疾風のように駆けながら、沙那は馬が脚を痛めたのがわかった。
宝玄仙の霊具の馬具は、馬の力を最大限に引き出すが、力の限界を超えたのだろう。宝玄仙の霊具はすごいが、こんな弊害もある。
そんなことを思った。
「頑張って、お願い」
沙那は馬にしがみつきながら言った。
孫空女……。
無事なのか……。
拷問をされているとすれば、生きている可能性がある。
しかし、県令の陽明徳は、馬商人の杜遷とともに、孫空女を殺せと命じたことを白状した。
天教の最高神官である宝玄仙の供に、息子の楊明崔が危害を加えてしまったことを隠すために、杜遷にすべての罪を着せて、誤魔化そうとしたのだ。
孫空女を殺すための使者は、県令が営牢に宝玄仙を訪ねてくるよりも、ずっと前に出立したという……。
急がなければ……。
馬ががくりと膝を折った。
沙那は地面に投げ出された。
「ごめん──。本当にごめん」
沙那は口から泡を吹いて横倒しになった馬に一言叫ぶと、そのまま駆けた。
事前に聞いた話によれば、この先の丘陵を超えたところに、孫空女が監禁されている陽明崔の屋敷があるはずだ。
とにかく、駆け抜けた。
斜面にかかる。
何度か膝をついたが、手で地面を掴んで進む。
息が苦しい。
だが、沙那は孫空女のことだけを考えた。
やっと得られた本当の旅の仲間……。
殺されてたまるか──。
丘を越えた。
眼下に広大な屋敷があった。
門もある。
そこには門兵のような一団もいるが、幸いにも門は閉じていない。
沙那はそこまで駆け降りた。
「通しなさい──。県令の使者よ」
沙那は書類をかざしながら、強引に門を抜けた。
書類は、出発直前に宝玄仙に持たされたものだ。県令を脅して作らせたようだ。
数名の者が驚きの声をあげるとともに追いかけてきたが、そのときには、沙那は屋敷の内庭に入っている。
沙那の方が速い。
「あっ、な、なに?」
そのとき、股間に違和感をが走った。
疼き……。
脳天を焼くような甘美感……。
限度を超えた快感……。
「うわっ」
襲われた股間の衝撃に、沙那はひっくり返ってしまった。
これは、孫空女の身体から伝わる共鳴だと思った。
沙那と孫空女には、宝玄仙がふたりの身体に刻んだ内丹印の紋章により、それぞれが抱いた快感がお互いに「快楽の共鳴」が引き起こすようになっている。
それは、距離が近づくにつれて、まったく一致するのだが、それが沙那に伝わったのだ。
あまりにも強いものだったので、沙那は足をとられてしまったが、どうやら、孫空女は犯されている最中のようだ。
沙那の股間にも、男の肉棒を突っ込まれている感覚とともに、孫空女の抱く気の遠くなるほどの快感が伝わってくる。
だが、これは尋常じゃない。
おそらく、強い媚薬を使われている……。
沙那はうずくまりながら思った。
しかし、逆に考えれば、これは、孫空女が確かにこの屋敷内にいて、しかも、まだ生きているという証拠だ。
「お前、待て──」
そのとき、後ろからがっしりと数名の者から肩を掴まれた。
追いかけきた門兵だ。
「よ、寄るな──。たたっ斬るわよ」
剣を抜いた。
集まっていた門兵たちが、驚いて離れる。
だが、ふと気づいて、門兵たちに顔を向けた。
それにしても、身体の火照りと疼きが異常だ。
頭が朦朧としそうなのを耐えて、沙那は懸命に口を開く。
「教えなさい。わたしよりも先に県令の使者が通った? それとも、まだなの?」
かなり馬を飛ばした。
まだ、孫空女が生きているということは、どこかで抜いたのだろうか……?
「うわっ、あはあっ」
そのときだった。
膣の奥の敏感な場所を無遠慮に擦られて、気の遠くなるような甘美感が全身を貫く。
突然に、股間を押さえて嬌声を迸らせた沙那に、男たちが奇異の視線を向ける。
沙那はとっさに手元の短剣を抜いて、太腿に突き刺した。
白い下袴が血で染まり始める。
痛みが走るが、おかげで少しは頭がまともになる。
「な、なんだ?」
「お、おい?」
門兵たちが驚いて声をあげた。
「い、いいから……。さ、さっきの質問に……こ、答えなさい……」
だが、沙那は必死で怒鳴る。
「たったいま……」
すると、門兵のひとりが、沙那の気迫に押されるように洩らした。
たった、いま……?
沙那は気力を振り絞って、足を引きずりながら建物の中に飛び込んだ。
*
息ができない……。
孫空女は懸命に顔をもがかせて、息を吸おうとした。
しかし、顔に被せられている絹に水をかけられたために、どんなに口を鼻で息を吸おうとしても、入ってくるのは水だけだ。
顔にぴったりと張り付いた布は、孫空女が息を吸おうとするのを阻み続ける。
「おう、おう、すげえ、すげえぞ。股間が猛烈に締りやがる……。お、おうっ、で、出る──」
一方で股間を犯している男が感極まったように叫ぶのが辛うじて聞こえた。
そして、膣に精を注がれたのがわかった。
陽明崔の屋敷で行われている孫空女に対する拷問だ。
最初は媚薬を使われて、意識が朦朧となっているところを繰り返し犯され続けていた孫空女だったが、どんなに身体を犯されても、なかなか正気を失って、罪を供述しない孫空女に対して、連中がやり始めたのが、輪姦と拷問を兼ねたこの仕打ちだ。
天井から身体を吊られた状態で、ここにいる二十人ほどの男にひと回り犯された孫空女は、いまは床に降ろされ、仰向けになった状態で下半身を折り曲げられて、足首を手首側にくっつけるという恰好にされている。
いわゆる、「まんぐり返し」だ。
媚薬のために全身が弛緩している孫空女には、なんの抵抗もできなかった。
そして、再び輪姦され始めたのだが、その途中で杜遷が思いつきでやったのが、濡れた絹布を顔に被せるという悪戯だ。
そんなことをされれば、孫空女は息をすることができない。
その状態で、男が孫空女を犯すのだ。
孫空女は何度も死にかけた。
「ほらっ、孫空女、次の男が準備できるまで息を吸っておけ。ちんこが入ったら、また、水の底に行ってもらうからな。死にたくなければ、その得意の締めつけで、股に入れられたちんこから精を搾り取るんだ」
杜遷が「がはは」と笑った。
「水の底」というのは、この悪趣味な拷問に対して、杜遷が名づけた名称だ。
水に濡れた布のおかげで息ができないので、そう呼ぶらしい。
その杜遷が、孫空女の顔にある布を剥がした。
「ぷはあっ、はあ、はあ、はあ……」
なにも考えられない。
孫空女はとにかく、口と鼻で盛大に息を吸った。
「……それとも、罪を認めるか、孫空女? そうすれば、こんな苦しいことはやめてやるぜ。もっと大切に扱ってやる」
杜遷が笑った。
「ふ、ふりゃける……ふじゃ……け、るな……」
悪態をついたつもりだったが、自分でも驚くほどに呂律が回らない。
そのとき、孫空女の股間に、次の男が肉棒を突っ込んだ。
「んふううっ」
たちまちに凄まじい淫情が孫空女を襲った。
媚薬を飲まされてかなり時間が経ったので、最初のときのように、頭が破裂するような淫情の暴流は消えたものの、局部を刺激されれば、あっという間に理性が飛んでいくような快感が迸る。
孫空女は、男が自分の身体の中に沈み込むのと同時に、大きな嬌声をあげて、狂ったように身を捩った。
「ほら、水の底だ」
杜遷がまたもや、濡れた絹の布を孫空女の顔に被せた。
「んふうっ、んっ、んんっ」
孫空女は突然に遮断された息を求めて、無意識にもがいた。
だが、どんなに頑張っても、杜遷が布を取り去ってくれなければ、息はできないことはわかっている。
しかし、もがかずにはいられないのだ。
「おお、ほ、本当だ……。こ、こりゃあいい……。が、我慢できねえ……。ほ、本当に絞られる……」
犯している男が驚いたような声をあげている。
だが、孫空女はそれどころではない。
激しすぎる淫情……。
遮断さられる呼吸……。
孫空女は息を求めて、ひたすら口を開いた。
だが、そんなものはどこにもない。
入ってくるのは、水滴だけだ……。
だんだんと頭が麻痺したようになって、なにも考えられなくなる……。
なにもかもわからくなくなり、孫空女はなんでもいいから認めてしまいたくなった。
罪を認めるだけだ……。
それをすれば、この苦しみから逃れられる……。
許されるのだ……。
もういい……。認める……。
孫空女は意識がすっと遠のくのを感じた……。
「おっと、危ねえ……。気絶しようとしたって、そう簡単には許さねえぞ。お前が楽になるのは、罪を認めたときだけだ」
杜遷が布をさっと外した。
孫空女を犯していた男が、一度怒張を抜く。
「はあ、はあ、はあ……」
孫空女は身体に息を盛大に吸い込む。
もういい……。
とりあえず、罪を認めよう……。
こんなの耐えられるわけがない……。
「……もう一度、言え、孫空女──。罪を認めるな」
突然に杜遷の大声が耳元で鳴った。
孫空女ははっとした。
自分はなにかを喋った……?
わからない……。
だが、そう言われてみれば、いまこの瞬間についても、孫空女の舌はなにかを呟き続けている。
それは、確かに、馬を盗んだことを認める供述のような……。
そのとき、不意に孫空女の周りから、さっと男たちが離れたと思った。
とっさには状況がわからなかったが、この部屋に数名の別の集団が入ってきたようだ。
それで、ここにいる全員がその者たちに注目をしている。
孫空女は首を懸命に回す。
入ってきたのは、黒い服装をしている男たちだ。
なにかを陽明崔に言っている。
孫空女には、その内容はわからないが、明らかに周囲がざわめきだした。
なんだろう……?
「……そうか……。父上が……? わ、わかった……」
陽明崔の焦ったような声がしたと思った。
「ぎゃあああ──」
次の瞬間、部屋に絶叫が迸った。
どんという物音がした。
床に四肢を拘束されている孫空女の横に、血だらけの杜遷の身体が降ってきたのだ。
孫空女は目を丸くした。
「……すまんな、孫空女……。事態が変化した。悪いが死んでくれ」
陽明崔が溜息とともに言った。
すると、孫空女の虚ろな視界に、血の滴った剣先が入ってきた。
その刃の先は、明らかに孫空女の胸を向かっていた……。
*
「んはああっ」
沙那は屋敷の奥に向かう廊下で倒れてしまった。
この突き当りの拷問室で、孫空女が捕らえられている。
それはわかっている。
屋敷に入ったとき、先に出発した県令の使者たちが、そっちに向かうのが見えたのだ。
慌てて呼び止めようとしたが、股間に迸った淫情に、沙那は、またしても言葉を吐くことができなくなった。
屋敷の奥で拷問されている孫空女が、犯されだしたのだろう。
快楽の共鳴で、孫空女の受ける淫情が沙那にも流れてしまい、沙那はその場でうずくまざるを得なかった。
「こ、こん畜生っ」
沙那は快楽の疼きで痺れてしまった身体を叱咤し、さっき太腿に刺した短剣で、今度は横腹を思い切り抉る。
「ぐわっ」
激痛が身体を駆け抜ける。
だが、これで少しは動ける。
沙那は立ちあがった。
よろめくように進んでいく……。
しかし、近づくにつれ、股間を突き抜ける快感がどんどんと激しくなり、どうしても身体が動かなくなる。
とにかく、前に……。
沙那は、刃物を脇腹に刺したまま、快感で腰が砕けかけると、それを乱暴に動かした。
痛みで快感を誤魔化すためだ。
孫空女……。
無事でいて……。
わたしが……。
わたしがあんたを助ける……。
死なせるもんか……。
扉を開いた。
いた……。
股間を天井に向けた哀れな恰好で、床に拘束されている。
孫空女は素っ裸であり、股間は大勢の男に輪姦された痕があった。
だが、そして、孫空女の横には血だらけの男が倒れている。
しかも、その男を殺したらしい男が孫空女に剣を向けていた。
「うわあああっ」
沙那は叫んでいた。
気がつくと、孫空女を殺しかけていた男を突き飛ばして、孫空女を守るように覆い被さっていた。
「しゃ、しゃな……?」
朦朧としている様子の孫空女が舌足らずの口調で言った。
おそらく、強い媚薬でも飲まされて、舌も麻痺しているに違いない。
「ま、待って……」
沙那は孫空女の手首と足首に繋がっていた縄を切断して、床から孫空女を解放した。
孫空女を抱き寄せる。
「な、なんだ、お前──?」
この部屋でひと際いい身なりをしている男が血相を変えた口調で言った。
こいつが陽明崔だろう。
さっき突き飛ばした男を含めて、部屋には二十人以上の人間がいたが、全員が突然にやってきた沙那に、呆気に取られている。
「よ、陽明崔……あ、あんたに、捕縛命令が出ているわ……。こ、これが……け、県令の命令書よ……。あ、あんたの父親が……、あんたの捕縛を……命じたのよ……」
沙那は懐に持っていた書類を床に投げた。
そのあいだも、沙那の剣は周囲を威嚇するように動いている。
ただ、股間の疼きが激しい……。
孫空女が影響を受けている媚薬だろう……。
股が爛れるように熱い……。
あまりにもそれが強すぎる。
沙那もあっという間に、共鳴効果により腰があがらなくなってしまった。
「ば、馬鹿な……。見せろ」
沙那が突き飛ばした男が、沙那が投げた書類を拾って怪訝な表情になり、その様子に、陽明崔が驚いたように立ちあがった。
ひったくるように陽明崔が書類を見る。
だが、あれは本物だ。
沙那が営牢を飛び出す直前に、宝玄仙が県令に無理矢理に書かせた息子である陽明崔を捕縛せよという命令書だ。
「馬鹿げている。父上が俺を捕縛させるなど……。もういい。この女ごと、孫空女を殺せ。この一件はこれで終わりだ」
陽明崔が憤慨したように書類を投げ捨てた。
「そ、それは……ほ、本物よ……。あ、あんたは終わりよ……、陽明崔……」
沙那は必死で言った。
だが、この状況で、ここにいる全員に斬りつけられたら、孫空女を守ることなど不可能だ。
沙那は息をのむ。
「しゃ……、さ……沙那だね……」
孫空女が気力を振り絞るように言った。
そして、沙那の胸から身体を起こした。
床に腰をおろしたまま、沙那とは反対側を向いて素手で身構える。
「早く、殺せ」
陽明崔が苛立ったように叫んだ。
しかし、最初に書類を掴んだ男が首を横に振る。
「だが、この命令書は本物です。確かめた方がいいでしょう。殺すのはいつでもできます」
男が冷静な口調で言った。
「確かめる必要などない──。殺せと言ったら、殺せ──」
陽明崔が興奮したように叫んだ。
そのとき、再び喧噪が起きた。
集団が部屋の中に雪崩れ込んできた。
「そこまでです、陽明崔殿──。あなたに捕縛命令が出ています。大人しくしてください」
城郭軍の一隊だ。
沙那の後から騎馬で追いかけてきたのだろう。
その一隊が、沙那と孫空女を守るように取り囲むとともに、陽明崔を取り押さえる。
沙那はほっとした。
「お前たち、無事かい──?」
すると、一団の中から蒼い顔をした宝玄仙が出現した。
かなり、慌てている。
宝玄仙がこんなに焦った顔をしているのは初めて見たかもしれない……。
沙那は、股間の疼きに耐えながら思った。
「わっ、沙那──。お前、その傷は?」
宝玄仙が沙那にしがみついた。
沙那は、自分で刺した短剣のために、服を真っ赤に染めている。
「じ、自分で……さ、刺しました……。しょ、正気を……た、保つために……」
宝玄仙が目を丸くする。
「……そ、そうか……。わたしの道術に対抗するため……。お前、頑張りすぎだよ……。ちょっと、休みな……」
宝玄仙が溜息をついた。
なにか温かいもので身体を包まれるのを感じた。
沙那は急速な睡魔に襲われて、あっという間に意識を失った。
*
「
孫空女が声をあげた。
伊府の城郭を出立して、西に向かう山街道でのことだった。
ここからしばらくは、山越えが終わるまでは大きな城郭もなく、小さな部落のような集落が転々とあるだけだ。
宿町のような場所もないはずなので、野宿をするか、その部落の有力者の屋敷などに頼んで宿を求めるしかないはずだ。
山越えが終われば、いよいよ国境も近くなる。
「戒名というのさ。出家したときにもらえる名前だね。天教に入団すれば全員が神官としての戒名をもらうことになる。そして、天教の中で階級があがれば、それに応じて戒名も変わる。だけど、お前の
宝玄仙が歩きながら笑った。
せっかく買った馬だったが、沙那が潰してしまったので、旅には連れていけない。だから、宝玄仙も今まで通り、沙那たちとともに歩く旅だ。
あの白馬については、いま頃は、傷ついた脚を養生するために、どこかの牧でゆっくりとしているはずだ。
あの馬が限界を超えて駆け抜けてくれたおかげで、危機一髪で孫空女を救うことができた。
早く、よくなってくれたらと思う……。
いずれにしても、ぎりぎりのところだった。
あとほんの少し遅ければ、孫空女は間に合わなかっただろう。
沙那があの部屋に飛び込んだとき、県令の送った使者は、杜遷に引き続き、まさに孫空女を刺殺する寸前だったのだ。
そして、媚薬責めに遭っていた孫空女のために、その快楽の共鳴に襲われた沙那は、孫空女とともに、あの場で動けなくなってしまった。
沙那は、全身を襲う快楽の暴流に耐えるために、自分の身体に刃物を突き刺すことで、痛みを引き起こして、理性を保ち続けた。
宝玄仙を連れてやってきた城郭軍の騎馬隊がやって来て、事なきを得たが、とにかく大変だった。
もっとも、それからのことは、沙那の記憶にはない。
目が覚めたときには、暴れた陽明崔の屋敷の一室で寝かされていて、すっかりと自分で作った傷も治療が終わっていた。
宝玄仙の道術のようだが、あとで身体を見ても、傷痕ひとつない。
『治療術』という道術らしいが、さすがに道術だけは、宝玄仙はすごい。
父親に捕縛された陽明崔がどうなったかは、いまとなっては知る
沙那が回復をした今日の翌朝、宝玄仙に急かされるように、沙那たち三人は、一泊した陽明崔の別宅だった屋敷をを逃げるように出てきたのだ。
取りあげられていた孫空女の如意棒も、沙那たちの荷もすべて、昨日のうちに戻っていた。
それを持って、宝玄仙の道術で、まずは屋敷から移動術で屋敷の外に一度跳躍し、それから、そのまま街道を進んできた。
まあ、県令の陽明徳としても、宝玄仙がいなくなってくれれば、息子を無理に処罰する理由もなくなり、ほっとしているに違いない。
逃亡するように出ていった宝玄仙を追いかけてくる理由もないから、旅はすぐに、平穏ないつもの道中に戻った。
沙那たちが選んでいる山街道は、主街道とは離れた滅多に旅人が通らないような辺鄙なところを通っているので、相変わらず、行き交う旅人もいない。
それにしても、宝玄仙はつくづく不思議な女だと思う。
県令があれほどに宝玄仙の権威にびびったことで、やはり、天教の最高神官なのだと改めて思ったが、その当人は、県令などの地方政府や、城郭内の天教施設に関わることを恐れるほどに嫌っている。
今日出てきたのも、城郭内の神殿の神官たちが、宝玄仙に挨拶に来るというのを、沙那の負傷を理由に先延ばしにしていて、訪問を受け入れるという約束が今日だったのだ。
宝玄仙は、それをすっぽかすために、わざわざ、あの屋敷から逃げ出すように、出てきたというわけだ。
宝玄仙が天教に関わるのを嫌がるのは、なにかあるのだろうか……?
「でも、ご主人様、あたしは天教に入山した覚えはないよ」
孫空女が不思議そうに言った。
宝玄仙がいつの間にか、孫空女を天教の神官として出家したことにしていて、「孫玉蔡」という戒名を名付けていたことに対して、孫空女は合点がいかないようだ。
「この八仙の宝玄仙に仕えるということは、出家するということさ。ついでだから、幹部扱いにしておいた。文句があるのかい」
宝玄仙がからかうような笑みを孫空女に向けながら言った。
天教の階級は、五段階に分かれる。
最下層は、「
次が「
その上は、「
孫空女の「孫玉蔡」は、高士の上の「蔡士」だ。
蔡士の上は、「
なお、多くの仙士の中で、特に優れた八人が「八仙」であり、天教界の最高権力者ということになる。
「もしかしたら、わたしも出家したことになっているのですか?」
沙那はなんとなく訊ねた。
「沙那は、
宝玄仙が大笑いした。
沙那と孫空女は、「はあ」と生返事した。
ありがたいと思えと言われても、なにがありがたいのかよくわからない。
とにかく、なにもかも元通りだ。
騒動が起こっただけで、馬は手に入らなかったし、やはり寂しくて、険しい山道を進んで、ひたすらに西の国境を向かう旅である。
いや……。
そういえば、元通りではないものがひとつだけある。
沙那と孫空女の快楽の共鳴のことだ。
孫空女を救出するために、沙那が自分で身体を傷つけることをしなければならなかったことについて、やっと宝玄仙が反省してくれ、沙那と孫空女の内丹印の刻みを調整して、ふたりの快楽の共鳴を消してくれたのだ。
これで、沙那と孫空女が受けた快感をお互いに同じように伝わり合うということはなくなった。
もっとも、ほっとはしたが、ちょっと寂しいような気持ちもある。
あれには、大変苦労させられたが、孫空女とひとつになれるということは、悪いものじゃなかったと思う。
快楽の共鳴のおかげで、沙那と孫空女は、本当に短い時間で、心から結びつき合ったと思う。
あのとき……。
もしかしたら、孫空女が殺されるかもしれないと考えたとき、沙那はまるで自分の半身が失われるかのように恐怖した。
親兄弟のいない沙那には、誰かを失いそうになることで、あれほどに追い詰められたのは初めてだった。
そのとき、沙那はふと、あることが頭に浮かんだ。
沙那と孫空女のふたりの戒名のことだ。
「
それぞれの頭の一字目は、沙那と孫空女の名前からとったのだろう。
だが、「宝」と「玉」という二字目は……。
「もしかしたら、“
沙那はなんとなく訊ねた。
二つの戒名に含まれる文字が、宝玄仙の本名から取ったかもしれないと思った。
弟子に自分の名の文字を分けるのは、よくある話のはずだ。
すると、宝玄仙が驚いた顔をした。
「へえ、さすがは沙那だねえ。勘がいいよ。そうだね。わたしが親からもらった名は“宝玉”だ。お前たちの戒名に、一字ずつ与えたのさ」
「へえ、ご主人様には親がいるんだね。羨ましいよ。元気なの?」
孫空女が明るく言った。
孫空女もそうだが、沙那にも親はもうない。
沙那の親は沙那が物心つく前に死んでいるし、孫空女も同じだ。
親の話なんて、なんだか新鮮な感じがした。
「親はいないよ……」
すると、宝玄仙が急に不機嫌になって、吐き捨てるように言った。
沙那は、触れてはいけない話題に触れたということを悟って、それ以上、これについて触れることをやめた。
孫空女も困惑した表情になっている。
しばらく、沈黙が流れた。
「ところで、そろそろ、いいだろうね……」
だが、しばらく、進んだところで、不意に宝玄仙が思い出したように明るい感じになった。
沙那はどきりとした。
まだ、長くはないが、宝玄仙とは、十分に深く付き合っている。
毎日毎晩、この気紛れ女主人のご機嫌をとりながら生活をしているのだ。
この変態巫女が、よからぬ悪戯を思いついたときの口調は、すぐにわかる。
いまがそうだ。
すぐに、前で孫空女の小さな悲鳴がした。
沙那が視線を向けると、孫空女の両手首にある『
宝玄仙の仕業に間違いない。
「な、なにさ、ご主人様?」
孫空女が当惑している。
「なにさじゃないよ、お前。そういえば、罰がまだだろう。そもそも、今回の騒動は、お前が原因なんだからね。しっかりと罰を受けな」
宝玄仙が孫空女に寄っていく。
沙那は攻撃の対象となった孫空女を気の毒と思うとともに、ほっとした。
宝玄仙の悪戯の対象が沙那ではないのは、孫空女には悪いが、とりあえずよかった。
なにをされるのかは知らないが……。
「ひいっ、ひっ、か、痒いよ。な、なにをしたのさ、ご主人様──。痒い──」
次の瞬間、孫空女が悲鳴をあげて、その場にしゃがみ込んだ。
沙那は、宝玄仙が、道術で孫空女の股間に強烈な痒みの感覚を送り込んだのだとわかった。
座り込んだ孫空女が狂ったように、内腿を擦り合わせ始める。
あの反応は間違いない。
沙那は、大きく溜息をついた。
「孫空女、この前、沙那がやったやつを見せておくれよ。樹に股を擦りつけて自慰をするやつさ。幸いにも、樹木はたくさんある。好きなのを選びな」
宝玄仙が笑いながら言った。
沙那は呆れてしまった。
「や、やだよ。あんな、みっともないの……」
すると、孫空女が追い詰められた口調で呟いた。
しかし、沙那は、その言い草にかっとなった。
「な、なに、言ってんのよ、孫空女──。あれのおかげで、あんたも助かったんでしょう」
叫んだ。
あのとき、共鳴で快感を結びつけられていた沙那と孫空女は、沙那が樹木で股間を自ら擦るという恥ずかしいことをしたおかげで、痒み地獄から解放することができたのだ。
「あっ、ご、ごめん、つい……」
孫空女がはっとしたように沙那を見た。
「なにが、ついよ……。ご主人様、うんと懲らしめてやってください」
沙那は言ってやった。
孫空女が「そんなあ」と、泣くような声をあげる。
「だったら、倍の痒みを尻穴に追加してやるよ……。孫空女、尻を樹木に擦りつけな」
宝玄仙が嬉しそうに言った。
その直後、孫空女が絶叫した。
身体を反り返るようにして、腰を前に突き出し、さらに、その次の瞬間、今度は逆にお尻を後ろに出して、激しく左右に振り始める。
「こ、こんなのないよ。ご、ご主人様、沙那」
孫空女が道の端に駆け寄り、一本の樹木にとりついた。
そして、耐えきれないように、お尻に樹木を擦りつけて上下に動かしだす。
「だ、駄目だ……。あ、当たらない……。か、痒い場所に当たらないよう。沙那、沙那、助けて」
だが、すぐに孫空女が必死の声を出し始めた。
確かに、股間でも服越しに痒い部分を樹の幹に当てるのは難しかったが、尻たぶに包まれている肛門を、腰だけで樹木で癒すのは困難のような気がした。
それに、宝玄仙のことだ……。
魔道で作った痒みは表面でだけじゃないだろう。
膣やお尻の穴の奥にまで、痒みを発生させているに違いない。
誰かが、ほじってあげなければ、絶対に孫空女の痒みは消えない気がする。
「ほら、そろそろ助けてやりな、沙那。このままじゃあ、孫空女の気が狂うよ」
宝玄仙が沙那に声をかけた。
沙那は嘆息した。
どうせ、ここで、沙那と孫空女に青姦をさせて、その光景を愉しもうと思ってたに違いない。
仕方がない……。
できるだけ道からは隠れた場所で……。
沙那は、孫空女のいる樹木のさらに外側に進めば、少し隠れられそうな岩陰があることを確認して、孫空女に近づいた。
「……孫空女、待ってて……」
沙那は荷を置いて、孫空女を岩陰の奥に導こうとした。
「沙那──」
そのときだった。
突然に孫空女が沙那に体当たりするように、のしかかってきたのだ。
「きゃあああ」
沙那は孫空女に押し倒されてしまった。
「あ、ああっ、き、気が狂う。か、痒い。さ、沙那、な、なんとかして、ああっ、痒いよう」
仰向けに倒れた沙那に、孫空女が馬乗りになる。
そして、沙那の脚のあいだに、片脚を差し込み、痒い部分を沙那の股間に押しつけるように激しく動かしだした。
「ひっ、ちょ、ちょっと待って」
敏感な部分を布越しとはいえ、激しく刺激された沙那は、思わず甘い声をあげてしまった。
「こりゃあいい。まるで、さかりのついた獣だねえ……。孫空女、沙那に口づけしな。そうすれば、痒い部分が掻けるように、お前らが下袴を脱ぐのを手伝ってやるよ」
宝玄仙のからかうような声がした。
すると、まるで操られたように、孫空女が沙那の口を貪りだす。
「んんっ……ああっ、あっ、ああ……」
「んふっ…あ、ああっ……」
孫空女の唇で口を塞がれて、舌を差し込まれる。
沙那の口の中を孫空女の舌がしゃぶりまわした。
途端に、頭の中が痺れたようになる。
そのあいだも、孫空女の股間は沙那の股間を激しく擦りあげている。
だが、ここは天下の街道だ。
さすがに、一瞬、沙那にも躊躇いのようなものがよぎったが、すぐに、もう、なにがどうなってもいいというような気分になる……。
「ああ、沙那、す、好きだよ。助けに来てくれてありがとう。あんとき、沙那のことが神様に思えた」
しばらくして、口を離した孫空女が感極まったように言った。
「わたしも助けに来たんだけどねえ……」
すると、背後から宝玄仙の苦笑する声がした。
その宝玄仙が近づいて、孫空女の腰に手を伸ばす。そして、下袴を引き剥がす。一緒に股布まで取り去って、孫空女の下半身を剥き出しにした。
孫空女は抵抗しなかった。
むしろ、もどかしいように、宝玄仙が自分の下半身を全裸にするのを待っていた。
沙那はその孫空女の股間に手を伸ばした。
びしょ濡れになっている股間に指を二本差して激しく抽送してあげる。
「んぐううっ、さ、沙那──」
孫空女が身体を弓なりにして絶叫した。
「こ、声が大きい、孫空女」
沙那は驚いて声をあげた。
「……確かにね……。じゃあ、お前たち、もっと奥に行くよ。結界を刻んでやるから、三人で愉しむかい」
宝玄仙があっけらかんと言って、孫空女を沙那から引き剥がして立ちあがらせる。
沙那は、横に置いてた荷を持つとともに、孫空女から宝玄仙が脱がせた下袴を丸めて掴むと、慌ててその後を追いかけた。
(第5話『狙われた女従者』終わり)
*
【西遊記:15回、玉龍】
玄奘と孫悟空は、
怒った孫悟空は、谷川に飛び込んで、水の中で玉龍と戦います。
慣れない水中の戦いで苦戦した孫悟空ですが、観音菩薩の来援により、実はその玉龍が玄奘の供になることになっていた龍であることがお互いにわかり、玉龍は食べてしまった馬の代わりに、白馬になって旅を手伝うことを誓います。