※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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25  妖魔の要求

「だめっ、孫空女──」

 

 如意棒を黒風怪(こくふうかい)という妖魔に叩きつけようとしたとき、沙那の大声がした。

 それで、孫空女は目の前の黒風怪に、少しも気配のようなものを感じないのを悟った。

 

 幻影……?

 

 しかし、すでに如意棒は勢いのまま振り下ろしている。

 途中で止まらない……。

 

 孫空女の如意棒は、黒風怪をものの見事に捉えたが、なんの手応えのないまま、そのまま地面に食い込んだ。

 同時に、黒風怪の姿が煙のように消滅する。

 

「ちっ」

 

 舌打ちした。

 やっぱり、目眩ましか……。

 そのとき、うなりのようなものが無防備な横腹に向かってくるのを感じた。

 見えるものはなにもない……。

 幻影を出しておいて、本体は姿を消していたのだろう。

 身体を避けようと思ったが、間に合わない……。

 孫空女はなにかが身体に当たるのを覚悟した。

 

 次の瞬間、身体に衝撃を感じる代わりに、激しい金属音がすぐそばでした。

 沙那だ。

 

 孫空女を庇うように、沙那の剣が見えないなにかを受けとめている。

 沙那は、武術の達人で、気を読むことにかけては天才だ。それで、姿を隠している黒風怪の動きがわかったのだろう。

 

「くっ」

 

 沙那が強い衝撃で押された身体を孫空女に預けてきた。

 

「沙那──」

 

 そのときには、やっと孫空女は、体勢を直している。

 今度は間違わない……。

 姿はないが、薄い光のもやのようなものがあり、それがひと際濃い場所がある。

 沙那の横……。

 

 孫空女は、沙那の身体の隙間から、そこを思いきり如意棒で突く。

 

「ぐあっ」

 

 衝撃を手に感じるとともに、大きな声がした。

 腹を押さえた黒風怪が出現する。

 右の手の五本の指が剣のように伸びていた。

 あれが、襲っていたのだ。

 ぞっとした。

 まともに喰らっていたら、孫空女の胴体はふたつに分かれていたかもしれない。

 

「出たわね」

 

 沙那が剣を出す。

 黒風怪が剣の爪で沙那の剣を受け、それをそのまま捻る。

 

「うわっ」

 

 剣を黒風怪の爪と爪に挟まれたまま、沙那が倒されそうになった。

 孫空女はくるりと身体を回して沙那の前に出ると、また如意棒を出す。

 

「おっと」

 

 黒風怪が沙那を離して、さっと後ろに跳躍した。

 

「逃がさないよ」

 

 孫空女は前に出た。

 だが、力の塊のようなものが飛んでくるのがわかった。

 とっさに、身体をひねって、横に跳んでかわす。

 たったいま、孫空女がいた場所に大きな衝撃波が当たった。

 道術の波動だ……。

 いや、妖魔だから魔力か……。

 

「道術戦をお好みかい、お前──」

 

 宝玄仙の声がした。

 さっきの黒風怪が放った衝撃波とは比べ物にならない強くて大きな霊気の塊が、宝玄仙から妖魔に向かって飛ぶ。

 なぜ霊気が見えるのか、孫空女には内心理解できなかったが、確かに見える。

 

「ふんぬっ」

 

 黒風怪が身体の正面に、透明の大きな盾のようなものを出す。

 これも霊気だ。

 実際にはなにもない。

 だが、見えた。

 

 宝玄仙の放った霊気の塊が黒風怪の作った盾にぶち当たり、そのまま黒風怪の身体ごと吹き飛ばした。

 

「うわあっ」

 

 黒風怪が飛ばされて、中庭を通り抜けて、すごい音とともに、本殿の壁に胴体を叩きつけられた。

 そっちには、集まってきていた神殿の若い神官たちがいる。

 彼らが悲鳴をあげて逃げる。

 孫空女の横を風のようなものが過ぎた。

 剣を構える沙那だ。

 孫空女も、黒風怪を目掛けて走る。

 

「こりゃあ、堪らん」

 

 黒風怪が立ちあがって、ふわりと浮いた。

 そのまま、空を飛ぶように飛翔し、本殿の屋根まであがる。

 

「ひええっ──、黒風怪、は、離せえっ」

 

 悲鳴がする。

 観禅蔡(かんぜんさい)だ。

 いつの間にか、黒風怪は片手に観禅蔡を抱えていたのだ。

 

「来るな。この観禅蔡を殺すぞ」

 

 屋根の上の黒風怪が爪の剣先を観禅蔡の喉に突き立てた。

 

「うわあっ、な、なにをする。や、やめよ、黒風怪。やめるのじゃ」

 

 観禅蔡が情けない声をあげた。

 

「そんな爺(じじ)いなんて、勝手に殺せばいいだろう。霊弾を喰らいな」

 

 宝玄仙が怒鳴るとともに、さっきの波動の塊を自分の頭の上に作った。

 そのまま、観禅蔡ごと黒風怪に当てるつもりだ。

 

「なるほど、では、こっちでは?」

 

 黒風怪から爪の剣が消滅して、普通の手になった。

 その手に、頭の大きさほどの透明の球体が現れる。

 

「あっ」

「ご主人様、あれっ」

 

 沙那と孫空女は、同時に屋根を見て声をあげた。

 透明の球体の中に、紛れもなく、宝玄仙の『操人形』があったのだ。

 

「あっ、お前──」

 

 霊気の塊を頭の上に作っていた宝玄仙も叫んだ。

 神殿の者たちも含めて、全員が屋根の上にいる黒風怪と観禅蔡を下から見ているという状況だ。

 その次の瞬間、黒風怪のかざす球体の内側の表面から、細い触手のようなものが十本ほど出て、操人形の表面を一斉にまさぐりだした。

 

「んひいっ」

 

 その瞬間、宝玄仙ががっくりとその場にうずくまる。

 両手で自分の股間を押さえて悲鳴をあげている。

 さっきの波動の塊は、宝玄仙がしゃがみ込むとともに、完全に四散してしまったようだ。

 

「ひいっ、ひいっ、ひいいっ、や、やめて、ひいいっ」

 

 宝玄仙が真っ赤な顔になって、身体を抱いて悶える。

 ふと見ると、球体の触手は操人形の股間を前後から襲っている。

 なるほど、ああやって、宝玄仙を苦しめていたのかと思った。

 

「ひいっ、ひっ、な、なにしてんだよ、お前たち──。あ、あれをあいつから取り返すんだ」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 それとともに、小さな結界で自分だけを包む。

 すると、宝玄仙が少しだけ、ほっとした表情になる。

 結界を張ると、操人形の刺激をある程度は遮断できるようだ。

 

「おっと、そうはいかんぞ。ずっとやってるからな……。宝玄仙よ。お前の弱いところはわかってきた。特に、尻が弱いようだな。ここを責められると、気はとても練れんだろう」

 

 操人形を責める球体内の触手が、今度は人形のお尻側に集まった。

 それとともに、黒風怪が懐からなにかを出して、口に放り込む。

 丸薬?

 一瞬だが、黒風怪が丸い薬のようなものを口に入れたように見えた。

 

「あれは、仙丹(せんたん)……」

 

 近くにいた唐人高士が呟くのが聞こえた。

 

 仙丹……?

 

 耳にしたことはない。

 黒風怪の身体から発散している見えない煙のようなものが瞬時に強まる。

 多分、あれは霊気だと思う。

 霊気とは、道術や魔術の力の源であり、宝玄仙のような道術師や黒風怪のような妖魔は、その霊気を集めて能力を発揮する。

 その霊気を孫空女も感じることができるというのが不思議だが、実際、孫空女は、確かにさっきから霊気を感じられるようだ。

 

「ああっ、いやあっ」

 

 宝玄仙が女そのものの声を出して、お尻を押さえて絶叫した。

 一度、結界が消えたが、すぐに復活する。

 しかし、宝玄仙はかなりの汗をかいている。結界を維持するために、ありったけの気力を振り絞っている感じだ。

 このままでは宝玄仙がもたないだろう。

 孫空女にも、それくらいはわかる。

 

「目的を言いなさい、黒風怪」

 

 沙那が屋根の上の黒風怪に叫んだ。

 黒風怪がにやりと微笑む。

 

「取引きだ」

 

 黒風怪が言った。

 そのあいだも、操人形に対する触手責めは続いている。

 宝玄仙は孫空女と沙那に挟まれるようにして、苦しそうに悶え続けたままだ。

 

「取引き?」

 

 沙那が顔をしかめるのがわかった。

 

「宝玄仙、俺に対する『主従の誓い』を受け入れよ。そうすれば、操人形で苦しめるのをやめてやろう」

 

「ふ、ふざけるな、お前……。な、なんで……お、お前なんかを……」

 

 宝玄仙が顔をあげて睨む。

 すると、黒風怪が再び、さっきの仙丹を数粒出して口に入れた。

 またもや、黒風怪の放つ霊気が拡大する。

 

「はあああっ」

 

 宝玄仙がお尻を押さえたまま、身体を弓なりにしてがくがくと身体を震わせた。

 黒風怪の霊気が強まることで、宝玄仙に加わる刺激も大きくなったようだ。

 どうやら、気をやってしまったらしい。

 その瞬間、完全に結界が消滅した。

 

「ご、ご主人様、しっかり──。結界を消しちゃ駄目だよ。あいつにつけ込まれるよ」

 

 孫空女はとっさに言った。

 荒い息をしている宝玄仙が、懸命に集中する表情になる。

 すぐに、宝玄仙の周りに結界の覆いが現れた。

 

「どこまで頑張れるかな、宝玄仙……。まあ、主従の誓いを受け入れる気になれば、俺を主とする契約を受け入れると口にするがよい。いま、操人形で俺とお前は繋がっているからな。お前が口の葉に誓いを乗せれば、離れていても、それで契約が成立する」

 

 黒風怪だ。

 

「じ、冗談じゃないと言ってるだろう……」

 

 宝玄仙が顔をあげて、黒風怪を睨んだ。

 しかし、その声は弱々しい。

 

「そうかな。まあ、どれだけ頑張れるか、やってみることだ。触手責めは、朝、昼、晩……もちろん、夜も途切れなく続けてやる。夜は寝れんだろうし、飯も食えまい。三日もすれば、お前は誓いを受け入れると口にすると思うがな」

 

 黒風怪が笑った。

 そのとき、沙那がすっと近寄ってきた。

 

「……わたしを屋根まで飛ばして……」

 

 沙那が小声で言う。

 孫空女は小さく頷いた。

 

「い、いい加減に、わしを離さんか、黒風怪」

 

 そのとき、黒風怪に胴体を抱えられたままだった観禅蔡が喚いた。

 だが、黒風怪はそれを無視して、唐人高士たち神官に視線を向けた。

 

「俺のことをどこかに訴えてみよ。そのときは、観禅蔡の身体をばらばらにして、この神殿に送り返してやる」

 

 黒風怪が吠えた。

 周りの唐人高士たちが一斉に顔を蒼くした。

 いまだ……。

 孫空女は思った。

 

「如意棒に載って、沙那」

 

 怒鳴った。

 沙那が空中に跳ぶ。

 

「伸びろ──」

 

 孫空女は如意棒の先端に沙那の両足を載せると、叫んで如意棒をぐんぐん伸ばす。

 棒の先の沙那が一気に屋根まで進む。

 

「おおっ?」

 

 黒風怪が目を丸くしたが、そんなに焦った感じはない。

 霊気が黒風怪に集まりだす。

 あれは、術を遣うときの兆候だ。

 

「沙那、そいつ、また術を遣おうとしてるよ」

 

 孫空女は棒の先の沙那を支えながら叫んだ。

 

「承知よ」

 

 沙那が短く叫んで、構わず剣を振る。

 剣先が向かうのは、操人形の入ってる球体だ。

 

「誓いを口にせよ、宝玄仙。待ってる──」

 

 その言葉を残して、黒風怪の姿が観禅蔡と操人形ごと消える。

 沙那の剣は空振りで終わった。

 

「ちっ、逃げられたわ……」

 

 沙那が屋根の上で、口押しそうに舌打ちするのが聞こえた。

 

 

 *

 

 

「ご主人様、孫空女、戻りました……」

 

 沙那が戻ってきた。

 とりあえず、あてがわれた本殿の一室である。

 昨日寝ていた離れが焼けてしまったので、改めて別の客間を与えられたのだ。

 

 部屋にいるのは、孫空女と宝玄仙。そして、戻ってきた沙那。さらに、三黒坊だ。

 三黒坊は、宝玄仙の看病をさせるために連れてきたのだが、色っぽく悶え続ける宝玄仙を目の当たりにして、顔を真っ赤にしてもじもじしている。

 夕べは、あんなに堂々としていたくせに、宝玄仙の操りがなくなってしまうと、また、うぶな態度をとるようになった。

 だが、宝玄仙に言わせれば、女を抱く技は三黒坊の知識の中に埋め込んだままだという。

 しかし、性の技は備わっても、付け焼き刃では度胸までは身につかないらしい。

 孫空女は、なんとなく、それが面白かった。

 

「孫空女、屋根の上の黒風怪が何度も飲んでいたのは、やっぱり、仙丹という道術薬だそうよ。一時的に霊気を強める効果があるようね。観禅蔡も霊具を操作するために愛用していて、凌虚子(りょうきょし)という薬法師に、この神殿に定期的に届けさせていたみたい。唐人高士殿が教えてくれたわ」

 

 沙那が宝玄仙の寝台の横に座りながら言った。

 ただ、宝玄仙は聞こえているのか、いないのか、さっきからあまり口をきかない。いまも、沙那の言葉に返事はしなかった。

 それよりも、全力で自分だけを包む小さな結界を保持し続けている。

 少しでも気を抜くと、一気に触手のくすぐりと愛撫が襲いかかってくるようだ。

 夜が明けたが、黒風怪はいまだに、どこからか操人形で宝玄仙に刺激を送り続けているらしい。

 当然に、宝玄仙も徹夜でそれに対抗し続けている。

 宝玄仙も荒い息で苦しそうだ。 

 

「凌虚子?」

 

 孫空女は沙那に視線を向けた。

 

「この辺りでは、仙丹を作れるのは、その男だけだそうよ。わたしの勘だけど、黒風怪はその凌虚子に接触しようとすると思うわ。操人形を責めるとき、黒風怪は何度も、その仙丹を口にしてた。きっと、本来の自分自身の力だけでは、ご主人様の操人形を使うだけの霊気の力が足りないのよ。だから、仙丹で力を増幅しながら使っていたのだと思う」

 

 沙那が言った。

 

「じゃあ、その凌虚子を見張っていれば、黒風怪の居場所がわかるかもしれないね、沙那」

 

 孫空女は声をあげた。

 ふたりで相談し、沙那と孫空女が黒風怪の洞府に乗り込んで、宝玄仙を苦しめている操人形を取り返すという基本方針を決めた。

 洞府というのは、この帝国における妖魔の隠れ里の特殊な呼称であり、周囲から妖魔の集まりを悟られないように術が駆使されている空間というだけじゃなく、洞府内は妖魔が力を発揮する魔力に溢れているらしい。

 そこに忍び込むのは非常に危険であるが、宝玄仙がこの調子なので仕方がない。

 ただ、問題は、その洞府がどこにあるかだ。

 近くにある黒風山の奥地だということまでは予想がつくが、洞府はわからないように隠れているだけに、簡単に見つかるものではない。

 

「黒風怪が自分で仙薬を作れる可能性もあるけどね。そのときは、凌虚子を見張っていても、黒風怪には辿りつかないかもしれない」

 

 沙那が付け加えた。

 

「い、いや……」

 

 すると、宝玄仙が首を横に振った。

 

「……はあ、はあ……。せ、仙丹をつ、作るのは……それ自体が……大量の霊気を遣う……。そ、それを……す、するくらいなら……直接に霊具に霊気を込めるさ……。操人形を操りながら、仙丹なんて作れない……。沙那の……狙いは……いいね……。仙丹を作れるのが……近くにいるなら、黒風怪はそいつを呼ぶさ……」

 

「だったら、凌虚子が黒風怪と接触する可能性は大きいです。凌虚子は極端な人間嫌いで、唯一の例外が観禅蔡だったみたいです。なにしろ、半妖の噂があるようで……」

 

「半妖?」

 

 孫空女は思わず、顔をしかめた。

 半妖というのは、妖魔と人間の合の子のことだ。

 この帝国に限らず、存在そのものが忌み嫌われている。

 宝玄仙が属する天教の神殿法では、「妖魔は抹殺すべし」とあるが、半妖については「可能な限り、残虐に駆逐すべし」とあるくらいだ。

 神の理念に反する呪いの子として、存在を見逃せば災いがあると言われている。

 

 だが、妖魔が頭に角があり、一目瞭然の存在なのに対して、半妖には角もないことが多く、見た目は人間族と変わらない。半妖であることを隠せば、人の中に混じってしまい、見分けは困難だ。

 それも、世間から忌み嫌われる理由のひとつだろう。

 もしも凌虚子が半妖なのであれば、人間よりも妖魔側に近く、むしろ、黒風怪たちともこそ、頻繁な付き合いがあるかもしれない。

 

「決まりだね。じゃあ、早速、そいつのところに行ってみようよ、沙那」

 

 孫空女は立とうとした。

 しかし、沙那が押し留める。

 

「待って……。ご主人様に訊きたいことがあるの……。ねえ、ご主人様、黒風怪が言っていた、主従の誓いとはなんですか? 道術の契約とも言っていたと思いますけど」

 

 沙那が宝玄仙を見た。

 

「あ、ああ……、霊気契約かい」

 

 ずっと閉じられていた宝玄仙の目が開いた。

 

「霊気契約?」

 

 沙那が首を傾げる。

 

「霊気……あるいは、魔力を介する色々な魂の契約を総称してそう言うのさ……。術を遣う者同士しか結べないが……、そ、それをお互いに交わすことで、両者の間に絶対に破れない約束が成立する……。霊気のない人間同士がする口約束とは別物だ。魂と魂が結びつくんだよ……。だから、一度交わせば、お互いが破棄に同意しない限り、絶対に破れない約束が……両者を拘束し続ける……」

 

 宝玄仙が説明した。

 

「じゃあ、主従の誓いというのは、ご主人様が黒風怪という妖魔の家来になって、操り状態になるということですか?」

 

 沙那が驚いたように言った。

 

「い、いや……。霊気契約は一方通行でなく……、はあはあ……、両者を約束で拘束するんだ……。しゅ、主従の誓いの場合は、従側が……相手を主人と認める感情が芽生えて……服従心が沸くが、そ、それは操りとは違う……。主人側にも……相手を家来として……大切にする感情が……発生する……。ま、まあ、わたしの作った沙那にしている首輪こそ完璧さ。これぞ、究極」

 

 宝玄仙が汗びっしょりの顔で笑った。

 沙那が大きく嘆息した。

 その首には、宝玄仙の『服従の首輪』がある。

 確かに、なんの代償もなく、相手に命令を服従させてしまうこの霊具こそ、完璧な操り具に違いない。

 

「まあ、いいです……。と、とにかく……じゃあ、行ってきます、ご主人様……。三黒坊さん、ご主人様を頼むわね」

 

 今度は沙那が腰を浮かせた。

 孫空女も立つ。

 

「は、はい」

 

 沙那の言葉に、部屋の隅でずっと大人しくしていた三黒坊が慌てたように返事をした。

 

「た、頼むよ……。お、お前たちだけが頼りだ……。なっ、頼むね……。お願いだからさあ……」

 

 傍若無人の宝玄仙だが、弱くなってしまえば、可愛いものだ。

 孫空女は、「心配ないよ」と声をかけてあげた。

 

「……ま、待ちな……。そ、それと……さ、さっきから、孫空女の話を聞いていたんだけど、どうやら孫空女には……わたしの放つ霊気が充満して、ま、まるで、本物の道術師のような体質になっているようさ。だ、だったら、わたしの霊具が使いこなせるかもしれない……。ほ、本来はただの人間のお前には、霊具なんて使えないけど、孫空女の中にあるのはわたしの霊気だしね……。まあ、試してみな」

 

 孫空女は以前、宝玄仙と因縁のある御影(みかげ)という男の道術師に死の呪いという術ををかけられた。

 とりあえず、宝玄仙のお陰で、その呪いが活性化することは免れているのだが、呪いそのものは御影が解除するか、死なない限り消えないらしい。

 だから、孫空女は宝玄仙の霊具を首に装着してもらって、身体に宝玄仙の霊気を溜め続けなければ生きていけない。

 宝玄仙が倒れれば、孫空女も死ぬということだ。

 

 ともかく、ここで沙那を待っているあいだ、霊気が見えるようになったことを宝玄仙に説明すると、宝玄仙が調べてくれて、それが孫空女が身体に霊気を溜めていることから起きる現象であることを教えてくれた。

 それだけじゃなく、すでに宝玄仙の霊具も使いこなせるようになっていることまで調べてくれた。

 

 その宝玄仙が枕元にあった荷に手を伸ばして、指輪のようなものを出す。

 とりあえず、孫空女はそれを受け取って指に嵌めた。

 

「『変化(へんげ)の指輪』だ……。お前にやるよ、孫空女……。それに……念を込めながら……、変身したい相手の唾液を飲むといい……。そうすると、相手そっくりの姿と声をした存在に変身できる……。高い霊気を必要とする高級霊具だけど、わたしの霊具を……わたしの霊気を遣って操るんだ……。間違いなく使いこなせる……」

 

 宝玄仙が白い歯を見せた。

 

「唾液?」

 

 孫空女は眉をひそめた。

 変身とはすごいが、唾液とはなんだ?

 

「まとまった体液ならなんでもいい。小便でもいいよ。もちろん、精液でもね」

 

 宝玄仙が笑った。

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