197 真昼の決闘
「ご主人様、あたしの後ろに――」
城門を出て、城郭の郊外を孫空女とふたりで歩いているときに、突然、孫空女がそう言った。
それで、宝玄仙は、初めて大勢の兵に囲まれているということに気がついた。
女人国の南の国境に近い
国境を越える手続きをするために、孫空女を伴って城郭の中心にある役所に行き、郊外の小さな宿屋で待つ沙那と朱姫のところに戻るところだったのだ。
その大元府の城郭の門を越えてすぐだった。
宝玄仙と孫空女を囲んだ一隊は、騎馬が三騎に兵が五十人ほどだ。
「お前たちは、この付近の住民ではないな」
将校らしき女が、馬上のまま言った。
「それがどうかしたのかい?」
孫空女が応じた。
「怪しいな。ちょっと、軍営まで来てもらおうか」
「なんで、住民でないのが怪しいんだよ。あたしらは旅の者だよ。ちゃんと手続きもしたところだ」
孫空女が言った。
その通りだった。
女人国の南地方で行動するためには、手形という旅の許可書が必要だった。
そんなものが必要だったのは、東方帝国内とその属国の諸王国の幾つかだけだったから、久しくそのような手続きはしていなかった。
その頃持っていた正式の手形もとっくの昔に失くしている。
いま、持っているのは、女人国の国都を出立するときに、
あちこちで騒動を起こしたので、“宝玄仙”という名は使っていない。
確か、“蘭玉”と書いたはずだ。
孫空女、沙那、朱姫の三人は面倒なので、奴隷ということにして、所有物扱いにしてある。
出身が東方帝国としているので、貴族が奴隷を所有する文化がある東帝国の人間が奴隷を連れ歩くのはおかしくない。
そして、奴隷の出国手続きは、主人がまとめて税を支払うので、奴隷本人が役所に出頭する必要もない。
手続きは宝玄仙のひとりが行けばよく、それも簡単に終わった。
もっとも、簡単に終わったのは理由がある。
買い出しのために城郭の中心部に行くついでに、事前に情報を仕入れてきた沙那が、手続きの書類を出すときに、手形の書類の間に銀粒をひとつ挟んでおけ忠告したのだ。
その通りにすると、あっという間に手続きは終わった。
宝玄仙の見るところ、それをしなかったほかの旅の者は、手続きに手間取り、待たされたりしているようだった。
「だって、お前たちは今日、この城郭にやってきたであろう?」
将校が言った。
「それがどうしたんだよ?」
孫空女が応じた。
「この界隈には、集団で女を浚っては、国境を越えて運んで奴隷として運ぶ“黒賊”というのがはびこっている。ついこの間も小さな村が襲われて、若い女が根こそぎ連れていかれた。しかし、軍が出動したときには、もう逃げた後だったのだ」
「それがどうしたんだい?」
孫空女はふて腐れたように応じる。
「だから、きっと手下を密かに軍営の近くにおいて、見張らせているに違いないのさ。だから、城郭にやってきた者で怪しい者は、念入りに調べている。お前たちは怪しい。だから、来てもらう」
将校は言った。
「なにが怪しいんだよ。ふざけるんじゃないよ」
孫空女が一歩前に出た。
さっと耳に手をやったから、普段、耳の中に隠している『
伸縮自在の孫空女の無敵の武器だ。
「とにかく、ふたりとも捕える。それとも、通行料の銀を払っていくか?」
「銀?」
孫空女は声をあげた。
「そうだよ。銀だ。後ろの女主人が懐に持っているのだろう?」
将校は言った。数を恃んでいるのか、鞍に手をやったままにやにやしている。
どうやら、賄賂が目当てだとわかった。
役所で宝玄仙が袋から銀粒を出したのをどこかで見ていたのかもしれない。
それで、それを取りあげてやろうと、部下を率いて追ってきたというところだろう。
それにしても、腐った軍だ。
さっき、賊徒にしてやられていてばかりということを口にしていたが、こんなに軍が腐ってるなら、さもありなんだ。
「そんな持ちあわせはないよ。あっても、払う理由はないね。とにかく、道を開けな」
宝玄仙は声をあげた。
「大口を叩いたね、お前。軍営に連行して、拷問を受けたいかい?」
「ほほう……。この宝玄仙を拷問にかけるというのかい? 面白い、やってご覧――」
宝玄仙は怒鳴った。
もっとも、この一隊に襲いかかられたら、宝玄仙には防ぎようがない。
こいつらは道術遣いではない。
道術遣いではないということは、宝玄仙の道術は直接には効かないのだ。
相手が道術遣いだったら、逆に宝玄仙の敵ではないが、そうでない場合、宝玄仙はただの力のない女にすぎなくなる。
もっとも、宝玄仙には、孫空女、沙那といった剣がある。
「孫空女、暴れな」
宝玄仙は言った。
「あいよ、ご主人様。伸びろ――」
孫空女が無造作に歩き出しながら、右拳の中の『如意棒』を長くした。孫空女の右手に七尺(約二メートル)の『如意棒』が出現する。
「いくよ――」
孫空女が不意に全力で駆けた。
疾風のような孫空女の動きに、取り囲んでいた徒歩の兵の誰も反応できなかった。
「うわっ」
次の瞬間、馬上の将校は叩きのめされて、もの凄い勢いで地面に転がり落ちた。
死んではいないようだが、完全に気絶している。
やっと兵が騒然となった。
一斉に剣を抜く。
しかし、孫空女はそれを待たずに、『如意棒』を振り回して兵を突き倒し、こっちに戻ってくる。
そして、宝玄仙の前に再び戻った。
「やるんならやってもいいけど、それなりに覚悟しな。いまみたいに、手加減するのは、あたしは苦手なんだ。次に近づく者は、首が飛ぶと思っておきな」
孫空女が叫ぶと、こっちを取り囲み直そうとしていた兵の脚がとまった。
お互いに躊躇するように、顔を見合わせている。
「なにをしているの――。捕まえなさい」
後方から馬上の女が叫んだ。
気を失っている隊長らしき女将校の次級者なのだろう。
まだ若い。
経験のなさを威圧的な態度で補完しているような気配がある。
もっとも、いまは、その若い女将校が金切り声でいくら叫んでも、なかなか前に出ようとする兵はいない。
ただの一撃で、孫空女の腕が並でないことを女兵は悟っているのだ。
「こらっ――。お前、馬に乗って叫んだ女――」
孫空女が大声をあげた。
その馬上の女将校がぎょっとした表情になる。
「次はお前だよ。お前とあたしの間に、どれくらいの数の兵がいようとも関係ないよ。お前を馬から叩き落とす。次に命令を出したら、そうする。だから、兵に前に行けと命令してみな――」
孫空女の言葉で、若い女将校の顔が真っ赤になった。
しかし、命令を出すことができないでいる。
「やめよ――」
突然にほかの場所から別の声がした。
「なにい?」
若い女将校は、険しい表情で声の方向を向いたが、すぐにはっとした表情になった。
宝玄仙もそっちに視線を向けた。
そこには、ひとりの軍装をした女が立っていた。
腰に剣を佩いている以外は、
具足を身に着けていない。
しかし、身に着けている軍章とかもし出す雰囲気は、彼女が軍人であり、しかも、高級将校であることを示していた。
馬上の女将校もそれを感じたようだ。馬上でたじろいだ表情になっている。
「お前の名と、気絶している指揮官の名を言え」
その女が言った。
「な、なんで、そんなことを言わなけりゃならないのよ?」
若い女将校が返した。
「わたしが、今日、赴任してきたお前たちの上官だからだ。大元府軍の副長として赴任する
「そ、それは」
女将校はびっくりしている。
「早く名を言え――。おい、倒れている将校を起こせ」
金水蓮が、近くにいた兵に叫んだ。
命令を受けた兵が慌てて、最初に孫空女が倒した女将校を引き起こす。
次の瞬間、その女将校の首が宙を舞った。
「ひええっ――」
首が飛んだ女隊長の身体を支えていた兵のふたりが悲鳴をあげて尻餅をついた。
馬上の女将校も叫び声をあげた。
そして、ほかの兵も騒ぎ始める。
「吠えるな――。いまのは、副指揮官として不良将校を処断したのだ。首を刎ねられた女将校は、不当に軍を動かして、旅の者から賄賂をとろうとした。その罪でこの金水蓮が処断した。司令官には、着任の挨拶の際に、わたしから報告する。お前たちは、このとおりのことを軍営に戻って、将軍に報告せよ。賄賂を要求するような不良将校が、新しい副長に処断されましたとな」
「わ、わたしはただ……」
若い女隊長がうろたえた声を出した。
「もう、お前の名はいい。ほかの兵も罪は問わん。だが、顔は覚えた。次は容赦ないと思え――。わたしが着任した限り、これまでのようなだらけた軍ではいさせない。それなりの覚悟をせよ」
「わかりました――。前進準備――」
若い女隊長が命じ、兵は首のなくなった指揮官を運ぶ担架を応急で作り、四人で抱えあげた。
切断された首はその担架に乗せられて布がかけられた。
兵たちが隊伍を整えて、城郭に向けて去っていく。
「見事な仕置きじゃないか、金水蓮とやら……。こんなに気合の入った軍の指揮は初めて見たよ」
宝玄仙は言った。
金水蓮が微笑みを浮かべた顔をこっちに向ける。
「この大元府一帯には、国境を越えた男たちの国と手を組んだ奴隷狩り団が猛威を振るっている。わたしは、それを鎮めるために派遣されたのだ」
金水蓮は言った。
「そうかい。まあ、わたしらには関係ないが、頑張っておくれ」
宝玄仙は孫空女を促して、立ち去ろうとした。
その前に金水蓮が立ちはだかる。
「なんだい?」
声をあげたのは孫空女だ。
「職務だから、手形だけは検めさせてもらっていいかい。この一帯に黒賊という奴隷狩り団がはびこっているのは本当のことなのさ。だが、なぜか軍の取り締まりの裏をかかれ続けてどうしても捕えられないのさ」
「んっ? それがどうかしたのかい?」
孫空女が警戒するように、金水蓮を睨む。
「つまり、処断した将校の言葉は丸っきりのでたらめでもないとわたしは思うのさ。きっと、城郭軍の動きを見張っている手下が城郭の中にいるはずだ。もっとも、旅人なんかじゃなく、もっと疑われにくい城郭の住人になりすましている思うけどね。あるいは、軍の中かね……。だから、形式的な検分だ。手形をいいかい?」
「ああ、手形かい」
孫空女はなんの躊躇もなく、雑嚢から手続きの終わった手形を金水蓮に渡した。
手形は孫空女に持たせていたのだ。
「それにしても、凄まじい動きだった。あのまま放っておいたら、やられたのは、あの隊の方だったのは間違いない。着任前とはいえ、もう、わたしの軍だ。それが使いものにならなくされるのは避けたかった――」
「そりゃあ、どうも。あんたの剣筋も見事だったよ」
孫空女が緊張を解くのがわかった。
「そこまでの武芸の持ち主であるあんたの名を教えてくれないかい。これでも、わたしも軍人であるけど、武術家の端くれのつもりなのさ。優れた腕の持ち主の名は知りたいのさ」
金水蓮が何気無く言った。
宝玄仙ははっとした。
その瞬間、宝玄仙は自分の迂闊さに気がつかざるを得なかった。
孫空女に、手形には偽名を使っていることについて、念押しを忘れていたのだ。
「あたしは孫空女だ」
宝玄仙が口を挟む余裕もなかった。
やっぱり、孫空女はなんの考えもなしに、名を金水蓮に教えた。金水蓮の眉がかすかに反応した。
しまった……。
宝玄仙は心の中で嘆息した。
「へえ、あんたは孫空女というのかい? それで、後ろの女主人さんは?」
金水蓮は言った。
もう、取り繕っても無駄だ。
金水蓮が、名乗りと手形の名が一致しないことに気がついたのは明らかだ。
宝玄仙は放っておくことに決めた。
「宝玄仙だよ」
孫空女が応じる。
「この手形には、あんたは、宝玄仙の女奴隷ということになっているね。そんなに強いのに奴隷というのは本当かい?」
金水蓮は孫空女に言った。
その顔には、まだ微笑みを浮かべているが、もうその微笑みは本物ではない。
だが、殺気のようなものは殺しているのだろう。
そんなものを出したら、孫空女はすぐに反応するはずだからだ。
「奴隷? ああ、今回はそういうことになっているの? じゃあ、そうだよ。あたしはご主人様の奴隷に間違いないね」
孫空女はあっけらかんと言った。
宝玄仙は呆れた。
孫空女には、相手を騙すとか、疑われないように嘘をつくとか、そういう発想はないのだろうか。
「じゃあ、本当は奴隷じゃないんだ? そうだよね。あんなに強い武芸者が、ただの奴隷ということはないよね。それにちっとも奴隷には見えないし。なにか理由があるんだろう?」
金水蓮だ。
「いや、奴隷だよ。うん、うん、ねえ、ご主人様――」
孫空女がこっちを見る。
「まあね……。それもただの奴隷じゃない。性奴隷だ。このわたしが、こいつの身体を弄んで遊ぶための道具だ。間違いないね」
宝玄仙は首をすくめた。
もう、どうにでもなれだ。孫空女のお陰で、金水蓮が自分たちを疑っているのは間違いないのだ。
「性奴隷? 本当に?」
金水蓮が急に妖しい視線を浮かべてそう言った。
宝玄仙は、金水蓮が性奴隷という言葉に反応したことに、少しだけ驚いた。
どうやら、この女には、そういう性癖があるらしい。
醸し出した気配は、明らかに宝玄仙の性癖と同質のもののような気がした。
だが、すぐにそれは隠れ、金水蓮の顔は、また軍人のそれになる。
「宝玄仙に孫空女かい……。じゃあ、聞くけど、この手形に書かれている名がまるっきり別の名なのはなんでだい?」
金水蓮が言った。
孫空女の表情が、やっとはっとなる。
そうなのだ。
宝玄仙も孫空女に手形を手渡したときに、中身を見せたので、偽名で手続きをしたことを理解したものと思っていたが、考えてみれば孫空女はまったくの文盲だ。
孫空女にとって、文字はまったくの模様にすぎないということを、宝玄仙もうっかり忘れていた。
「別の名? えっ――。ああ、そうか。そうだよ。別の名さ……。その、呼び名だよ、呼び名。通称というやつだよ。通称、宝玄仙と孫空女、そういうことさ」
取り繕いの嘘を孫空女は言った。
まあ、あれでも精一杯だろう。
この女に嘘をつけと命じる方が無謀だ。宝玄仙は改めて思った。
「ああ、通称ね――。じゃあ、本名は?」
金水蓮は何気ない口調で言う。
「本名……? さあ……? その手形に書いてあるんじゃないの……?」
孫空女は困った口調で応じている。
宝玄仙もこの後、どうなるのかだんだんと興味を覚えて口出ししない。
「書いてあるさ。だから、教えてくれてもいいだろう、通称の孫空女?」
「ほ、本名は、忘れたんだ。普段は、通称を使うから」
「自分の名前を忘れたのかい、孫空女――。そんなのあり得ないだろう?」
「あ、あり得るさ。あたしは馬鹿だからね」
馬鹿なのは本当だろうさ――。
宝玄仙は心の中で言う。
「じゃあ、ご主人様の本名は?」
「そ、そんなのご主人様に直接訊いてよ」
「でも、わたしは、あんたに聞きたいんだよ――。ところで、あんたをなんと呼べばいいのさ? 本名を忘れちゃったんだったら、呼びようがないじゃないか」
金水蓮だ。
これは、もう孫空女とのやり取りを愉しんでいる気配だ。
「孫空女だよ。通称でそう呼ばれていると言ったじゃないか」
「そうだったね。ああ、そうか、本名もこの手形を見ればいいのか……。ああ、ここに、“
それは、手形に使った孫空女の偽名ではない。
金水蓮は、咄嗟に思いついた適当な名を言っただけだ。
これは、本当に孫空女をからかって遊んでいる。
宝玄仙は、なぜかそんな金水蓮に親しみを感じかけていた。
「そうだよ、済美だよ。うん、思い出した、済美だ。あたしの本名は済美だ。これで、もういいだろう、金水蓮――? ほらっ、もう疑いは晴れたたろ」
孫空女はほっとした表情になる。
馬鹿じゃないかと思った。
これまでのやり取りで疑いが晴れるということがあり得るわけがない。
もっとも、孫空女も、金水蓮に疑われて根掘り葉掘り質問をされているということくらいは悟っているらしい。
まあ、孫空女にしては上出来かもしれない。
これが沙那なら、最初からうまく立ち回り、疑いなんて露ほども与えずに、逆に向こうのことを聞き出すくらいのこともする。
朱姫の場合にしても、うっかり話し込んだりすると、相手が道術を持たない相手でも、いつの間にが『縛心術』をかけるということくらいはする。
孫空女という人選が間違いだったか……。
「あっ、ご免――、読み間違った。済美というのは、栗毛の髪の女奴隷とある。赤毛の方の名は……“お猿さん”。そう書いてあるね。あんたの本名は、お猿さん――。それでいいんだね?」
「お猿さん? 本当にそう書いてあるの?」
孫空女が怪訝な表情をする。
もう、金水蓮は、はっきりとからかっているのだが、まだ、それに気がつかないようだ。
もしかしたら、宝玄仙のことだから、“お猿さん”と本名を騙らせることくらいのことはやりかねないと考えたのかもしれない。
「書いてあるわけないだろう、馬鹿――。さあ、ふたりとも軍営に来てもらうよ。抵抗するなら、ここで抵抗できなくする。言っておくけど、あんな腑抜けた隊長とこのわたしを一緒にしないことだね。抵抗すると容赦しないよ」
金水蓮は、手形を放り投げると、さっと飛び退がって剣を抜く。
「ふん、なんだよ、結局、やんのかよ」
孫空女は身構えた。
だが、すでに耳に隠した『如意棒』は出さないようだ。
「さっきのおかしな武器を出しなよ。それくらいは、待ってやるよ、孫空女――。そっちが本名なのはすぐにわかったよ」
金水蓮が剣を構えたまま言った。
「だったらもったいぶって、からかってたんだね。あたしは、そういうことをされるのが一番腹立つんだ――。いいよ。遠慮しなくても、お前なんか左指一本で十分さ」
孫空女は応じた。
「ほう、この金水蓮を相手に、武器なしでやろうと言うんだね。面白いよ。後ろの女の加勢はなしだよ。一対一でいこうや」
金水蓮が言った。
宝玄仙が道術遣いであることは言ってはいないし、さっきの偽の手形にも書かれてはいないが、なにか得体のしれないものを宝玄仙に感じてはいるのだろう。
「ご主人様、ここはあたしひとりで十分だよ。手出しはしないでよ」
孫空女は言った。
もっとも、手出しをしてくれと言われても、宝玄仙にはできることはなにもない。
それにしても、この金水蓮という女将校……。
なかなかきれいな顔立ちをしている。
軍装を着ながらもその下の見事な肢体の線は、鍛えあげられながらも女としての美しさを少しも損なっていないのがわかる。
「金水蓮、いつでもきな。ただし、あたしが勝ったら、ご主人様とあたしを大人しく行かせると約束しな」
孫空女が言った。
「いいとも……。じゃあ、わたしからも要求するよ。わたしが勝てば、お前たちを取り調べる前に、たっぷりとその身体を愉しませてもらうよ」
金水蓮がにやりと笑った。
「なんだって、金水蓮?」
声をあげたのは宝玄仙だ。
「……わたしが勝ったら、あんたらふたりをわたしの寝室に連れていく。そこでたっぷりと味見をさせてもらうと言ったのさ」
金水蓮が笑った。
自分が負けるとは露ほども思っていないらしい。
罪人を取り調べる前に味見をしたいとは、こいつはこいつで、とんでもない将校だと思ったが、いずれにしても面白いことになってきた。
「承知したよ。孫空女がわたしの奴隷であることは本当だ。この宝玄仙が約束するよ。お前が勝てば、わたしと孫空女はお前に抱かれてやるよ」
宝玄仙は言った。
「ご、ご主人様――」
孫空女が抗議の響きを込めた声をあげた。
「文句を言うんじゃないよ。勝てばいいんだよ、孫空女」
宝玄仙は言った。
「ちっ――。まあいいや。とにかく、さっさと始めるよ」
孫空女は構えた。
金水蓮も構え、その表情が真面目なものに変わる。
そして、いきなり構えていた剣を無造作に振った。
予告のない不意急襲だ。
しかし、孫空女は予想していたのか、構えを崩すことなく、
剣先を紙一重で避ける。
そのまま金水蓮の懐に飛び込み、金水蓮の脇腹に指を立てた拳を力一杯喰い込ませる。
「うぐっ」
金水蓮の身体が孫空女の拳で浮きあがり、背中から倒れる。
倒れる金水蓮の右手を孫空女の手刀が打つ。
金水蓮の持っていた剣が宙に舞った。
「もう、おしまいかい?」
地面に倒れている金水蓮に孫空女が間合いを詰める。
孫空女の拳は、さらに急所を打つべく、もう構えられている。
「どうかね?」
金水蓮の腕がさっと伸びた。
なにかが跳んだ。
鞭だ――。
金水蓮の腰の後ろに束ねて隠していた革鞭が飛んだのだ。
その鞭先が生き物のように孫空女の振りあげた拳に巻きついた。
「くっ」
孫空女が一瞬、虚を突かれた表情になった。
金水蓮が操る鞭が孫空女の腕に巻きつき、大きく引っ張られる。
逆に、金水蓮は展張された鞭を利用して身体を起こす。
ふたりの距離が再び縮まる。
「おおっと」
今度は、孫空女の方が態勢を崩している。
しかし、孫空女が鞭の巻かれた腕を金水蓮ごと振り回した。
「うわっ、なんだ――?」
振り投げられるかたちの金水蓮は、身体を捻って態勢が崩れるのを防いだ。
孫空女から鞭が離れた。
「それがお前の本当の得物かい」
再び距離を保って向かい合ったとき、孫空女が言った。
「たっぷりとわたしの鞭で踊ってもらうよ、孫空女」
金水蓮の鞭が孫空女の脚元を狙って飛ぶ。
孫空女が跳躍して避ける。
鞭先が生き物のように方向を変えて孫空女を追う。
孫空女の脚に鞭先が当たる。
「ちっ」
孫空女がぐらりと崩れる。
もう鞭は一度戻り、次の一撃を開始している。
孫空女の脚にさらに一撃――。
「んぐっ」
大きな音が孫空女の太腿から発生する。
孫空女の
「ほら、こっちだよ」
今度は右肩だ。
孫空女の右肩の服が飛んだ。
「ひぎっ」
孫空女が苦痛の声をあげる。
だが、そのときには、腰の横――。
そして、また右脛――。
鞭先が動くたびに孫空女の衣服が切り裂かれている。
「くそう、ちょこまかと、面倒な鞭だよ」
次々に距離を保ったまま縦横無尽に空気を裂く鞭に、孫空女が翻弄されている。
「ほらほら、もっと踊りな――。わたしの鞭で素っ裸にしてやるよ」
金水蓮が愉しそうな声をあげた。
「うっとうしいねえ」
孫空女が飛んでくる鞭先を右手で掴んだ。
「そ、そんな、わたしの鞭を手で……」
金水蓮が狼狽えた声をあげたときには、動きのなくなった鞭沿いに金水蓮の懐に孫空女が詰めている。
「くらえっ」
「ぶほっ」
再び孫空女の指を立てた拳が金水蓮の身体に喰い込んだ。
今度は腹だ。
凄まじい衝撃だったのだろう。
金水蓮が体液のようなものを吐きながら、その場に跪いた。
「ほら、わたしの左指は強かったろう、金水蓮?」
孫空女が膝で立っている金水蓮の眉間に左親指を置いた。
あのまま力を入れれば、勝負は終わりだ。
金水蓮は、意識を失い、その場に倒れるだろう。
「ひゃああ――」
孫空女が金水蓮にとどめを刺そうとした瞬間、今度はその孫空女が金水蓮の前にしゃがみ込んだ。
金水蓮が呆気にとられている。
「ご、ご主人様、や、やめてえ――」
孫空女が両手で股間を押さえてうずくまった。
「な、なに、これ?」
金水蓮がびっくりしている。
もちろん、孫空女が突然嬌声をあげたのは、宝玄仙によるものだ。
孫空女が勝とうとした瞬間に、宝玄仙の道術が孫空女に加わり、孫空女の全身の性感帯に同時に強烈な刺激を加えたのだ。
「ひゃうううんん――」
孫空女が自分の身体を抱いたまま、激しく身体を震わせた。
達したのだ。
金水蓮は唖然として孫空女を眺めている。
「どうしたんだい、孫空女?」
金水蓮が眼の前で声をあげて倒れた孫空女の身体に手を振れた。
「さ、触ったら、だめえええ」
金水蓮が孫空女を抱き起こそうと触れた途端、孫空女は再び一気に快感を爆発させてしまった。
道術により急激に性感帯を呼び起こされた副作用だ。
一瞬だけ、孫空女の全身は性感帯の塊りのような状態になっていた。
そのときに金水蓮が孫空女の身体に触ったため、孫空女はその刺激でまた達してしまったのだ。
「お前の勝ちさ、金水蓮――。わたしと孫空女はお前に抱かれてやるよ」
宝玄仙は笑いながら言った。
事態の把握できない金水蓮は、納得のいかない表情で呆然として、孫空女と宝玄仙を交互に視線を向け続けていた。