戸が開き、全裸の女が転がり入ってきた。
全身に血を浴びているその女の顔面が完全に潰れていると悟るのに、一瞬以上の時間がかかった。
そして、その哀れな姿が、変わり果てた宝玄仙だとわかった途端、沙那の口からは悲鳴が迸った。
「ご主人様――」
沙那は、その宝玄仙を抱きしめた。
朱姫は、まだ、その姿が宝玄仙であると知覚できないようだ。
沙那の叫びに、半信半疑の表情で駆け寄ってくる。
「『如意棒』――」
声がした。
沙那は顔をあげた。
横の孫空女が、『如意棒』を出して構えている。
「沙那姉さん、前――」
朱姫が叫んだ。
沙那は、倒れている宝玄仙を抱いたまま、視線を部屋の扉の方向に向けた。
そこには、王冠を頭に載せた女が立っていた。
後ろには、衛兵と思われる一隊が並んでいる。
指揮をしているのは、あの
その横には、その天保女よりも階級の高そうな軍人がいる。
彼女については、知らない顔だ。
「宝玄仙は、道術勝負に敗れた――。今日から、わらわの飼い犬にする。だけど、お前たちについては、それぞれ、選択をさせてやろう。宝玄仙はもう終わりだ。だから、わらわに仕えよ――」
「どういうこと?」
沙那は激昂して暴れだしそうな孫空女を制して、王冠の女に言った。
おそらく、この女は、宝玄仙と道術対決をしたいまの女王だろう。
しかし、宝玄仙が負けた?
「お前たちが有能な人間であることは承知している。わらわがお前たちをもらってやる。拒否すれば、宝玄仙ともに家畜として飼う。いいか、家畜のように飼うではないぞ、家畜として飼う」
女王と思われる女が言った。
「どういうこと――? 道術勝負はともかく、ご主人様になにをしたのよ」
沙那は叫んだ。
「口の利き方に気をつけろ、沙那。わらわは、この国の女王の
「女王?」
声をあげたのは孫空女だ。
しかし、沙那は眼の前のことが理解できなかった。
道術勝負の勝敗はいい。
だが、なぜ、宝玄仙は、このような哀れな姿になっているのか?
宝玄仙の全身に残っている血が乾いた後は、宝玄仙のもののようだが、怪我をしているのは顔だけのようだ。この全身の血がすべて、顔の血なのか。
そして、宝玄仙の顔が潰れ、それがそのままになっているのはなぜか?
潰れているというものではない。
鼻も唇もなくなり、眼の周りの凹凸もなく、ほとんど平坦になっている。肉は抉れ、骨が見ている部分もある。
宝玄仙の道術である『治療術』は、どうしたのか? 宝玄仙はたとえ、意識を失っても、自己治癒するくらいの道術遣いなのだ。
「武器をしまえ、孫空女――。女王の面前であるぞ」
天保女が声をあげた。
「うるさい。これは、どういうことだよ――?」
孫空女が、宝玄仙を抱いている沙那の前に出た。
「逆らうのか」
さらに、天保女が叫んだ。
五名ほどの兵とともに壱都の前に出てきた。
狭い部屋なので、それ以上は出て来られないのだ。
「やるのかい? あたしは強いよ――」
孫空女が身体の前で『如意棒』を回転させる。
『如意棒』が風を切る音が部屋の中に響く。
天保女以下の兵が緊張したのがわかった。
「やめろ、孫空女――」
壱都が静かに言った。
「なんだよ、女王?」
孫空女は、『如意棒』を構えままだ。
「宝玄仙を見ろ。もはや宝玄仙は魔術遣いとしても、女としても終わりだ。それよりも、わらわに仕えよ。お前の実力があれば、天保女と並ぶ大隊長に取りたてるぞ」
「寝言はそれだけかい?」
孫空女がまた、一歩前に出た。
「返事は?」
壱都だ。
「嫌だ」
「孫空女、武器を捨てろ」
天保女が叫んだ。
「この宮廷には、どのくらいの兵がいるんだい? 千人かい? 二千人かい? いずれにしても、お前らが束になってかかってきても、敵う孫空女様じゃないよ」
孫空女が啖呵を切った。
沙那は、宝玄仙を抱えながら、意外に宝玄仙の意思がしっかりしているのを確認していた。
死んだようにぐったりしているようだが、見た目ほどには弱っていない。
「宝玄仙、こっちを向け、命令だ」
沙那に抱かれていた宝玄仙が、突然動き、沙那の腕の中で壱都に顔を向けた。
沙那は呆気にとられた。
「じっとして、息をとめろ、命令だ」
壱都が言った。
宝玄仙が硬直した。
そして、すぐに小刻みに震えだした。
本当に息が止まっている。苦しそうだ。
「女王、ご主人様になにをしたの? やめてください」
沙那は叫んだ。
「なにをするもなにも、宝玄仙は、自分で息をとめているのだろう?」
壱都は笑った。
その間にも、宝玄仙の様子はおかしくなる。
身体の痙攣が大きなものになっていく。
「お願いします。やめてください」
沙那は絶叫した。
「孫空女に言うんだな。武器を捨てろってね」
壱都は頬に酷薄な笑みを浮かべる。
「す、捨てるよ。捨てる」
孫空女が『如意棒』を投げ捨てた。
天保女の横の兵が、その『如意棒』を持っていこうとした。
しかし、ひとりでは動かせなくて、三人がかりで引っ張っていく。
だが、そのあいだも壱都は満足気に微笑むだけで、なにもしようとしない。
「女王――」
沙那は叫んだ。
「す、捨てたよ。あたしは武器を捨てたじゃないか」
孫空女だ。
「女王、お願いです」
朱姫も叫ぶ。
「女王」
沙那は絶叫した。
そして、激しく苦しむ宝玄仙をその手で抱きしめた。
「命令を解除する、宝玄仙」
盛大な呼吸が宝玄仙に戻った。
宝玄仙は沙那の腕の中で激しく息をする。
「宝玄仙、孫空女を完全に無力化しろ。お前が思う限りの絶対的な処置をしろ。命令だ」
壱都が言った。
「うわっ」
次の瞬間、孫空女が沈んだ。
金属が床に落ちる音とともに、孫空女の手足が背中側でひとつにまとまって密着する。
孫空女の手首と足首にしていた『
はっとした。
眼が閉じられている。
「孫空女?」
沙那は孫空女を呼んだ。だが、反応がない。
孫空女が怯えたような表情で、口を開けてなにかを叫んでいるが、空気の乾いたような音しか出ていない。
はっとした。
これは、間違いなく宝玄仙の術だ。
いま、この女王は、宝玄仙に完全なる無力化を命じた。
それを受けて、宝玄仙は孫空女に刻んでいる内丹印により、孫空女の視力と聴力と声を奪ったのだ。
沙那は唖然とした。
「いいねえ、宝玄仙……。なるほど、こりゃあ、確かに無力だね。こんなことができるのかい。宝玄仙、孫空女はずっとこのままでいいよ、命令だ」
壱都が嬉しそうに言った。
「あなたの仕業ですか、女王?」
沙那は声をあげた。
「いいや、宝玄仙のやったことさ」
壱都が嬉しそうに言った。
やっぱり宝玄仙の道術なのだ。
だけど、なぜ……?
「沙那姉さん、これ――」
朱姫が沙那に声をかけた。朱姫は宝玄仙の首を指差していた。
そこには、銀色の金属の首輪が嵌っていた。
宝玄仙は、こんな首輪はしていなかったはずだ。
これはなんだろう?
それにしても、なにか見覚えがあるような……。
そして、沙那は、記憶の底からひとつの霊具のことを思い起こした。
もしかしたら……。
『服従の首輪』――?
沙那は、その首輪を凝視した。ほとんど目立たないが、首輪に紋様が薄く浮かんでいる。
この紋様に見覚えがある。
宝玄仙の供になって以来、ずっと鏡や水に移る自分の姿を見ては、これを恨めしく眺めていたのだ。
忘れもしない。
「これは、まさか――」
沙那は叫んだ。
「沙那、それに触るな。宝玄仙を殺すぞ――」
沙那は、首輪に触れようとした手をとめた。
「沙那姉さん、これを知っているのですか?」
朱姫だ。
「知っているわ……」
沙那は静かに言った。
これは、『服従の首輪』だ。
間違いない。
この世にひとつしかないと宝玄仙は言っていたが、沙那が見間違えるはずがない。
これを嵌められて、長い期間苦しんだのだ。
しかし、朱姫が宝玄仙の供になったときには、宝玄仙は、沙那に装着していた『服従の首輪』を破壊していた。
だから、朱姫はこの霊具を初めて見るのだ。
だから、わからないのだ。
「沙那、朱姫、その首輪に触るな――。触れば、宝玄仙を殺す。まあ、触ったところで、お前たち程度の力じゃあ、それを外すことはできんと思うがな」
壱都が言った。
これが本当に『服従の首輪』だとすれば、壱都の言う通りであろう。
宝玄仙から教えられた知識によれば、霊具の操作には、込められた道術力に見合う力が必要だ。
宝玄仙は超一流の術遣いだ。
壱都がどの程度の魔術遣いかは知らないが、前女王との女王挑戦の儀の道術対決に勝利して、女人国の女王になるくらいだから、それなりの術遣いに違いない。
それ比べれば、沙那は当然として、朱姫もそれほどの術遣いではない。
宝玄仙の霊具でも、最大の力を必要とする『復讐の首輪』を操作できるはずがない。
「天保女、兵を連れて、部屋から出ておれ」
壱都が言った。
「しかし……」
「よい。わらわの身を護るのは、
「わかりました」
天保女は、周囲に命じて、部屋から退出させた。
部屋には、顔を潰された全裸の宝玄仙と沙那と朱姫、そして、拘束されている孫空女――。
あとは、壱都と那美と呼ばれた女将校だ。
「……沙那、さっきの口ぶりでは、宝玄仙の首輪の霊具のことを知っているのだな?」
壱都が言った。
さっきから那美という女将校は、なにも喋っていない。
しかし、女王が残したということは、余程の信頼のできる部下に違いない。
「知っているわ」
沙那は言った。
「沙那姉さん……」
朱姫が心配そうに、沙那を見る。
「宝玄仙、もしも、沙那と朱姫が、わらわに逆らうようなことがあれば、ふたりを殺せ――。命令だ。わかったな?」
「……ひゃか……ひ……あ……ひか」
沙那の腕の中の宝玄仙が微かに呟いた。
唇がないので、まるで空気が漏れているような音が混じる。
沙那はぎょっとした。
だが、とにかく、意識はしっかりとしているのだと悟った。
宝玄仙が『服従の首輪』で支配されていて、壱都の命令に逆らえないのだとすれば、宝玄仙は、刻んでいる内丹印を通じて、一瞬で沙那や朱姫を殺せる。
「朱姫、逆らっちゃ駄目よ。ご主人様は、確実にわたしたちを殺すわ。それも一瞬で」
沙那は言った。
そして、宝玄仙を抱いている腕に力を入れた。
可哀そうに――。
どうやって、壱都に『服従の首輪』を装着されたのはわからないが、女王挑戦の儀の前に、壱都に嵌められたのだろう。
そして、道術を封じられ、抵抗することを禁止され、顔がここまで崩れるほどの仕打ちを受けたに違いない。
どんなに怖くて、悔しかったことか……。
「よくわかっているな、沙那。お前は、孫空女と違って、話し合いに応じそうだ。お前に与える条件も同じだ。わらわの部下になれ。それは、宝玄仙を見限ることが条件だ――。この那美のようにな……」
「那美……さん?」
沙那は、壱都の隣で剣を抜いて立っている那美という女将校に視線を送った。
誰かを見限ったと言われたとき、この那美は傷ついたような表情をした。
沙那の頭は、懸命にいまの状況を考えようとした。
なぜ、壱都は、天保女たちを外に出し、人払いをしたのか。
いくら那美がいるとはいえ、危険なはずなのに……。
この状況で壱都を護るのは那美だけだ。
飛びかかれば、沙那だったら壱都を人質に取ることも可能だ。
沙那は丸腰だが、壱都ひとりであれば、捕えるのは造作ない。
いや、無理だ――。
そこまで考えて、沙那はその可能性を自分で否定した。
宝玄仙がいる。
那美は剣を抜いているし、壱都を捕まえるのに一瞬以上の時間がかかってしまえば、『服従の首輪』の命令により、宝玄仙は沙那たちを殺す。
それは、壱都を人質に取った場合でも同じだ。
「沙那、お前のことは調べた。なかなか有能な女のようだ。宝玄仙の供などやっているような女ではない。わらわに尽くせ。悪いようにはせんぞ」
「そうですね……」
沙那は考えるような言葉を言った。
いまは、考える時間が欲しい。
なにか打開策はないのだろうか――。
「沙那姉さん……」
朱姫が心配そうな声をあげた。
「さて、もうひとり。お前は朱姫だったな……。人間に見えるが、半妖らしいな」
壱都が朱姫に視線を移す。
よく調べている。
沙那のことも知っているような口ぶりだったし、
宝玄仙のことも調べあげたのだろう。
それを利用して、罠に嵌めたに違いない。
“命令”に従っている宝玄仙……。
なにか策は――。
どうすれば……。
「そ、そうです。半妖です……」
壱都の言葉に朱姫が応じた。
「妖魔はこの国にはいらん。お前は、そこで死ね」
「なっ」
朱姫が絶句した。
「宝玄仙、朱姫を殺せ……」
「お、お待ちください、女王――」
「宝玄仙」
「お願い、命令しないで――。なります。部下になります――。忠誠を尽くします」
沙那は慌てて絶叫した。
「ほう?」
壱都の口元がほんの少し綻んだ。
「忠誠を尽くします……。本当です。だから、朱姫を……それと、孫空女も……ご主人様も殺さないでください……。それさえ、約束してもらえれば、なんでもやります」
沙那はそう言うしかなかった。
「本当になんでもするのか?」
「わたしたちのすべてを捧げます」
沙那は言った。
「すべてを捧げるか……。いい言葉だな。聞いたか、那美」
壱都は言った。
「聞きました」
那美という女性が初めて口を開いた。
その感情を殺したような口調に、沙那は、そこにこそ那美の感情が隠されているような気がした。
「このわらわにすべてを捧げる意思があるというのだな、沙那?」
壱都が笑った。
「はい」
「宝玄仙を見限ってだな」
「命を保証してください。朱姫と孫空女も……。お願いします」
沙那は宝玄仙を離した。
朱姫が宝玄仙を受け取り、その膝の上に抱く。
沙那は、その場で床に土下座をした。
「陛下、宝玄仙が首にしているのは霊具なのですか?」
そのとき、突然、那美が口を開いた。
「どうしたのだ、那美?」
壱都は言った。
沙那は顔をあげた。
壱都は口を挟んだ那美に対して、訝しむような視線を向けている。
「宝玄仙が首にしているのは、なにかの霊具であり、女王挑戦の儀のときに、その宝玄仙は、陛下の霊具を身につけさせられていたのですか?」
那美の口調からはその感情を読むことはできないが、言葉には批判の意思があるような気がした。
「そうだといったら、どうするのだ、那美?」
「女王挑戦の儀の公平性を犯す行為は、神意に背く大罪です、陛下」
「だから、なんだというのだ、那美。お前の手で神祇庁に告発でもするというのかい?」
壱都の口調に棘があった。
だが、これで壱都が天保女たちを退出させた理由がわかった。
沙那たちを話する際、当然、話の中で出てくるだろう『服従の首輪』のことを彼女たちに知られたくなかったのだ。
女王挑戦の儀で、事前に霊具のようなものが使われることは、本来は、あってはならないことに違いない。
あの神祇庁は、沙那たちの側にも、「女王挑戦の儀」はすべて、公平を保たれて行うというようなことを繰り返し言っていた。
だから、勝負の間、沙那たちは、この別室で監禁されていたのだ。
「那美さん、わたしたちのご主人様……いえ、宝玄仙がしているのは、『服従の首輪』です。一切の命令を拒否できなくなる怖ろしい霊具です」
沙那は言った。
このことが、どれくらいこの女人国の民にとって、暴挙であるのかはわからない。
だが、もしかしたら、それを知った那美が、女王を見限ることを決心してくれれば……。
しかし、那美が首を横に振った。
「いえ、陛下にご忠告申しあげたかっただけです。決して、それをほかの者に知られてはなりません。陛下の考えている以上に、女王挑戦の儀は神聖にして、犯してはならないものなのです。陛下が、宝玄仙との対決にそのようなことをやったと、人々が知れば、民の暴動も起きかねません」
那美は言った。沙那は失望した。
「……でどうするべきと、那美?」
「これを知っている者は処分すべきです。これは、知られてはならない事実です」
那美は言った。
やはり、那美の言葉には、なんの感情も込められていない。
壱都は、那美の言葉をじっと考えている様子だった。
そして、やがて、その顔に微笑みを浮かべた。
「この四人を殺すべきというのか、那美?」
壱都は言った。
「四人ではありません。五人です。わたしも含めて……」
那美は言った。
すると、壱都は笑い出した。
「わかった、わかった。さすがは、諜報を預かるわらわの信頼する部下だ。だが、その必要はあるまい。のう、沙那――」
壱都がまた、沙那に視線を向けた。
沙那は、口を開いた。
「ご主人様……、いえ、宝玄仙がそれを告発できないことは絶対です。『服従の首輪』に支配されていますから――。そして、いまの孫空女にもその能力はありません――」
沙那は視覚、聴覚と声を奪われて、部屋の隅で怯えている孫空女をちらりと見た。
「朱姫も同じ状態にすればいいのです」
沙那はきっぱりと言った。
「さ、沙那姉さん――」
後ろで朱姫の息を呑む声がした。
「黙りなさい、朱姫。お前が生き残る術はそれしかないわ」
「じゃあ、死にます。そ、そんな恐ろしい目に遭うくらいなら」
朱姫が怯えた口調で言った。
「耐えて、お願い、朱姫――。あなたたちのことは、わたしが世話をする。約束する。これまでと同じように、あなたたちを愛する。それを許してもらうように、いまから女王にお願いする」
すると、壱都がまた声をあげて笑った。
「なにをわらわにお願いするというのだ、沙那?」
「無力になった三人をわたしが世話をすることをお許しください。そうすれば、わたしはなんでもします。どんな汚い仕事でも、残酷なことでも、壱都女王のために喜んでやります。だから、その三人とともに、わたしをお受け取りください。わたしたちの持っているすべてを女王に捧げさせてください」
沙那はもう一度土下座をした。
「その言葉に偽りはないね、沙那?」
「ありません。三人の世話をわたしがやるということを条件に、わたしたちのすべてを捧げます、女王陛下」
沙那は、頭を床につけたまま言った。
「真言の誓約を結ぶかい?」
「悦んですべてを捧げます、陛下――。わたしたちのすべてをお与えします。誓います。その代わり、三人の命だけは……」
沙那は言った。
「わかった。お前の言うすべてを貰おう――。誓う」
壱都が言った。
沙那の中になにかが流れ込んだ。真言の誓約が刻まれたのがわかった。
ほっとした。
とりあえず、命の保証はできた。
「ありがとうございます」
沙那は言った。
その沙那の顔の前に、一本の小刀が投げられた。
沙那は、顔をあげてそれを受け取った。
「じゃあ、最初の仕事だよ。朱姫の手首と足首を切断し、眼を抉るのだ。いま、ここでね――。それから、宝玄仙の髪の毛をそれで剃れ。それをやれば、お前のことを信用しよう」
壱都は言った。
「ひいっ」
朱姫の恐怖に包まれた悲鳴が聞こえた。
「宝玄仙に命じてください。術で朱姫を押さえさせてください」
「さ、沙那姉さん――、そ、そんな」
朱姫の絶望の叫びがあがった。
「宝玄仙、命令だ――。朱姫を術で押さえつけよ」
壱都が叫んだ。
「ひぐう――」
沙那は後ろを振り向いた。
朱姫が床に仰向けに倒れて磔になっている。
宝玄仙は、朱姫が倒れたため、朱姫の腕の中から転がって床に倒れている。こんな状態で、宝玄仙は朱姫に術をかけたのだ。
「……じゃあ、やってもらおうか、沙那」
壱都は、愉しい催しを見るかのような期待のこもった表情で、部屋の隅から椅子を取り出して座った。
那美は、相変わらず、剣を抜いてこちらを警戒しながら立っている。
その姿には、少しの隙もない。
「それよりも、宝玄仙には、自分の手で髪を切るように命令してはどうですか。その方が面白いのでは?」
沙那は言った。
すると壱都が爆笑した。
「それはいいねえ。宝玄仙に小刀を渡すがいい。宝玄仙にやらせよう。その前に、少し宝玄仙が身体を動かせるだけの回復をさせる。それに、宝玄仙は『透明の糸』という拘束具で、それぞれの手首を足首と拘束している。それも、解かねばならん。待て」
『服従の首輪』だけじゃなくて、そのような拘束までさせて、道術対決をしたのだと思った。
なんという卑劣な女なのか……。
壱都は嬉しそうな表情で、なんらかの術を宝玄仙に注いだ。
「宝玄仙、沙那から小刀を受け取って、自分で自分の髪の毛をそれで剃りあげよ。命令だ」
壱都は言った。
沙那は宝玄仙に小刀を渡した。
そして、沙那は立ちあがり、下着とともに下袴を脱いだ。さらに、上着の合わせを外す。
壱都が目を見開いた。
「女王様――」
沙那はその半裸の姿で壱都に擦り寄る。
壱都が驚きながらも興味深そうな表情をして、沙那の突然の痴態を眺めている。
「先程、わたしたちのすべてを貰って頂きました。それは、本当でしょうか。この宝玄仙は、わたしを調教し、わたしに拭いようのない快楽の悦びを刻み、その虜にしてしまいました。女王様……いえ、壱都さまは、宝玄仙がやったのと同じように、わたしを愛して貰えますか? 疼くんです。毎夜のように宝玄仙に抱かれて、あの魔法のような快楽を覚え込まされたこの身体は、それがなしに生きていけるとは思えません」
沙那は一気に言った。そして、壱都の足に縋り着く。
女人国の女は、女同士で愛し合う。
女王といえども例外ではないはずだ。
「ほう……快楽の虜か……」
「そ、それも、壱都様の調査でわかっていたのではないですか? わたしをはじめとした供の全員が、宝玄仙の性の奴隷であることを……」
沙那は壱都の膝に身体を押しつけながら、壱都を見上げて顔を向ける。
「いいだろう――。お前もわらわの猫にしてやろう――。那美、見張っていよ。なにもできんとは思うがな」
「わかりました」
那美が言った。
壱都は椅子から降りて、沙那を床に横たえた。
壱都の手が沙那のしている胸当てに差し込まれ、沙那の乳房を捏ねあげる。
「ああ……」
自然に沙那の口から甘い声が漏れ出る。
「ここは、どのくらい調教されているんだい?」
壱都の指が沙那の股間に伸びた。
その指が、沙那の敏感な場所に触れた途端、沙那の全身に電撃のような官能が貫いた。
「ひいっ」
沙那は全身を跳ねあげた。
「驚いたね。これほど、敏感な身体に接するのは初めてだよ……。なるほど、すっかりと調教されて、性愛なしには生きていけなくなった身体にされたというのは本当のようだね。これだけの感じやすい身体をしていたら、愛してくれる者なしではいられないというのはわかるね。いいよ。これからは、わらわが、お前のご主人様だ、沙那」
「嬉しいです、ご主人様――」
沙那は、下から壱都の首に手を回して、顔を沙那の身体に押し当てて抱きしめた。
その耳を手で覆うように……。
壱都が沙那の乳首を口に含んだ。
雷のような官能が胸から全身に迸った。