「どこの馬の骨とも思えぬ者から武術の師範を受けるなど納得できません、副長殿」
軍営の中にある練兵場だ。
ずらりと並んだ将兵を代表するかたちで、ひとりの若い将校が言った。
「なんだと?」
沙那でさえたじろぐほどの迫力だが、その若い女将校は、ほんの少し顔を蒼ざめて表情を歪めただけだった。
「そ、それよりも、その女たちを軍営に連れて来たのはどういうわけなのですか? 説明してください、副長殿」
なおもその若い将校は言った。
金水蓮に対しても引き下がるものかという断固とした決意が垣間見える。
「副長の“ねこ”だという噂もありますが──」
金水蓮に面している若い将校ではない。
その後ろに並ぶ三百人ほどの兵の中から漏れた揶揄だ。
それと同時に兵から一斉に失笑が湧いた。
どうやら、若い将校の不満は、後ろの大勢の兵の一致した声でもあるようだ。
金水蓮の着任以来、彼女が城郭の政府軍に火の出るような調練を課しているのは、沙那も聞いていた。
だから、その溜まりに溜まった鬱憤が沙那と孫空女が武術師範として兵の調練に加わることへの抗議として表れたに違いない。
沙那はそう思った。
金水蓮が怒鳴ろうとしたのを沙那は手で制した。
「あなた、名は?」
沙那は言った。
「
若い女将校は言った。
年齢は沙那と同じくらいかもしれない。
それなりに武術の腕があるのは、沙那が見ればわかる。だから、自信もあるのだろう。
ここの軍人でもない沙那や孫空女の修練を受けなければならないということに不満を覚えるのもわかる気がする。
宝玄仙と金水蓮の取り決めで、宝玄仙だけではなく、沙那たち一行も、これまでの金水蓮の屋敷ではなく、政府軍の軍営の中に寝泊りすることになった。
さすがに、副長の居室に寝泊りするわけにはいかないので、沙那たちは金水蓮の副官である
そこに四人で寝泊まりしている。
宝玄仙の性愛仲間となった金水蓮は、すっかりと宝玄仙の嗜虐に馴らされてしまい、宝玄仙の与える被虐の快楽の虜になっている。
だから、宝玄仙が軍営に泊るようになると、宝玄仙の命じるまま、夜な夜なやってきては、淫情に耽るということを続けさせられている。
一応は、宝玄仙も軍営の中で金水蓮を調教するときには、兵に知られないようにするくらいの配慮はしているようだが、それでも兵たちはなにかを感づいているのかもしれない。
その噂と日頃の厳しい調練の鬱憤が重なり、いまの金水蓮に対する反抗になったのだろう。
その宝玄仙は、金水蓮を軍営の中で愉しむということのほかに、朱姫とともに道術遣い狩りをしている。
いまのところ、道術遣いを発見することはできないようだ。
もっとも、それは、この軍の中に道術遣いがいないということを示すものではない。
能力の大きな道術遣いは、自分の持つ霊気を自らの道術で隠すこともできる。
宝玄仙は、兵の中に隠れている道術遣いは、そうやって自分の霊気を隠していると考えているようだ。
実際、宝玄仙や朱姫自身もそうやって自分たちの霊気を隠している。
だから、霊気を隠した手の者がいたとしても、宝玄仙が道術遣いであることを感づいていないはずだ。
もしかしたら、密告者も、ここにいる兵と同じように、宝玄仙については単なる性愛の相手を金水蓮が軍営に引き込んだだけと思っているかもしれない。
そういうこともあるので、沙那も軍営の中で宝玄仙が金水蓮と愛し合うのは反対していない。
手の者を洗い出すのに、うまい隠れ蓑となってくれるだろう。
道術遣い狩りをしている宝玄仙と朱姫に対し、沙那と孫空女は、兵に対して武術を教えることなった。
沙那と孫空女も、武術に関しては、この軍に混じっても別格に強いはずだし、故郷の愛陽で軍人だった沙那は、将兵に武術を教えることについても自信がある。
それに、そうやって、兵に接することで、宝玄仙とは違うやり方で、黒賊の手の者を洗い出すこともできると思った。
「ねえ、関子女殿、あなたは、わたしと孫空女を武術の師範としては認めたくないのね」
沙那は言った。
「そうだ」
関子女の視線は沙那ではなく、金水蓮にはっきりと向いている。
金水蓮が怒りの形相で口を開いたのを、沙那はまた制した。
「腕には自信がある?」
「もちろん」
関子女は言った。
「だったら、試してみる?」
「試す?」
「わたしとあなたで対決してみましょう。でも、わたしが勝ったら、大人しくわたしの稽古に従いなさい──。それで、よろしいですね、金水蓮さん?」
沙那は言った。
「あ、ああ」
金水蓮は頷く。
「よし、調練用の木剣を二本持って来い──」
関子女が後方の兵に指示した。
兵が騒ぎ、沙那と関子女の対決を囲む形になる。
金水蓮も孫空女も、その輪に混じり傍観する態勢になる。
「木剣は必要ないわ」
沙那は腰の細剣を抜いた。
「えっ?」
関子女が訝しむ表情になった。
「真剣でやりましょう、関子女殿。それとも、その勇気がない?」
沙那は言った。
関子女の顔がみるみる真っ赤になる。
「ゆ、勇気がないだと? いいだろう、真剣でやってやろう。真剣を遣うと言えば、あたしが臆してやめるとでも思ったか」
関子女も剣を抜く。
周囲がどっと沸く。
「副長殿──。真剣を遣う以上、なにがあってもそれは調練のうえ……。あたしが、この沙那という女性を斬り殺しても、それは不問のこと。それを約束してくれませんか」
関子女が言った。
「約束するよ──」
金水蓮の代わりに明るく応じたのは孫空女だ。
孫空女は、沙那がこの関子女に不覚をとるとは露ほど思っていないようだ。
それは、沙那も同じだ──。
「よろしいですね、副長殿?」
孫空女のからかうような口調に気分を害したのか、さらに関子女は顔を真っ赤にして言った。
「わかった。なにが起きようとも、不問だ」
金水蓮が言った。
「よし、じゃあ、覚悟しな、沙那。真剣を交えた戦いではなにが起きるかわからないのだ。斬り殺されても恨むんじゃないよ」
関子女が剣を構える。
「わたしなら、なにが起きるかわからない戦いはしないわ」
沙那も構えて、剣先に殺気を込めた。
関子女の顔から余裕も闘気も消え失せる。
剣を向かい合わせることで、格の違いを感じたに違いない。
関子女の顔から血の気が失せていくのがわかった。
沙那は、一歩前に出た。
関子女の構えには隙はない。
なるほど、大言を吐くだけあって、なかなかの腕だ。
だが、それだけだ……。
沙那は思念を消す。自分を構える細剣とひとつにする。
対峙したまま膠着させる。気と気をぶつける。
関子女が息を吐いた。沙那はすっと殺気を込める。関子女の身体に緊張が走るのがわかる。
そのまま気をぶつけ合ったまま向かい合う。
関子女の顔から汗が滴る。
沙那は、関子女が息を吸おうとする瞬間を狙って殺気を込める。
呼吸をしようとすると沙那が殺気をぶつけるので、関子女はうまく呼吸ができないでいる。関子女の顔が真っ赤になる。
関子女の身体が震えた。
沙那がずいと前に出た。
関子女の眼が白くなり、関子女はその場に崩れ落ちた。
周りが騒然となった。
「なにが起こったの?」
声をあげたのは、金水蓮の副官の楊恋だとわかった。
金水蓮が唯一信頼している将校であり、金水蓮の補佐をするのが役割だ。
丸い顔と丸い目が特徴で、およそ軍人らしくない可愛らしい顔をしている。
いまの勝負の理由が周囲にはわからなかったようだ。
楊恋の言葉は、この場にいる全員の思いでもあるようだ。
「気と気で戦ったのですよ。関子女殿が息を吸おうとするたびに、わたしは殺気を込めて、それを邪魔しました。それに耐えられなかった関子女殿は、気を失ってしまわれたのです」
沙那は説明した。
剣を収めて、倒れた関子女の背後に回る。
ふと見ると、関子女は気を失うときに失禁もしたようだ。股間がしっとりと濡れていた。
沙那は、関子女の上半身を起こして、彼女に活を入れた。
関子女は、息を吹き返したが、あまりにも圧倒的な自分の敗北に呆然としているようだった。
「さあ、次は、あたしだよ。何十人でもいいよ。我と思わん者は、一斉にかかっておいで──。真剣でも、木剣でもなんでもいい。あたしは手加減してあげるから、安心しな──」
孫空女の手から『如意棒』が伸びる。
いつもの長さではなく、兵たちが持つ剣と同じくらいの長さにしたようだ。
孫空女は、それを片手でくるくると回した。
兵たちが騒然となった。
「我と思う者は何人でもいいから出るんだ。孫空女の身体にかすりでもすることができた者は、この金水蓮が褒美をやるよ」
金水蓮が叫んだ。
おお、という声があちこちから起きて、わらわらと将校や兵たちが前に進み出てきた。
孫空女と対決するために出て来たのは総勢で二十人ほどだった。
「楊恋、これが報奨金だ。お前に預ける──。一番最初に孫空女に触れることができた者にこれをやる。ただし、誰にも触ることができなければ、これは孫空女に渡す」
金水蓮の後半の言葉は、これから孫空女に立ち向かう将兵たちに向けられたものだ。金水蓮が、懐から五枚ほどの女人国の金貨を出して、楊恋に渡した。
「確かにお預かりいたします。審判は、この楊恋です。最初に孫空女殿に触れた者にこれを渡しますよ──」
楊恋が陽気な声で叫んだ。
実際に報奨金が出現したことにより、兵たちから歓声があがった。
なんだか、最初の険悪な雰囲気が、孫空女と楊恋の陽気な声によりかき消され、金水蓮が懸賞を出したことで一掃された。
さらに五人ほどが声をあげて、孫空女が対決するのは二十五人となった。
その二十五人が孫空女と向かい合って並ぶ。
全員が真剣だ。さすがに見物の兵たちからはどよめきが起きた。
「はじめ」
楊恋の声がかかる。
孫空女が『如意棒』を低く構えた。
二十五人の将兵の剣は、それぞれに構えられている。
三人ほど同時に突っかかってきた。
孫空女は、『如意棒』で剣を払い、次の瞬間、その三人の脇腹を順に軽く突いた。
軽くといっても孫空女の基準での話だ。
三人がその場にうずくまる。
兵が騒然とした。
いま、なにが起きたかを理解した者は少なかったかもしれない。
それくらい孫空女の『如意棒』は速く動いたのだ。
常人の眼だと、突っかかった三人が突然にうずくまったとしか思えないかもしれない。
孫空女の後ろからひとりが、無言で切りつけた。
振り返ることなく、孫空女が『如意棒』を後ろに引いた。
その兵が手首を掴んでうずくまる。
孫空女はさらに『如意棒』を前に出して、前方の数名の腕を打つ。
それで、彼女たちはうずくまる。
今度は、五、六名が同時にかかってきた。
孫空女が跳躍した。
かかってきた兵たちの頭の上を孫空女は跳んでいく。
跳びながらも、『如意棒』を払っている。
孫空女が集団の外側に着地した。そのあいだに、孫空女は空中で三人ほどを倒していた。
そして、孫空女の着地とほぼ同時に、その周囲の五人ほどがまた腹を打たれてうずくまる。
それまであっという間だ。
すでに孫空女に向かう者は半分になっている。
残りは十人だ。
その十人は連携して動く気になったようだ。
ひとりの将校らしき者が指図して、前に五人、後方に五人という態勢になった。
孫空女が動くと、前の五人が声を掛け合って行く手を阻む。
沙那が見ていると、孫空女はまだにこにことした表情を浮かべている。かなりの余裕があるようだ。
「もう、来ないのかい、あんたら?」
少し膠着した状態になったときに、孫空女がそんな揶揄するような声をあげた。
「いけっ」
それを合図にするかのように、指図をしていた将校が声をあげた。
しかし、孫空女は動いていた。
風のように向かってきた前方の兵の横をすり抜けると、声を出した将校の前に出たのだ。
将校の表情が一変した。
だが、次の瞬間、将校の顔から生気が消えて、その場に崩れた。
孫空女がすり抜けた前方側だった兵が振り返った。
腰、横腹、腕──。それぞれに打たれて全員がうずくまる。
残った前方側の二名は、後方側の兵と合流した。
残り七人──。
孫空女が駆ける。
跳ぶ──。
誰も孫空女の動きについていけない。
ひとり、ふたりと倒れる。
立っているのは、あと五人。
孫空女が『如意棒』を地面について跳躍して、残りの兵の後方に降りた。
降りたときには、残りが三人になっている。
次に振った『如意棒』で、立っている者がひとりもいなくなった。
一瞬、静まり返った練兵場がどっと沸いた。
「今夜は、ちょっとばかり、打たれた場所が痛いかもしれないけど、冷やしておけば、明日の朝にはなんともないはずさ」
孫空女はうずくまっている二十五人に向かって言った。
「素晴らしいです、孫空女殿。沙那殿もおそらく、凄かったのだと思いますけど、あたしみたいな者には、孫空女殿の闘いがわかりやすく感銘を受けました──。どうか、おふたりの稽古をあたしにもお願いします」
楊恋だ。楊恋は顔を紅潮させている。
ふと見ると、多くの見物の将兵が、同じように孫空女の武術に圧倒された顔をしている。
「沙那といい、孫空女といい、素晴らしい腕だな。それにしても、いくらふたりが強いといっても、大元府軍で腕に覚えのある者が揃いも揃って、このていたらくとは呆れたな。明日からまた鍛え直しだ──。よいな、お前たち」
金水蓮が大声で怒鳴った。
興奮気味だった練兵場がしんとなった。
「ねえ、楊恋、その報奨金は、あたしのだよね?」
静寂を破るように、不意に孫空女が言った。
「も、もちろんです」
慌てたように、楊恋が孫空女に、最初に金水蓮が楊恋に委ねていた金貨の入った包みを差し出した。
「じゃあ、この金貨で今夜は、宴会をしようよ。酒と肉を買えるだけ買って騒ぐんだ。これだけあれば、この軍の全員に行き渡るくらいの酒も肉も買えるさ──。あたしたちとあんたらのお近づきの印しさ──。宴会だよ──。いいよね、金水蓮?」
孫空女が大声で言った。そして、金水蓮に視線を向ける。
「あ、ああ……。わ、わかったよ。司令官にはわたしから許可をもらう……」
孫空女に圧倒されるように金水蓮が言った。
すると兵たちが悦びの歓声をあげた。
「……その宴会には、あんたも参加しな、金水蓮──。兵には、厳しくするだけじゃあ、駄目さ。士気をあげてやることも考えなきゃ」
兵たちが騒ぐのを尻目に、孫空女が金水蓮にそっと近づいて、そうささやいた。
沙那は、それを横で聞いていた。
金水蓮は眼を丸くしている。
沙那は、そう言えば、もともと、孫空女が数十人の荒くれの男を束ねる賊徒の女頭領だったことを思い出した。集団の指揮官として、人をまとめることも、その力を集める方法についても、孫空女は熟知しているのだと思い当たった。
「楊恋さん、悪いけど、肉と酒の手配をよろしく。誰かにやらせてよ。軍だから全員が飲むというわけにはいかないかもしれないけど、飲めない兵には、肉だけでも包んであげてよ」
孫空女が金水蓮の横の楊恋に、金貨の包みを返した。
楊恋が驚いた表情で、孫空女を見返していた。
*
「体術の基本は、投げる、固める、打つだよ。打つのは、拳、掌底、肘、膝、足。打つ場所は急所で、固める場所は関節。打つ場所も、固める場所も決まっている、まずは、基本から覚えてもらうよ」
孫空女が説明すると、集まった兵たちが熱心に頷いた。
宝玄仙らとともに孫空女が大元府の軍営に起居するようになって五日ほどが経っている。
孫空女と沙那は、軍の兵に対して武術を教える日々が続くようになっていた。
沙那は剣──。
孫空女は体術だ──。
体術というのは、武器を遣わずに、身体だけで相手を打倒したり、身を護ったりする技のことだ。
そういう分担になったのは、お互いの個人的な技量はともかくとして、剣術を教えることについては、愛陽という東方帝国の城郭で若い千人隊長だった沙那に一日の長があったからであり、孫空女の剣は、あまりにも常人離れをしていて、通常の人間に伝授するには向いていなかったからだ。
それに、孫空女の剣は自己流だが、体術は短い期間だが、一応は師匠について学んだことがある。
それで孫空女は体術を受け持つことにしたのだ。
宝玄仙と朱姫は、軍営の中では所在無げの様子だ。
もっとも、実際にはそう見せかけているだけで、軍営の中の霊気の気配を探る日々を続けている。
宝玄仙によれば、なんらかの道術の痕跡は残っているらしい。
それで、軍の中に、道術を遣える者がいるに違いないということは確信しているようだ。
だが、宝玄仙がここにやってきてから、誰も道術を遣っていないことは明らからしい。
そして、その何者かは、自分の霊気を隠している。
だから、いまのところ、その何者かを見つけることはできないでいるのだ。
しかし、道術を遣えば、すぐにわかる。
宝玄仙はそれを待っている。
だが、黒賊の手の者が入り込んでいるとしても、その手の者は、頻繁に連絡を取り合うようにはしていないらしく、道術でどこかに情報を送るという気配がまだないようだ。
最初こそ、道術遣い狩りに張り切っていた宝玄仙だったが、兆候が出るまで待つしかないとわかると、すぐに退屈病が出て、不満を表し始めた。
夜ともなれば、宝玄仙の性愛の相手を沙那も孫空女も務められるし、いまや、宝玄仙の嗜虐の“ねこ”になった金水蓮もいる。
しかし、三人とも、軍の中で兵の調練を受け持っているので、宝玄仙が昼間の時間を持て余し始めたのだ。
それで、いまのところ、昼間の宝玄仙の相手をしているのは朱姫だけだ。
朱姫は、それについて、不満たらたらだが、孫空女も沙那も相手にせずに、兵に剣術や体術を教えることに全神経を注いでいる。
宝玄仙の嗜虐趣味の餌食となって、官能地獄に浸る日々を送るよりも、こうやって調練で汗を流す清々しい時間を送る方がいいに決まっている。
「じゃあ、見本をみせるよ。関子女、あたしにかかっておいで」
「わかりました、孫空女殿。だけど、全力でいきますよ」
関子女が立ちあがった。
金水蓮に連れられて、その金水蓮に頼まれるというかたちで兵に武術を教えることになった孫空女と沙那が兵の前に最初にやってきたその日、沙那と孫空女は、得体の知れない部外者から武術を師範されることを不満がった兵を相手に、実際にその腕を披露した。
沙那についても、孫空女についても、兵を唖然とさせるような強さを示し、兵に、ふたりによる武術指導を受け入れることを納得させたのだ。
そして、その夜に孫空女の提案で開いた兵と宝玄仙一行の親睦を持つための大宴会によって、ほとんどの兵は、金水蓮の連れてきた得体の知れない四人を好意的に受け入れることにしたようだった。
多くの兵が沙那と孫空女の指導の場に積極的にやってくるようになり、五日目の今日になると、教えを求める兵が多すぎて、金水蓮の副官の楊恋に頼んで、事前整理してもらわなければならないようになった。
兵は自分の強さには敏感で、そして、貪欲だ。
軍人としての武術の腕は、自分の命を護る術でもある。
沙那の指導も孫空女の指導も、たった一日だけでも、それなりの効果があるように工夫して内容を選んでいる。
強くなったという実感を覚えることで、修練に身が入り、さらに技量が向上するようになる。
武術師範の効果があれば、将兵は孫空女たちを認めることになる。孫空女や沙那を認めるということは、その主人である宝玄仙を認めるということだ。
そして、わずか五日にして、孫空女も沙那も、将兵の心を掴むことに成功していた。
初日に沙那と戦った関子女も、いまや、もっとも熱心な生徒のひとりだ。
武術に自信があっただけあり、純粋に武術を認める女だったようだ。
武術の強さには敬意を示す。
それが関子女という軍人なのだ
「遠慮しなくていいよ」
関子女と向かい合うと孫空女は言った。
関子女の腕が飛んできた。
孫空女はそれをかわして、その腕を抱えて関節を決める。
「動けるかい、関子女?」
「な、なにこれ? 動けないわ」
関子女が狼狽えた声をあげた。
「あたしは少しも力を入れていないよ。だけど、少しだけ力を入れれば、腕は折れる。関節というのはあまり鍛えようがないのさ。その弱い部分を固める。つまり、これが固めるという技だよ」
孫空女は腕を離してから言った。
「まったく動かなかったよ。あたしの腕が石になったみたいだった」
関子女は感嘆して肘を撫ぜている。
「今日は、基本だけを教えるよ。固める、投げる、打つだよ。今日は、その基本技だけを教えるけど、実際に戦うときにも、ただ、それを組み合わせるだけなんだよ」
孫空女は、兵を相手にいくつかの技を教えた。
夕方になる頃には、兵の体術もある程度のかたちをとるようになってきた。
そろそろ、終わろうと思っていたら、宝玄仙が朱姫とともにやってきた。
「ご、ご主人様」
孫空女は言った。
「孫空女、いきいきしているねえ」
宝玄仙は微笑んでいる。
孫空女は嫌な予感がした。
「どうしたのさ?」
「あまりにも退屈だからね。わたしも体術くらい習おうと思ってね。少し相手をしておくれよ」
宝玄仙がそう言うと孫空女に近づいてくる。
兵が歓声をあげた。沙那や孫空女の主人として、宝玄仙もなかなかの人気がある。
宝玄仙が道術遣いであることは隠しているので、宝玄仙の実力は知らないが、兵たちは、よくわからないまでも、宝玄仙からなんらかの力を感じているのかもしれない。
その宝玄仙の実力が見られるかもしれないというので、歓んでいるのだ。
だが、孫空女はびっくりした。
「な、なに言ってんのさ、ご主人様。そ、そんなことできないよ」
宝玄仙は体術など知らない。
あっという間に孫空女が宝玄仙をねじ伏せてしまうだろう。
「いいじゃないですか、孫姉さん。お相手をしてあげても……。正直、あたしだけじゃあ、限界です」
朱姫が不満顔で言った。よく見ると朱姫の顔は赤い。
それに脚が覚束ないようだ。
たったいままで、激しい宝玄仙の責めを受けていたのかもしれない。
「だって、朱姫……ご主人様は……」
宝玄仙は武術については、なにひとつ駄目だ。
宝玄仙が相手なら、孫空女はそれこそ、指一本使わずに、宝玄仙を無力化できる自信がある。
「いいから、やるよ。横で聞いていたけど、固める、投げる、打つだったね」
わかったようなことを喋りながら、宝玄仙が強引に孫空女の前に出てきて構えた。
孫空女は仕方なく、構えを取る。
少しばかり、相手をすれば諦めるだろう。
兵たちが歓声をあげて、見物の態勢になる。
「じゃあ、いいよ、ご主人様。かかってきてよ。痛くはしないから大丈夫だよ。ご主人様でも、できるような体術を教えるよ」
孫空女は言った。
まあ、せっかくの機会だから、宝玄仙にも護身術のひとつも覚えてもらった方がいいかもしれない。
「構えはどうするんだい。こんなんでいいのかい」
宝玄仙がにこにこしながら腕を前に出した。
まるでなっていない。
隙だらけだ。
孫空女は、小さく嘆息した。
「そうじゃないよ、ご主人様……。」
孫空女が宝玄仙の構えを直そう思ったとき、不意に股間に違和感があった。
「ひゃん──」
孫空女はその場に跪いてしまった。
猛烈な快感が突然に、股間とお尻から込みあがったのだ。
宝玄仙の道術だ。
孫空女の身体に刻んでいる魔法陣を使って孫空女の身体の感覚を操作しているのだ。
しかも、女陰と肛門がなにかの塊りに抉られるように刺激される。
その塊りは幻だが、受ける快感は現実だ。
「ひゃあぁぁぁ、んああぁ……んんん──」
宝玄仙が組みついてきて、孫空女を倒した。
なんでもない動作だが、激しい快楽を受けている最中の孫空女にはそれを跳ね返すことができない。
孫空女を組み伏せている宝玄仙の手が身体を押さえるようにして、孫空女の股間の上に載った。
「くううっ──」
その瞬間、押し寄せていたものが一気に迫り、弾け飛んだ。
孫空女は、兵たちの前で絶頂を極めて硬直し、総身を激しく打ち震わせた。
「なんだい、体術も大したことはないね」
宝玄仙が笑いながら孫空女から離れた。
孫空女は、身体を地面に倒したまま、恨めしく宝玄仙を見あげた。
兵たちはざわめいている。
周りで見ている者には、宝玄仙が悪戯で道術を遣ったことはわからない。
孫空女の様子がおかしかったことに気がついた者は多かったかもしれないけど、まさか、快楽で昇天したとまでは考えないだろう。
孫空女は、濡れた股間を隠しながら立ちあがった。
あの孫空女をなんなく倒した──。
やはり、凄い戦士に違いない──。
そんな声を交わしているのが聞こえる。
孫空女は馬鹿馬鹿しくて、なにか反応する気になれない。
宝玄仙は退屈が収まったのか、やってきたときと同じように、朱姫とともに立ち去っていった。
*
「道術遣いです……。間違いありません」
『伝声術』だ。
本拠地の
しかし、特に重要な場合は、その限りではない。
今回については、その特別な場合だと思った。
だから、こちらから報告すべき事項だと判断した。
もっとも、報告の直接の相手は、楊鬼女ではない。楊鬼女は黒賊の頭領だが、道術遣いではないので『伝声術』の相手はできない。
“声”を受け取るのは、いつも楊鬼女の横にいて、常に頭巾を被って顔を隠しているあの道術遣いだ。
楊鬼女は、「
それどころか、彼女の顔を見た者もいないだろう。
いったい、彼女は何者なのだろう。
いずれにしても、こちらの状況の変化を伝えるべきだ。
「……孫空女という女です。不思議な霊具の武器を扱います。道術遣いに間違いありません。それに……」
「なんだって──?」
遠い本拠地から応答しているのは、その内儀だ。
彼女が道術遣いの名を問うてきたので、そう伝えたところ、「孫空女」という名前をだしたところ明らかに動揺した様子が向こうから伝わってきた。
孫空女の名がどうしたのだろう──。
「それと……」
さらに孫空女とともにやってきた三人の名を言おうとした。しかし、なぜか、突然に『伝声術』が遮断された。
理由は不明だ。
いきなりのことで焦った。
「……見つけたよ」
幹部用の宿舎の一室であるこの部屋の戸が開いた。
鍵はしてあったが、向こう側から別の鍵を使われたのだ。
そこに宝玄仙が立っていた。
横には金水蓮もいる。
「手の者はお前だったのか、失望したよ、楊恋。信頼していたのに残念だよ」
金水蓮が言った。
楊恋は、思わず剣に手を伸ばした。
しかし、その腕がなにかに阻まれて動かなくなった。
見ると、剣に伸ばした手に、黒い手の影が張りついている。
なんだろう、これは──?
そう思っているうちに、全身にその黒い影が浮かびあがった。
楊恋は動けなくなった。
宝玄仙と金水蓮の背後から、朱姫という名の娘も現れた。
「訊問はわたしに任せてもらうよ、金水蓮。宝玄仙流のやり方で、洗いざらい白状させてやるよ──。覚悟しな、楊恋」
宝玄仙が酷薄に笑った。
楊恋は背中に冷たい汗が流れるのがわかった。