
「そうだよ。使徒だよ。だけど、成長したら、独角兕様の妻にしてもらうんだよ」
「そうだよ。あたしたち、金啄女と剛啄女も、独角兕様の妻のひとりにしてもらうんだよ」
金啄女と剛啄女はそれぞれに言った。
「ああ、してやるぞ。あと、七年経って、十五になったら、お前たちも俺の妻にしてやる。俺の肉棒をお前たちの女陰に突っ込んで、掻きつくしてやるからな。愉しみにしていろ」
「本当だよ、独角兕様」
「約束だよ、独角兕様」
二匹の雌妖が嬉しそうに言って、再び宙に浮かびあがった。
「きっと、十番妻以内にしてね」
「そうだよ、十番妻だよ」
「ああ、七年経って、お前たち使徒が、綺麗な雌妖に成長したらな」
独角兕は微笑んだ。
「なるよ。綺麗になるよ」
「そうだよ。その朱姫よりも綺麗になるよ。朱姫も十番妻なんでしょう? 朱姫よりも綺麗になるよ」
二匹の雌妖はそう言って、宙に浮かんだまま、裏庭に飛び出た。
そして、愉しそうに二匹で舞い踊る。
朱姫が見ても、幼いとはいえ、この二匹の雌妖は、とても美しい顔立ちをしていると思った。
成長して大人になれば、きっと美しい雌妖になるだろう。
しかし、使徒というのは、成長するものなのだろうか?
「さて、じゃあ、お前の身体を味わうは、屋敷に戻ってからにするか、朱姫。今日は、俺たちの初夜だから、ひと晩で十回はやってやるぞ」
独角兕は、朱姫の身体をひょいと掴んで、うつ伏せにして肩に載せた。
朱姫は暴れ回るが、がっしりと抱えられて逃げられない。
「や、やああっ――。離してよ。初夜って、冗談じゃないよう。嫌だって言っているじゃないのよう」
「そう言うな、朱姫。いまは、そう言うが、俺に一度抱かれれば、お前は、俺から離れられなくなる。絶対に満足させてやるから、大人しく俺の妻になれ」
独角兕は笑っている。
この魔族、一体全体なにを考えているのだろう。さっきから、嫁、嫁って言っているが、本当に嫁にするつもりだろうか。だが、さっきから聞いている限り、嫁というのはひとりではなさそうだが……。
「そ、そうだ……。あ、あたしは、もう、仕えているお方がいるよ。宝玄仙様にお仕えしている女奴隷なんだよ」
朱姫は独角兕の肩の上で叫んだ。
すると独角兕の顔から笑みが消えた。
「宝玄仙? 耳にしたことがあるぞ。牛魔王と仲違いしているとかいう東方からやってくる女の人間族の術遣いじゃないか?」
独角兕が朱姫に顔を向けた。二本の角の独角兕の顔が、すぐそばにある。
朱姫はぎょっとした。
「そ、そうだけど……」
「おう、やっぱりそうか――」
独角兕の顔が破顔した。
「やっぱり?」
「
独角兕が言った。
「ご、ご主人様は、あたしなんか、及びもつかないくらいのお綺麗な人よ」
朱姫は思わず言った。
すると、独角兕が雄叫びをあげた。
顔の近くで、大声で叫ばれた朱姫は、顔をしかめた。
「この辺にいるんだな?」
独角兕は言った。
「さ、さあ……」
この辺にいるのだろうか。
そうであれば、嬉しいのだが……。
「隠しても駄目だ。ようし、絶対に見つけてやる。本当に噂ほどの美女なら、これを逃す手はない。絶対に、妻にしてやる――。まあ、とにかく、今夜は朱姫のことだ。十発だ。十発はしてやるからな」
なんだ、こいつは……?
朱姫は、独角兕の肩に担がれたまま鼻白んだ。
「ねえ、その宝玄仙も十番妻にする、独角兕様?」
「やっぱり、十番妻?」
二匹の雌妖だ。
「さあな、それは、会ってみなければな……。ただ、朱姫よりも美女というのであれば、間違いないだろうな」
独角兕は言った。
「ねえ、さっきから言っている十番妻というのはなんのことよ?」
朱姫は言った。
「十番妻というのは、俺の妻たちのうち、毎日、俺と性交をできる権利を持った妻たちのことだ。ちなみに、十一番から二十九番までは、二日に一度。それ以降は、三日に一度の権利だ」
独角兕は事もなげに言った。
朱姫は驚いた。
なんだ、それ。
「そ、それ以降って、あ、あんた、何人の妻がいるのよ?」
「いまは、四十三人だ。本当は、全員と毎日できるのだがな。少しは差をつけて妻たちを競い合わせているのだ。いきなりの十番妻は、特別待遇だぞ、朱姫」
独角兕は、そう言うと庵を飛び出して、朱姫を担いだまま、一度跳びあがった。
そして、凄い勢いで外に飛び出した。