壱都が沙那の乳首を口に含んだ。
雷のような官能が胸から全身に迸った。
そのとき、壱都の首で、かちゃりと音がした。
「
その言葉が部屋に響く。
「解除する」
壱都が沙那の腕の中で言った。
「応じる」
沙那も言った。
そして、沙那は、壱都を引き離し、そのまま突き飛ばした。
「さ、沙那――。えっ、宝玄仙?」
突き飛ばされた壱都は、最初に沙那の豹変に驚き、次に、沙那の横に立っていた宝玄仙の姿に驚愕していた。
「壱都、すべての霊気を放出しなさい。そして、二度と術が遣えないように、自分の身体に施しなさい。道術を遣えないようにするんじゃないのよ。霊気を吸収できない身体に自分で自分を変えるのよ。全身全霊であなた自身にも二度と復活できない方法でやりなさい、命令よ」
沙那の横の宝玄仙の口からその言葉が放たれた。
崩れていた宝玄仙の顔は、すでに元に戻っている。
自分で『治療術』を施したのだろう。
ところどころに、まだ血の痕がついているが、それは、拭けばとれるもので、もう、ひとつの傷もない。
壱都が眼を見開きながら、こっちを見ている。
「壱都の中で道術が動きまわっているわ。流石に一流の術遣いね。前女王を術が遣えない身体にしたと言っていたから、自分自身にもそれはできると思っていたわ。これで、壱都は無力よ」
「な、なんで……」
壱都の声が震えている。
その壱都の首には、『服従の首輪』が嵌められている。
沙那が壱都を抱きしめたとき、起きあがった宝玄仙の身体が、自分でその首輪を外し、壱都に近づいて、壱都の首に嵌めたのだ。
沙那は、壱都の愛撫を受けながら、それをしっかりと見守っていた。
「わたしが、お前の命令に逆らえたのが不思議かい、壱都?」
「『服従の首輪』なんて、や、やっぱり嘘だったのね、宝玄仙?」
壱都が言った。
なにか様子が違う。
壱都からは、さっきまでの威厳も自信のような強いものが失われている。
いまは、ただの怯えたひとりの女だ。
自分を無力化するという道術が終わったのだろう。
「そんなに不思議?」
「な、なぜ……?」
「じゃあ、教えてあげるわ。教えたところで、いまのお前には、もう、その『服従の首輪』を扱える能力はないでしょうからね。その『服従の首輪』は本物よ。だから、宝玄仙は、お前の命令には逆らえなかったわ。その首輪をしている間はね――」
「な、なら、どうして……?」
壱都は言った、
沙那に突き飛ばされて、床に尻餅をついた態勢のまま、怯えた顔でこっちを見ている。
「残念ながら、わたしは、お前の命令をひとつも受けていないわ。わたしは、宝玉よ」
「宝玉?」
壱都は、訳がわからないという表情をしている。
「沙那、あなたが、壱都から“すべてを貰う”という言葉を引き出してくれたから簡単に終わったわ。よくやってくれたわね」
宝玉が言った。
「『服従の首輪』を有効にするためには、“受け入れる”という趣旨の言葉が必要なことは知っていましたから……」
沙那は言った。
あの愛陽の城郭で、騙されてその言葉を口にして、沙那は宝玄仙に『服従の首輪』を装着されてしまったのだ。
知らないはずがない。
「受け入れる……?」
壱都は、きょとんとしている。
「すべてを貰うと言ってくれたんでしょう、壱都? すべてということは、当然『服従の首輪』も含まれるわ。お前は、そのときに首輪の受け入れに合意したのよ」
壱都は唖然としている。
「本当によく、あの言葉を壱都に口にさせたわねえ。それに、わたしが出現するとわかってたの?」
「機会を伺ってくれているとは思っていました」
沙那は言った。
宝玄仙に施された首輪だが、別人格である宝玉には無効だ。しかし、宝玉にも問題はあり、かつて
だから、道術対決に出てくることはできず、じっと機会を待っていたのだと思う。
そして、沙那が作った千載一遇の機会に人格を交代して、まだかかってはいなかった『服従の首輪』を外して壱都の首に装着してくれたのだ。
信じてはいたが、際どいところだった。
宝玉があそこでなにもしてくれなければ、本当に朱姫を傷つけるしかなかったし、逆に、焦れた宝玉が、あれよりも過早に現れても、壱都に制されて終わりだった。
「ふう、こ、怖かったです、沙那姉さん。本当に眼をくり貫かれるのかと思いました」
朱姫が心の底から安堵している表情で言った。
「どうしてものときはそうしたわ。だって、あとで宝玉様でも、ご主人様でも治せるもの」
「そんなあ」
「本当よ」
沙那はあっさりと言った。
朱姫は複雑な顔になる。
「……それよりも、あなたはよく、なにもしないでいてくれたわね、那美さん」
ずっと同じ姿勢でいる那美に宝玉は言った。
「わたしが、女王に与えられた命令は、見張ることでしたから……」
那美はそう言って、剣を鞘に収めた。
「でも、難しいところだったわ。宝玄仙とわたしが交替してから、また、命令を繰り返されたら、今度は、宝玄仙だけじゃなく、わたしも“命令”に縛られるもの。ありがとう」
宝玉は言った。
「那美、お前、裏切ったのか――」
壱都は叫んだ。
「わたしは、一度も誰も裏切っていません。わたしの忠誠は、最初から、
那美は言った。
そして、顔を紅潮させて、壱都を睨んだ。
*
「壱都、抵抗を禁止する。外にいる兵に知られないように努力することを命じる」
宝玉は言った。宝玉は、部屋に遭った手近な布で裸身を覆っていた。
壱都が怯えた様子で頷き、黙り込んだ。
「それにしても、なにか淫靡な香がたちこめているわねえ、この部屋は」
宝玉は言った。
宝玄仙に代わって、宝玄仙の身体に出現したのは、たった今のことだが、この部屋は変だ。
部屋全体に、媚薬の性質をもった気体がたちこめている。
「あなたたちは、感じないの?」
「感じますよ、宝玉様。なにか身体が疼くような……」
朱姫が言った。
少し、顔が赤い。
「わたしもです。さっき、壱都に身体を触られたときにはびっくりしました」
沙那も言った。
「女王の息は媚薬の香です。それで、周りの女の力を奪うのです」
那美だ。
「そういうことなのね」
宝玉は壱都を見た。
確かに、壱都の出す息が媚薬の香りを醸し出している。
宝玉は、壱都の身体に触れて、その効果を道術で消失させた。
部屋の空気が正常になった。
これでまともに話ができる。
淫情に犯される空気でみんなで過ごすというのも悪くはないが、今日は少しばかり真面目な話が必要だ。
「那美さん、取引をしない?」
宝玉は那美に顔を向けた。
「なんでしょうか?」
那美が緊張した面持ちで応じる。
「おそらく、宝玄仙の術で、前女王の封じられている道術を復活できると思うわ。あなたの望みが、それなら、その術を前女王に施すわ」
「
那美は悲しそうに言った。
「……でも、術を戻してくれるだけでも構いません。それをしてもらうには、どのような代償が必要なのでしょうか、宝玄仙様?」
那美は言った。
「わたしは、宝玉よ。まあ、それはいいわ。それに、そのような姿になった陽炎子殿の身体も戻せると思うわ。それも宝玄仙ならできる。生きた成功の事例もあるのよ。ちょっと待ってね」
宝玉は、部屋の隅でうずくまっていた孫空女に術を施した。
その場で、孫空女の拘束が外れ、失われていた視覚などが復活する。
「大丈夫、孫女?」
沙那が言った。
「そ、そりゃあ……。でも、なにがあったの?」
孫空女は周囲を見回しながら言った。
視覚や聴覚を奪われていた孫空女には、なにが起きたのかはわからないはずだ。
彼女が見たのは、しゃがみ込んで怯えている壱都、様子の変わった那美、復活している宝玄仙、そして、沙那と朱姫の姿だ。
「形勢逆転です。沙那姉さんと宝玉様が、『服従の首輪』を壱都に付け直したんです」
朱姫が言った。
「『服従の首輪』? なるほど、そうことだったのか……。でも、なんで、壱都がそれを持ってたのさ?」
「いま、それを問い質すところよ、孫空女」
宝玉は言った。
「もしかして、ご主人様じゃなくて、まだ、宝玉様なの?」
「そうよ。宝玄仙は、もう少し休ませるわ……それに、いま、身体を戻せば、壱都をあっという間に殺してしまいかねないから……。とにかく、訊くべきことを訊く前に、壱都を殺させるわけにはいかないし……」
「へえ」
孫空女が納得したように頷く。
「さて、那美さん、さっきの続きよ。この壱都に虐待されていた前女王の回復に協力するわ。あなたに望むのは、少しの間、この部屋をわたしたちだけにして、そして、誰も入って来られないようにしてくれることよ」
「条件を受け入れます。わたしは、部屋の外に出ていき、入り口の外に立っています。わたしが命じれば、
「お願い、那美さん」
宝玉が言うと、那美は外に出ていった。
部屋のすぐ外には、相変わらず、天保女たちが待機していたようだが、外に出るなり、那美は彼女たちになにかを言っていた。
そして、扉が閉ざされた。
宝玉は、この部屋に結界を張った。
これで、外にはこちらの音は漏れないし、万が一、天保女たちが壱都を救出しようと飛び込んできても、結界に阻まれてなにもできない。しかも、壱都は人質状態だ。
「さて、これが宝玄仙だったら、淫靡な拷問で愉しみながら訊問するんだろうけど、わたしは、手っ取り早くやらせてもらうわ……。壱都、お前に、すべての質問に正直に答えることを命じる。わかったわね」
「わ、わかった……」
壱都が言った。
宝玉は、さっきまで壱都が座っていた椅子を動かして、壱都の前に置き、それに座る。
「その『服従の首輪』をお前は、どうやって手に入れたの?」
「女人国の女王に対する贈り物……」
壱都は震える口でそう言った。
「贈った者は?」
「
どこかで聞いたことがある気がした。
だが、思い出せない。
「宝玉様、それは、魔域の中にある、どこかの場所のことだと思います」
沙那が言った。
宝玉の表情から、疑念を読み取ったのだろう。
「魔域ねえ……。壱都、女人国は、魔域の魔王の誰かと親交があるの?」
女人国は、むしろ、もっとも魔域の魔王たちとの繋がりがない国のひとつだと思っていた。
魔域の魔王から霊具を贈られるという関係なのだろうか。
「親交などない……。連中は、突然、その魔具を、使者を使って贈ってきたのだ」
「なぜなの? どういうきっかけで?」
「なにもない。贈られたことに対して、わらわも驚きだった。いまだに、理由はわからない」
「じゃあ、なぜ、得体の知れない魔族からの贈り物を一国の女王が受け取ったの?」
「強力な霊具だった。それに、使者が、宝玄仙という道術遣いがこの国にやってくるとういうことを示唆した……。わらわと宝玄仙が道術対決になるだろうと……。宝玄仙という強力な術遣いから女王の座を護るためには、それを遣うしかないと思った……」
宝玉はそれからいくつかの質問をしたが、それ以上の情報を得ることはきなかった。
「沙那、質問を代わってちょうだい……。壱都、沙那の質問にも正直に答えなさい。命令よ」
宝玉はそう言って、壱都への尋問を沙那に委ねた。
「それよりも、宝玉様。その霊具について、どう思われますか? わたしは、ご主人様の作った霊具と瓜二つだと思いますが……」
沙那が言った。
「その通りよ、沙那。ほとんど、まったく同じ『霊具』よ。ただ、唯一違うのは、宝玄仙が使った『服従の首輪』は、宝玄仙を通じてしか、必要な霊気を吸収しないようになっていたわ。これは、周りのあらゆる霊気をひとりで吸収するように改良されているわ。つまり、一度嵌めれば、術者がその場にいなくても、『服従の首輪』の機能が持続するというものよ」
「じゃあ、やっぱり、違うものなのですね。つまり、ご主人様の霊具じゃないということですか?」
「いいえ、そうじゃないわ。これは、間違いなく宝玄仙の『服従の首輪』よ。理解できないけどね……。術遣いの霊具は、霊具を作った術遣いの道術の波動を帯びてるわ。同じ道術の波動というものは存在しないわ。どんなに似ていても、術遣いごとに道術の波長は微妙に違うの。だから、霊具が帯びている波動を感じることができれば、誰が作った霊具なのかわかるものなのよ」
「なるほど……。それで、どうですか?」
「この霊具は、間違いなく、宝玄仙の道術の波動を帯びているわ……。それがどういうことなのか、わたしには理解できないの――。宝玄仙は間違いなく、ひとつしか『服従の首輪』を作らなかったはずなのに……」
「ご主人様の製法とまったく同じやり方でやれば、同じ波動を帯びた霊具ができるというものではないのですね?」
「違うわ。同じ身体を使っているわたしと宝玄仙でさえ、道術の波長は違うのよ。例えば、わたしは、死んだ闘勝仙たちとの真言の誓約を受け入れているということを除けば、宝玄仙と同じ能力を持っているから『服従の首輪』を作れる。だけど、もしも、わたしが作れば、できあがる霊具の性質も能力も同じだけど、帯びる波動は宝玄仙のものとは違うはずよ」
宝玉は説明した。
もともと、同じひとりの人間だった宝玉と宝玄仙は、人格が分かれることで、最初から別の人間だ。能力は近似していたが、性格同様に道術の波動も異なっている。
そして、壱都に装着させたのは、間違いなく宝玄仙側が作った霊具だ。
少なくとも帯びている道術の波動は、宝玄仙のものだ。
宝玉のものでもなければ、ましてや、ほかの術遣いであるはずがない。
宝玄仙の霊具としか思えない。
しかし、宝玄仙が宝玉に知られずに、霊具を作るということはありえない。
いま、こうやって、宝玉が表にでているときには、宝玄仙は眠っているが、宝玄仙が表に現れるときには、逆に、宝玉は宝玄仙の心の中で、宝玄仙が見たり、感じたりしたものを同じように感じることができるのだ。
だから、断言できる。宝玄仙は、たったのひとつしか『服従の首輪』を作らなかった。
そして、そのひとつは、御影に襲われた直後に、宝玄仙自ら破壊した。
宝玉もそれを知っている。
それにも関わらず、いま、ここに宝玄仙の波動を帯びた『服従の首輪』が存在している。
それをどう考えればいいのか――。
「では、壱都……、あなたは、これが『服従の首輪』という名の霊具であることを知っていたわね?」
沙那が壱都に言った。
「ええ」
「それは、誰に教えられたの?」
「雷音院の使者よ」
「さっきも同じことを言ったわね。だけど、どうして、霊鷲山雷音院の使者だと思ったの? その使者は、魔族だったの?」
「魔族じゃなかった。魔族は、この国には入れない。男が入れないのと同じだ」
「つまり、霊鷲山の雷音院の使者は、魔族でもなく、人間の女だったということ?」
「そうだ」
「その使者から、お前は『服従の首輪』の使い方や能力を聞いたの?」
「その通りだ」
「お前は、この霊具が誰が作ったものか訊ねた?」
沙那は言った。
「そんなことは訊かない。誰が作ったものとかは、疑問を抱かなかった。当然、霊鷲山の雷音院の魔王が作ったものだと思ったから……」
「本当に、これは霊鷲山雷音院からの贈り物?」
沙那は訊ねた。
宝玉は首を捻った。
沙那は、壱都の言葉を疑っているのだろうか?
「沙那、壱都は嘘を騙れないわ。『服従の首輪』を装着して、真実を言えと命令されれば、絶対に真実しか喋れないのよ」
宝玉は口を挟んだ。
「ええ、そうだと思います。でも、それは、壱都が真実だと思っているということだけで、本当の真実であるという証拠にはなりません」
沙那は、宝玉に言った。
そして、壱都に向き直った。
「本当にその使者は、魔域からやってきた使者だったの? 魔域の魔王が、ただの人間の女を使者にしたの? なぜ、あなたはそう思ったの?」
沙那は言った。
「そ、それは、使者がそう言った……。雷音魔王というの魔王の書状も携えていた。疑う理由はなかった……」
壱都は言った。
「使者の名は?」
「
壱都は言った。
「鳴智ですって?」
宝玉は声をあげた。
「知っている名ですか、宝玉様?」
「わたしたちを……わたしと宝玄仙が分裂する前……わたしに毒を飲ませて、道術を一時的に遣えなくして、闘勝仙に引き渡した娘の名が鳴智よ」
宝玉は言った。
「壱都、その鳴智という女使者は、どんな女だった? 特徴を説明しなさい。できるだけ詳しくよ」
沙那は言った。
壱都は、鳴智を名乗った女使者の顔立ちや喋り方――。
そのほか、思い出す限りのことを説明した。
「どうですか、宝玉様?」
沙那が言った。
「さあ、壱都の言葉の限りにおいては、わたしの知っている鳴智に似ているとしか言えないわね。でも、鳴智が魔域に……?」
宝玄仙が闘勝仙に復讐を果たす直前、鳴智は宝玄仙の前から姿を消した。
まさに、宝玄仙の復讐の成功を予期していたかのような失踪だった。
あのふたりがどこに消えたのか、いまだにわからない。
なぜ、失踪したのかも……。
「その鳴智という女性は、どこで、どうしているのですか、宝玉様。つまり、ご主人様が帝都を出発する時点で、鳴智はどうしていたのです?」
宝玉は、鳴智が桃源という執事とともに、宝玄仙が闘勝仙への復讐を果たす直前に失踪したことを説明した。
「……だとすれば、失踪をしたのは、ご主人様が闘勝仙への復讐を果たすだろうということを予期していたからだとしか考えられません。つまり、『服従の首輪』が完成したことを知っていたのだと思います」
沙那は言った。
「『服従の首輪』のことは隠してたわ。彼らに知られるわけがないわ」
「でも、なんらかの手段で知ったのですよ、宝玉様」
「そうだとしても、じゃあ、なぜ、逃亡するの? もしも、事前に知ったとすれば、『服従の首輪』の存在を闘勝仙に教えたはずよ。教えていれば、宝玄仙は、闘勝仙に『服従の首輪』を嵌めるなんてことを成功したはずがないわ」
宝玉は言った。
「宝玉様、わたしは、当時の帝都の状況はわかりません。誰と誰が敵対して、誰と誰が仲間だったということはまったく知識がありません。でも、一般論として申しあげますが、多くの敵がいるとして、その敵のすべてがお互いに仲間だとは限りませんよ」
「えっ?」
「宝玉様やご主人様の立場からすれば、闘勝仙もその取り巻きも、その鳴智も、桃源も、すべて敵だと思いますが、彼らがお互いに仲間だとは限らないということです」
「彼らは彼らで対立してたと?」
「そういう視点で考えて、ご主人様の『服従の首輪』の完成を知り、闘勝仙に危険が及んでいることを鳴智が知ったとして、あえて、それを闘勝仙には教えずに、ご主人様が復讐するに任せたとは考えられないのですか?」
沙那の言葉には、宝玉もはっとするものがあった。
闘勝仙は、宝玄仙や宝玉を支配するのにありとあらゆるもので縛った。
取り巻きにもそうだった。
ましてや、桃源や鳴智という術遣いでも貴族もない者たちに協力させるために、なんの処置もしていないということはありえない……。
「それは、あったかもしれないわ……。もしかしたら、桃源や鳴智も闘勝仙に脅されていたのかも……」
それは十分にあり得ることだった。
いや、そう言われると、それは確かだろう。
「では、その鳴智や桃源も、ご主人様と同じように、闘勝仙には死んで欲しいと思っていたかもしれませんね。『服従の首輪』のことを知ったとしても、闘勝仙に教えないかもしれない十分な可能性があります」
「認めるわ」
宝玉は言った。
「では、少なくとも、鳴智は『服従の首輪』のことをよく知っていたのですよ。だから、その性能や使い方を説明できたのです、宝玉様――。もしかしたら、事前に逃亡を図る前に試作品かなにかを盗んだのかも……」
「いいえ、それはないと断言できるわ、沙那。宝玄仙は、試作品を作っていない。宝玄仙が作った『服従の首輪』は、後にも先にも唯一ひとつよ。闘勝仙を自殺させ、あなたに装着し、そして、御影の一件の後に宝玄仙が壊した、あのひとつのみよ」
「では、可能性は、壊したはずの『服従の首輪』がなんらかの方法で、修復されたとしか考えられませんね」
「いいえ、それもない。修復が可能とも思わないけど、修復できたとしても、その修復をした術遣いの道術が、この霊具に宿るはずよ。壱都がしている『服従の首輪』には、純粋に宝玄仙の道術の波動しか帯びていないわ」
宝玉は言った。
「では、どういうことでしょう、宝玉様?」
「見当もつかないわね」
宝玉は言った。
結局、その後の訊問でも、宝玉の疑問を解く材料はひとつも得られなかった。
宝玉は壱都への尋問を諦めた。
「……いいわ、じゃあ、終わりにしましょう。後は、宝玄仙に引き渡すわ。あまり、残酷なことをしないようにとは、わたしも宝玄仙には言っておくわ」
宝玉は言った。
「ご主人様と交替するのかい、宝玉様」
孫空女だ。
「そうよ、孫空女」
「考えてみれば、宝玉様が、普通に出てくるのって初めてだよね。いつも、宝玉様が出てくるときは、愛し合うときばかりだもの」
「まったくそうね、孫空女」
宝玉は笑った。
「ところで、宝玉様、壱都に嵌めた『服従の首輪』はどうします? 破壊しなくていいのですか?」
沙那が言った。
「その必要はないでしょう。壱都の首から外せば、自動的に破壊されるように、術を上書きしておくわ。そうすれば、悪用はできないから」
宝玉は、壱都に近づいて、壱都の嵌めている首輪に、三重の『道術錠』をかけた。
これだけの処置をすれば、事実上、壱都の首から外すことは不可能だ。
ついでに、もしも外れれば、自動的に『服従の首輪』が分解して、機能を喪失するという処置も施した。
「さて、壱都――」
宝玉は、もうすっかりと意気消沈し怯えきっている壱都に向き直った。
「は、はい」
「お前は、この部屋で聞いたこと、知ったことを他の者に告げてはならない。命令よ」
「わ、わかった……」
「それともうひとつ……。お前は、今後、わたしだけじゃなく、誰の言葉にも逆らえない。“命令”という言葉がなくても、すべての人間のすべての言葉に服従しなさい。あらゆる人間の奴隷として生きなさい。わかったわね、命令よ」
「ひいっ」
その言葉の重さを理解できたのか、壱都の顔には完全な絶望の色が映った。
「じゃあ、宝玄仙と交替するわね。あとは、よろしく、沙那、孫空女、朱姫」
宝玉は言った。
*
椅子に座った宝玉が意識を失い、その後、宝玄仙が表に現れるのにしばらくかかった。
しかし、再び眼を開いた宝玄仙の身体に出現したのが、宝玄仙の人格であることは明らかだった。
椅子から立ちあがるなり、いきなり、壱都の頬を張りあげたからだ。
「ご主人様――。ちょ、ちょっと待って」
壁まで吹っ飛んでいった壱都にさらに詰め寄ろうとした宝玄仙に危険なものを感じて、孫空女は、とりあえず、宝玄仙の前に立ちはだかった。
「そうですよ。仮にも現段階では、壱都は、まだ、この国の女王なんです。暴力はまずいですよ。部屋の外には、壱都を護る衛兵がいるんです」
沙那も一緒になって、孫空女とともに宝玄仙をとめた。
「とめんじゃないよ、お前ら――。こいつが、わたしになにをしたかわかってんだろう? 宝玉がなにを言おうとも、とりあえず、こいつの顔をぐしゃぐしゃに潰してやる。すべては、それからの話だよ――」
宝玄仙は言った。
「ご主人様、ほら、壱都の首輪を見なよ。『服従の首輪』が嵌ってんだってさ。宝玉様が、誰から言われた言葉でも、全部服従しろって、命令して言ったんだ。なにかするなら、命令すればいいんだよ、命令――」
孫空女は言った。
すると、宝玄仙の表情が少しだけ落ち着いた気がした。
「誰の命令でも?」
「そうだよ、ご主人様」
孫空女が大きく頷く。
沙那も口を開いた。
「……それに、もう、どんな大きな力を持った術遣いや魔王でも、あの首輪を外すことができないそうです。壱都は、女王でありながら、いまや、女人国の最下層の人間の言葉も拒否することができないんですよ」
「ほう? 試してみるかい……。壱都、四つん這いになって、豚の真似をしな」
すぐに壱都は、四つん這いになる。
そして、歩き回りながら、ぶうぶうと声を出した。
「なるほど――。朱姫、やってみな」
宝玄仙は手を叩いて笑いながら言った。
「壱都、下袍をめくって、立ったまま、おしっこしなさい」
朱姫がそう言うと、壱都は顔を真っ赤にしながら、下袍をめくり、すぐに放尿を始めた。
下着があっという間にびしょびしょになり、まとまった尿の柱が、下着の股間のから床に流れ落ちる。
「自分の汚した部分を舌で掃除しなさい。いや、訂正するわ。汚した部分だけじゃなく、お前の舌で、この部屋全部を隅から隅まで掃除しなさい。砂粒ひとつ残すんじゃないのよ」
放尿が終わると、すぐに朱姫は言った。
壱都は、屈辱に顔を歪めながら、床に顔をつけて、まず、自分の尿の溜まった床を舌で舐めはじめた。
この部屋はかなり広い。
おそらく、命令を解除するまで、いつまでも壱都は、あの姿勢で床を舐め続けなければならないだろう。
壱都に対して朱姫がやっていることに満足したのか、宝玄仙は満足そうな表情に戻り、孫空女と沙那に視線を戻した。
「誰の命令でも服従しなければならない最下層の奴隷ということかい……。それに、あいつには、いま、霊気が感じられないね。それも宝玉の仕業かい?」
「そうです。宝玉様が壱都に、術を遣えなく道術を自分自身に施せと壱都に命令し、壱都は術を遣う能力を失いました」
沙那が応じた。
そして、沙那は、宝玄仙から宝玉に人格が交替している間に、ここで起こったことと、『服従の首輪』について、壱都の尋問から聞き出したことを宝玄仙に説明した。
宝玄仙はそのひとつひとつに注意深く頷いていた。
「とにかく、その
宝玄仙は言った。
「そのように聞いています。那美さんという女将校がいろいろと知っているはずです。呼びますか? 部屋の外で待っているはずです」
「わかった、呼びな――。おい、豚」
宝玄仙は、壱都に向かって声をあげた。
壱都は、宝玄仙の呼びかけがわからなかったのか、宝玄仙の言葉には反応しなかった。
すると、宝玄仙が軽く手を振った。
孫空女には、宝玄仙が壱都に対して、術を放ったのがわかった。
「ふぎゃああっ――」
壱都が突然に発狂したような声をあげた。
そして、その場にのたうち回る。
「豚と呼ばれたら、お前のことに決まっているだろうが、豚。ほかに、豚がいるのか、豚」
宝玄仙は壱都にそう言った。
だが、聞こえているのか、聞こえていないのか、まだ、壱都は絶叫しながらのたうち回っている。
そして、やっと宝玄仙は、壱都に送っていた術をとめた。
壱都の悲鳴がやんだ。
しばらく動けなかったのか、少しの間、のたうち回った姿勢のまま、その場に寝ていたが、やがて、また、舌を出して床を舐めはじめた。
さっきの朱姫の命令が生きているからだろう。
「おい、豚。床舐めはもうやめていい。いまから、お前の部下の那美を呼ぶ。那美がこの部屋に入ったら、わたしがいいというまで、那美の靴を舐め続けるんだ」
壱都は返事はしなかったが、真っ蒼な顔になった。
これまで顎で扱ってきた部下にそのようなことをするのは屈辱だろう。
「沙那、那美とかいう将校を呼んでおいで」
宝玄仙の命令に従い、沙那が部屋の扉を開けて、那美を呼んだ。
この部屋は、宝玉の刻んだ結界がそのままになっていた。
こちらの喧騒は、まったく外には聞こえていなかったはずだ。
那美が入ってきた。
床にうずくまっている壱都に少し驚いていたが、その壱都がいきなり那美に近づいて、靴を舐めはじめたときには、眼が点になっていた。
「こ、これは?」
那美は、びっくりした表情できょろきょろと視線を動かした。
「話は後だよ、那美……。それよりもだ」
宝玄仙は言った。
「はい」
那美の視線が宝玄仙に向いた。
「こいつの悪趣味で哀れな姿にされている前女王とやらのところに連れていきな。この宝玄仙に任せておけばいい。身体の一部が残っていれば、わたしの『治療術』で復活できる。お前の知っている女王様に完全に復活させるよ」
「ほ、本当ですか?」
那美は声をあげた。
「ああ、それこそ、恥毛の一本一本まですべて元に戻してやるよ。ところで、お前はその陽炎子とかいう前女王の愛人だったのかい?」
「まさか、陽炎子様は、そのような方ではありません」
那美は顔を紅くした。
「ほら、豚、立て。お前の寝所にみんなで行くよ。外の者には、お前の口から適当に説明しろ。なんの問題もないという感じで、わたしらをお前の寝所に連れていくんだ。怪しまれないようにするんだよ」
ずっと、那美の靴を舐め続けていた壱都が、それをやめて立ちあがった。
しかし、完全には立ちあがる前に、突然、さっきのような悲鳴をあげて、また、床に倒れ込み、身体を暴れさせ始めた。
そして、しばらくして、また悲鳴がやむ。
孫空女には、また、宝玄仙が術を送ったことを悟った。
おそらく、また、なんらかの道術で壱都に激痛を与えたのだろう。
「豚、わたしは、お前にいちいち、命令はしないよ。だけど、さっきみたいな激痛を味わいたくなければ、ちゃんとした態度をとるんだ。命令をされたら、返事しろ、わかったね。わかったら、立て、豚」
「わ、わかりました……」
怯えきった壱都が立ちあがりながら言った。
「じゃあ、行くよ。お前が先頭を歩くんだ。そして、わたしらをお前の寝所に連れてきな、豚」
「はい」
壱都は先に立って、部屋を出る扉を開けた。