「女王挑戦の儀?」
宝玄仙はやってきた使者に、戸惑いとともに驚きで応じた。
使者は、
つまりは、宝玄仙に対して貴族に対する礼をしているということだ。
確かに、宝玄仙は、あの東帝国では最高位の貴族巫女だったが、この女人国ではもう関係ないし、かつての宝玄仙の身分をこの国の者が知っているわけがない。
ましてや、宝玄仙は、天教の八仙の地位は返上し、その時点で、爵位も剥奪されているはずだ。
従って、いまの宝玄仙は、ただの異邦の女にすぎないのだ。
それに、話から判断すれば、宝玄仙の過去の経歴や人物に、こいつらは関心を持っていないし、本当に知らないようだ。
だから、その宝玄仙に神祇庁の使者が、このような慇懃な礼をとっているということは、本当に一介の異邦の女に、「女王挑戦の儀」とかいうものをやらせるつもりなのだ。
昨日、この宿に到着してから、懇意になりたいという理由で、やたらに訪問者が現れては、金品を置いていくと思ったら、そういうことだったのだ。
神意だかなんだか知らないが、この国には、国都を訪れた道術遣いに「女王」への挑戦権を与えるという馬鹿げた仕来りがあるらしい。
挑戦とは、道術と道術の対決であり、より強い道術を持つ者が女王に相応しいということになる。
それがこの国の昔からの習わしであるらしい。
いまの女王もそうやって、ただの旅の女から女王になったそうだ。
そして、この宝玄仙がやってきた。
あの城郭の郊外でやった、あの破廉恥な道術は、国都の人間の度肝を抜くのに十分だったらしい。
そして、この国の人間にとっては、能力の高い術遣いの国都の訪問は、そのまま、女王への挑戦の儀が行われるということに等しいもののようだ。
それで、宝玄仙が次期女王かもしれないと見込んで、いまのうちに知己になっておこうという人間が後を絶たなかったのだ。
「なるほどね」
とりあえず、宝玄仙は言った。
ちらりと、部屋の隅で大人しくしている沙那に視線を送る。考えなければならないことは、大抵は沙那の意見に従えば間違いないというのは知っている。
だが、沙那は、思うところがあるのか、素知らぬ顔をして座っている。ここで助言してくれるつもりはないみたいだ。
宝玄仙は嘆息した。
「では、女王挑戦の儀について、詳しく説明してよろしいですか?」
使者は言った。
「ま、待て、それについては、わたしも供の者と相談させてもらいたい。その上で返事をしよう」
「わかりました。では、支度金として、これらのものを置いていかせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
使者は、宝玄仙の前に、装飾のついた木箱を二名の部下に置かせた。
使者は、一度、その木箱の箱を開けて中身を宝玄仙に示した。
中身は金貨だった。
それもかなりの量だ。
これだけでもひと財産といえるだろう。
まあ、それは、もらっておいていいだろう。
旅に路銀は必要だ。
「わかった。置いていけ」
「それでは、明日の朝、もう一度、お伺いしたい。よろしいでしょうか、宝玄仙様?」
使者の物言いは質問だったが、表情と態度には有無を言わせぬものがあった。
もしも、宝玄仙が拒否すれば、面倒なことになりそうなのは明らかだった。
それにしても、たったひと晩で、なんでこんなことになったのだろう。
このままでは、本当に「女王挑戦の儀」とやらに参加せずに済ませられそうにない。
「相わかった」
とりあえず宝玄仙は言った。
「ありがとうございます。ところで……」
使者は、この宿の一室をぐるりと見回す。
この旅館では一番大きな部屋だが、決して豪華な部屋というわけではない。
寝台が四個あるほかは、大きな机と四脚の椅子があるだけだ。
孫空女たち三人は、入り口に近い壁を背にして、大人しく床に座っている。
その横には、これまでの訪問者たちが置いていった金品が集められていた。
「……怖れながら、この宿は女王挑戦者たる道術遣い様に相応しい寝所とは思えませぬ。よろしければ、こちらで準備させていただいた場所にお移りいただき……」
「それも、明日返事する」
宝玄仙は言った。
すると使者は、少し顔を曇らせた。
「しかし、ここでは、宝玄仙様の身の安全も……。国都に入る手前で襲撃者に命を狙われたと伺っておりますし、宿の周りを一時的には、
飛天というのは、宝玄仙たちがこの宿に入った時から、ずっと一隊を率いて宿の周りを警護をしている国都軍の女将校だ。
飛天自身は、この部屋の外の廊下に張りついてて、何度言ってもそこから離れない。
お陰で、供に対するいつもの嗜虐は自重せざるを得なかった。
さすがに、部屋のすぐ外に立っていられては、いくら結界を張っているとはいえ、落ち着かない。
「黙れ」
宝玄仙がそのひと言とともに、使者を睨むと、使者が気を飲まれた表情をした。
「この宝玄仙を見くびるな。お前にはわからぬかもしれんが、この部屋には、この宝玄仙の結界が刻んである。襲撃者どころか、たとえこの宿一帯が火事で焼け野原になろうとも、この結界に包まれたこの場所だけは、消し炭ひとつつけることもできんわ」
「これはお見それいたしました」
使者は一礼をして、随行の者とともに去っていった。
やっと、部屋に四人だけになることができた。
「……それで、どうなさるのです、ご主人様?」
沙那が溜息とともに言った。
「ご主人様は、女王になるのかい?」
孫空女が、そう言いながら、さっき使者が置いていった木箱を抱えて、ほかの金品と一緒に置いた。
「どうするって……どうすればいいと思う、沙那?」
宝玄仙は言った。
少しばかりばつが悪い。
なにしろ、昨日からひっきりなしにやってきた訪問客が、意味ありげなことを言いながら、価値のある贈り物をしていくのに対して、ずっと沙那は、こんな価値のある品々をただくれるわけがないから、用心しろと注意喚起し続けていたのだ。
その沙那の忠告を、馬鹿にしてずっと無視をしていたのは宝玄仙だ。
くれるものは貰えばいいし、面倒なことにはなるはずがないとはねのけていたのだ。
だから、今日、神祇庁とかいうところの使者がやってきたときは驚いた。
面倒なことになったのがわかったからだ。
「存じあげません――。それは、ご主人様がお決めになることだと思います。ただ、わたしの意見を申しあげれば、道術の高さが、この国の女王を定める唯一の基準だとすれば、ご主人様は、間違いなく、女王に相応しいと思います」
「わたしに、この国の女王になれというのかい、沙那? 冗談だろう?」
宝玄仙は苦笑した。
「冗談じゃないよ、ご主人様」
孫空女が口を挟んだ。
「なに?」
「考えてみたらどうなのさ。あたしらには、別に不都合はないよ。別に魔王たちと戦いに魔域に行きたいわけじゃないんだ。あたしも沙那も朱姫も、ご主人様が行くから旅をしているだけで、ご主人様がそうしたいなら、ここが旅の終わりで、なんの問題もないさ――。ねえ、朱姫?」
「はい」
孫空女が朱姫に顔を向けると、朱姫が頷いた。
「しかし、女王なんて……。このわたしにそんなものが務まると思うかい、お前たち?」
宝玄仙は呆れて言った。
「務まるかどうか、この国の女王というのがどういうものなのか、訊いてみればいいのでは?」
沙那が言った。
「訊いてみるとは、誰にだい?」
「部屋の外にいるじゃないですか、飛天さんが。とりあえず、彼女に質問してみてはいかがですか?」
宝玄仙は扉に眼を向けた。
確かに、扉の向こうには、飛天という名の将校が立っている。
彼女は、宝玄仙の護衛を命じられた隊長のくせに、どういうわけか、自らも直接に警備に当たると言って、部屋の外に侍っている。
それが、宝玄仙の歓心を買うためにやっているのだということは、さすがに宝玄仙の察しがついていた。
宝玄仙が望めば、飛天はいろいろと必要なことを教えてくれるだろう。
「飛天を連れておいで、朱姫」
宝玄仙は言った。
朱姫が立ちあがり、部屋の扉を開けて、外に声をかけた。
すぐに飛天が緊張した顔つきで入ってきた。
「そこに座りな、飛天。少しばかり話が訊きたいのさ」
宝玄仙は言った。
沙那が、宝玄仙の前に椅子を運んでくる。
使者との面談に邪魔だから、宝玄仙が座る以外の椅子と机を部屋の隅に片付けていたのだ。
「とんでもありません。立ったままで結構です。ところで、なんなりとお申し付けください。宝玄仙様の警備だけではなく、宝玄仙様に必要なものを整えるための便宜を図るということは、わたしに与えられた命令なのです」
「いいから座るんだよ、飛天。そこに突っ立ったままでいられると、わたしが話しにくいんだ」
飛天は困ったような表情をしたが、沙那が宝玄仙に従うように促したので、宝玄仙に向き合うように椅子に腰掛けた。
「単刀直入に訊ねるけど、この国の女王とは、なにをするものなんだい?」
宝玄仙は言った。
「女王とは命令するものです。臣下と民は、それに従います」
「どこの誰ともわからない女をある日突然に女王と認めて、その命令に従うというのかい?」
「それがこの女人国の掟です」
飛天は言った。
「女王の資格は、大きな道術力を持つということだけで、道術が強いだけの人間を女王にするというのは、本当のことなのかい? 道術が遣えるということと、女王として国を統治する力があるということはまったく別のことと思うがね」
「女王としての国の統治については、多くの臣下がおります。政事に関しても、国の護りに関しても、それなりの人材が揃っております。非力なれども、わたしもそのひとりです。細かいことで女王を煩わせることはありません」
「つまり、統治行為そのものについては、臣下がいるから心配ない。女王が細かいことをやらなくてもいいと?」
宝玄仙は訊ねた。
「女王は君臨するものです。しかし、統治は、その臣下が行うべきものです」
飛天ははっきりと言った。
「……女王は、なにもしなくてもいいということかい?」
「女王は、君臨して、統治せよと命じます。それに従い、臣下は統治します」
「女王の命に従い国を統治する者は、女王が選ぶのですか? それとも、女王は人事に口を出せないのですか?」
沙那が口を挟んだ。
「女王が望めば、女王は自分が望む者にそれを命じます。命じなければ、臣下の中で人事を司るところが、適材適所の人材を配置します」
飛天は応じた。
「もしも、女王が我が儘で、とんでもない人間に統治を命じたら? もっと言えば、女王が自ら政事に口を出し、国を混乱させたらどうするのですか?」
さらに沙那が言った。
「女王の命に従うだけです。その女王が王位にあり、彼女が命じるということは神意でもあるのです」
「でも、女王として相応しくない行いや命令、あるいは、言動もあるのでは?」
「女王が女王であることを判断する権利は、臣下にも民にもありません。わたしたちは、神意に従うだけですよ、沙那殿」
「じゃあ、女王が民に滅びよと命じればどうするのですか? 道術力の高さのみによって、王位を定めるというのは、そういうことではないのですか? 女王に相応しいかどうかは、もっと別のものがあると思うのですが……」
「沙那殿――」
飛天はにっこりと微笑んだ。
「――わたしたちが従うのは、女王ですが、その根本にあるのは神意です。そして、それはこれまで、常に正しかった。この国は、いにしえの掟に従い、女性のみしか国土に立つのを認めず、道術の高い女性を女王として抱いてきました。その結果、この国は常に平和の中にありました。確かに、歴史においては、女王として相応しくない女王もいたということはあったと聞きます。しかし、そういう女王は、やがて、神意により新しい女王にその地位を譲ることになります。わたしたちが従うのは、常に神意なのです」
「じゃあ、わたしたちのご主人様が、神意により、女王に選ばれたら、あなた方はそれに従うというのですか?」
「もちろんです」
飛天は即答した。
「繰り返して、お訊ねますが、女王は統治に口を出さずともよく、逆に望めば、政事を自由にできる。女王の命令には、臣下は実現すべく従う――。こういうことですか? 偽りは本当にないのですか?」
「ありませんよ、沙那殿」
「わたしたちのご主人様は、心を読める術もお持ちですよ。ここはご主人様の結界の中であり、あなたが嘘をつけばわかります。その術をかけてもよろしいですか?」
「よろこんで術にかかります、沙那殿、そして、宝玄仙様」
飛天は言った。
「飛天、女王の義務とはなんだい?」
宝玄仙は言った。
少しの間、飛天は黙った。
そして、やがて、口を開いた。
「女王の義務とは、神意に従うことではないでしょうか」
「神意?」
宝玄仙は、眉をひそめた。
「具体的にはなんですか、飛天殿?」
また、沙那が口を挟んだ。
「神意により選ばれれば、女王であることを受け入れ、即位すること。そして、女王として君臨すること。もしも、神意により、女王挑戦者が現れれば、それを受け、負ければ退位することです」
「女王が、挑戦を受けないことは?」
「ありえません、沙那殿。女王は、神意を代表するものです。挑戦を受けないことは神意の否定ですから」
「そうですか……。ご主人様、ほかに質問はございますか?」
沙那が宝玄仙を見た。
「お前の言っていることを総合すると、女王になれば、わたしは、したくないことはやらなくてもいいし、逆にやりたい放題もできるということかい、飛天?」
「はい」
飛天は頷いた。
「行っていいよ、飛天」
「わかりました」
飛天は立ちあがり、一度、膝をついて部屋を出ていった。
「女王勝負を受けるかどうか、お決めになったのですか、ご主人様?」
飛天がいなくなると、すぐに沙那が言った。
「ああ、お陰でよくわかったよ。女王になって、損をすることもなさそうだね。面倒なことは、家来に押しつけて、好き放題できるというわけさ」
「じゃあ、女王勝負をやるのかい、ご主人様?」
孫空女だ。
「まあね」
「ご主人様の道術があれば、絶対に勝てると思います」
朱姫が言った。
「ありがとう、朱姫。わたしが女王になれば、もちろん、お前たちは、わたしの側室ということになるのだろうね」
「側室ってなんですか?」
朱姫が訊ねた。
「側室というのは、王妃の以外の王の妻たちのことよ、朱姫」
沙那が言った。
「じゃあ、あたしたちは、ご主人様の妻ということになるのですか?」
朱姫は当惑した表情をした。
「奴隷から妻に昇格だよ。わたしが、女王でいる間は、多少の贅沢はさせてやるよ」
宝玄仙は言った。
「いくらなんでも、女同士で妻とか夫とかいうのは不自然じゃないのかい、ご主人様」
孫空女も言った。
「馬鹿だねえ、なにを言っているんだい、孫空女。この国には、女しかいないんだよ。女同士で結婚をするのさ。どちらかが夫で、どちらかが妻ということになるのさ」
「あっ、そうか」
孫空女が頷く。
「まあ、少しの間だけさ。寄り道のつもりで、宮廷生活を愉しもうじゃないか、お前たち」
「ちょっと待ってください、ご主人様。寄り道のつもりというのは、どういう意味ですか?」
沙那が言った。
「言葉通りの意味だよ、沙那。女王になって、しばらく愉しんでから、飽きたら適当に、家来どもをやり過ごして、また旅に出るつもりだよ。どうせ、いつまでに終わらせなければならないという旅でもなし」
「ええ? じゃあ、本気で女王になるつもりはないのかい?」
孫空女が声をあげた。
「まあ、一、二箇月くらいは、女王生活も悪くないかもね。だけど、こんなところで、一生を過ごすなんて御免だね。どう考えても、わたしは、女王なんて柄じゃあないよ」
「でも、最初から王位を投げ出すつもりで、即位するなんて、無責任では?」
沙那は言った。
「知ったことかい」
「だって、ご主人様。もしも、ご主人様が女王になって、二箇月で突然に王位を投げ出して消えてしまったら、この国に大きな混乱が起きるのではないですか?」
「それこそ、神意ってもんじゃないか、沙那。わたしみたいなものを女王にするなら、この国の神もそのくらいの覚悟も予測もあるってものさ。この国の神がどんな存在なのか知らないけどね」
すると、沙那が盛大に嘆息した。
*
「女王挑戦の儀は、明後日ということになりました」
神祇庁の使者が説明するのを
謁見の間である。
使者の弁は、宝玄仙という道術遣いが、女王挑戦を正式に望んだということと、その対決の日取りと要領についての説明であった。
沙那という宝玄仙の従者が神祇庁までやってきて、宝玄仙の女王挑戦の意思を告げに来たらしい。
対決の要領については、三年前に壱都もやったので承知している。
神祇庁が選んだ立会人のもとに、「神意の間」と呼ばれる宮廷の中にある大広間で道術対決をするのだ。
道術対決は、立会人のほかに、多くの高官たちが観客として見物もする。
対決にあたっては、どのような道術を使用しても構わない。
それで、相手が屈服したと判断すれば、立会人が勝者に王位があることを宣言する。
それだけだ――。
女王挑戦の儀については、女王としての一切の権威が通用しない。
完全に対応な立場で対決は行われる。
壱都は、可能な限りの宝玄仙の道術力に関する情報を集めた。
密かに壱都が組織していた暗殺隊をいとも簡単に無力化し、全裸行進のうえに、破廉恥な操り行動をさせた手腕だけでも、壱都の道術力を上回っていることは間違いなさそうだ。
さらに調べれば、女王国の北部にいる
独角兕といえば、希代の女たらしの妖魔で、しばしば女人国にやってきて、女を浚っていく始末の悪い存在だったが、その独角兕を道術で叩き伏せただけではなく、近隣からの女浚いをやめることを術で誓わせたらしい。
壱都自身は、独角兕と対決したことはないが、あの独角兕とまともに道術で対決して勝てるとは全く思わない。
その独角兕が、簡単に捻られたということは、宝玄仙の魔術がそれだけ凄まじいということだ。
まず、まともにやって、壱都が勝つとは思えなかった。
それでも、壱都は王位を渡すつもりはない。
壱都は、懐に入れている霊具を服の上から触った。
女人国に道術遣いが現れたという情報を入手以来、壱都はそれを肌身離さず持っていた。
服の上から確認する。
それは、確かにある――。
魔域から突然にもたらされた贈り物――。
宝玄仙という大きな道術遣いがやって来るのに合わせたように、これが贈られてきたのは偶然だろうか……。
それとも、なんらかの意思が働いているのだろうか……。
とにかく、いまは、眼の前の女王挑戦の儀を乗り切ることだ。
そのためには、この霊具が必要なのだ。
壱都は、使者の言葉に黙って耳を傾けるふりをしながら、服の上から感じるその霊具の感触と強さをじっと味わっていた。