「宝玄仙さんは、孫空女とともに、まだ閉じこもっているのかい?」
屋敷に戻ってきた金水蓮は、心配そうに、朱姫に訊ねてきた。
「あんなになった孫姉さんを誰にも見せたくないみたいです」
朱姫は言った。
横で沙那が頷く。
金水蓮の屋敷だ。
宝玄仙は胴体だけの孫空女を空き部屋に連れていき、朱姫も沙那も追い払った。
それから、ただの一度も、部屋の外に出てこない。
部屋の外から声をかけると、大丈夫だという宝玄仙の声が戻ってくるから、心配はないのであろう。
いつものように大きな卓に夕食を並べる。
準備するのは三人分だ。
沈黙が続く。ただ、食事の音だけが響く。
「孫空女があんな目にあったのは、わたしのせいだ。わたしが水蓮洞を攻略した後、十分に探索させなかったからだ」
食事が終わると、金水蓮がぽつりとつぶやくように言った。
金水蓮は、最初の夜に一度だけ孫空女を見ている。
宝玄仙が孫空女を治療している部屋に強引に入り込んで、ふたりの様子を見舞ったのだ。
金水蓮は、手足のない孫空女の身体よりも、知性の存在しない孫空女の表情に驚いていた。
朱姫と沙那が最後に孫空女と宝玄仙の姿を見たのも、そのときが最後だ。
呆けた表情で、絞まりのない口から涎を流す孫空女は、孫空女であって孫空女ではなかった。
宝玄仙は、孫空女が長いあいだ拷問されたというだけではなく、強烈な仙薬により頭の線を焼き切られていると言っていた。
「……それを言うなら、わたしたちこそ責められるべきです。あんな魔族を孫空女と思い込んでいたなんて……。もしも、偽者だとすぐに気がつけば、手遅れにならないうちに、本物の孫空女を救いに行けたんです。二年間も一緒だった仲間を見誤るなんて、情けないです」
沙那だ。
「仕方ないです、沙那姉さん……。
朱姫は言った。
再び、沈黙が続く。
「沙那……」
やがて金水蓮が口を開いた。
「なんでしょう、金水蓮さん?」
沙那が顔をあげる。
「もしも、孫空女が元に戻らなければ、わたしに面倒を看させてもらえないだろうか? 君たちはどこかに向かう旅の途中とかいっていたし、あんな孫空女を連れて旅などできないだろう。今度、国都に着任すれば、わたしが責任をもって──」
「大丈夫ですよ、金水蓮さん。ご主人様は、孫空女をきちんと治します。それに……」
「それに、なに?」
「もしも、孫空女が回復しないということになっても、ご主人様は、孫空女を手放さないと思います。わたしたちは、仲間であり、もう家族ですから。孫空女がもう旅を続けることができそうになければ、わたしたちの旅は、それで終わりになると思います」
沙那は静かに言った。
「そうか……」
金水蓮は納得したように頷いた。
「大丈夫ですよ。ご主人様は、同じような状態だった
朱姫は言った。
「陽炎子女王様?」
金水蓮が声をあげた。
「朱姫──」
沙那が朱姫を叱咤した。
「ご、ごめんなさい」
朱姫は言った。
国都で陽炎子や壱都と関わったことは固く口止めされていたのだ。
金水蓮とは、かなり親しくはなっていたが、あの壱都が失脚したことと、陽炎子の復位に、宝玄仙が深く関わっていることは教えていない。
ましてや、陽炎子が壱都により、手足のない舌人形にされていたなど、秘密中の秘密だ。念を押されていたけど、つい口に出てしまったのだ。
「陽炎子女王が孫空女と同じ状態だったとは、どういう意味なのだ?」
金水蓮は強い口調で、沙那と朱姫に詰め寄った。
沙那は、仕方がないという口調で金水蓮に説明を始めた。
すなわち、壱都と宝玄仙が女王対決をしたこと──。
壱都が不正な手段で宝玄仙を瀕死の状態にさせたこと──。
その直後に、宝玄仙が仕返しをして、壱都から霊気を奪ったこと──。
そして、女王の寝室に囚われていた前女王の陽炎子を救出し、宝玄仙が『治療術』で回復させたことなどを話した。
金水蓮は目を丸くしていた。
「わたしは、道術対決の末、陽炎子女王が復位したということは噂で聞いていたが、その前に、そんな経緯があったとは知らなかったよ」
金水蓮は、あの国都における女王対決の騒動のときには、国都の中央軍とは離れて別の任務についていたらしい。
だから、あのとき、一時的に有名人になった宝玄仙のことは知らなかったようだ。
「ならば、君たちは、復位した陽炎子女王の恩人ということになるのか。そんな貴人とは承知していなかったから、随分と無礼な態度であったと思う。許して欲しい──」
「やめてください、金水蓮さん」
沙那が苦笑した。
「ねえ、沙那姉さん、もう、三日目ですし、いくらなんでもご主人様に、ちゃんとした食事をしてもらった方がよくないですか? あたし、簡単につまめる食事を準備しましょうか?」
朱姫は言った。
宝玄仙は、道術により、ある程度は食事や水分補給をしなくても生きていけると言っていた。
しかし、やはり、ちゃんと食べてもらった方がいいに違いない。
「そうね。それに、ほとんど寝てもいないようだし、様子を見て、一度休むことをお勧めしましょう」
沙那は言った。
それで、朱姫は台所に向かい、手でつまんで食べられるようにした食事を準備した。
それを盆に載せて、沙那と金水蓮とともに、宝玄仙がいる部屋に向かう。
だが、部屋の前までやってきて、すぐに声をかけるのに躊躇した。
沙那も金水蓮も扉越しに伝わる声と物音に訝しんで眉をひそめている。
「沙那姉さん……」
朱姫は囁く。
「そ、そうね」
沙那も不審な表情だ。
部屋の中の様子がおかしいのだ。
人が話をしているような……。
いや、いきむような声……。
そして、思い当たった。
これは、嬌声だ──。
「ご主人様──」
沙那もやっとそれに気がついたようだ。
朱姫が、内側から聞こえるのが女と女が愛し合うときの声だと悟ったのと、沙那が扉を開けるのは同時だった。
そして、そこにあった光景に朱姫は、沙那や金水蓮とともに唖然としてしまった。
全裸の宝玄仙と孫空女が汗まみれで抱き合っている。
宝玄仙は床に胡坐をかき、おそらく、股間に男根を生やして、その上に後手縛りの孫空女を座位で向かい合って跨らせている。
その状態で、孫空女と宝玄仙は、口と口を激しく重ねあわせている。
部屋の外まで聞こえていたのは、宝玄仙に裸身を抱擁されながら声を荒げている孫空女の声だったのだ。
宝玄仙は、孫空女の背中の中ほどに縛り合わせている両手首を掴み、双臀の亀裂に手を添えて支えながら、上下に激しく孫空女を揺さぶっている。
「ご、ご主人様──。お、お願いだよ……。い、いい加減に……ああっ──あん、あん、あああっ──い、一緒に──い、一緒にいってよ──あひいいいっ……」
「一緒にいかせたかったら、頑張って腰を振りな、孫空女。わたしが達しなければ、いつまでたっても終わらないよ」
宝玄仙は愉しそうに孫空女を身体の上で跳ねさせる。
孫空女は凄惨な表情だ。
「ご、ご主人様、な、なにを──?」
沙那が叫んだ。
「孫女──」
「孫姉さん」
金水蓮と朱姫も、すっかりと元に戻った様子の孫空女を確認して声をあげた。
「なあに、ちゃんと、『治療術』が終わったのかどうか検査さ。こいつに、わたしをいかせてみろと言っているんだけど、自分ばかり達するだけで、ちっとも気持ちよくさせてくれないんだよ──。ほら、孫空女、もっと、腰を自分で動かすんだ」
宝玄仙は一度こっちに顔を向けてから、すぐに孫空女に向き直った。
そして、左手で支えている孫空女の双臀の亀裂を指でくちゅくちゅと動かした。
孫空女は悲鳴をあげて、身体を仰け反らす。
「あひいいいぃぃぃ──」
孫空女は身体をがくがくと痙攣させると、敏感な弱点を刺激された激しい狼狽のまま、宝玄仙の膝の上に載せた太腿を震わせた。
宝玄仙に身体を支えられながら身体を限界まで仰け反らせた孫空女は、今度はがっくりと宝玄仙の側に身体を倒し、汗まみれの身体を宝玄仙の裸身にもたれさせる。
「ど、どうして、一緒に来てくれないのさ」
孫空女は悔しさと切なさの混じった声で恨めし気にそう言った。
「お前たち、扉のところで、なにをぼうっと突っ立っているんだよ。孫空女の回復祝いだよ。さっさと服を脱ぎな。部屋の隅にある葛籠の中に手錠がある。三人とも、服を脱いで、お互いに後ろ手錠をしたら、こっちに来るんだ。全員可愛がってやるよ」
宝玄仙だ。宝玄仙は本当に嬉しそうだ。
「そ、それじゃあ、みんな……」
沙那が言った。
そして、三人で部屋の奥に向かう。
沙那が宝玄仙の淫具入れである葛籠から革手錠を三個出した。
それを卓の上に並べ、服を脱ぎ始める。
朱姫も金水蓮も裸になるために衣服を脱ぐ。
朱姫は、支度をしながら、抱き合っている孫空女と宝玄仙の様子を眺める。
孫空女は何度目かの絶頂にうなじを仰け反らせて、狂おしく身悶えをしながら、また身体を痙攣させている。
「あっ」
孫空女が声を張りあげた。
朱姫は、宝玄仙が孫空女の哀調のこもった悲痛の呻きに合わせて孫空女の中の道術で生やした怒張から精を出そうとしているのだと悟った。
孫空女は、その瞬間を知覚したのだろう。
悩ましく身体をくねらせながら、嬉しそうに声を張りあげている。
宝玄仙が孫空女の裸身を力強く抱き寄せて顔をしかめた。
「き、来てくれたんだね。う、嬉しいよ、ご主人様──」
孫空女が絶叫して、また、身体をがくがくと震わせた。
*
朝の光が窓から射しこんでいる。
沙那は身体を起こした。昨夜の乱交のまま、全裸で床に横たわっていたようだ。
いつのまにか掛布がかけられていた。後ろ手錠も外されている。
昨夜は、宝玄仙に命じられるまま、宝玄仙以外の四人が後手に拘束をしたままお互いを愛し合った。
それぞれに陰部を舐め合い、唾液をすすり、股間を擦り合ったのだ。
そして、宝玄仙の手管に全員が何度も何度も達し、ひとり、ふたりと失神して離脱していった。
沙那は、四人の中で何番目に気を失ったか、もう覚えていない。
かろうじて記憶しているのは、絶頂が十回を超すまでだ。
それ以降の記憶は混沌としている。
上半身を起こして、乱れた部屋を見回す。
広い部屋のそれぞれの床で、孫空女と朱姫と金水蓮が失神した状態のまま横になって寝息を立てている。
それぞれ、掛布をかけられているが、どうやら全員が拘束を外してもらっているようだ。
「起きたのかい、沙那」
宝玄仙の声がした。
振り返ると、椅子に腰掛けた宝玄仙が、服を整え、ひとりで卓に載せた茶を飲んでいる。自分で淹れたのだろう。
「よかったです。孫女は元に戻ったのですね。ありがとうございます」
沙那は言った。
「お前に礼を言われることじゃないさ。孫空女は、わたしの女奴隷だからね。主人のわたしが回復させるのは当然さ」
「それでも、お礼を言いたいのです」
沙那は言った。
宝玄仙は微笑みながら静かに頷いた。
しかし、すぐにその顔が真顔になった。
「孫空女を拷問したのは、
「御影? あの孫空女が殺した? 復活したのですか?」
沙那は声をあげた。
御影が死んだのは、宝玄仙との旅がまだ始まって間もない頃だ。
孫空女が旅に加わってすぐのときで、東方帝国の西側の山中で御影の罠に嵌って、宝玄仙が浚われたのだ。
沙那は孫空女とともに、宝玄仙が捕らわれている洞窟に入り、宝玄仙を救出して御影を殺した。
御影にとどめを刺したのは。孫空女だ。
つまり、今回のことは、その仕返し……?
沙那は思った。
また、御影の復活に使われたのは、やはり、御影自身の魂の欠片だろう。
御影は、それ以前に、お蘭に頼んで作らせた自分の魂の欠片を幾つか持っていた。
そのひとつを使い、再び蘇ったということに違いないと思う。
「また、ご主人様を狙ってくるのでしょうか?」
沙那は言った。
宝玄仙の話によれば、御影はずっと以前から、かなり宝玄仙に恋慕していたという。
「あの男女がなにを考えているのか知っちゃいないよ。だけど、孫空女によれば、わたしにそっくりの道術遣いが御影のそばにいたそうだ」
「ご主人様にそっくりの道術遣いですか?」
「ああ、そっくりというよりは、まるでわたしそのものだったそうだ。孫空女は、その道術遣いの女に、『
「それも六耳でしょうか?」
魔域からやってきたらしい六耳という物真似妖怪は、もう何日も孫空女に成りすまして、沙那たちと一緒に暮らしていた。
沙那は、それが孫空女でないことなどまったく気がつかなかった。
孫空女を捕えたという宝玄仙そっくりの道術遣いとは、それと同じだろうか。
しかし、宝玄仙ははっきりと首を横に振った。
「朱姫によれば、六耳の能力は姿かたちと性格や性質まで真似てしまうことらしいね。だけど、霊気については、かもし出す霊気の気までは真似られるが、道術そのものは写せないようだ。それに、孫空女の『緊箍具』は、複雑な術式を刻んでいて、事実上、わたしでなければ操作できないはずなんだ。それが、どうして、その道術遣いが操れたのかさっぱりわからないよ」
宝玄仙は首を横に振った。
「ご主人様、わたしもお伝えしたいことが……」
沙那は言った。
そして、六耳の正体を突き止める直前に、城郭の広場で鳴智に出遭ったことを言った。
いままで、鳴智のことを宝玄仙に伝える機会がなかったのだ。
沙那は、鳴智と話した内容について、できるだけ一言一句正確に宝玄仙に伝えた。
「鳴智が?」
宝玄仙は驚いていた。
「あいつどこに消えたかと思っていたら、魔域に逃げて、よりにもよって、御影とつるんでいたのかい?」
宝玄仙が苛々した様子で言った。
「それも違う気もするんです」
沙那は、鳴智が『服従の首輪』をさせられていたことや、桃源を夫と呼び、その夫を殺したと呟いたことなどを説明した。
宝玄仙はそれを聞いて複雑そうな表情をした。
「壱都といい、鳴智といい、なんで『服従の首輪』があちこちで出現したのかねえ?」
宝玄仙は首を傾げた。
「ご主人様、それについては、わたしにひとつの仮説があります」
沙那は言った。
これは、智淵城以来、ずっと沙那が心の中で考えていたことだ。
ひとつの可能性であり、危惧していたことだ。
そして、宝玄仙とうり二つの存在が出現したという事実で、その沙那の危惧が現実になったのかもしれないと思った。
「仮説?」
宝玄仙がじっと沙那に視線を向ける。
「『治療術』です、ご主人様」
「『治療術』がどうかしたのかい?」
「ご主人様は、時々おっしゃいます。身体の一部でも残っていれば、全身を完全に復活できると──。実際に、今回も孫空女の失われた手足を復活なさいましたし、ご主人様自身が智淵城で手首と足首を失ったときもそうでした。また、雷王のときは、ただの骨から、一個の肉体を組成なさいました」
「ああ」
「逆ならどうなのでしょう?」
「逆とはどういうことだい、沙那?」
「例えば、身体を半分に斬ります。上半身と下半身。上半身を『治療術』で治して、失った下半身を復活させれば元に戻りますが、そのときに、同時に下半身を治療して、上半身を復活させれば、元の人間が二人という状態になるのではないでしょうか」
「まさか……」
宝玄仙は半信半疑だ。
「でも、それで、説明がつきます。新たに作られている『服従の首輪』が、ご主人様と同じ霊気を帯びているのも納得がいきます。御影と一緒にいるのも、ご主人様なんですよ。身体の一部から復活したもうひとりのご主人様なんです。だから、同じ霊気だし、ご主人様しか扱えない霊具も自在に扱えるんです」
沙那は言った。
宝玄仙はしばらく無言だった。
沙那が説明したことを考えているのだろう。やがて、口を開いた。
「わたしの肉片で復活するといっても、髪の毛一本や爪の欠片から復活するというわけにはいかない。それなりに、霊気を帯びている身体の一部でなければ無理だよ」
「智淵城です。あのとき、わたしが切断したご主人様の手首と足首……。あの一部は、どうしても発見できませんでした。もしかしたら、智淵城の虎力たちは魔域と繋がっていたのかもしれません。御影は彼らを通じて、ご主人様の身体を受け取ったんです」
沙那は言った。
すると、宝玄仙が嘆息した。
「なるほどねえ。わたしの身体なら一部であっても、それなりの霊気を帯びている。本体のわたしが死んでいれば、肉片もただの肉片だけど、生きているなら、本体と離れたとしてもほんの少しは霊気が繋がり続けて、身体の一部を使って『治療術』で全体を復元することは不可能じゃないだろうね」
宝玄仙は言った。
「つまり、いまのわたしの想像は、あり得るということですね?」
「ああ、あり得るね。辻褄も合いそうだ……。それにしても、あいつ、わたしの複製を作りあげて、なにしてるんだい。複製とはいえ、あの悪党にわたしの身体をこねくり回されているのかと思うと、虫酸が走るよ」
宝玄仙は悪態をついた。
「……それともうひとつ気になることがあります」
「気になること?」
「はい……。孫空女は、拷問されながら手足と切断されたり、歯を砕かれたりしました。でも、御影がそうやって孫空女から切断した手足などは、あの洞窟のどこにもありませんでした。孫空女の手足を御影はどうしたんでしょう」
「つまり……」
宝玄仙がじっと沙那を見ている。
「御影は、ご主人様について一度できたことを、孫空女についても同じことができるということです」
沙那は言った。
「……魔域に、どうしても向かう必要はありそうだね。あいつ、わたしたちの複製を作って、なにを企んでいるんだい──」
やがて、宝玄仙がそう言った。
「危険です」
「わかっているよ、沙那。だけど、鳴智もその魔域で待っている。そうなんだろう?」
「でも……」
「あの男の三度目の命を消し飛ばすのはわたしの役目さ。今回の孫空女の件だけじゃなく、あの男女には、ふたつもみっつも貸しがあるんだ……。今度こそ、あいつを捕まえて、生まれ直したのを後悔させてやるさ」
宝玄仙ははっきりと言った。
*
別れは意外に呆気なかった。
中央軍に戻るために、大元府を出立した金水蓮とは、そのまま城郭の外で別れた。
結局、二箇月近くも大元府には滞在したことになる。
宝玄仙と旅を始めてから、同じ場所にこれだけ居続けたのは初めてだろう。
「孫女、具合はどう?」
声をかけたのは最後尾を歩く沙那だ。
「いい加減に、病みあがりみたいに扱うのは勘弁してよ、沙那。すっかり大丈夫だよ。ご主人様のお陰でね」
孫空女は言った。
もっとも、水蓮洞で受けた拷問のことは、霞にかかったように孫空女の記憶からは抜け落ちている。
実際、孫空女は、最初に水蓮洞で捕えられたとき、御影と御影が“お宝”と呼んだ宝玄仙そっくりの道術遣いと会ったことは覚えているものの、それ以外のことをほとんど記憶していない。
激しい拷問を受けたはずであるのだが、その記憶がぽっかりと抜け落ちているのだ。
なにか忘れてはいけないものを失った。そんな気持ちでもある。
もっとも、救出されたとき、自分は完全に理性を失った状態だったらしい。
記憶を失わせて脳の線を繋ぎなおさなければ、元には戻らない……。
そんな状況だったようだ。
「まあ、元気ということは確認済みさ。昨夜もお尻で繰り返しよがり狂ったじゃないか。なにもかも元通りさ」
宝玄仙だ。
昨日は、金水蓮との最後の一日ということで、激しく五人で抱き合った。
丸一日続けた乱交に、最後には、孫空女だけじゃなく、みんでお互いの身体を貪る雌そのものになった。
狂ったように女同士で抱き合ったのだ。
「あ、あたし、具合よくありません。よく、皆さん、普通に歩けますね」
朱姫がぽつりと言った。
孫空女は思わず噴き出した。
乱交のときは、最後には中心になって責められる「犠牲者」が必ず生まれる。
いつも、その犠牲者は、孫空女か沙那なのだが、昨日は珍しく、朱姫が寄ってたかって責められた。
いきすぎて腰が砕けて動けなくなった朱姫は、今朝になってもまだ昨夜の余韻が残っているようだ。
「いずれにしても、この女人国も今日で終わりだねえ。女しかいない不思議な土地だったけど、昼過ぎには国境の関も通過できるだろう……」
宝玄仙が言った。
金水蓮が、大元府軍副長の名で書いた身元保証書を持たせてくれている。国境の関などあっという間に通過できるに違いない。
「国境を越えたら、久しぶりに手頃な男でも見つけて遊ぶかい?」
宝玄仙が続けた。
「ご主人様、なんてこと言うんです」
沙那がぴしゃりと宝玄仙を叱った。
宝玄仙が笑った。
いつもの旅だ──。
しばらく進み、郊外といえるくらいに離れたとき、ふと見ると、街道辻で三人の娘が並んで立っていた。
よくわからないが、通って行く旅人を見守っているようだ。
孫空女を先頭にした一行が、その三人の娘のいる場所に近づくと、彼女たちが破顔した。
「宝玄仙様とそのお供の方々ですね?」
三人の娘のうち、もっとも歳上らしい女が深々とお辞儀をしながら言った。
「そうだけど、お前たちはなんだい?」
宝玄仙は言った。
「黒賊に浚われて、宝玄仙様たちに救出された
その蝶子が言った。
そう言えば、昨日は大乱交をやるために、金水蓮が誰がやってこようと、追い返せと従兵に命じていたのを孫空女は思い出した。
「お礼なんていいわよ。助かってよかったわ。一緒に浚われたほかの方々が救出できなかったのは残念だけど」
沙那が言った。
「まあ、そういうことさ。町の復興も大変なんだろう。じゃあ、元気でね」
宝玄仙は言って、出発を促すような合図をした。
「お、お待ちください。せめて、一日、皆様にお礼をさせてもらえませんか? 大したものはありませんが、なにもしないのでは、わたしたちの気がすみません。どうか、お願いします」
蝶子が前を塞ぐようにして言った。
行く手を阻まれたかたちの孫空女は戸惑って、宝玄仙を返り見た。
「折角だけど、今日中に国境を越えたくてね」
宝玄仙が言った。
「でも……」
蝶子は困った表情になった。
お礼をしたいという気持ちに嘘はないようだ。
それになかなかの強い気性でもあるようだ。
ちょっとやそっとでは引き下がらないという気がする。
「……それとも、いわゆる女人国流のもてなしをしてくれるのかい? それならいいよ」
宝玄仙が悪戯っぽく言った。
「ご主人様──」
沙那が叱るような声をあげた。
宝玄仙が言った“女人国流のもてなし”というのは、言葉通りの意味ではなく、この国では、性奉仕の隠語でもある。
「……妹たちはまだ娘ですから……。でも、わたしでよければ……」
蝶子が顔を赤くして言った。
孫空女は驚いた。
そして、ここは女同士の性愛に解放的な女人国だということを思い出した。
「わ、わたしたちも、子供じゃありません。お相手できます。先日、お互いの破瓜をやり合いました。ちゃんと報告したじゃないですか、お姉ちゃん」
「そうです──」
瞳子と萌香というふたりの娘も口を揃えて言った。
すると宝玄仙が嬉しそうに笑い出した。
沙那と朱姫は眼を丸くしている。
つまりは、お礼というなら身体を差し出せと宝玄仙が言い、わかりましたと三人が応じたということなのだ。
「女人国を出るのは、二、三日、伸ばすかね、お前たち──。お前は蝶子だったね、じゃあ、蝶子、そうと決まれば、案内しておくれ。食事なんてどうでもいいよ。わたしが食べたいのは、お前たちだからね」
宝玄仙の露骨な言い回しに、蝶子も驚いていたが不快な様子はなかった。
むしろ、これから始まる性愛に対して、なにか期待のこもった表情をしている。
まだもう少し、女人国には逗留することになりそうだ。
孫空女は嘆息するとともに、蝶子たちを先導にして、街道から脇に入る道に歩みを変えた。
(第33話『女人奴隷狩り・後篇』及び『女人国篇』終わり)
*
【西遊記:第57•58回、偽孫悟空(
玄奘の追放をとりあえず受け入れた孫悟空は、その足で天界に向かい観音菩薩にとりなしを頼みます。
観音は、孫悟空にここに留まるように諭します。
一方で、孫悟空が追放されたために、食事を集めるのが、沙悟浄と猪八戒の役目になります。ふたりが玄奘から離れて、食材を探しているあいだに、偽孫悟空が玄奘の前に出現します。
偽孫悟空は、玄奘を襲って荷物を奪って、どこかに逃亡します。
玄奘はかんかんに怒ります。
沙悟浄と猪八戒は、玄奘のところに戻り、事情を知ります。
ふたりは話し合い、どうやら孫悟空は怒っているようだが、沙悟浄が仲介に入り、孫悟空に謝罪させて、玄奘に破門を取り消させようと考えます。場合によっては、観音菩薩にとりなしを頼もうとも話します。
それで、孫悟空の行方が、孫悟空の故郷の花果山だと予想して、沙悟浄が向かうことにします。
猪八戒は、玄奘の面倒です。
沙悟浄は、孫悟空を探しに行きます。
ところが、花果山にいた孫悟空は、やって来た沙悟浄と諍いになって、追い払われてしまいます。
沙悟浄は、その足で、今度は天界の観音菩薩に、孫悟空の無法を訴えに行きます。
ところが沙悟浄は、観音菩薩のところに、孫悟空がいたので驚いてしまいます。
沙悟浄の話から、自分の偽者が暴れていることを知った孫悟空は、花果山に飛んでいきます。
そこで、偽孫悟空に襲いかかります。
ところが、両者の強さは全くの互角であり、なかなか決着がつきません。
ふたりは、戦いながら観音菩薩の前にやって来ますが、観音も、天界の諸将も、どちらが本物なのかわからず、困ってしまいます。
そこに釈迦が現われて、片方は
偽孫悟空は、虫に変身して逃亡しようとしますが、釈迦如来に捕えられ、本物の孫悟空が殴り殺します。
孫悟空は、玄奘のところに観音ともに戻ります。
観音は、これからの旅にも、まだまだ孫悟空が必要であり、破門を解くように玄奘に説教をします。
玄奘はこれを受け入れて、孫悟空の破門を解きます。