それが儀式の最後だ。
壱都は、喉の奥で笑いながら、壱都ともに広間の中央に進む宝玄仙に眼をやった。
顔が真っ赤だ。そして、身体は小刻みに震えている。
もちろん、恥辱と屈辱、そして、激しい怒りのためのようだ。
まだ恐怖のためだということではなさそうだ。
それは、宝玄仙の眼でわかる。
この状況になっても、あんな眼ができるといのは、なかなかの気の強さだ。
だが、すぐに宝玄仙の表情は、恐怖のみに包まれるだろう。
そんな気の強い女をこれから、残酷に虐待できると思うと、壱都にも震えるほどの愉悦が込みあげてくる。
宝玄仙の黒い装束の下半身の部分の下袴は、びっしょりと濡れている。
さっき、控えの間でさせた宝玄仙自身の小便だ。
近くに寄れば、異臭もしているのがわかる。
そんな服を着させられながら、宝玄仙は表情には出すことなく、儀式が進むあいだ、堂々と振る舞っていた。
もっとも、その宝玄仙の態度が、虚像に過ぎないことを知っている。
宝玄仙には、さっき、『服従の首輪』という霊具を首に嵌めさせた。
その首輪を嵌められた者は、首に嵌めた者に対して絶対服従する。霊具を嵌めた者は、その“命令”という言葉に一切逆らえないのだ。
宝玄仙には、霊具を装着させられたことを人に告げること、首輪を外すこと、そして、壱都の許可なく術を遣うことを禁止した。
これで、宝玄仙には、万が一にも壱都に勝つことはない。
この霊具にどのくらいの強制力があるのはわからないが、この場で自殺しろと命じれば、宝玄仙は死ぬのかもしれない。
これから行われることは、道術対決などではない。
その名を借りた宝玄仙の処刑だ――。
もっとも、道術対決の儀で相手の命を奪うことは、禁止されているので、死に等しい暴虐を受けるということになるのだろうが……。
それにしても、なぜ、この霊具は、壱都のもとに贈られてきたのか?
いまになっても、まったく理由はわからない。
送り主は、魔域にある
まったくの交流のない魔族の里だ。
もともと、女人国には魔族は少ない。
歴代の女王が、魔族の追放に熱心だったからでもあるし、
いずれにしても、女人国は魔族にとっては、対立こそすれ、友好を結ぶ相手ではないはずだ。
だから、魔族の王やその側近から、女人国の女王宛に貴重な霊具を贈られるいわれはないのだ。
それでも、贈り物を持ってきた女使者をそのまま追い返すことはできなかった。
その贈り物が、『服従の首輪』と呼ばれる壱都が想像もしたことのない強力な霊具だったからだ。
そして、その女使者は、近いうちに、この国を宝玄仙という強力な道術力を持った術遣いが訪れるから、この道具が壱都には必要だろうと囁いた。
その女使者は――人間だった。
魔域の魔王たちは、女人国への使者に、魔族を使わないだけの分別はあったようだ。
もっとも、魔域の事情に詳しくはない壱都は、あの魔族の里と呼ばれる世界に人間が存在するとは知らなかった。
そのことについて、女使者に訊ねても、あいまいな返事をするだけだった。
その女使者は、魔族でないだけではなく、術遣いですらなかった。
そのようなただの人間が、本当にあの魔族の里で生きてけるのだろうか……。
疑念は増えるばかりだったが、『服従の首輪』だけは本物だった。
霊具の強さは、込められている道術力の強さだ。
間違いなくこの霊具は本物だとひと目で悟った。
それくらいの強力な霊力がその首輪に込められていたのだ。
どういう存在が作ったものだか知らないが、壱都がこれまで接したことのない強力な道術力だ。
だから、女使者の口上のとおり、人を支配できる能力があるというのは、本当だと思った。
壱都は、その女使者に、受けないとも、受け取るとも、すぐには返事ができなかった。
すると、女使者は、不意に宝玄仙という道術遣いのことを語ったのだ。
大きな道術力を持つ術遣いの女――。
そいつが女人国に現れて、神意による道術対決ということになればと……。
あなたは前女王となり、その宝玄仙が女王となるのではないか……。
宝玄仙は、あなた以上に残酷な女ですよと――。
前女王……。
女王挑戦の儀の敗北後、道術力を消失させ、面白半分で、手足を切断して、眼を奪い、声を奪い、音を聴く能力を奪った。
そして、髪を剃らせ、眉と恥毛をなくして、舌で奉仕する奴隷にしてやった。
最初の一箇月間で、三回舌を噛んで自殺しようとした。
もちろん、そんなことで自殺などできるわけがない。
それで諦めたのか、それからは自殺しようとすることはなかった。
使者の言葉は、宝玄仙が新女王になれば、あなたが前女王と同じ境遇になるのではないかという怖れの呷りだった。
宝玄仙が新女王になれば、当然、壱都がやった前女王への仕打ちを知る。
そうすれば、必ず、あなたにもそれを行うだろうと――。
半分は、あなたの行った残酷な行為への酬いとして……。
もう半分は、大義名分を得た興味本位の嗜虐行為として……。
あの女はそういう女です……。
女使者はそう言った。
女使者が、なぜ、陽炎子のことを知っていたのかはいい。
宝玄仙という見知らぬ女道術遣いのことをよく知っていることもいい。
だが、壱都の心を揺らしたのは、陽炎子の境遇に自分がなるというその言葉だった。
恐怖した――。
宮廷の人間が、自分のことをよく思っていないことは承知している。
しかし、女王の権威と壱都が与える恐怖が、彼女たちへの絶対の支配を維持しているのだ。
しかし、ひと度、壱都から権威と力がなくなってしまえば……。
とりあえず、女使者に部屋を与えて宮廷に留まるように言った。
無論、
那美は、この宮廷の中でも数少ない信頼できる人物のひとりだ。
壱都の性愛の相手でもあるし、最初に前女王を見限った裏切者だ。
そのことで、ほかの廷臣から侮蔑されていることもわかっている。
もはや、壱都の権威にすがって生きるしかない女だ。
だから、信用できる。
事実、これまで那美は、壱都に叛意を抱いている高官や貴族の情報など、壱都に役に立つ情報を積極的にもたらしてくれた。
裏切者は弱い。
だから、力のある者を裏切らない。
しかし、その日の夜のうちに、女使者は与えられた部屋からも宮廷からも、かき消えてしまった。
那美の施した多くの監視の目をかいくぐって……。
道術遣いではない彼女がどうやって、逃亡したかはいまだにわからない。
だが、霊具は残った……。
そして、女使者の告げたとおり、宝玄仙という道術遣いが、この女人国に現れた――。
彼女について、那美に命じて、得られるだけの情報を集めた。
どう分析しても、宝玄仙が壱都よりも優れた道術遣いであることは疑いようがなかった。
それは、調査を命じた那美が、だんだんと壱都に対する態度を改めだしたことからも悟った。
那美はわかったのだ。
壱都よりも、その宝玄仙が道術力が高いことが……。
那美の変心は、那美が壱都の力を疑いだした兆候だ。
より道術力が高い者が女王であるべきだというのは、那美を含めたこの国の人間が信じきっていることなのだ。
宝玄仙が女王に挑戦し、宝玄仙が勝てば、壱都はすべてのものを失うことになる。
単に女王という権威を失うだけじゃない。
これまでの壱都の行動に対する報復と懲罰が、壱都に振りかかるということでもある。
壱都に残された行動はひとつ……。
あの霊具を遣うことだ。
もしくは、宝玄仙という新しい女王の奴隷となるか――。
ふたつにひとつ……。
なんとなく正体のわからない存在に踊らされている気がするが、ほかに方法はない。
決心さえすれば、躊躇いはなかった。
宝玄仙に『服従の首輪』をつけさせるのも難しい仕事ではなかった。
事前の調査で、宝玄仙が連れている三人の供が、宝玄仙に負けず劣らずの有能な人材であり、その中で、特に、宝玄仙は、沙那という女に信頼を寄せていることはわかっていた。
それで、女王挑戦の儀のためにやってきた宝玄仙から、供三人を引き離した。
そして、沙那に化けて、宝玄仙の控えの間に行き、『服従の首輪』を嵌めさせた。首輪の効果を発生させるには、相手に「首輪を受け入れる」という趣旨の言葉を口にさせることという説明も正しかった。
やはり、『服従の首輪』は本物だった。
一度装着させたら、“命令”という言葉で、宝玄仙は、どんなことでもいいなりになった。
下袍を捲らせ、下着を取り上げ、その場で自慰をさせた。
しかも、いかせはしない。
自ら寸止め自慰を繰り返すように命じたのだ。
どのくらいの効果があるのかを確かめたかったのだ。
絶頂を寸前にやめるなど、実際にはなかなかできることではない。
女が眼の前の快楽に抵抗することは難しいのだ。
だが、“命令”を与えられた宝玄仙は、本当にぎりぎりまで自慰を続け、寸前でやめた。
あれは演技ではない。
本当に自分の意思に関係なく身体が動くのだ。
壱都は感嘆していた。
それにしても、あのときは面白かった。
一番気持ちのいい場所で自慰をせよと命じたから、てっきり、下袍を捲らせている股間でやるものと思っていたのだ。
そうしたら、尻に指を持っていこうとした。
壱都の予想と違う方法に手を動かしたときには、てっきり、霊具の効果が不完全なものだったに違いないと疑った。
あれには笑った……。
最後に下袍を脱がせて、その上に小便をさせた。
そんなことをさせても、宝玄仙は、屈辱に染まった表情はしたが、まったく逆らうことができなかった。
念のために、『透明の紐』で、宝玄仙の左の手足首と右の手足首をそれぞれに拘束してやったが、それは必要なかったかもしれない。
あの『首輪』は本物なのだ――。
女王挑戦の儀が開始されようとするいま、宝玄仙は自分の尿で汚れた下袍を履き、壱都の服の内隠しには、宝玄仙から取りあげた下着がある。
そのことが、それを証明している。
立会者として、大広間の中央にやってきた神祇官の老婆が、壱都と宝玄仙の間に立った。
この老婆が、これから壱都と宝玄仙に最後の説明をし、そして、観客席の前に設けられている立会者の席に戻る。
それで道術対決の開始だ。
立会者の席の横には祭壇があり、さっき壱都が置いた女王の王冠がある。
その場所以外の広い大広間には、なんの置物もない。
床があるだけだ。
壁に沿うように観客席があり、そこには高官や位の高い貴族が見物人として座っている。
三年ぶりの女王挑戦の儀をひと目見ようと席はぎっしりだ。
そのすべての眼が、広間の中央の壱都と宝玄仙に注がれている。
「……では、説明は終わりじゃ。どちらかが敗北を宣言するか、完全に気を失うかすれば、女王挑戦の儀は終わりじゃ。ただし、相手の生命を奪ってはならん。質問はあるか?」
立会者である神祇官の老婆は言った。
「質問ではないが、宝玄仙殿はどうやら儀式が長くて、お漏らしになったようだ。服を着替えさせてはどうかな?」
壱都はにやにやしながら言った。
向かい合う宝玄仙の顔が真っ赤になるとともに、恥辱のために頬が引きつったようになった。
神祇官が訝しむ表情で宝玄仙を見た。
そして、驚いた表情で宝玄仙の下袍に眼をやり、その眼を大きく開いた。
「……着替えをするかね、宝玄仙殿?」
神祇官が囁くように言った。
「いえ、このままで」
宝玄仙が壱都をにらむ。
着替えたくても宝玄仙は、服を着替えることができない。
壱都によって、その小便まみれの下袍を履くか、下半身になにも履かずにいるか、どちらかでいよと命じられたからだ。
“命令”という言葉で告げられたことが絶対なのだ。
それ以外の言葉で言われたことは関係ない。
それも確かめた。
「なら、よい」
神祇官は、ゆっくりと席に戻っていく。
観客が壁際で見守る「神技の間」という大広間の中央に、壱都と宝玄仙だけが残される。
「……宝玄仙、自ら降伏することは禁止する――。命令だ」
壱都は、宝玄仙にしか聞こえない声で言った。
宝玄仙はなにも言わなかった。
ただ、悔しそうに歯噛みしただけだ。
「……徹底的になぶってあげるよ。この儀式は、単に勝敗を決めるだけじゃない。神意を問う場だからね。どんなに一方的にお前がなぶられようとも、誰もとめないのさ……」
壱都は喉の奥で笑った。
どうしても笑うのを我慢できなかったのだ。
壱都は続けた。
「……さっきの神祇官の
壱都は言った。
宝玄仙は、冷ややかな視線で壱都を見ている。
「……だからわらわが飽きるまで遊んだら、気を失わせてやる。気を失った振りなんてするんじゃないよ。命令だよ。本当に気を失うまで、わらわの相手をするのだ。わかったね?」
「わ、わかりました、ご主人様」
宝玄仙は小さな声で言った。
その声は震えていた。
その震えが悔しさによるものか、込みあがってきた恐怖によるものかは、もはやわからない。
鐘が鳴らされた。
女王挑戦の儀の開始の合図だ――。
壱都は、宝玄仙の服の襟を掴んだ。
宝玄仙が表情を変える。
宝玄仙には、道術を遣うことも禁止している。
おまけに、『透明の糸』で左右の手首をぞれぞれの右足首と左足首に結んでいる。
だから、腕を腰から上にあげることもできない。
だから、なにをされても宝玄仙は、一切の抵抗ができない。
壱都は、宝玄仙の襟を掴んだまま、後方に大きく跳んだ。
宝玄仙は、両腕を体側に伸ばしたまま、右足を大きく踏み出した。
これも“命令”によるものだ。宝玄仙には道術を遣っている振りをしろという命令も与えている。
だから、壱都が後方に跳んだのと同時に、足を踏み出したのだ。
見ている者には、まるで、宝玄仙が道術で壱都を吹き飛ばしたように見えるはずだ。
実際は、壱都が自らの術で後方に大きく跳躍しただけだ。
壱都は、宝玄仙に跳ばされたように、後方に大きく跳んでから二度、三度と床を後方に転がった。
そして、立ちあがる。
手には、さっきまで掴んでいた宝玄仙の襟が千切れて握られている。
そして、服の前側を破られた宝玄仙は、胸元を露わにして立っている。
壱都は、手に持った襟を投げ捨てた。
最初は、少しずつ宝玄仙の衣服を破り捨ててやるつもりだ。
この大勢の観客の前で、宝玄仙を素っ裸にさせてやる。
それからは、壱都の欲求に従い、徹底的になぶる。
見ている観客にも、壱都に対する恐怖が染み込むくらいに徹底的にだ……。
宝玄仙がこっちに跳んだ。
空中を走っている。
もちろん、壱都の術だ。
しかし、立会人にも、どちらの術なのかなど、観客にもその区別などつかない。
壱都の前までやってきた宝玄仙が、壱都の術で右足を蹴りあげる。
その脚が壱都の下腹に食い込む――。
実際は寸前でとまっている。
だが、蹴りに合わせて壱都が上に跳んだので、宝玄仙の蹴りは当たったように見えると思う。
観客が大きくどよめく。
飛びあがった壱都は、降りながら態勢を崩したように宝玄仙の下袍の両脇に爪を立てた。
壱都の爪は、伸縮自在で術で刃物ように尖らせることもできる。
腰から裾まで、宝玄仙の下袍を一気に切り裂く。
さらに床を転がって、宝玄仙の後ろに回り、いまや二枚の前後の布になっている下袍の後ろ半分を腰から切り裂いた。
立ちあがって後ろから股間を思い切り蹴りあげる。
「ひぎいいいっ――」
宝玄仙が悲鳴をあげて、丸出しの尻を上にして床にうずくまる。
余程痛かったのか、股間を隠すように丸まったまま宝玄仙は立ちあがらない。
「立つんだ、命令だよ」
壱都が宝玄仙を見下ろしながら呟くと、宝玄仙が真っ赤な顔をして、脚をふらつかせながら立ちあがる。
壱都は、宝玄仙に組みついた。
そのまま、転がる――。
あまりにも最初から一方的であれば、さすがにからくりがあるのではないかと怪しまれる。
そのための多少の演出も必要だ。
転がったあと、仰向けになった壱都の上に、宝玄仙を馬乗りにさせた。
だが、両手を体側から動かせない宝玄仙は、それ以上のことができない。
壱都は下から両手を伸ばし、半分裂かれている上衣を肩から両腕に向かって一気におろした。
これで、宝玄仙は後ろ手に自分の服で拘束された状態になった。
本当はそんなことは必要ないのだが、腕をあげない宝玄仙の姿は、観客からすれば不自然だ。
でも、これでその不自然さが消滅する。
壱都は、宝玄仙を突き飛ばして、自分の身体から押し避けた。
突き飛ばされた宝玄仙が床に倒れる。
倒れるときには、壱都から胸当てをむしり取られている。
宝玄仙の両方の乳房が剝き出しになった。
両手は背中で上衣がまとわりついている。
下半身は、前掛けのようになった下袍だけで、その下は裸体だ。
壱都は、うずくまっている宝玄仙の前掛けになった下袍を掴んだ。
むしり取る。
宝玄仙の下半身は、腰の部分に下袍の残り布が残るだけになった。
腕に服が残っている以外は、これでほぼ全裸だ。
「演出はこれくらいでいいだろうね。次からが本番だよ。宝玄仙、脚を開いて立つんだよ。命令だ」
宝玄仙が恐怖の表情を浮かべて立った。
服をすべて剥ぎとられた裸身が壱都の前にある。
「ふぎゃああぁぁ――」
壱都は、今度は前側から股間を蹴りあげた。
宝玄仙はもんどりうって倒れ、その場にのたうち回る。
「もう一度だ。何度もやってやるよ。次から倒れてもすぐに立つんだ。そして、同じように脚を開け――。命令だ」
壱都は嗜虐の酔いを感じながら、宝玄仙に吐き捨てた。
宝玄仙の表情が、完全に怒りから恐怖に変わったのがわかった。
宝玄仙が怯えた様子で、立ちあがって脚を開く。
今度は、拳を下から突き上げて、股間の頂点を打撃した。
「うげえええっ」
宝玄仙は、口から唾液の塊りのようなものを吐いて、その場にうずくまった。
今度は、なかなか立ちあがらなかった。
『服従の首輪』の命令には逆らえないはずだから、肉体的に立つのが難しいのだろう。
それでも懸命に立とうとする。
観客はどよめいている。
すでに一方的な展開になっているからだ。
宝玄仙にもう抵抗力がないのは明らかだ。
それに、通常、「女王挑戦の儀」の道術対決は、このような暴力的な勝負にはならない。
道術でお互いに術をかけ合って、相手を拘束して終わりである。
だから、あっという間に勝敗が決まることが多いのだ。
激しい戦いになったとしても、攻撃術がお互いに飛び交うだけで、闘士が肉弾で戦うような格闘になることはない。
事実、三年前に壱都が前女王の
「宝玄仙、降伏を宣言するならそれを告げよ。口が効けないならなんらかの態度で示せ」
神祇官の老婆の大声が、観客の声を割って会場に響く。
「こ、降伏は……し……ない……」
『服従の首輪』の命令に従い、宝玄仙が降伏を拒否した。
これで、立会人は、道術対決をとめることができない。
宝玄仙がやっと立ちあがった。
股間の部分が紫色に変色している。
すでに股の骨でも折れているかもしれない。
脚は開いているが、両膝は内側に向き、股間を隠すようにしている。
隠すことはできないはずだから、そうしなければ立てないのだろう。
壱都は、その変色した部分に向かい、また、力の限り蹴りあげた。
「ふがぁぁぁぁぁぁ」
宝玄仙が絶叫した。
そして、崩れ落ちる。
股間の骨が砕ける感触が確かにあった。
もうこのままでは、起きあがれないだろう。
『服従の首輪』による命令があってもだ――。
宝玄仙の身体は随分と弱いようだ。
これでは、愉しむ間もない。壱都は苦笑した。
壱都は、激痛に顔を曲げる宝玄仙の鼻の孔に指を挿しこんだ。
「ほげっ――」
鼻の孔に指を入れて、無理矢理に立たせる。
「や、やめ……て……」
鼻を吊りあげられた宝玄仙が涙を流す。
膝を曲げてかろうじて立っている。
「宝玄仙、よくお聞き――。『治療術』を遣うことを許可するよ。だけど、この儀式を終わらせるのは、お前が気を失うことしかないんだ。お前が自分自身を『治療術』で治せば、それだけ、気を失うことができなくなって、苦痛が長引くことになるけどね……。ふふふ」
壱都は言った。
宝玄仙の顔が複雑な表情をした。
壱都は、宝玄仙の鼻の孔に入っている指の先の爪を道術で少し伸ばした。
伸縮自在の爪だ。
宝玄仙の鼻の中で刃物のように尖った壱都の爪が、鼻の中の粘膜を突き破ったはずだ。
「はがあっ――」
壱都は宝玄仙の鼻から指を抜いた。
血が宝玄仙の鼻から吹き出る。そして、そのまま床に崩れ落ちる。
宝玄仙が床に倒れてのたうちまわる。
宝玄仙の顔から吹き出ている血が、うつ伏せになった顔の下に拡がる。
観客から悲鳴のような声があがる。
その宝玄仙の身体の中の道術力が動いている。
どうやら、自分で『治療術』をかけたようだ。
堪らず、苦痛が長引く方を選んだということだ。
身体が回復すれば、さっきの“命令”が生きる。
宝玄仙は、脚を開いて立つしかない。
宝玄仙が立ちあがった。
もう表情にあるのは、純粋な恐怖だけだ。
最初にあった壱都に対する怒りや、屈辱感のようなものは消え失せている。
顔には鼻血の痕が残っている。
それでもさすがの美貌だ。
血にまみれながらも、宝玄仙の顔は同性の壱都から見ても美しいと思う。
もっとも、それは、これから壱都が宝玄仙の美貌を破壊してしまうまでのことだ。
壱都は、また、股間を蹴りあげた。
「ほげえええっ」
宝玄仙ががっくりと膝を落とした。
「お、お願い……します……。こ、降参させて……」
宝玄仙が泣きながら言った。
その宝玄仙の髪の毛を掴む。
そして、床に力の限り顔面を叩きつけた。
「んがごうっ」
宝玄仙の悲鳴とともに、観客が騒然としはじめる。
「宝玄仙殿――。降伏の意思を――」
また、立会人の神祇官の老婆の声が広間に響く。
おそらく、この大広間にいる人間の共通の意見だろう。
それでも、条件を満たさなければ、神意として認められない。
だから、宝玄仙の降伏の意思なしに終了できない。
「おかわりだ」
苦痛の声をあげる宝玄仙の顔をもう一度あげさせて、また床に叩きつけた。
「んぼむっ」
宝玄仙が奇声とともに、全身から力が失われた。
それでも、まだ意識はある。
三度、四度、同じように床に顔面を叩きつける。
すると、完全に宝玄仙の身体から力が抜けた。
「は、はが……が――はが……」
なにか喋っているようだ。
宝玄仙の顔をこちらに向けさせた。
鼻が潰れて、顔中に血が拡がっている。
意識が朦朧としているのか、眼が壱都を認めていない。
「宝玄仙、降伏したいかい?」
壱都は言った。
「ひゃ……ひゃい……」
宝玄仙が呻き声のような声を出した。
「だったら、気を失うまで『治療術』を遣わないことさ」
壱都は、道術で宝玄仙の身体を逆さに吊った。
周囲が騒然となる。
いま、宝玄仙の身体は、顔が壱都の腰の位置で逆さになっている。
壱都は、宝玄仙の髪を掴んで引っ張り、顔面が床を向くようにさせた。
「ひゃ、ひゃめ……て……」
なにをされるかわかっているのだろう。
宝玄仙の声が悲痛なものになる。
壱都は、手で髪の毛を引っ張っている宝玄仙の後頭部に片脚を載せた。
道術を解き、その位置から宝玄仙の身体を床に叩きつける。
後頭部に壱都の脚を載せて、体重をかけたまま――。
宝玄仙の顔面が床にぶつかる大きい音が広間に響く。
しかし、宝玄仙は悲鳴をあげることもできなかった。
再び道術でさっきと同じ位置まで、顔面を下にして宝玄仙を逆さに吊るす。
ちょっと顔面を覗いてみた。宝玄仙の顔の骨は完全に砕けている。
壱都は立会人に視線をやった。
立ちあがっている。
そして、この一方的な惨劇に顔をしかめている。
立ちあがったのは、宝玄仙の意識が残っているかどうかを確認するためだ。
宝玄仙が気を失っていれば、挑戦の儀の終了を宣言できるのだ。
壱都の足の下の宝玄仙が、気を失っていることは確かだ。
しかし、壱都は『治療術』を壱都の側から送り込んで、意識を回復させた。
「宝玄仙、戦いを続けると言え、命令だ」
壱都は血だらけの顔の崩れた宝玄仙の顔を神祇官に向けさせた。
壱都の『治療術』は、意識を回復させただけで、崩れた顔を治療してはいない。
宝玄仙が自ら『治療術』を遣わないのは、気絶して戦いを終わらせたいという意思ではなく、純粋に術を刻むだけの集中がもうできないだけだろう。
「た、たた……ひゃ……かい……ま……ひぇ――ます」
神祇官の顔が呆然としている。
「そうか、まだ、参らないのか。あっぱれな挑戦者だね」
もう一度、足を宝玄仙の後頭部に載せて、顔面を床に叩きつける。
道術でまた宝玄仙の身体を宙に浮かせる。
『治療術』で意識だけを回復させて、また、立会者に顔を向かせる。
「戦いを続けると言うのよ、命令だよ」
宝玄仙に囁く。
「ひゅ……ひゅ……ひゅづけ……ひゅづける……」
もう、なにを言っているのかわからないが、その意思は立会者に通じたようだ。
立会者は、顔をしかめるものの、儀式の終了を宣言しない。
今度は、顔面を床に着けたまま、その後頭部に壱都は両足を載せた。
そして、宙吊りにした宝玄仙の二本の脚をそれぞれ掴んで立った。
「いくよ――。それっ」
壱都の全体重を載せた宝玄仙の顔面が音をたてて、床にぶつかる。
観客から怒号のような悲鳴があげる。
だが、次の瞬間、その悲鳴がさらに拡大した。
宝玄仙の顔面が、床についてその上に壱都を載せた状態で、逆さ吊りのまま壱都の術で床を動き出したのだ。
まるで雪の上を走るそりのように、宝玄仙の顔が壱都を載せて大広間中を走りまわる。
もはや、声を出す者もいない。
静まり返った広間の中で、壱都は大きな声で唱を歌った。
広間の中に、壱都の歌声と宝玄仙の顔面が床を擦り走る音だけが響く。
歌いながら壱都は、壱都は後ろを振り向いた。
宝玄仙の顔面がこすれてできた血の痕が、床の上に長い線を作っている。
大広間の真ん中まで戻って、壱都は「乗り物」となっていた宝玄仙をとめた。
しわぶきひとつない、まったくの沈黙が広間を覆っている。
壱都は、宝玄仙の後頭部から降りた。
髪を掴み、宝玄仙の顔をあげさせて、観客席にそれを向けた。
爆発のような悲鳴をあがった。
宝玄仙の顔は完全につぶれていた。
凹凸の部分がすべてなくなり、鼻は削り取られて、砕けた骨の痕ようなものが露出している。
ほとんどの皮は抉れて、顔の肉が剝き出しだ。
それでも、まだ、意識を保っているのは、宝玄仙の顔を乗り回しながら、気を失わないように道術を宝玄仙に送り込んでいたからだ。
「宝玄仙……。聞こえるね。お前と取引きだ。その潰れた顔を『治療術』で治さないと、真言の誓約で誓えば、降伏させてやるよ……。どうだい? 拒否すれば、さっきのをもう一度だ」
壱都は宝玄仙に言った。
真言の誓約を結ぶということは、『服従の首輪』で命令を実行することとは違う意味を持つ。
『服従の首輪』については、それが外れれば、命令は無効にできるが、真言の誓約は、『服従の首輪』が外れても、契約者同士の合意がなければ、誓いは破れない。
つまり、宝玄仙はあの美しかった顔を取り戻す望みがなくなるということだ。
「……ひぇい……ひゃく…………ひゅ」
宝玄仙の口からその言葉が漏れた。
契約すると言ったのだろう。
「誓う――」
壱都はそう言い、誓約を成立させた。
「降伏していい。命令を解除する」
壱都は言った。
「ひょ……う……ほく……ひゅりゅ」
宝玄仙が言った。
なんと言っているかわからないが、神祇官はその唇の動きで宝玄仙の意思を呼んだようだ。
「女王挑戦の儀を終わる。壱都女王の勝利を認める」
神祇官の老婆の声が、高々と神意の間に響き渡った。