15 山越えの悪戯
「さ、沙那……、あ、あんた、すごいよ」
大陸街道を西に向かう、人気のない山道を進んでいるときだった。
孫空女が、すっと沙那に寄ってきて、小さな声で沙那にささやいた。
「なにが?」
沙那もささやき返す。
山を下れば、
孫空女との騒動の舞台だった五行山も遠くとなり、宝玄仙と沙那と孫空女の旅が始まって数日がすぎていた。
伊府を過ぎれば、国境も近くなる。
そして、国境を越えて、帝国の西に繋がる諸王国を通り過ぎ、遥か彼方にある通天河という大河を越えれば、そこが亜人域と称される亜族の暮らす国々がある場所となる。
宝玄仙の旅の目的は、その亜人域で天教の巡礼活動をすることであり、それを考えれば、まだ旅は始まってもいないといえる。
「それだよ、それ……。よく我慢できるねえ……」
孫空女は沙那に接するように歩きながら、こっそりと沙那に
宝玄仙は、少し遅れて歩いていたので、その隙を狙って、孫空女が話しかけてきたのだ。
孫空女が言及したのは、沙那の肉芽の根元に喰い込んでいる『
宝玄仙がただの嫌がらせのために、沙那の股間と乳首の根元に装着している淫具であり、四六時中女を発情状態にさせるという効果がある。沙那もそれを装着されてしばらくは、とまることのない淫情の疼きに苦しんだが、いまは気の力で制御することに成功したため、身体の火照りを感じずに済むようになった。
気を制御するというのは、幼いころから鍛えた武芸の技のひとつだ。
その武芸をこんなことに使わなければならないというのは、沙那としては、哀しいものを感じざるを得ないが……。
もっとも、それは頭で自覚せずに済むようになったということであり、身体で感じないということとは別だ。
少しでも気を緩めれば、沙那は狂うような発情状態に立ち戻ってしまうし、制御に成功しているあいだでも、肉体の発情はそのままなので、一日の旅が終われば、沙那の股布の下の股間は驚くほどに、びしょびしょになっているのが日常だ。
だが、それでも沙那は、気の力で宝玄仙の悪意ある淫具に、なんとか打ち勝つことができるようになったのは間違いない。
しかし、孫空女は、そうもいかないらしい。
それで困惑する日々が続いているようだ。
悩みを打ち明けられたのもこれで最初ではないが、沙那としてはどうしようもない。
唯一の解決策は、宝玄仙が沙那から淫具を外してくれるか、沙那と孫空女の快楽を共鳴させている魔道を解くことだが、「調教」と称して、女に淫らな悪戯をすることが大好きな宝玄仙は、いまのところ、その気配もない。
沙那に装着された淫具ではあるものの、それが孫空女に効果を及ぼすのは、「快楽の共鳴」のせいだ。
実のところ、沙那と孫空女は、いまはすっかりと肌に同化してわからなくなっているものの、同じ紋様の『
それが効果を及ぼし、沙那も孫空女もお互いの快感を伝え合うようになっているのだ。
つまり、沙那が淫情に疼けば、なにもされていない孫空女も、まったく同じ疼きで悶えてしまい、その逆もそうだということだ。
だから、沙那の股間と乳首に装着されている淫具の疼きが孫空女も悩ますというわけだ。
ただ、沙那については、気の力で制御できている女淫輪が、孫空女については、かなりの疼きとして伝わる仕組みはよくわからない。
いずれにしても、沙那の股間などにある女淫輪は、いまは共鳴を通じて、沙那ではなく孫空女を悩ます仕掛けになっているのだ。
「ま、まあ、平気じゃないけどね……。あ、あんたが敏感すぎるのよ……」
「そうかなあ……」
「そうよ」
沙那は言った。
もっとも、実際のところは沙那にはわからない。
宝玄仙の命令で、女同士で愛し合わされることも珍しくはないが、孫空女は愛撫に弱く、とても身体が敏感だ。
だが、沙那と孫空女は、快楽の共鳴で結びついているために、ふたりで愛撫し合っても、それが沙那による快感なのか、孫空女の身体の快感なのかを判別することなどできない。
お互いの快感を共有しあうためだ。
沙那は孫空女が敏感とは言ったものの、実際には、沙那が敏感なために、孫空女が派手に感じすぎるのかもしれない。
まあ、実際にどうであったとしても、孫空女の悩みの解決にはならないが……。
「……慣れるしかないのかもね……」
沙那はそう言うしかなかった。
「ふふふ、確かにね……。慣れるしかないかもね……」
そのとき、宝玄仙の嬉しそうな声がした。
沙那はどきりとした。
孫空女との話に夢中で、つい宝玄仙のことに気を配ることを忘れていた。
いつの間にか、沙那たちのひそひそ声の聞こえる位置にまで近づいていたようだ。
しかも、目に猟奇的なものがある。
こんな表情をしているときの宝玄仙は危険だ。
沙那は、もうそれを肌で知っている。
「だ、大丈夫です──」
沙那は慌てて声をあげた。
宝玄仙が怪訝な顔になった。
「なにが大丈夫なんだい、沙那? まだ、なにも言ってないじゃないかい」
宝玄仙が首を傾げながら言った。
だが、宝玄仙が考えるようなことはわかっている。
どうせ、孫空女の耐性を鍛えるためだとかいう口実で、禄でもない悪戯をやろうとしているに決まっている。
「孫空女は、すぐに克服できます。なにもしなくても問題ありません」
沙那ははっきりと言った。
つまらないことに関わりたくないという言外の響きを込めている。
しかし、宝玄仙がなにかを面白がるような顔になった。
「……なにを話しているんだい、沙那、ご主人様?」
一方で、孫空女は、いま少し事態を理解していないようであり、きょとんとしている。
「手を貸そうと言っているのさ、孫空女」
宝玄仙が嬉しそうに言った。
「手を貸す?」
孫空女は首を傾げている。
「もう少し快楽に強くなるように練習しろということさ。もちろん、わたしも手を貸すよ」
宝玄仙がけらけらと笑った。
孫空女もやっと宝玄仙の意味することがわかったらしく、顔を真っ赤にして首を横に振った。
「だ、大丈夫さ、ご主人様」
孫空女が慌てたように言った。
「そんなことを言っても、わたしの護衛をしている大切な供が、淫具ごときに気を取られて、力を発揮できないんじゃあ困るからね。しっかりと、耐性をつけさせないと」
宝玄仙はにこにことしている。
そんなこと少しも思っていないことだけは確かだ。
本当に、それが心配なら、沙那の股間に装着している女淫輪を外してくれればいいのだ。
しかし、そんな素振りは微塵もない。
とにかく、宝玄仙を関心をほかに向けないと、この山街道でなにをさせられるかわかったもんじゃない。
「そんなことよりも、先日、お話したことについてはどうですか?」
沙那は頭に浮かんだことをとっさに言った。
「先日のこととは、なんのことだい?」
「馬のことです。この山を下れば、伊府の城郭ですが、そこから先は、かなり険しい山越えになります。馬があれば、ご主人様も楽になると思うのですが」
この旅のあいだ、この宝玄仙は、帝都でも有名な貴族巫女のくせに、馬にも乗ることなく、ずっと自分の足で旅をしている。
だが、沙那は、宝玄仙が楽になるように、馬を購ってはどうかと提案をしていた。
その方が宝玄仙も楽のはずだし、馬に乗らせておけば、徒歩で歩く沙那と孫空女とは目線が違ってくるので、おかしな悪戯が減るのではないかという思惑もある。
「馬ねえ……」
宝玄仙が歩きながら、考えるような素振りをした。
「えっ、ご主人様は、馬を買えるほどの路銀を持っているのかい?」
そのとき、孫空女が驚いたような声で口を挟んだ。
「そりゃあ、あるさ。お前、わたしをなんだと思っているんだい。これでも、帝都では名のある八仙の地位のある巫女なんだよ。そして、これは天教本部の指示でやっている西方行脚の布教だからね。路銀がなくなっても、天教の大きな神殿に立ち寄れば、いくらでも引っ張れる」
「だったら、沙那の言う通りに、馬を買いなよ。ご主人様。馬は便利だよ。水と草しか口にしないから、餌のことを気にしないで済むし、馬の手入れなんか、あたしがやってやる。そもそも、馬に乗っていれば、安全だよ。盗賊に襲われる回数がぐっと減るからね。断言するけど、帝国を越えて諸王国に入れば、ずっと物騒だ。女三人の旅なんて、盗賊に襲ってくれと言っているようなものさ。だけど、ご主人様が馬に乗っていれば、いくらか、危険が減るのさ」
孫空女が訴えるように言った。
しかし、宝玄仙は怪訝な表情になった。
「わからないねえ。なんで、馬に乗っていることが、盗賊避けになるんだい?」
「ご主人様が馬に乗っていれば、身分の高い天教の巫女が旅をしているのだということが、はっきりとわかるからさ。天教の巫女といえば法師だ。盗賊なんていうのは臆病だからね。法師だと知れば、あえては手を出さないさ。盗賊なんていうのは、だいたい臆病なものなんだ」
孫空女は、五行山の盗賊団の元女頭領だ。
盗賊の気持ちというのは、よくわかるのだろう。
沙那も横で、そんなものなのかと思った。
「臆病な盗賊は、そうかもしれなけど、馬に乗っていて、貴族巫女だと思うんなら、かえって、たっぷりと路銀を持っているとわかってしまうんじゃないかい? 盗賊は余計に襲ってくるだろう」
宝玄仙は孫空女に応じながら、孫空女には見えない角度で、沙那の胸にぐいとなにかを押しつけてきた。
沙那はぎょっとした。
「……命令……。孫空女に気づかせないように、お前の股に、これをいいというまでたっぷりと塗りな。いいかい。絶対にばれるんじゃないよ……」
聞き取れるかどうか、ぎりぎりくらいの小さな声だ。
しかし、沙那の耳は、残念ながら、宝玄仙の「命令」を受け取ってしまった。
沙那の首には、宝玄仙の「命令」には絶対に逆らえない『服従の首輪』が嵌められている。“命令”という単語を鍵にして、その内容を勝手に身体が実行してしまうのだ。
それについては、沙那の意思はまったく関係ない。
沙那は、自分の顔が明らかに引きつるのがわかった。
宝玄仙に押しつけられたのは、
それを塗れば、地獄のような痒みが身体に襲い掛かる。
これを塗られて、拷問まがいの調教を幾度となく受けさせられた沙那は、この油剤の恐ろしさが身に染みている。
しかし、沙那の手は、宝玄仙の命令を実行するために、もう油剤の蓋を開けて、指にたっぷりと油剤を乗せている。
孫空女と沙那を遮る位置で歩いている宝玄仙の身体を利用して、孫空女に隠れるようにして、下袴を緩めて股間に手を入れた。
命令は、孫空女に気づかせるなということだったので、そっと股間に指を押しつけるようにして、なるべく刺激が加わらないようにした。性的疼きをしてしまうと、共鳴で孫空女に伝わってしまう。
ゆっくり、ゆっくりと股間に乗せては、小瓶から薬剤を足して追加していく。
沙那の意思に関係がないので、沙那としては、まるで自分の手に襲われているような感じだ。
なんとも複雑な気分である。
一方で、孫空女は、少し腰を左右に悶えさせるような仕草はするものの、まったく気がついていないようだ。
女淫輪の疼きが、ずっと伝わり続けているということもある。
多少の股間に刺激は、それのせいだと思ってしまってしまうのだろう。
宝玄仙に向かって、一生懸命に馬を買うべきだという主張を続けている。
「……盗賊というのは臆病なんだ。危険だと思えば、襲ってこないよ……。それに、馬に乗っていようと、そうでなかろうと、あたしたちが財産を持っているのは明白さ。しかも、かなりの財だ。わかるかい?」
孫空女が言った。
「わからないね」
宝玄仙は肩を竦めた。
しかし、実のところ、宝玄仙が孫空女との話など、あまり気を払っていないのは明白だ。孫空女とは、話をしているふりをしているだけで、ちらちらと「作業」を続ける沙那に、愉しそうな視線を向ける。
本当に忌々しい……。
「あ、あたしたち自身さ……。若い女三人──。し、しかも、美人とくれば、捕まえて奴隷に売ればひと儲けだ……。帝国では禁止されているけど、諸王国では奴隷制度のある国は多いしね。闇奴隷市が王都の広場で、堂々と開催されている国もある……。まあ、実際には盗賊に襲われたところで、沙那とあたしがいれば蹴散らせるけどね。ねえ、沙那……?」
孫空女が沙那に声をかけてきた。
言葉がどもったり、身体がもじもじしているのは、共鳴の効果で沙那の股間に痒みの疼きが孫空女に伝わっているからだろう。
しかし、孫空女は、そのおかしな疼きが女淫輪のせいだと信じているのか、まだ気がついてはいないようだ。
また、沙那の指は、慌てたように下袴から指を抜いていた。
身体が勝手にやったことで、孫空女にばれるなという命令が効果を及ぼすのだ。
「そ、そうね」
沙那はそれだけを言った。
だが、沙那は自分の顔がすでに真っ赤であり、かなりの汗をかいていることを知っている。
すでに股間にはかなりの油剤が塗られてしまっている。
それが猛烈な痒みを起こし始めているし、じんじんと痛みのような痒みが襲いかかっている。
孫空女の目が大きく見開いた。
「あ、ああっ、沙那──。ま、まさか──」
さっと孫空女の手が自分の股間に移動した。
やっと、股間の疼きが、「疼き」というような生易しいものではなく、「痒み」そのものだということを自覚したようだ。
そのとき、孫空女の手首でがちゃんという金属音がした。
「わっ、ご、ご主人様」
孫空女の手首には、『
その霊具で孫空女の両手が背中側で拘束されたのだ。
「沙那、命令を解く。もう隠さなくていい。ただし、新しい命令だ。自分の股には絶対に触るんじゃない。孫空女の耐性を鍛えるための特訓だからね。伊府の城郭に着くまで、命令は解除しないよ」
宝玄仙が笑いながら、沙那から随喜油を取りあげて、孫空女に見せびらかすように笑った。
「そ、そんなあ」
孫空女ががくりと膝を曲げる。
沙那も同じだが、猛烈な痒みのために、内腿を激しく擦り合わせている。さっきまでは、「気づかせるな」という命令のために、そんな動きをすることもできなかったが、こんな痒みなど、とても平然とできるものじゃない。
「えっ、ええっ?」
しかも、沙那は宝玄仙の言葉に耳を疑った。
伊府の城郭など、まだ一日以上先だ。
そんなに耐えられるわけがない。
「どうしたんだい、ふたりとも。小便でもしたいのかい? そんなにもじもじしちゃってさあ」
宝玄仙が意地悪そうに大笑いした。
沙那は歯を食い縛った。
「ご、ご主人様、こ、このまま伊府の城郭までいけるわけありません。ゆ、許してください……」
沙那は言った。
股間で沸き起こる掻痒感に猛烈なものだ。
全身から汗が染み出てきて、息を吐くたびに小鼻が開くのがわかる。
孫空女も苦しそうだ。
「まあ、伊府までは勘弁してやってもいいか。その代わり、なにをやってもらおうかね……。いずれにしても、山を下るまでは、そのままだよ。そら、歩いた、歩いた」
宝玄仙が笑いながら言った。
沙那はもう諦めた。
こうなったら、宝玄仙の気が変わるのを待つしかない。
とにかく、歩き始める。
「う、ううっ」
「くっ」
しかし、ふたりして少しも行かないうちに呻き声が出てしまった。
「ね、ねえ、ご主人様……」
孫空女が訴えるような声を出す。
だが、宝玄仙はにやにやと笑うだけだ。
「まあ、馬を手に入れるのもいいかもね。確かに、早く国境を越えたいというのはあるしね」
宝玄仙が素知らぬ表情で言った。
沙那はこんなことばかりやっているから、旅がなかなか進まないのだと言いたくなったが、黙っていた。
そんなことを言っても通用する主人ではない。
「……それと、馬具作りには協力してもらうよ。また、お前たちの淫気をしっかりと溜めさせて、馬を大人しくする馬具の霊具を作るんだ」
宝玄仙が喋り続ける。
しかし、もう限界だ。
沙那と孫空女は、道の真ん中で座り込んでしまった。
「あ、ああっ、もう駄目──。ご主人様、勘弁して」
「わ、わたしも……」
孫空女も沙那も泣き声をあげた。
だが、宝玄仙は愉しそうに笑うだけだ。
「痒い──」
「ああ、ご主人様、勘弁してください」
しかも、もう限界だ。
沙那も孫空女も、あまりの苦しさに耐えられずに、その場に座り込んでしまった。もう立てない。
宝玄仙の命令で股間にたっぷりと塗った掻痒剤は、怖ろしいほどの威力で沙那を苦しめている。だが、意地の悪い宝玄仙の『服従の首輪』を使った命令により、沙那は自分の股間を掻くことを禁じられてしまった。
一方で、快楽の共鳴により、沙那の股間の痒みが襲いかかっている孫空女も、手首に装着されている『緊箍具』を背中で密着されてしまい、やはり、痒みをほぐす手段を奪われている。
宝玄仙は、このまま、とりあえず、山をおりることを命じたのだが、そんなことができるような痒みではない。
沙那も孫空女も、ほとんど無意識に脚を擦り合わせて、腰を悶えさせていた。
じっとすることなど不可能だ。
股間を中心とする痒みの苦しさが身体の隅々にまで広がり、沙那たちを追い詰めている。
「おや、呆れたねえ。座り込んじまったのかい、お前たち……」
宝玄仙が、やれやれという感じで、しゃがみ込んだ沙那たちの横にやって来た。
「ご主人様、お願いだよ。もう許して」
「ほ、本当です。もう勘弁してください」
孫空女と沙那は、代わる代わる宝玄仙に訴えた。
しかし、宝玄仙は笑うだけだ。
「……痒いなら、掻きながら歩けばいいじゃないか。とにかく、このままだと言ったら、このままさ……。幸いにも、ここは人のあまり通らない山道だ。思う存分、股ぐらを掻くといいさ」
沙那と孫空女が苦しむ姿が心から愉しいのだろう。
宝玄仙がけらけらと笑った。
いまいましさに、かっとなる。
だが、怒っても、宝玄仙にはかなわない。
沙那は沸騰しそうな怒りをぐっと我慢する。
「だ、だって、あたしの手は後ろじゃないか──。さ、沙那だって……。ひ、ひどいよ、ご主人様」
孫空女が抗議の声をあげた。
沙那も孫空女も、自分の股間を掻く手段は封じられているのだ。
それにも関わらず、自分で掻けというのは、宝玄仙特有の意地悪だと思った。
「はっ、お前たち、よく考えてみるんだね。沙那に禁じたのは、自分の股に触ることだけさ。別にほかのことを禁じたわけじゃないよ」
すると、宝玄仙が意味ありげに言った。
はっとした。
宝玄仙の言葉がなにを意味しているのかが、わかったからだ。
孫空女の両手は完全に封じられている。
自由なのは、沙那の両手だけだ。
だが、沙那は自分の股間に触ることは、服従の首輪で禁止された。
しかし、確かに、触るのを禁止されているのは、沙那自身の股だけだ。
孫空女の股間は、沙那も触ることはできる……。
つまりは、ここで、沙那と孫空女に女同士で愛し合わせようという魂胆のようだ。
しかし、ここは人の気配がないとはいえ、天下の街道だ。
こんな野外で、自らそんな恥ずかしいことをするなど……。
沙那は、宝玄仙の悪ふざけに、腹が煮える思いになる。
「さ、沙那……、してよ……」
そのとき、沙那とともにしゃがみ込んでいる孫空女が、小さな声で、ささやいてきた。
「えっ?」
沙那は、思わぬ孫空女の顔を覗き込んだ。
だが、すぐに孫空女の要求を沙那は理解した。
孫空女は、宝玄仙の思惑のとおりに、沙那が孫空女の股間を愛撫して欲しいと訴えているのだ。
確かに、収まることのない股間の痒みは、刻一刻と抜き差しならない苦しみに増長していく。
孫空女がどんなに苦しい状況なのかは、沙那が一番よくわかっている。
沙那も同じ状況だからだ。
これ以上、ほんの少しも猶予もない。
それくらい追い詰められていることだけは確かだ。
「……沙那がして……。こ、こんなの我慢できるわけないよ……。ご、ご主人様は、沙那にあたしを責めさせようとしているのに間違いないさ……。どうせ、助ける気はないんだ……。だ、だから、沙那がして……。あ、あたしを……」
汗びっしょりの孫空女が、震える声で言った。
沙那も自分の全身から汗が玉のように噴き出しているのがわかっている。
いくら歯を食い縛っても、どうにもならない猛烈な痒さだ。
沙那も覚悟を決めた。
宝玄仙の手の上で踊るのは忌々しいが、ここは屈服するしかなさそうだ。
だが、いくらなんでも道の真ん中というわけには……。
とりあえず、担いでいた荷を置く。
そして、沙那は、隠れられるような道の横の手頃な草むらを探そうとした。
「沙那、孫空女に触れるのは、道の上だけだ。命令だよ」
すると、すかさず宝玄仙の意地の悪い言葉が飛んできた。
沙那は唇を噛んだ。
これで、道の真ん中で孫空女を愛撫するしか手段はなくなった。
「さ、沙那」
孫空女が切羽詰まった様子で訴えた。
沙那も今度こそ、覚悟を決めた。
もう恥ずかしいとか、口惜しいとかいう段階は通り過ぎている。
沙那も、もう痒みを癒すことしか考えられない。
「ご、ごめん」
沙那は孫空女の下袴を緩め始める。
手が入るようになったところで、手を差し込んだ。
股布をずらして、痒い部分を狙って指をごしごしと擦る。
「あ、ああっ」
「おおっ」
沙那と孫空女の口から同時に声が出た。
下肢は溶けだしそうなくらいに痒みにただれていたが、そこを指で擦ることで、当の孫空女だけでなく、沙那にも愉悦が迸る。
快楽の共感だ。
宝玄仙に使われた随喜油は、掻痒剤ではあるが、強烈な媚薬でもある。
気持ちよさが全身に駆け巡る。
沙那と孫空女はしゃがんだまま、お互いに身体を預け合うようにして激しく身悶えた。
「も、もっと、もっとだよ、沙那……。も、もっと──」
「う、うん……。はあ、ああっ、あああっ」
狼狽えたような声を出す孫空女に、沙那も激しい指の愛撫で応じた。
一番たくさん塗ったのは、肉芽とその周辺だ。
痒みがそこに集中している。
沙那は、痒みが癒されるのを求めて、狂ったように指を動かした。
「ああっ、ううっ、ああっ」
「んふうっ、ああ、なああっ」
沙那と孫空女は我を忘れて甘い声をあげた。
同時に、なにかがおかしいという違和感も走る。
だが、上昇する快感になにも考えられない。
そして、絶頂の快感が昇って来た。
「いいっ、ああっ、んんっ」
「あふううっ」
沙那と孫空女はがくがくと身体を震わせた。
激しい絶頂感があっという間に襲い掛かり、沙那も孫空女も同時に達したのだ。
「そ、そんなあ……」
「か、痒いよ──」
しかし、達すると同時に、沙那と孫空女は絶望の悲鳴をあげてしまった。
確かに激しい愉悦は、沙那と孫空女のふたりを共鳴によって、同時に女の快感の極みに連れていった。
だが、少しも痒みは消えなかったのだ。
気持ちよさに一瞬、鈍くなっていたからわからなかったが、沙那が孫空女の股間を弄っても、少しも痒みはなくなっていなかったのだ。
それどころか、ますます痒みは強烈になる。
痒い場所を擦っているはずなのに、少しも痒みは消滅せず、快感だけが膨れあがる。
そんな不可思議な現象に、沙那は頭がおかしくなりかけている。
「ま、まだ痒い──」
「ご、ご主人様、助けて──」
ふたりで悲鳴をあげたが、沙那はすぐにどうして、そうなってしまったのかを悟った。
確かに痒みが癒えることは快感だが、痒みそのものは性感の疼きと同様なので、それがなくなる方向の刺激は、快楽の共鳴の対象にはならないのだ。
だから、沙那の孫空女への愛撫は、沙那に刺激による気持ちよさは伝えたものの、痒みがなくなる刺激は伝えなかった。
一方で、孫空女の股間は実際には、掻痒剤を塗られているわけじゃないので、いくら沙那が孫空女の股間を擦っても、沙那に塗られている掻痒剤の痒みがそれで癒えるわけがない。
だから、結局のところ、沙那が孫空女を愛撫することで得たのは、痒みが消えることではなく、痒みが消えないまま、指の刺激による快感を足されることだったのだ。
沙那と孫空女は、ますます追い詰められただけだ。
「なるほどね……。つまりは、この状況では、沙那が孫空女の股を擦っても、痒みは消えないわけかい。わたしも、初めてそれがわかったよ」
宝玄仙もやっと事態を理解したようだ。
しかし、笑うだけで、沙那たちを助けてくれようという気配はない。
「ま、待っていて、孫空女」
こうなったら、恥も外聞もない。
この苦しみから逃れるには、沙那の股間に直接の刺激を求めるしかないのだ。
沙那は街道脇の一本の樹木に抱きついた。
禁止されているのは、自分の股間に触れることだけなので、樹木を抱くことはできる。また、孫空女の愛撫は道の上という命令もあったが、これも命令の外だ。
「お前、なにをしようというんだい、沙那? まさか、恥知らずの真似をする気じゃないだろうねえ」
宝玄仙が言った。
明らかにからかいの口調だ。
沙那は、それを完全に無視した。
片脚で樹木の幹を巻きつけ、股間を下袴越しに幹に当たるようにすると、身体を激しく上下させた。
「はうっ」
「あっ、ああっ」
目もくらむような気持ちよさだった。
樹木の荒い幹の肌に擦られて、痒みがなくなっていく。
その大きな安堵感に、沙那は忽然と嘆息して、股間を上下に動かした。
孫空女も道の真ん中で、今度こそ、痒みが癒される本物の快感に打ち震えている。
二度目の絶頂もすぐにやって来た。
「んなあああっ、孫空女……」
「ああ、沙那、沙那、気持ちいいよ──」
沙那は樹木に股を擦りつけながら……。
孫空女は道のど真ん中でうずくまったまま……。
沙那と孫空女は、快楽の共鳴という内丹印の効果により、離れているにも関わらず、完全に密着しているときよりも遥かにに巨大な一体感とともに、恍惚の歓喜に一緒に溶け込んでいた。
※:下袴=ズボン