「
居酒屋の女主人が連れて来てくれた女医の夫人が言った。
ここは、居酒屋に連接した家の一室で客室のようだ。
四人で宝玄仙を抱えて、居酒屋の女主人に助けを求めると、女主人は、そのまま、居酒屋の裏側にある屋敷側に案内してくれたのだ。
居酒屋は小さかったが、裏にあった屋敷は大きかった。
客室もいくつかあり、宝玄仙が回復するまで、泊めてもらうことも可能なような気がした。
孫空女たちが宝玄仙をこの部屋に連れてきたとき、沙那が、さっと、女主人に金粒の入った包みを手渡したことに気がついた。
女主人は、満足気に頷き、それからさらに態度が優しくなった。
布団という床に直接に敷く寝具を貸してもらい、そこに宝玄仙を横たえる。
このときには、宝玄仙はもう喋ることがつらそうで、激しく息をするだけで口をきかなくなった。
汗びっしょりの身体を拭いてやりたいが、触るとのたうち回るので、どうすることもできない。
どうしていいかわからず、孫空女もほかの供とともに、苦しそうに横たわる宝玄仙の横に黙って侍っていたが、すぐに女主人に案内された女医がやってきた。
沙那が事情を説明すると、女医は合点がいったようだ。
すぐに頷き、宝玄仙が道術遣いだろうと指摘した。
「普通は、こんな風にはならないのですか?」
沙那が女医に言っている。
「そうだね。
「子母泉?」
「女人国の女が子を授かるための、聖なる泉の水さ」
話を聞いている沙那は首を傾げている。
しかし、とりあえず納得することにしたようだ。
表情を改めた。
「それで、どういう状況なんでしょう?」
「だけど、この人の身体には、おそらく、男の精を撥ね返す道術があるんじゃないかい? それが対決しているから苦しいのさ。こういう反応をした旅人をここで見たことがある。その人も道術遣いだった。この国では道術遣いというのは珍しいが、女の道術遣いは、子を作る作らないを自在にできるんだろう?」
「子を作ることを自在にできるかどうかは知りません。男の精を殺す力が身体にあるということついては、確かに、ご主人様は、そのように言っていました」
沙那が女医に言った。
「ご主人様?」
「あたしらは、この宝玄仙様の供なんだよ」
孫空女は言った。
朱姫はしっかりと頷いた。
七星は黙っている。
「なら、女主人のしもの世話もできるね?」
女医が一同を眺める。
「は、はい。もちろんです。どうすればいいのですか?」
沙那が言った。
「では、少し楽にさせよう。まずは、服を脱がせようかね。それで、汗びっしょりの身体を拭いておあげ」
「でも、ご主人様は、嫌がるんだよ。触ると感じちゃうんみたいで」
孫空女は口を挟んだ。
「仕方ないよ。あんたらが、この道術遣いの供なら、女主人が、快感によがり狂っていくところなんて見たくないかもしれないけど、そうさせなければ、楽にはならないんだ。
「先程もそんなことを言われてましたが、どういうことなんですか?」
沙那が訊ねた。
「女しかいない女人国では、照胎泉の水を飲み、次いで、子母泉の水を飲んで、子を授かるのさ。それはともかく、この人は照胎泉を飲んだことで、子を産むための霊気が蜜になって子宮に集まっている。苦しみを癒すためには、その蜜を子宮から抜かなければならない。つまり、いわゆる、気をやらせるんだ」
「気を?」
「そうだ。そうすれば、それが潮になって噴き出すから少しは楽になる。でも、しばらくしたら、また、子宮に密が溜まるから、また、それを出さなければならない」
「潮……ですか?」
沙那もきょとんとしている。
孫空女も驚いていた。
「……ところで、あんたらは、女同士で愛し合ったことはあるかい? ここは女人国なんで、それは普通のことなんだけど、考えてみれば、外の人だったね、あんたらは。だったら、女の身体を愛撫で責めるなんていやかい? それなら、それができる看護人を世話してもいいけど……」
「そ、それには及びません。わたしたちでできます。わたしたちとご主人様は、そういう間柄です」
沙那がはっきりと言った。
女医の眼がほんの少し見開かれたが、すぐに頬に微笑を浮かべて頷いた。
「だったら、話が早いよ。この女主人さんを責めて気をやらせるんだ。股間から潮を噴き出させるんだよ。蜜液が身体にかかっても、それ自体は無害だから大丈夫だよ。まずは、それを定期的にやるんだ」
「わかりました。朱姫、お願い」
沙那がそう言うと、朱姫が頷いて、宝玄仙の衣服を剥ぎ始める。
宝玄仙は悲鳴をあげているが、それは次第に、激しい情感のこもった声に変わっていく。
完全に衣類が剥がされて全裸になった頃には、宝玄仙ははっきりと欲情しきった反応を示すようになっていた。
「ところで、先生。ご主人様の身体に溜まった毒蜜が子宮に集まって、それで苦しんでいるのだということはわかりました。そして、それを身体の外に出させればいいのだということもわかりましたが、完全に治すにはどうしたらよいのでしょうか?」
宝玄仙の身体についている朱姫を横目に、沙那が女医に訊ねた。
孫空女は、ほんの少し、宝玄仙のお腹が膨らんでいることに気がついた。
「あなた、名前は?」
女医が沙那に向かって言った。
「沙那です」
「そうかい、沙那さん。だったら、この女主人さんの子宮に溜まっている蜜は毒じゃないよ。子を成す準備をしているだけさ」
「子を成す? ご主人様は、子供を産むのかい?」
孫空女は声をあげた。
すると女医が微笑ながら首を横に振った。
「いまは、まだだよ。照胎泉の水は、女が子供を成す準備をするだけだ。ところで、お嬢さん、女主人さんは、もうすぐ、股間から潮を噴くからね。布を敷いておいた方がいい。寝具が汚れるから……」
女医が朱姫に向かってそう言った。
朱姫は、宝玄仙の肩を片手で支えながら、股間を愛撫している。
「ああっ……あっ、あっ、あっ……あひいっ……」
宝玄仙が身体を仰け反らせている。
孫空女は、手を伸ばして、浮きあがった宝玄仙の股間の下に重ねた布を拡げた。
「ふあああっ――」
宝玄仙が叫んだ。
すると本当に、宝玄仙の股間から潮のようなものが吹き出して、布を汚した。
「きゃっ」
朱姫が小さく叫んだ。
宝玄仙が、股間から潮を噴くだけじゃなく、乳房から乳液のようなものを吹きあげたのだ。
沙那がさっと別の布を取り、身体を拭きはじめる。
孫空女もそれに倣う。
宝玄仙の呼吸は楽になったようだ。
正気を失っていたような表情が回復し、横たわったまま、こちらを見上げる。
「気分はどうですか、女主人さん……? あらっ、そういえば、この人の名前を聞いてなかったね」
「ほ、宝玄仙だよ」
宝玄仙が言った。声に力がない。
「ご主人様、『治療術』は遣えますか? ご主人様の身体は、照胎泉という水に含まれていたなにかによって、異常をきたしているみたいです」
沙那が宝玄仙に言った。
宝玄仙は、束の間、集中している仕草をしたが、すぐに首を微かに横に振った。
「む、無理だね。と、とてもじゃないけど……。い、いったい、どうしてしまったんだい、わたしは?」
「この沙那さんにも言ったけど、あんたは、照胎泉の水を不用意に飲んでしまって、母親になる準備を身体が始めているんだよ。だけど、あんたの中の道術がそれに抵抗しようとして、暴れ回っているということだよ」
「母親って、なんだい? あの水を飲んだら、まさか妊娠するとか言わないだろうねえ」
宝玄仙の眼が見開いた。
「いいや、照胎泉は身体の準備をするだけさ。妊娠はしないよ。だけど、そうやって反応するということは、その準備ができてしまったということさ。子母泉の水を飲んで妊娠すれば、苦しいのは収まると思うよ。以前、同じような症状だった道術遣いの女は、そうだったからね」
「に、妊娠……。じょ、冗談だろ?」
宝玄仙は言った。
孫空女もびっくりした。
「冗談なんかじゃあるものか、宝玄仙さん。女人国では、不用意に泉の水を飲まないことだね。だいたい、あの公園の泉のあった場所に立札があったはずだけどね」
女医が言った。
「ああ、なにか書いてあったけど……面倒だから、読まなかったよ」
宝玄仙は言った。
「あ、呆れました、ご主人様。ご主人様は、あんなにわたしたちには、狡猾で周到なのに、ご自分のこととなると、どうして、そんなに油断なさるのですか」
沙那が怒っている。
考えてみれば、宝玄仙は、しっかりしているようで、いつもうかつだ。
智淵城のときも、うっかりと痺れ薬入りの料理を食べたのが捕まった原因だったし、かつて、闘勝仙とかいう道術遣いの罠に嵌ったときも、女奴隷から口移しで毒薬を飲まされたと言っていた。
沙那の言う通り、自分のこととなると、うっかり屋で隙が多いというのは、それが宝玄仙の本来の性質なのかもしれない……。
そういえば、宝玄仙だけじゃなく、宝玉もそうだ。
いつぞや、宝玉が宝玄仙の暗示をかけてくれて、三人で宝玄仙を淫具で責めたことがあった。
宝玄仙には、孫空女たちが淫靡な悪戯をしているのは知覚できなくなる暗示を宝玉にかけてもらったのだが、それは一日だけのことで、翌日にこのことに気がついた宝玄仙によって、孫空女は、沙那と朱姫とともに酷い目に遭った。
沙那など、二度と同じような取引を宝玉とはやらないと肩を落としていたが、宝玉があれなら、本来は同じ人格である宝玄仙も、本質は同じなのかもしれない。
「ど、どうしたらいいのさ、女医さん……。言っておくけど、わたしは、子を産むつもりはないよ」
宝玄仙は女医に向かって言った。
その声は、小さくて、弱い。
「そんなことを言ってもね……。照胎泉を飲んで、すでに身体の準備が整ってしまった以上、それでなければ、
「落胎泉? それはなんですか?」
沙那が言った。
「……いや、さすがに、それは無理さ。観念して、子母泉の水で子を成すしかないよ、宝玄仙さん。子を育てる気がないなら、産んだ後で、世話をする者を探してもいいじゃないか。ここの主人は、あれで、かなりの顔広だからね。相談に乗ってくれると思うよ」
「冗談じゃないと言っているじゃないか」
宝玄仙は、女医を睨んだ。
「だけど、さっきの苦痛は、また発作のように襲ってくるよ。わたしの知る限り、ほかに発作を治める方法はないね」
「だいたい、どうして、そんな危険な水をあんなに不用意に放っているのさ。確かに、立札を読まなかったのはいけなかったかもしれないけど、あんな風に器があったら、飲んでも大丈夫と思ってしまうよ」
孫空女は言った。
「そりゃあ、そうさ。あれは、誰でも飲むためにあるんだから。照胎泉の水は、子を欲しいと思った女が、誰でも、いつでも飲めるように、大抵の大きな町にはあるからね。この国でまだ旅をするようなら気をつけなよ。あんたらもね。この女人国の泉は、普通の水じゃないんだ」
女医は応じた。
「ご主人様は、子供なんて産まないよ」
孫空女は声をあげた。
「観念するしかないねえ」
女医は首を横に振る。
「この国の女の人は、みんな、そうやって子供を作るのですか?」
沙那だ。
「そうだよ。ここには、男はいない。だから、子供を作りたいと思った女は、まずは、近くにある照胎泉の水を飲んで、
「子を成す身体……」
沙那がちらりと宝玄仙を見る。
「如意仙女が認めなければ、子を成すことはできないということで、身体に変化はない。子を成す身体に変わったことを悟れば、すぐに子母泉の水を飲む。あんたたちは、気がついたか知らないけど、照胎泉があった場所のもっと奥には、子母泉もあったんだよ。その水を飲めば、十箇月もすれば、赤ん坊が産まれるのさ」
「どうやって男なしで子を作るのかはわかったけど、男の子が産まれたらどうするのさ。捨ててしまうのか?」
孫空女は言った。自分はかつて、いらないことして捨てられて、奴隷にされそうになった。
ここでも、そういうことをやっているのだろうか。
「男の子が産まれたら、どうするんだろうねえ? わからないけど、いまだかつて、女の子以外が産まれたことはないはずだね。男の子が産まれたら、それは、この女人国でも、男を受け入れろという如意仙女のお告げなのかもしれないね」
「さっきから出てくる如意仙女というのは、なんだい?」
七星が口を挟んだ。
「この女人国の神に仕える者のひとりで、如意仙女自身もこの女人国の守り神のひとりさ。女人国の女たちが、男を必要とせずに子を成すために、女人国のあちこちに照胎泉と子母泉を作っている。この国のあちこちで、その不思議な水がこんこんと湧き出るのは、如意仙女の加護だと言われているよ」
「つまり、言い伝えということかい?」
七星が鼻を鳴らした。
「あら、不満そうね、七星」
沙那が言った。
「神様を信じているような連中は、こりごりさ……。智淵城に捕らわれたのは、天教の神官に関わったのが原因だし、虎力らは仙道教という宗教の神官だったろう? ああ、考えてみれば、この宝玄仙さんも天教の巫女かい。まあ、碌でもないということには変わりないね」
七星は応じた。
「信じるとか、信じないとかじゃない。如意仙女は存在するよ。
「なんだい、如意仙女の試練って?」
孫空女は訊ねた。
「ちょっと待って、孫女」
沙那が口を挟む。
「……いまは、ご主人様のことよ……。先生、ご主人様の身体の発作を抑えるためには、子母泉の水を飲んで子を成すほかに、もうひとつの方法があるようなことを口走りましたよね。そのことを教えてください」
「落胎泉のことだね。そうだね。思わず、口にしたけど、それを手に入れることは不可能だよ。それに言い伝えにすぎないかもしれないし……」
「教えてもらうことはできないのでしょうか?」
沙那はちらりと宝玄仙を見た。
宝玄仙は、いまは裸身に薄い掛布をかけている。
朱姫の手管により、子宮に溜まった蜜を放出して、少しは発作が収まったようだが、まだ苦しそうだ。
意識があるのか、ないのか、眼を閉じて、苦しそうに息をしている。
「教えることは構わないね。というよりも、女人国の女なら、誰でも落胎泉の場所くらい知っている。有名な話だからね。落胎泉は、さっき話した如意仙女が護っている。如意仙女の試練を耐えた者だけが、落胎泉の水を手に入れることができるのだよ」
女医は言った。
「なるほど、じゃあ、その如意仙女に頼むか倒すかして、その水を手に入れて飲ませれば、ご主人様は、助かるということだね」
孫空女は言った。
「そうだけど、如意仙女に遭うには、その試練に耐えなきゃならないし、その試練に耐えた者は、ほとんどいないらしい。最後に成功した者は、数十年前だというね。もっとも、それは、如意仙女の試練に耐えたのではなく、霊具の竪琴で如意仙女を眠らせ、その間に、落胎泉を奪ったという話だけどね。それ以来、如意仙女は、棲み処である破嬰洞には、霊具の効果を封じる術をかけている。同じ手段は遣えない」
「だけど、成功した者がいるということは、不可能じゃないということじゃないか。試練を受けなくても、倒せばいいのさ。それで、その破嬰洞はどこにあるのさ、先生?」
いまは、一刻も早く、その水を手に入れて、宝玄仙を楽にしてやりたい。
「破嬰洞の場所は、誰も知らない。だけど、そこに進むことは誰にでもできる。照胎泉と子母泉のある場所には、必ず、破嬰洞に通じるという不思議な場所があるという話だよ。そこを見つけて、破嬰洞に進むことを望めば、空間を跳躍して、試練の部屋に進むことができるはずさ。もっとも、そもそも、破嬰洞に跳躍する場所を探すのは、偶然に頼るしかないけどね」
「孫女――」
沙那が声をあげた。
「わかっている。多分、『移動術』を遣う『結界罠』だと思う。あたしなら、そこを探知できる。そこを見つけて、破嬰洞に飛ぶよ。如意仙女だかなんか知らないけど、頼んでみるし、嫌だと言ったら、『如意棒』でぶっ倒してでも水を手に入れてくるよ」
『結界罠』というのは、あらかじめ『移動術』の道術を施した空間に入った者を勝手に『移動術』で跳躍させてしまう道術だ。
宝玄仙や朱姫も遣うことのできるありふれた道術だ。
孫空女は、もう立ちあがった。
いまは、時間が惜しい。
宝玄仙の発作は、またやってくるだろう。
できれば、その前に手に入れたい。『移動術』で跳躍できるのであれば、それも可能だ。
「本当に行くのかい、あんた?」
女医は驚いたように眼を見開いている。
「当たり前だよ――。じゃあ、沙那、ちょっと行ってくるよ」
孫空女は外に飛び出した。