昨日と同じように、九頭女に口で精を飲ませた後、
それから、かなりしばらくして、
全部十人くらいだろうか。
その中に奔破児は含まれていない。
「お前たち、準備しろ」
指揮官らしい男が周囲の兵たちに合図した。
九頭女は、膝を折って座らせられていて、その九頭女の前に、二本の鉄の棒の両脇に締め具のある奇妙な器具が持ってこられた。
九頭女はぎょっとした。
「性器を壊し、尻の孔を壊し、歯を折って顔も壊した九頭女殿については、もう、あまり壊すところがないのでな。無い知恵を絞って、今日はその形のよい乳房を壊してやろうと思って道具を準備してきたのだ」
その指揮官の男が言った。
そして、いきなり囚人服の両肩の部分を引き下げられて、胸を剝き出しにされた。
そして、金属の棒と棒の間に剥き出しにされた乳房が挟まれる。
冷たい金属の棒が当たる感触に思わず九頭女は声をあげてしまった。
「ひ、ひいっ──」
「悲鳴をあげるのは早いぜ」
左右から身体を押さえられるとともに、金属に挟まれたふたつの乳房が二本の棒の両側の金具でぐいぐいと締めつけられる。
「いたいいっ──」
乳房を潰される激痛に九頭女は吠えるような声をあげて暴れた。
しかし、両側から兵に押さえつけられ身体を動かすことができない。
そのあいだも容赦なく二本の棒は九頭女の乳房を挟みつける。
息もできないような激痛に、九頭女は絶え間のない悲鳴をあげ続けた。
「いい形になったじゃねえか」
ほとんど上下の棒が密着したような状態になるまで締めつけられたところで、やっと金具が締められるのがとまった。
その二本から前に出ている九頭女の乳房は不格好に平らになり、そして紫色に変色し始める。
「なにか喋ることはないかい?」
正面の男が力いっぱい九頭女の乳首を握りしめた。
「ふぎいいいっ──」
突き刺さるような衝撃に九頭女は声を迸らせた。
九頭女は吐くような声をあげて、顔を仰け反らせた。
「喋ることはないかと訊いてんだよ──」
ますます力が込められる。
そして、乱暴に左右に振られた。
九頭女は乳首が千切れるような衝撃にあらん限りの声をあげた。
「ひゃ、ひゃべることなんてないわ──」
やっとのこと言った。
抜かれた前歯の部分から空気が漏れてうまく喋れない。
すると今度は力の限り乳首が引っ張られる。
しかし、両側から九頭女を押さえつける兵たちが逆に九頭女の身体を後方に引っぱるので、自然と九頭女の平らに潰された乳房は長く伸びることになる。
「いがあぁぁぁ──ひゃめえぇぇぇ──」
あまりの痛さに九頭女は狂ったように声をあげる。
その伸ばされた乳房の上に釘の先端が乗った。
九頭女はぎょっとした。
釘を持っている兵が金づちを振りかざしている。
「ひゃ、ひゃめ──」
次に瞬間、乳房の上の釘が金づちによって深くめり込んだ。
「あがががががぁぁぁぁぁぁ──」
突き抜けるような激痛に九頭女は吠えた。
「次だ」
今度は反対の乳房に二本目の釘が当てられた。
金づちが乳房にぶつかった。
肌を焼くような衝撃が駆け抜ける。
紫色の乳房は、釘の部分から溢れた血により次第に赤く染まってきている。
「どんどんやれ」
男が命じると、兵たちが寄ってたかって九頭女の乳房に釘を打ち始めた。
九頭女は脳天を貫く激痛に泣きながら悲鳴をあげ続けた。
兵たちは容赦なく、次々に九頭女の乳房に釘を打ちつけていく。
乳房は、針山のようにたくさんの釘が突き刺さり、乳房は赤い汁をかけられたかのように真っ赤に血で染まった。
股間からはとめどのない糞尿が、締めることのできなくなった肛門と膀胱から垂れ流し状態になった。
履かせられたおしめが床を汚すのを防いでいるが、それでも溢れ出た便で、九頭女の尻の下は汚れ出すとともに、周囲に臭気を撒き散らし始める。
「けっ──。また、糞を洩らしたぜ、この女」
誰かが舌打ちをした。
九頭女の鼻にもその臭気がわかる。
九頭女は堪えていたもののすべてが崩壊したような気分になり、激しい嗚咽をしながら泣きじゃくった。
「も、もう、ふり……むり──でしゅ」
動かない舌で懸命に訴える。
「それは、俺たちが決めることだよ」
引っ張られる乳首の上に釘が当てられた。
そして、金づちで釘が乳首に突き刺さった。
しかし、うまく刺さらずに、半分千切れた状態になっただけで、釘は下に落ちた。乳首が半分千切れた乳首からはおびただしい血が溢れだした。
その時、牢内に奔破児が戻って来たのがかろうじてわかった。
なんとなく、面白くなさそうな表情をしている。
「お前たち、訊問は一時やめだ。釘を抜いて治療させる」
奔破児は言った。
不満の声が一斉に湧き起こる。
「うるさい。向こうの連中が朱姫を責め殺しちまった。死んでしまえば、なんにもならない。とにかく、九頭女もいったん拷問を中止して、治療させる。訊問は明日にする」
ぶつぶつと言いながら九頭女を責めていた兵たちがぞろぞとと出ていく。
奔破児はひとり残り、外にいる牢番兵になにかを指示していたが、やがてそのまま去って行った。
朱姫が死んだ……。
その言葉が頭の中で繰り返される。
深い後悔が九頭女を襲う。
なんの関係もないのに、九頭女たちの闘争に協力し、金光院への王兵に討伐に巻き込まれて捕えられ、ついに拷問で責め殺されてしまった朱姫──。
無邪気に性の技で九頭女を責めたてた可愛らしい道術遣いの姿が頭に蘇る。
奔破児が出ていったのと入れ替わって、ふたりの牢番が入ってきた。
牢の扉が閉じられる。
何人かいるうちのふたりの牢番兵だ。
そのふたりが九頭女を両側から抱えて、両脚を真っ直ぐにさせた。
すでに感覚がなくなっている膝から下の部分に血が流れ出し、少しずつ脚の感覚が戻ってくる。
「水を……」
その牢番兵のひとりが柄杓で水を差し出した。
九頭女は差し出される柄杓に飛びついた。
ひと息で飲み干す。
身体に少しだけ力が戻る。
それ程に身体が乾いていたのだと悟った。
「まだ、飲む?」
また、柄杓が差し出された。
九頭女は、それもひと息で飲んだ。
三杯目を飲んで、少し落ち着いたので、四杯目は断った。
もうひとりの牢番は、変色している乳房を挟んでいる金具を外してくれた。
金具が外されても、しばらくは、乳房はおかしな形のまま、なかなか元の丸い形にはならないでいた。
「釘はまず、薬を飲んもらってから抜くよ。これを飲んでよ。頭が朦朧とするけど、痛みだけはよくわからなくなるらしいよ」
その牢番の声は男なのだが、なんとなく口調が気になった。
「声を出さないで──。わたしたちよ、九頭女。沙那と孫空女よ……」
呟くような声でそう言ったのは、最初に水を差し出してくれた牢番だ。九頭女は眼を見開いた。
そして、ふたりの顔を見る。
しかし、どう見ても男の兵だ。
「こっちを見ないで。普通にして」
声は低いが、強い口調で九頭女の横の兵が言った。
九頭女は慌てて顔を伏せる。
「
「あ、あなたが……ひゃ、さ……な……ね……?」
九頭女は下を向いたまま言った。
さっきから、話しかけているのはおそらく沙那だと思った。
「そうよ。孫女、薬を」
沙那の姿の牢番は、もうひとりから受け取った小さな丸薬を取り出した。
「これを口に入れて、奥歯で噛んで飲み干すのよ、九頭女。頭が朦朧として、なにもわからなくなると思う。その間にあなたの治療をするわ。気がついたときには、もういないと思うけど安心して、また来るから。明日の拷問が始まる前には、同じ薬を渡すわ」
九頭女の顔の前に丸薬が差し出される。
「ま、待って、朱姫が死んだって……」
奔破児が言ったのだ。
朱姫が拷問死したと──。
それを伝えなければならないと思った。
朱姫は、この沙那と孫空女の仲間なのだ。
「わかっているわ。朱姫の遺体を捨てたのはわたしただから」
「えっ?」
九頭女は思わず、そう言った牢番の顔を見た。
そして、思い出して顔を伏せる。
「必ず助ける──。いま、それを準備しているわ。それまで耐えて。とにかく、いまは、ゆっくりしている時間がないわ。それに、ここは見張られているわよ。いま、この瞬間もね」
沙那が微かに首を動かして、天井を示した。
九頭女も自然な形で首を上に向ける。
いままで気がつかなかったが、天井の滑車の横に、小さな穴がある。
確かに、上の階の部屋からその穴を通して、九頭女の様子は監視できるのかもしれない。
沙那がほとんど聞こえないような声でしか話しかけないのは、そのせいなのだ。
手に隠した薬がもう一度差し出された。
九頭女は、それを口に含み、喉の奥に飲み干す。
急にぼうっとして、眼の前にいる人間だが誰なのか知覚できなくなった。
*
沙那と孫空女は、軍営を出たところで、梁山泊の仲間のひとりが女主人である古着屋に入り、そのまま奥に隠れた。
そこで変身を解いて、沙那は孫空女とともに元の姿に戻り、服を着替えた。
部屋の戸が微かに開き、女主人が顔を出した。
女主人の名は、
金光院への王兵の襲撃後に、九頭女の部下である
隠してはいるが逃亡奴隷らしい。
奴隷の刻印は服で隠している。
発見されればすぐに処刑されるが、彼女も命懸けで、この城郭で身分を隠して店を構えている。
同じように潜入している梁山泊の同志の女は、かなり大勢いる。
沙那は、それを蔡美から教えられた。
いまは、その同志たちと、沙那と孫空女は完全に連携している。
沙那と孫空女は、王兵として忍び込む際に、この軍営の前の店を拠点として利用していた。
「蔡美から伝言があるわ、沙那」
その女主人がそう言って、手紙を沙那に差し出した。
「ところで、朱姫は?」
沙那は、手紙を受け取りながら言った。
「大丈夫よ。蔡美の手の者が船宿に連れていったわ。いまは、治療を受けていると思う」
沙那は呂子から受け取った手紙を開いた。
差出人の名はないが手紙は蔡美からだ。
至急船宿に来て欲しい──。
手紙にはそうあった。
また、朱姫の状況についても大事はないということが書かれてある。
沙那は、中身を確認すると、部屋にあった燭台で紙を燃やした。
「それよりも、九頭女様はどうなの?」
呂子は心配そうに言った。
「衰弱しているわ」
沙那はそれだけを言った。
「預かり物は大切に保管しているわ。心配しないで」
部屋を出ていくときに、呂子はそう言った。
預かりものというのは、沙那と孫空女が、軍営の外で捕えた軍兵のことだ。
この店の地下室に拘束をして監禁している。
沙那と孫空女が軍営に牢番として入るときも、ここで唾液をすすって彼らに変化をしているのだ。
それ以外は、逃亡を防ぐとともに、死なないように、この呂子が数名の仲間とともに管理している。
ここで監禁している王兵は、最初に捕えた阮一郎、白清も合わせて、もう六人になっていた。
その六人から必要に応じて選び、唾液をすすって変身をしているのだ。
沙那と孫空女は、呂子の店を出ると、そのまま蔡美の船宿に向かった。
城郭に変わったものはなにもない。
蔡美の船宿は、南の城壁に沿った場所にあり、祭賽国の物流の骨幹である河川と繋がる運河に面している。
船宿といっても、人を宿泊させるわけではない。
舟を貸し出したり、船乗りたちが休息する娯楽を提供するのが生業だ。
女を抱かせる部屋もあり、そのための遊女については、九頭女の金光院ともうまく結びついていたようだ。
沙那と孫空女は、船宿そのものではなく、そこに隣接している従業員用の小屋に入った。
表から見ると小さいが、実はそこにも地下があり、周囲の数軒の家屋と地下道で繋がっている。
その地下道を伝って、船宿から少し離れた家屋に行った。
そこが、蔡美の手紙で指示のあった場所だ。
「わたしたちよ」
沙那は地下道からあがると、正面の壁を叩いてから言った。
壁を挟んで合言葉を交換する。
壁にしか見えなかった場所が両側に開き、大きな部屋がそこに出現した。
部屋の中には、蔡美を中心として四人の女がいる。
それぞれ、蔡美の信頼する手の者の長たちだ。
「九頭女姉さんの様子は?」
いきなり蔡美が言った。
四人は板張りの床に布を敷いて直接座っている。
「酷い拷問を受けているよ。あたしらも手当をしたけど、手足の爪は全部ないし、顔のあちこちが腫れあがって前歯も全部折られている。あばらのほかに、三、四箇所の骨が折れてた。それから……」
孫空女の説明に、蔡美の表情が真っ蒼になった。
「……それから、女の部分を壊されていたわ。肛門や女陰を締める筋肉が壊されてしまって、布を当ててないと大便が床に垂れ流れている状態よ」
沙那は続けた。
蔡美の顔が憤怒に真っ赤になった。
「九頭女姉さんを──。ゆ、許せない」
蔡美は呻くように言った。
「九頭女様の救出を優先すべきよ」
蔡美の隣に座っていた蔡美の仲間が言った。
「梁山泊に援軍をお願いしようよ、九頭女」
さらに別の女。
「駄目だよ。それだと、梁山泊とこの国の軍が全面対決することになる。いま、梁山泊が動きを見せたら、ここや帝都の活動と梁山泊の叛乱が結びついていることを明白にしてしまう。まだ、梁山泊は静かに力を溜める時期なんだ。何度も説明したじゃないか」
蔡美が怒鳴るように言った。
「じゃあ、あたしたちだけで動こう、蔡美。手の者はいつでも動きだせる状態なんだよ」
ひとりの女のその言葉に、ほかのふたりが大きく頷く。
これは、蔡美以外の三人の共通の意見のようだ。
「駄目よ。ご主人様の発見と救出が先よ。少なくとも同時でなければ、ご主人様が危ないわ。全員が城郭を脱出してしまった後に、ご主人様がここに残されてしまっては、すべての城郭兵の矛先がご主人様になってしまうわ」
沙那はきっぱりと言った。
九頭女たちを脱走させて、城郭の外に逃がすための手筈は逐次に整えていた。
すべては蔡美を通した沙那の指示だ。
まだそれが実行に移せないのは、宝玄仙の居場所がわからないからだ。
沙那は九頭女たちの脱走については、宝玄仙の救出と同時に行うことを要求していた。
そうでなければ、残された宝玄仙が拷問を受けることになるし、一度、集団脱走を企てれば、それが成功しようと失敗しようと、二度目の機会はないに違いない。
「蔡美、どうして、この女に従うのよ。あたしたちだけで九頭女殿を救出しましょうよ。いま聞いたでしょう──。九頭女様は、一刻を争う状況なのよ」
怒った口調で蔡美の周りの女たちが口々に言い始めた。
「黙りなさい。沙那に従うというのはあたしが決めたことだよ。文句は言わせないよ。あたしたちだけじゃあ、九頭女姉さんたちを軍営から脱走させる方法なんて思いつけなかったじゃないか。この沙那は、あの朱姫を見事に連れ出したよ」
蔡美がきっぱりと言った。
「それだってそうだよ──。なんで、九頭女様を一緒に救出してくれなかったのさ」
さらに蔡美の手の者の女が大きな声をあげた。
「仕方ないだろう。うまい具合に死にかけの女囚がそう見つかるわけがないじゃないか。うってつけの女囚はひとりだけだったんだよ。だから、朱姫を連れてきた。沙那の手筈じゃあ、朱姫の『移動術』がなければ集団で女囚を逃がすなんてことはできないんだ」
孫空女だ。
それについても蔡美以外の女は不満を顔に漏らした。
『移動術』のできる道術遣いが集団脱走を成功させるためのひとつの要件だ。
奔破児という軍将校の精が道術を封じる作用があり、これにより朱姫と九頭女の道術が封じられているというのはわかっていた。
おそらく、宝玄仙も同じ状態に違いない。
とにかく、誰かひとりを先に逃亡させる。
しかも、脱走したというのが相手にわからない手段でだ。
そのための沙那の策は、死にかけの女囚を『変化の指輪』で変身させて、朱姫と入れ替えるというものだ。
牢番として潜入した沙那と孫空女がそれを実行した。
そして、実際に、死にかけていた女囚を死んだものとして、屍体袋に入れて外に運んだ。
その途中で、朱姫と入れ替えたのだ。
朱姫を遺体袋に隠し、遺体袋に入ってた女囚は、『変化の指輪』をさせて、まだ息のあるうちに朱姫の唾液を飲ませて朱姫の姿にさせた。
朝になり、その女囚は予定通りに朱姫の姿のまま、朱姫のいた拷問部屋で死んだ。
検死のために、『変化の指輪』が外される可能性もあったが、そのときは、すでに朱姫は助け出しているし、十中八九そんなことはしないと思った。
検死などという丁寧なことをあの牢ではやったことがない。
女囚が死ねば、屍体は軍営の外に持っていき、定められた場所に穴を振って埋めるだけだ。
そして、その通りになった。
屍体を捨てる作業も沙那と孫空女が命じられ、穴を掘って埋めた。
そして、戻ったところで、九頭女の手当を命じられたので、やっと九頭女と接触できたのだ。
蔡美以下の不満もそこにあるのは知っていた。
この策なら朱姫ではなく、九頭女を先に救出するということも可能だった。
彼女たちは、どちらかひとりなら九頭女を優先すべきと思っている。
九頭女は、どうやら彼女たちの梁山泊の戦いにおいては、かなりの重要人物らしかった。
それに比べれば、朱姫など、彼女たちにとっては、どうでもいい存在だ。
だが、沙那と孫空女が九頭女の救出を朱姫に優先するわけがない。
そして、さすがにそれに文句をいうことはできない。
だから、不満な顔をしているのだ。
「それよりも朱姫の容態はどういう状況? 朱姫の回復も作戦決行の条件よ」
沙那は、蔡美たちの不満顔や不平を完全に無視して、彼女たちに視線を向けた。
その時、奥の部屋の戸が横にがらりと開いた。
四肢の手足に布と充て木をつけた朱姫が、懐かしい顔に支えられながら部屋にやってきた。
「朱姫、お前、歩いて大丈夫なのかよ」
孫空女が慌てて駆け寄って、朱姫を横抱きに抱きあげた。
「だ、大丈夫です……。それよりも、霊力が回復してきました。多分、昼過ぎくらいには、『移動術』は遣えます」
孫空女に抱かれた状態で部屋に入ってきた朱姫は言った。
「でも、その怪我は……」
沙那も眉をひそめた。
不満顔をしていた蔡美の手の者たちも心配そうな顔をしている。
「あたしの役目は、道術なのですよね、沙那姉さん──。だったら、誰かに背負って連れていってもらえれば作戦には参加できます。本当に、あそこは酷いところなんです……。それに
朱姫は、横に座った琵琶子に視線を送った。
琵琶子と合流したのは昨日のことだ。
琵琶子というのは、女人国で宝玄仙がちょっかいを出そうとした腕のいい薬師の女だが、驚いたことに、女人国から祭賽国に向かってから、なんと、この国における梁山泊の戦いに合流をしていたのだ。
「おらには、このくらいしかできねえから──。それよりも、九頭女さんにおらの薬は飲ませることができただか、沙那さん?」
琵琶子が言った。
拷問を受ける九頭女の苦痛を少しでも和らげるために意識と感覚が弛緩する薬──。
九頭女に飲ませたその薬を準備したのはこの琵琶子だ。
その時、外の地下道から通じる壁の戸が叩かれた。
蔡美が応対して、戸が開く
「いやあ、手こずったよ、沙那。あの奔破児という男、本当に慎重でさあ──。自分と同じ服装をさせた男たちを周りに集めて、それで歩くのさ。そして、あちこちに店に寄ったり、周りの男たちを入れ替えたり、そうかと思ったら、いつの間にか自分が消えていたり、とにかく、尾行を巻くのがうまいんだ。だから、あたいは、それを逆手にとって──」
部屋に入るなりべらべらと喋り出した彼女を沙那はぴしゃりと制した。
「あんたの苦労話はいらないのよ。結論を言いなさいよ、
沙那は言った。
「厳しいときのあんたって、本当に、宝玄仙さんに似ているよね」
七星が不満そうに言った。
七星と再会したのも昨日のことだ。
久しぶりの顔に、お互いに感激を交換し合った。
七星もまた、琵琶子とともに碧波潭の戦いに参加をしていたのだ。
そもそも、沙那たち四人の情報を九頭女に伝えたのは、この七星であり、九頭女が宝玄仙一行に接触してきたきっかけは、この七星の情報によるものだったらしい。
七星も琵琶子も奴隷女というわけではない。
沙那は、このふたりが参加しているという事実で、九頭女たちの戦いが単純な奴隷女たちの叛乱というだけでなく、実は、かなりの階層を巻き込んだ闘争であることを悟った。大勢の男の豪傑も叛乱に加わっている。
それを女が中心の叛乱だと思わせることで、彼女たちは国軍の本格的な討伐を防いでもいるようだ。
「ああ、見つかったよ、沙那。宝玄仙さんの監禁されている家は、軍営からそれほど離れていない小さな家だよ。実は、軍の訓練場の中なんだ。だけど、警備そのものは大したことない」
七星は言った。
「沙那、だったら、こっちもすべての手筈は整っている。城郭のあちこちには、あたしたちの仕掛けをたくさん準備した。言われた通りにね」
蔡美が言った。
沙那は、すぐには応じす、じっと考えた。
「今夜──」
やがて、口を開いた沙那は、まずその一言だけを言って、じっと周囲を見回した。