「宝玉は怒っていたよ。お前、あの宝玉に焦らし責めをしたんだってね」
宝玄仙は笑って言った。
怒っていたと言うと、朱姫はびっくりした表情をした。
ここに逗留して四日になる。
成り行きでひとりずつ朱姫の被虐を受けるということになり、沙那、孫空女、宝玉と続いた四人目の宝玄仙の番なのだ。
そして、どういうことか知らないが、明日の夜は、もう一度沙那が嗜虐を受け、その次は孫空女ももう一度ということになっているようだ。
理由は聞いていないが、ふたりとも朱姫の嗜虐の延長に同意したらしい。
本人たちがそう言っていたので間違いないのだろう。
「怒っていたって、本当ですか?」
朱姫が急におどおどした態度になった。
宝玄仙は思わず含み笑いをした。
「嘘だよ、朱姫。苛々させられたり、怖かったりしたけど、最終的には気持ちよくさせてくれたし、いい被虐だったそうだよ。ただ、しばらくは御免だそうだ」
「そうですか……」
朱姫はほっとした表情になった。
そのときには、すでに宝玄仙は全裸になっていた。
宝玉のときには、まずは服を着たまま、乳首を責めて潮吹きをさせ、汚れた下着のまま自慰をさせたようだが、今日はそういう趣向は考えていないのか、宝玄仙がとめられることはなかった。
もっとも、自分にそんなことをするのはさすがに怖いのだろう。
朱姫も宝玄仙の隣で、いそいそと服を脱いでいる。
沙那や孫空女は、最近では宝玄仙よりも朱姫の嗜虐を受けることを嫌がる傾向がある。
その朱姫の嗜虐ということで、宝玄仙自身も、朱姫は自分に対してなにをしてくるのだろうと思っていたのだが、朱姫も服を脱いでいるところをみると、宝玄仙を拘束して犯すというところぐらいだろうか。
まあ、言葉責めくらいはあるかもしれないが……。
安心はしたし、そんなものだろうと思っていたが、少しだけ失望もした気がする。
もっとも、手管も舌技も超一流の朱姫のことだ。
その朱姫の責めを一方的に受けるというのも、かなりつらい責めになるのは間違いない。
「ご主人様……」
先に服を脱いだ朱姫が、服を脱ぎ終わって寝台にあがろうとした宝玄仙に、なにかを放り投げた。
「えっ?」
小さなものが胸に飛んできた。
はっとした──。
霊具だ──。
そう思ったときには遅かった。
気がついたときには、乳首の根元に半透明の輪が食い込んでいた。
「な、なにすんだい──」
宝玄仙は怒鳴った。
しかし、朱姫が宝玄仙に組みついた。
宝玄仙の手を強引に背中に回そうとしている。
「お、お前……」
しかし、小柄とはいえ、血の半分が妖魔である朱姫だ。
孫空女ほどではないとはいえ、それなりの力がある。
非力な宝玄仙では、簡単に背中に手を回される。
「今夜は、ご主人様もあたしの嗜虐を受けるんです。今夜だけは、なにをしても許されるんです。そうですよね?」
朱姫が喜々とした声を出して、うつ伏せに組み伏せた宝玄仙の背中に乗った。
そんなことを言った覚えはないが、いつの間にか朱姫の頭の中では、そういう約束をしたことになっているのだろう。
背中に回った手首に革の手錠が嵌められる。
「しゅ、朱姫、いい加減にしないか──」
宝玄仙はかっとして、朱姫の身体に刻んでいる道術紋を通して、調子に乗りかけている朱姫に道術を送り込もうとした。
「ひいっ」
その瞬間、不意に乳首の根元に嵌った輪が激しく振動した。
大きな刺激を受けた宝玄仙は、思わず道術を中断してしまった。
「どうですか、ご主人様? 朱姫が今夜のために特別に作った霊具です。ご主人様が千代婆の薬で乳首に弱点を作ってしまって、そこに刺激を受けたら道術が中断されてしまうと聞いて作ったんですよ。ご主人様が霊気を集めようとすると、それに反応して、その乳首の輪が激しく動きます。観念してください──。それを嵌めている限り、ご主人様は、道術は遣えませんよ」
「だ、誰がそんなことをお前に教えたんだい──?」
宝玄仙は怒鳴った。
朱姫が勝ち誇った顔で宝玄仙から離れた。
すでに宝玄仙の両手首は背中側で拘束されている。
「七星姉さんです」
「あの、お喋りめ……」
宝玄仙は舌打ちした。
あれ程、朱姫には喋るなと口止めしたのに、しっかりとばらして去ったのだ。
「ご主人様のために、今夜は趣向を凝らしました」
「趣向って……」
宝玄仙は声をあげようとして、朱姫の酔ったような表情で、これはなにを言っても無駄だということを悟った。
これが沙那や孫空女が嫌がる、嗜虐のときの朱姫の表情なのだと宝玄仙は思った。
「立ってください、ご主人様」
宝玄仙は嘆息した。
宝玄仙は仕方なく、寝台から降りた。
「ご主人様に贈り物です」
床に片脚をついたところで、朱姫がいきなり股間を掴んだ。
なにかがつるりと股間の奥に押し入った。
「あっ、な、なにすんだいっ?」
宝玄仙は腰をよじったが、異物を飲み込んでしまった女陰の最奥に張りついたように、なにが入り込んで出てこなくなった。
「これもです」
霊具だということはわかる。
朱姫の手が宝玄仙の腰を掴んだ。
今度は身体を捻ったので、朱姫の持っているものがわかった。
朱姫はいぼいぼの付いた卵大の丸い霊具を持っている。
それを肛門に押し込もうとしている。
「ひうっ」
性の刺激には強い宝玄仙だが、お尻は特別弱い。
一瞬だけ快感に我を忘れた。
それだけで朱姫には十分だったようだ。
「あっ」
思わず声をあげて宝玄仙は、その場にうずくまった。
後ろの孔に勝手に潜り込むように入り込んだ朱姫の持っていた霊具が、いきなり動き出したのだ。
「今夜のご主人様は、朱姫の奴隷です。そういう約束ですよね。我が儘を言うと、そうなるんですよ」
「お前……」
宝玄仙は込みあがった怒りのまま、怒鳴り散らそうとした。
あまりに調子に乗った態度に、釘を刺しておこうと思ったのだ。
しかし、その余裕がなかった。
「……じゃあ、いきますよ」
腕を取られて無理矢理立たされたと思ったら、朱姫のその言葉と同時に、不意に視界が消えた。
『移動術』だ──。
とっさに悟ったが、次の瞬間には、周囲から灯りがなくなり、外気のひんやりとした風が宝玄仙の肌を擦った。
「う、うわっ」
思わず宝玄仙はその場にしゃがみ込んだ。
宝玄仙は、宿町の外の広場にぽつりとひとりで立っていたのだ。
さすがに、この時間では人通りはないが、結界で護られているわけでもないまったくの外だ。
この宿町には、もう四日も滞在しているからわかるが、ここから宿屋へは四半刻(約十五分)は離れている。
朱姫は、昼間のうちに結んでおいた『移動術』の結界で、あの宿屋の部屋から外に宝玄仙を跳躍させたのだと思った。
「朱姫、お前、いい加減にしないか──」
宝玄仙はしゃがんだまま大声をあげた。
そして、愕然とした。
宝玄仙のそばには、朱姫はいなかった。
『移動術』で跳躍させられたのは、宝玄仙ただひとりのようだ。
どうやら、朱姫は、朱姫と一緒じゃなくて、宝玄仙だけを宿屋の外に跳躍させたのだ。
周囲を懸命に探したが本当にいない。
宝玄仙は、たったひとりで、全裸で後ろ手に拘束された状態で、野外に放り出されたのだ。
朱姫の度を越した悪戯に、宝玄仙はうずくまったまま歯噛みした。
ここからこの姿で、宿まで戻れということだろうか……。
だが、ここからどうやって戻ればいいのか……?
宿屋は宿町の外れだったから、ここから宿屋までは歩いて四半刻(約十五分)はかかるし、酒場街の賑やかな場所を歩き抜けなければならない。
辿り着いたとしても、部屋は二階であり、一階の酒場を通らなければ部屋に戻れない。
その一階は、かなりの酔客がいて、まだ人がいなくなる気配はなかった。
宝玄仙は、どうすればいいのかわからず、途方に暮れた。
“ご主人様、今夜は、朱姫の考案した脱出遊戯です。この広場のどこかに、この広場を脱出できる結界が隠されています。それを探してください──”
朱姫の声が聞こえた。
「冗談はやめるんだよ、朱姫。すぐに戻さないと、折檻を与えるからねっ」
宝玄仙は怒鳴った。
しかし、返事はない。
宝玄仙は、さっきの声が宝玄仙の耳に付けられた『遠耳』によるものだとわかった。朱姫がどこからこれを眺めているのか、あるいは、眺めていないのかわからないが、こちらの声が聞こえないように、宝玄仙には、『遠口』が与えられていないようだ。
もっとも、『遠口』には副作用があり、一日後に一刻(約一時間)のいき狂いの発作がある。下手に付けられても、それはそれでつらいものがある。
宝玄仙の声を遮断したのは、宝玄仙が文句を言ったり、不満を言う手段を与えないためだろう。
どうやら、とことん、くだらない遊びに付き合せるつもりらしい。
宝玄仙は歯噛みした。
見つけ次第、とっちめてやるとしても、いまここにいない以上、とりあえず、この場はなんとかやり過ごすしかない。
仕方なく『移動術』の結界を見つけるために、付近の霊気を探ろうとした。
「あひいいいっ──」
乳首に電撃が加わったような衝撃が走った。乳首に嵌っている朱姫の霊具が強い振動をはじめたのだ。
宝玄仙は、しゃがんでいた身体を前に倒れさせてしまった。
道術を発動するための集中が失われ、霊気の探知が遮断される。
宝玄仙が霊気を停止させたことで、乳首の振動も停止した。
霊気の探知もひとつの道術だ。
宝玄仙が霊気を動かしたために、朱姫に嵌められた乳首の霊具が反応してしまったようだ。
「しゅ、朱姫──」
宝玄仙は沸騰した怒りで大声をあげた。
しかし、しんとした夜のしじまに宝玄仙の叫びがこだまするだけだ。
冷静にならなければ……。
宝玄仙は、大きく深呼吸した。
懸命に怒りを抑える。ここで大声を出し続ければ、朱姫ではなく、そこら辺の酔っ払いを集めるだけだろう。
そうなれば、素っ裸で後手で拘束されている姿を晒すことになり、恥をかくのは宝玄仙自身だ。
とにかく、これで宝玄仙は道術を遣えないことははっきりした。
問題は、道術なしでどうやって、『移動術』の結界を見つけるかだ。
「あぐっ──」
するといままで押し込められていただけだった女陰の霊具が急に振動し始めた。そして、右側の乳首の輪も微かに震えだす。
思わず宝玄仙は声をもらして、完全に地面に突っ伏した。
今度の振動はいつまでも続いたままだ。振動による刺激に耐えながら、なんとか懸命に身体を起こす。
“じゃあ、脱出遊戯の開始です、ご主人様。それから、一応制限時間はありますから、気をつけてください。制限時間内に『移動術』の結界に辿り着かなかった場合は、四個の霊具が最大振動で停止しなくなりますよ”
朱姫の声が消えた。
宝玄仙は感情を抑えるために、また、大きく深呼吸した。
そう言えば、こういうねちねちとした責めが、あのお蘭が好きだったと思い出した。
自分がするのも、されるのもだ。随分と遠くに来たが、いま頃どうしているだろうか。
あの母親との再会には成功しただろうか……?
とにかく、我が妹ながら、ひと癖もふた癖もある女で、関わるといつも碌なことはない。
宝玄仙の『魂の欠片』を作らせるために訪問すれば、沙那や孫空女を巻き込んだとんでもない嗜虐をやるし、やっと作ったかと思えば、なんのためか知らないが一個で済むものを三個も作って、ふたつを自分で回収した。
あれは、沙那と孫空女の魂だとかうそぶいていたから放っておいたが、道術遣いでない者から『魂の欠片』は作れない。
そんなことも宝玄仙が知らないと思っていたのだろうか。
それよりもいまのことだ。
とりあえず、朱姫の準備した脱出遊戯で遊んでやるしかなさそうだ。
身体を起こした。
しかし、体勢が変わったことで刺激が強くなり、片側の乳首と股間の霊具の静かな振動が脳を貫く。
「くっ」
思わず全身を硬くして息を呑む。
宝玄仙がなんとか快感を制御できるくらいに抑えた振動だが、道術の遣えない状態でたったひとりで夜の宿町に放り捨てられたという緊張が妖しげな官能を誘う。
それとともに裸身に触れる外気が気の遠くなるような羞恥も誘う。
腰を引くようにして、淫らな刺激に耐えるようにしながら、周囲を見回す。
「うう……」
今度は左の乳首と肛門──。
宝玄仙が態勢を変えた途端に、股間と右の乳首が停止して、同時に肛門と左の乳首が動きだした。
ねちねちといたぶろうと、身体に取りつけた霊具をばらばらに動かしているのだろう。
そうやって、宝玄仙を翻弄させて愉しんでいるに違いない。
自尊心を引き裂くような恥辱だが、一方でその興奮で宝玄仙は身体が淫情で熱くなるのも感じていた。
とにかく、脱出のできる結界を探せと言っていた。遊戯だと言っていたからそれを探し出すためのなにかがどこかにあるのだろう。
だが、この闇だ。ほとんど足元が見えるだけで、周囲になにがあるかなど、歩きまわらなければ探すことはできない。仕方なく、歩き回る。
そのたびに、前後の霊具と両乳首の振動が動いたり、とまったりする。
だんだんと衝撃に対する抵抗力はできてくるが、燃えあがる快美なうねりは抑えがたい。
四個の霊具が動きを変えるたびに、四肢に鋭い愉悦が沸き起こる。
宝玄仙は漏れそうになる声を噛み殺し続けなければならなかった。
そして、いまいましいことに、小さすぎる刺激は宝玄仙の身体を官能で苦しめるが、絶対に頂上まではいかせない。
しばらく進めば、動いている振動がなくなり、次の霊具に動作を譲るのだ。
「う、うう……」
だんだんと歩くのがつらくなる。方向を変えるたびに振動が入れ替わるのだ。
宝玄仙は、太腿を擦り合わせて、懸命にしゃがみ込みそうになるのを耐えた。
だが、そのとき、ふと思った。
もしかしたら……。
適当にばらばらに動いて嫌がらせをしているだけと思った四個の霊具の動きには意味があるのではないかと……。
この振動は、あるいは宝玄仙の官能を責めたてて苦しめるのが目的ではなくて、朱姫の仕掛けたなにかの示唆か……?
振動が方向を示しているのか……?
それから後は簡単だった。
前の穴の霊具が動いているときに右の乳首が動けば右──。
前が止まり、肛門が動けば、進み過ぎだから退がる。
左の乳首が進めば、今度は左に進む。
不意に身体が捻じれる感触があった。
『移動術』だ──。
どうやら朱姫の準備した脱出地点に辿り着いたのだ。
*
「うわっ……」
別の場所に着いた。
急に周囲が明るくなり、宝玄仙は、また思わずしゃがみこんだ。
てっきり、宿の部屋に戻るものだと思っていたのに、宿町でもっともにぎやかな飲み屋街に着いたのだ。
ここは居酒屋と居酒屋で挟まれた路地であり、両側のどちらかの酒屋の荷が積んである物陰に宝玄仙は跳ばされたのだ。
すぐ前の視界には、酔客が溢れる大通りがある。
“次は簡単ですよ、ご主人様──。通りを挟んだ路地に赤い布があります。そこが次の場所に進むための結界です。ただ、そこに行くだけです。じゃあ、頑張ってください”
朱姫の声がなくなった。
いま、身体の霊具の振動はとまっている。
つまり、大勢の酔客が溢れる通りを走り抜けて反対側の路地に行けということだ。
馬鹿にしたようないたぶりに、頭の血が沸騰しそうだ。
朱姫のことだ。
とことん、宝玄仙を責めるつもりだろう。
じっとしていても宝玄仙を連れ戻しにくることはない気がする。それに、こんなところに素っ裸で立っていれば、いずれは裸でおかしな霊具を局部に付けて後手に拘束されている宝玄仙に、誰かが気づくに違いない。
宝玄仙は一度目を閉じる。
そして開けた。
もう、通りの向こう側の路地に見える赤い布のある壁しか見ない。
路地を駆け出た。
「おお?」
「な、なんだ?」
「おい、裸の女だ──」
通りに飛び出した瞬間に、裸で駆ける宝玄仙の姿に一斉に声があがった。
しかし、そのときには、宝玄仙は反対側の路地に飛び込んでいる。
酔客の喧騒を背にしながら、赤い布のある路地に到着した。
また、『移動術』──。
どこかに跳んだ。
*
今度もまた、真っ暗闇の野外だ。
明るい場所から再び暗い場所に連れてこられたため、しばらく視界がなかったが、やがて、ここが最初に飛ばされたあの宿町の広場だとわかった。
なんのことはない。また、戻って来たのだ。
「朱姫の仕掛けた脱出遊戯は、どうでしたか、ご主人様?」
耳の『遠耳』からの声じゃない。
宝玄仙は顔をあげた。
少し離れた場所に朱姫が立っている。
闇でよくわからないが、なんだか愉しそうに微笑んでいる気がする。
朱姫も全裸だ。全裸の朱姫が少し離れた場所で宝玄仙を見ている。
「しゅ、朱姫、承知しないからね──。こんなことして、どういうことになるかわかっているんだろうねえ」
宝玄仙は叫んだ。
「だって、今日は朱姫の日ですよ。なにをやっても許されるんでしょう?」
朱姫がくすくすと笑った。
あの小娘の頭がどうなっているのか、頭をぶち割って見てみたい気分だ。
さっきもそう言っていたから、そう思い込んでいるらしいが、そんなことは宝玄仙はひと言も喋っていない。
それに、たそえ、そうであったとしても、宝玄仙の仕返しが怖くはないのだろうか。
あるいは、仕返しがあるとしても、朱姫にとっては、“いま”の嗜虐が第一で、後のことはどうでもいいのかもしれない。
考えてみれば、朱姫が調子に乗るたびに、沙那などは手酷い仕置きをしているが、朱姫が懲りたり反省したりしたという記憶が宝玄仙にはない。
そのとき、急に四個の霊具が一斉に動き出した。
「ほわあっ──」
思わず声をあげて腰を折った。
脳天まで突きあがるような衝撃だった。
膝を震わせて、宝玄仙はその場にしゃがんだ。
「最後の挑戦ですよ。朱姫のいる場所まで来てください。それで、終わりです。宿に戻ります」
『遠耳』と朱姫の声と同時に聞こえた。
宝玄仙は顔をあげる。
朱姫の立つ場所まで、五間(約五十メートル)というところか……。
だが、激しい霊具の振動──。
立とうとするが、あまりの刺激に脚に力が入らない──。
「立てないなら、這ってきてください、ご主人様」
怒りで力が戻り、なんとか立ちあがる。一歩ずつ歩き始めた。
どんどん振動が強くなる。
「くああぁぁぁ」
振動に耐えられずに途中で達した。
膝が崩れて地面に跪く。
その時、『移動術』特有の腹が軽くよじれる感触がした。
気がつくと、半分は進んだはずの距離が元の五間(約五十メートル)に戻っている。
「しゅ、朱姫──」
宝玄仙は怒りで我を忘れたようになり、思わず叫んだ。
「そんなに大きな声を出さないでくださいよ、ご主人様。途中で達したらやり直しです。いくのは我慢して、朱姫のところまで来るんです。それが、最後の遊戯です」
朱姫の愉しそうな声が『遠耳』と離れてこっちを見ている朱姫の口の両方から告げられる。
「くっ」
歯噛みした。
仕方がない。再び歩きはじめる。
要はいかければいいだけだ……。
だんだんと強くなることがわかっていればなんとか耐えられるはずだ。
しかし、一度達した身体は激しく敏感になっている。歩くだけで強烈な快感が昇ってくる……。
それでも懸命にこらえる。
「頑張りますねえ……。さすがご主人様です」
やっとさっき戻された半分を通り過ぎる。
振動が……。
乳首が……。
そして、お尻が……。
なにかに躓いて、脚がよろけた。
がくりと脚が砕けて、ずんという衝撃がお尻に走った。
「ひいいいぃ──」
あっという間に達した。
眼を開けると、また出発位置に戻されている。
「早く終わらせた方がいいですよ……。何度も戻るとだんだんと振動が強くなりますからね。特に、お尻の弱いご主人様には、後ろの霊具の刺激がほかよりも激しくなるようにしておきましたから、大変ですよ」
朱姫の嘲笑うような声がする。もう怒りよりも、諦めのような感情が走る。
歯を食い縛って、また歩き出す。
しかし、本当に力が入らない。
だが、もうちょっとというところで達してしまって元に戻される。
それを五度繰り返した。
もう、宝玄仙は歩くことができなくなった。
「しゅ、朱姫……。もう、駄目だよ。本当に駄目なんだ」
ついに宝玄仙は弱気を吐いた。
「仕方ないですねえ……。じゃあ、距離を半分にしてあげます」
朱姫が歩いてきて、半分の位置に立った。
「じゃあ、始めてください、ご主人様」
それでも二度達した。
二度目のときには、ほんの眼の前に朱姫がいるというのに、乳首を最大振動で動かされて股間から潮を噴いて果てた。
そして、気がつくと、また朱姫が遠くになる。
「あたしの足に口づけしてください。それで終了です」
たった二間半(約二十五メートル)──。
それが果てしなく遠い……。
腰をあげることができない。
仕方なく宝玄仙は、本当に這い進んだ。
強烈な快感が襲う。
後手の指の爪をお尻の肉に喰い込ませる。
そして、唇を血が出るまで噛んだ。
自分の口から血の味がする。
痛みでなんとか快感に耐えられそうだ……。
「んんんんっ──」
四個の霊具が容赦なく宝玄仙を襲う。身体が痙攣したようにがくがくと震える。
また、いきそう……。
朱姫が眼の前だ。
「頑張れ、ご主人様」
朱姫の無邪気な声が頭からかけられる。
爪を力いっぱい肌に突き刺す。
「くああああっ──」
快感が昇る。
もう耐えられない──。
身体を倒す。
裸身の朱姫の足に顔が触れた。
その宝玄仙の身体を朱姫が抱きかかえた。
「頑張りましたね、ご主人様──。ご褒美に、朱姫がご主人様をとてもいい気持ちにさせてあげますね」
やっと朱姫の入る場所に辿り着くと、朱姫が両手を拡げて宝玄仙を抱きかかえた。
まったく邪気のない心からの笑顔と嗜虐酔いした表情で──。
宝玄仙は、朱姫を大声で怒鳴ろうとしたが、その笑顔を見ていると、なんだかその気が次第に小さくなってきた。
「ねえ、ご主人様、興奮しませんでしたか? どうでした? 一所懸命に考えて準備したんですよ。これ、沙那姉さんや孫姉さんにもやりませんか? きっと愉しいですよ」
朱姫が宝玄仙を抱いたままにこにこと笑いながら言う。
「そうだね、興奮したよ、朱姫……」
宝玄仙は苦笑しながら言った。それは事実だ。
そして、『移動術』──。
どこかに跳んだ。
今度こそ、宿屋の部屋のようだ。
「随分と身体が汚れましたね。大丈夫です。朱姫が舐めとってさしあげます」
寝台に横にされた。
朱姫が宝玄仙の足を舐めはじめる。
甘美感が宝玄仙の全身を貫く。
そのとき気がついたのだが、宝玄仙の股間からはおびただしく愛液が溢れ出ていた。
朱姫によって野外でいたぶられた興奮と恥辱が、これ以上ないというくらいに、宝玄仙の股間を濡らしたようだ。
もうどうでもよくなった……。
どうせ、いま、懲らしめをしようにも、乳首の輪が邪魔をして、道術は遣えないのだ。
朱姫のお仕置きは明日の朝まで待つしかない。
「ご主人様の身体の汚れも汗も全部朱姫が舐めとります。その間、これで我慢してください」
足の指から口を離した朱姫が、一度顔あげた。
すると四個の霊具がまた淫らな振動で動き出した。
突きあげるような衝撃──。
朱姫に足の指を舐められながら加えられる強烈な霊具による刺激に、宝玄仙はこれまで耐えてきた全身の愉悦を一気に解放した。
「い、いく──」
宝玄仙は身体を仰け反らせて叫んだ。
身体を震わせる快美感──。
苛烈な衝撃に身を任せながら、宝玄仙は絶頂を極めた。
身体を打ち抜くような官能の波が突き抜ける。
「ふ、ふ、ふ、ご主人様、可愛い……」
足の指から口を離した朱姫がそう言い、そして、また口で宝玄仙の足を含んだ。
*
「……酷いわねえ、あいつ……」
沙那が言った。
あの宿町を離れて掲陽鎮に向かう山街道だ。
宝玄仙を朱姫が嗜虐をした日から、さらに七日が経っている。
あれからもしばらく、一日ごとに沙那と孫空女に相手を変えながら、朱姫が順番に仲間を責める“黄金の日々”とやらが続いた。
沙那と孫空女も、よく文句を言わずに我慢しているものだとも思っていたが、十日も逗留が続いたとき、得体の知れない女がやってきて、宝玄仙たち四人の手配書が出回りかけているので、早く掲陽鎮に向かった方がいいと耳打ちして去ったのだ。
それでやっと出立ということになった。
掲陽鎮には、
李春は、梁山泊の同志に縁のある女らしく、手配されている宝玄仙一行の身元を引き請けてくれることになっている。
こっそりとあの九頭女が耳打ちしてくれたことによれば、宝玄仙や朱姫と同じで、女を嗜虐する性癖があるということだ。早く会いたいものだ。
出立してからも、朱姫は、まだ嗜虐の約束が残っているとずっと文句を言い続けた。
あまりにもしつこいので、沙那と孫空女に朱姫に罰を与えるように指示した。
沙那と孫空女のふたりは話し合った結果、朱姫の前後の穴に催淫剤を塗りたくった張形を埋め込み、革帯で張形を出せないようにして、『遠耳』をつけさせてひとりで街道を歩かせることにしたようだ。
そして、こうやって三人でずっと、朱姫とは距離を離してついていきながら、『遠口』を使い、いろいろな痴態を命令してやらせている。
朱姫をいたぶっているときに、朱姫からどんな責めを受けたかという話になった。
宝玄仙が受けた嗜虐についても訊ねられたが、少し答えに詰まった。
答えようとしたが、朱姫に翻弄されて、この宝玄仙が仕返しもする気がなくなるくらいまで恥辱と快感を与えられて、完全に打ちのめされたとは言いたくなかったのだ。
それに、あれは朱姫だから許したのだ。
沙那と孫空女が、宝玄仙をそんな風に扱うというのは絶対に許すはずもないことで、それを言えば、なぜ朱姫にだけ許すのだと文句を言いそうな気もした。
宝玄仙自身も、朱姫の嗜虐をなぜ許す気になったのかわからない。同じ性癖を持つ仲間意識のような気持ちが湧いたのかもしれない。
いずれにしても、宝玄仙は、夜の宿町を連れ回した朱姫の振舞いに対して、なんの罰も与えなかった。
いま、朱姫が罰を受けているのは、それとは別のことだ。
「わたしと宝玉のときは、考えてみれば、それほど激しいのはなかったね。縛られて犯される。まあ、そんなものさ。しつこく責められはしたけどね。それと言葉なぶりくらいはあったかもね。詳しくは説明したくないけど……」
宝玄仙も苦笑しながら言った。
本当は言葉なぶりどころじゃない。
多分、こいつら以上の責めを受けている。
こと嗜虐について、朱姫は手を抜かない。そういうところも、朱姫は宝玄仙に似ている。
「だったら、ご主人様たちのときは手加減していたんだね。改めて腹が立つよ。不公平だよ。差別だよ」
孫空女は不満そうだ。
宝玄仙は笑ったままでいた。
それから沙那と孫空女は、まるで玩具を与えられた子供のように、朱姫に冷酷な命令を与えては、ずっと前を破廉恥な服を着て歩く朱姫をいたぶっていた。
「どうやら、また、人通りが途絶えたよ。じゃあ、今度はなにをさせようか、沙那? 道の真ん中でおしっこをさせるというのはどう?」
やがて、孫空女が言った。
「いいんじゃない。やってよ」
沙那も言っている。優しい沙那だが、一度線が切れると、とことん冷酷にも残酷にもなる。いまの沙那は相当に朱姫に腹を立てているようだ。、
「……朱姫、そこでおしっこしな。革帯をしたまま、道の真ん中で垂れ流すんだ」
孫空女が手に持った『遠口』に向かって言った。
このままでは、掲陽鎮に到着するのは夜になりそうだ。
沙那も孫空女も、そんなことはどうでもいいのだろう。
喜々として、朱姫のいたぶりを続けている。
宝玄仙は呆れながら、ますます調子に乗っていくふたりを見守っていた。
(第40話『朱姫の黄金の日々』終わり)