252 初日・露出狂の賭け(沙那)
四日後──。
約束の晩がやってきた。
沙那は、重い足取りで朱姫の待っている部屋に向かった。
十八公の悪夢から逃れた後、
そして、翌日再び歩いて街道に出て、小さな宿町にやってきた。例によって、街道に出るときから孫空女は、髪と胸を隠して男にも見える姿に服装を変える。
宿を探すときは、孫空女を前に出して、三人の女が孫空女に連れられているという体裁にすると、宿を見つけやすい。今回も二人部屋を二室あっさりと借りることができた。
夕食も終わり、いよいよ、沙那は朱姫の嗜虐を受けるということになった。
今夜は、沙那……。
翌日は孫空女……。
そして、宝玉。最後の夜は宝玄仙──。
朱姫に助けられた礼というわけだ。
一応は、翌朝の旅に影響が残らない程度ということになっているが、朱姫のやることだからどうなるかはわからない。
もっとも、急いでどこかに向かわなければならないという旅ではない。
嗜虐が過ぎて、旅に支障があるようなら旅程を伸ばす。
これまでもそうだったし、今回もそうなるかもしれない。
最悪、朱姫の責めを朝まで……。
沙那はそう思っている。
朱姫の待つ戸を叩く前に、もう一度嘆息した。
どうせなら最初から一緒にこの部屋に入ればいいのに、朱姫は、朱姫の待つ部屋に、「奴隷」である沙那がやってくるという状況を求めたのだ。
「沙那です。朱姫ご主人様、入ります」
沙那は戸と二度叩いてから言った。
朱姫が返事をしたので、部屋に入った。
戸に向かって椅子を向けて朱姫は座っていた。部屋は燭台の灯りで十分に明るい。その燭台で朱姫の嗜虐に酔ったような顔が照らされている。
あの顔のときの朱姫は要注意だ。
最悪は朝まで……。
沙那は自分にいい聞かす。
朱姫は、芝居がかった様子で、いつもの貫頭衣に包んだ肢を組んで、沙那に視線を送っている。
「なに、突っ立っているんです、沙那姉さん。奴隷の挨拶はどうしたんですか?」
朱姫が言った。
沙那は、その場に正座して床に頭を下げようとした。
その瞬間、お尻に激しい痛みが走った。
「痛っ──」
朱姫の『影手』だ。朱姫が道術で作りあげた影の手のひらが、下袴と下着を通り越して、激しく沙那のお尻を叩いたのだ。
「服を着たまま挨拶をする奴隷なんて、聞いたことがないですよ。服を脱いでください、沙那姉さん」
服を脱いで挨拶させるなら、最初からそう言えばいい──。
はらわたが煮えるのを沙那はじっと耐える。
服を脱ぐために、上衣のぼたんを外そうとした。
「でも、ただ裸にしたんじゃ、面白くないし。下だけ脱いでもらおうかな。その方が、沙那姉さんは恥ずかしいでしょうし」
朱姫が言った。込みあがるものを耐える。
もう一度立ちあがって黙って下袴を脱ぐ。
そして、腰の下着に手をかけて、すっとおろす。
「そのまま──。沙那姉さん、こっちを見て──」
朱姫の強い声がかけられた。沙那は反射的に朱姫の顔を見た。
──『縛心術』だ。
朱姫の眼を見た途端に、朱姫の『縛心術』が身体に入り込んだことを悟った。
もともと、朱姫の『縛心術』だけは、あの宝玄仙を上回るくらいの強い道術だったが、このところ、さらに磨きがかかって、もの凄く強力なっている。
宝玄仙によって、朱姫の『縛心術』に対しては、道術封じが解放されているというのもあるが、それでもたったひと睨みで、朱姫は沙那を完全に『縛心術』の支配下においた。
「静止しなさい。そのままです、沙那姉さん」
朱姫が含み笑いをしながら言った。
静止しろという命令によって、沙那の脱ぎかけた下着は腿のところに引っかかったままだ。
両手は、その下着の両端にかかっている。
「沙那姉さん、下着から手を離しなさい。真っ直ぐ立つんです」
沙那の手は下着から離れて、身体の横に移動する。
いまの沙那は、上半身にはいつもの格闘服を着ているが、下半身は裸だ。しかも下着が脱ぎかけのまま腿のところで引っ掛かっている。
朱姫だけの前とはいえ、全裸でいるよりも恥ずかしい。
「ねえ、沙那姉さん、あたし、隣の部屋に沙那姉さんを責める道具を忘れて来たんです。
朱姫が愉しそうに言った。
沙那は愕然とした。
「あ、あんた、ま、まさか……」
沙那は、顔に血がのぼって真っ赤になるのを感じた。
「早く行ってきてください、沙那姉さん。そのままの格好でね。恥ずかしいことが好きでしょう、沙那姉さんは? ほら、命令に従いたくて、従いたくてどうしようもなくなっているでしょう……。ほら、もう我慢できない。どうってことありませんよ。隣の部屋ですから。人に見られるわけがありません。それに、全然恥ずかしくないことですし……。沙那姉さんの格好は普通の格好ですよ。そして、沙那姉さんは、自分の意思で、その恰好で隣の部屋に、あたしの忘れ物を取りに行くんです」
朱姫が沙那を見つめながらその言葉を発した途端、沙那の頭はなぜか霞がかかったようになって、ものを考えることができなくなった。
朱姫の荷を取りに行く。その言葉だけが、頭に響き渡っている。
「荷物を……、荷物を取って来るわ」
沙那は言った。
「お願いします」
朱姫が愉しそうに言った。
沙那は、部屋を出て、宝玄仙と孫空女が休んでいる部屋に向かった。
朱姫のいる部屋もそうだが、宝玄仙の休んでいる部屋は、通常の鍵だけではなく、道術による結界が張ってあり、向こうが許可しなければ入ることはできない。
廊下には誰もいなかったが、それは別にどうでもいい。ただ、太腿に引っ掛かったままの下着が歩くのを邪魔して歩き難かった。
沙那は宝玄仙のいる部屋の戸を叩いた。
「ご主人様、わたしです。朱姫が忘れ物をしたらしいので取りに来ました。入れてください」
沙那は言った。
戸がすっと開き、孫空女の顔が覗いた。
そして、戸が人がひとり入れる分だけ隙間を開けた。
孫空女は素っ裸だった。全身は紅潮して汗に染まっていた。
寝台に座っている宝玄仙も素裸で、股間には道術で生やした男根がそそり勃っていた。
どうやら、性愛の真っ最中だったようだ。
「さ、沙那、あんた、その恰好で?」
部屋に入った沙那を見て、孫空女がなぜか目を丸くしている。
「どうかした?」
沙那は首を傾げた。
そして、視線を荷物が置いてある場所に移した。
朱姫が言及した葛籠は、ほかの荷と少しだけ離して置いてあった。
沙那はそれを取って両手で抱える。
それにしても、腿にかかる下着に脚を取られて歩きにくい。
でも、なぜか、そのままにしておかなければならないと思ってしまう。
「さっそく、朱姫の洗礼に遭っているようだね、沙那」
宝玄仙が頬に笑みを浮かべて言った。
「いいえ、まだです、ご主人様。始めるところだったんですけど、朱姫が、これを忘れたから取りに行けと言うんで……。じゃあ、戻ります」
沙那が出ていこうとすると、孫空女がまた戸を開けてくれた。
沙那を見る孫空女の顔はどことなく引きつっている。沙那は、そんな孫空女の表情に疑念を感じた。
朱姫の待っている戸の前に戻る。
ここでも同じだ。
朱姫はこのところ、宝玄仙ほどではないが、かなりしっかりとした結界を組むことができる。
朱姫に結界を緩めてもらわなければ、沙那は部屋に入れない。
「朱姫、葛籠を取って来たわ。入れて」
沙那は扉越しに言った。
「そのまま待ってください。暗示を解きます。ただし、沙那姉さんは、服には触れませんし、自分の身体を隠せません」
朱姫の声がした。
沙那は我に返った。
驚愕した。
なんという格好で、廊下に立っているのだ。
下半身丸出しで、しかも脱ぎかけの下着が腿にまとわりついている。
朱姫の『縛心術』だというのはすぐにわかった。
沸騰しそうな怒りが込みあがる。
しかし、それよりもいまのことだ。
「朱姫、入れて──。入れなさい、朱姫」
沙那は戸の向こうにいる朱姫に叫んだ。
そして、戸をこじ開けようとした。
しかし、隙間があるだけで、それ以上は、まったく動かない。
「朱姫、ご主人様でしょう、沙那姉さん?」
向こうからからかうような口調が戻ってくる。
沙那は、怒りをぐっと飲み込む。
ここは、宿屋の二階であり、一回は食堂兼酒場だ。
いまは、旅の男たちが大きな声で酒に興じている声が廊下の端の階段の下から聞こえてくる。
「しゅ、朱姫ご主人様、入れてください。お願いします──。ねえ、誰かが来るわ。お願いよ、朱姫。入れてくれたら、なんでもするから……」
「どうしようかなあ……。じゃあ、先にそこで、残っている服も脱いで、戸の隙間から入れてもらおうかなあ。そして、裸になったら入れてあげます……。あっ、でも、その腿の下着はそのままでいいですよ、沙那姉さん。じゃあ、戸の隙間から服を入れてください──。それから、戸を押しあけようとしても無駄ですから。まだ、あたしは結界を緩めていません。戸の隙間から入れられるのは、服だけです。じゃあ、どうぞ」
「馬鹿なことを言わないのよ、朱姫──。あ、あとで酷いわよ」
沙那は戸の隙間から怒鳴った。
そして、再び、戸を押す。
しかし、びくともしない。
「早くした方がいいですよ。それに、そんなに大きな声を出さない方がいいんじゃないですか。何事かと思って、下から酔っ払いが上がって来たらどうするんですか?」
沙那は歯噛みした。
こうなったら、朱姫は本当に沙那が、ここで全裸にならないと部屋には入れないだろう。
一瞬、宝玄仙の居る部屋に助けを求めることも考えたが、それは無駄だ。
それに、さっきは孫空女と性愛の途中だったようだ。
何度も中断させると、今度は宝玄仙の怒りが沙那に振ってくる。
もちろん、そのときの怒りは朱姫にも及ぶことは間違いないが……。
「ねえ、朱姫ってばあ──」
沙那は無駄だとわかっている哀願を朱姫にした。
向こうからの返事はない。
仕方がない。
これ以上、時間をかけるわけにはいかない。
こうしている間にも誰かが来るかもしれない。
あるいは、いま、この瞬間にも、ほかの部屋から誰かが廊下を覗くかも……。
そうと決断したら、沙那は猛烈な勢いで上衣を脱ぎ去った。
戸の隙間に放り込む。
すぐに胸当ても外して、また入れる。
ついに、沙那が身に着けているのは、腿に引っ掛かる下着だけになった。
この下着には、朱姫の『縛心術』の呪縛により触れない。
「脱いだわよ。入れて、朱姫」
沙那は叫んだ。
ところが返事がない。
「脱いだわ、朱姫、聞こえないの──」
大きな声で怒鳴りあげてしまい、慌てて口を閉じた。
ここは、誰がやってくるかわからない廊下だということを思い出したのだ。
「朱姫──」
沙那はもう一度言った。
わざと嫌がらせをしているのだ──。
もう、付き合っていられない。
沙那は、強引に入り込もうとして、力の限り戸を押した。
しかし、まったく動かない。
沙那は焦った。
「朱姫……。い、いえ、朱姫ご主人様、入れてください。お願いです」
言い直した。しかし、それでも返事がない。
「朱姫ご主人様──」
もう一度言った。
その時、沙那は数名の酔客が騒ぎながら階段を昇ってくる気配を感じた。心臓の鼓動が跳ねあがった。
「だ、誰かが来るわ、朱姫──。い、いえ、朱姫ご主人様──。入れて、入れください。誰か来ます──。も、もう、あがって来るわ。入れてったら──」
最後の言葉は、ほとんど怒鳴り声だ。
沙那は、必死に哀願した。
そして、階段の方を見る。もう、二階の上り口のところまでやってきている。
それでも戸は開かない。
沙那は、廊下で素っ裸のまま恐怖した。三人の男が階段から上がってきた。
三人とも四十くらいの旅の商人だ。
男たちがこっちを見た気がした。
「ひいっ」
沙那は、その場に腰が砕けてしゃがみ込みそうになった。
その時、戸が大きく開いた。
沙那は、部屋に飛び込んだ。
「怖かったですか、沙那姉さん?」
戸がばたんと閉じた。
振り返った。戸の横で、朱姫が愉しそうに笑っている。
沙那はかっとなった。
「あ、あんた──」
「股を開いてください、沙那姉さん。沙那姉さんは、そうしたくなります」
沙那の罵倒の言葉を朱姫の強い言葉が遮った。
すると沙那の脚が勝手にすっと開いた。
まだ、『縛心術』にかけられたままなのだ。沙那はぞっとした。
「沙那姉さん、賭けをしませんか?」
不意に朱姫は言った。
「賭け?」
「そうです。いま、沙那姉さんは、とても恥ずかしい思いをしましたよね」
「し、したわ……」
死んでしまうかと思うくらい恥ずかしかった。
いつものように仲間のしかいない部屋の中で羞恥責めにされたわけではない。
誰がやってくるかどうかわからない場所で辱めを受けたのだ。
「でも、沙那姉さんは、実はそういうことが好きなんですよ。自分で気がついていないだけです。でも、朱姫にはわかります。沙那姉さんは、恥ずかしいと、どうしようもなく興奮するんです。それが沙那姉さんの隠れている性癖なんですよ」
沙那はどきりとした。
夢魔の悪夢の中で、城郭を裸に近い恰好で引き回されたときのことを思い出したのだ。
あのとき、悪夢の中で自分は濡れていた。人に見られる場所で辱められたことで、確かに興奮していた。
しかし、あれは、夢だけのことだ。実際の沙那がそんなことがあるわけがない。
「ば、馬鹿なことを言うんじゃないわよ、朱姫」
沙那はやっとそう言った。
しかし、実は動揺していた。
もしかしたら、そうなのかもしれないいう思いが過ぎった。
「さっきの羞恥責めで、沙那姉さんが濡れていなかったら、今夜はこれで終わりにしてあげます。でも、濡れていたら……。わかっていますね、沙那姉さん。ご主人様に言って、沙那姉さんが朱姫に責められる日を一日増やしてもらいます。朱姫の責めが一巡したら、また、沙那姉さんは朱姫に責められるんです。どうですか?」
朱姫がにっこりと笑った。
「い、いいわ……」
沙那は言った。
確かに身体は火照っている。股間がなにかで濡れているのも感じる。
しかし、それは汗だ。たったあれだけのことで欲情しているなどあり得ない。
朱姫の勝ち誇ったような表情も癪に障る。
「約束よ──、朱姫。絶対に約束を破っては駄目よ。誓いなさい」
「誓いますよ。でも、沙那姉さんも誓ってください」
「誓うわ」
朱姫が微笑みながら頷いた。
そして、朱姫の手が沙那の股間に伸びた。
「ああっ……」
朱姫の指が沙那の股間をさっと撫ぜた。
快感の波が沙那の身体に込みあがる。
しかし、朱姫はひと触りしただけで、沙那の股間に振れた指を沙那の顔の前にかざした。
指についた沙那の体液は、汗などではなかった。
ねっとりと糸を引いているその粘性は、紛れもなく沙那が興奮して垂らした淫液にほかならない。
「そ、そんな……」
沙那は呆然と呟いた。
「自分のことをなんにもわかっていないんですね、沙那姉さん──。すべての暗示を解きます。さあ、下着も脱いで、あたしに背中を向けて正座をしてください。そして、腕を背中に組むんです」
朱姫が言った。
そして、沙那が運んできた葛籠から縄を一束取り出した。
沙那は、朱姫の命じるまま、下着を脱ぐと、正座をして腕を背中に回した。
「なにか、言うことはないですか、沙那姉さん」
沙那の腕に縄掛けをするために、沙那の手首に手をやった朱姫が声をかけた。
「よ、よろしくお願いします、朱姫……ご主人様……」
沙那は言った。
「それから?」
「ど、どうか、躾を……調教をしてください、朱姫ご主人様」
とりあえず、思いついた言葉を沙那は続けた。
その途端、得体の知れない官能の疼きが込みあがる。
沙那は当惑した。
沙那の腕に朱姫の縄がかかった。
その瞬間、沙那はしっかりとした欲情が自分の中に沸き起こるのを感じた。