「ひっ、ひいいっ」
小太坊は大きな満足感を抱きつつ、その痛快な眺めを見ている。
肛門に注ぎ塗った掻痒剤は、すでに李春の理性を崩壊させて、肛門を弄くってくれという恥辱的な言葉を李春の口から吐き出させていた。
しかし、どんなに李春が泣きながら哀願しても、からかい笑うだけで、誰も李春に触ろうとしない。
自尊心を犠牲にした哀訴でも、肛門への刺激を与えてもらえない李春には、男を相手に威勢よく啖呵を切る鉄火女の片鱗はない。
身を苛む激しい肛門の痒みに耐えられずに、泣きながら尻を振る哀れな女の姿があるだけだ。
小太坊は、戻って来るまで李春に触るなと言いつけてから、青おろちこと大太坊の待っている部屋に向かった。
李春の仲間である
策は、大太坊と小太坊のふたりで考えた。
役人の格好をさせた部下に、張天目の娘がやっている料理屋に行かせて、軍営にいる李春を釈放するから身元引受人として出頭せよと言わせるのだ。
それで、あの娘は簡単に同行するはずだ。
あの女も双刀の剣の遣い手だから、武器は置いていかせる。
そして、
さすがに武器もない状態では、遣い手で有名な張天目の娘でも、なんの抵抗もできないだろう。
張天目の娘も、李春と一緒に小太坊たちを相手に暴れた女だ。
李春の隣に女陰と尻を並べて、徹底的にここでいたぶってやることになっていた。
「首尾はどうだったんだ、兄貴?」
小太坊は言った。
しかし、大太坊は不機嫌そうだった。
「駄目だ」
「駄目となんだ、兄貴? 失敗したのか?」
「違う。連中は消えたぜ」
「消えたとはどういうことだ、兄貴?」
「さあな。張天目の娘は姿をくらましている。あの女だけじゃあねえ。童姉妹もいない。どこに消えたかわからねえ。とにかく、李春の仲間の女を浚って、まとめて調教してから奴隷にして売り飛ばし、李春の島を根こそぎ奪うという策はちょっと練り直しだ。あいつら、早々と気がつきやがったかもしれねえ」
大太坊と小太坊の策では、偽者の役人と兵で李春を罠に嵌めて浚い、それが発覚しないうちに、張天目の娘や童姉妹という李春の仲間の女傑も罠に嵌めてしまう。
それで一網打尽するという計画だった。
だが、この時点で姿を消したということは、李春が軍に連れていかれたのが罠であったことに、すでに気がついたということだろうか。
あと数日は、李春については軍営に連行されたと思わせることができると考えていたから、わずか一日で連中を警戒させてしまったのは、それは思わぬ誤算だった。
李春さえ捕えてしまえば、あの漁師部落は労せずして駝濫一家が奪えるとは思うが、張天目の娘や童姉妹という李春の仲間が残っていては、やり難いことは確かだ。
「だが、兄貴、童姉妹は、数日前に船で岸を離れて、どこかに向かったんじゃなかったのか? 確か、李春を罠に嵌める前の夜だったと思うが?」
この李春を誘拐するという計画を頭領の大太坊が立てたのは、山街道で李春たちにやられた翌日のことであり、もともとは、李家の頭領の李保からの使者が密かに大太坊を訪れたことがきっかけらしい。
とにかく、李春たちに山街道で酷い目に遭わされた翌日には、小太坊の指示を受けた者が李春の回りを見張っていた。
その時、童姉妹が夜のうちにどこかに船を出すのを小太坊の部下が確認している。
「いや、船は戻ってきている。李春の船そのものは、もう海岸に戻っているぜ。よくわからねえが、あの船は、夜のうちに出航したが、すぐに戻って来たんだ」
「えっ、戻っている?」
「ああ……。だが、船員は降りてきたが、童姉妹は船から降りてこなかった。ずっと見張らせていたから間違いねえ。それでこっそりと船内を探らせたが、どこかに連中は消えている。訳がわからねえ」
大太坊が渋い顔をした。
「俺たちがやったということに気がつけば、李春を取り返しに来るかな、兄貴?」
「さあな。まあ、そうだとしても、ここなら大丈夫だろう。二重、三重の警戒の仕掛けがある」
大太坊は言った。
ここはもともと駝濫一家が奴隷の調教に使っていた掲陽鎮の郊外にある施設だ。
李春を連れ込むにあたっては、大太坊の屋敷に監禁することも考えたが、ここなら逃亡も襲撃も難しいと考えてこの場所を選んだ。
ここで、李春ひとりを調教するために、小太坊と十数名の部下が詰めている。
「まあいいじゃねえか、兄貴。どうせ、あんな女どもがどう動いても、大したことはできんよ。仲間が捕えられなかった分は、李春ひとりが俺たちの恨みを一手に引き受けるというだけのことさ」
「確かにな」
大太坊とふたりで、李春の調教部屋になっている大広間に戻った。
「あああっ、あがああっ」
李春は宙吊りにされた両脚を悶えさせて、激しい苦痛の声を洩らしていた。
「どうした、李春?」
小太坊は李春の悲痛な顔を見てからかいの声をかけた。
そして、部屋の奥の床の間を背にした場所に大太坊の席を作らせた。
部屋の真ん中で両脚を吊られてる李春の股間が真っ直ぐにこっちに曝け出している位置だ。
さらに命じて酒の支度もさせる。
「おいおい、李春よ、そんなに恥ずかしい穴をふたつも丸出しにして、腰を振られると、俺もおかしな気分になるじゃねえか」
大太坊が運ばれてきた酒を口にしながら言った。
その言葉に小太坊は、ほかの子分たちと一緒に哄笑した。
「か……痒い……、痒いわ……お、お願いよ、小太坊、青おろち……い、いえ、青おろち様……お、お願いします……」
李春は、もう見栄も体裁もないようだ。
顔を左右に激しく揺すり、悲痛な表情で金切り声をあげている。
「こりゃあ、凄いな。あの李春が錯乱状態だぜ」
大太坊が腹を抱えて笑った。
「小太坊兄貴、さっきから李春は、小太坊兄貴が戻ってくるのを一生懸命に待ってたんですよ。兄貴が、自分が戻って来るまで、李春に触るなって言うもんだから」
部屋にいた子分のひとりが笑いながら言った。
すると、ほかの男たちもどっと沸いた。
おそらく、李春はここで男たちの前で、恥も外聞もなく狂態を演じたのだろう。
「そうかい、そりゃあ、悪かったな、李春。それで、そんなに痒いのかい?」
そう言って小太坊も大太坊の隣にどっかと座った。
小太坊は、今日はじっくりと時間をかけて、とことん李春を追い込むつもりだ。
「この駝濫一家に立てついた酬いだ。もっと、尻を振って悶えな、李春」
「兄貴の言う通りだ、李春。俺たちに刃向ったことをしっかりと反省しな。反省の言葉を言ったら、その痒みをなんとかしてやるぜ」
小太坊は、あの男まさりの気丈な李春の狂ったような悲鳴と尻振りが愉しくて堪らず、思わず大きな声で笑った。
「お願いよ。殺して……わたしを殺して──」
李春の声はもう、完全に常軌を逸したようになっている。
「おい、ちょっと、お前、昨日の小筆を持って来い」
小太坊は子分に小筆を持ってこさせると、三人ほど指名した。
「お前たちで、肛門と女陰と肉芽をひとりずつ受け持って、小筆でいたぶってやれ。間違っても気をやらせるんじゃねえぞ」
三人が相好を崩して、左右に大きく割られた李春の股間に向かう。
そして、小筆の先で股間をくすぐり始めた。
李春は発狂したような悲鳴をあげた。
「お、お願い……ひと思いに──」
「ひと思いになんだ? この随喜巻きを尻に挿して欲しいのか、李春?」
小太坊は、李春に近づいていくと、尻を調教するために細身の随喜巻きの張形で筆責めを受けている李春の肛門の入口を叩いた。
「ひぎいいぃ──」
李春は身体をのたうたせて悲鳴をあげた。
それでも、まだ、随喜巻きを挿してくれとは言わない。
それが李春に残された最後に残された自尊心の堰でもあるのかもしれない。
「お前たち、もっと李春を追いつめろ」
小太坊は筆責めを続けている子分たちに言った。
李春の股間を三本の筆が這い回る。
李春の声はますます狂ったような金切り声になる。
「そ、そんな焦らさないで……ああっ──く、苦しい──お、お願い……か、痒い……痒い──お願い」
ただれるような痒みで苦しめられている李春が、切羽詰って懸命に痒みを訴える様子は、小太坊の溜飲を下げるのに十分だった。
あの女丈夫で有名で、なにかと駝濫一家のやっている奴隷商売を邪魔していた李春をここまで追い込んだことに、小太坊の全身は達成感の悦びで溢れた。
「わかった、李春。痒いのを癒してやるから、まずは俺に詫びをしてもらおうか」
小太坊は言った。
すると李春は、ほとんど間をおかずに顔をあげ、潤んだ眼を開いて、小太坊を見た。
「こ、小太坊……小太坊さん、申し訳ありませんでした」
まるで自分の意思を失ったような李春の言葉だったが、素直に李春が詫びを言うとは思わなかっただけに、小太坊は込みあがった感情に思わず身震いをした。
「もっとでかい声で言いな……。いや、それよりも、“駝濫一家、万歳”と叫んで貰おうか──。始めな」
李春がきりきりと歯ぎしりをするのがわかった。
しかし、すぐに口を開けた。
「だ、駝濫一家、万歳──」
李春の大声に部屋の全員が爆笑した。
「もう一度だ」
小太坊は言った。
「駝濫一家、万歳──」
「もう一度、もっとでかい声だ」
「駝濫一家、万歳──」
「まだ、声が出るだろう」
「駝濫一家、万歳──」
「もう一度だ」
「駝濫一家、万歳──」
李春が絶叫した。
その間、大太坊を始め、全員が笑い転げていた。
笑い転げる男たちに囲まれて、李春ひとりが悲痛な表情で、大声を発していた。
しかし、最後には号泣しはじめた。
なんの飾りもない心からの慟哭だった。
李春に残っていた最後の心の張りが崩壊した。
そんな感じの李春の感情の爆発だった。
「じゃあ、ご褒美だ。随喜巻きを尻穴に挿してやろう」
小太坊は小筆を避けさせて、枕の上で痙攣するかのように左右に動いている李春の双臀の亀裂に、手に持った責め具を呑み込ませていく。
李春の肛門は、それほど抵抗もなく、随喜巻きの張形を受け入れていく。
もともと、箸ほどの棒に随喜巻きを巻いただけの一番細い張形であり、せいぜい男の親指程度の太さだ。
これからだんだんと大きな太さのものに変えていき、最後には小太坊だけではなく、“青おろち”とも言われる大太坊の巨根を受け入れさせる。
そこまでいければ、ついに李春に対する復讐も終わりだと思っていた。
小太坊は随喜巻きをくるくると回転させながら、さらに奥に沈ませた。
「ああ……ああんっ」
恐ろしいほどの痒みが癒される快感に、李春は呆けたような表情をして甘い声をあげている。
もう、憎い駝濫一家の男たちに囲まれているということなどどうでもよくなったのだろう。
女の穴ではなく、その後ろの排泄器官で責め具を受けるという恥辱に対しても、李春は悦んでそれを受け入れているようにも思えた。
たっぷりと水を吸った随喜巻きについても、なんの躊躇いもなく積極的に受け入れていく。
すでに身を焦がすような痒み責めに、李春はなにをされても抵抗できないくらいに追い詰められているのだ。
小太坊の持つ張形についても、快楽で焼き尽くされているかのような反応を示して、周囲の男の眼を愉しませてくれている。
「しっかりと尻で感じているようだな」
大太坊がしっかりと根元まで張形を咥えた李春の姿を見て言った。
「ああ……ひいっ……あううっ……ああっ……あっ、あっ……」
小太坊は根元まで吸い込んだ随喜巻きを引き上げ、そして、肛門の入口近くまで先端が抜けたところで、また、ぐいと奥に向かって突き挿した。
李春の腰は、その動きに合わせるかのように張形の動く方向に淫らに前後に動く。
やがて、うつ伏せの背をたわめ、顎を突き出した李春は、獣のような咆哮をしたかと思うと、拘束された身体を揺すりたてて絶頂を極めた。
「随分と威勢よくいったものだな、李春。じゃあ、休憩だ」
小太坊は李春の肛門深くに随喜巻きを突き挿したまま言った。
肛門で絶頂してみせた李春は、しばらくはその余韻に浸るような仕草をしていたが、やがて、再び狂ったように腰を振りはじめた。
「ああ……ま、また……ち、畜生……あ、あ、あんまりよ──こ、こんなのあんまりよっ──」
再び李春は呻くような悲鳴をあげて腰を動かし出した。
肛門に挿されたままの張形が効果を発揮し始めたのだ。
「痒い、痒いよう……か、痒いっ──また、やって──。お願いよ、さっきのをもう一度やっておくれ」
李春が激しく腰を動かしながら狂ったような声で叫んだ。
その哀れな姿に部屋の男たちが一斉に声をあげて笑った。
「こ、小太坊──お、お願いよ。さっきのを──」
再び狂態を演じだした李春に小太坊は笑いを堪えきれず噴き出した。
「休憩だと言ったろう、李春。しばらくそうやって腰を振っていろ。たっぷりと随喜が染み込んだら、新しい張形に交換してやる」
小太坊は、もっと腰を振れと言って李春の尻の横をぴしゃりと叩いた。
李春は歯ぎしりをして悔しそうな表情をしたが、すぐに腰を激しく動かし始める。
痒み責めの油剤をたっぷりと塗られ、しかも随喜の液により痒さで、さらに肛門を責められている李春が、これ以上耐えられるわけがない。
腰を動かして随喜の液を肛門の内襞に染み出させれば、さらに痒みに襲われるとわかっていながら、李春は狂ったように腰を動かしている。
やがて、李春は切羽詰ったような表情になって悲痛な声を出し始めた。
「あ、ああっ……こ、小太坊さん、ね、ねえ、これ以上……やると……り、李春は……」
李春は火照った顔をしかめて拗ねるような泣き声を出し始めた。
その間も李春の腰は一度も静止することなく振られ続けている。
これだけ腰を振れば、たっぷりと随喜の液を染み出させてしまったことだろう。
素っ裸の大股開きで、官能に呆けたような哀訴と啼泣を繰り返す李春に、小太坊は心の底からの快感を覚えていた。
「これ以上、続けると気をやると言いたいのか、李春? 遠慮なくいきな」
やがて、発作のような震えが李春の全身から走り出した。
小太坊はそれを見逃さずに、さっと張形を引き抜いた。
「あひいっ……ひ、ひどい──そ、そんなあぁ──」
張形で再び絶頂の寸前だった李春は、締めつけて揺さぶることで快感を搾り取っていた張形を引き抜かれ、絶頂までのほんのちょっとの刺激を取りあげられたのだ。
李春は泣き喚いた。
「お前たち、もう一度、さっきの油剤を李春の肛門に流し込め。そして、筆責めだ──。要領はわかったろう。今日一日、同じことを繰り返すんだ」
小太坊は、狂乱を示し始めた李春を部下に任せて、李春から離れていった。
*
日が暮れてきた。
沙那は、立ちあがり、行燈の灯をつけた。
薄闇に包まれかけていた部屋が明るさを取り戻した。
「ねえ、沙那、わたしに探らせにいかせて。李春を浚ったのは、駝濫一家に違いないのよ。お願いよ──」
沙那は嘆息した。
同じことを何度説明したかわからない。
しかし、張天女は頭では納得はするものの、感情は抑えられないようだ。
行方不明になった李春の行方を探るために、自分も動くと訴える。そのたびに、沙那は同じ説得を繰り返す。
「あなたは目立ちすぎるのよ、張天女。もしも、駝濫とかいう連中が李春を浚ったのなら、次の標的はあなたに違いないのよ。ここは、童姉妹に任せましょう。彼女たちなら、あなたが直接動くよりは、ずっとうまくやるはずよ。いまは、情報が入るまで待つしかないわ」
「でも……」
「待つのよ、張天女」
沙那はきっぱりと言った。
「だけど」
張天女は泣くような声を出した。
その張天女の声を孫空女が遮った。
「だけどじゃないよ、張天女。沙那の言う通りだよ。あんたまで捕えられれば、面倒になるじゃないか。ここで黙って待つしかないんだよ。童威子と童猛子がなにかを探って来るさ。この家の穆公殿も当たってくれているんだろう?」
壁にもたれて目をつぶっていた孫空女が、張天女を嗜めてからまた壁にもたれて寝るような仕草に戻る。
張天女が身もそぞろな様子で顔を下に向けた。
気持ちはわかる。
李春という“恋人”が何者かに浚われた。
こうやっている間にも、李春は拷問を受けているかもしれないし、あるいは、すでに死んでいるかもしれない。
だが、沙那は李春が殺される可能性は低いと思っていた。
李春を浚ったのが駝濫一家だとしての仮定だが、駝濫一家は、女を奴隷として売り飛ばすのを商売にして、急にのしあがってきた侠客らしい。
李春は美人だ。復讐代わりに身体を汚した後は、連中は、奴隷にして売り飛ばそうとするのではないかと思った。
そうであれば、李春を殺す可能性は低いだろう。
だが、その代わり、想像を絶するような恥辱と屈辱を与えられていることは間違いない。
張天女の焦りも理解できる。
張天女、童姉妹という李春の仲間とともに、この掲陽鎮の
この一日でわかったことは、李春を連れていったのは、掲陽鎮の政府軍ではないということだ。
誰がどこに連れていったかということについては、いまのところ、沙那が結論を至るに足る情報はない。
李春という掲陽鎮の海岸部の漁民部落を仕切る女侠客に救出された沙那たちだったが、そのために、王政府から人相書きによって手配されている沙那たちを匿い、駝濫一家という掲陽鎮を三分する力を持つ侠客の一家と敵対するかたちとなった李春のことを沙那は心配した。
だから、沙那は、掲陽鎮を離れるにあたって、宝玄仙に頼んで密かに、李春の屋敷の要所に『遠口』を仕掛けた。
『遠耳・遠口』は、ほんの小さな黒豆のようなかたちであり、本来は口と耳に取り付けて遠方で会話をするための霊具だ。
その『遠口』をどこかに置くことで、遠い場所からでも、『遠耳』を通じて、その『遠口』が拾った声や音を聞くことができるのだ。
そんなものを屋敷に仕掛けるのは、礼に失する行為とは思っていたが、宝玄仙という道術の源が失われれば、『遠耳・遠口』のような霊具は、数日で力を失い、土に還元するだけだし、あくまでも念のためのことだった。
さらに、沙那はなにかあったら戻って来られるよう、朱姫に指示して屋敷に『移動術』の結界を刻ませた。
移動術の結界は、数日で効力を失い消滅してしまうが、その間だけであれば、離れた場所に結界を刻むことで、その結界間を瞬時に往復できるのだ。
そういう処置を行ってから、沙那はみんなとともに童姉妹の操る船に乗った。
夜が明ける前に出航した船において、沙那たち四人は、童姉妹の部屋である船長室の隣の客室をあてがわれた。
船の中ですることのない沙那は、『遠耳』を耳に装着して、船室で所在のない時間をすごしていた。
童姉妹によれば、初めて船に乗った者は、ほとんどが船酔いという苦痛に襲われるらしいが、宝玄仙の道術によって、そういうものはなかった。このときは、宝玄仙の道術がありがたいと思った。
そして、沙那は、沙那たちが出航した翌日に、李春に変異があったことを知った。
屋敷を訪問した李保という李家の若い頭領と李春の会話も聞いていたし、時機を同じくしてやってきた役人と兵に李春が同行したことも知った。
おかしな胸騒ぎがした沙那は、宝玄仙に李春が捕えられたということを教えるとともに、船を操る童姉妹にその情報を伝えて、朱姫の『移動術』で李春が連れ去られたばかりの屋敷に戻った。
丁度、漁師の若者から知らせを受けて駆け付けた張天女が李春の屋敷にやってきたところであり、夜のうちに去ったはずの沙那たち四人が、そこにいたことについて張天女は驚愕していた。
沙那は、その張天女に事情を説明し、張天女の持っていた情報と突き合わせて、すぐに李春が政府軍のどの隊の軍営に連れていかれたかを探ろうとした。
軍営を探るに当たっては、張天女は、最初、李保に伝手を頼むつもりだったようだが、それは沙那がやめさせた。
あのときの李保の態度に、なんとなく不自然さを感じたからだ。
『遠耳・遠口』を通じて、ふたりきりの客間で、李春が李保に殴りかかった気配があったのはわかった。
その直後に軍と役人がやってきて、事もあろうにその李保のとりなしで李春は、翌日に釈放するという取引きでその軍の同行に応じた。なんとなく違和感があった。
それで李春の釈放のために頼る相手として、張天女が選んだのが、この屋敷の当主である穆公だ。
穆公は、掲陽鎮の三分と呼ばれる古い侠客家のひとつであるが、実質的な力を持たず、名誉と発言権だけが武器の侠客家だ。
なんと李春は、その穆家の当主の穆公の妾のようなことをやって、穆家という権威を借りて、事実上李春が支配する漁民部落をどの勢力にも属さない勢力として独立させようと画策していたのだ。
屋敷に押しかけるようにやってきた張天女と沙那たちについて、穆公は、最初、屋敷への受け入れを拒んだが、やがて、全員を屋敷に匿うことを応諾した。
その変意には、どうやら朱姫の『縛心術』が動いたようだが、とにかく、ここを拠点にして、李春の救出に動くことにした。
すぐに穆公が動いたが、それでわかったことは、李春を捕縛するために動いた政府軍は存在しないということだ。
それどころか、宝玄仙たちという人相書きにより手配された者が掲陽鎮に入ったということすら、政府軍も承知してはいないようだった。
張天女は、李春が浚われたという事実に呆然となった。
沙那はおそらく、これを仕組んだのは駝濫一家と予想した。
偽の軍を装うなど大掛かりな罠を仕掛けるというのは、かなりの力を持った組織に違いないからだ。
偶然居合わせた李保も怪しいが、先代の李龍の娘である李春を李家の部下を使って浚うのは難しい気がした。
やがて、船を去るときに童姉妹に渡しておいた『遠口』によって、船が掲陽鎮の港に着いたと、その童姉妹から連絡があった。
朱姫が、新たにこの屋敷と船との間に刻んだ結界によって迎えに行き、童姉妹もまた、この屋敷で合流することができた。
童姉妹は、さっそく李春の行方を独自に探りに行った。
張天女も動きたがったが、沙那がやめさせた。
李春が駝濫一家に狙われたとすれば、同じ理由で張天女も狙われているはずだからだ。張天女は、李春とともに沙那たちを救出するのに、あの小太坊とかいう駝濫一家の頭領の弟をとっちめている。
彼らが李春を狙ったとすれば、当然、張天女も罠に仕掛けようとするはずだ。
童姉妹が戻ったのは、完全に日が暮れてからだった。
憤慨した表情のふたりが持っていたのは、一枚の女物の衣類だった。
「張天女、これ見てくれない」
童猛子が持って帰ってきたその衣服を見て、張天女が顔色を変えた。
「李春のものよ。間違いないわ。これをどこで?」
張天女がその女物の服を握りしめて、顔をあげた。
「城郭の中の古着屋で売っていた。持ってきたのは、駝濫家の三下だって言っていた。しかも、小太坊が直接使っている者みたいだったわ。古着屋の主人が、その三下と顔見知りで、訊ねたら普通に教えてくれたわ」
童威子が言った。
「決まりね──。李春を浚ったのは、駝濫一家。ねえ、駝濫一家が李春を浚ったとして、李春を監禁しそうな場所はどこ?」
沙那は、張天女と童姉妹に向かって言った。
「どこと言われても……。彼らは、奴隷売買を商売にしている連中だから、女を閉じ込めるような施設はたくさん持っているわ。わたしが思いつく場所だけで十はある。ほかに、わたしが知らない場所があってもおかしくはないし……」
張天女が途方に暮れた顔をした。
「じゃあ、次の問題は、どうやってそこを探し出すかね。探し出しさえすれば、救出については、ご主人様や朱姫がいるし、道術が遣えるわ」
沙那は言った。
「ところで、その宝玄仙殿と朱姫のふたりはどこなのです?」
童猛子が部屋を見回しながら言った。
「ああ、そう言えば、ご主人様は遅いよね。穆公殿と話し合うと言って、ふたりで別の部屋に向かってもう四刻(約四時間)になるよね。それに、朱姫はどこにいるのかなあ? 昼前からどこかに行ったよね」
孫空女だ。
「朱姫は、この屋敷の隅になる工房のような場所を借りているわ、孫空女。ご主人様に宿題をもらったのよ。それをやっているわ」
「宿題? それは知らなかったよ。その宿題ってなにさ、沙那?」
沙那は説明しようとしたが、その必要はなかった。
戸が開いて、その朱姫がやってきたからだ。
「あら、ご主人様に言われた宿題は終わったの、朱姫?」
沙那は、疲れた様子の朱姫に向かって言った。
「は、はい、沙那姉さん、なんとか、指輪の形にすることについては、終わったことは終わったんですけど……ちょっと問題が……」
朱姫が困ったような表情で、その問題について、沙那に耳打ちした。
沙那は驚いた。
「なんで、そんなことになったの、朱姫? あんたまで、ご主人様の悪癖を真似なくてもいいじゃないの」
「そんなこと言ったって、もともと、ご主人様の霊具を改良しているんですよ。どうしても、同じようなものになりますよ。それに、わたしとご主人様じゃあ、霊具作りの能力が違うんです。ご主人様のように、唾液とか淫液を少しというわけにはいかないんです。つまり、大きな霊気を動かすには、圧倒的な力が必要なんです」
「はあ?」
「人が絶頂するときの激しくて弾けるような力が……。淫気の力が霊気を動かし、それが道術として結ばれるんです……。そして……。だから、絶頂のときに出した愛液が必要なんです。その絶頂液をあたしが舐めないといけないんですよ、沙那姉さん」
朱姫が意味不明の説明を始めた。
沙那はそれを不審な気持ちで聞いていた。
絶対に趣味で作ったに違いないと思った。
なんとなく、宝玄仙が裏で糸を引いている気がする。
それとも、この朱姫は、嗜虐にかこつけないと、霊気をうまく発揮できないのだろうか。
「ねえ、どうしたのさ、沙那。さっきから朱姫となにを話しているの?」
孫空女だ。
孫空女だけじゃなく、この部屋にいるほかの者も、沙那と朱姫の会話に注目していたようだ。
沙那は、咳払いをした。
そして、張天女に視線を向ける。
「ねえ、張天女、あなた、李春を救出するためなら、少しばかり恥ずかしいことも承服できる?」
仕方なく沙那は張天女に言った。
「わたしは、李春のためなら、なんでもできるわ。どんなことでもする。命を失っても構わない」
「命を失うことなんてないわ。まあ、ちょっとばかり、ある意味では危険かもしれないけど……」
「なに、沙那?」
張天女か強い視線を向ける。
李春を救うためならなんでもするというのは嘘ではないのだろう。
それが真剣な彼女の表情に出ている。
しかし、張天女に応じる前に、もう一度沙那は朱姫に振り向いた。
「ねえ、朱姫、その指輪は、あなたでなければ操作できないの?」
「ご主人様の霊具のように誰でもというわけにはいきません。基本的にはわたしの霊気の波長に合わせていますから、わたし専用です」
「本当なんでしょうねえ……。まあ、とにかく、わかったわ、朱姫」
沙那は一度嘆息した。
「ねえ、張天女、これは必要なことなんだけど、この朱姫と一度、情事をしてくれない?」
沙那は言った。
張天女が目を丸くしている。
「ただの情事じゃありませんよ。朱姫の責めを受けてもらうんですよ」
朱姫が背中から沙那にささやいた。
「なんでよ、朱姫? なにも嗜虐である必要はないでしょう。絶頂液をあなたが舐めさえすればいいんだから、普通でいいでしょう。普通で」
沙那は呆れて振り返った。
「それは、あたしの趣味です。いいじゃないですか。あたしだって、命を張るんですから」
朱姫が強い声でささやいた。
「ただの情事じゃなくて、朱姫の嗜虐を受けて欲しいそうよ」
沙那は仕方なく言った。
張天女の見開いた眼がますます拡大した。