※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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196 狂女たちと被害者の会

「起きて……」

 

 身体を激しく揺すられた。

 

「起きて、琵琶子(びわこ)」

 

 頬をやや強く叩かれる。

 眼を開けた。

 

 そこにいたのは、沙那だ。

 最初は、なぜ、沙那が……と思っただけだったが、そもそも、この部屋に最初に宝玄仙がやってきたときに、沙那に変化をしていたのを思い出した。

 それを宝玄仙とは思わずに、毒薬を宝玄仙に飲ませろと言って渡そうとた。

 それで、手酷い仕返しを宝玄仙にされている最中だったのだ。

 全身に緊張が走る。

 

「沙那、早くしないと、時間がないよ。ご主人様はすぐにやって来ると思うよ」

 

 別の声がした。

 赤毛の女……。

 孫空女だ。

 戸のところに、孫空女が立っているのだ。

 棒のようなものを背中にして、戸が開かないように身体とその棒で押さえている。

 

「あ、あんたら、本物け……?」

 

 それだけを言った。

 

「ああ、そう言えば、わたしに化けてご主人様があなたのところに行ったんだったわね。面と向かって謝るのは嫌だから、身体を貸せって言うから貸したのに……。素直に謝るのか思えば、こんなとんでもないことをあなたに始めてしまって……」

 

「謝る?」

 

「一応ね……。宿屋を出ていくときには、そう言ってたんだけど……。とにかく、あなたへの仕打ちをやめさせたいけど、いまは、頭が熱くなっているから、なにを言っても無駄なの。だから、悪いんだけど、ここから逃げてくれない……。あとは、わたしたちでなんとかするから」

 

「逃げる?」

 

 思わず訊ねて、琵琶子は、初めて自分がちゃんと服を着ていることに気がついた。

 

「……あなたがいま着ている服は、悪かったけどあなたの荷の中から勝手に出したわ。その……着ていたらしい服は汚れていたから」

 

 そうだった。

 宝玄仙は琵琶子に対する嫌がらせのために、琵琶子から服を脱がしただけではなく、それを雑巾のように床を拭いたり、汚れた琵琶子の身体を拭くために使ったりしていたのだ。ふと見ると、その衣類は部屋の隅に小さく固めて置いてある。

 

「……これを持っていって。あの服の弁償代と、今回のことの詫び賃だと思ってちょうだい」

 

 沙那が琵琶子に小さな包みを押しつけた。

 それは、沙那に化けた宝玄仙が最初に琵琶子に渡そうとした金粒の入った包みだ。

 

「そ、そっただもの……」

 

 額が大きすぎる。

 琵琶子は躊躇した。

 

「こんなことをされて、腹が立つのもわかるし、逃げなければならないということが理不尽に思うかもしれないけど、ご主人様は、戻って来たらさらに輪をかけて、あなたを責めるわ、琵琶子」

 

 琵琶子の反応を別なものと沙那は受け取ったようだ。

 沙那がそう言った。

 

「どこまでも調子に乗るからね」

 

 戸を背にしている孫空女が付け足した。

 

「ここから、逃げろというのけ?」

 

 琵琶子は言った。

 

「そうよ……。ここは二階だけど、あなたも、荷物も、わたしたちが安全に窓から降ろす。だから、下に降りて、どこかに……。ご主人様は、いま一階で食事をして、朱姫が足止めをしているわ……。でも、朱姫がいつまでご主人様を抑えていられるか……」

 

 だんだんと事情がわかってきた。

 宝玄仙は琵琶子に犬をけしかけて、それから、食事をすると言って部屋の外に出ていった。

 琵琶子は、犬に尻を犯されながらあまりもの恥辱で、意識が遠くなり気を失ったようだが、そのあいだに、この沙那や孫空女たちが部屋にやってきて、なんとか宝玄仙から琵琶子を助けようとしているのだ。

 食事をしている宝玄仙をあの朱姫という娘が足止めし、ここに沙那と孫空女が来て、気を失っている琵琶子に服を着せ、荷をまとめたのだ。

 ここから逃がそうとして……。

 

 そう言えば、宝玄仙の道術や縄で身体を拘束されていたはずだが、いつの間にか自由になっている。

 しかし、宝玄仙は、すぐに戻って来るだろう。

 戻って来たら、また、拘束されて、酷い目に遭わされる。

 だんだんと恐怖が戻って来た。

 

「お、おらを逃がしてけれ、お願いだ」

 

 琵琶子は言った。

 

「わかっている。そのために来たのよ──。じゃあ、さっそく……」

 

 沙那が促した。琵琶子は、寝台から降りようとした。

 それではっとした。

 

「だ、だども、もしも、おらを逃がしたことをあの人に知られたら、今度はあんたがもっと酷い目に遭うんじゃないのけ?」

 

 琵琶子は言った。

 

「わたしたち?」

 

 一瞬だけ、沙那はきょとんとした顔をしたが、すぐに微笑んだ。

 

「そんなことをあなたが気にすることはないわ、琵琶子。わたしたちは、あなたに酷いことをした宝玄仙の供なのよ。あなたにとっては、わたしたちに対しても、憤りがあるはずでしょう」

 

 沙那は言った。

 

「そっただこと……それよりも、いいことがある。ここに毒薬があるだ。あの宝玄仙に飲ませるだ。道術遣いでも三日は昏睡状態になる。その間に、あんたらも逃げたらいい」

 

「毒薬?」

 

 沙那が眼を白黒している。

 だが、琵琶子は続けた。

 

「死にはしねえ。だが、その一歩手前くらいにはなるだ。とにかく、あんな悪魔みてえな女に、あんたらが捕えられているのはわかっている。多分、道術で脅されて逃げられないんだべ? それを奴隷のようにされているんだべ? これを飲ませて逃げるがいいだ。これを飲ませるだ」

 

 琵琶子は、沙那に化けた宝玄仙に渡そうとした薬の袋を沙那に示した。

 それはまだ、寝台の横の台に置いたままだったのだ。

 

「他人様から見れば、そういうことになるのかなあ、わたしたちって……?」

 

 沙那が言った。

 琵琶子に対してではない。

 孫空女に言ったのだ。

 

「そういうことになるんじゃないかな、沙那。間違っていないよ。あたしたちは、悪い女道術遣いの宝玄仙に捕えられて、道術で逃げられないようにして奴隷にされている──。確かに、そうだよ。そうでない者は、三人の中の誰にもいないさ」

 

 孫空女は応じた。しかし、なぜか、笑っている。

 

「否定したいけど、考えてみれば、その通りだということが悲しいわね、孫女」

 

 沙那も笑った。

 その表情には、あまり切迫感のようなものはない。

 むしろ、あっけらかんとしている。

 

「……とにかく、わたしたちのことは気にしないで。ご主人様は、きっとわたしたちに罰を与えると思うけど、それはあなたには関係ない。むしろ、わたしは、あなたがこれ以上、惨い仕打ちを受けないことだけを願うわ。きっと、ご主人様は、あなたに無茶をしたでしょう、琵琶子?」

 

 沙那の言葉には、琵琶子に対する心からの同情が籠っているのがわかった。

 こんなに優しい人たちを残酷に扱う宝玄仙に対する怒りが再び込みあがる。

 この沙那たちに、宝玄仙は、腹痛を起こさせて外でおしめにもよおすようにけしかけたり、肉芽を糸で吊って爪先立ちで数刻も放置したりするという拷問をしているのだ。

 そういうことを宝玄仙は、この沙那たちに日常的にやっている気配さえある。

 

「だから、この毒薬を──」

 

 しかし、沙那は首を横に振った。

 

「ねえ、琵琶子、わたしたちをわかって欲しいとは思わないけど。これだけは知っておいて欲しいの。わたしたちのご主人様は、本当に困ったお人で、わたしたちに対する扱いをわたしたちは許せないときもあるし、耐えられないと思うこともある……」

 

「だったら……」

 

「いえ、聞いて──。だけど、それでも、わたしたちは、命を張って、ご主人様をお護りするし、旅についていくわ。あんなのでもわたしたちご主人様なの。命を危うくするなんてとんでもない。あなたになにをしたのかの予測はつくけど、お願いだから、許してやってくれないかしら」

 

 沙那は言った。

 琵琶子は呆然とした。

 

「あ、あんなことをされているというのにけ?」

 

「そうね──。とにかく、それよりも……早く」

 

 沙那が言った。

 琵琶子は、やっと寝台を降りて、窓に近づいた。

 そして、窓のところに立っていたものを見て悲鳴をあげた。

 そこにいたのは、あの黒犬だった。琵琶子を威嚇するように、こっちを見て、唸り声をあげている。

 

「どうしたの?」

 

 沙那が首を傾げた。

 

「そ、その犬──」

 

 琵琶子はそれだけを言った。黒犬は四つん這いになり、いまにも琵琶子に飛びかかろうとしている。

 口を開き、その口の中には、獰猛な牙と光る涎──。

 

「犬?」

 

 反対側の戸口でこっちを見ている孫空女が、疑問のこもった声をあげた。

 

「犬がいるの、そこに?」

 

 沙那が言った。

 

「いるべ、黒犬が──。あの犬……。おらを犯したその大きな犬が──」

 

 琵琶子は叫ぶように言った。

 そうだ。自分は犬に尻を犯されたのだ……。

 さっきまで受けていた仕打ちを思い出して愕然とした。

 すると沙那が盛大に嘆息した。

 

「……どうやら、あなたに逃亡防止でかけていた『縛心術』は、筋肉を弛緩させて身体を拘束していたものだけじゃなかったのね……。いい、琵琶子、この部屋には、犬なんていないわ。いないのよ──」

 

 

「だ、だども……」

 

 しかし、確かにそこにいるのだ。

 窓から逃げようとする琵琶子に噛みつかんばかりに口を開けている。

 

「『縛心術』という術よ──。なにをこの部屋でされたのかわからないけど、『縛心術』という道術で、幻を見させられていたのよ。窓にはなにもいないわ。だから、逃げましょう」

 

 沙那が言った。

 

「だ、だども、その犬が……確かに、そこにいるし、あの犬に股を舐められて……お尻を──」

 

 犬に受けた恥辱が琵琶子に蘇る。

 

「尻を犬に?」

 

 孫空女が驚いたような声をあげた。

 

「……まったく、あのご主人様は──」

 

 沙那は息を吐いた。

 

「……だけど、どうしよう──。もう一度、朱姫を呼んで縛心術を解き直させるしかないわね……。逃亡防止にそんな『縛心術』をかけているんだったら、これからも行く先々で、その犬の姿が見えてしまうかも……」

 

「……本当にあの犬の姿が、おめえらには見えないのけ?」

 

 琵琶子は言った。

 

「犬なんていないわ。きっと、あなたが逃げようとすると、その犬の幻を見えるように道術をかけられているのよ」

 

「だ、だども、その犬がおらを……」

 

 犯されたのだ。

 あの感触は決して幻などではない。

 そして、黒犬はじっと琵琶子を見ながら、牙を向けている。

 

「もしも、その犬があなたになにかをしたなら、それは本当に起こったことじゃないということだけ言っておくわ。ご主人様は犬なんて飼っていないし、あなたに卑猥なことをするような犬をご主人様が準備できるわけはないわ」

 

 沙那が言った。

 

「ところで、じゃあ、どうするの、沙那──。朱姫を呼び直すにも、朱姫はもうご主人様と一緒だよ」

 

 孫空女が言った。

 

「第二案しかないわね」

 

 沙那が言った。

 

「第二案?」

 

 孫空女が嫌な顔をした。

 

「仕方ないでしょう、孫女」

 

「だけど、後で受けるご主人様の罰が、手酷いものに変わるだろうね」

 

 孫空女が諦めたように笑った。

 

「まあ、しょうがないわね。どうせ、罰を受けるのは間違いないんだから、程度問題だったら、我慢しましょう」

 

 沙那も笑って応じた。

 罰を受けるということをなぜ、笑って会話できるのだろう。

 琵琶子は不思議なものを見る思いだった。

 そう言えば、さっき、沙那はあの宝玄仙を庇うようなことを言った。

 宝玄仙が沙那たちに与えたあの残酷な仕打ちと、いまの沙那の言葉が結びつかない。

 

「おらのことであんたらが、罰を受けることになるのけ?」

 

 琵琶子は言った。

 

「そんなことは──」

 

 沙那がなにかを言いかけたとき、なにかの騒動が戸の外から聞こえてきた。

 

「ご、ご主人様、お待ちください」

 

 廊下から大きな声がした。

 琵琶子には、それがあの朱姫の声だとわかった。

 

「余計なことを喋るんじゃないよ、朱姫──。中に沙那と孫空女がいるんだろう。知らせようとしても無駄だよ。開けな、沙那、孫空女──。その琵琶子の調教は、まだ途中なんだよ。邪魔すると容赦しないよ」

 

 琵琶子はその声にすくみあがった。

 戸ががちゃがちゃと揺すられる。

 外から宝玄仙が開けようとしているのだ。

 だが、孫空女が戸の取っ手を押さえるともに、身体で戸が開くのを阻止しているので、戸は開かないでいる。

 

「孫女──」

 

 沙那が声をあげた。

 

「わかっているよ、合図があるまで開けないよ、沙那」

 

 孫空女が、棒を背にしている身体に力を入れている。

 戸はこちらに開く形式だ。つまり、孫空女がどかない限り、戸は絶対に開かない。

 

「この琵琶子になにをするつもりですか、ご主人様──。答えてください」

 

 沙那が声を張りあげた。

 

「そいつは、わたしを毒殺しようとしたんだよ。当然の酬いだよ」

 

「それは、ご主人様が昨日手酷いことをしたからじゃないですか。だいたい、謝るためにここに行ったんじゃなかったんですか? なんで、ご主人様は、琵琶子に酷いことをしているんですか?」

 

「──もういい、沙那。お前と議論なんてするつもりはないんだよ。まだ、そこに琵琶子はいるんだろうねえ。もしも、逃がしたりしてあったら、ただで済むと思うんじゃないよ。宝玄仙の地獄責めを三日間続けるからね。覚悟しな──」

 

 宝玄仙が外から怒鳴った。

 

「……三日間だってさ、沙那」

 

 孫空女がささやいた。

 その表情には笑いもあるが、怯えのような色もある。

 

「三日も受ければ、それが多少延びても同じよ……。三人で耐えましょう。四日か……五日か……」

 

「ご主人様の気まぐれが終わるまでということ?」

 

 孫空女が苦笑した。

 沙那が懐からなにかを出した。

 そして、それを隠すように持って、戸のそばに張りつく。

 

「ちっ──。埒もないねえ……。朱姫、『獣人』になって、その戸を突き破りな」

 

 宝玄仙が戸を叩きながら、外でそう言った。

 

「そ、そんなことできません」

 

 朱姫の声──。

 

「だったら、お前をここで痛い目に遭わせるよ。言うことをききな」

 

「そ、そんな……。さ、沙那姉さん、孫姉さん──」

 

 朱姫の悲痛な声がしている。

 

「いいわ。開けて、孫女」

 

 沙那が小さな声で言った。

 孫空女がさっと身体を外して、戸を開けた。

 

 戸を殴るように叩き続けていた宝玄仙がつんのめって部屋に入ってきた。

 倒れそうになる宝玄仙の身体を戸の横で待っていた沙那が抱えた。

 すると、抱えながらも、沙那は、宝玄仙の首になにかを嵌めた。

 沙那は、そのまま宝玄仙の身体を捕まえて、動かないように拘束している。

 

「ご主人様、とにかく、落ち着いてください──」

 

 沙那の腕の中で暴れている宝玄仙を宥めるような口調で沙那が言った。

 

「──いいから、離しな、沙那──。あれっ?」

 

 険しい表情をしていた宝玄仙の動きがとまった。

 その手が、沙那が嵌めた首輪に触れた。

 宝玄仙は、それを外したいような仕草をしたが、すぐにぎょっとしたような表情になった。

 外から、朱姫がすぐに入ってきた。

 孫空女がばたりと戸を閉め直して、内側から鍵をかける。

 

「お、お前、なにを嵌めたんだい、沙那──。ま、道術が……」

 

「だから、話し合いですよ。とにかく、こちらに、ご主人様……」

 

 沙那が宝玄仙を寝台まで連れていって押し倒した。

 琵琶子は、慌てて身体を避ける。

 

「朱姫、琵琶子の『縛心術』を解き直して──。琵琶子は、存在しない黒犬が見えるような『縛心術』をまだ、ご主人様にかけられていたわ。解いてあげて」

 

 沙那が朱姫に向かって言った。

 

「朱姫、余計なことをすると罰だよ──。とにかく、この首輪はなんだい? 答えるんだよ、沙那」

 

 寝台に押し倒されている宝玄仙が怒りの表情で声をあげている。

 

「ご主人様、落ち着いてよ。これじゃあ、話し合いにならないじゃないか」

 

 孫空女もやってきて、宝玄仙に跨る。

 そして、驚いたことに、宝玄仙の下袍の留め具に手をかけて外そうとしている。

 沙那は、宝玄仙の腕を押さえながら、宝玄仙の上衣の紐に手をやっている。

 ふたりがかりで、宝玄仙の服を脱がそうとしているのだとわかった。

 

「お、お前ら……な、なにを──」

 

 宝玄仙の顔が赤くなる。必死で抵抗しようとしているが、力では沙那と孫空女にかなわないようだ。

 宝玄仙はなすすべなく、服をどんどん脱がされていく。

 

「ご主人様、抵抗は無意味です。これは、『如意仙女』の作った道術を封じる首輪です。これを嵌められた者は自分では外せないし、道術は遣えなくなるんです──。だから、わたしたちには、抵抗できないはずです。諦めてください」

 

「そうだよ、ご主人様……。力なら、あたしと沙那にかなうわけがないじゃないか」

 

 沙那と孫空女が寄ってたかって宝玄仙の身体から一枚、一枚、服をむしり取っている。

 琵琶子は、なにか恐ろしいものを見るような気持ちでそれを眺めていた。

 

「わたしたちと遊んでください、ご主人様──。そうだ、わたしたちに指技と舌技を教えてください。まずは、ご主人様の身体でやってみますので、ご意見を聞かせてください」

 

「そうだね。あたしも、ご主人様や朱姫のように、相手を簡単に翻弄させられるような手管が欲しいよ。いつも、ふたりにやられるばかりでさあ……」

 

 もう宝玄仙は素っ裸だ。

 それをふたりはくるりと身体をひっくり返した。

 沙那が宝玄仙の身体に逆さに乗って押さえつけて、股を両腕でこじ開けている。

 その股に孫空女が屈んで舌を伸ばしている。

 

「お、お前たち……いい加減に……あ、ああ──お前ら──ゆ、許さない──ああっ……」

 

 素っ裸の宝玄仙が甘い声をあげて、よがり始めた

 琵琶子は眼の前で突然始まった痴態を唖然として眺めていた。

 

「琵琶子さん、こちらに」

 

 朱姫だ。

 呆然と寝台の三人の姿を眺めていた琵琶子の袖を引っ張り、琵琶子の身体を寝台の反対側に向けた。

 

「……ご主人様にかけられた『縛心術』を解きます。安心してください。普通は、ご主人みたいな強い道術をほかの者が解くなんてことはできないんですけど、『縛心術』だったらあたしの方が道術が強いんです……。ご主人様の道術を解きます。琵琶子さん、まだ、黒犬が見えるというのは本当ですか?」

 

「み、見えるだ……」

 

 琵琶子は窓を見た。

 しかし、もうそこにはいなかった。

 だが、視線を反対側の戸に向けると、今度はそこに座っている。

 

「……ひいっ──。そこの戸のところ──すぐ、そばだ」

 

 琵琶子は悲鳴をあげた。

 

「そうですか。でも、そこにはなにもいません。きっと、逃げようとすると犬が見えるよう『縛心術』をかけられています。さっきは、窓から逃げようとしたんで、窓側に見えたんです。今度は、窓じゃなくて、逃げるとしたら、扉からだと考えたので、犬の姿が扉に移動したんですよ……。わかりました。あたしの眼を見てください……」

 

 朱姫が言った。

 言われたとおりにする。なんだか、その眼に吸い込まれるような気がした。

 次第に気が遠くなるような……。

 

「……どうですか、まだ見えますか、琵琶子さん」

 

 朱姫の声ではっとした。なんだか、少しの間、眠っていたような感じだ。

 琵琶子は、さっき黒犬がいた場所に視線を向けた。

 今度はなにもいない。部屋を見回すが、どこにも黒犬はいなかった。

 

「いなくなっただ」

 

「よかった……。ご主人様の術は解けました。琵琶子さんは自由です」

 

 朱姫が微笑んだ。

 自由──。

 つまり、この時間を利用して、逃げなければならないのだろう。

 琵琶子は、寝台に視線を向けた。

 

 身体を裏返しにされた宝玄仙が、沙那と孫空女のふたりに身体を押さえつけられて股間を責められている。

 もう、身体を紅く染めて、はっきりとしたよがり声をあげている。

 孫空女が舐め回しているのは、宝玄仙の肛門のようだ。

 そこに孫空女の舌が動くたびに、宝玄仙は信じられないくらいに、快感に狂ったような嬌態を示している。

 

「ふふふ、ご主人様は、お尻が特別弱いんです、琵琶子さん」

 

 朱姫が琵琶子に語りかけた。

 

「だから、ちょっと、お尻を責められただけで、あんな風に可愛く泣くんです……。もっとも、そのご主人様に躾けられたあたしたち三人とも同じなんですけど……」

 

 朱姫が妖しい表情で微笑んだ。

 

「琵琶子、お前も、ご主人様のお尻をなぶってみるかい。簡単なものだよ。指をちょっと入れて、くちゅくちゅと動かすだけさ。あたしらが押さえている間にやっていったらどう?」

 

 孫空女が顔をあげて、悪戯をするような表情を琵琶子に向けた。

 

「いいのよ、琵琶子、遠慮しないで──ご主人様のお尻をどうぞ」

 

 沙那も言った。

 琵琶子は怖ろしくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 沙那が妖しく微笑んで、宝玄仙のお尻を責めてみろと言ったところまで語ったとき、琵琶子の語りに耳を傾けていた女が馬鹿みたいに笑った。

 どうしても笑いを我慢できなかったらしく、頭がおかしくなったのかと心配するくらいにその女は笑い続けた。

 なんだか、笑い者にされたみたいで、琵琶子は少しだけ不機嫌になるとともに、酒の席とはいえ、初めて会った女に、そんな話をしたことを後悔した。

 

 女人国を初めて出た最初の夜だった。

 南の国境を越えた宿町の一軒の宿屋である。

 そこに琵琶子は宿をとったのだ。

 そして、ここは、その宿屋にある一階の食堂だ。その食堂で知り合った女と琵琶子は酒を交わしていた。

 その酒の話題にしたのが、琵琶子のあの衝撃の体験についてだった。

 

 琵琶子とその女以外の周りの人間は、男ばかりだ。

 その女に言わせれば、旅をするのは男であるのが普通であり、むしろ女の旅人は珍しいらしい。

 ましてや、女のひとり旅など、なにをされてもおかしくはない。

 だから、気をつけなければならない。そういうことをその旅の女は教えてくれた。

 

 琵琶子のどこかに、女人国の女であることの匂いがあったらしい。

 だから、その女は、気になって声をかけたのだと言ってくれた。

 見た目も話し方もちょっと気の強そうで怖そうな女だと思ったが、そんな外見とは違って実際には優しい女のようだ。

 

 また、世に中に男というものがたくさんいたことは知っていたが、一歩、国境を越えただけで、そこは男の世界だった。

 

 男──。

 男──。

 男──。

 男しかいない──。

 

 むしろ女を探すことが難しいくらいだ。

 これ程に男が溢れている光景を見てしまうと、覚悟はしていたものの身体が竦む気がした。

 そんなときに、偶然に出遭った旅の女だった。

 琵琶子と同じように、女ひとりで旅をしていたらしく、琵琶子に酔客が絡んだとき、一発で黙らせるほどの啖呵を切って追い払ってくれた。

 その頼もしさに惚れぼれと眺めていると、その女が声をかけてきたのだ。

 

 酒を誘ってくれたその女に対して、酒の嫌いじゃない琵琶子はそれを受けた。

 そして、その女は本当に気の優しい女性で、すぐに琵琶子は打ち解けた。

 

 それで、なんとなく、女人国の国境を越える前に経験した奇妙な女連れの一行の話をしたのだ。

 会ったばかりの女性に、道術で操られて自慰をさせられたとか、お尻をいたぶられたとか、ましてや、浣腸を受けて大便をさせられたというような話をするのは、考えてみればおかしなことだが、やっと女人国を出て解放的になっていた気分がそうさせたのか、それとも、それを受け入れてくれるような雰囲気をその女性から感じたのかはわからない。

 とにかく、気がつくと、かなり露骨な話を語っている自分がいた。

 

「いやあ、すまなかったよ。あんたのことを笑ったわけじゃないのさ──。ただ懐かしくね。相変わらずだし……」

 

「懐かしい? 相変わらず?」

 

 琵琶子は言った。

 

「ああ、そうだよ。懐かしいのさ……。それで、あんた、どうしたんだい? その沙那の申し出に従って、宝玄仙さんのお尻をほじったのかい?」

 

 女は言った。

 琵琶子は驚いた。

 話はしたが、宝玄仙だとか、沙那だとか、あるいは、孫空女、朱姫というような実際の名は出さないように話していたのだ。

 場所についても、女人国のある城郭だと言っただけだ。

 

「なして、名を知っているだ? もしかしたら、おらは、うっかりと名を喋っただか?」

 

 琵琶子は言った。

 

「いいや、あんたは、名前は出してないよ。だけど、世の中がいくら広いといっても、そんな四人連れの一行が、ほかにいるわけはないからね」

 

「ほえ?」

 

 思わず声をあげる。

 どうやらあの四人と知り合いらしい。

 琵琶子は改めてその女を見た。

 

 あの宝玄仙ほどじゃないけれども、綺麗な顔立ちの女性だと思った。

 年齢は孫空女と同じ歳か、もっと若いくらいだろうか。

 髪は青で、青い髪というのは、とても珍しいと思った。

 

「あたいの話は、あんたの話の後にちゃんとするよ。でも、ちょっと簡単には終わらないけどね……。ところで、それで、どうだったのさ? あんた、その沙那に言われて、宝玄仙さんのお尻に手を出したのかい?」

 

 彼女は身を乗り出しながら言った。

 

「そんなことはしねえだ。もう、なにがなんだか、怖ろしくなって逃げて、それっきりだ。それから、どうなったのか、おらにもわからねえ。あの供の女の人たちが、あの道術遣いに罰を受けたのかどうかもわからねえ……。おらを逃がしてくれた、あの人たちのことを少し心配はしているだが……」

 

「まあ、気にしないことだね。あれはあれで、連中は、宝玄仙さんを慕っているし、いい関係を作っているからね──。まあ、それにしても、手を出さなかったことは正解さ。もしも、手を出していたら、そのまま、縁ができちまって、しばらく旅に同行するなんてことになりかねなかっただろうし……」

 

 その女が笑いながら言った。

 琵琶子は唖然とした。

 

「もしかしたら、その人たちを知っているのけ?」

 

「まあね……。じゃあ、今度はうっかりと縁を作ってしまって、大変な苦労をしたあたいの話をするよ──。まあ、でも長くなるかもね。よかったら、場所を変えて、あたいの部屋にいかないかい? というか、これもなにかの縁じゃないか。しばらく一緒に旅をしないかい。もちろん、よければだけど」

 

 青い髪の女はそう言った。

 

「そ、それは、あんたみたいな強い人と一緒に旅さできるのは、願ったり、かなったりだ。だども、おらみたいな者と、本当に一緒に旅をしてくれるのけ?」

 

 琵琶子は言った。

 

「もちろんさ──。宝玄仙さんの被害者の会の仲間じゃないか」

 

「被害者の会?」

 

「そうだよ。それじゃあ、あたいの話をするね……」

 

 女がそう言って、ふと思い出したように琵琶子を見た。

 

「あれ? そう言えば、あたいは、あんたの名を訊いてなかったよね」

 

 女は言った。

 

「そうだったな。おらは琵琶子だ。薬師の琵琶子だ」

 

「あたいは、七星(ななほし)さ。これでも用心棒が生業さ──。それで、さっきの話だけど、三箇月ほど、あの宝玄仙さん一行と旅をしたのさ」

 

「それは用心棒をしただかか?」

 

 琵琶子は訊ねた。

 七星が用心棒が生業だと言ったからだ。

 

「用心棒……というわけじゃないよね。なんだろう──。強いて言えば、三箇月の契約で、あの宝玄仙さんの性奴隷にされたというか……」

 

「性奴隷?」

 

 聞きなれない言葉に思わず、琵琶子は声をあげた。

 

「こ、声が大きいよ、琵琶子」

 

 七星が慌てたように、周りを見回しながら言った。

 琵琶子も慌てて口をつぐんで、見回したがふたりの会話に耳を向けている男はいないようだ。

 

「まあいいよ……。それで、あたいの場合はねえ……」

 

 懐かしむような表情で、七星が語り始めた。

 

 

 

 

(第31話『親切心の代償』終わり)






 *


【西遊記:第55回、琵琶洞の女怪(名前なし)】

 女人国の女王たちを孫悟空の神通力で動けなくして逃亡しようとした矢先、突然につむじ風が襲いかかり、玄奘をさらってしまいます。
 さらったのは、女妖怪であり、孫悟空たちは慌てて、つむじ風を追いかけます。
 すると、つむじ風は毒敵山という山で消え、そこには『琵琶洞』と書かれている屋敷がありました。

 とりあえず、孫悟空は小さな蜂に化けて、屋敷に忍び込みます。
 屋敷の中では、色っぽい女妖怪が玄奘に言い寄っている真っ最中でした。
 孫悟空は、変身を解いて、女妖怪に襲いかかりますが、毒針の付いた武器を頭に刺されて退散することになります。

 孫悟空が逃亡すると、女妖怪は玄奘を寝室に連れ込んで、性愛を迫ります。
 しかし、玄奘が断固として拒み続けるので、怒った女妖怪は玄奘を縛って、廊下に放り投げてしまいます。

 一方で、孫悟空は、今度は猪八戒とともに、二度目の乗り込みをしますが、今度は猪八戒が毒針の武器にやられて、またしても退散することになります。
 屋敷の外に退却した孫悟空たちのところに、老女に化けた観音菩薩が通りかかります。
 孫悟空は、救援を求めますが、観音は琵琶洞の妖怪が手強くて自分や釈迦でも退治は難しいので、その女怪が唯一敵わない昴日星官(ぼうにちせいかん)に助力を求めるべきと諭します。

 観音の仲介で、星界を守っている二十八宿のひとりである、昴日星官がやってきます。
 孫悟空は三度目の襲撃をして、女怪を屋敷の外に誘き出します。
 昴日星官は、巨大な雄鶏(おんどり)になって、女妖魔を踏みつけて退治します。女妖魔は、女蠍(さそり)の精でした。
 三蔵は救出され、一行は旅を再開します。
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