宝玄仙は、宝玉と向き合っていた。
自分の意識の中だ──。
久しぶりに面と向かって語る宝玉は、急にひと回り小さくなった印象を受ける。
なにかに怯えていて、おどおどしている。
こんな宝玉は、最近は見ていなかった。
だが、これは、闘勝仙に嗜虐されていた頃の宝玉だ。
沙那たちと遊ぶために表に出てきている最近は、宝玉はいつも愉しそうで、生き生きとしている。
そして、堂々としていて、
この頃では、宝玄仙さえも圧倒するような存在感もあった。
しかし、その宝玉は、いま、かつての弱々しかった宝玉に戻りかけている。
宝玄仙は思い出さざるを得なかった。
闘勝仙の嗜虐を一身に背負った宝玉は、闘勝仙の存在がなくなっても、宝玉として表に出てこれるようになるまでに、一年近い時間を要したのだという事実を──。
「宝玉、言っておくけど、わたしが願わない限り、もう勝手に出て来るんじゃないよ」
宝玄仙は言った。
「わたしを除け者にするの、宝玄仙? ふたりでこの身体を使うという約束でしょう」
宝玉は皮肉っぽくそう言ったが、宝玄仙には、その宝玉の空元気の下にある心の疲労感を相手から感じていた。
同じ人間なのだ。
宝玉の感じることは、宝玄仙も感じる。
宝玉は、千代婆の責めに屈しそうな宝玄仙を心配して、度々出てくるが、宝玉は弱い。
いや強いのだが、それは弱くなることで存在を保つ強さだ。
それが宝玉という人格の本質だ。
千代婆の責めを受けることで宝玉は、かつて闘勝仙に調教され尽くした日々を思い出そうとしている。
それが宝玉をいまの弱々しい宝玉にした。
もともとのひとりの人格である「宝玄仙」を、いまの宝玄仙と宝玉で分け合った。
宝玄仙は、元の「宝玄仙」の強い部分と嗜虐癖を受け持ち、宝玉は残った「宝玄仙」の弱い部分と被虐癖を受け取った。
宝玄仙が闘勝仙への復讐を、宝玉が闘勝仙から与えられる嗜虐に耐えることを、それぞれに担うためだ。
確かに宝玉は、宝玄仙よりも心の耐性が強いのかもしれない。
しかし、それは宝玉が相手に屈服し、自分を殺して相手を受け入れるという手段により成り立っている。
その結果として、自分という存在を擦り減らさなければならない宝玉はどんどん自我が消える。
そして、存在を小さくする。
これが進めば、また、闘勝仙に責められていた時代のように、必要なとき以外は、この意識の闇の底に眠ってしまうことになるのかもしれない。
宝玄仙は、それが心配なのだ。
「あの糞婆あの責めなんかにわたしは屈したりしないよ、ちょっと、遊んでいるだけさ。お前の出る幕じゃないよ、宝玉」
「わたしは被虐を受け持ち、あなたは嗜虐を受け持つ──。それでいいんじゃないの?」
宝玉は言った。
「お前だって、赤の他人に責められるのが好きなわけじゃないだろう? 沙那たちと遊ぶのは好きだろうけど、愛情のない被虐には、本当は耐えられない……。そうだろう、宝玉?」
「あなただって、それほど強いわけじゃないわ」
「心配しなくてもいい。さっきも言ったけど、遊んでいるだけだ。いずれ、沙那たちが助けに来るさ。そして、助けられる。そしたら、またあいつらと遊ぼう。そのときは、変わってやるよ。お前は、あいつらと遊ぶのが好きなんだろう?」
宝玉の負担が大きすぎると、宝玉は自分を出せなくなった頃のときのようになってしまう。
あんなに愉しそうに表に出ることができるようになった宝玉──。
それを、宝玄仙を守るためという理由で失わせたくない。
「でも、いつでも言って。わたしは、激しく責められることで濡れる女よ」
宝玉は言った。
「実は、わたしも同じさ」
宝玄仙は白い歯を宝玉に見せた。
*
はっとした──。
そして、ここが、宝玄仙が囚われている奔破児の準備した家であり、相変わらず全裸で拘束されている自分に気がついた。
首に嵌められた首輪についた手錠によって、首の後ろに両手首を固定されている。
また、両足首にも枷がつけられていて、その間には、肩幅ほどの鉄の棒がある。
だから、宝玄仙は開いた脚を閉じることができないのだ。
そして、さらに、首は天井から伸びている鎖に繋がっている。
いまは、その鎖は余裕をもって床に垂れているので宝玄仙は横になって休むことができていたようだ。
首に繋がった鎖は、宝玄仙がここから逃げられないようにするための処置だ。
もっとも、宝玄仙には、この部屋の外がどうなっているかわからないし、首に繋がっている鎖がなくても、道術が遣えない宝玄仙には、手枷と足枷をはずせないために逃亡の手段がない。
「眼が覚めたのかい、宝玄仙? なにかぶつぶつ言っていたね」
横になっている宝玄仙を見守るように座っていた千代婆が愉悦に満ちた表情を見せる。
その表情に腹が立つ。
絶対に仕返しをしてやろうと心に決める。
「くっ」
不自由な身体を揺すりながら宝玄仙は上半身を起こす。
身体がだるい。
これは、何度もいかされ続けられた後の身体の重さだ。
千代婆の横に大小さまざまな形の張形が並んでいる。
おそらく、宝玉は、その張形で連続の絶頂責めに遭っていたに違いない。
「お疲れのようだから、少し、休ませてやったけど、少しは元気が出たかい。ひひひ」
千代婆が乾いた笑い声をあげる。
「い、いまは、何刻ごろだい?」
宝玄仙は言った。
部屋の中は燭台の灯りで照らされているが、外はもう暗い。
いまが、夜だということはわかるが、まだ宵の口なのだろうか……?
それとも朝に近いのだろうか。
「まだ、陽が暮れたばかりさ。お坊ちゃまは、今夜は戻るかどうかわからないよ。朝までには必ず戻るだろうけどね。待ち遠しいだろう? それまでは、この千代婆がお前を慰めてやるからそれで我慢しておくれよ」
「あいつなんて待っているわけがないだろう? ふざけるんじゃないよ」
宝玄仙は千代婆を睨みつけた。
「おやおや、ひと眠りしたら、随分と元気が出てきたじゃないか。そうでなければ張り合いがないというものさ。さっきまで随分と従順そうだったから、すっかりと屈伏してしまって、もう調教の必要はないのかと思ったくらいだったよ」
「お前のようなくたばり損ないの責めに、この宝玄仙が屈するはずはないだろう。弱くなったふりをしてやっただけさ」
宝玄仙は言った。
実は千代婆の責めが強くなると、すぐに宝玉が代わって表に出てきてしまっていた。
だから、宝玄仙はその間の記憶がないし、どんな風に宝玉が耐えていたかを知らない。
だが、これ以上の負担は強いたくない。
もう、宝玉には交替させない。
こんな老婆相手に屈服などするわけがない。
「そうかい、さっき、昼間にお坊ちゃまが戻って来たときには、随分と熱心にお坊ちゃまの肉棒をしゃぶっていたじゃないかい。やっと、お坊ちゃまの妾になる決心がついたかと思ったのにね」
「わたしが、あいつの肉棒をしゃぶった?」
宝玉は、そんなことまでやったのかと驚いた。
「覚えてないのかい? 時々お前はおかしなことを言うね。今日の昼間どころか、昨日の朝だって、お前はお坊ちゃまの肉棒をおいしそうにしゃぶったよ。素晴らしい舌技だとお坊ちゃまは感激だったよ」
「ちっ」
次に同じことを宝玄仙にさせようとしたら、あの女男の道具を噛み切ってやろうと思った。
「それにしても、本当に尻が弱いんだねえ」
「う、うるさいよ」
尻を責められたことも覚えていない。
もっとも、この宝玉仙の姿の宝玉がこの老婆の前に醜態を晒したことは予想がつく。
だが、このときになって、宝玄仙は身体に異様な火照りと甘い疼きを感じ始めた。
宝玉が千代婆の張形責めに逢っていたのなら、絶頂直後の身体のだるさは当然だが、いまの宝玄仙には、もっと別の官能の疼きが沸き起こっている。
そして、それは股間だけではなく、ふたつの胸の膨らみの先端からも感じている。
「ち、千代婆、お前、わたしになにかしたかい?」
当惑した宝玄仙は、千代婆に向かって叫んだ。
「眠っているうちに、この千代婆の“吠え油”を塗ってやったよ。お前の股間と胸にたっぷりとね。この前の“泣き油”ほどには痒くはないよ。その代わり、女の身体の敏感な場所が、疼いて疼いて仕方がなくなるというものだよ」
千代婆がまた下品な笑い声をあげる。
「くうっ」
宝玄仙は歯噛みした。また、ろくでもない媚薬を身体に塗ったのだ。
「千代婆と遊びたくなったら言っておくれ。いつでもいじくってやるからね。それから“吠え油”は一度使われたら最後、どんなに強情な女でも、自分が自分でなくなり、快感に吠えることになる。だから、“吠え油”というのさ」
千代婆は言った。
宝玄仙は、こんな道術も遣えないような人間の老女にいいように弄ばれる悔しさに耐えられずに、千代婆の反対側に身体を向ける。
しかし、一度自覚すると、千代婆の塗った淫油は、宝玄仙の羞恥の部分に激しく襲いかかってくる。
だんだんとじっとできないほどの掻痒感になり、次第に身体に震えが走ってくる。
それにしても──。
千代婆は、痒さは大したことはないと言っていたが、胸と股間を襲うむず痒さはどんどん強くなる。
思わず太腿に力を入れるが、足首に棒を挟まれている宝玄仙には腿を擦り合わせて痒さを紛らすこともできない。
「どうしたんだい、宝? 随分と汗をかいてきたけど」
背中から千代婆はからかうように言った。
「う、うるさいよ……。か、痒いんだよ。わかっているだろう?」
宝玄仙は振り返ることなしに声をあげた。
「痒い? 蚊にでも刺されたかい?」
千代婆は後ろから宝玄仙の太腿の内側を柔らかく擦った。
「ひぎっ──。さ、触るんじゃないよ」
宝玄仙は手を払おうと、身体を左右に捩じった。
千代婆が刺激しているのは、宝玄仙を悩ましている痒い部分の外側の腿であり、関係のない部分を刺激されることで、肝心な部分の痒さがさらに増してくる。
年寄りのくせに思ったよりも力が強い千代婆は、もう一方の手で宝玄仙の胴体を掴み、いやがらせの刺激を太腿にさわさわと与えてくる。
「おっぱいを揉んで欲しいんじゃないのかい?」
千代婆は背後から宝玄仙の耳元でささやいた。
宝玄仙は黙ったまま、手錠に拘束されて頭の後ろの両手をぎゅっと握った。
こんな老婆に屈服するなんて死んでも嫌だ。
「ほら、乳を揉んでくれと頼んでごらん。こんな風に気持ちよくなるよ。千代婆の“吠え油”は、痒いだけじゃないよ。この世のものとは思えない快楽をお前に与えてくれるよ」
そして、千代婆は、背後から両手で宝玄仙の無防備な乳房を掴み、すくい上げるように揉みあげてきた。
「はひっ」
思わず声をあげた。
掻痒感に襲われていた乳房を揉まれた瞬間の溶けるような法悦はもの凄い峻烈さだった。
乳首がこれ以上ないというくらいに勃起して充血する。
「こっちは、どうだい?」
千代婆の手が股間に伸びる。
千代婆の指は宝玄仙のむっちりとした太腿の付け根を揉むように撫であげる。
しかし、いっこうにむず痒さの頂点である、その奥には伸びてこない。
もっと奥を──。
その言葉が喉まで出かかるのだが、それはどうしても口から出てこない。
しかし、ますます掻痒感は増していく。
宝玄仙は知らず、自分の股間を千代婆の指に向かって押し当てていた。
「あうっ」
一瞬だけ痒みが収まり、そして、そこから官能の大きなうねりが湧き起きる。
「そんなに股を指に擦りつけないでおくれ。それとも、また、千代婆に調教されたくなったかい、宝?」
千代婆の手がすっと離れた。
快感を置き去りにされた宝玄仙は、はっとして、悔しさを噛みしめる。
しかし、誘発されたむず痒さは、どうしようもなく宝玄仙に襲いかかる。
もう悔しいだとか言っていられない。
頼りのない一瞬だけの愛撫は、宝玄仙を苦しめる掻痒感を助長しただけだ。
「さ、触っておくれ、千代婆」
宝玄仙はついに口にしていた。
「もっと、大きな声で言っておくれよ。歳のせいか、最近耳が遠くてね」
千代婆が勝ち誇ったような顔をして宝玄仙を見る。
しかし、もう駄目だ。
「わ、わかったよ、千代婆。触っておくれ。お願いだよ」
もう限界だった。
これ以上は我慢できない。
「調教されたいんだね?」
「そ、そうだよ。調教でもなんでもいい。これをなんとかしておくれ」
これは、屈伏ではない。
いまは、この老婆に一時的に従う緊急の避難のようなものだ。
自分に言いきかす。
「じゃあ、乳を揉んでくれと言いな、宝」
「ち、乳を揉んでおくれ」
もう宝玄仙は躊躇いなく言った。
「いいよ」
千代婆は宝玄仙の乳房を無造作に掴んだ。
「ほうっ」
思わず大声が出て自分でもびっくりした。
異様に火照った乳房を揉まれたときの快感は、宝玄仙の予想を遥かに越えたものだった。
そして、確かにこれを繰り返し使われたら、自分は自分でなくなるのではないか。
そんな恐怖も感じた。
「“吠え油”の本領発揮だろう?」
千代婆はからかうような口調で言う。
しかし、いまや、それもあまり気にならない。宝玄仙は、さっき味わった快感──。
それを強烈に求めていた。
いままでに経験したことのない強烈な愉悦に、宝玄仙は渇きに苦しむ者が水を求めるような渇望感でいっぱいになった。
そして、それに耐えようとしても、そんな叛逆の気持ちを嘲笑うかのようにあの痒さが戻ってくる。
また千代婆が乳房を揉む。
すると、痒さが癒え、同時に、あの毒に犯されるような快感が襲う。
しかし、それもすぐになくなり、また、痒みとあの快感への渇望の中毒症状が襲う。
宝玄仙は、すでに追い詰められていることに、気づかざるを得なかった。
「も、もう一度だよ……」
いつまで経っても与えられない次の刺激に、宝玄仙は思わず声が出た。
あの快感を知ってしまったら、もうこれなしでは耐えられない。
恥を晒してもいいから、あと一度だけ……。
「ほらっ」
千代婆が宝玄仙の乳房を抉るように十本の指を食い込ませる。
そのまま、揉みしだかれると宝玄仙は、沸き起こった甘美感に震えながら声をあげた。
しかし、また、手が離れる。
また、戻って来る痒みと快楽への渇望──。
「いい加減にしておくれよ。もっとだよ――」
宝玄仙は叫んでいた。
しかし、千代婆はそれを無視してすっと立ちあがった。
そして、部屋の隅から盆に載せた食膳を運んでくる。
宝玄仙は呆気にとられた。
「この先は食事の後さ。この千代婆が世話をするから、ここにあるものを全部食べておくれ。ちゃんとお前に食事をとらせるようにとお坊ちゃまに言われているんだね」
千代婆は、宝玄仙の前に食事の乗った台を置く。
「な、なに言っているんだよ。い、いま、この状態で食事しろというのかい?」
冗談ではない。この痒みを癒してくれるのはではないのか。
そのために恥を忍んで、屈辱的な言葉を口にしたのだ。
「約束通りに慰めてやるよ。でも、それは、食事を平らげてからさ。ほれ、口を開けな」
千代婆が嬉しそうに箸でつまんだおかずを宝玄仙に向かって伸ばす。
この期に及んでの嫌がらせ──。
その仕打ちに宝玄仙は、怒りで眼の前が暗くなる。
だが、千代婆に従うこと以外の選択肢は宝玄仙にはない。
恥辱感と掻痒感に眼がくらみそうになりながらも宝玄仙は、屈辱に耐えて、仕方なくその口を開いた。
*
「……きて」
身体を動かされる。
「……起きなさい、朱姫」
また、声がした。
朱姫は拷問に消耗した身体を懸命に寝返って、声の方向を見た。
「ひいっ」
そこにいたのはひとりの王兵だった。
その朱姫の悲鳴をその男の手が塞いだ。
「静かにしなさい」
その兵が、いつもの牢番のひとりだと気がつき、朱姫は悟った。
また、拷問の始まる一日が始まるのだ。
牢番がやってくる。
そして、奔破児が来て朱姫を犯す。
それから、訊問係の拷問──。
三日間繰り返された同じ日課だ。
違うのは、一日ごとに、拷問よりも犯される時間の方が長くなっているということだ。
二日目の拷問の最中に、訊問係の愛撫で何度も絶頂してしまった。
それで感じやすい朱姫の身体を面白がって、多くの兵が朱姫を訊問したがったらしい。
二日目に三人だった訊問係がその日は十人だった。
おかげでその分は、棒打ちの時間は短かったと思う。
今日で四日目──。
また、拷問の一日が始まる。
不思議にも恐怖のようなものはない。
今日も始まる──。
思うのはそれだけだ。
男に対する怖気はある。
だが、まるで感情がなくなったのように心が弛緩している。
「いいわね。静かにするのよ、朱姫」
牢番の物言いに朱姫は当惑した。
続いて兵がもうひとり入ってきた。
なにか大きなものを抱えていて、それを床に置いた。
どうやら死んだ女囚を運ぶための屍体袋らしい。
「あまり、時間がないよ、沙那。巡回はすぐに来ると思うよ」
その続いてやってきた兵がささやいた。
「沙那──? 沙那姉さん?」
朱姫は声をあげた。
その口が再び塞がれた。
「ばか朱姫、声をあげるんじゃないのよ」
慌てて朱姫の口を押さえた兵が言った。
どう見ても牢番の兵だ。
そして、大きな袋を抱えて床に置いた兵も王兵だ。
しかし、いま、確かに沙那と呼んだ気がする。
それとも、いまのは空耳だったのか。
「わたしたちよ。『変化の指輪』よ──」
口を押さえたまま、その兵が言った。
沙那なのだ。
そして、もうひとりは孫空女。
朱姫の眼から安堵の涙がぼろぼろと流れる。
『変化の指輪』は、指に嵌め、そして、変身したい相手の体液をすすることで、その相手に変化をさせるための霊具だ。
以前、使ったことがあるので朱姫も覚えている。
随分昔だが、闘勝仙の連れてきた教団兵から脱するために使った。
あのときは、宝玄仙の操る兵に『変化の指輪』を使って、沙那と朱姫に変身させるということをやっていた。
「大事なことを言うわ、朱姫。よく聞いて」
男の兵の姿の沙那が言った。
朱姫は頷いた。
「わたしたちは、やっと牢番に成りすましてここに潜入できたの。それで、金光院で捕えられた者は、九頭女も含めて、みんなここにいるのは確認したわ。だけど、ご主人様だけがいないの。この軍営のどこにもいないのよ──。あなた、心当たりある?」
宝玄仙がいない──?
朱姫は驚いた。
九頭女も宝玄仙もここに囚われていると思っていた。
宝玄仙も道術を封じられて、この軍営のどこかに監禁されていて、もしかしたら、自分と同じように拷問を受けているかもしれないと思っていた。
朱姫はそう言った。
「そう……。まあ、いいわ。とにかく、あなたのことよ」
兵の沙那が、合図をすると、孫空女であるらしい兵が屍体袋を開いた。
沙那に助け起こされた朱姫は、その中にひとりの女囚を見た。
屍体袋に入っているから遺体だと思っていたが、かすかに息があるようにも見えた。
「この死にかけた女囚を見つけるのに苦労したわ。彼女はまだ、死んでないわ。でも、もうすぐ死ぬと思う。わたしたちは、その遺体を片づけるのが仕事なの」
「はい……」
朱姫は返事をした。
「だけど、死ぬのはあなたよ」
朱姫を見る沙那の姿の兵が、不気味に微笑んだ。
「さ、沙那姉さん?」
朱姫は思わず呟いた。