216 女戦士の股擦り
「だ、誰かあ──。た、助けてくれ──」
孫空女は、ひとりで宝玄仙たちが待つ宿屋に向かう途中で、年寄りが金切り声でそう叫ぶのを耳にした。
周囲に人はいない。集落は少し離れている。
孫空女は、声のした林に向かって歩き、藪の中を覗き込んだ。
状況としては、特段に変わったことというほどではない。
ただの物盗りのようだ。身なりの貧しそうな老人が、三人ほどの男に囲まれている。
老人を囲んでいる男たちの様子から、彼らがそこらの与太者であることはすぐわかる。
老人は、なにかの荷物を服の下に隠して、それを必死に抱え込んでいる。
どうやら、男たちは、その老人が護っている服の下のなにかを奪いたいようだ。
老人の服はぼろぼろで、すでに殴られたような痕がある。
しかし、それでも、老人は必死になって服を押さえて、服に隠したものを奪われるのを防いでいる。
この祭賽国は海に面した国らしいが、この界隈まだ海には遠く、山を切り拓いて作られた五個ほどの農村が集まった土地である。
孫空女は、その村々の中心にあるひとつの宿町に向かう道の途中にいた。
近くの農村で旅の食料を調達するために、他の者とは途中で別れたのだ。
そして、食糧の調達を終え、宿町の宿屋で待っている宝玄仙たちと合流するために、宿町に向かっている途中だった。
そこで暴漢に襲われている老人に遭遇したのだ。
「こらっ、そこでなにしているんだい」
孫空女が声をかけると、老人を取り囲んでいた三人の男が孫空女に振り向いた。
「なんだ、お前は?」
男たちは呆気にとられている。
「年寄りを相手にみっともないことしてるんじゃないよ。失せな」
「なんだと?」
男のひとりが恫喝面を孫空女に向けた。
「どうせ、盗賊だろう? あたしも経験があるから、盗賊も絶対に駄目だとは言わないけど、三人がかりで、そんな年寄りを殴るなんて気に入らないね」
「気に入らなければ、どうするんだよ、ああっ? そんな他人の心配よりも、自分の心配しろよ、女。こんな人気のない藪の中に、若い女がひとりでやってくるなんざ、お願いだから犯してくださいと言っているようなものだぜ」
三人の男が絡む相手をうずくまっている老人から孫空女に切り替えた。
「やんのかい?」
孫空女は構えることなく言った。
男たちが武器も持たない孫空女を侮っているのは確かだ。
しかし、見たところ大して強くもなさそうだ。それは仕草でわかる。
耳に隠している『如意棒』を出すまでもない。
男たちが近づいてきた。
孫空女は、背負っていた荷をその場に降ろす。
男たちの顔には、好色の色もある。
飛んで火に入ってきた虫を犯してやろうという気分だろうか。
三人のうちのひとりが孫空女に飛びかかってきた。
「おっと」
軽く身体をかわして頭を掴み、そのまま、身体を反転させて後頭部から地面に叩きつける。
「んぎいっ」
それほど力を入れたわけではないが、地面に投げられた男は呆気なく動かなくなった。
「うわっ」
「やりやがったぞ」
残りのふたりが声をあげて同時に飛びかかってきた。
拳で殴りかかってきたが、それもいなして、それぞれの鼻の頭に裏拳を喰らわせた。そのふたりも顔を覆って地面に突っ伏した。
「爺さん、大丈夫かい?」
孫空女は呆然としている老人に近寄って声をかけた。
暴漢たちはちょっとばかり撫ぜてやったようなものだ。大して怪我もしていないし、意識も残っている。孫空女が離れると、うずくまっていた男たちは、地面を這うようにしてどこかに去っていった。
「お、お前さんは……? いたっ……痛たたた──」
老人は、まだ服の下のなにかを服越しに抱いたまま、立とうとして呻き声をあげた。
「立てないのかい?」
「い、いや、大丈夫だ……。た、助けてくれたのじゃな。どこのどなたかわからんが、礼を言う。わしは、
老人は言った。
「寿黒さんか。あたしは孫空女さ。ところで、あいつらはなんだい?」
「わしの財産を狙う悪党どもじゃ」
「財産?」
財産というが、寿黒の身なりはどう見ても裕福とは言えない。
どちらかといえば、貧乏そうだ。
「ああ、そうじゃ」
「まあ、いいや。ところで、寿黒さん、家は遠いのかい?」
「そうでもない……」
寿黒は孫空女がこれから向かおうとしている宿町の名を言った。
「なんだ、あたしのご主人様と仲間が待っている宿町じゃないか。だったら、背負ってやるよ」
「いや、それは……」
寿黒は迷ったような仕草を示した。
「嫌ならいいけど、でも、それじゃあ、歩けそうもないじゃないか」
孫空女は、置いていた荷を持ち、背負い紐を利用して身体の前側に抱える。
そして、身体を屈ませて背中を見せて、寿黒を振り返った。
「そうじゃな。じゃあ、済まんが世話になる」
寿黒は孫空女の背に乗って、孫空女の首に腕を回す。
孫空女は寿黒を背負って立ちあがった。
「重くはないか?」
孫空女の背中の寿黒が言った。
「大したことはないよ」
孫空女は笑って応じた。
しかし、次の瞬間、身体を緊張させた。周囲の藪からがさがさという物音と大勢の人間が近づく気配がしたのだ。
「動くな、命が惜しけりゃな」
周囲から一斉に男たちが現れた。
人数は十人ほどだ。さっき叩き伏せた三人の男も混じっている。
孫空女はぎょっとした。
全員が弩弓を持っている。
弩弓とは強い金具と弦により台に固定した矢を引き金で発射するようにした武器だ。
弓とは違い技術がいらず、素人が遣っても的を外しにくい。
それが十本はあり、全部がこっちを向いている。しかも至近距離だ。
それでも、孫空女だけなら避けることも可能だが、いまは寿黒もいる。寿黒がいる背中からも弩弓は向いているのだ。
「少しでも抵抗すれば全部を同時に発射させる。荷物をおろせ。じじいはそのままだ」
指揮官らしき男が言った。
「この爺さんも殺す気かよ? なにかを探っているんじゃないのよ」
孫空女は言った。なにを目当てで、こいつらが寿黒を襲ったのか知らないが、財産がどうのこうのと寿黒は言っていた。
殺しては都合が悪いのではないだろうか。
とにかく、刺激しないようにゆっくりとした仕草で荷をおろす。
「探し物はもう見つけた。どこに隠しているのかと思っていたが、どうやら常に服の下に隠しているようだ。じじいは殺して、それを奪えばいい。ついでに、関係がないのに関わってきたお前も殺す」
喋っている男には、明らかに勝ち誇った表情がある。
口元が残忍で好色な笑みで歪んでいるように感じた。
「そ、孫空女……」
背中の寿黒が不安そうに名を呼んだ。
「なんとかするよ……。多分ね」
孫空女は言った。
「じじいを背負ったまま、その木の前に立て」
男が指示したのは、枝が多く出ている背の低い樹だ。
孫空女はゆっくりとその樹に向かった。
「じじいを降ろせ」
木の根元に立った孫空女に男は言った。
寿黒が離れるのを待つのだ。
それまでは我慢するしかない。
いま、弩弓を一斉に放たれれば、孫空女はともかく、寿黒は死ぬだろう。
「その樹の枝を跨げ。樹を向いたままな。そして、両手を幹の向こうに回せ。逆らえば、一斉に弩弓を射る」
「言うとおりにするよ。だから、爺さんをあたしから離してやってよ。もしも、間違って当たったら可哀そうじゃないか。あたしも、死にたくはないから逆らわないよ」
孫空女は言った。寿黒が孫空女から離れたときが反撃の機会だ。
弩弓の狙いは、すべて孫空女に向かうはずだ。
孫空女だけなら避けられるのだ。
「まずは、言った通りにしな」
男は言った。声がかすかに興奮で震えている気がする。
嫌な興奮の仕方だ。あれは男が女に欲情しているときのものだ。
だが、それこそ、状況打開の機かもしれない。
孫空女は樹から出ている太い枝を跨いで樹木を抱くように立つ。
枝は横振りになっていて、孫空女が跨いだ部分は水平に近い。
ただ、高さはかろうじて爪先立ちで地面に立てるくらいだ。
両腕で幹を抱き、身体を樹木に寄せる。
「こ、これでいいのかよ?」
孫空女は言った。
だが、なんでこんなことをさせるのだろう。
これで、孫空女の背中と正面は樹木に護られたかたちになる。
もちろん、両側からも弩弓は狙っているので、孫空女が追い詰められている状況に変化はないが、樹木を抱くことで、致命傷を負わない可能性が高くなっている。
これなら一斉に弩弓を射られても、横腹に当たるだけで済むかもしれない。
もっとも、孫空女のすぐそばにおろおろした様子で立っている寿黒は、もっとも危ないということに変わりはない。
「女、股を枝で擦れ。十個の弩弓が狙っていることを忘れるな」
男は言った。
「な、なにぃ?」
孫空女は声をあげた。
なにを考えているんだと思った。
こうなったら、もう暴れてやる。耳に隠している『如意棒』を取ろうとして孫空女は身体を緊張させた。
「お前ら──」
孫空女の殺気を感じたのか、指図をする男がそう叫んだ。
弩弓が一斉にがちゃりと音を立てる。
「わ、わああ──。わかったよ」
孫空女は慌てて叫んだ。
やっぱり駄目だ。
寿黒は、孫空女のすぐ隣のうえに、孫空女が即座に対するとしても、樹が邪魔で寿黒に跳んでくる矢を弾けない。
絶対に弩が当たる。
「はやく、やれよ」
仕方なく孫空女は、つま先立ちで樹木に跨っている股間を前後に動かす。
峻烈な刺激がどっと混みあがる。
「くっ」
思わず声が出た。
しまったと思ったが、我慢できなくて口から漏れ出てしまったのだ。
「なんだあ? もしかしたら、淫乱女かあ?」
どっと周囲を囲んでいる男たちが笑った。恥ずかしいが、たった一回でこんなに劣情をしてしまっては、そうからかわれても仕方がないと思う。
どうして、自分はこんなに感じやすいのだろう。宝玄仙に調教され尽くした身体は、服越しとはいえ股を枝に擦りあげると、樹木のごつごつとした表面に敏感な部分を激しく刺激させてしまい、どうしようもなく官能をかきたててしまう。
「さっと続きをやれよ」
「へっ──。お、犯すんならさっさとやればいいじゃないか。女に恥をかかせて愉しいかい」
孫空女は言い返した。
男が孫空女に近寄ってくれば……。
それを逆に利用すればいい。
「いいからやりな。すげえ別嬪だが、なかなかの腕っぷしみたいだしな。うっかりお前に近づけば危険だ」
畜生……。
見透かされている──。
孫空女は歯噛みした。
諦めて股間を樹木で擦りはじめる。
腰を前後に動かして、股間を樹に擦る。
気持ちいい……。
どうしても、鼻息が荒くなる。
何度かやると、
樹木に股間を押しつけるたびに、蕩けるような愉悦が身体を駆け巡る。
「はあ……はん──はっ……」
摩擦により総身に込みあがる妖しい快感がどんどん快感を増幅している。
口を閉じようと努力するのだが、感じすぎる孫空女の鋭敏な肌はそれを許さない。
どうしても、甘い声が自分の口から出るのを止められない。
「畜生、色っぽく悶えやがって……。堪らないぜ──。おい、じじい」
男の上ずった声がした。
「な、なんじゃ……」
怯えたような寿黒の声が隣から聞こえた。
「その女の胸を剥き出しにして、揉め」
「な、なんじゃと──」
寿黒は、憤った声を出した。
「逆らうと、女と一緒にぶっ殺すぞ」
「そんなことできるか──」
怒りに興奮する寿黒が叫んだ。
「じ、爺さん、構わないよ。や、やって……」
孫空女は慌てて言った。
「しかし……」
「いいから」
孫空女は言った。
「わ、わかった……。す、すまん」
寿黒の指が孫空女の上衣の服の紐を解いていく。
「お前は、樹でせんずるのを止めんじゃねえよ、女──。今度、やめると、弩をぶっ放すぞ」
孫空女は、仕方なく、また股間を擦る。
泣きたくなるような快感が走る。
そのうちに、上衣が開かれ、胸当てがずらされて、乳房が外にこぼれた。
おずおずとした手つきで、寿黒が両方の胸をぐしゃぐしゃと揉み始めた。
限界に近づいていた股間の快感に新しい胸の刺激が加わったことで、ついに強烈な絶頂の閃光が身体を貫いた。
「はひいいっ──」
孫空女は、暴漢たちの前ではしたない愉悦をやってしまった。
襲ってきたあまりもの快感に孫空女は大きな声をあげてしまい、寿黒がびくりとなった。
「うわっ」
寿黒がびっくりした声を出す。
「ご、ごめん」
自分でもわけがわからず謝ってしまう。
「く、くそう──。もう、我慢できねえ。こんないい女、じじいなんかにゃ勿体ないぜ」
ずっと喋っていた男が近づいてきた。
「どけっ」
寿黒を腕で払いのけると、小刀の刃を孫空女の鼻に当てた。
「抵抗すると、すっぱりいくぜ」
男の荒い鼻息が、孫空女のうなじにかかる。
そして、孫空女の鼻に刃物を突きつけたまま、空いている手で孫空女の下袴を脱がそうと、自分の下袴の紐をまさぐる。
しかし、片手ではうまくいかないらしく焦ったような感じになった。
いまだ──。
孫空女は思い切り頭を後方に振った。
孫空女の頭突きが背後から抱きついている男の鼻にぶつかる。
顔の前の小刀は、間一髪、手で弾き飛ばした。
「ほがっ──」
枝に乗っていた身体を後方に倒れ込ませた。
背中を地面に向かわせながら、孫空女の頭突きを受けて顔を押さえている男の首筋に踵を喰い込ませる。
男が呻き声をあげて倒れた。
「爺さん、伏せて──」
孫空女は叫びながら、耳から『如意棒』を出す。
「伸びろ──」
周囲がやっと騒然となる。
無秩序な弩弓が飛翔する。
全部は避けられない。
寿黒に向かっている弩弓を先に叩き落とし、ほかの弩弓は身体を捻って避ける。
避けられない一本が太腿を掠る。
「ちっ──」
地面に転がりながら態勢を取り直す。
弩弓は一度放てば、装填には時間がかかる。
孫空女は『如意棒』を振り回して、彼らを追う。そして、逃げようとする男たちをひとりひとり『如意棒』で打ち据える。
十人いた襲撃者の全員を倒すのは大した仕事ではなかった。
周囲の草むらに孫空女に倒された男たちが転がる。
全員を叩きのめすと、孫空女はひとりひとり回って、気を失っているのを確認する。ついでに弩弓を全部壊してしまう。
「怪我はないかい、爺さん?」
全部が終わると、草の上に腰を抜かしたように座り込んでいた寿黒に孫空女は近づいた。
そのとき、まだ胸が剥き出しだったことに気がつき、慌てて胸元を直す。
「あ、あんた……」
寿黒が呆気にとられて見ている。
「大丈夫そうだね」
孫空女は寿黒の無事を確かめると、気を失っている暴漢のひとりが頭に巻いていた布をとりあげて、自分の傷の上を縛り腿の応急治療をする。
大したことはない。宿に戻れば宝玄仙が治療をしてくれるだろう。
もう一度、寿黒のいる場所に戻る。
「ほら、背中に乗りなよ。もう、行こう。連中が復活する前に、遠くまで逃げとかなきゃ面倒だ」
孫空女は背中を寿黒に見せた。
「だ、大丈夫じゃ。そんな怪我をした女の背を借りんでも歩ける。それよりも、あんたは何者なんじゃ?」
寿黒は孫空女に畏敬のこもったまなざしを向けた。孫空女は少し戸惑った。
「あたしは、ただの旅の女だよ。宝玄仙という女主人の供さ。爺さんが向かっている宿町にあたしも向かっていたところでね。そこで、あたしのご主人様が待っているんだよ」
孫空女は言った。
「なんで、わしみたいな見知らぬ年寄りを助けようと思ったんじゃ?」
「たまたま、通りかかったからさ──。まあ、ひとりで歩けるなら大丈夫だね。こいつらが何者か知らないけど、これからは気をつけな。じゃあね」
孫空女は荷を背負うと、一度手を振って、街道に向かって歩きかけた。
「待て──。頼む、待ってくれ──」
寿黒の切羽詰った声が背中から追いかけてきた。
孫空女は振り返った。
足を軽く引き摺りながら、寿黒がやってくる。
「なにさ?」
孫空女は言った。
「これまで、誰にも相談できんかったことがあるんじゃが、あんたなら信用できる。これを……。これを見てくれ」
寿黒は、服の下に隠していた糸で綴った一冊の書物を差し出した。
「なにこれ?」
「わしの財産じゃ。この書物には、それなりの財宝の場所が隠されておるのじゃ。だが、残念ながら、わしにはこれが読めん。字が読めんのじゃ。かといって、身も知らぬ他人のことは信用できん。だから、これまで誰にも相談できずに、この書物を隠し持っていただけでいた。だが、これは宝の隠し場所が書かれている書物なのだ」
「宝の隠し場所?」
孫空女は声をあげてしまった。
「だが、わしが、財宝の在り処を書き記した書物を持っていることを聞いた誰かがおるようじゃ。こいつらは、その誰かの回し者だと思う──。頼む。わしの代わりにこれを読み、この書物になにが書いてあるのか教えてくれ。あんたなら、信用できる」
寿黒は一世一代の決心という感じの必死の形相で書物を孫空女に差し出している。
「や、藪から棒になにさ。あたしも身も知らぬ他人だよ」
孫空女は困って言った。
「他人でも、若い女のあんたがあんな目に遭いかけてでも、他人のわしを助けてくれようとしたんじゃ。あんたがいなければ、わしはここで死んでいたかもしれん。あんたなら、騙されて財宝を横取りされても諦められる」
「そ、そんな……」
孫空女は寿黒の差し出す書物に眼をやった。
古そうではないが、新品でもない。表紙になにか字が書いてあるが、孫空女には読めない。
孫空女も文盲だ。
何気なく受け取って、ぱらぱらとめくった。
ところどころに絵があり、女の裸が描かれている。
これはなんだろう?
「残念だけど、あたしも字が読めないんだ──」
孫空女は、書物を返しながら言った。
「そ、そうかあ……。読めんのか……」
すると、寿黒は見るからに意気消沈した様子になった。
「だ、だけど、あたしの仲間は字が読めるよ。仲間に相談していいかい?」
孫空女は言った。