※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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251 いい子の報酬

「夢魔……?」

 

 お互いの情報を交換して、なにが起こったかを悟ったことで、沙那は自分たちがいつの間にか驚くべき危機に陥っていたことを悟った。

 

 ここは、昨夜、野宿をした森林だ。

 さっきまで、見知らぬ城郭にいた気がするが、あれが夢だったとはいまだに信じられない。

 

 ここで夜眠っている間に、全員が夢魔によって囚われてしまい悪夢に責められた。

 沙那は城郭の中で羞恥責めに遭ったが、孫空女は男四人に力づくで強姦されたようだ。

 宝玄仙は、闘勝仙の性奴だった時代の記憶を呼び起こされたと言っていた。

 朱姫は十歳の子供になり、人売りに捕まって犯されそうになったらしい。

 

 そのとき、朱姫は、夢の中で『獣人』の道術を解放させた。

 あの術は、半分の血が魔族で半分が人間の女である朱姫の血を、一時的に完全な魔族にする道術だ。

 朱姫の説明によれば、夢魔は人間の意識しか捕らえることができないらしい。

 半妖の朱姫は、半分の人間の血によって捕えられたが、捕えられたのは半分だけなので、夢魔の世界では、いまの年齢の半分の十歳くらいの姿だったらしい。

 だが、『獣人』の道術により、一瞬、朱姫の血のすべてが魔族そのものになった。

 それで、夢魔の捕縛から脱した朱姫が、現実の世界に覚醒し、朱姫がこちら側から沙那と孫空女と宝玄仙を起こすことで、夢魔の世界からの脱出ができたのだ。

 

「畜生……。妖魔の仕業だったのかい。それにしても、よってたかって犯しやがって……」

 

 孫空女が悪態をついた。

 それは沙那も同じ気持ちだ。

 現実の世界で犯されたわけではないが、夢にしては現実感がありすぎて、沙那の中にもあの悪夢で与えられた恥辱はしっかりと、記憶として刻み込まれている。

 現実に加えられた恥辱と屈辱と変わりがない。

 城郭の中で公然と羞恥責めにされたうえで、大通りから一本外れた路地で犯され、股間から滴る淫液を拭うことも許されずに、催淫剤をたっぷりと塗った下着一枚で引き回されたのだ。

 しかも、媚薬に発情して、自分が自分でなくなったことも覚えている。

 歩けなくなるたびに、路地に連れていかれてまた犯された。

 それを半日も続けられた。

 朱姫が目覚めて起こされなかったら、あの凌辱は果てしなく続いていたに違いない。

 

「それで、もう、大丈夫なのですか、ご主人様? こうしているうちに、また襲われるということはないのでしょうか?」

 

 沙那は宝玄仙に訊ねた。

 しかし、宝玄仙は、なにかほかのことを考えているようだった。

 なにか思念に耽る様子でぼんやりとしている。

 

「ご主人様」

 

 沙那はもう一度呼び掛けた。

 

「えっ、なんだい、沙那? 済まないねえ。ちょっと考えことをしててね」

 

 宝玄仙は言った。

 その宝玄仙の代わりに朱姫が口を開いた。

 朱姫は、『獣人』の霊気を遣ったことで、服がぼろぼろになっていたが、丁度、着替えが終わってこっちに来たのだ。

 

「眠らなければ大丈夫です」

 

「眠らなければって……。じゃあ、眠ったらどうなるの、朱姫?」

 

 沙那は言った。

 

「この一帯は、夢魔の巣だろうと思います。こんなところで寝れば、また、眠っているうちに、夢魔に捕り込まれて虜になってしまいます、沙那姉さん」

 

「倒せばいいじゃないか。向こうの世界では、あいつらが無敵でも、こっちの世界じゃあどうってことないんだろう、朱姫?」

 

 孫空女が息巻いた。

 

「でも倒すっていっても、夢魔は実体を持たないんですよ、孫姉さん。夢魔が意識を保てるのは、人間の夢の中だけのことなんです。こちら側の世界では、なんでもないものに憑依してじっとしているだけなんです。意識も持てないし、ただ、じっとしているだけで……」

 

「じゃあ、その憑依しているものをぶっ倒そうよ。そうでなきゃ気が済まないよ」

 

「でも、憑依している自然の物の醸しだす霊気に完全に同化しているんですよ、孫姉さん。あたしには、どこに夢魔が憑依しているのかわかりません。夢魔はなんにでも憑依するんです。ちょっとした植物にも、虫にも、路傍の石にさえ。もしかしたら、人間の作った道具……例えば人形とか、そういうもに憑依して、人間が夢魔の近くで寝るのを待つんです」

 

 朱姫が言った。

 

「この松だよ」

 

 いままで黙っていた宝玄仙が言った。

 

「松?」

 

 沙那は自分たちが立っている場所のすぐそばにある大きな松の木を見あげた。

 

「かすかだが妖魔の気を感じるよ。本当に微かすぎて、言われて探せばやっとわかるというくらいさ。わたしは、昨日、この辺一帯の樹木を含めて結界を刻んでしまったからね。妖魔を防ぐための結界のはずが、最初から妖魔ごと結界を組んでしまったのさ。わたしの失敗だよ。悪かったね、お前たち」

 

「い、いえ……」

 

 素直に謝罪する宝玄仙に気味の悪さを感じながらも、沙那はとりあえずそう応じた。

 

「そうとわかれば、この松を叩き壊してやる」

 

 孫空女が『如意棒』を出した。

 

「孫姉さん、さっきも言いましたけど、夢魔は松に憑依しているだけなんです。憑依している松を折っても、夢魔はほかのものに憑依するだけで、壊れるのは松の木だけのことです」

 

「それでも、なにか仕返しをしないと、あの十八公たちに対して肚の虫が収まらないのさ」

 

 孫空女が『如意棒』を振り回した。

 『如意棒』は、木の幹に喰い込んで巨大な大木が幹の部分で真っ二つになった。

 巨大な松の木の叩き折った部分から上の部分が倒れて、地面に大きな音をたてる。

 

「気が済んだ、孫女?」

 

 沙那は苦笑した。

 

「少しね」

 

 まだ憤懣を顔に出している孫空女は、『如意棒』を小さくすると、いつものように耳の中に隠す。

 

「さて、じゃあ、出発しましょう。ご主人様や朱姫の話を繋ぎ合わせれば、この荊棘嶺(けいきょくれい)一帯には、夢魔が大勢いて、あちこちに分散しているように思われます。とにかく、この荊棘嶺を少しでも早く抜けることです。それまでは寝ずに歩くしかありません。この山に入る前に最後に立ち寄った村で聞いた話によれば、ここから二日間、続けて歩けば荊棘嶺を抜けるはずです」

 

 沙那は言った。

 

「二日間、寝ずに歩くのかい。それはしんどいねえ」

 

 宝玄仙が嘆息した。

 

「それしかありません、ご主人様。寝てしまえば、夢魔に捕り込まれますから」

 

 沙那は言った。

 

「わかっているよ」

 

「疲れればあたしがご主人様を背負うけど、眠ったら駄目だよ、ご主人様。寝たら夢魔に捕り込まれるからね」

 

 孫空女だ。

 

「歩くよ。歩き続ければ、寝ることはないだろうさ。お前の背中では、気持ちよくて寝てしまいそうさ」

 

 宝玄仙は言った。

 さっそく出立の支度をする。

 それほど時間がかかるわけでもない。

 あっという間に出発の準備ができあがる。

 

「さあ、行きましょうか……。朱姫、どうかした?」

 

 歩きはじめようと思ったが、なにか朱姫が考え事をしているような表情をしている。

 そう言えば、準備をしている間、朱姫はなんとなく心あらずという感じだった。

 なにか、まだ夢魔について気になることがあるのだろうか。

 なんと言っても、夢魔というのは、よく知られていない妖魔らしい。

 宝玄仙の知識も、妖魔に関しては朱姫の知識に及ばない。

 妖魔の世界でも生きたことのある朱姫の知識がここでは頼りだ。

 

「ねえ、朱姫、どんな小さなことでもいいわ。気になることがあったら言って」

 

 沙那は言った。

 

「はい、考えたんですけど、今回のことは、あたしがいなければ皆さん助からなかったんですよね」

 

 朱姫が顔をあげてはっきりと言った。

 

「ま、まあ、そうだね。ありがとう。感謝するよ……。そう言えば、礼を言っていなかったような気がするよ、朱姫。改めて、恩に着るね」

 

 孫空女が口を挟んで、微笑みながらそう言った。

 

「本当ですね、孫姉さん? その言葉に嘘はないですよね」

 

「はっ?」

 

 孫空女はきょとんとしている。

 

「恩に着ると言ったことです。じゃあ、着てください。朱姫に借りがひとつです」

 

「お前、なにを言ってんの?」

 

 孫空女は首を傾げている。沙那も朱姫がなにを問題にしているのかよくわからない。

 

「ねえ、沙那姉さん。今回のことでは、朱姫はいい子だったですよね」

 

 朱姫が言った。

 

「いい子?」

 

「答えてください、沙那姉さん。朱姫は、とてもいい子ではありませんでしたか?」

 

 いい子と言って欲しいのだろうか。

 仕方なく、朱姫はいい子だと沙那は応じた。

 

「つまり、もの凄く、とっても、とってもいい子だったということですよね?」

 

 朱姫がにんまりと微笑んだ。

 よく思い出せないが、いまの朱姫の物言いに覚えがある。

 なんだっただろうか?

 

「朱姫、お前、さっきから、なにを……?」

 

 沙那は戸惑いながら、すでに担いでいた荷を下に降ろした。

 

「約束したじゃないですか、昨夜──。もの凄く、とっても、とってもいい子だったら、朱姫の相手をしてくれるって」

 

 朱姫が声をあげた。

 沙那は呆れた。

 そして、あまりにも唖然としてしまって、すぐに口がきけなかった。

 

「約束ですよ。朱姫の相手をするんですよ、沙那姉さん。孫姉さんもです。朱姫の嗜虐に相手になってください」

 

「お前、馬鹿なの、朱姫? いまどういう状況だかわかっているの? たったいままで、わたしたちは夢魔に捕らえられていて、それで、やっと脱出できたけど、まだ荊棘嶺という夢魔の巣に入り込んでいしまっているという事実は変わらないのよ。これから二日間、寝ることなく歩いて、夢魔の縄張りである荊棘嶺を抜けなければならない──。そういう状況なのよ。お前の嗜虐の相手なんかしている暇はないわよ」

 

 沙那は捲し立てた。

 

「そんなことは、あたしだってわかっていますよ。いまここで、相手をしてくれと言っているんじゃありません。『獣人』を解放してしまったんで、あたしの霊気も回復していないですし……。でも、荊棘嶺を抜けて、どこかの宿町でも辿り着いたらの話です」

 

「だから、そんなことを話している場合じゃないと言っているでしょう、朱姫」

 

「でも、あたしのお陰で脱出できたんじゃないですか」

 

「もう、行くわよ。こんなくだらない話で、時間を潰すわけにはいかないわ」

 

 沙那は荷を抱え直した。

 

「だ、だって……」

 

 朱姫は不満そうだ。

 

「うるさい」

 

 沙那は怒鳴った。

 だが、それを宝玄仙の大きな笑い声が遮った。

 

「確かに、朱姫の言う通りさ。朱姫がいなければ夢魔の呪縛は解けなかった。さすがのこの宝玄仙でも、夢魔の世界では無力だったからね。お前たちもそうだったんだろう? ちゃんとひと晩ずつ相手をしてやりな」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 

「そ、そんなあ、ご主人様」

 

 沙那は嘆いた。

 

「命令だよ。朱姫の言うことを聞いてやりな。今回の殊勲は朱姫であることは確かなんだし……。ひと晩ずつ、相手をするんだ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ええっ──」

 

 孫空女も不満そうな声をあげた。

 

「やったあぁ──」

 

 ひとり朱姫だけが歓声をあげた。

 

「と、とにかく、その話は荊棘嶺を抜けてからよ、朱姫。荊棘嶺を無事に抜けなければ、嗜虐も被虐もなにもないんだから」

 

「わかっています、沙那姉さん。でも、ご主人様の命令ですよ。朱姫の嗜虐の相手をするんですよ」

 

「はいはい、わかったわよ。朱姫ご主人様──」

 

 沙那は仕方なく言った。

 

「くうっ……。その響きいいですねえ。もう一度、呼んでください、沙那姉さん」

 

「嫌よ。お前の相手をするひと晩というときが来たら、そう呼ぶわ」

 

「じゃあ、孫姉さん」

 

 朱姫が孫空女に振り向いた。

 

「あたしは、お前のことをご主人様なんて呼ばないよ。嗜虐の相手をするときでもね」

 

「愉しみです。でも、朱姫の嗜虐を受けたら、きっと孫姉さんは、あたしのことを“ご主人様”と呼びますよ。あたしに屈するんです」

 

「呼ばないと言っているだろう、朱姫。あたしのご主人様は、ひとりだけだよ」

 

「うわぁ……。いまからわくわくします。ありがとうございます、皆さん。こんな機会を作ってくれて」

 

「九頭女のときみたいに、責めすぎて騒ぎを起こすんじゃないよ。面倒だからね。まあ、こいつらに限って、大抵の責めには身体が耐えられるとは思うけどね」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 沙那はその横で嘆息した。

 ある意味で宝玄仙の嗜虐よりも、激しく大変な朱姫の責めを受けなければならないのだ。いまから考えても気が重くなる。

 

「じゃあ、荊棘嶺を抜けたら、順番に三日間ですから。いいですよね、皆さん」

 

 朱姫は、大きな声で宣言するように言った。

 

「えっ?」

 

「三日?」

 

 疑念の声は、沙那と孫空女の口から同時に放たれた。

 沙那と孫空女をひと晩ずつ朱姫が嗜虐すれば二日間のはずだ。

 三日と朱姫が言ったのはどういう意味だろう……。

 

 まさかとは思うが……。

 沙那は朱姫の顔を見た。

 その顔には勝ち誇った表情しかない。

 

「朱姫、三日というのはどういう意味だい?」

 

 宝玄仙が低い声で言った。

 この声で宝玄仙になにかを言われると、沙那はすくみあがる。

 しかし、朱姫はなんでもないようだ。

 あっけらかんとした表情を宝玉仙に向けた。

 

「三日目はご主人様ですよ。ご主人様だって、あたしに助けられたんですから……。あっ、でも宝玉様もいるから、四日間かな。朱姫の黄金の四日間です」

 

「あ、あんた……」

 

 沙那は、朱姫を嗜めようとしたが、絶句してそれ以上言葉を続けることができなかった。

 よりにもよって、宝玄仙に嗜虐の相手をしろなどと、なんと恐ろしいことを言うのだろう。

 しかし、厳しい顔をしていた宝玄仙の表情が緩んだ。

 

「まあいいさ。わかったよ。お前に救われた。それは確かだものね。ひと晩だけ、この宝玄仙は、朱姫の奴隷になってやるよ。宝玉もね。あいつにも異存はないと思うよ」

 

 朱姫が飛びあがって喜んだ。

 沙那は呆気にとられた。

 

「……ねえ、沙那、あたし、あいつに出遭ってから、初めてあいつを尊敬したい気持ちになったよ」

 

 孫空女が近づいてきて、沙那にぼそりと言った。

 

「わ、わたしも……」

 

 沙那も言った。

 

 

 

 

(第39話『絶対強者』終わり、第40話『朱姫の黄金の日々』に続く)






*


【西遊記:第64回、十八公(じゅうはちこう)】

 一行は、荊棘嶺(けいきょくれい)という難所に差し掛かります。
 荊(いばら)で阻まれた森の道を猪八戒が切り拓きながら進み、その途中で野宿をすることになります。
 すると、突然に一陣の風が吹き、玄奘を浚います。

 不思議な風に浚われた玄奘は、見知らぬ場所に連れていかれます。
 そこに十八公と名乗る老人が現われ、目の前にある小さな石造りの家に招かれます。
 その石の家の中で、玄奘は、払雲叟、勁節、孤直公と名乗る老人たちを紹介されます。
 玄奘は誘われるままに、十八公たちと詩会を興じることになってしまいます。

 やがて、さらに、杏仙(きょうせん)という美女が家を訪問します。
 杏仙は、玄奘をひと目見て、結婚を申し込みます。
 玄奘は驚きながらも、それを断ります。
 すると、杏仙だけでなく、十八公やほかの老人たちが、口々に玄奘を罵りだします。

 その現場に、孫悟空、猪八戒、沙悟浄がやって来ます。
 次の瞬間、老人たちも、杏仙も、詩会をしていた家も、夢のように消滅してしまいます。

 孫悟空は、十八公が近くにあった「松の木」の精霊であり、ほかの者たちも樹木の精霊だったことを見抜きます。そして、玄奘に幻を見せていたようなのです。
 二度と悪さができないように、孫悟空は近くにあった樹木をすべて切り倒してしまいます。
 一行は、猪八戒の先導により、なんとか荊棘嶺を脱出します。

 なお、「十八公」は、「松」の異名です。漢字を分解すると、十八公になることから、そう呼ばれています。
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