※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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212 先輩奴隷と後輩奴隷

 孫空女に対する罰の途中で外に出るように命じられた沙那はなんとなく城郭の広場に足を延ばした。

 だんだんと弱っていく楊鬼女(ようきじょ)を確認すること──。

 それは沙那の日課になっていた。

 食べ物も水も与えられずに木杭に立姿で鎖で縛られて晒し刑となっている楊鬼女は、『治療術』の効果のために、まだ、死ねないでいた。

 ほかの十九人は、すでに屍体となっているが、ただひとり、楊鬼女はまだ呼吸を続けていた。

 女人国の南域を騒がせた黒賊のなれの果てだ。

 

 最初の数日こそ、激怒と復讐心によって怒声を浴びせる見物人でこの晒し刑の会場もにぎわいを見せたが、いまは、ひっそりとしている。

 人間が苦しみ抜く光景を見るというのは気持ちのいいものじゃない。

 当初の激情が収まると、人々はやがて、いまだ楊鬼女が生き続けて苦しむこの一画を敬遠するようになっていた。

 

 垣根で囲った刑場の警備もいまではおざなりだ。

 臨時の刑場となっているこの一帯を警備する隊の詰所の小屋は隣接して作られているが、外に出て見張るのは数名だ。

 いまも、数名の兵が刑場の四周に立っているだけで、ほかには兵はいない。

 見物人もぱらぱらといるだけだ。

 

 沙那は、その中でひとりの若い女性の動きが気になっていた。

 特に不自然というものではない。

 買い物籠をぶら下げて歩く、どこにでもいるような市井の女だ。

 しかし、密かに、醸し出す異様な気配──。

 それが沙那にはわかった。

 

 それに後ろ姿だが、どこかで会ったことがあるような気がするのだ。

 少し離れた場所から、見るともなく沙那はその女に気を配っていた。

 

 その女は、楊鬼女が拘束されている場所に向かって歩いていく。足早というわけでもなく、かといってゆっくりでもない。

 普通の歩みだ。

 そして、その女は立ちどまり、垣根越しに楊鬼女をじっと見た。

 少し距離があるが、石でも投げれば届くくらいの距離だ。

 最初の日は、石や物をぶつけようとする民衆をこの刑場を警護する兵たちが懸命になだめていたのを沙那は思い出す。

 

 沙那は、楊鬼女を見る女の横顔が見える位置に移動した。

 やはり、会ったことがある。

 沙那は確信した。

 その女を見たのが、どこだったかまだ思い出せなかったが、もうすぐ思い浮かぶ気がする。沙那は、その女に向かって歩みを寄せた。

 

 そのとき、その女が買い物籠からなにかを出した。

 それを口に咥えて、ぷっと吹く。

 

「あっ」

 

 一瞬の早業だった。その女の口に咥えたなにかの道具から、針のようなものが飛び出したのだ。

 それは距離のある楊鬼女の首筋に深く突き刺さった。

 すると、楊鬼女の身体が微かに震えだした。

 

 毒だ──。

 沙那は悟った。

 

 吹き矢のようなもので、その女は楊鬼女の身体に毒針を飛ばして刺したのだ。

 離れて見守る沙那にも、楊鬼女の全身から力が抜けたのがわかった。

 すると、楊鬼女に刺さっていた針が抜け出た。

 どうやら糸のようなものがついていたようだ。

 女はそれを手繰って針を回収して籠に隠した。

 そして、何ごともなかったかのように、再び、歩き去っていく。

 

 一瞬のことだった。

 その女が、警備をする兵に知られることなく、楊鬼女を毒で暗殺し、立ち去って行く。

 沙那は、歩みを速めて、その女の背を追った。

 

 女は、刑場となっている広場に通じる路地に入った。

 沙那は、慌ててそれを追う。

 女を追いかけて、沙那も路地に入った。

 誰もいない。

 

 路地の両側には建物の壁があり、道はずっと続いている。

 沙那は駆けた。

 その沙那の靴になにかが刺さった。

 

 なに──?

 訝しんだのは一瞬だ。

 次の瞬間、沙那は全身の力を失い壁に崩れ落ちていた。

 なんという不覚──。

 

 沙那は、路地の足元に敷かれていた針を踏んでしまい、そこから毒液を身体に受けてしまったのだ。

 全身の力が抜ける。

 あっという間に毒が身体に回る。

 壁にもたれかかるように倒れている沙那の前に、さっきの女が現れた。

 どこから回り込んだのか、沙那が追ってきた広場側から路地に入って来たのだ。

 

「あんた、沙那ね」

 

 女の言葉は質問ではなく、確認だった。

 眼の前にある女の顔がはっきりと目に入る。首に銀色の首輪がある。

 

 まさか……。

 それとまったく同じものを沙那もしていた。

 宝玄仙と旅を始めたときに、最初に嵌められた『服従の首輪』という支配霊具だ。

 色も形も同じ。首輪の側面についている小さな文字さえも同じだ。

 

「鳴智(なち)?」

 

 沙那の頭に不意にその名が浮かんだ。

 どこでその顔を見たのか、沙那は思い出したのだ。

 烏鶏(うけい)国で雷王(らいおう)の幽体に襲われたとき、実体化した雷王を若い娘に変えて宝玄仙が仕返しをした。

 その『復活の儀』の道術で、幽体の雷王を実体化するときに、雷王の魂が入る肉体の器が必要だった。

 しかし、死後数年経っている雷王の身体はすでに骨になっていて、宝玄仙が『治療術』で復元したのだが、宝玄仙はまともには直さず、雷王が入る身体を若い娘にして、その肉体に雷王の魂を放り込んだ。

 そのときの娘の姿が、眼の前の女だ。

 

 しかし、なぜ、その雷王がこんなところにいるのだろう。

 あの雷王は記憶を消去して、そのまま放逐した。それから、旅を続けていた沙那たちと同じ方向に向かい女人国までやってきたのだろうか。

 そう考えて、沙那は別の考えが浮かんだ。

 

 あのとき、宝玄仙は、雷王に向かって、「このわたしが、一番恨みに思っている身体にしてやった」と言っていた。

 そのときに、宝玄仙が雷王の入った娘の身体に名付けた名が鳴智だ。

 もしかしたら、眼の前の女は、宝玄仙の知っている本物の鳴智ではないだろうか。

 

 そういえば、女人国の国都で、壱都に『服従の首輪』を装着させて、その首輪をどこから手に入れたか白状させたとき、魔域の魔族王からの贈り物として、鳴智という人間の女の使者が持ってきたと言っていた。

 その使者の鳴智に違いない。

 

 宝玄仙が恨みを持っているという鳴智と、壱都に魔族王の使者として近づいた鳴智は、やはり、一致すると考えていい。

 眼の前の女は、あのとき、宝玄仙が雷王に与えた娘の身体そのものだ。

 

「わたしを知っているのかい、沙那? まあいいよ。ここじゃあ、人目があるかもしれないからね」

 

 鳴智は買い物籠から小さな布袋を出した。

 中には針の束の入った容器があり、そこから鳴智は一本の針を出す。

 そして、別に取り出した茶色の小瓶の蓋を開けて、その針先を浸した。

 

「な、なにするの……?」

 

 沙那は首筋に近づくその針に声をあげた。首にちくりと痛みが走る。

 

「心配する必要はないわ。この毒も、あんたの足に刺した針の毒も、少しの間身体が弛緩して動けなくなるだけよ。殺しはしないわ。もっとも、あんたの手首でも斬って持ち帰れば、あいつも悦ぶんだろうけど、そんな義理もないし、あんたに恨みもないしね」

 

 鳴智は、そばの建物の裏口を開いて、その中に沙那の身体を引き摺り込んだ。

 その建物は、なにかの倉庫らしく、大きな木箱がたくさん置いてある。

 しかし、中には誰もいない。

 鳴智は木箱のひとつに沙那をもたれさせると、その前に座り込んだ。

 

「わ、わたしをどうするつもりよ、鳴智?」

 

 沙那は言った。

 身体はどうしても動かない。

 しかし、舌は動く。

 喋ることに支障はない。

 意識もはっきりとしている。

 

「どうもしやしないわ。話がしたいだけよ──。もっとも、どうやって、近づけばいいか途方に暮れていたんだけど、逆に、あんたから追いかけてきてくれたんで助かったわ。しかも、たったひとりでね──。ご苦労さん」

 

「話?」

 

「宝玄仙と孫空女は、あの金水蓮とかいう将校の屋敷にまだいるの? 半妖の娘も一緒かしら? 半妖の娘って、名は朱姫だったかしら?」

 

「よ、よく知っているわね、鳴智」

 

 沙那は言った。

 鳴智はまったくの無表情だ。

 鳴智がどういうつもりで、沙那に接近したのかわからない。

 もっとも不用意に追いかけようとしたのは沙那だが……。

 

「もちろん知っているわ、沙那。どんなことでもね。それがわたしの役割だから……。宝玄仙の旅の供にして性奴隷。もう、二年もあの変態女に従って、宝玄仙に虐げられながらも、あの女を護りながら旅をして、あの嗜虐癖の相手も務める──。よくやるものね。わたしは三箇月で音をあげたけど」

 

 鳴智は言った。

 

「三箇月って?」

 

「あら、わたしのことは宝玄仙から聞いていないの?」

 

「詳しくは……。裏切ったということと、主人様が恨みを持っているとしか……」

 

 沙那は言った。

 すると鳴智の口元が浮きあがり、自嘲気味の微笑みが顔に浮かんだ。

 

「ご主人様ね──。わたしも、そう呼ばされたわね。まあ、宝玄仙がわたしを恨みに思っているのは当然か。闘勝仙の命令とはいえ、二年間もあの屋敷で、宝玄仙をいたぶってやったからね」

 

 

「闘勝仙? 二年間?」

 

 沙那は声をあげた。

 闘勝仙によって与えられた二年間の恥辱は、闘勝仙とその取り巻きの神官だけによるものだと思っていた。

 こんな若そうな女性が関わっていたということは知らなかった。

 

「あなたも道術遣い?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「ただの人間の女よ。もともとは、姓も持っていた貴族よ。あの女に買われてそんなものはすべて失ったけどね」

 

「買われた?」

 

「わたしは、あの女が最初に奴隷にした女よ。刻印はされなかったけど、手続きを踏んだ正式の奴隷よ。あんたらの先輩ということになるのかしら」

 

 鳴智は笑った。

 

「だ、だから、それを恨みにして、ご主人様を裏切ったの?」

 

 宝玄仙の性奴隷だった鳴智が、闘勝仙と一緒になって宝玄仙を嗜虐し続けたとすれば、そういうことになる。

 

「そうね……。最初はね──。恨みに思っていたわ」

 

 鳴智は言った。

 そのの表情に、やっと感情のようなものが浮かんだ気がした。

 しかし、それがどういう感情であるのかまでは、沙那にはわからなかった。

 

「最初?」

 

「そうよ。恨みに持っていたのは最初だけよ──。闘勝仙の命令により、屋敷における宝玄仙の嗜虐を任されてしばらくすると、あの宝玄仙があたしの家族の金銭的な面倒を看てくれているという事実を知ったのよ。さっき、元貴族だと言ったけど、実は名ばかりで、没落した貧乏貴族。借金があり、わたしは、その借金の一部に充てるために、娼婦として売られる予定だったの」

 

「借金奴隷?」

 

「そのわたしを買ったのが宝玄仙であり、あいつはわたしを調教したのよ。それが気に入らなかったわたしは、宝玄仙を陥れようとしている闘勝仙の道具となることを決めた。口移しで一時的に道術が遣えなくなる『仙薬』を飲ませてやったわ。そして、あいつは闘勝仙に捕らえられた。宝玄仙は、八仙でありながら、身体を弄ばれる、連中の性奴隷になった……」

 

「それって……」

 

 沙那は驚いた。

 闘勝仙と宝玄仙のことは知っているが、いまの言葉の通りなら、この鳴智こそ、宝玄仙を闘勝仙に売り渡した張本人ということになる。

 

「……へえ、なにも知らなさそうな顔ね……。あいつは、わたしのことをあんたたちに話してないようねえ……。まあ、とにかく、わたしは、その宝玄仙を逆に奴隷として躾けてやったわ──。でも、そんな目に遭いながらも、あいつは、わたしの家族への金銭的な援助だけは続けてくれたのよ。それを知ったときに、わたしは愕然としたわ」

 

「だったら……」

 

 そうであれば、二年間の恥辱の日々のどこかで、宝玄仙と鳴智は和解をしていたのではないだろうか。

 少なくともその機会はあったはずだ。

 

「だけど、わたしは宝玄仙への嗜虐をやめなかった。やめるわけにはいかなかったの。裏切れば死──。闘勝仙は二重三重の脅迫をわたしにしていたわ。あいつがわたしに求めたのは、宝玄仙に対して冷酷で陰湿な女調教師であることよ。わたしは、その役割を演じ続けたわ……。それに──」

 

 鳴智の表情が緩んだ。なにかを思い出すような表情だ。

 

「あいつを嗜虐するのはいい気持ちだった。あいつも、わたしに責められるときには酔ったような表情になってくれるようになったし、他人には見せない解放された痴態をわたしにだけには見せるようになってくれた。わたしと宝玄仙は、責める者と責められる者という関係で結びついていたわ……」

 

 鳴智がうっとりとしたような表情になった。

 沙那は、その表情があまりにも、これまでの鳴智とは異なっていたので、ちょっと戸惑ってしまった。

 

「いいえ、もちろん、宝玄仙にはそんな気持ちはなかったのはわかっている。でも、わたしはそう思っていた。だから、あいつが、なにかの霊具を作り始めたときも、邪魔をしなかった。それどころか、それを誰にも知られないように隠しもしたわ。そして、あいつは、闘勝仙への復讐をやり遂げた。二年間も虐げられた性奴隷でありながらね。わたしは感嘆したわ」

 

 沙那は、鳴智が見た被虐に酔う宝玄仙とは、宝玉に違いないと思った。

 

「……でも、あなたは逃げた。桃源(とうげん)という男と一緒に。ご主人様の前から……」

 

 沙那は言った。

 それは宝玉が言ったことだ。

 闘勝仙の復讐を果たす直前に、宝玄仙を長く虐げていた桃源と鳴智は帝都から姿を消している。

 

「赤ん坊を宿したのよ。それでなにもかも怖くなった。宝玄仙に復讐されるなら、それも受け入れてやろうかと思ったのは事実よ。だけど、そうはいかなくなった。だから逃げたのよ」

 

「赤ん坊? 子供がいるの?」

 

 沙那は驚いて言った。

 すると鳴智は我に返ったような表情になった。

 

「随分と調子に乗って、つまらない話をしちゃったわね。こんな話をするつもりじゃなかったんだけど、あんたと接していると、なにかを語りたいようなそんな気持ちになったわ──。それよりも、わたしが伝えたいことを言うわ。わたしは、魔域に戻る。わたしに復讐したければ、魔域に来るがいい。そう宝玄仙に伝えて」

 

 鳴智は立ちあがった。

 

「ま、待って──」

 

 沙那は慌てて言った。

 まだ聞くべきことを聞いていない。

 知りたいことはまだたくさんある。

 

「その『服従の首輪』──。なぜ、それをあなたがしているの? それはどうやって作られたものなの? それをあなたに嵌めたのは誰?」

 

「さあね……。知りたければ魔域に来るのね。霊鷲山(りょうじゅざん)にある雷音院(らいおういん)──。そこで待っているわ。宝玄仙に確実に伝えてちょうだい、沙那」

 

 鳴智は外に出る戸に向かっていく。

 沙那は慌てて追おうとした。

 かなり筋肉が戻っている。

 だが、まだ、立ちあがる程には快復していない。

 沙那は、鳴智を追うことを断念した。

 

「桃源さんとあなたの子供も、そこにいるの──?」

 

 沙那は叫んだ。

 すると出ていきかけた鳴智が立ちどまった。

 

「夫は死んだわ。わたしが殺したの」

 

 鳴智は、一度振り返り、それだけを言った。

 そして、再び、路地に通じる戸に向かう。

 

「……そう言えば、このところ、孫空女の態度って不自然だったりしない?」

 

 突然、鳴智はそんなことを言った。

 鳴智の質問の意図がなににあるのか理解できずに、沙那はすぐに応じることができなかった。

 

「六耳(ろくじ)──。その魔族のことを調べてご覧なさい。案外、朱姫だったら知っているんじゃないのかな」

 

 鳴智はそう言って、戸の外に消えていった。

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