※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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 新年あけましておめでとうございます。



 *


250 半妖少女の悪夢(朱姫)

 これは夢だ。

 それは朱姫にもわかった。

 

 なにしろ、自分の身体が、眼が覚めると十歳になっていたのだ。

 十歳と言えば、両親を殺されてから、それほど経っていない時代だ。

 

 朱姫は、その夢の中で、拾った木の枝を杖代わりにして、山中をたったひとりで歩いていた。

 ここがどこだかわからない。

 おそらく夢だから、朱姫の経験した場所がいろいろと混ざり合っているに違いない。

 少なくとも、いまの朱姫の記憶には、眼の前の景色の記憶はない。

 

 いずれにしても、ひどく飢えていた。

 どうやって食べ物を手に入れようか……。

 

 たったひとりで、道のない山中を彷徨い歩きながら、朱姫はそればかり考えていた。

 いや、朱姫ではない……。

 それは、宝玄仙に貰った名だ。

 いまが十歳としたら、“朱姫”はその六年後くらいに得た名だ。

 

 宝玄仙に出遭う前は、能生(のうう)。あるいは、麻雀。ほかにも、宇春、紅花、林杏、雪梅、杏雪蘭、麻美、爽、ほかにもいろいろな名を使った。

 親から授けられた名は羅姫(らき)だ。

 そして、真名は“八戒姫(はっかいき)”──。

 だが、それは人に教えるものじゃない。

 

 いずれにしても、朱姫という名は、もう三年近く使っているし、親を殺されてからは、一番長く使っている名だ。

 そして、もう一生使う名ではないだろうか……。

 

 そうであればいい……。

 これまでの朱姫の人生は、人との別れの人生だ。

 いや、別れではない。別れるというほどの人との関係を作る前にそれは崩壊した。

 とにかく、それまでの人間関係が壊れるたびに、人生を刷新するつもりで名も替えた。

 

 しかし、その朱姫にもやっと壊れることのない人間との関係ができた。

 

 宝玄仙、沙那、孫空女……。

 家族だ。

 

 家族に別れはない。

 離れる時があっても、家族は家族だ。

 あの三人とはもう家族だ。

 そう思いたい。

 

 それにしても、十歳の頃と言えば、どの名を使っていたのだろう……?

 どうしても思い出せなかった。

 

 まあ、朱姫でいい。

 朱姫は、いままでたくさんの名を名乗った中で間違いなく一番好きな名だ。

 両親が自分を呼んでいた名よりも好きかもしれない。

 

 それよりも、お腹が空いていた。

 ここがどこだかわからないが、人が歩くような場所ではないようだ。

 人が足を踏んで作った草や地面の踏み跡はかすかなものさえ残っていない。

 朱姫は、岩を避けたり越えたりしながら、斜面になっていた地面を下に進んだ。

 少しでも気を緩めたら、斜面の下まで転げ落ちそうだ。

 空腹で脚に力が入らない。

 

 見かけが人間の少女である朱姫だが、身体には紛れもない妖魔、即ち魔族の血がある。

 魔族の血は野生の血でもある。

 普通の人間とは、比べものにならないくらいに丈夫で、かなりの耐性もあるのだが、これだけ弱っているということは、かなり長い時間、食べ物を口にしていないのかもしれない。

 

 しばらくすると河原に出た。

 そのまま河原沿いに進んでいくと、遠くにひと筋の煙がたちのぼっているのが見えた。

 朱姫は、その煙に向かって斜面を昇った。

 

 斜面を昇った先に小さな山小屋があった。

 朱姫は立木に隠れて、小屋の様子を眺めた。

 老婆がひとりいた。

 小屋の外で焚火をして、なにかを鉄鍋で煮ていた。

 朱姫は意を決して、その小屋に向かって進んだ。焚火にいたのが老婆であったことに、少し安心した。

 

「お、お願します。なにか食べさせてもらえませんか? すごくお腹が空いているんです。お金は持っていないけど、掃除でも薪割りでも畠仕事でもなんでもやります。これでも台所仕事もできるし、それから字も読めます。どうか、お願いします」

 

 朱姫は言った。

 老婆は驚いていた。

 しかし、手を差し出して、火のそばに座れというような仕草を手で示した。朱姫は老婆に焚火を挟んだ向かい側にあった石を椅子代わりにして座った。

 焚火は温かかった。随分と身体が疲労しているのだと思った。

 老婆が、小さな椀に入った雑炊とさじを手渡してくれた。

 朱姫は夢中になって、手渡されたものを口にした。

 口の中に米と野菜のなにかの肉汁の味が拡がる。

 おいしいと心から感じた。

 余程、腹が減っていたのだろう。

 身体から力が漲るようだった。

 一杯を食べ終わると、礼を言った。

 

「まだあるよ」

 

「でも……」

 

 まだ食べれる。

 しかし、ただで食事を恵んでもらったうえに、お代わりをするなど……。

 

「別にいいんだよ。残りものを煮ただけさ。まだ、小さいんだから、どんどん食べなきゃ。それに、あたしの食事は終わったのさ」

 

 老婆が言った。

 確かに、すでに空になっている椀が老婆の横に置いてある。

 朱姫は、空になった椀を差し出した。

 老婆がそれに鍋に残っていた雑炊を全部すくってくれた。

 朱姫は、それもあっという間に平らげた。やっとお腹がいっぱいになった。

 

「ありがとうございました。とりあえず、鍋と食器を洗わせてください。それから、なんでも言いつけてください。これでも小間仕事はひと通りできます」

 

「頼もしいんだね。何歳だい?」

 

「十……歳です──、お婆さん」

 

 多分、十歳でいいのだろう。

 実際には何歳なのかわからない。

 

 そして、ふと我に返った。

 これは夢なのだ。

 現実ではない。

 本当の朱姫は、もう十九歳だ。

 宝玄仙の道術紋の影響で、見た目は十六で成長がとまっているがもう大人だ。

 

「あたしは、杏仙(きょうせん)というのさ。そう呼んでおくれ、お嬢ちゃん」

 

「あたしは、朱姫です。よろしくお願いします、杏仙様──。では、鍋を洗ってきます」

 

 すぐそばに川があった。

 そこで洗えばいい。

 

「ついでに、水を汲んでまいりますか?」

 

 朱姫は、空になった鍋に自分と杏仙の使った食器を入れて立ちあがろうとした。

 その朱姫の手首を杏仙の手が上から押さえた。

 

「なんでしょうか?」

 

 朱姫が顔をあげた瞬間、朱姫の手首がねじあげられて、背中に回された。

 

「痛い──痛いです、杏仙様……。や、やめてください」

 

 朱姫は、杏仙を振りほどこうとしたが、今度は首を押さえられて顔を地面に押しつけられる。

 朱姫は、上半身をうつ伏せにしてされて動けなくなった。

 老婆とは思えないもの凄い力だ。

 

「大槻天(おおつきてん)、山桜花(さざんか)、希木(まれぎ)、出てきな。起きるんだよ。獲物だよ──」

 

 杏仙が怒鳴った。

 朱姫はぎょっとした。

 小屋の中から三人の屈強そうな大人の男がわらわらと出て来たのだ。

 いずれも二十代の筋肉隆々とした色黒の男たちだ。

 どことなく、杏仙と顔が似ている気がした。

 

「おふくろ、獲物って……。おお、これか──。いや、なんだ、まだ子供じゃねえか」

 

 ひとりが不満そうな声をあげたのが聞こえた。

 

「なに言ってんだよ。好事家には、こういうていのいい女の子を欲しがる変態も多いんだよ。調教もしやすいしね」

 

「でも、俺は、この前売り飛ばした女みたいな三十過ぎた色艶のいい女がいいぜ。四十でもいい──。しかし、こんなに小さいのはなあ……」

 

「この希木の馬鹿たれが──。お前の色好みはどうでもいいんだよ。売り飛ばして、どれだけの値がつくかだよ。三十や、四十のとうが立った女なんか、余程の美人のうえに、かなりの調教をしないと売れやしないんだ。それに比べれば、こういうがきは、とりあえず、性交ができるようにしておけば、普通の娘の一級品並みの値だよ。ほら、大槻天、山茶花、首輪と油を持っておいで」

 

 杏仙の大声で、ふたりが一度小屋に戻った。

 もうひとりの希木という男は、杏仙に変わって朱姫を押さえつける。

 どうやら、よりにもよって、人売りを商売にしている一家の暮らす小屋に助けを求めてしまったようだ。

 逃げようともがくが、杏仙だけではなく、大人の男である希木に身体を押さえられてしまっては、十歳の朱姫の力ではどうしようもない。

 

「持ってきたぜ、おふくろ」

 

 小屋から戻ったふたりが、鎖のついた金属の首輪をじゃらじゃらと音をさせながら持ってきた。

 ほかにも、性器に塗って滑りをよくするための油と馬用の鞭、縄や手錠もある。

 それらが朱姫のそばに、まとめて放り投げられ、杏仙がそこから首輪を拾いあげた。

 

「ゆ、許してください──。勘弁してください──」

 

 朱姫は叫んだ。

 

「うるさいよ。人売りの住む小屋に自分からのこのことやって来て、許してもないものだ。どこの家出娘か知らないけど、これが世間というものだよ。諦めな。いい子になって、素直に調教を受ければ、できるだけ優しい主人のいる妓楼か好事家の屋敷に売り飛ばしてやるよ」

 

 杏仙だ。

 

「あ、あたし、家出娘じゃありません──。お父さんもお母さんも殺されて……」

 

 朱姫は訴えた。

 しかし、容赦なく朱姫の首に金属の首輪が嵌められる。

 

「だったら、早死にした親を恨むんだね──。お前たち、まずは裸にしな」

 

「ひいっ──。だ、誰か、助けてえぇ──」

 

 朱姫は悲鳴をあげた。

 

「こんな山奥に誰が来るもんかい。ここは、あたしら人売りの家族が隠れている棲み処だ。少なくとも四里(約四キロ)の範囲は、獣と鳥しか棲んでないよ」

 

 杏仙の言葉に、ほかの三人の男が大笑いした。

 身体をひっくり返される。

 朱姫の幼い身体を三人がかりで押さえつけて、着ている服に両側から手をかける。

 

「脱ぐ──。自分で脱ぎます。破らないで」

 

 朱姫は泣き叫んだ。

 服を破られては、もうここから逃げられない。

 朱姫は、いま着ている服のほかには、なんにも持っていないのだ。

 

「……じゃあ、自分で脱ぎな。少しでもおかしなことをすると、鞭で打つよ」

 

 杏仙が指示をして、朱姫を押さえつけていた三人が手を離した。

 朱姫は立ちあがった。

 すぐ周りには、杏仙を含めた四人が油断なく取り囲んでいる。

 仕方なく服を脱ぐ。

 着ていたのは、上下繋ぎの一枚の貫頭衣だ。

 下着など着ていない。

 その貫頭衣を一枚脱いでしまえば素っ裸だ。

 

「腕で身体を隠すんじゃないよ。手は身体の横だ」

 

「は、はい……」

 

 杏仙の言葉に朱姫は両腕で隠すようにしていた身体を四人の前に晒した。

 十歳といっても見知らぬ男たちの前でじろじろと身体を見られるのは恥ずかしい。

 しかも、これから、この男たちに、なにをされるのか……。

 

「傷や染みのようなものはないねえ……。山を彷徨ってきたにしちゃあ、綺麗なものだ」

 

 じろじろ全身を眺めまわされる羞恥と恐怖で、眼の前の景色が涙で滲んだ。

 

「胸はちょっとだけ出ているね。さすがに、毛はないかい」

 

 杏仙の手が朱姫の股間に伸びた。

 

「やだっ」

 

 反射的に身体を避けようとして、お尻に激痛を感じた。

 三人のうちの誰かがお尻を思い切り打ったのだ。朱姫の身体が恐怖で硬直する。

 

「さて、そろそろ、調教を開始しようかねえ。その前に、処女膜を破っとくかね。ひと通りの調教をするには邪魔だしね」

 

 朱姫の両手が掴まれた。

 強引に背中に回されて、手錠を嵌められた。

 

「さて、じゃあ、やるかね──。希木……のものじゃあ、下手をすればこいつの膣が破れちゃうか……。じゃあ、山茶花、お前のでいい。一度、こいつの膣を破っときな。油を塗るのを忘れんじゃないよ。傷がつかないようにゆっくりやるんだ」

 

「ひでえなあ、お袋。じゃあ、俺のが一番小さいということかよ」

 

 山茶花と呼ばれた男が苦笑しながら、下袴を脱いだ。

 男の黒々とした怒張が、朱姫の眼の前にすっと迫った。

 十歳の朱姫の眼には、人間の肉体の一部というよりは、凶器そのものにしか思えない。

 杏仙は、小さいから選んだようなことを言っていたが、とんでもない。巨大だ。

 

「ひ、ひくっ──ひいん──」

 

 自分の顔が恐怖でひきつるのがわかった。

 

「みんなで押さえつけてくれ」

 

 山茶花が言った。

 朱姫は仰向けにされて両側から押さえつけられた。

 両脚が胸側に引きあげられて、股間が上向きに曝け出される。

 眼の前に下半身を露出した山茶花が迫る。

 あんなものが入るわけがない。

 朱姫は泣き叫んだ。

 しかし、朱姫を押さえている手はまったく力を緩めない。

 山茶花は、にやにやしながら自分の男根に手で潤滑油を塗っている。

 

「いくぞ」

 

 朱姫の幼い女陰に、山茶花の肉棒の先端が当たる。朱姫は悲鳴をあげた。

 

「ま、待ってください──。ほ、奉仕……。奉仕します。口で奉仕をさせてください。口でします」

 

 朱姫は叫んだ。

 男は一度射精すれば、大抵はしばらく落ち着いた状態になる。

 それで逃亡の時間を稼ぐのだ。

 それに、口で奉仕してやれば、それだけで猛っていた血が収まって、それで解放してくれる可能性もある。

 

 そう考えて、朱姫は、いま思ったことが十歳の朱姫の思考ではないことに気がついた。

 十歳の時代の朱姫が、男を翻弄するような舌技を持っていたわけがない。

 それは、もう少しの時間がかかっている。

 そもそも、男の性器など、宝玄仙に教えられる以前には、舐めたことなどないはずだ。

 

「その歳で男の肉棒をしゃぶれるというのは、なかなか有望だな。だが、とりあえず、俺の精を受けてくれ」

 

 山茶花が言った。

 そして、朱姫の女陰に、山茶花の性器の先端が当たった。

 朱姫の身体の中で恐怖が爆発した。

 

「いやああぁぁぁ──ぎゃああぁぁぁぁ──やめてえぇぇぇ──」

 

 性器がめり込んでくる。

 入ってくる──。

 いやだ、犯されたくない──。

 頭が恐怖で白くなる──。

 

「『獣人』──」

 

 朱姫は叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なにが起こったか理解できなかった。

 朱姫は、森林の中で咆哮をしていた。

 

 そして、我に返った。

 風景が一変している。

 眼の前で朱姫を犯そうとしていた山茶花の姿はもちろん、ほかのふたりの兄弟も、杏仙もいない。

 山小屋もなく、ただの森林だ。

 周りを見回すと、獣人化した朱姫に突き飛ばされて横に転がった沙那と孫空女が、眠りから覚めて、身じろぎをしている。

 

 朱姫は呆然としていた。

 そして、朱姫の心が次第に平静を取り戻すのと合わせるように、大きな獣人の姿になっていた朱姫の身体が、いつもの少女の姿に戻っていく。

 大きくなることで破れてしまった朱姫の衣服がぼろ布になって、まとわりついている。

 

 

「な、なに……?」

 

「ここは……?」

 

 沙那と孫空女がだるそうな様子で身じろぎをしている。

 それではっとした。

 

 さっきまで見ていた夢は、ただの夢ではない。

 夢にしては、現実感があり過ぎる。

 あれは、噂に聞いたことのある夢魔の見せる悪夢に違いない。

 朱姫は、たったいままで自分が夢魔に支配されていたのだということを悟った。

 半妖であり、かなりの期間、妖魔としても生きていたことのある朱姫には、これでも妖魔に関する知識は深い。

 

 夢魔は、悪夢を見させることで虜にした人間を支配するという妖魔だったはずだ。

 しかし、妖魔の世界との繋がりで、さまざまな妖魔を知っている朱姫だが、夢魔と接するのは生まれて初めてのことだった。

 

 夢魔が人間の女を悪夢で虜にするのは、人間の女に精を送って夢魔の子を産ませるためだ。

 もっとも、実際には人間の女が、夢魔の子を産むことはない。

 夢魔の子を宿した人間の女は、通常の妊娠期間の途中まではお腹も大きくなり、体内に胎児が宿った感覚を味わうが、出産の前のいずれかの時期に膨らんでいたお腹は小さくなってしまい、妊娠の感覚も消滅する。

 人間の世界では、それを「偽妊娠」と呼んでいるようだが、実は夢魔だ。

 夢魔の子が人間の女を苗床として、意識下の世界に誕生し終わったということだ。

 

 普通、夢魔は人間の女にだけしか取り込まないし、人間の意識にしか存在しえない。

 妖魔は夢を見ないからだ。

 だから、夢魔は妖魔を虜にすることはできない。

 朱姫は半妖だから、本来は夢魔の獲物にはなりえないはずだが、朱姫の血の半分は人間だ。

 だから、捕り込まれてしまったに違いない。

 そして、朱姫が獣人化することで、一瞬だけだが、その人間の血の部分が妖魔化した。

 だから、夢魔の支配から弾き飛ばされてしまったのだ。

 

「これ、どういうこと……?」

 

 孫空女が、自分の身体を探りながら、不審な表情をしている。

 

「大丈夫ですか、孫姉さん?」

 

 朱姫は言った。

 おそらく、なんらかの悪夢を見させられていた違いない。

 朱姫の夢があんな夢だったから、孫空女も夢の中で犯されていたのかもしれない。

 

「う、うん……。変な夢を見て……」

 

 孫空女が戸惑ったような声で言った。

 

「あ、あんたも……?」

 

 沙那だ。

 沙那もまた、まだ、ぼんやりとしている様子だ。

 夢魔の悪夢は、夢魔の呪縛が解けて、夢から覚めればただの夢だが、夢の中とはいえ、犯されればその感覚の一部が残ることもある。

 

「そういえば、お前、なんで、服がぼろぼろなのさ」

 

 孫空女が朱姫を見て言った。

 朱姫は、なにが起こったのかを説明しようとした。しかし、はっとした──。

 

 宝玄仙──。

 

 朱姫は、慌てて宝玄仙を見る。

 宝玄仙は松の木の根元に準備されている寝床で横になり、苦しそうな表情で眠っていた。

 朱姫は、宝玄仙に飛びついて、その身体を揺り動かした。

 

 

 *

 

 

 宝玄仙の腰が前後に動きはじめる。

 あっという間に精が込みあがる。

 宝玄仙は懸命にそれを耐えようとした。しかし、それは、意思だけだ。いま、意思は宝玄仙の身体から切り離されている。

 もう、数回の律動で宝玄仙は、自分の身体が宝玉の中で精を発するのはわかった。

 

 数回で……。

 そして──。

 

 そのとき、突然、白い部屋に拡がっていた朱姫が映っていた窓が消滅した。

 ほぼ、同時に、沙那と孫空女の映っていた窓も不意に消える。

 

「なに?」

 

 宝玄仙の口が驚きの言葉を発した。

 宝玄仙の言葉ではない。

 宝玄仙の中に憑依していた十八公の声だ。

 

 思わぬことに動転した十八公が、宝玄仙の身体の支配を緩めた。

 宝玄仙は、その一瞬を見逃さずに、性行為の真っ最中だった宝玉を突き飛ばした。

 宝玄仙の股間の一物が宝玉の女陰から弾き出る。

 

「ああんっ」

 

 宝玉が、宝玄仙の股間の男根が抜け出た刺激で嬌声をあげた。

 

「なにをするの、宝玄仙。酷いわあ。それとも、これも責め? そうやって、焦らすの?」

 

 宝玉が突き飛ばされた姿勢のまま、甘い声で言った。

 

「呑気なことを言ってんじゃないよ、宝玉。それどころじゃないんだ。いま、お前は、まさに、十八公の精を宿されるところだったんだ。こいつは、わたしの身体を乗っ取って、わたしの精に混ぜて、自分の精を入れようとしていたんだ」

 

 宝玄仙の言葉に、宝玉が眼を丸くした。

 宝玄仙は、十八公を睨む。宝玄仙が自分の身体を取り戻したことで、十八公の精神は、元に戻っていた。

 

「なぜ、朱姫が俺の支配を……?」

 

 しかし、十八公は宝玄仙にも宝玉にも関心を失ったように、なにかを探っているような感じだ。

 その言葉から、宝玄仙は事態が大きく変わったことを悟った。

 もしかしたら、さっき突然に朱姫の姿を映していた窓が消滅したのは、朱姫が、眼の前の夢魔の支配から脱して目を覚ますことに成功したということなのかもしれない。

 続いて、沙那と孫空女の窓も消滅したのは、そのふたりも目を覚ましたのだろう。

 

 三人は一緒に同じ毛布で寝ていた。

 朱姫は真ん中に寝ていたようだから、朱姫が飛び起きることで、なにかの振動でも加われば、両側の沙那と孫空女も目を覚ます。

 

「残念だわ。あなたと一度でいいから、愛し合いたかったわ、宝玄仙。こんな機会は、もうないだろうし」

 

 宝玉も同じことを思ったようだ。宝玉が無邪気な笑みを浮かべながら言った。その顔には安堵の色がある。

 

「それよりも、宝玉……」

 

 宝玄仙は、宝玉をじっと見た。

 どうしても確かめておきたいことがあった。

 あの記憶の中で出遭ったもうひとりの生贄……。

 

 あれは、鳴智(なち)ではなかったのか……?

 宝玄仙を残酷に嗜虐をするはずの鳴智が、なぜ、宝玄仙と一緒に闘勝仙の調教を受けていたのか。

 

「なあに、宝玄仙?」

 

 宝玄仙の真剣なまなざしに気後れしたように、宝玉は真顔になった。

 

「お前、わたしに隠していたことがあったね?」

 

「隠していたこと?」

 

 宝玉が不審そうな表情で眉をひそめた。

 

「とぼけるんじゃないよ。さっきの記憶だよ、宝玉」

 

「記憶がどうしたのよ、宝玄仙?」

 

 宝玉は、当惑したような表情を隠さない。

 いったいどこまでとぼけるつもりだろう。

 同じ自分でありながら、宝玄仙は宝玉にだんだん腹が立ってきた。

 

「白ばっくれるのはやめておくれ、宝玉。さっきの光景は、お前の記憶だと言ったのは、お前自身だよ。わたしは、あの神殿の地下の広間で受けた嗜虐の中で、わたしと一緒に連中の慰み者になった鳴智を見た。鳴智だと知覚したんだ」

 

「鳴智?」

 

 宝玉はきょとんとしている。

 宝玄仙は苛立った。

 

「わたしが知っている鳴智のことだけなら、あそこで鳴智がわたしと一緒に嗜虐を受けるなどあり得ない。だけど、鳴智はわたしと同じ連中の慰み者だったんだ。あいつも、わたしと同じで闘勝仙の犠牲者だったんだよ。なぜ、それを黙っていたんだい、宝玉? どうして、それを教えてくれなかたんだい?」

 

 宝玄仙はさらに声をあげた。

 

 鳴智もまた同じだったのだ。

 宝玄仙と同じ犠牲者……。

 嗜虐者と被虐者の立場を強要されていただけで、同じ犠牲者……。

 

「鳴智が、宝玄仙と一緒に……、いえ、わたしと一緒に嗜虐を受けていたというの? 一体全体、それはなんのこと? あなたは、そんな光景を見たの?」

 

 宝玉は目を丸くしている。

 今度は宝玄仙が当惑する番だ。

 宝玉のその様子には、なにかを隠しているとか、騙しているとかいう雰囲気はない。

 考えてみれば、宝玉には裏表がない。

 宝玄仙の持つ狡さのようなものがないのだ。

 人間の狡さ、汚さは宝玄仙が受け継いでいる。

 その残された人格を受け継いだのが宝玉だ。

 

 その宝玉が、宝玄仙の知らない鳴智との関係を宝玄仙に隠していたとは考え難い……。

 これはどう考えればいいのだろう?

 

「さっきの帝都で受けた嗜虐の光景は、お前の記憶なんだろう、宝玉?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そうよ。だけど、わたしの記憶では鳴智のことなんかないわ。あなたは、さっき、その記憶の中で鳴智が出て来たと言ったけど、どういうことなの? あなたが見た記憶の中では、そこに鳴智がいて、あなたと一緒に嗜虐を受けたの?」

 

 宝玉が宝玄仙に逆に訊ねた。

 じゃあ、さっきの光景で、宝玄仙と一緒に嗜虐を受けた鳴智を見たのは、十八公の仕組んだなにかの企みだったのだろうか──?

 宝玄仙の中に疑問が渦巻く。

 しかし、その思念は激しい身体の揺れで中断された。

 

 

「ご主人様──。ご主人様、眼を覚ましてください」

 

 宝玄仙は眼を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには必死の形相で宝玄仙を起こす朱姫の姿があった。

 眼の前に、眠る前に根元に横になった一本の松の木の枝が映った。

 もう、陽はかなり高い。中天をすぎて、真上から西にやや傾いている。

 

「ご主人様、眼が覚めたんですね。よかったあ──」

 

 心から安堵をしている表情の朱姫が、宝玄仙の首に抱きついてきた。

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