朱姫が箸で肉と野菜の破片を摘まんで、
しかし、麗美はますます顔を蒼くするだけで、口を開こうとしない。
それで、沙那は気がついた。
料理になんらかの毒が入っているのだ。
それが死に至るものなのか、あるいは、身体を痺れさせるような一時的なものなのかはわからない。
しかし、身体の半分の血が妖魔である朱姫は、人一倍鋭敏な嗅覚や味覚をしている。
おそらく、匂いだけでわかるほどの強い毒剤だったに違いない。
それで口にすることなく、朱姫は麗美の作ったものになんらかの薬剤が混入されていることを悟ったのだ。
「どうして、口にしないのです、麗美さん?」
朱姫が挑戦的に言った。
麗美が数歩後ずさった。
沙那は立ちあがると、その背後を塞ぐように麗美の後ろに回った。
孫空女もすでに立ちあがっている。
「……説明してもらうわよ、麗美」
沙那は言った。
理由はわからないが、この若くて悪意のなさそうな女主人が、毒を混ぜた料理を食べさせようとしたことは事実のようだ。
「どうやら、とんだ追剥食堂のようだね……。七星、お前の調教の続きは後だよ。道術を解いたから自分で張形は外しな──。さて、麗美とやら、どうしてやろうかねえ……」
宝玄仙が言った。
そのとき、沙那は、二階に通じる階段から誰かが降りてくる気配を感じた。
降りて来たのは、十二、三歳くらいの少年だ。
彼は、麗美がさっき言っていた弟だろうか……。
首に小さな白い貝殻の首飾りを付けている。
「麗美を詰問しないで欲しいね。訊きたいことがあれば、俺が答えるよ」
顔に余裕のある笑みを浮かべている少年が麗美を庇うように立った。
「ご、ご主人様──」
朱姫が険しい表情で声をあげた。
「わかっているよ、朱姫。こいつは術遣いだ」
宝玄仙が言った。
「術遣い?」
いまだ赤い顔で座っていた七星が驚いたような声をあげた。
「訊きたいことがあれば、俺がなんでも教えてやるよ……。だけど、とにかく、黙って、その料理を口にしな。話はそれからさ」
「ふざけるんじゃないよ、お前──。料理になにかを盛ったろう。そんなのが喰えるかい」
孫空女が怒鳴った。
「死にはしないよ。ただの眠り薬さ。それに術遣いの術を一時的に封じる薬剤も入っている。あんたらが、道術遣いでも、魔族でもね。それだけのことさ。俺が麗美に命じて毒を入れさせたんだ」
少年が不敵に言い放った。
「……ふっ、どうやら、人間の子供の姿だけど、さしずめ、歳を重ねた魔族……。いや、そうじゃないね。妖怪……? 怪物? わからないけど、得たいの知れないなにかさ……。ところで、お前。名はなんというんだい?」
宝玄仙も立ちあがった。
その表情には笑みもあるが真剣だ。
こういう表情の宝玄仙は怖い。
それを沙那は肌で知っている。
「ほう……。人間ではないと、よくわかったね。だけど、歳を重ねているかどうかは知らないけどね……。俺には時の刻みというのは意味のないものだからね……。それから、俺の名は、
沙那は、この獏狗の言葉に背後の麗美が驚愕の表情をしたことに気がついた。
麗美は宝玄仙が、少年を人間ではないと見抜いたときに強く反応した気がする。
「のぼせるんじゃないよ──」
宝玄仙が声をあげた。
「いいから喰えよ、お前ら」
獏狗が顎で料理の載った皿を示した。
「もはや、話し合いは不要だね」
宝玄仙が静かに言った。
「同感だね」
獏狗の言葉に沙那も剣を抜いた──。
そのとき、真っ白い光に包まれた気がした。
「喰ってしまう前に遊んでやるよ」
不意に声がした。
獏狗だ。
少年の姿の妖魔が、沙那の前に立って、自分の首飾りに触れていた。
沙那はびっくりした。
身体が動かない。
すでに両手を縛られて、天井の桟から縄で腕を吊られている。
両脚には特に拘束はないが、つま先立ちしなければならないくらいまで身体を引き揚げられている。
なにが起こったかわからない。
たったいままで、沙那はこの獏狗に剣を向けていた。
しかし、一瞬にして態勢が変わり、天井から吊られた縄で腕を拘束されていた。
どうして、こんなことが起こったのだろう。
一瞬で気絶させられた……?
ふと眼を横にやると、宝玄仙を含めた四人が卓に突っ伏している。
口になにかを食べさせられた形跡がある。
毒剤の入った料理を食べさせられたことに間違いない。
そういえば、あの白い光──。
白い光を浴びて全員が気を失った。
気を失っている間に、獏狗は沙那以外の四人に毒剤を食べさせるとともに沙那を拘束して縛った……?
──そう思うしかない。
「麗美、今日は、店じまいだ──。戸締りをして、二階に行っていろ。声をかけるまで降りて来るな」
「で、でも……あ、あの……。そ、その方々をどうするつもりですか……?」
「口答えするな、麗美」
獏狗が怒鳴りあげると、麗美は竦みあがった様子を見せた。
その時、沙那は、麗美が沙那が気を失う前と寸分違わぬ場所に立っていたことに気がついた。
なにか違和感があった。
麗美は顔色を蒼くしたまま、周りを片づけてから戸締りをすると、二階にあがっていった。
一階には気を失っているほかの四人の仲間と拘束されている沙那、そして、獏狗だけが残った。
「お前らは最終的には喰ってしまうんだが、美しい人間の女を犯すのは嫌いじゃない。特に、気の強そうな女を泣かせながら犯すのはいいな……」
獏狗の両手が沙那の乳房を服越しに掴んだ。
そして、無造作に揉みあげてくる。
「さ、触るなっ」
沙那は眼の前の獏狗の股間を自由な脚で思い切り蹴りあげた……。
不意に眼の前が白くなった。
また、白い光だ。
蹴ろうとした脚がなにかに阻まれた。
驚いて視線を下にやると、さっきまで履いていた下袴が膝下にさげられていた。
それが沙那の蹴りあげようとした脚を阻んだのだ。
羞恥よりも驚愕がまさった。
なにが起きたか沙那の理解を超えていた。
「美しい女戦士の履く下着はどんなものだと思ったけど、案外普通なんだな」
白い光の前に沙那は、自由な脚で獏狗を蹴りあげようとしていた。
そして、次の瞬間には、下袴をさげられてその脚を阻まれた。蹴りを阻んだ下袴の布の感触をはっきりと沙那は感じた。
これはどういうことなのか……?
もしも、単純に気を失わせられたのだとすれば、蹴りの態勢と勢いが残っているということはない。
しかし、沙那ははっきりとした蹴りの態勢の途中だった。
それに沙那には気絶したという感覚はない。
この感触は、そういうものとは違う──。
まるで、一瞬だけ時間がとまったような……。
「やっと観念したような表情になったな。じゃあ、少しずつ裸にするぞ。恥ずかしがってくれると愉しいかな」
獏狗はぱちりと指を鳴らした。
そして、白い光が襲った。
「ほら、力を緩めると下着が落ちるぞ」
獏狗が言った。
沙那ははっとして内腿を締めつけた。
気がつくと、履いていた腰の下着の両端が切断されている。
沙那が咄嗟に股を締めることで、かろうじて落下を防いだが、下着は沙那の股間に挟まれたただの布切れになっているだけだ。
だが、沙那はもうひとつの事実にも気がついた。
不意に時間が飛ぶような感覚に襲われるときに、獏狗は必ず首飾りに触れている。
つまり、あの首飾りがなんらかの霊具であり、それでおかしな現象を引き込しているのだろう……。
「下着が落ちたら、さっそく犯すことにするよ。五人もいるからたくさん愉しめるだろうしね」
獏狗が、沙那が締めつけている股間の周りをくすぐりだす。
「くっ」
ざわざわとした感触が一気に込みあがる。
しっかりと内腿を締めつけているが、それを撫ぜあげてくすぐることで、沙那が股に込めている力を奪おうとしている。
その表情は、少年のものではなく、明らかに性について知り抜いている男のものだ。
沙那のあられもない姿にがっつくような仕草も見せずに、じわじわと責めてくる。
沙那の一番嫌な責められ方だ。
獏狗の指がさわさわと股間の付け根に触れてくる。
「あはあっ……」
思わず声をあげてしまった。
「へえ、随分と感じやすいんだな。もう、雌の匂いが股ぐらから香りだしたぜ。どうやら、好き者のようさ……。とりあえず、お前を犯してから順に五人を犯すかな。それで、一番、味の悪かった者を今日は喰うことにするか……。明日は次のひとり。最後のひとりは麗美と入れ替えるかをどうか考えるか……。あいつも二年なるし、そろそろ飽きて来たしな」
獏狗がいやらしい笑みを浮かべながら沙那の身体を撫ぜ続ける。
「も、もう、いやだっ……」
小さな刺激にも耐えられないように沙那の身体は調教されて作りかえられている。
繰り返される獏狗のくすぐるような愛撫に、だんだんと追い詰められているのを沙那は感じていた。
小刻みな腰の震えはだんだんと大きなものになっていくし、生温かい蜜が股間に留まっている下着にどんどんと溢れ漏れているのもわかっている。
それとともに、だんだんと全身に痺れるような疼きが走って、沙那の身体から力が抜けていく。
「ほら、もっと、頑張らないと……。下着が落ちるぞ。下着が落ちたら犯すぜ」
獏狗は笑いながら、今度は沙那の無防備な脇を不意に激しくくすぐってきた。
「はひゃああっ──」
沙那が思わず悲鳴をあげて全身を捻った。
それとともに、内腿で押さえていた下着が膝に落ちていく……。
「あっ──」
沙那は叫んだ。
「ははは……。落ちたな。じゃあ、犯すかな」
獏狗が言った。
「えっ? あ、ああっ……ひ、ひいっ……な、なんで……?」
また白い光があった。
突然に股間に違和感を覚えた。
身体が浮かんでいる。いや、引き揚げられている……。
いきなり沙那は獏狗の片手で腰を持ちあげられて、女陰に獏狗の怒張を貫かれていた。
やはり、獏狗は首飾りに手をやっていた。
その手が沙那の腰の下に移動された。
両手は相変わらず天井から引き揚げられているが、両腿は獏狗に抱えられている。
そして、前後に沙那の身体が動かされる。
宙に浮いた沙那の股間に獏狗の怒張が突き挿さっている。
「ああっ、あああっ」
それが女陰の中で擦られるとともに、繰り返し子宮を抉られる刺激に沙那は激しく身悶えをした。
「へえ、なかなかの反応だな」
獏狗が嬉しそうな笑い声をあげた。
「あっ、ああっ、お、教えて……あ、ああ……あなたの……の、能力は……?」
沙那は激しい愉悦の衝撃の中で懸命に理性を搾り取って叫んだ。
それだけは確かめなければ──。
考えていていたのは、それだけだ。
「時をとめる能力──。それが俺の力だ」
獏狗が沙那の女陰を抉っている肉棒を掻き回すように動かした。
沙那の膣はすっかりと濡れきっていて、どうしようもないくらいの快感が沙那の全身を駆け抜ける。
身体はあっという間に熱くなった。
天井に吊られている両腕まで汗が滲んで紅潮している。
「と、時と……と、とめる……?」
言っていることが理解できなかった。
しかし、気を失わせるのではなく、獏狗が時の歩みの外に移動している……。
そう言われると、これまでに起きたことはそれが一番しっくりとくるような気がする。
「どんな者も俺にはかなわない。なにしろ、時の外に逃げた俺に抵抗することは不可能だからな」
沙那を抱えている獏狗が沙那の女陰を抉ったまま股間と股間を擦りつけるように回し動かしだす。
沙那の肉芽が潰されるように刺激されだす。
沙那は悲鳴をあげた。
「あひゃああっ、あ、くくうっ……あ、ああ……」
今度は女陰の中だけでなく、肉芽も同時だ。
強烈な痺れが沙那の身体に駆け抜ける。
「あひっ、ひっ、ひっ、ひっ……んんっ……ああ、ああっ……」
沙那の身体は次々に押し寄せる快感の波に溶け落ちていく。
もう、知覚も感覚もおかしくなる。
それなにの女陰と肉芽だけが鋭敏な感覚として残り、そこから与えられる淫情を全身に送り続ける。
「だ、だめええっ──。い、いくううっ」
沙那の身体は完全に獏狗から与えられる快感に屈服した。
朦朧としていく意識の中で沙那は馬鹿にしたような獏狗の顔をしっかりと捉えていた。
「いきそうか、沙那……。ははは、いきそうか……?」
獏狗が沙那の身体を揺らしながら哄笑している。
こんな怪物に笑われながら絶頂するなど恥辱以外のなんでもない。
だが、あの数瞬で沙那は絶頂する。
沙那は確信していた。
「だが、俺は獲物を絶頂させるほど優しくはない。俺が満足すれば十分だ」
獏狗が呟いた。
そして、白い光があった。
次の瞬間、沙那の身体を抱えていた獏狗はいなくなり、沙那はだらりと天井から吊られた状態に戻っていた。
白い光を感じたので、もしかしたら獏狗の言った通りに時間をとめられたのかもしれない。
眼の前でにやついている獏狗は、すでに服装を整えていてしっかりと下袴を履いていた。
沙那の股間には自分のものではない精の迸りがあるような気がした。
いやはっきりと女陰に精を注がれた感触がある。
だが、沙那にはそれを受けた記憶がない。
それどころか、さっきまで絶頂寸前まで追い込まれていたときまでの記憶しかない。
しかし、いまの状況は、獏狗はすでに行為を終えて余韻に浸っている状況だ。
「とめた時間の中で精を出してやった。お前についてはこれで終わりだ。なかなかにいい感度の身体だな。その気になれば何度でも簡単に連続で絶頂させられそうだ。お前のような身体は男を有頂天にさせるだろう……。さて、そろそろ、ほかの連中も起こすか。順番に味見をして、今日殺してしまう女を決めないとならないからな」
獏狗が馬鹿にしたような笑みを浮かべながら言った。
沙那は全身に渦巻いている疼きに震えながら、時の外に行くことができるという少年の姿の妖魔を呆然と見ていた。
「ま、待って、時の外に行くというのは本当なの……?」
沙那は思わず言った。
「時の外というのは滑稽な世界だぞ、女。なにもかもとまっている。すべての者がとまって、動く者は俺だけだ。やりたい放題だ。それが時の外の世界だ」
獏狗は大きな声で笑った。
*
「さて、そろそろ、ほかの連中も起こすか──。順番に味見をして、今日殺してしまう女を決めないといけないからな」
獏狗が馬鹿にしたような口調で沙那に喋りかけている。
孫空女は卓にうつ伏せになったまま、沙那を犯し終わった獏狗という怪物の声を聴いていた。
どうやら、麗美の弟と称した少年は人間でもなんでもなく、人間の少年の姿にやつしている魔族……、いや、宝玄仙も口にしていたが、魔族でもなく、なんらかの別の存在……。つまりは、得たいの知れない怪物のようなものだ。
時の刻みの外に行けるという途方もない能力を持っているとうそぶく獏狗が、沙那を犯す気配にじっと耐えて事態を見守っていた。
なにが起こったのかのすべてを理解することはできない。
覚えているのは、麗美という女主人が運んできた料理に毒が混入されていたことに気がついた朱姫がそれを見破って麗美を追い詰め、麗美を庇うように二階から降りてきた少年が立つまでだ。
それから少しの時間、言い争いがあり、少年が自分は本当は人間ではなく、本当の名は獏狗だと名乗った。
その後、宝玄仙が怒りに任せて道術を遣おうとした。
また、沙那が剣を抜き、孫空女は耳から『如意棒』を出そうとした。
しかし、それで終わりだ。
気がついたときには卓に突っ伏していて、沙那が少年に裸にされようとしている最中だった。
孫空女は以前から毒に対して耐性がある。だから、ほかの三人よりも早く覚醒したのだ。
おそらく、昏倒していた時間は長いものではなかったはずだ。
しかし、少年に襲いかかろうとした一瞬でなぜ、次の瞬間には倒されていたのかわからない。
とにかく、どういう方法なのかわからないが、あの一瞬の後で沙那を除いた三人が料理に含まれていた毒を飲まされたことは身体に残っていた感覚から明らかだった。
沙那には悪いが、気を失ったふりをしながら、沙那と獏狗の様子を伺っていた。
なにが起こったのかがわからなければ、また同じ目に遭うだけだからだ。
しかし、沙那と妖魔の様子を伺っていると、奇妙な感覚はそれからも数回続いた。
まず、妖魔は沙那の両手を天井から吊るし、沙那の身体をいたぶっていた。
沙那が抵抗しようとして眼の前の妖魔を蹴りあげようとしたのがわかった。
だが、それは果たせなかった。
その一瞬後、沙那の下袴は膝まで下げられていたのだ。
沙那の脚は下袴に引っ掛かってとまった。
孫空女は気を失ったふりをしながら薄眼でふたりを見ていたが、なにが起こったのかをまったく理解することができなかった。
それが起きる前は、もしかしたら一瞬にして気を失わせるような術を遣われたのかと考えていた。
だが、それは違った。
少年が沙那に相対しているとき、何度も意識が飛んだような現象が起きたが、少年の眼の前の沙那はともかく、自分には術がかけられた気配はない。
獏狗が孫空女の意識が戻っていることに気がついているわけもない。
もしも、気がついていれば、孫空女の拘束をしないままでいるわけがない。
そして、不思議な現象は何度も起きた。
次には、沙那と少年が話をしている間に突然、沙那の下着の両端が切断されて股間に垂れ落ちた。
これは絶対に一瞬で相手の気を失わせるというような術ではない。
孫空女は悟った。
信じられないが一瞬にして、あの少年以外の「時」が停止したと考えるしかない。
孫空女にはそんな術がありうるのかわからなかったが、眼の前で起きていることを信じるしかない。
そう考えればなんとなく、これまで起きたことの説明はつく。
同時にあの少年によって、時がとめられるような感覚が起きるたびに、少年が首にかけた貝殻の飾りに触ることにも気がついた。
やがて、再び時が止まるような感触があり、沙那が犯されだした。
全身をくすぐられた沙那の下着が股間から落ちたと思ったら、次の瞬間には沙那は獏狗に両脚を抱えられて犯す態勢になっていたのだ。
獏狗は、沙那を両手で抱えたまま沙那の身体を揺さぶって犯していたが、それは完全に人間の大人並みの力だ。
それだけでも、やはりこの獏狗が決して人間の少年ではないことは明らかだ。
そして、やはり時がとまるような感覚のときに、白い光とともに獏狗が首飾りに触れた。
孫空女の疑念は完全な確信に変わった。
この少年が時をとめるような術は、あの首にかかっている首飾りに関係がある。
やがて、沙那が妖魔にこのおかしな現象の正体はなにかということを訊ねた。
少年はあっさりと、沙那に対して自分は時の刻みの外に行く能力があるということを告げた。
獏狗が沙那を犯す行動は不意に終わった。
明らかに性交の途中であり、獏狗はまだ沙那に精を放っていないはずだったのだが、一瞬にして獏狗が沙那から離れていて服を整えていたのだ。
沙那は快感の頂点に昇っていた途中で取り残されて放置された。
そして、獏狗は、ほかの者を覚醒させると言いながら沙那から離れた。
獏狗は、部屋の隅から気付け薬のようなものを取り出してきた。
それを持って、最初に宝玄仙に近づいていく。
気付け薬のほかに縄束を持っている。
まずは、全員を縛ってから持ってきた気付け薬で覚醒させるのだろう。
孫空女は獏狗が卓に近づくのを待ち、いきなり獏狗に飛びかかった。
「うおっ──」
突き飛ばされた獏狗が床に転がる。
その時には、すでに獏狗の首にかかっていた首飾りは孫空女の手の中にある。
「孫女、そいつは時をとめる術を遣うわ──」
沙那が叫んだ。
「わかっているよ、沙那」
孫空女はそう言いながら、卓の上の気付け薬の瓶の蓋を取った。
薬の瓶からは強い揮発性の刺激臭がする。
蓋を開けてその臭いが漂い出すと、卓に突っ伏していた三人が意識を戻す気配を示しかけた。
どうやら、この気付け薬は匂いを嗅がせればいいようだ。
孫空女は、気付け薬を三人の鼻に近づけるとすぐに三人が身じろぎを始めた。
次に、孫空女は『如意棒』で沙那が吊られていた縄をぶっちぎった。
天井から吊るされた両手が自由になった沙那が、今度は孫空女に両手を差し出す。
孫空女は『如意棒』を沙那の手首の間に振りおろした。
沙那の手が完全に自由になる。
「とんでもないやつね。時の外に逃げる能力があるなんて……」
沙那が服を整えながら呟いた。
「時の外に逃げるだって……?」
意識を取り戻した宝玄仙が訝しんだような声をあげた。
「こいつの能力らしいよ、ご主人様──。でも、この霊具がなければ時の外には行けないはずさ」
孫空女は首飾りをかざしながら宝玄仙に言った。
「痛たたた……。気を失っていなかったなんて、油断したよ……」
獏狗が頭を擦りながら起きあがった。
「な、なにがあったんですか……?」
「どうなったのさ……?」
朱姫と七星も身体を起こす。
「ご主人様、術は遣える?」
孫空女は叫んだ。
最初におかしな現象が起きる前、獏狗は料理に混ぜたのは意識を失わせる毒のほかに術が一時的に遣えなくなる薬剤だと言っていた気がする。
「……んっ……? い、いや、どうやら、霊気が不安定だね……。これは、術が遣えないね」
宝玄仙が呟くように言った。
「ふうん、まあいいさ……。さて、ご主人様、こいつどうする? どうやら、とんでもない奴らしいよ」
孫空女は言った。
だが、突然、真っ白い光を孫空女は感じた。
「残念だったな、赤毛──。この首飾りに眼を付けたまではよかったんだけどな」
不意に眼の前の獏狗が消滅した。
声のする方向を見ると、獏狗が勝ち誇った表情をしている。
部屋の隅に座っていて、腕を組んで孫空女を見ている。
その獏狗の首にはあの首飾りが戻っている。
「えっ、なんで?」
思わず叫んだ。
たったいままで孫空女は、間違いなく獏狗から霊具である首飾りを握りしめていたはずだ。
しかし、一瞬後、態勢が変わり首飾りが奪い返されて、獏狗はまた別の場所にいる。
つまり、獏狗はまた時をとめたのだ。
首飾りが時間をとめるという途方のない現象を引き起こしているのだと確信していた。
しかし、それが間違っていたことを悟るしかない。
孫空女の背に冷たい汗が流れた。
「孫空女──」
「孫姉さん──」
宝玄仙たちが名を呼んだ。
孫空女が声のする方向に視線を向けると、宝玄仙、沙那、七星、朱姫の四人が後手に縛られて、天井の桟から伸びた縄で首を吊られて椅子の上に立たされて並べられていた。
「わっ、みんな──」
孫空女はびっくりした。
獏狗はその横に立っているのだ。
「無駄な抵抗はするなよ、お前──。首飾りを一度は奪うことに成功したことに免じて、お前と遊んでやるよ。その場で服を脱ぎな。少しでも逆らえば、こいつらが立っている椅子を蹴り飛ばすぜ。もちろん、時をとめてからな。気がつくと、お前は柱に縛られていて、眼の前で首を吊っている四人の仲間を眺めることになるだけだ。今度は大人しくしな」
獏狗が顔に酷薄な笑みを浮かべたまま、一番近い宝玄仙の立っている椅子を足で軽く蹴った。
「う、うわっ──。お、お前、やめるんだよ。そ、孫空女、な、なんとかしないか──」
ぐらりと身体の揺れた宝玄仙が狼狽えた声をあげた。
「な、なんとかするっていっても、ご主人様──。こ、こいつ、時をとめるんだよ」
「わかっているよ、孫空女。どうやら、こいつの言うことは本当のようさ。とにかく、なんとかしろって言われたら、なんとかするんだよ、孫空女」
宝玄仙が怒鳴りあげた。
「お前、孫空女という名かい……。ほら、孫空女、服を脱ぎな、遊んでやると言っているんだ。その気になるまで順番に殺してやるぜ。この青い髪の女なんてどうだい」
獏狗は動いて、今度は思い切り七星の立たされている椅子の脚を蹴った。
「ひいっ──、そ、孫空女……。こ、この際だから、とりあえず、ふ、服を脱いでみたらどうだい」
七星が顔を引きつらせて言った。
ほかの四人は拘束されているが孫空女は拘束されているわけではない。
孫空女の素早さだったら、このくらいの距離なら獏狗に飛びかかるのに一瞬だけあればいい。
だが、飛びかかったとしても、どうしていいかわからない。
飛びかかった瞬間に獏狗は、また時の外に逃げるだろう。
そして、時をとめた状態で孫空女は拘束されて動きを封じられ、仲間は首に結ばれた縄だけで天井からぶら下がることになる。
獏狗もそれがわかっているから、孫空女を拘束しようと思えばできるのにしないのだ。
つまり、遊んでいるのだ……。
「ぬ、脱ぐよ。脱ぐから、みんなには手を出さないでよ」
孫空女は観念して言った。
そうと決めたら大急ぎで服を脱いだ。
上着を取り、下袴を脱ぎ、躊躇なく胸当てを外して、腰から下着も抜き取った。
素っ裸になった。
「素晴らしいねえ。さっきのこの女といい、お前といい、いい身体をしているな──。じゃあ、とりあえず、この椅子に座りな」
獏狗が言った。
「椅子?」
また白い光を感じた。
「座るんだ、孫空女」
孫空女は不意にいままで存在しなかった椅子が自分のすぐ横にあるのがわかった。
木製の椅子だが横に手摺がある。
いままでこの部屋に存在したのは食堂にやってきた客が座るためのもので手摺のある椅子などなかったはずだ。
「ほ、本当に時がとまるんだ……。い、いま、突然、椅子が出現した……」
七星の怯えたような呟きが聞こえた。
沙那が両側の七星と朱姫となにかひそひそと話をしている。
仕方なく、孫空女は言われるままに、裸のまま椅子に腰掛けた。
「素直でいいことだ……。なら、両脚は手摺に載せろ」
「なっ」
思わず絶句したが、獏狗が仲間が立っている椅子を揺らす仕草をしたので、慌てて両膝を椅子の手摺にかけた。
股ぐらが曝け出されて羞恥の源泉が露わになったのがわかった。
「すけべえそうな股だな。毛も全部剃りあげているのか。もしかしたら、お前ら女同士で愉しむためか?」
獏狗が揶揄した。
「お、お前に関係ないだろう?」
かっと羞恥で赤くなる。
それとともになぜだかわからないが、頭に霞のようなものが湧いた気がした。
「なんだが股が震えているな、孫空女。もしかしたら、恥ずかしいことが好きなのか?」
「そ、そんなことがあるわけないだろう──。ば、馬鹿なこと言うんじゃないよ」
孫空女は怒鳴った。
「……まあいい、それよりも、ほかの連中の股の毛も調べてみるか……。この栗毛の女にも毛が生えていなかったし、全員の毛がないのか?」
白い光を感じた……。
すると……。