273 晒し刑場の女神
ほとんど、国都の一部といっていいが、城郭に囲まれたような要害ではない。
「なんでしょう、あれは?」
朱姫が町の外れで声をあげた。
最後尾を歩く沙那もまた、“それ”に気がついていた。
周囲に建物のない民家三軒分ほどの敷地だ。
四隅に立て札があり、そこになにかが掲示されている。
立て札同士は縄で繋がっていた。
その縄で四角に囲まれた場所に、なにか生き物のようなものがいるのだ。
「なんだろうね……」
宝玄仙も足をとめた。
町を横断する街道からは、五間(約五十メートル)ほどの距離がある。
周囲には草のない荒れ地が拡がっていて、四つの立て札と縄に囲まれた場所の横には、詰所となっている小屋があった。
ここからはわからないが、詰所には人がいる気配もある。
ほかに人影はない。
「行ってみようかね」
四人でそこに向かった。
「うわっ」
孫空女が呻き声をあげた。
なにかの生き物だと思ったのは、裸の人間だったのだ。
それがうずくまっている。
あまりにも泥だらけで汚れているので、人間なのか、土の塊なのか遠目ではわからなかったのだ。
「ねえ、あれ……」
沙那は小さな呻き声とともに言った。
最初は裸の男がふたりだと思っていたが、ひとりの男の身体の下に、もうひとり小さな身体があったのだ。
そして、その身体は間違いなく女だ。
しかも、若い女のように思える。
だが、それ以上は、顔も含めて完全に男の身体の下にあるので、よくわからない。
上に乗った男がうごめいている様子があるが、下の女は死んだように動かない。
しかし、確かに生きているのは、時折、男の身体の手足がかすかに動くことからわかる。
上に乗った男と女が性交をしているのは明らかだ。
沙那は、この野外で泥だらけで性行為をする男女を見て、恥ずかしいというよりは気持ちの悪さを感じた。
縄に囲まれている場所の隅には、糞尿をするための穴があるが、そこには人間の便で溢れかえっていた。
「……道術の結界で閉鎖されているね。さもなければ、醜悪な匂いでこんなに近づけはしないさ」
宝玄仙が立て札の前で言った。
「これは結界なんですか、ご主人様?」
沙那は言った。
「そうだね。ここはなんにもないようだけど、これでも牢さ。いわゆる結界牢だね。中に入れられたものは、四隅から張り出された力場によって、外には出られない。そして、外からも中には接触できない。そういう結界が張られているよ」
「結界牢……」
こんな町の近くに……。
しかも、こんな解放された場所に……。
そして、男と女を裸にして、同じ牢に入れるなど……。
ああやって、人の眼を気にせずに、性交をする男女を見ると、動物の交尾を連想させる。
沙那は知らず顔をしかめている自分に気がついた。
「ねえ、沙那、これはなんと書いてあるのさ?」
孫空女が眼の前の立て札を見て言った。孫空女は字が読めない。それで訊ねたのだ。
「……晒し刑と書いてあるわね。晒されている三人の名と期間が書いているわ。男ふたりは一箇月の晒し刑の後で、国都まで連れて行かれて処刑されるとあるわ……。女については──うわっ」
沙那は声をあげた。
「どうしたのさ、沙那?」
孫空女が沙那に視線を向ける。
「女はここに三年の晒し刑とあるわ。書かれてある日付から判断すると、あの女、ここにもう二年もいるのよ。残りの晒し刑は一年……。そして、国都で処刑」
沙那は絶句した。
こういう環境で、二年間……。
それが信じられない。こ
んな野晒しで不健康な状態で二年も生きるというのは耐えられるだろうか……。
「ほら、見てごらん、お前たち……。中の人間の首に黒い首輪が嵌っているだろう。あれは霊具だよ。おそらく、あの霊具によって、中でお互いに殺し合ったり、自殺ができないようにされているのさ。しかも、身体が弱らないようにもしていると思うね。処刑の前の晒し刑で死んだりしないようにという配慮だろうね」
宝玄仙が不機嫌そうな顔で言った。
見世物のような姿にされている三人の死刑囚であるが、見物人は沙那たち四人のほかにはいなかった。
おそらく、ここで晒し刑になっているのは、珍しいことではないのだろう。
じっと結界の中を眺めている四人に訝しさを感じたのか、詰所の小屋から兵がひとりでてきた。
沙那たちは、その晒し刑の場所を後にした。
*
あの晒し刑の現場からそれほど離れていない場所に宿をとった。
路銀については、
当分、かなりの贅沢な旅をしても、路銀に不自由をすることはないだろう。
部屋は四人でひとつだ。
すると、今夜は四人で乱交ということになるのだろうか。いつも、嗜虐と被虐入り乱れても乱交と言いながらも、結局は責められるのは沙那と孫空女のふたりであり、責めるのが宝玄仙と朱姫になる。
今夜もそうなるのだろうか。
もう夕方なので、下の食堂にすぐ降りて、水と豚の肉を注文する。
宿屋の一階は、近隣の住民も集まる居酒屋にもなっていて、宿の食堂はかなり賑やかだった。
中年の小太りの姉妹だというふたり連れの女と相席になった。
「あんたら旅の人かい?」
もうひとりは
ふたつ違いだというが、双子かと思うくらいに顔が似ていた。沙那はなんだか可笑しかった。
国都に立ち寄って手形を改めてから、さらに西に向かうと答えると、ふたりは驚いた表情をしていた。
「西に向かえば、さらに物騒になるよ。妖魔も多く出没するというし、女連れの旅で大丈夫なのかい?」
淘華が目を丸くしている。
麗華も驚いているようだが口には出さない。
姉妹でも淘華は話し好きで、麗華は無口なたちのようだ。
「まあ、こいつらはこれでも遣い手でね。ずっと西にどうしても見舞わなければならない知人がいてね。ただ、急ぐ旅じゃないのさ。まあ、遥々と旅をしているというところだね。もしかしたら、そのまま住みつくかもしれない」
宝玄仙だ。
そして、宝玄仙はここからずっと西の果ての土地の名を言った。
ふたりはさらに驚愕していた。
料理が運ばれてきて、それからしばらく取り留めのない話題を交換した。
こっちは水だけだが、向こうは酒を飲んだ。
次第に意気投合して、酒を一杯驕ろうと向こうが言うので、宝玄仙だけが受けた。
沙那だけでなく、孫空女も朱姫もまったくの下戸で酒は嗜まない。
「ところで、この町の外れにある晒し場はなんだい?」
宝玄仙が言って、その話題になった。
「この町は、国都で処刑される罪人の収攬場になっているのさ。ああやって、処刑を待つ囚人が最後に晒される場所がここさ。宮廷魔導師がやってきて、自殺も病死も殺し合いもできないように霊具を嵌めさせて、結界で封鎖した野っ原にああやって晒すのさ」
「晒し刑ということかい?」
「極刑の日までね。その処刑の日がくれば、国都から道術師と兵がやって来て、国都に連れて行って処刑をすることになっているのだよ」
淘華が酒を豪快に呷った。
「でも、男と女を同じ結界牢に入れるなんて……」
沙那は不愉快さを隠すことなく言った。
「ああ、
淘華が顔をしかめた。
「可哀そうな、長女金……」
これまで黙っていた麗華がぽつりと言った。
その表情には、明らかな批判の表情があった。
「長金女というのかい、あの女は?」
宝玄仙が言った。
「ねえ、可哀そうとはどういう意味なの、麗華さん?」
沙那はなんとなくその物言いが気になって訊ねた。
「長金女は無実の罪よ。それは誰でも知っているわ」
麗華の物言いは、まるで自分に語るような口調だった。
表情もほとんど動かない。
顔が似ているだけに、豪快でお喋りの淘華と並ぶと不思議な違和感がある。
しかし、このときは、“無実”という言葉に驚いた。
「三年の晒し刑で処刑と書いてあったわ。そして、もう二年も過ぎている。それなのに無実というのはどういうことなの?」
沙那は憤慨して言った。
「無実というのが正しいかどうかは知らないけどね。あたしらは宮使えではないし。ただ、理不尽であることは確かさ。二年前のことだけどね。国都を出て湯治に向かう途中の王女妃の一行が妖魔に襲われるという事件があったのさ」
「王女が妖魔に拐われただって?」
宝玄仙が応じた。
「王女妃は、嫡女姫の
「へえ……」
「金聖姫様が妖魔に浚われたということを報告するために国都に戻った長女金に腹を立てて、厳罰を言い渡したのさ。三年の晒し刑ののちに死刑とね。可哀そうに長女金は、若い女の身でありながら、素っ裸で国都からここまで連行されて、あの結界牢に入れられたんだよ。そのときの騒ぎはいまでも覚えているよ」
「素っ裸で?」
沙那は思わず声をあげてしまった。
「そうだよ。いまは、あんなんだけど、実はかなりの美人だったのさ。それが素っ裸で縛られて、国都からここまで歩いてここまでやってくるんだからね。長女金の裸を見物するために大勢の野次馬が、国都を結ぶ街道に並んだものさ」
淘華が言った。
「違うわ、淘華姉さん、長女金は金聖姫様の護衛責任者じゃなかったのよ。護衛責任者は、金聖姫様の侍女にして、宮廷道術師のひとりだった
「よく覚えているわね、麗華……。とにかく、そういうことさ。しかも、国王は、見せしめのために、長女金を他の男の死刑囚と同じ結界牢に長女金を入れさせたのよ」
「死刑囚と……」
朱姫だ。
「死刑囚は、あんたらが見たように、国都の郊外で半月程晒してから処刑するのが、この国の習わしなんだけど、長女金の晒し刑の期限は三年……。三年間、死を待つだけで自暴自棄になっている男囚に犯されながらも、身体に装着されている霊具の効果により、自殺することも病死することもできずに、ああやって長女金は生きさせられているのよ」
「残酷だよ」
孫空女が不機嫌そうに舌打ちする。
「最初こそ、男囚に犯される長女金を見物するために、それこそ国都の城郭からもやってきて見物衆が殺到したものだったけど、いまはあんな感じよ……。まるで、動物だものね。惨たらしくて。いまでは、同じ結界牢に入れられた男囚でさえも手を出さない者もいるくらいよ」
「酷い話だねえ……」
宝玄仙もそれだけ言って、不愉快そうに押し黙ってしまった。
「金聖姫という姫を拐った妖魔って、どんな妖魔ですか?」
朱姫が訊ねた。
「どこか深い山中に妖魔の巣を作っているという妖魔だね。名は忘れたけど……」
淘華が応じた。
「
麗華が横から言った。
「そうだ。賽太歳だ。強い妖魔らしいねえ。それにあちこち探したんだけど、いまだに妖魔のいる場所はわからないらしいよ」
「賽太歳という妖魔を知っている、朱姫?」
沙那は朱姫に視線を向けた。
妖魔に関しては、この四人の中で、朱姫がもっとも知識があることは確かだ。
しかし、朱姫は、その名の妖魔は耳にしたことがないと首を横に振った。
「じゃあ、その浚われた姫様は、まだ妖魔に捕らえられたままだということ?」
沙那は言った。
「そういうことさ」
淘華は言った。
*
夕食を終えて、二階の四人部屋の一室に戻ったのは、まだ、夜が深いという時間ではなかった。
まだまだ、一階の喧騒は続いている。
「ねえ、朱姫、お前は、あの長女金の捕えられていた晒し場の結界牢についてどう思う?」
部屋に戻るなり宝玄仙が言った。
宝玄仙は、淘華と麗華との会話の途中から、急に思念に耽るようなかたちで黙ったままだった。
口を開いたのは久しぶりのような気がした。
「どう思うって……」
朱姫が当惑した表情をした。
「この国の宮廷道術師が作ったらしいけど、お前から見て、その結界がどう思うか訊いているんだよ」
「それは……。大した霊気ではありませんでしたし……。ご主人様の道術に比べれば雲泥の差です」
「わたしじゃなくて、お前の道術のことを訪ねてるんだよ、朱姫。お前でも、あの結界を破るのは容易そうかい?」
「あたしでも破れると思います」
少し考えてから朱姫ははっきりと言った。
「じゃあ、沙那と孫空女……。お前たちだったら、あそこに詰めていた兵どもなんか、物の数ではないだろう?」
今度は沙那と孫空女に視線を向けて、宝玄仙が言った。
「そりゃあ、そうだけど、なんでそんなことを訊ねるのさ、ご主人様」
孫空女が言った。
「……ねえ、沙那……。お前はいつもわたしの気紛れを騒動の種を作るだけだと批判するけど……」
宝玄仙は、孫空女の質問には直接に応じずに、沙那に視線を向けた。
「批判しません。やりましょう、ご主人様」
沙那は、宝玄仙に最後まで喋らせる前にきっぱりと言った。
*
沙那は、襲撃は早朝に行うと決めた。
目的は、宿町の郊外の結界牢で晒されている長女金という女を脱獄させること。
長女金の話を宿屋で耳にして三日が経っている。
その三日ですべての準備を整えた。
襲撃そのものについては、特に作戦らしいものはない。
朱姫が道術で結界を無効にして、孫空女が詰所にいる番兵を蹴散らす。
それだけだ。
この三日観察して、特に警戒らしい警戒がないことも確認しているし、おかしな道術による罠もないことは、朱姫と宝玄仙の両方で確かめてくれた。
どうやら、結界牢が破られるということそのものが想定されていないようだ。
四人で結界牢に向かう道を普通に歩いている。前側を朱姫と孫空女が進み、沙那は宝玄仙とともに、その後ろからついていく。
辺りに人影はない。
詰所に兵がいるのはわかるが、特に警戒をしている様子はない。
見張りすら外には立っていない。
草の茂る荒れ地に囲まれた晒し場には、三個の裸体が転がっていた。
三人ともまるで野生の動物であるかのように、身体を丸めてうずくまって寝ている。
結界牢の中心に小さな白い裸身──。
あれが長女金だろう。
そして、少し距離をとった両横に男の囚人の裸身がある。
「いきます」
朱姫が小さくささやいた。
「じゃあ、始めますね、ご主人様」
沙那は言った。宝玄仙が無言で頷く。
合図した。
孫空女が詰所に向かって駆ける。
同時に朱姫が手を伸ばして、結界牢のすぐそばに立つ。
空中に朱姫の『影手』が次々に浮かぶ。
結界牢の力場に張りついているのだ。
それが集まり、透明の膜を両側から引き破るように、左右に分かれて引っ張るようなかたちになった。
「やったね、朱姫。見事なものさ」
朱姫を後ろから見守っている宝玄仙が感嘆の声をあげる。
「開きました、沙那姉さん」
朱姫の切羽詰ったような声がした。
詰所の戸が開いた。
「な、なんだ、お前たちは?」
まだ眠っていたのだろう。
上衣を羽織っただけの兵がばらばらと五人ほど出てきて叫んだ。
しかし、詰所の横に立っていた孫空女の拳が、叫んだ兵の腹に喰い込む。
呻き声をあげて、その兵が地面に倒れた。
呆気にとられている他の兵と指揮官らしき男にも孫空女が襲いかかる。
あっという間に、五人が崩れ落ちる。
沙那は、それを確かめてから、朱姫がこじ開けた結界牢の隙間から中に飛び込んだ。
むっとする臭気が襲う。
吐気に耐えて、長女金の裸身を抱えた。
そのときには、異変に気がついて長女金は、怯えたような顔をこちらに向けていた。
「長女金ね? あなたを脱獄させに来たわ」
沙那は叫んだ。
「誰、あんたたちは――?」
長女金が声をあげた。
二年間、こんな状況で晒し者になり続け、男囚に犯され続けたというのに、長女金は狂ってもいなければ、弱ってもいない。沙那は感心した。
「話は後よ。逃げましょう、長女金」
沙那は長女金を抱えるように外に出た。
恐ろしく臭い。
沙那はそれに耐えながら、結界牢の外に長女金を連れ出した。
「い、行ってしまうのですか、長女金様?」
「長女金様──」
結界牢の中から泣き叫ぶような男囚の声がした。
ふたりの男が悲しそうな顔をしてこっちを見ている。
沙那は男囚たちの意外な反応に驚いた。
沙那と長女金が外に出たところで、結界牢をこじ開けていた朱姫の『影手』は消滅してした。
すでに、結界は修復されているようだ。
中から聞こえていた男たちの声もなくなった。
「臭いね、お前」
宝玄仙は顔をしかめた。
そして、なにか風のようなものが長女金の身体をすり抜けた。
汚物そのもののような臭気が一度になくなった。
「く、臭いですか?」
長女金が困ったように言った。だんだんと人間らしさを取り戻すかのように、裸体を両手で隠すように胸と股間の前に手を置く。
「もう、そうでもないよ。わたしは、宝玄仙──。ただの旅人だよ。お前の境遇を知って、気まぐれで脱獄させた。あまりにも、ちょろそうな結界牢だったからね──。それとも、迷惑だったかい?」
宝玄仙が言った。
「ちょろそうって……。
長女金が驚いている。
「誰だい、その有来有去というのは?」
「王に仕える道術師です、宝玄仙様」
長女金は言った。
「大丈夫かい、あんた?」
詰所にいた兵たちを完全に気絶させてきた孫空女がやって来て訊ねた。
「はあ……。でも、これはどういう状況で……?」
長女金は、まだ当惑している感じだ。
「とにかく、行くよ。話はここから立ち去ってからだ。長女金、お前の身体は汚れすぎているよ。まずは、身体の洗浄だ。それにしても、二年間も醜悪な環境で放っておかれたわりには、健康そうじゃないか。弱っているということもなさそうだし」
宝玄仙が言った。
「この首輪です。これが、身体が弱ることも、自殺することも禁じるのです」
「ふうん、外してしまっていいかい、長女金?」
「これをしている限り逃げられないと思うのですが、これは外れないと思います。この朱紫国で最高の道術を持った有来有去様の施した道術が刻まれていますから」
長女金は首を横に振った。
「この国最高の道術遣いの仕事ということかい?」
宝玄仙が笑った。
次の瞬間、長女金がしていた黒い首輪が外れて、地面に落ちた。
長女金は驚愕している。
「とにかく、行きましょう。なんらかの異変がどこかに伝わる仕掛けになっている可能性もあります。ここは立ち去った方がいいでしょう」
沙那は言った。
「そうだね──。朱姫、じゃあ、跳びな」
宝玄仙が朱姫に顔を向けた。
朱姫が頷く。
しかし、長女金はふと結界牢の中に眼をやった。
結界の中では、男囚たちが悲哀に染まった顔でなにかを叫んでいるようだ。
「こいつらに乱暴にされていたというわけじゃなさそうだね、長女金?」
宝玄仙が不思議そうな表情で訊ねた。
すると長女金が苦笑した。
「わたしは、この結界牢という小さな世界の女神だったんです」
「女神?」
宝玄仙が驚いたような声をあげた。
「二年間……。二年間、わたしはここにいて、死んでいく男囚たちに身体を与え続けてきたんです。最初は無理矢理犯され続けてきたのですが、次第にわたしの立場は変わっていきました。ここに入れられる男囚は、短い時間で死ぬことが決まっている者たちばかりです。そういう者にわたしは、この世で最後に与える快楽を授けるのです」
「快楽を授ける?」
宝玄仙が興味深そうに頬を綻ばせた。
「はい……。わたしから快楽という恵みを受け、男囚たちは死ぬために連れて行かれます。長女金という女神のいる晒し場の結界牢──。死に行く者たちに、いつしかそういう噂が立ったようです」
「死んでいく男たへの最後の慈悲ということかい」
「いえ。わたしもまた、死刑囚たちに最後の恵みを与えるのを生き甲斐と感じるようになりました。憐れみです──。彼らを憐れんで恵みを与えるという役割に意義を感じることで、わたしは正気を保つことができました……」
「ほう……」
「いえ、もしかしたら、そんなことを考えるようでは、すでに正気を失っているかもしれませんが」
長女金は自嘲気味に笑った。
「いいや、お前は、正気を失ってはいない。お前の身体には、どこにも傷んでいるところも、途切れている神経もない。まったくの正常だよ」
「あ、あなた様は、お医者様でもあるのですか、宝玄仙様?」
今度こそ、本当に長女金は驚愕している。
「医者の真似事はできるよ。道術遣いだからね……。ところで、さっきの霊具を外したところで、お前の腹にいる寄生虫が活発に動き出したようだね。二年間、腐ったようなものばかり食ったんだろう。まあ、身体を洗ったら、それも治してやるさ」
「まあ……」
長女金は口を開けたままだ。
長女金の表情から考えると、宝玄仙の言った道術による治療というのは珍しいことのようだ。
長女金は、元々王宮に仕える女将校だったはずだ。
だから、この国で道術遣いに接することも多かったに違いない。
しかし、その長女金も、宝玄仙が口にするような『治療術』には触れたことがないのかもしれないとすれば、宝玄仙の道術遣いとしての能力はやはり凄いのだろう。
「ねえ、宝玄仙様、彼らも助けてあげることはできませんか?」
ふと、結界牢の中の男囚たちに視線を向けた長女金が言った。
「お前を犯した連中だろう。この前、こいつらのひとりがお前を犯しているのを見たよ」
「違いますよ。あれは、わたしが彼らに身体を与えていたのです。恵みです。わたしにとって、ここに送られてくる囚人は、哀れな子供のようなものです。この気持ちは理解してはいただけないと思いますが……」
「確かに、理解できないね──。まあいいよ。朱姫、もう一度、こじ開けな」
宝玄仙が言った。
「はい、ご主人様」
すぐにさっきと同じように結界の力場に朱姫の『影手』が張りつく。その『影手』が左右に分かれる。
「お前たち、出て来るんだよ」
宝玄仙が声をあげた。
ふたりの男囚が脱兎のごとく飛び出してくる。
宝玄仙が手を伸ばして、男囚たちの首輪を道術で取り外す。
「お前らは、このまま、どっかに行きな。これ以上の面倒は見ないよ。そこに倒れている兵の服を剥がして着るなり、懐に入れている小銭をかき集めるなり、好きにしな。後は、お前たちの才覚でなんとかするんだ──」
宝玄仙が、まだ戸惑いの表情をしている男囚たちに言った。
「長女金様……」
「長女金……」
男囚たちが長女金に視線を向ける。
「行きなさい」
長女金が声をかけた。
男囚たちはお互いの顔を見てから、もう一度長女金に視線を向け、別れの言葉を叫んで、詰所の前に倒れている兵に向かって駆けた。
「さて、わたしらも行くか……。そうだ、沙那、その首輪も持っておいで。これはなかなか、興味深いね。囚人を死なせないようにするというだけじゃなくて、他にも仕掛けがありそうだよ。じっくりと調べてみるから」
「はい、ご主人様」
沙那は頷いて、地面に落ちている三個の首輪を拾って荷物に入れる。
「川原に向かう結界を結びました」
朱姫が言った。
*
「朱姫に任せるよ」
川原に到着すると宝玄仙が朱姫に言って、長女金の裸身を押しやった。
そして、沙那と孫空女に視線を向ける。
「お前たちは、宿に戻って荷物を持ってきておくれ」
宝玄仙が言った。
結界牢を襲撃するのに荷は邪魔なので部屋に置いてきたままだったのだ。
路銀のほかの最小限必要な道具については朱姫が雑嚢に入れて持ってきているが、ほかの荷はそのままだ。
ふたりが宿に向かって去っていく。
ここから宿までは、四半刻(約十五分)というところだ。
荷を持って戻るのに一刻(約一時間)もかからないだろう。
その間は、朱姫が長女金を好きにしていいということだ。
朱姫の道術がちゃんと動いたのでそのご褒美ということなのだろう。
つまりは、小うるさいふたりを追い払ってくれたのだ。
宝玄仙は、川原に座り込んで、さっき長女金たちから外した首輪の霊具を調べ出している。
「じゃあ、行きましょうか、長女金さん」
朱姫もまた服を脱いで、長女金とともに川の水に入っていく。
この辺りは、川原に樹が茂っていて周囲からは見えないようになっている場所だ。
昨晩のうちに調べておいて、『移動術』の結界をあらかじめ刻んでおいたのだ。
「はい、朱姫さん」
長女金は大人しくしている。
まだ早朝だが、川の水は冷たくはない。
さすがは南域と呼ばれる温暖な気候だ。
風は温かいし、水もそうだ。
童姉妹の船でこの国に密入国したときから気候は一変した。
服装もそうだ。
外を歩く女も肌が透けるかと思うような薄物が多いし、下袍の丈も朱姫の常識からみると凄く短い。
朱姫は腿の半分くらい水が浸かる場所まで長女金を導く。
「じゃあ、洗いますね」
身体の汚れを落としやすくする洗い粉が染み出るように細工のしてある洗い布を手に取る。
それで長女金の肌に触れた。
「ちょ、ちょっと待って……。自分で洗うわ」
真っ赤な顔になった長女金が慌てたように言った。
「駄目です。あたしたちが、長女金さんを助けた代金だと思ってください。なにをされても我慢するんです」
朱姫は言った。
「えっ?」
「あたしは、長女金さんの身体をお洗いするだけじゃないですよ。お尻から薬を入れて腸も洗わないといけないし、逆らえばお尻を叩くかもしれませんよ。でも、悪いようにはしませんから、心配しないでください」
朱姫は洗い布で長女金の肌を擦る。
まるで皮膚が一枚落ちるように垢がこぼれ落ちていく。
垢がとれると、長女金はもともとの白い肌を取り戻したようだ。
洗い粉で身体の隅々まで洗い落とす。
「しゃがんでください。髪を洗いますから」
長女金の身体が沈む。
朱姫は両手で長女金の髪に洗い粉の泡をまぶし、そして両手で擦り洗う。
墨が拡がるように一瞬川の水に黒い染みができた。
何度も洗うと次第に油の塊りのようなものがとれていく。
ある程度のところまで汚れを落としたところで、櫛を使う。さらに小さな泥と油がとれ剥がれる。
「そのまま、待っていてください」
長女金を立たせてから、一度、宝玄仙が待っている川原にあがる。
準備していた荷の中から幾つかの道具を紐付きの浮き籠に入れて持ってくる。
紐を手首に結び付けて水の上に浮かばせる。
その中から髪切り鋏を取り出す。
どうしても塊りになって解けない髪を切る。
いつも四人で髪を切り合っている。
髪を切るのはお手のものだ。
荒れていた髪がきちんと整えられた髪に変わる。
少し深い場所に連れていく。
眼の周り……。
耳の孔……。
臍の孔……。
よくもこんなに汚れていたものだと思うくらいに汚れが落ちていく。
「あ……」
朱姫の手が身体を這い回る刺激で、長女金が身体を微妙にくねらせている。
敏感な刺激を与えるように身体中を動かす手のひらと洗い布に加える力を調整している。
しかし、まだ、ただ身体を洗われているだけと思われている長女金は、込みあがる淫情を隠そうと懸命に耐えている。
朱姫は、その表情が面白くて、さらに淫情が溜まるように長女金の身体をくすぐる。
「くうっ……」
胸から上に出ている長女金の白い肌がだんだんと赤く染まっていく。
「どうしました、長女金さん?」
「な、なんでもない……」
長女金が欲情に耐えるようにしっかりと口をつぐんだ。
「口を開けてください、長女金さん」
朱姫はその長女金の口を開けるように命令した。
その命令に長女金は素直に従う。
口臭がひどい。
朱姫は川の水で数度うがいをさせた。
そして、もう一度口を開けさせて、口臭を消す作用にある薬汁を指に付けて、長女金の口の中を擦り洗う。
「ああ……お……」
他人の手によって口の中を洗われる恥ずかしさで長女金の顔が真っ赤になる。
自分でやるというような仕草で、朱姫の手を軽く掴んだ。
「大人しくしてなさい、長女金さん。その手が邪魔です」
朱姫は少し強く言った。
長女金が戸惑ったように手を離した。
「手は背中で組んで」
長女金は戸惑いの表情のまま、それでもおずおずと手を後ろに回した。
朱姫は開いている片手で、その手首を『魔紐』で結んだ。
『魔縄』と同じで、軽く結んだだけでも、絶対に結ばれた本人によって解くことができない。
長女金は目を丸くしている。
それでも、口の中には朱姫の指が入っているので、抗議の声は出せない。
それに長女金は、大して抵抗の意思はないようだ。
最初に朱姫が長女金の身体で遊ぶことについて仄めかしている。
それなりに覚悟もしているに違いない。
「ある程度はきれいになりましたよ、長女金さん。でも、一番汚れているところがまだ残っていますね」
朱姫は長女金に後ろを向かせると、洗い布に一度水を含ませて泡でいっぱいにした。
その泡を長女金の乳首につけて、手でそっと撫ぜる。
「あん……」
「敏感なんですね」
朱姫はささやいた。
「い、言わないでよ……」
長女金は身悶えした。
朱姫が手を乳房に這わせるとあっという間に長女金の乳首は尖ってきた。
二年間……。
二年間もあんな場所で晒し者になりながらも、男囚たちを身体を使って手懐けて生きていた。
しかも、しっかりと正気を保ち、気丈さを残しながら……。
なんという強靭な精神力なのだろう。
それにしても、敏感だ。
もしかしたら、二年間、男囚たちに身体を許し続け、すっかりと淫らな身体になってしまったのかもしれない。
朱姫は、長女金をまた浅瀬に歩かせた。腰の部分が水の上に出る。
朱姫は長女金の大きな乳房を布と手で包み込む。
「うう……」
長女金はやるせないような仕草で身体をくねらせる。
「とても綺麗な肌ですね、長女金さん。それに感度もいいですよ。こんなに素敵な身体だと、あたしも洗っているという感じで愉しいです」
「そ、そんな……。女同士で……」
「あら、女同士は初めてですか、長女金さん?」
「だ……だったら……本当に……女同士で……?」
長女金は、だんだんと官能が昂ぶってきたらしく、声が情感のこもったものに変わっていく。
両手を背中で括られているという緊張感も、長女金の淫情を高めているのだろう。
朱姫が手を長女金の全身に這い回らせると、長女金は、はっきりとした甘い声をあげる。
「ああん」
長女金が大きな声をあげて、川の水にがくりと身体を落とす。
その身体を泡だらけの朱姫の手が支える。
特に局部を触れていたわけじゃない。
ただ、内腿に手を滑らせただけだ。
「ああ……、ど、どうして……?」
長女金は慌てて足を踏ん張って姿勢を戻す。
女の身体が相手であれば、朱姫はどんな女からでも情感を引き出す自信がある。
長女金は、これまで接したことがある女の中では敏感な方だろう。
そんな長女金から狼狽するほどの快感を引きだすのは、朱姫には造作もないことだ。
「ふふふ、そんなに感じてしまうのが不思議なんですか? あんな地獄のような場所で二年間もいたのに、もう欲情してきたんですか?」
「じ、地獄ではなかったわ……。地獄だったのは最初の数箇月……。わ、わたしはあそこで生きてきたのよ。あそこがわたしの小さな世界……」
長女金は身体を悶えさせながら言う。
朱姫は背中を逆撫でするように指を這わせる。長女金は悲鳴のような声をあげて身体を仰け反らせる。
「ひうっ」
朱姫は洗い布の泡を股間にたっぷりとつける。
陰毛は濃い。
それを丁寧に洗いあげる。
快感が沸き起こっている長女金が淫情のこもった吐息をする。
「そろそろここも開いてきましたか?」
朱姫はたくさんの泡ごと長女金の女陰に指を潜り込ませた。
「い、いやあ……ああ……だ、駄目……こ、こんなの……」
長女金の女陰はすっかりと外唇が反り返っている。
指で中を洗う。
この泡は、汚れも落とすし、入り込んだ虫も殺す。
中が傷ついていればそれを癒し殺菌する効果もある。
そして、淫乱効果も……。
これだけ塗りたくられれば、長女金はどうしてこんなに身体が熱くなるのか理解できない程に淫情に陥るだろう。
そして、そうなっている。
朱姫はもうひとつの指を肛門にすっと入れた。たっぷりの泡と一緒に……。
両側に入った指で内襞を擦り合わせるように押した。
「ひぐうっ」
長女金が大きな声をあげて全身を硬直させた。
女陰からどっぷりと愛液が溢れて朱姫の指にまとわりつく。
「そんなに痩せていないですね、長女金さん。むしろ肉付きがいいかも……」
朱姫は耳元でささやいた。
長女金の女陰と肛門の中は温かくて弾力があり、ごつごつという骨の感触などまったくないすべやかな肌触りだ。
お尻にもしっかりと肉がついている。
「お、男……た、たちが……自分たちの……ものも……わ、分けてくれるから……ひうううっ──」
長女金が仰け反った。
身体がぶるぶると震えた。
達したようだ。
「どうしました、長女金さん?」
朱姫は素知らぬ顔をして訊ねる。
「わ、わたし……」
長女金は真っ赤な顔をしている。
朱姫の手管で昇天したことを告げるべきか、そうでないか迷っているようだ。
そんな仕草も可愛らしく思う。
「とても締りがいいし、肉付きもしっかりしていますね。健康に大きな問題はないような気がします。これなら大丈夫と思います。じゃあ、お尻に薬剤を入れます。腸を殺菌するためです。お尻を突き出してください、長女金さん」
「は、はい」
長女金が言われるまま腰をさげて、朱姫に尻を差し出すような態勢になった。
朱姫は手首に結んである浮き籠から浣腸器を取り出して、肛門に突き挿す。
「ああっ」
薬剤が直腸に注ぎ込まれる感触に、長女金が身体をわずかによじって悶えた。
二年間も不潔な環境にいた長女金のために、宝玄仙が作った特別の薬剤だ。
これを腸に入れれば、あっという間に寄生虫も雑菌も死ぬらしい。
「く、苦しい……」
長女金が呻いた。
「お腹の中で薬剤が仕事をしているんです。我慢してくださいね。まだ、出しては駄目ですよ」
朱姫はそう言って、空になった浣腸器を浮き籠に戻し、二本目を取った。
そして抽入する。
さらに三本目……。
準備した浣腸器が全部が空になると、長女金の下腹部はぱんぱんに張った状態になった。
朱姫はその下腹部を手のひらで少しずつ圧していく……。
「お、押さないで、お願いよ──」
長女金が悲鳴をあげて身体をよじった。
「脚を拡げて──。汚れますよ」
「ま、待って……」
長女金が絶叫した。
しかし、次の瞬間、おびただしい薬液とともに長女金の汚物が川の水にぼとぼとと落ちていった。
「ひい──ご、ごめんなさい」
長女金が泣き声のような声をあげた。
「気にしないでください。これで腸はきれいになったと思います。もう少し深いところに行きましょう。お尻を洗いますから」
長女金の肛門から出た汚物はあっという間に川の水が運んでいった。
朱姫は再び深い場所に連れていった長女金の肛門に指を入れて、汚れを洗い落とす。
もちろん、媚薬効果のある洗い粉の泡もたっぷりと飲み込ませる。
激しくなる異様な感覚に長女金が全身を震えさせる。
「これならすぐに後ろを犯せると思いますよ、ご主人様」
朱姫はすぐ後ろに立っていた裸身の宝玄仙に言った。
「えっ?」
長女金がびっくりした声をあげた。
長女金が川原に背を向けていたので、いつの間にか宝玄仙が裸になって水に入ってきたことに気がついていなかったようだ。
宝玄仙の股間には道術で生やした男根がそそり勃っている。
その宝玄仙の怒張が長女金の肛門を挿し貫いた。
「あひいいいっ──」
思いがけない宝玄仙の責めに長女金が悲鳴をあげた。
まったく準備ができていなかったはずだ。
長女金の悲鳴は、苦痛というよりは驚愕と恐怖の声のようだ。
「確かになかなかいい身体さ。男囚たちが女神と崇めた気持ちもわからないでもないね。だが、心のすさんだ死刑囚までたらし込むとはお前もなかなかの女傑のようだね」
宝玄仙が腰を動かしながら言う。
朱姫は倒れかかる長女金の身体を前に回って支えながら、肉芽を刺激しつつ女陰に指を入れる。
宝玄仙の怒張の動きに合わせて女陰に入り込んだ指を押し動かす。
長女金は半狂乱になった。
「ひゃあ……ひゃあ……ひゃあ……あ、ああ……いく、いきます──いくっ──」
再び昇天した長女金が、宝玄仙の腰に自分の腰を擦りつけるようにしながら身体を仰け反らせた。