孫空女が
沙那は、孫空女が自ら囮になって、追手の兵を引きとめてくれていたことに気がつかなかったのだ。
とにかく、沙那も事態を把握はしていない。
路地に入り込み、後ろに兵が見えなくなったところで、突然に九頭女と名乗る女が前に現れ、沙那たちと逃亡奴隷を匿うからついて来いと言われたのだ。
嫌も応もない。
ここで逃げられなければ、全員捕えられるだけだ。
四人だけならともかく、逃亡奴隷を八人も抱えている。
いくら、路地に入ることで時間を稼いだとしても、このまま逃げられるとは思えなかった。
沙那はとっさに判断して、その九頭女の申し出に乗った。宝玄仙も文句は言わなかった。
九頭女の案内で路地を通り抜け、いつの間にか表通りに近い場所まで戻って来ていた。
そして、眼の前に三階建ての建物があった。
「
九頭女が言った。
「金光院? 神殿かい、ここは?」
宝玄仙がいぶかしげな声をあげた。
すると九頭女がぷっと噴き出した。
「ある意味ではそうかもしれませんね、宝玄仙殿。命を洗うところということは同じでしょう。ここは妓楼で、この裏は城郭の色町です。金光院は、その中にある妓楼の中でも、特に有名な店のひとつです」
九頭女は言った。
そのとき、沙那は孫空女がいないことにはじめて気がついたのだ。
そのまま、戻ろうと思った。
しかし、それを九頭女が制した。
「ここは、わたしに任せて、沙那」
そう言って九頭女は突然その場から消えた。
移動術?
まるで、壁に消えたようにしか思えなかった。九頭女のいた場所には壁があるだけだ。
道術――?
まだ、わからないが、いずれにしても、沙那は九頭女がただ者でないということを悟った。
とにかく、ここは任せた方がいいと判断した。
それにしても、なぜ、宝玄仙の名や沙那の名を知っていたのだろうか――。
だいたい、彼女は何者なのか?
九頭女に促された金光院の勝手口から入ると、すぐに数名の女たちが出てきた。
ここで働いている遊妓たちだとすぐにわかった。
全員が肌の露わな薄物を着ている。
限りなく薄い生地の一枚ものを身にまとっていて、乳首も恥毛もはっきりと浮き出ている。
そして、全員が肌のどこかに奴隷の刻印がある。
奴隷の刻印の場所はまちまちだ。
一番多いのは二の腕か胸の上についている者だが、中には乳房や尻、あるいは下腹部につけられている者もいる。
確か、奴隷の印は常に露出しなければならないのがこの国の法だったから、そんなところに印をつけられては、裸で外を歩かなければならないということだ。
もっとも、奴隷などというものは、大抵は分限者の屋敷内に監禁されて、滅多に外には出ないらしいから、実際にはそれほど悩むことはないのかもしれない。
沙那たちは、その女たちの先導により、建物内を進んだが、内部は迷路のようになっていて、やたらに廊下が入り組んでいた。
しかも、道順が憶えられないように調度品なども一切が置いていなかった。
やがて、小さな部屋に入れられ、驚いたことに、そこには、さらに地下に下る階段があった。
さらに階段を降りると、再び廊下があり、大きな部屋に全員が案内された。
連れてきた奴隷女たちについては、向かいの部屋で休んでもらうといって遊妓たちが連れていった。
その大部屋には、沙那と宝玄仙と朱姫が残ることになった。
そして、しばらくすると、孫空女を連れた九頭女が部屋に入って来たのだ。
「孫女、無事でよかったわ」
沙那はほっとして言った。
「なんとかね。この九頭女に助けられたよ。ところで、ここはどこ?」
部屋には椅子や卓のようなものはなかった。ただ、床には柔らかな絨毯が敷き詰められていて、どこにでも寝たり座ったりできるようになっている。
九頭女が床に座ったので、沙那たちも九頭女の前になんとなく座る。
「ここは、金光院という妓楼よ」
九頭女がさっきと同じ説明を孫空女にした。
「まだ、城郭の中だよね?」
「残念ながらね、孫空女。突然のことで、あなた方を城郭の外に出せる余裕はなかったわ。いずれにしても、道術で城壁は越えられないわ。特殊な仕掛けがしてあるの」
九頭女が応じた。
「孫空女は、『移動術』でここまで来たの?」
沙那は訊ねた。
「うん。途中からね。この九頭女に連れられて……。沙那たちは違うの?」
「わたしたちは、路地を伝って、そのまま、ここまで駆けて来たわ」
「孫空女は、すっかりと包囲されてしまっていたし、兵たちには、この場所に逃げ込むのを知られるわけにはいかなかったのよ」
九頭女が応じた。
「追手を巻くために『移動術』を遣ったということ?」
沙那は言った。
「仕方なくね。道術遣いがいるということはできれば知られたくなかったんだけどね。もう、それ以外に方法はなかったから……。逃げおおせて、うまく連中を巻く手段がなかった。絶対に、この場所に逃げたことを知られるわけにはいかないのよ」
九頭女は言った。
「でも、わたしたちは普通に駆けてここにきたわ」
沙那は言った。
孫空女は『移動術』で追手の兵を攪乱したらしいが、沙那たちは比較的まっすぐにここまでやってきた。それほど、追跡を振り切る工夫はしていない。
「それは大丈夫よ、沙那。あなたたちの身代わりが今頃、軍に追いかけ回されているわ。彼女たちは、しばらく、そうやって追いかけられてから、まったく別の場所で姿を消すことになっているわ」
沙那は驚いた。
そんなことをしてくれているとは思わなかったのだ。
「そんなことをして大丈夫なの? その身代わりの人たちが軍に捕らえられたら」
「心配いらないわ、沙那。そういう工作に馴れた者たちだから……。身代わりになった手の者を指揮しているのは、
九頭女は言った。
いま、九頭女は、“手の者”という言い方をした。いったい彼女たちはどういう立場の人間だろう。
「ところで、お前、何者だい?」
黙ってやり取りを聞いていた宝玄仙が言った。
「これは、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。九頭女と申します。この妓楼の主人です」
九頭女が頭を下げた。
「九頭女かい。最初に言っておくよ。助けてくれたことには感謝する」
「それには及びません、宝玄仙さん。あなた方もこの国の女奴隷を助けてくれました」
九頭女は応じた。
ひと筋縄ではいかない気配をこの九頭女から感じる。
単に女奴隷を助けようとした沙那たちを義侠心だけで、助けようとしたのではない気がする。
ただの気紛れで、自分の妓楼に城郭兵に追われている女を匿うということはしないだろう。
下手をすれば、逃亡奴隷や沙那たちごと捕えられて、一蓮托生の処刑となる。
「ところで、ここは妓楼だったね?」
宝玄仙が真面目な表情で言った。
「はい」
「そして、お前は、ここの女主人?」
「はい」
「お前も客をとるのかい?」
「……とることもあります。わたし自身がこの妓楼一の女ですから。わたしを目当てで通ってこられる殿方もおられますから。もちろん、簡単にわたしを抱くことはできません。何度か通ってこられて、わたしの気が向いたら……。ということになりますね」
九頭女が困惑気味の口調で応じた。
「どういう手順で抱かせるんだい?」
「そ、そうですねえ。まずは、店の馴染みになってもらうところから……」
「馴染みというのはどうやってなるんだい?」
沙那もまた当惑していた。
宝玄仙は一体全体なにを探ろうとしているのだろう……?
いずれにしても、沙那は、どうして九頭女が自分たちのことを知っていて、そして、間一髪のところで助けてくれたのかを知りたかった。
それに、軍と敵対するような危ない橋を躊躇いなく渡り、しかも、その手際の良さの背景も知りたい。
だが、確かに、この妓楼もただの妓楼ではなさそうだ。
この店には裏がある。
それを探ることも大事だ。
ただの妓楼が、沙那たちに成りすまして軍を引きつけるというような特殊な工作のできる“手の者”を組織しているわけがない。
「馴染みのなり方ですか……? そうですねえ……。まずは、店の客になってもらうところから……。そして、贔屓の客になったところで、わたしを抱きたいという意思を手代女を通じて伝えてもらいます。そして、その客が上客と判断した場合には、わたしと客が、数度同じ席で酒などをかわします。実際に抱かれるのは、三度目か、四度目か……」
「そういうまどろっこしいことは嫌なんだよ。お前を抱くのに、いくらかかるか言いなよ」
宝玄仙が不満そうに言った。
「ご、ご主人様――」
沙那は声をあげた。
忘れていた――。
宝玄仙がまともな質問をしていると考えたのが愚かだった。
九頭女は美人だ。
しかも、宝玄仙が興味を持ちそうな気の強さ、意思の強さを感じさせる。
そういう女を嗜虐して、性の技で屈服させて泣かせるのが宝玄仙は大好きなのだ。
さっきから一生懸命に訊ねているのは、九頭女を抱く方法を質問しているだけで、九頭女の裏にある背景や沙那たちを助けてくれた理由を探っているのではまったくないのだ。
「なんだい、沙那? 大きな声を出して――」
宝玄仙は話を遮られて不満そうな表情を沙那に向けた。
「わたしが質問します、ご主人様」
沙那は言った。
「お前が、九頭女と寝る方法を訊ねるのかい?」
宝玄仙が目を丸くした。
「違います。そこから離れてください。まずは、この九頭女がわたしたちの敵なのか、味方なのか、そういうことを知る必要があるんじゃないですか」
すると九頭女が声をあげて笑った。
「わたしたちは、敵じゃないわ。それくらいは認めてくれていいのではないの、沙那?」
「それは、わたしたちの名をどうして知っているのかを教えてもらってから判断します、九頭女さん」
沙那は九頭女の顔を見つけた。
沙那の言葉を面白がっている不敵な態度が九頭女の笑みの中にある。
「夢で見た……。そういうことにしておきましょう」
九頭女はしばらく考えてから言った。
「夢?」
声を発したのは宝玄仙だ。
「あなた方がこの城塞にやってくるという夢を見ました。そして、わたしたちを助けてくれると……。果たして、本当に夢のとおりのあなた方が国都にやってきて、この国で虐げられている奴隷を救おうとしてくれました」
「出任せを言うんじゃないよ、九頭女――。なにが夢だい」
「でも、あなた方の存在については知っていました。耳にしていたていたとおりの方々でした」
九頭女は言った。
「耳にしていた……? いま、耳にしていたと言いましたよね。誰からわたしたちのことを聞いたのですか?」
沙那は口を挟んだ。
「あらっ……。わたしとしたことが口を滑らせましたね……。仕方ありません。では、正直に申しましょう。あなた方のことは、以前、ある人物から噂を聞いていました。大変な女傑たちだとも伺っています。女人国側から
「わたしたちのことを知っていた?」
沙那は困惑した。
そんなことがあるだろうか。
初めて来る国なのだ。この城郭だって、たまたま通過しようとしていただけだ。
「じゃあ、もっと言いましょう。女人国側からの街道には手の者を配置してます。わたしたちが普通の娼館の女ではないことはわかったと思いますが、実はわたしたちは、この国の奴隷女を解放する活動をしています。この娼館はその隠れ蓑です」
「奴隷女の解放?」
それはこの国の法では犯罪だろう。
だが手慣れた感じがあり、そういうことを常態にしている感じはある。
つまりは、国に逆らう活動をしている地下組織というところだろう。
この九頭女はその女頭領というところか?
「女奴隷はわたしたちの活動のひとつですね。女人国からは不当に連れて来られた女が闇奴隷として次々に送られます。街道沿いの手の者はそういう情報を集めるためのものです。あなた方のことは、ある人物から耳にしてました。もしかしたら、会えるかもしれないと思い、それらしい人物が街道を通過すれば、情報をあげるように伝達をしてたのです」
「わたしたちのこと存在を掴んでたの?」
「そういうことです。あなた方についても、逐次に情報が入ってました。この城郭を通過してくれたのは偶然ですが、それで、なんとか接触できないかとも考えていました。もっとも、あんなにあっという間に騒動を起こすとは思いませんでしたけど……。お陰で、探し出して接触を試みる手間は省けました」
「わたしたちのことを伝えたある人物とは誰ですか?」
沙那は言った。
「いまは、申しあげるわけにはいきません」
九頭女だ。
「なぜです?」
「あなた方がわたしたちの敵なのか、味方なのか決まっていないからです。あなたが、わたしたちを味方と考えてくれるなら、教えます」
九頭女は笑った。
「敵とか味方とか、どういうことさ? あんたらは、なにかと戦っているのかい?」
突然、孫空女が口を挟んだ。
面倒な思考を踏まない孫空女の言葉は、時折、単刀直入に核心を突くことがある。
いまがそうだ。
確かに、九頭女はなにかと戦っているに違いない。
その戦いの中に、偶然、沙那たちが関わった。
そして、たまたま、宝玄仙や沙那たちの存在を耳にしていて、救出の手を差し伸べた。そういうことなのだろう。
戦っている――。
そうであれば、これまでに道中で接した情報から思い当たることはある。
「この国と戦っている……。そうなのね、九頭女?」
沙那は言った。
九頭女は少しだけ動揺の色を顔に浮かべた。どうやら、当たりらしい。
「奴隷解放? いや、叛乱?」
さらに沙那は言った。
この城郭に来るまでに、この祭賽帝国のあちこちで奴隷制度の実態も聞いたし、賊徒、叛徒が横行しており、逃亡奴隷たちが隠れ里を作ったり、あるいは、盗賊化しているという話も聞いた。
その中でももっとも規模の大きいのは、ここから少し東側で起こっている「梁山泊」の叛乱と、青州と呼ばれる地域で起きている李忠という男の叛乱だ。いずれも、近傍の城郭を占拠して叛徒による自治をしいている。
ともかく、九頭女は、そういう叛乱のどれかに関わりのあるなにかなのかもしれない。
しかし、それが国都に近いこの城郭で妓楼を開いているというのはどういうことなのだろう。
「この先は、おいそれとは言えないわ。ただ、わたしたちは、この国の不条理と戦っている。それだけは言っておくわ」
九頭女は真顔で言った。
「不条理?」
「そうよ、沙那。あなたも見たでしょう。別室で休ませているけど、なんの罪もないのに、城郭を馬のように馬車を曳かされていた女たち――。家畜のように健康な身体に焼印を押されていた女たち――。彼女たちがなにをしたというのかしら。そんな不条理は、この国の現実よ。それは改めなければならないわ」
やはり、九頭女は奴隷解放のために戦っているのだ。
しかも、こんな国都に近い城郭のど真ん中にある妓楼をその拠点としているに違いない。
沙那は驚いた。
「話はよくわからないが、味方になってやろうじゃないか、九頭女。まあ、助けられたのは確かだしね」
宝玄仙が突然言った。
「本当ですか?」
九頭女の顔が綻んだ。
「だけど、条件がある」
「条件?」
嫌な予感がした。
宝玄仙の考えていることなどいつもひとつだけだ。
「ああ、そうだ。はっきりと言っておくけど、お前たちが政府に叛抗しているとか、この国の奴隷制度を潰そうとしているとか、そういうことはなにもわからないし、興味もない。匿ってくれたことについては感謝するけど、それだけだ。それに恩を着せられて、得体の知れないお前らの戦いに加わるつもりはない。その義理もない」
「でも、奴隷を救ってくれました」
九頭女は言った。
「それは、この馬鹿たれが暴れたからさ。消してやった記憶が込みあがったかどうなのか知らないけど、あれにはしっかりと罰が必要だね。お陰で、こんなことになったんだ」
宝玄仙は孫空女を指さした。
「ご、ご免よ、ご主人様」
孫空女が頭をすくめた。
「孫姉さんは、あの奴隷にされていた女たちが、女人国から浚われたというのが許せなかったんですよ、ご主人様。許してあげてください」
孫空女の横に座っている朱姫が声をあげる。
「まあ、女人国から連れてこられてきたと知れば、満更無関係とはいえないしね……。だけど、それと、お前らにこの宝玄仙が力を貸すのとは違うさ。味方がどうのこうのと言っていたけど、つまりは、お前たちは、実は反政府組織のなにかであり、わたしたちにその活動に協力しろ――。そう言いたいんだろう、九頭女?」
宝玄仙が九頭女に視線を向け直す。
「そうです」
「だったら、わたしの出す条件を果たせば、匿ってくれた駄賃代わりに、なにかを引き受けてやってもいい。まあ、条件次第ということさ」
「条件とはなんですか、宝玄仙さん?」
「お前とわたしで、性愛の勝負をするのさ。限界までいかされた方が負け。負けた者は相手に従う。そういうことにしようじゃないか、九頭女」
宝玄仙が破顔していった。
「ま、またですか、ご主人様」
何度同じようなことをやれば気が済むのだろう。
まったく同じことを女人国の大元府で、あの金水蓮とやったばかりだ。
ここでも、この九頭女と同じことをやるつもりなのだ。
沙那は呆れた。
「わ、わたしは、女と床入れしたことはありません」
九頭女は目を丸くしている。
「この国の不条理と戦うためだろう? こんなところで、妓楼を開いて、政府の情報でも集めているんだろうけど、なかなかにいいやり方じゃないか。それを城郭のど真ん中でやるなんていうのは根性も座っているしね――。その根性をちょっとここで示しな。お前も一応は、この店一の女ということになっているんだろう。性の技でこの宝玄仙に勝てば、なんでもやってやるよ」
宝玄仙が顔に愉悦の色を浮かべた
沙那は嘆息した。
宝玄仙が暴走しかけているのをとめるべきか、成り行きに任せるべきか少しばかり躊躇した。
「わかりました。条件を飲みましょう。性愛の勝負ですね――。やります」
九頭女は大きく息を吐いてから言った。
「そうこなくっちゃね。じゃあ、服を脱ぎな、九頭女」
宝玄仙が立ちあがった。そして、着ているものを脱ぎ始める。
「こ、ここで?」
九頭女はびっくりしている。
「ここでだよ」
宝玄仙はどんどん着ているものを脱いでいる。九頭女はどうしていいかわからない様子でおろおろしている。
「でも、寝具もなにも……。それに彼女たちもいるし……」
九頭女がこっちを見る。なんとなく視線が合った。
「なにをごちゃごちゃ言ってるんだよ、九頭女――。朱姫、ひん剥きな」
宝玄仙が朱姫に言った。
「はい」
朱姫が返事をすると同時に、九頭女が悲鳴をあげた。九頭女の身体に一斉に黒い手の影が浮きあがったのだ。
朱姫の『影手』だ。
九頭女は、たくさんの黒い手に押し倒されて、床にばったりと倒される。
さらに、朱姫は、立ちあがって、倒れている九頭女の服に手をかけた。
「さあ、九頭女さん、脱ぎ脱ぎしましょうね」
朱姫がそう言って、九頭女の上衣の紐をくつろぎ始めた。
始まった――と思った。
孫空女と視線を合わせる。そして、邪魔にならないようにふたりで部屋の隅に移動する。
「ま、待って――。あ、あんたたち、なにを考えているのよ――」
上着が剥がされて上半身が胸当てだけになったところで、九頭女が懸命にあがいて、やっと朱姫の手首を掴んだ。
「ご主人様、やっぱり、あたしの道術じゃはね返されるみたいです」
朱姫が宝玄仙を見る。
「いや、そんなことないさ。いまのところ、五分五分というところじゃないかい? それに、嫌がる女が抵抗する様子は風情があっていいじゃないか。脇の下でもくすぐってやりな。力も抜けるさ」
「なるほど。わかりました、ご主人様」
朱姫の『影手』の一部が朱姫の両手首を掴んでいる腕の脇に移動していった。
「ひゃああっ」
九頭女が声をあげて身体をくねらせた。九頭女の腕は再び、床に押しつけられる。抵抗の力が少なくなった九頭女から、朱姫が腰紐を解いて着物をさっと剥ぎ取る。
九頭女は色っぽい下着姿になった。
「さて、じゃあ、性愛の勝負といこうじゃないか、九頭女」
宝玄仙が立ちあがって言った。そして、身に着けていた胸当てと腰の下着を取り去って全裸になる。
その間も、朱姫の『影手』は九頭女の身体を這いまわっている。
『影手』越しとはいえ、あの朱姫の手管だ。九頭女は翻弄され、身体を赤くして身体をくねらせている。
「はあっ、ああっ」
九頭女の喘ぎ声が大きくなる。
「どれどれ、そろそろどんな持ち物を持っているか見せてもらおうかね」
宝玄仙がそう言うと、朱姫がまず九頭女の胸当てを剥ぎ取った。
白い陶器のようなふたつの乳房が露わになる。
途端に、その乳房に十数本の『影手』が飛びかかった。
真っ黒になった九頭女の乳房がくねくねと動く。
「ひっ、ひいいっ」
九頭女が悲鳴をあげた。
「いい声で鳴くじゃないかい。朱姫、その調子だよ。流石はわたしの愛弟子だよ」
宝玄仙は大喜びだ。
「愛弟子と言ってくれるんですか? 嬉しいです。ご主人様」
朱姫が言った。そのあいだも、朱姫の道術による影手は、九頭女の肌のあちこちを愛撫し続けている。
「……わ、わかりました……。やります――。お、お相手しますから、や、やめてえっ。せ、せめて、灯りを――」
九頭女が泣くような声をあげた。
部屋の中にはふたつの灯篭が薄明るい照明を作っている。
叛政府活動の隠れ蓑とはいえ、妓楼を仕切る女にしては、案外に初心のようだ。
こんな明るい場所で淫情に耽るのは耐えられないということらしい。
「ああ、灯りかい。わかったよ、朱姫」
宝玄仙が愉しそうに朱姫に声をかける。
「わかりました」
朱姫が『影手』で九頭女をいたぶる手を休めて、なにかの術をかける仕草をした。
部屋の壁が真っ白く光って、まるで昼間のような明るさがやってくる。
九頭女がまた悲鳴をあげた。
「これで、九頭女の持ち物については、隅から隅まで点検できるというものだよ」
宝玄仙が笑った。
「じゃあ、九頭女さん、ご主人様にお道具をお見せください」
朱姫が九頭女の腰の下着に手をかけた。
「ちょっ、ちょっと……。んひいいっ」
九頭女が嫌がって手で防ごうとするが、その手に次から次へと『影手』が群がり、その指を引き離して下着から手を離させた。朱姫の手が九頭女の腰から下着をすっとおろしてしまう。
朱姫は、九頭女の足首から下着を抜き取る。
「もしかしたら、朱姫って、それなりの術遣いなのかなあ……」
ずっとその光景を観察していた孫空女が首を傾げながら言った。
沙那もそう思った。
いままで、朱姫のことは術遣いとしては、下級、よくて中級程度と思っていたが、こうやって、朱姫の道術でほかの術遣いが翻弄されているのを見ると、それなりの道術遣いなのだろうか。
「そうねえ……。でも、術遣いとしての強さって、比較問題なんでしょう?」
沙那は言った。術遣いの力は霊力の強さであるが、どんなに大きな霊力を持っていても、それよりも大きな霊力を持つ相手には歯が立たない。
だから、朱姫が九頭女を術で翻弄しているとしても、九頭女が道術遣いとして下級程度の道術遣いであるならば、朱姫が凄いとは言えないのだ。
「あっ、ああっ、あああ――」
いま、朱姫は、頑なに脚を開くのを拒んでいる九頭女の両脚を道術で左右に少しずつ割っている。
朱姫の表情を見ると、あれは愉しんでいる。
「ほらほら、もっと頑張らなくていいんですか、九頭女さん。あたしたちの玩具にされますよ」
朱姫が愉しそうに言った。
沙那は嘆息した。
ひと思いにやれば、あっという間に開脚させることができるが、九頭女の力で支えられるぎりぎりのところで加減して『影手』で脚を左右に引っぱっているみたいだ。
それに比べて、九頭女は道術と筋力の全力でそれに対応しているようだ。
朱姫にはまだ余裕があるようだが、全力で脚に力を入れている九頭女は、いずれは力尽きるだろう。
その証拠に、徐々にではあるが、九頭女の脚は羞恥の源を露わにしようとしている。
「いや、違うよ、沙那。あたしは、ある程度は道術の波を感じることができるからわかるんだけど、朱姫の霊気はどんどん大きくなっている。風船みたいに膨れあがる感じなんだ」
「風船?」
「うん。あれだと、九頭女がどんなに頑張っても、朱姫には勝てないと思う。それに、九頭女は決して低い術遣いじゃないよ。九頭女はあたしがいままでに会った術遣いの中でも魔力は小さい方じゃない。むしろ、おかしいのは朱姫の方さ。あんなに、大きく膨れあがった朱姫の霊力は始めて接したよ」
孫空女がそう言った。
「おかしいとはどういうこと、孫空女?」
「朱姫以外の術遣いは、大抵は、霊気、つまり、霊力は変化しないよ。ご主人様だってそうさ。ご主人様は霊力が途方もなく大きいけど、それが変化するということはないんだ。霊力を消すことがあるけど、それは不意に見えなくなる感じで、小さくなるのとは違うんだよ」
「そうなの?」
「うん、だけど、朱姫の場合は、普通のときはほとんど感じることができないくらいなのに、道術をかけるときには、それがだんだんと大きくなる。まるで、必要なものをどんどん取り込んで膨れるみたいに」
沙那は驚いた。
しかし、そう言えば、朱姫の霊力について、宝玄仙が普段はほとんどわからないくらいに小さいと表現していたことを思い出した。
その割には、『獣人』のような巨大な道術力が必要な術も一時的とはいえ遣うことができるし、以前は『使徒』の術も操っていた。
朱姫が何気に使う『移動術』も、あれが遣えるのは一流の術遣いだけだとも聞いたことがある。
道術の源である霊力の量が変化するというのが、普通にはない特徴なのであれば、それが朱姫の半妖としての特殊体質によるものなのだろうか。
沙那は視線を部屋の真ん中に戻す。
九頭女の脚はついに大きく開脚されて、股間の中心を宝玄仙の前に曝け出している。
どうやら九頭女は、霊力と体力の両方を使いきったようであり、全身に汗をかき、激しい呼吸で胸を大きく上下させている。
「な、なに、この娘……。こ、このわたしが、抵抗できないなんて……」
九頭女が悔しそうに呟いた。
「そりゃあ、そうさ。この朱姫は、こと嗜虐にかけては、いくらでも霊力を振り絞れるのさ。なんといっても、わたしの弟子だからね」
宝玄仙が言った。いま宝玄仙の身体は、大きく割れた九頭女の脚の間で胡坐をかいている。
もう手を伸ばせば、いくらでも九頭女の股間をなぶれる位置だ。
「嬉しいです、ご主人様。あたしのことを、また愛弟子だと言ってくれるんですね」
朱姫が叫んだ。朱姫の眼が大きく開いている。本当に感激しているようだ。
「当たり前だよをお前はわたしの弟子さ。術遣いとしても、嗜虐者としても大きな素質を持っているわたしの最初の弟子だ。それに、わかっていると思うけど、いま、お前は自分でも信じられないくらいに霊力を増幅させたよ。思った通り、嗜虐については、精神が集中できて道術力を大きくできるようだよ」
宝玄仙は言った。
「わ、わたしをこれ以上、どうする気ですか? 性愛の勝負なのでしょう――。どちらが勝つか、負けるかの性愛の勝負をするのではないのですか?」
朱姫の『影手』により、四肢を床に押さえつけられている九頭女が首だけあげて叫んだ。
「そういえば、そんなことを言ったねえ――。じゃあ、勝負といこうじゃないか。いくらでも、責めてもらってかまわないよ、九頭女。最初に教えてもいいけど、わたしは、お尻が弱いんだよ。それ以外はお前みたいな若い女が束になってもこの宝玄仙を陥せはしないさ」
宝玄仙が笑った。
そして、身動きのできない九頭女の股間に指を這わせ始めた。
あっという間に、九頭女が大きな嬌声をあげはじめる。
「ああ……、ひ、卑怯です――ああっ……。手を……手と脚を自由にして――ひいっ――。んああはあっ」
宝玄仙に淫裂をなぶられて九頭女は呆気なく最初の絶頂をした。
床に貼り付けられている九頭女の裸体が弓なりになり、しばらくして、がっくりと脱力した。
宝玄仙が少しだけ呆れたような顔をして、九頭女の股間に入り込んでいた指を抜く。
「勝負はお前とわたしの勝負だよ。朱姫がなにをしようと関係ないだろう……。ねえ、朱姫」
「あたしもそう思います、ご主人様――。なにが卑怯なのかわかりません。九頭女さんも一生懸命に戦ってくださいよ」
そう言いながらも朱姫は、『影手』を緩めない。
それどころか、九頭女が最後の力を振り絞って、朱姫の『影手』から脱しようとすると、手足を押さえている『影手』の数を倍くらいに増やし、しかも、また脇の下に新しい『影手』を出現させて、くすぐり始めた。
「ひっ、いやあ、んはああっ、も、もうやめてえ」
真っ赤になった全身を仰け反らせた九頭女は、力を振り絞るように抵抗を続けている。だけど、朱姫の影手の愛撫に翻弄されて、だんだんと抵抗も弱まっている。
これは二度目の昇天もすぐだろう。
とにかく?こうなったら、このふたりは、最後の最後まで九頭女の身体から淫情を搾り取るに違いない。
九頭女には多少は気の毒のような気もするが、最初に宝玄仙の相手を容認するようなことを言ったような気がするし、宝玄仙がああやって遊んでいるということは、九頭女が要求していた彼女たちへの活動に協力する気はあるのだろう。
「ご主人様、よければ、わたしたちは別室で休ませてもらってもよろしいでしょうか?」
沙那は言った。
確か廊下を挟んだ隣の大部屋に、一緒に逃げてきた逃亡奴隷たちがいるはずだ。
彼女たちは、そこで食事や寝具を与えられるとともに、治療を受けて休んでいるそうだ。
沙那も孫空女と一緒に、そっちで休もうと思った。
ここは地下だからよくわからないが、そろそろ夜もかなり更けた頃だろう。
「ああ、好きにしな」
宝玄仙がこっちを見ることなく言った。
沙那はほっとして、孫空女を促して部屋を出る扉に向かった。
そして、部屋を出るときに、ふと宝玄仙と朱姫の様子を見た。
「ふあああっ、そ、そこだめえ――」
そのとき、九頭女が絶叫した。
一方で、身動きのできない九頭女の裸身の隅々を確かめるように、宝玄仙と朱姫が九頭女の全身を愛撫をしている。
また、その反応の激しい場所があると、そこに朱姫の『影手』がひとつずつ置かれて、刺激を加えだす。
その状態で、宝玄仙は新しい九頭女の性感帯を探して指を這い回らせる。
朝までに九頭女の性感帯の地図を作ってしまおう――。
ふたりがそんなことを言い合って笑っている。
沙那は、もう一度嘆息して、今度こそ振り返ることなく部屋の外に出た。