「どうだった、朱姫、孫女?」
夜明け近くになり、戻ってきた朱姫と孫空女に沙那は訊ねた。
孫空女が首を横に振った。
「軍をあげて山狩りをするというところまではなさそうだね。大部分は諦めて引き揚げていったよ。ただ、一部は残っているよ。探すというよりは、あたしらが舞い戻ってくるのを警戒しているという感じだね。蹴散らそうと思えば、蹴散らせると思うけど、また、ひと騒動やることにはなることになるだろうね」
孫空女が言った。
「それと、荷を取り戻すというのは無理です、沙那姉さん。軍の主力が引き揚げるときに、あの家から荷が持ちだされていくのが遠目から見えました。それから、ご主人様を拉致したと思われる魔導師隊も引き揚げました。霊気を持った集団が動いている気配がはっきりとわかりました」
朱姫が続けた。
国都郊外の森林地帯にある灌木地帯だ。
襲撃を受けてから、山中をどれだけ走ったかわからない。
借りていた家を樹木が生い茂る錯雑地のそばにしていたのが役立った。
『移動術』で逃亡しようとした宝玄仙が逆結界で捕らわれたのがわかった後、包囲されていた家を飛び出して、三人で塊りになり樹木の中に逃げ込んだ。
襲撃をされたとき、宝玄仙との痴情に耽っていた最中だったので、素っ裸で逃亡するはめになったが、とりあえず、その林からそのまま山に逃げることだけはできた。
また、しばらくは軍の追撃が続いたが、それほど激しいものにはならなかった。
最後尾を駆けていた孫空女が逃げながら、ほぼたったひとりで一番近くまで迫った一隊を撃滅してしまったのだ。
それで軍の追補の速度は低下し、夜半を過ぎた頃にはまったく追手を感じなくなった。
それで、今度は逆に襲撃を受けた国都郊外まで戻り、灌木地に身を隠した。
そして、夜目の利く朱姫と孫空女が襲撃の現場を偵察に行っていたのだ。
宝玄仙を救出するためには、残してきた霊具が必要だったし、この状態では動きまわることもできない。
せめて服くらい取り戻せないかと思ったのだ。
しかし、やはり、軍主力の引き揚げとともに、荷は持っていかれてしまったようだ。
「さて、どうする、沙那?」
素裸の孫空女が沙那の横に座り込んだ。
朱姫も横に座る。
ここは、街道からそれほど離れていない灌木に囲まれる草むらだ。
闇に紛れていたから素っ裸だったのもそれほど気にならなかったが、陽が昇る気配とともに、周囲が明るくなってくると、女三人が素っ裸で野外に放り出されたという心細さが身に染みてくる。
「とりあえず、ご主人様を奪い返すことね。そのためには、なんとか城郭の中に入らないと──」
沙那は言った。
「ご主人様は、どこに行ったんでしょうか?」
「襲撃をしたのは城郭軍よ。だから、軍営に連れて行かれたと考えるべきね、朱姫」
「また、『変化の指輪』で兵に化けて潜入するということができればいいんだけどね、沙那」
以前も
しかし、今回はその手は使えそうもない。
霊具がないのだ。
朱姫もしばらくは道術が遣えない。
「でも、その『変化の指輪』そのものがないわ。ついでに言えば、服もない。こんな格好じゃあ、さすがに目立つわね」
沙那も自嘲気味に笑った。
「せめて、下着くらい履きたいですよね。もう明るくなってきましたし、どうしたらいいですか?」
朱姫が言った。
「あたしたちのことは、手配されていると思っていいだろうね。まずは、服を手に入れることだけど、手に入れても、城門を潜るのは難しいかもしれないね。それにしても、なんで、軍の襲撃を受けたんだろう──。やっぱり、あの結界牢を襲撃したせいかなあ。でも、あたしたちのことは、ばれていないはずなのにね」
孫空女が言った。
「考えられるのは、
「長女金があたしらを売ったということ、沙那?」
「それは考え難いんじゃない、孫女。だけど、長女金は、二年前に金聖姫《きんせいき》とかいう王女が妖魔に浚われたときことで、王宮に伝えたいことがあると言っていたじゃない。とめたんだけど、もしかしたら、国都に行ったんじゃないかしら」
沙那は言った。
長女金は、
そして、その自分の考えを説明し、沙那に意見を求めもした。
沙那は、長女金の考えに間違いないだろうと答えてはいた。
「長女金が捕まっているということ?」
孫空女が険しい表情をした。
「推測でしかないけどね。そう考えれば、辻褄が合うわ。長女金が出立したのは、昨日の朝よ。彼女が国都で捕えられて、誰に脱獄させてもらったかと拷問を受け、そして、白状させられた。その長女金の供述によって城郭軍と道術師隊が動いた。それが昨夜の襲撃なのよ。国都に入りさえすれば、もっとなにかわかるかもしれないわね。もちろん、ご主人様の状況も……」
「城門を入るときは用心した方がいいね。できるだけ目立たないようにしなきゃ」
孫空女が言った。
「少なくとも、このまま、いくのはやめた方がいいですね。これ以上、目立つ格好もないでしょうし」
朱姫が裸身を示しながら苦笑した。
沙那も苦笑で応じる。
「とにかく、できることをしようよ。まずは、腹ごしらえだ。沙那、さっきの出してよ」
孫空女が言った。
「あ、あれを……? 本当に食べるの?」
沙那は自分の顔が赤くなるのがわかった。
「食べるよ。三人で三等分だ。あたしらが唯一、あの現場から持ち出せたものだしね」
孫空女がきっぱりと言った。
沙那は仕方なく、身体の後ろに隠していた
襲撃の直前まで膣の中に入れさせられていて、そのまま戦闘になったので出す暇がなかったのだ。
夢中になって剣を振るっている間は気がつかなかったが、追手をかわして、ほっとしたら腰が砕けてしまった。
張りつめたものがなくなり、一気に淫情が襲ったのだ。
「一応、洗ったんだけど……」
おずおずと差し出したそれを孫空女が無造作に取り上げて手で三個に割る。
そして、欠片を沙那と朱姫に放った。
「よく、こんなものを入れたまま、走ったり、剣を振るったりできますね。あたしには無理です」
朱姫が胡瓜を口に放り込みながら言った。
「あたしにも無理さ。沙那は、ご主人様の『女淫輪』を一年半もしながら生活していたくらいだからね。刺激には強いのさ」
孫空女も胡瓜を口にする。
『女淫輪』というのは、宝玄仙が沙那につけた淫具であり、それで乳首と肉芽の根元を締められると、身体が発情状態になるという霊具だ。
沙那は、自分の身体の気を操ることで、普段の生活については支障なくやっていたが、普通はそうはいかないものらしい。
ただ、そのためか、それが外された今では、与えられる刺激にとても弱い身体になった気がする。
さっきは、気の張った状態だったので、女陰の異物は気にならなかったが、しっかりと身体は刺激を受けていたようで股間から溢れ出ていた愛液は酷い状態だった。
「沙那姉さんのどこが、刺激に強いんですか。ちょっと触っただけですぐに淫情するじゃないですか。やってみましょうか?」
朱姫がからかうような口調で言う。
「やってご覧なさいよ、朱姫。『獣人』の道術を遣ったから、数日は道術が遣えないんでしょう? いつもの分も合わせて仕返しするわよ」
沙那が言うと、朱姫が笑って肩をすくめた。沙那も苦笑して、渡された胡瓜を食べる。
自分の女陰に入れっぱなしで、大量の愛液に汚れたものを食べるというのは、複雑な気持ちだが、食べないよりはましだろう。
これから宝玄仙を救出するために、城郭軍と戦うことになるのだ。
三人ともそれはわかっている。
だから、あえて、お互いに軽口を交わしているのだ。
「いずれにしても、国都になんとか入って、隠れ処を見つけたとしても、なんの変身もしないまま動きまわるのは危険だということね。さっきの話じゃないけど、『変化の指輪』があれば、兵に化けて軍営を探し回るということもできたけど、別の方法を考えないとね」
沙那は言った。
「それはどうなのさ? 朱姫の『変化の指輪』……」
孫空女が、朱姫の指にある赤い指輪を指さした。
この前、練習として、宝玄仙の霊具と同じものを作れと命じられて、朱姫が作った霊具だ。機能は宝玄仙のものと同じだが、指輪に変身の対象を刻むには、単に体液を口に入れるだけじゃなく、変身したい相手の絶頂したときの精液か淫液を口にしなければならないという制約がある。
沙那に言わせれば、ほとんど趣味の範疇で作ったものではないかと思うくらいだ。
しかも、この『変化の指輪』を使用できるのは朱姫だけだ。
「『変化の指輪』を遣うのは、三日は待ってください。すべての霊気を『獣人』で遣ったので、いまはなんにも道術は遣えません。『縛心術』が復活するのも二日はかかります」
朱姫は言った。
「さて、とりあえず、服を手に入れることを考えようよ。まずは、それだね。素っ裸じゃあ、なんにもできやしない」
孫空女が言って腰を上げた。
腰を屈めた孫空女の裸身が街道に向かって進んでいく。
沙那と朱姫もそれを追う。
やがて、丘の下に街道が見下ろせる場所に着いた。
そのまま三人で岩陰に身を潜める。
しばらくすると、一台の古い荷駄馬車が国都の城門に向かう方向にやってきた。
載っているのは御者席にいる男ひとりのようだ。
荷駄馬車は小さいもので、積んでいるのは衣類や布のようだった。
ほかに人影はいなかった。
「さて、おあつらい向きなのが来たよ。行こうか」
「どうするの、孫空女?」
沙那は言った。
「あいつを脅して言うことをきかせるのさ。荷駄馬車の荷に紛れて城門を通ってもらえばいいよ。それに、あの後ろの荷物──。どうやら、衣類みたいだよ」
そのとき、荷駄馬車は、ちょうど丘の真下になっていた。
孫空女が、いきなり跳躍し、荷駄馬車の布の束の中に飛び込んだ。
*
生まれつき大きな鼻をしていた。
普通よりも大きいとか、そういう度合いではない。
異常に大きいのだ。
顔の真ん中に瓢箪がぶら下がっている。
それが
しかも、だらりとぶら下がった鼻に気味の悪いあばたと吹き出物まであるとあっては、その不細工さは可笑しいというよりは不気味だった。
さらに女陰を思わせる小さな黒い染みまであるのだからどうしようもない。
だから、陳達は、女には縁がなかった。
ひとりでやっている店は小さいものの、これでも腕のいい仕立て屋の職人でもあるつもりだ。
金持ちとはいえないが、普通に暮らしていく稼ぎもある。
このところ、軍の将校が軍服を仕立てに来ることも多くなり、結構繁盛もしていると思っている。
しかし、そろそろ嫁を貰いたいと思ってもうまくはいかない。
顔のことなど気にしないと言った女も、実際に陳達の顔をみると、やっぱり尻込みしてしまうようだ。
真面目な職人ということで、縁の仲介をしてくれようとする者も何人もいたが、この陳達の鼻を眼の前で見てしまうと、もう、嫁になってもいいという女はいなかった。
それでも、陳達が大金持ちであるとか、貴族の血を引いているというようなことでもあれば、金に眼がくらむか、血縁が欲しくて、結婚を承諾する女がいたかもしれない。
しかし、残念ながら陳達には、それほどの財はないし、ふた親はすでに失くしている。
もう、四十になる。
豊かでもなかった髪は、もう両脇を残してかなり禿げてきてもいる。
この鼻のうえに、髪まで禿げかけてきたのだから、陳達は、自分は女とは縁のないものと諦めていた。
いまでは、結婚など望んでいない。
しかし、一度でいいから女と愛し合ってみたい。
嘘でもいい。自分のことを好きだと言ってくれて、この鼻の醜さに顔をしかめずに身体を開いてくれる女に出遭ってみたい。
娼婦さえも、陳達を見ると抱かれるのを嫌がる。
応じる女がいても、割り増しを要求する。
金を払った女に、気味悪がられて、余分な金を支払わなければ、肌を合わせる気にならないと言われるのはつらいものだ。
性欲を発散したくて金を支払っても、終わったあとの空しさは堪らない。
いまでは、性欲は自慰で済ませて、妓楼に行くことはほとんどなくなっていた。
『女のすべてが、外見を気にするわけがない』
周りの者に相談すると、ほとんどがそう言ってくれる。
男の友人だけじゃない。
女もそうだ。
ほとんどの女は、夫に必要なのは甲斐性であって、外見など気にするわけがないと言う。
だったら、お前が一緒になるかと応じると、若い女だったら恐怖に包まれたような表情になる。
『それは考えすぎだ。むしろ、お前の卑屈さが顔に出て、女が避けるのだ。卑屈になるな』
男の友人たちの中にはそういう者もいる。
しかし、彼らは、この顔じゃないからそんなことが言えるのだ。
もしも、自分と同じ鼻を持ったら、卑屈になるな、なんてことは言えないはずだ。
陳達は、荷駄馬車を国都に向かって動かしていた。
後ろに載っているのは、郊外で仕入れた古着と布だ。
古くなった布きれでも、陳達にかかれば、たちまちに流行の着物になる。
それで定期的に国都周辺の村や町を回って下取りをするのだが、昨夜は古い知人たちに偶然に会い、思わぬ酒宴になった。
酒の勢いで妓楼に行こうということになった。
陳達は、この容姿だから気が進まなかったが、ひとりだけ抜け出すことができずに、一緒に妓楼に入った。
ほかの友人たちは、あっという間に相手の女を見つけて部屋に入ったが、やはり、陳達でもいいという娼婦はいなかった。
結局、妓楼の女主人が、その鼻は妙な病気ではないのかと訊ねてきて、陳達は返事もせずに妓楼を出た。
そのまま、安宿を見つけて泊まり、早朝に出立して国都の家に戻るところだ。
=特に急ぎの仕事があるわけじゃないが、いつも開店している時間には、店を開けたかった。
店はひとり暮らしの小さな家に連接している。
家は、週に一度、掃除をさせるために雇っている年寄りが出入りするほかには、陳達しかいない。
どこからか、こんな俺でも振り向いてくれる女が空から降ってこないものか……。
御者台で馬を操りながら、ぼんやりとそんなことを思っていた。
すると、なにか強烈な振動を荷台に感じた。
「な、なんだ──?」
思わず叫んで、馬を停めた。
振り返って仰天した。
素っ裸の美女が、荷台に立っていた。
あまりもの衝撃に口を利くこともできなかった。
女は少しだけ背が高く、美しい赤い髪をしていた。
首と四肢の手首と足首にひと揃いの赤い輪をしているほかには、一糸もまとっていない。
つんと上を向いた乳首も無毛の股間も丸見えだ。
荷台で陳達に向かって身構えていて、裸身を隠そうともしていない。
陳達は唖然とした。
「言うことをきいてもらうわ──」
声は前からだった。
慌てて前に視線を向ける。
道を塞ぐように、ふたりの女が立っている。
このふたりも素裸だ。
こっちのふたりは、両手で自分の身体を隠すようにしている。
「あ、ああ──?」
自分でも馬鹿じゃないかと思うような奇声をあげてしまった。
しかし、それは仕方がないことだろう。
陳達には、絶対に縁がないような美女と美少女が、眼の前に裸でいるのだ。
陳達の外見では、遠くから眺めるだけも許されないような女が三人、一糸もまとわぬ姿で立っている。
これは夢に違いない──。
陳達は思った。
しかし、夢ではない。
「ご、強盗にでも襲われたのか?」
やっと言った。
すると、前側の女のひとりの眼が大きく見開いた。
「そ、そうなの。襲われたんです──。助けてください」
栗毛の女が言った。
「ええっ?」
荷駄馬車に立っている女が声をあげた。
その声の響きで、陳達は、この女たちが強盗に襲われて単純に助けを求めたというわけではないのだということを悟った。
こんな格好でいるのだから、強盗にでも襲われたのは確かかもしれないが、もしかしたら、服を奪うために襲うつもりで現れたのかもしれない。
しかし、陳達が、最初に強盗に襲われたとかと訊ねたので、栗毛の女が咄嗟にそういうことにしておこうと思ったのだと思う。
それがあらかじめの打ち合わせと違ったので、赤毛の女が声をあげてしまったのだろう。
こんな容姿なので、他人は陳達のことを愚か者と思うことが多いようだが、陳達は自分が誰よりも敏感に物事を感じることができると思っていた。
「女連れの旅か?」
陳達は言った。
内心の動揺は表には出さなかった。
「そ、そうです」
栗毛の女が言った。
「と、とにかく、服を着るといい。女物の服もある。なんでも着ていい」
陳達は言った。
道を塞いでいたふたりが満面の笑みを浮かべて、荷駄馬車に飛び乗った。
その身のこなしは驚くほど敏捷で、そのことからも、陳達は、この三人に尋常でないものを感じた。
考えてみれば、最初に荷駄馬車に跳び降りてきた赤毛の女は、どこから飛び降りたのだろう。
少し高い場所に岩があるが、随分と高い。
まさか、あそこから飛び降りたのだろうか……。
三人は手頃な服を掴むとあっという間に着込んだ。
小柄な若い少女は、薄桃色の貫頭衣を、残りのふたりは女の服ではなく、動きやすそうな男の服を選んで身に着けていた。
「ありがとうございます。恩に着ます。国都に向かうんですか?」
栗毛の美女が言った。
「そうだ」
「このまま、載せていってもらうわけにはいきませんか? まだ、強盗がいるかもしれないし」
「構わんよ」
陳達は言った。
実際のところ、陳達はこの三人の女には、かなりの怪しさを感じていた。
普段の陳達だったら、荷駄馬車に載せる時点で断っているだろう。
しかし、昨日、妓楼で嫌な思いをしたとことが、陳達の心を少し荒ませていたのかもしれない。
たとえ、強盗でもこんな美女たちに関わりを持つことができるのであれば、それでもいいと思った。
陳達は荷駄馬車を出発させた。
三人の女たちは、固まるように荷駄の中心に集まり、まるで外から覗かれるのを避けるように、周りを荷で覆い始めた。
少しも緊張を解かない気配から考えても、この三人が人目を避けようとしているというのは間違いなさそうだ。
荷駄馬車が城門に近づいた。
陳達はちらりと後ろに視線をやった。三人は恐ろしく警戒をしている表情だった。
後ろの三人の緊張が伝わってくる。
陳達は、おそらく城門を抜けるときに、城門のところにいる兵に顔を見られたくないのではないかと予想した。
不自然なくらいに荷の影に隠れているし、顔も伏せている。
陳達は、城門の見えるところで一度荷駄馬車を停めた。
振り返ると三人が怪訝な顔をしている。
「なあ、あんたら、城郭に入っても、行くところはあるのかい? 女連れの旅だと言っていたが、いまは無一文だろう。行くところがあればいいが、金もないんじゃあ、宿には泊れないだろうに。よければ、うちにこないか?
「えっ? 本当に?」
三人が驚いたように目を丸くしたが、反応したのは栗毛の美人だ。
三人の中では、彼女が主導権を握っている気配だ。
陳達はさらに口を開く。
「狭いがひとり暮らしだ。俺と一緒に寝ることになるかもしれんが、それでよければ、来てもいい。十分な寝台があるとは言えないが、床には横になれる。食べるものもある……。まあ、行くところがあるなら、そこまで送ってやることもできるけどな」
城門に入りさえすれば、三人はそのままいなくなる気がした。
道端で出遭った絶世の美女三人──。
こんな信じられない出遭いが、これで終わるなどというのは我慢できないと思った。
陳達と一緒に寝起きをするなどというのを彼女たちが嫌がるのは間違いない。
だが、素っ裸で街道に現れるという信じられない出遭いをした彼女たちだ。
それに彼女たちが無一文どころか、なにも持っていないのは確かだ。
陳達がそう申し出れば、もしかしたら、あっさりと陳達の家に入ることに同意するかもしれない。
三人は、少しの間、ひそひそとなにかを相談した。
そして、やはり、栗毛の女が代表するかたちで陳達に向かって口を開いた。
「迷惑でなければ、少しの間、寝泊りさせてもらえませんか?」
びっくりした。
本当にそう言うとは思っていなかったのだ。
「ねえ、あんた、もしかして、下心があるかい?」
赤毛の女が言った。
怒っているという感じではなかった。
むしろ無邪気そうな表情で笑っていた。
「下心なんてない。困っていると思って言ってあげただけだ」
そう言ったものの、陳達は自分の心にしっかりと下心があることが、自分でもいまわかった。
こんな美女の裸身が見られたというのは、夢のような話なのだ。
そうであれば、もしかしたら、さらに夢のようなことが、続いて陳達に起きても不思議ではない。
「あってもいいよ、下心」
赤毛の女が言った。
「えっ?」
「実を言うと、あたしらは軍に追われている。それを承知で匿ってくれるなら、あたしらは、あんたにどんなことでも提供するよ。あたしらを抱きたいと思うなら、そうしてもいいとも思ってる」
陳達は驚いてしまって、すぐに反応できなかった。
あまりもの意外な言葉に声も出なかった。
「孫女──」
栗毛の女が険しい顔で赤毛の女を見た。
「いや、沙那、この人は信用できる気がする。あたしは、これでも人を見る目はあるつもりだよ。勘はいいのさ。それに、あたしはどっちにしても、この人の家に行くつもりだった。叩きのめして脅迫してでもね。だけど、この人は正直そうだ。そして、あたしらに興味を持っている気がする。そうであれば、違う選択もできる」
「で、でも……」
栗毛の女は当惑している感じだ。
だが、赤毛の女は毅然としていて、堅い覚悟を感じる。
さっきは、栗毛の女が主導権を握る感じだったのに、一転して赤毛の女が有無を言わさぬ口調で残りのふたりに視線を送る。
なんとも、不思議な関係に感じた。
「いや、あたしらは、この人に身体を提供する。奉仕するんだ。この人は、その代わりに、あたしらを匿うという危険を負う。それでどうだい、あんた?」
赤毛の女が陳達を見た。
陳達は、まだ口がきけないでいた。
赤毛の女の隣の栗毛の女が大きく嘆息した。
「そうね、確かに、なにも教えないでやっかいになるのは誠実とは言えないわね……」
そして、栗毛の女もしっかりと陳達を見た。
「わたしは沙那といいます。彼女は孫空女、こっちは朱姫です。あなたがわたしたちを匿い、どこにも届けないと誓ってくれるなら、わたしたちは、代価を支払います。とりあえず、わたしたちが提供できるのはこの身体だけです。いかがですか?」
沙那と名乗った女が言った。
「お、俺は陳達だ。よろしくな」
陳達は自分が震えているのがわかった。
これは現実の話だろうか。
家に入れた途端に、あっさりと殺されるかもしれない。
しかし、それでもいいと思った。
こんな美女を抱けると考えることができるだけでもいい。
それで、殺されてもいい──。
悔いはない。
陳達は心の底からそう思った。
馬に合図を送ると、荷駄馬車が城門に向かってゆっくりと進み始めた。