「わたしは、隠棲します」
再び、
ここは女王の寝所だ。
女王の寝所は、壁に隔たれた三個の部屋から成り立ち、そのうちのひとつは、警護兵の詰所となっていて、
いま、沙那は今後のことを話し合うために、そのうちの一室で、那美とともに陽炎子と対面していた。
宝玄仙と朱姫は、壱都を連れて、もうひとつの寝所にいる。
孫空女も一緒だ。
最初は、壱都を連れていった宝玄仙とともにいたのだが、宝玄仙の壱都への仕打ちが、あまりにも惨たらしいので、孫空女とともに詰所に逃げているのだ。
壱都にすれば、宝玄仙にあれだけのことをしたのだから、殺されないだけましかもしれないが、沙那は、あれはもう、すんなりと殺した方が、壱都は喜ぶのではないかとさえ思った。
とにかく、いまは女人国の今後のことだ。
宝玄仙は、もう、壱都への復讐以外には関心がなく、女人国の今後についての話し合いについては、まったくの無関心になり、すべてを沙那に押し付けている。
宝玄仙の手伝いを指名されたのは朱姫であり、宝玄仙は、朱姫とともに、壱都への復讐にかかりっきりだ。
壱都を先頭に歩かせて、みんなでここに閉じこもってから一日半の時間が経っている。
もっとも、壱都が女王の寝室に数日間閉じこもるということは珍しいことではないので、まだ、怪しんでいる者は王宮にはいないらしい。
また、道術対決に敗れた宝玄仙とその三人の供が、壱都ともに女王の寝所に入ったことも、誰もおかしいとは考えていないようだ。
負けた敗者を残酷に苛むのは、いかにも女王壱都がやりそうな性癖だったからだ。
今頃は、宝玄仙らは、壱都によって冷酷な仕打ちを受けているものと考えられているようだ。
そういうことを沙那は、寝所の外に出入りしている
舌人形として、残酷な仕打ちを三年間も受けていた陽炎子は、宝玄仙の術により、失った手足と眼、そして、聴力と声をとり戻していた。
ただ、三年の間に壱都から受けた仕打ちは、陽炎子の精神を破壊していた。
そのため、陽炎子を復活させるためには、さらに、神経や記憶、頭の中に対する『治療術』が必要であり、その結果、陽炎子には三年間の壱都から受けた記憶のすべてを失わせなければならなかったようだ。
復活した後、なにがあったのかは説明したが、陽炎子は、それを知識として受け取っただけで、記憶としては受け取ってはいない。
そのため、壱都に対する復讐心や恐怖心は、ほとんど抱いていない。
ただ、宝玄仙が、復讐として壱都にやっている行為についても嗜めはしない。
積極的に参加しないというだけのことだ。
「この国の掟は、道術のもっとも高い者が女王に就くというものです。宝玄仙様こそ、女王に相応しいのは間違いありません。わたしが復位するなど、考えられません」
陽炎子は言った。
「でも、陽炎子様、隣室のご主人様のやっていることを知っていますよね? わたしも自分の主人のことを悪くは言いたくありませんが、あれでは、女王として相応しくないとは思いませんか? あなたのような方こそ、女王に相応しいとわたしは思いますが」
沙那はなおも言った。
横で那美も強く頷いている。
「三年前の女王挑戦の儀により、それについては、神意が出ています。わたしは負けて、壱都が勝ちました。神意なのです。それに背いて、わたしが復位するなど考えられません。そうではありませんか、那美?」
陽炎子は言った。
「でも……」
那美は言葉が重い。那美は女人国の民として、女人国の掟こそ正しいとする価値観の中にいる。
陽炎子の言葉が正しいということを認識しているのだ。
しかし、その反面、那美は陽炎子を女王として復位させ、自分こそ隠棲するつもりだったようだ。
前女王派のうち、最初に壱都に寝返った者として、この陽炎子の復位を自分の最後の仕事にして、自分は宮廷から退くべきと思っている。
「お怖れながら、その理屈であれば、女王は壱都のままということになります。それでよいのですか? わたしのご主人様もまた、女王挑戦の儀で負けているのですよ」
沙那は言った。
「宝玄仙様は、壱都から『服従の首輪』という霊具を装着されてしまっていたのでしょう? それでは、神意は下されていません。儀式は無効です。儀式をやり直して、神意を問い直すということになるでしょう。しかし、わたしの場合は違います。わたしと壱都の道術対決は、正しい手順で行われ、壱都が勝ったのです」
陽炎子はなおも言った。
本当に、この前女王は頑なだ。
「陽炎子様、女人国の歴史に、一度退位した女王が復位した歴史はないのですか?」
沙那は訊ねた。
「それは……例はあります。女王挑戦の儀は、一度退位した者の挑戦を妨げるという掟はありませんから……。事実、そもそも、初代女王は、最初の女王にして、第四代の女王でもありますが……」
「決まりですね。壱都と陽炎子様のどちらが、女王として留まるべきか、神意を問えばよいのです。ここで、陽炎子様が決めるべきものではありませね」
次の女王挑戦の儀など、壱都と宝玄仙の対決以上に茶番だろう。
すでに道術を遣えなくなり、すべての人間の“命令”を拒否できないという操りをかけられている壱都が勝つ可能性は、万にひとつもない。
「しかし、宝玄仙様こそ……」
「わたしのご主人様は、女王になんかなりません」
沙那はきっぱりと言った。
「でも、宝玄仙様が、壱都の道術を簡単に退け、このわたしの身体をあれほどの短い時間で復活させたのです。わたしが敵わなかった壱都をあのような状態にして支配するほどの道術をお持ちなのですから、彼女こそ……」
「やめてください――」
沙那は大きな声をあげた。
その声があまりにも大きかったせいか、陽炎子は驚いた顔で黙り込んだ。
「……わたしのご主人様をもう、あんなことに巻き込まないでください。わたしのご主人様は、権力とか地位とかに本当に興味ないのです。もともと、壱都と争って女王になるつもりもなかったのです。ご主人様の望みは、ただ、どこかで愉しく暮らすだけなのです……。わたしたちと……」
沙那は言った。
宝玄仙に権力欲はない。
あるのは、あのおかしな嗜虐癖だけで、ほかにはなにも求めてはいない。
だが、簡単に権力を手に入れることができるだけの力があるのは事実だ。
望めば、あの凄まじい道術の力により、王位でも権威でもいくらでも手に入れることができるだろう。
宝玄仙は、そいうものからもう離れたかったのだ。
だから、宝玄仙は権謀術数の世界から逃れるために、東方帝国を脱出し、あてのない旅をしている。
それにも関わらず、宝玄仙の力を妬む者、恐れる者、そして、羨望する者が宝玄仙に集まり、宝玄仙を苦しめる。
宝玄仙の八仙の地位を妬み、陥れるために神殿兵を率いて宝玄仙を捕えようとした。
そして、金角、銀角のような女魔王をけしかけたりもした。
そもそも、宝玄仙が魔域への巡礼などをするはめになったのも、帝都に残る者が宝玄仙の力を怖れたからだ。
だから、宝玄仙はそういうものと争うことに興味がないことを示すために故郷の国を捨てた。
それなのに、みんな追いかけてきて、宝玄仙から力や命を奪おうとする。
眼の前の陽炎子も同じだ。
宝玄仙に女王になって欲しいというが、望みもしていない権威を宝玄仙から奪おうとした天教教団と本質的には同じだ。
望みもしていない権威を宝玄仙に押し付けようとしているだけだ。
宝玄仙がただ、大きな力を持った道術遣いであるというそれだけの理由で――。
「わたしたちは、早々に立ち去ります。その後に、あの道術力を失った壱都に女王をそのまま就かせようと、陽炎子様が復位しようと、それとも、誰か後継者が決まるまで空位にしようと、それはあなた方が好きになさってください。ただ、わたしのご主人様は、このことに、もう一切関わりませんし、わたしが関わらせません」
沙那ははっきりと言った。
陽炎子と那美が戸惑った表情で黙り込んだ。
そのとき、部屋の戸が、もうひとつの寝室側から叩かれた。
そこから現れたのは朱姫だ。
「あのう……、那美様。ご主人様が、壱都の食事のお代わりを持ってこいと……」
部屋に入ってきた朱姫はそう言った。
「いや……、朱姫殿、ああいうものを女王の寝所にたびたび持ってこさせるのは、さすがに部下に理由を説明するのが難しくて……」
那美が渋い顔をした。
「朱姫、本当に冗談じゃないわよ。悪趣味もいいところだし、いい加減に、ご主人様にあれをやめさせるわけにはいかないの?」
沙那も言った。
「じゃあ、沙那姉さんがご主人様に言ってくださいよ。三人の中で、唯一、ご主人様が話を聞くのが沙那姉さんなんです。あたしや孫姉さんが、ご主人様になにか忠告めいたことを言おうものなら、よくて、せせら笑いを返されるだけだし、悪ければとんでもない罰が戻って来るんです」
朱姫は言った。
沙那は盛大に嘆息した。
「いいわ。わたしが直接、ご主人様に言うわ」
沙那は立ちあがった。
そして、陽炎子のいる部屋から、宝玄仙が壱都をいたぶっている部屋に朱姫とともに入る。
「ああ、沙那かい。ちょっと、見てやってくれないかい。こいつの姿を」
宝玄仙が本当に愉しそうな表情で、『
沙那はびっくりした。
『如意袋』というのは、以前、
宝玄仙は、それを壱都を入れる檻として使っているのだ。
本来は、人間が五人でも十人でも入れるくらいに大きくできるのだが、いまは、膝を丸めてうつ伏せにならないといけないくらいに狭くしている。
それで、壱都は、その『如意袋』の中で窮屈そうな姿勢を強いられている。
もちろん、全裸だ。
そこまでは、沙那たちが、昨日、この部屋に一緒にいたときと同じだ。
変わっているのは、壱都の頭だ。
頭から壱都の髪がなくなっているのだ。
全体がまだらな短髪になっていて、切った大量の髪が壱都がうつ伏せになっている身体の下に拡がっている。
「言っておくけど、“命令”で無理矢理切らせたんじゃないよ、沙那。“食事”をするか、それとも、自分で自分の髪を切るかどちらかにしろと言ったら、渡した鋏であんな風に自分で全部切ったのさ――。もっとも、切り終わった後に、ちゃんと“食事”は、命令でさせたけどね」
宝玄仙は笑った。
「そのことですけど、壱都の“食事”は終わりです。あんなものを女王の寝所に、何度も持ってくるわけにはいきません。それに悪趣味です。わたしも耐えられません。いっそ、殺してはいかがですか」
沙那は言った。
「優しいのか、残酷なのかわからないねえ、沙那。とにかく、豚の“食事”は、豚の糞と決めたんだよ。もう、かなりの豚の糞を命令で食わせたから、そろそろ、この豚も馴れた頃だろうよ――。朱姫、那美に言って、とにかく、持ってこさせるんだよ」
宝玄仙は、朱姫に向かって声をあげた。
「で、でもご主人様、それは難しいと、那美さんが……。それに、いま、沙那姉さんが……」
朱姫は、おろおろと言った。
宝玄仙が盛大に舌打ちした。
「どうしても駄目なのかい、沙那?」
宝玄仙は不貞腐れたような声をあげた。
「駄目です。豚の便を食べさせるなんて、悪趣味です」
宝玄仙は、壱都のやった自分に対する仕打ちの仕返しとして、ずっと、豚の排便を壱都に、無理矢理食べさせているのだ。
その排便は、那美を通じて、兵に寝所まで持ってこさせたもので、どんなことでも命令に従わなければならない壱都は、『如意袋』の中で無理矢理、豚の排便を食べさせられた。
それを食べて嘔吐したときには、その嘔吐物も一滴残らず、舌で身体の中に戻させた。
そのあまりにも醜悪な光景に、沙那も孫空女も耐えられなくて、控えの間に逃げ出したのだ。
「しょうがないねえ……。じゃあ、豚の糞は、豚に作らせるか」
宝玄仙は、たまたま手元にあった一枚の木皿を『如意袋』の中に投げ込んだ。それなりの道術があれば、外から『如意袋』の中に自由にものを入れられるし、取り出すこともできるらしい。
しかし、逆に内側からは外に出ることはできない。
それが『如意袋』の力だ。
だから、『如意袋』の中に立ちこめているはずの悪臭は、こちら側には漂ってくることはない。
ただ、壱都の口の周りに残っている排泄物の痕ひとつをとってみても、中はもの凄い臭いだろう。
この一日だけで、かなりの量の豚の排泄物が『如意袋』の中に入れられたのだ。
そして、その全部が壱都の腹の中に入った。
木皿を投げ入れられた壱都は、それを受け取っても呆然としている。
もはや、たった一日で、精根を抜かれたという感じだ。
いまは、もう抵抗の言葉も哀願の言葉もない。
ただ虚ろな表情をしているだけだ。
宝玄仙は、ぎりぎりまで小さくしていた『如意袋』の大きさを拡大した。
『如意袋』は、丸まってうつ伏せになっていた壱都が普通に座った姿勢になれるくらいには大きくなった。
「豚、その皿に大便しろ」
宝玄仙は言った。
「ご、ご主人様――」
沙那は叫んだ。
「なんだよ、沙那――。いいじゃないか。外から持ってこられないというから、自分で“食事”を作らせているだけだろう――。おい、豚、わかっていると思うけど、その皿に大便したら、それを食うんだよ。命令だよ。それがお前の餌だからね」
宝玄仙は言った。
沙那は、聞いているだけで吐きそうになった。
*
旅の空だ――。
「国都にそれほどいたわけじゃないけど、なんか、旅も久しぶりって感じがするよね」
先頭を歩く孫空女は言った。
「そうかい? まあ、宮廷の空気っていうのは、どこも醜悪には違いないね。権力争いとか、裏切りとかいろいろあるしね。宮廷だの王宮とかいう場所は、そういうものが、悪臭になって淀んでいる気がするよ」
宝玄仙が応じた。
その宝玄仙は、朱姫とともに、孫空女の後ろを歩いている。
「でも、あそこで食べた食事はとてもおいしいものでした。それに、あたしは、宮廷になんて入ったのは初めてでしたけど、ああいうところに出入りする王族や貴族は、やっぱり、着ているものや装飾具なんかも、ひと味違いますね」
朱姫だ。
「そんなのは外見だけのことさ、朱姫。ひと皮むけば、権力におもねったり、驕ったりしている汚い内面がそこにあるんだよ。あまりにも醜いので、それを隠すために、豪華な衣装や装飾具が必要なのさ」
「じゃあ、ご主人様も、そういうものに染まりたくなくて、旅に出たというのもあるのですか?」
「冗談じゃないよ、朱姫。内面といえば、わたしよりも我が儘で残酷な女はいないよ。それくらいの自覚はあるさ」
宝玄仙が笑った。
明るさを取り戻したような宝玄仙に接しながら、やっぱり、宮廷の空気は宝玄仙には合わないのだと、改めて孫空女は感じた。
もしかしたら、沙那もそう思ったから、急かすように宝玄仙をけしかけて、旅を再開させたのかもしれない。
壱都に対する宝玄仙の復讐が始まって三日目の朝、陽炎子や那美らがとめるのを振り切るようにして、沙那は強引に旅の出発を求めた。
宝玄仙は、沙那に半ば強制されて、壱都への復讐を中止し、また、四人の旅が始まることになった。
それに際して、陽炎子は兵を使ってでも、宝玄仙を引きとめる雰囲気だったが、沙那の頑な態度で、結局、出発を了承した。
もっとも、国都の兵が束になっても、この四人だったら、それを突破する自信は孫空女にはあったが……。
「そういえば、沙那――。わたしは、聞いていなかったけど、結局は、この国の女王の地位については、どうなったんだい?」
宝玄仙が沙那に訊ねた。
沙那は、荷物を持って最後尾を歩いている。
「存じません」
沙那は言った。
「ふうん、まあ、順当なら陽炎子が復位するんだろうねえ。それとも、壱都を形式的な女王にしておいて、裏で支配するか……。あの壱都は、いまや、誰の命令も逆らえないただの生き人形だからねえ」
宝玄仙だ。
確かに、これこらどうするのだろう。
宮廷から出るときに、とりあえず、哀れなことになっていた壱都の外観は宝玄仙が元に戻した。多分、変なものを食わされたことによる身体の具合も治療したと思う。
少なくとももう一度は、次の女王勝負のために、壱都を人前に出さなければならない。あのままでは、外に出せないので、最低限のことだけは、沙那がやらせたみたいだ。
しかし、それ以上は、なにもしなかった。
「女人国の宮廷のことは、女人国の宮廷の人間に任せておけばいいんじゃないですか、ご主人様。わたしたちには、関係のないことですし」
「そりゃあ、そうだ、沙那」
宝玄仙も明るく応じた。
そろそろ、太陽も中天に差し掛かる。
「じゃあ、昼餉にしようか」
宝玄仙が言った。
「はい」
沙那が返事をして、道端の木陰にみんなを促した。
「ここじゃあ、駄目だね。道沿いじゃないか――。もっと、人目につかない場所にしておくれ」
宝玄仙が言った。
「えっ、人目に?」
沙那が微妙な表情で呟いた。
孫空女も嫌な予感がする。
宝玄仙が人目につかない場所で昼餉を取りたがるということは、その昼餉の場で人目があっては困ることを始めるということでもある。
ただ昼餉として食事をすることが、人に見られて困る行為であるわけがない。
少し道から外れて、奥まった場所に移動し、周りが樹木に囲まれている平らな場所を見つけた。
そこで四人が車座になれる場所を作り、宝玄仙が結界を刻んだ。
簡単な干し肉と干し餅を準備して皿に入れて配る。
全員の前に、それが準備された。
「お前たち、合間に食べながらでいいからね」
宝玄仙がそう言ったので、三人ともぎくりとして動きをとめた。
「あ、あのう……。合間に食べながらでいいというのは、どういう意味でしょうか、ご主人様?」
沙那が全員を代表するかたちで宝玄仙に訊ねた。
「特段の意味はないよ。いつぞやは、あの壱都の暗殺隊のせいで、できなかった淫具の実験をやろうと思ってね」
そう言って、宝玄仙は、あの『操人形(改)』を取り出した。
「ご、ご主人様――」
「なにをする気ですか?」
孫空女が声をあげるのと、朱姫が叫ぶのが同時だった。
沙那も驚いている。
「つべこべ言うんじゃないよ、ほらっ」
宝玄仙が言った。
孫空女は、突然、自分の身体の中に道術が侵入してきたのがわかった。
宝玄仙が持っている『操人形(改)』と、この三人の身体が繋げられたのだろう。
「ほら、お前たちを三人同時に責めるときは、いつも『共鳴』だろう。だけど、『共鳴』は、身体に受けたひとりの快感を、ほかのふたりにも同じように受けさせてしまうから、本来の自分の快感じゃないわけだよね……」
宝玄仙は、操人形を抱きながら言った。
とてつもなく、嫌な予感がする。
共鳴というのは、孫空女と沙那と朱姫の三人が、身体にまったく同じ宝玄仙の内丹印を刻んでいるために起きる現象であり、だれかひとりが快感を得ると、まったく同じ快感として、ほかのふたりも感じてしまうという現象だ。
普段は、『共鳴』を封じる指輪か道術で、『共鳴』現象を防いでいるが、それを外してしまうと、三人の快楽の共鳴が開始される。
『共鳴』が始まると、三人の快楽が繋がり、絶頂の深さも間隔も時期もまったく同調する。
三人が快楽で溶け合うのだ。
「……だから、この操人形を使って、お前たちの三人に同じ刺激を与えたときの、反応の違いを知りたいと思ってね。つまり、お前たちの身体の感度の違いの実験さ」
宝玄仙は言った。
「そ、そんな……。ねえ、ご主人様、どうして、そんなことを知る必要があるんですか――?」
「わたしのやることに文句を言うんじゃないよ、沙那。お前たちは、ただ感じればいいだけだよ。ほら、最初は、胸からいくよ。胸の感度が一番いいのは誰だろうね?」
宝玄仙が愉悦に浸った声で言った。
次の瞬間、孫空女の手足が脱力した。
『操人形(改)』に念を入れられたのだ。
これで、自分の意思では動けなくなった。
横を見ると、沙那も朱姫も同じ状態だ。
「ひゃ」
「ああ」
「はあぁ」
誰が誰の声だがよくわからない。とにかく、三人同時に声をあげた。
突然、両胸にねろりとした甘美な刺激が走った。
宝玄仙を見ると、操人形の胸に自分の舌を這わせている。
その刺激が孫空女の胸に伝わっているのだ。
宝玄仙は、操人形の胸を執拗にぺろぺろと舐めたり、指で擦ったりしている。
あっという間に、官能の疼きは胸から股間に伝わり、全身を痺れさせる。
「はふう……」
孫空女は思わず息を吐いた。
駄目だ……。
孫空女は、こうやって動けなくされて与えられる愛撫に弱いのだ。
あっという間に、自分が快感に包まれていくのがわかる。
「ほう、こうやって、比べると、胸が一番弱そうなのは、孫空女かい? だけど沙那もつらそうだね。一番、余裕があるのは、朱姫かねえ」
宝玄仙が言った。
孫空女はつぶっていた眼を開けて横を見た。
沙那は、自分の胸を腕で隠すようにして、俯いて小刻みに震えている。
朱姫は、握り拳を作って、じっと歯を噛んでいる。
そのあいだも、操人形を通した間接的な愛撫は続いている。
胸が揉まれ、乳首をこねられる。
宝玄仙の吸い付くような愛撫は、操人形を通しても全く同じだ。
刺激を受けているのは胸だけだが、その疼きは全身に拡がっている。
「あっ……ああ……あっ……」
あがってくる……。
胸から拡がる官能の波が、孫空女に襲い掛かる。
快感が胸なのか、股間なのかわからなくなる。
ひとつに繋がる。
そして、めくるめくような官能の嵐が一気に孫空女を襲った。
「あはああぁぁぁ」
孫空女は首を仰け反らせて絶頂してしまった。
自分でも驚くくらいの深い絶頂だった。
胸だけでこんなにいってしまう自分に孫空女は驚いた。
孫空女が達すると、操人形との接続が切断された。
宝玄仙が、孫空女を操人形から切り離したのだ。
孫空女に手足の感覚が戻った。
沙那と朱姫のふたりは、まだ、よがっている。
やがて、沙那が身体を前にくねらせて達した。
絶頂すると沙那も操人形との接続を解かれた。
最後に達したのは朱姫だった。
朱姫が達するまでに、少し時間の間隔があった。
「胸については、孫空女、沙那、朱姫の順だね。まあ、孫空女は、全身が性感帯であるくらいに感じやすいからね。どの部位でも一番かもしれないね――。だけど、それは沙那も一緒か。そいうい意味では沙那が一番先だと思ったけど、意外だったねえ……。じゃあ、次は、肉芽にいこうか」
宝玄仙の言葉とともに、また、手足の自由が利かなくなった。
「ま、まだやるのかい、ご主人様?」
孫空女は、音をあげた。
「当たり前じゃないか。全身を調べるんだよ。次は肉芽。肉芽の次は女陰。女陰については、人形の小さな女陰を責めるための小さな棒まで準備してあるんだからね。その後は、お待ちかねのお尻だ。ほかにも、全身を舐めたり、触手に包んだり、いろいろとやってみるつもりなんだ。愉しみにしておくれ」
宝玄仙は言った。
「そ、そんな……。まさか、こんなことのために、『操人形(改)』を作ったんですか?」
沙那だ。
「そうだよ。わたしは、わたしの趣味のために霊具を作っているんだよ。言いたいことがそれだけなら、始めるよ。やることはいっぱい準備してあるんだ」
宝玄仙が操人形の股間に口をつけた。
すると、甘美な爆発が肉芽に訪れ、凄まじい官能の痺れが、体表を伝わっていった。
「い、いくぅ――」
びっくりするくらいにあっという間に、横で沙那が達した。
だが、孫空女にも弾け飛ぶような快感が一気にやってきた。
そして、込みあがる官能を感じる間もなく、快楽の絶頂に自分を押しあげていた。
孫空女は、快感に我を忘れながらも、宝玄仙の心から愉しそうな笑い声をその耳に捉えていた。
(第29話『鬼畜女王と鬼畜女』終わり)
*
【西遊記:54回、女人国女王(名は不明)】
女人国女王は、あるとき、夢の中で、尊い存在が国都を訪問して、女王の夫になるというお告げを受けます。
丁度そのとき、女王のところに、玄奘という法師がやってきて、通行手形に印を求めてきたという報告を受けます。
女王は、玄奘の素性を知り、その玄奘こそ、お告げにあった人物だと確信します。
女王に謁見することになった玄奘は、女王からいきなり結婚を申し込まれます。玄奘が断ると、女王は玄奘を軟禁してしまいます。
困った玄奘が供に相談すると、孫悟空は自分がなんとかするから、とりあえず応諾して油断を誘えと助言します。
玄奘が孫悟空の言葉に従い、結婚に応じる発言をすると、女王は上機嫌になり、供たちも呼んで盛大な宴をしてくれます。
孫悟空は、その祝いの席で、自分たち三人だけで、天竺に向かうことにしたと口にして、玄奘に城郭の外まで見送って欲しいと頼みます。
女王は許します。
城郭の外には、玄奘のみならず、女王や兵も同行します。
孫悟空は、城郭の外れで術を発して、女王と家来たちを痺れて動けなくします。
孫悟空たちは、玄奘を連れて一目散に逃亡します。