孫空女に次いで、沙那が行ってしまってから、宝玄仙はなにかの違和感を覚えた。
誰かが近くにいるような気がするのだ。
「あっ」
そして、思わず叫んだ。
影だ。
三つある。
そう思ったときには、後ろに誰かが立っていた。
慌てて振り返る。
黒い服を着た若い男がいた。
「宝ちゃん、久しぶりね」
今度は前側から女言葉で男の声がした。
しかし、そっち側には誰もいない。
そのときには、さっきの男によって、後ろから首に細い布のようなものを巻かれて、きゅっと堅結びをされてしまっていた。
あっという間に、宝玄仙の身体は弛緩して、その場に崩れ落ちる。
「こ、これは……」
慌てて首から布をもぎ取ろうとする。
身体の弛緩どころか、霊気が一瞬にして凍結されてしまった。
完全に道術が遣えない状態だ。
首にある布に触ろうとすると、手が痺れたようになってだらりと力を失ってしまった。
「相変わらず、あたしの霊気封じの布には弱いわね、宝ちゃん。この前は
目の前のふたつの影のうちのひとつが起きあがって人間になった。
女のように白い肌をした端正な顔立ちの髪の長い男だ。
もちろん、宝玄仙は、女言葉を使うこの男を知っている。
「み、
宝玄仙は愕然とした。
どうやらこの男は、最初から影になって近くに潜んでいたのだろう。
結界を張ったものの、その御影ごと包んでしまったようだ。
しかも、宝玄仙にとっては、この御影の『道術封じの布』は鬼門中の鬼門だ。
これを巻かれるどころか、触れるだけで宝玄仙は、霊気も身体も凍結されたように動かせなくなる。
完全に弛緩してしまうのだ。
これを使って、これまでも散々に煮え湯を飲まされ続けてきた。
「沙那が来ます、御影様。幻術がばれてしまいました。幻術の崖で一応は足止めしましたが、すぐにそれも幻術だと気がつくでしょう」
後ろの男が言った。
「じゃあ、急ぐわよ」
御影は手に持っていた霊気封じの布を紐状に破ると、数枚を背後の男に渡す。
そいつが、受け取った布をさらに紐状にしながら、しゃがみこんでいる宝玄仙の足首に布を巻き付けて結んだ。
すると、やはり足が完全に動かなくなった。
目の前の御影もまた、布を破きながら、宝玄仙の手首に同じように黒い細布を結んでいる。
首に御影の布を巻かれた宝玄仙は、それだけで全身が弛緩したようになっていたのだが、それで手足とも完全に動かせなくなった。
「お、お前、わたしをどうするつもりだい?」
宝玄仙は反対の手首に布を巻かれるのを許してしまいながら言った。
ふたりの男がいるが、実は両方とも御影だ。
これが御影の得意の道術なのだ。
つまりは、分身術と操り術だ。
御影は、自分の完全な分身を一度にふたり作り、完全な別人格として動かせるだけでなく、同時に自分の意思のひとつとして操れる。
背後の分身は、“黒男”と名乗っているが、宝玄仙にとっては馴染みの存在だ。ほかにも、この前、孫空女に殺された“黒女”がいるが、御影は一度性的関係に陥った相手の身体を能力ごと丸写しに、自分の影として複製できるという力もあって、このふたり以外についても自由自在に分身を出現できる。
本当に厄介な力なのだ。
「まあ、相変わらず人の話を聞かないのね。さっき復讐だと言ったでしょう。あたしは、そのために生き返ったのよ。それにしても、あの赤毛のおっかない女とどうなってんの? あんなに仲悪かったのに、すっかりと仲良しじゃないのよ。驚いたわ」
御影が宝玄仙の巫女服に手をかけながら言った。
一方で後ろにいる黒男も、宝玄仙の身体から衣類を剥がそうとしている。
前後からふたりがかりで、次々に服を剥がれて、地面に放り投げられていく。
「ちょ、ちょっと何しているんだい、お前ら」
声をあげた。
だが、すでに巫女服は完全に脱がされて、黒男が胸当てを外し、御影は腰布を解いている。
いま、宝玄仙の両手は、大きく両手を上にあげた状態だ。
さっき、黒男がその体勢にしてそのままにしたので、おろせなくなったのだ。
布を巻かれてしまえば、どんなにそれがつらい体勢でも、誰かが布を解いてくれるか、手をさげてくれるまで、絶対にそのままだ。
それが、霊気封じの布の効果なのだ。
「決まっているでしょう。あんたを連れていこうとしているのよ。あたしの隠れ家に連れ帰って、しっかりと調教してあげるわね。昔のようにね。調教するのに服はいらないわ。だって、あなたは、あたしの飼う家畜だもの」
御影が喉の奥で笑った。
宝玄仙は、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
素行が悪く、人格にも問題があって八仙にはなれなかったが、こいつは帝都時代は、御影仙士という戒名をもらっていた優秀な法師だった。
能力だけなら、十分に宝玄仙と同じように八仙の器だったと思う。
だが、少しばかり、宝玄仙と諍いがあり、宝玄仙が罠を仕掛けて、天教から破門の上に帝都の広場で処刑されるように仕向けた。
しかし、生き返った。
そして、宝玄仙はいつか御影が生き返るだろうということもわかっていた。
御影が、自分が死んでも、どこかで生き返ることができるようにしていたことを宝玄仙は知っていたのだ。
すなわち、『魂の
自分の魂かの破片を分裂させ、それをどこかに隠しておいて、霊気の繭のようなものに包むのだ。
すると、本体の魂が消滅したとき、魂の欠片が成長して新たな本体として育つ。
生半可な術じゃないが、宝玄仙はその術ができる人間をひとり知っている。
そして、御影もまた、その人間を知っていたのだ。
「ふざけんじゃないよ。お前みたいな、三流法師があたしを調教しようなんて、一千年早いよ。後悔しないうちに、どこかに行きな」
怒鳴りあげた。
「三流法師なんてひどいわね。だけど、そのあたしに、手も足も出ないあんたがそんなこと言っても、笑うことしかできないわ」
御影はすでに宝玄仙の股間から布を取り去り、履き物と脛巻きを外している。
これで、宝玄仙は文字通り、生まれたまんまの素裸だ。
また、黒男は、巫女服をびりびりに破いて細紐状にしている。脱がしたものをああやって破くのは、たちの悪い嫌がらせだろう。
宝玄仙は歯噛みした。
御影が上にあがったままだった宝玄仙の両手を背中側で組むように姿勢を直させた。
両手が後手縛りにされたような体勢で固定される。
そのとき、目の前に、先日出現した黒女が出現した。
孫空女が首の骨を折って殺したが、本体さえ生きていればいくらでも複製できる。
「御影様、孫空女も追っていた盗賊が幻術であることに気がつきました。戻ってきます」
黒女が言った。
「だったら、急がないとね。じゃあ、宝ちゃん、行きましょうか。仲良しになった供の女たちに、さよならを言わせてあげられないのは残念だけど、これでお永遠の別れよ」
黒女が宝玄仙の髪を掴んで、身体を引きあげて立ち上がらせた。
御影本体に黒男も寄っていく。
宝玄仙を道術でどこかに連れていこうとしているということわかった。
移動術だ。
一瞬してあらかじめ刻んである刻印の場所に跳躍する道術だが、御影はそれを駆使する。
しかし、それで、はっとした。
沙那と孫空女のことだ。
いまのいままで、あのふたりがなんとかしてくれることを期待していたが、よく考えれば、このまま御影に知らない場所に連れていかれたりしたら、あのふたりがとんでもないことになる。
逃亡防止のために、沙那の首にも孫空女の首にも、宝玄仙から遠く離れれば、首輪が縮まって死んでしまう霊具を装着させているからだ。
「ま、待っておくれ──。このまま、連れていかれたら……」
思わず叫んだ。
すると、御影がにやりと宝玄仙に笑いかけた。
「……知っているわよ。あんたがいなくなれば、あの沙那と孫空女は、首輪が縮まって死ぬんでしょう。本当に、だれも信用しない女よね。そうやって支配しなければ、みんなあんたを裏切るんじゃないかと不安になるのよね。だけど、それは、あんたが悪いのよ……。ところで、いなくなって、どのくらいで死ぬの? 三日、それとも五日くらい?」
御影が酷薄そうな顔をした。
宝玄仙は血の気の引くのがわかった。
こいつ……。
それを知っていて、あえて宝玄仙ひとりだけを連れていこうとしているのだ……。
「宝玄仙、贈り物よ」
黒女が宝玄仙の股間にぽんと触った。
すると、股間の中に小さな球体のようなものが出現して、ごろごろと動き出したのだ。
しかも、宝玄仙の感じる場所を擦るように動きまくる。
「んはあっ」
宝玄仙が思わず声をあげた。
「俺からはこれだ」
黒男が首筋にちくりとなにかを刺した。
すると、瞬時に宝玄仙の身体が燃えるように熱くなった。
媚薬か……。
宝玄仙は歯を食い縛った。
恐ろしいほどの効き目の媚薬だ。
あっという間に宝玄仙の身体からは汗が吹き出し、乳首と陰核が固く勃起した。
「あたしからはこれよ」
御影が宝玄仙の後ろに回り、すっと手をお尻に近づける。
「うわっ、なにするつもりだい。や、やめておくれ」
宝玄仙は悲鳴をあげた。
なにか棒のようなものを持っているのが見えたのだ。
「あんたのお尻をきれいにしてくれる便利な棒よ。隠れ処に着いたら、しっかりと肛門調教をしてあげようと思ってね」
粘性を感じさせる棒状のものがお尻の穴にずぶずぶと入ってくる。
宝玄仙は狼狽して声をあげた。
「すごいわね。なにもしていないのに、簡単に太い棒を受け入れるじゃないのよ。さすがは、
御影が言った。
こいつ、闘勝仙のことまで知っているのか……。
宝玄仙は前後の穴を御影とその分身の怪しげな術と淫具で責められながら思った。
次の瞬間、宝玄仙は移動術を特有のはらわたが捻られるような感覚を覚えた。
*
孫空女が戻ったとき、ちょうど沙那が反対側から駆けてくるところだった。
「沙那、ご主人様は?」
声をあげた。
ここにいたはずの宝玄仙はいなくなっている。
なにかが起きたことは明白だ。
荷が置きっぱなしだし、なによりも宝玄仙の身に着けていたものがずたずたに引き裂かれて、地面に捨てられている。
「……やっぱり」
沙那は苦虫を噛み潰したような苦い顔をしている。
そして、宝玄仙の服が裂かれて捨てられている方向を眺めて、はっとしたように顔色を変えた。
「どうしたのさ?」
孫空女は訊ねた。
「字よ」
「字?」
「ご主人様から脱いだ服で字が書いてあるのよ。“
沙那が言った。
孫空女はびっくりした。
なにか記号にように思えたけど、どうやら細く切断した宝玄仙の服を使って、宝玄仙をさらった者が伝言をしているということのようだ。
どういうことだろう?
「それよりも、ご主人様はどうしたのさ、沙那? 沙那が一緒にいたはずじゃないか」
すると、沙那は、孫空女が盗賊に向かってすぐに、今度は反対側から弓矢を持った賊が出現して、それで沙那も宝玄仙から離れてしまったと説明した。
孫空女は唖然とした。
どうやら、罠だったようだ。
「だけど、わたしが追いかけた賊は幻術だったわ。あなたは?」
「あたしもだよ」
孫空女は言った。
追いかけていった賊は、まるで孫空女をさそうような不自然な動きをしながら、逃げては構えるということを繰り返し、最後には孫空女が如意棒を打ち込んだことで、風に溶けるように消滅してしまった。
「あれっ」
そのとき孫空女は、散乱している布の切れ端の中に、ひと際霊気を放っている黒い布があることに気がついた。
孫空女は沙那にそれを告げた。
「……本当にあなたって、道術師のように霊気が普通に見えるようになったのね」
沙那が感心したように言った。
孫空女は、その霊気を帯びた黒布の破片を拾おうとした。
「うわっ」
そのとき、得体の知れない力が加わったようになり、孫空女はその布に触ったまま腰が抜けたように動けなくなった。
「孫空女──」
沙那が慌てたように、黒布を孫空女から離す。
すると、嘘のように金縛りが溶けた。
「わっ、なんなんだい、いまの……。あっ──」
身体を起こしながらぶつぶつ言いかけたが、孫空女ははっとして沙那を見た。
「これ、確か……。いつか、五行山でご主人様を捕まえようとしたときのやつのものだよ。ご主人様は、これに触ると身体が動かせなくなって、道術も封じられるんだ……。確か……御影……」
孫空女は思い出しながら言った。
あの御影の分身とか宝玄仙が説明した黒女のことは、沙那にも教えている。
沙那もはっきりと思い出した顔になった。
「どうやら、そいつがご主人様を黄風洞というところに連れていったということに違いないわね」
「ご主人様に復讐するためかい」
孫空女は沙那に言った。
沙那は険しい表情のままだ。
「……もちろんそれもあるけど、わざわざ、ご主人様を連れていった場所を教えているというのは、もうひとつ目的を果たすためよ」
沙那は言った。
「もうひとつの目的?」
「わからない? ご主人様だけでなく、あなたにも復讐をしたいのよ。その御影という男はね」
沙那が孫空女の顔を見た。
「あたし? なんで?」
孫空女は驚いて言った。
「呆れたわね。忘れたの。あなたは、分身とはいえ、黒女とかいう御影の一部を殺したのよ。だから、御影は、ご主人様を連れていっただけでなく、あなたを誘っているのよ。ご主人様を取り返したければ、罠にかかりに来いってね。その罠が黄風洞という場所にあるのよ」
沙那が御影が残した服の切れ端による伝言にもう一度目をやりながら言った。
*
「ほら、こんなの久しぶりでしょう、宝玄仙? でも、身体が覚えているわよね。これが調教の味よ」
御影の道術によって、身体が吊りあげられた。
「うわあっ」
思い切り叫んだ。
宝玄仙の身体は、両手を両足を背中側で縄によって束ねられて、うつ伏せの状態だ。四肢をまとめた縄に鎖が繋がれて、それが天井からぶら下がっている。
つまりは宝玄仙は、逆海老状態で宙吊りにされているのだ。
全体重が四肢にかかり、ずどんという重圧が背骨から腰にかかってくる。
御影の道術なら、宝玄仙を道術で浮かべることもできるとは思うが、こっちの方が体重が四肢にかかってつらいのでそうしているのだと思う。
どこか見知らぬ洞窟の中だった。
だが、きれいに岩壁を削って広い部屋のようになっている。
さっきの場所からどれだけ離れているかわからない。
気になったのは、そのことだ。
移動術は大きな霊力を使う術だ。
距離があればあるほど、巨大な霊力を遣うことになり、一度に遠くには飛べないと思う。
一度しか跳躍していないということは、そう遠くではないと思うのだが、あまり沙那や孫空女と離れるわけにはいかないのだ。
あいつらが宝玄仙から逃げられないように、一定の距離以上離隔すれば、自動的にふたりの首に嵌まっている首輪が締まって、首を捩じ切る仕掛けにしている。
もちろん、沙那も孫空女もそれを知っているから、宝玄仙から逃げることはできない。
だが、宝玄仙の意思に反して、こうやって連れていかれる可能性を考えていなかった。
宝玄仙は、自分の失敗であのふたりが死んでしまうことを思って、ぞっとした恐怖を感じていた。
「そ、それよりも御影、ここはどこだよ。さっきの場所から離れているのかい。それとも遠いのかい。早く言うんだよ」
宝玄仙は怒鳴った。
宝玄仙の手首と足首、そして、首には御影の道術が刻まれた道術封じの布が紐状になって巻きついている。
それが宝玄仙が一切の霊力を感じることを防いでいた。
もちろん、身体を自由に動かすことも、道術を遣うこともできない。
そして、完全な素っ裸だ。
また、目の前にいるのは御影本体ただひとりだ。
ここに着いたときには、すでに分身はいなくなっていた。
御影が分身を消したのか、あるいは、どこかほかの場所に向かっているのかはわからない。
一方で、股間と肛門に挿入されているおかしな淫具の責めは続いている。
身体を灼くような媚薬の火照りもそのままだ。
「どこだっていいじゃない」
「いいから、教えるんだ、御影」
宝玄仙は怒鳴った。
御影が苦笑した。
「それよりも、まだ元気ね。ちょっと体力使ってみようか」
御影が気持ちの悪い女笑いをしながら、宝玄仙の身体を逆海老につっている鎖に道術をかけたのがわかった。
くるくると身体がゆっくりと回り始める。
「な、なにをするんだよ?」
「味わえばわかるわ」
十回ほど回転したところで、もう一度御影が道術を放った。
「うわっっ、な、なんだい、これ、うわああっ」
鎖が緩んで宝玄仙の身体はぐるぐると回り始める。
「うわああっ」
それは初めて味わう恐怖だった。
数度回転すると、手がつけられないくらいに高速で回りだす。
まとめて縛られている手首を足首が引き千切られそうだ。
「い、いやだあ、や、やめておくれっ」
宝玄仙がぐるぐると身体が回る恐怖と激痛に悲鳴をあげた。
「ほら、これもどう?」
御影が笑いながらどんと身体を突いた。
すると、どういう仕掛けになっているのかわからないが、横回転に縦回転が加わる。
宝玄仙は悲鳴をあげ続けた。
四肢が付け根から抜けてしまいそうだ。
宝玄仙は泣き叫んだ。
しばらくすると、やっと回転がゆっくりになる。
だが、惰性により身体はさらに回る。
「も、もうたくさんだよ。降ろすんだよ。頼むよ、御影。は、早く、降ろしておくれ」
回転が遅くなったところで、やっと口がきけるようになった宝玄仙はたまらず叫んだ。
「あたしの言うことを聞きなさい。そうすれば、こんなことは終わりにして、その火照り切った身体を犯してあげるわ。さもないと、いつまでも続けるわよ」
回転がなくなったところで、御影が宝玄仙の黒髪を掴んで、顔をあげさせて言った。
「な、なんだい……。な、なにがしたいんだい……」
宝玄仙は荒い息をしながら言った。
逆海老にされて回転させられるのが、こんなにつらいとは思わなかった。
もうすでに、宝玄仙の身体の節々は痛みで悲鳴をあげている。
道術封じの布で動くことができないとはいえ、痛みはあるのだ。
「
目の前に拳ほどの透明の球体が浮かんだ。
言霊というのは、喋った言葉をしまい、好きなときに破裂させて言葉を再現する術だ。
なんのために、そんなことをさせようとしているのか、さすがに宝玄仙でもわかる。
沙那だ……。
沙那の首には、服従の首輪が嵌まっている。
宝玄仙の言葉に絶対服従の支配具だが、その沙那に宝玄仙の声で、御影に従えと言えば、その瞬間に、沙那は御影の人形になる。
御影の狙いはそれにあるのだと思った。
こいつのことだ。
宝玄仙の供を自分の奴隷にして、宝玄仙を調教させるというだけじゃなく、宝玄仙を打ちのめすためだけのために、沙那に自殺させるということくらいやりかねない。
そういうねじ曲がった根性の男なのだ。
しかし、逆に考えれば、沙那を罠にかけようとしているということは、沙那たちは遠くではないということだと思う。
それだけはほっとした。
「ふ、ふざけるんじゃないよ……」
宝玄仙はそれだけを言った。
「あら、やっぱり、天教の八仙様は、くるぐると回るのがお好きなようね」
御影が再び道術で宝玄仙の逆海老状態の身体を回し始めた。
横回転だけじゃなく、高速で縦回転も加えられる。
「うわああ」
宝玄仙は悲鳴をあげた。
やめてとも叫べない。
ただ悲鳴をあげるだけだ。
これを五回続けられると、もう両腕に感覚がなくなってきた。
体力はすでに限界を迎えている。
だが、どんなことがあっても、言霊に言葉を入れるわけにはいかないと思った。
沙那を渡せば、この卑劣男は沙那になにをするのかわかったものじゃない。
「うげええっ」
十回目の回転のときに、ついに宝玄仙は吐いた。
御影が猛烈な平手を宝玄仙の頬に打ってきた。
「汚いわねえ。なに勝手に吐いてんのよ。さっさと、言玉に言葉を入れるのよ。あんたの玩具をあたしが使うだけじゃないのよ。あんたみたいな変態女の慰み者になるよりも、あたしの方がましよ」
御影が道術で宝玄仙が吐いたものを始末するとともに、金属の細い棒のようなものを宝玄仙の片方の鼻に差す。
「な、なにすんだい」
宝玄仙は慌てて顔を避けようとしたが、御影は髪の毛をがっしりと掴んでそれを防ぐ。
いずれにしても、箸のような棒は鼻の奥まで入っていて顔を動かして外れるようなものじゃない。
「さあ、言玉に言葉を入れなさい」
御影が怒鳴った。
「や、やなこった」
「あっ、そう」
御影が棒をぐいと突き差した。
「んがあっ」
鼻の奥で頭の内側に刃物を刺されたような激痛が走る。
どろどろと鼻から血が出てくる。
「せっかくきれいな顔をしているんだから、あまり無様なことはやめといた方がいいんじゃない」
御影が笑いながら、もうひとつの鼻の穴に棒を差す。
「ひいっ、や、やめて、もうやめてくれよ」
宝玄仙は泣き声をあげた。
しかし、御影の命令を拒否すると、容赦なく棒を鼻の奥に突き刺された。
「あがああっ」
宝玄仙が両方の鼻から血を流しながら、泣きじゃくった。
「今度はつらいわよ。鼻で息ができないようにしてあげるわ」
御影が地面から土を拾って、鼻の中に押し込む。
「回りなさい」
ぐるぐると身体が回転された。
宝玄仙はもはや悲鳴をあげることもできなかった。
*
やっと見つけた洞窟の前にやってくると、男がひとり立っていた。
沙那は素早く剣を抜いた。
孫空女も耳に触れてから、ぶるりと腕を回す。
すると、孫空女の手にも金色の如意棒が出現する。
「落ち着きな。お前たちと戦うつもりはない。取引きといこうじゃないか」
男が言った。
武器のようなものは持っていないが、間違いなく道術師だろう。
抜け目なく気を集めているのが沙那にはわかった。
「ご主人様は洞窟の中かい?」
孫空女が棒を構えて言った。
「いま、拷問をしている。だが、俺たちが恨みを持っているのは宝玄仙だけだ。お前たちのことは、まあ、あの狂い巫女の被害者だと思っている。協力してくれれば、お前たちの自由を奪っている首輪を外してやる。それだけじゃなく、宝玄仙に恨みを晴らさせてやる。悪い話じゃないと思うがな」
「抜かせ──。とっとと、ご主人様を解放しな」
孫空女が如意棒を男に突きつけた。
沙那はそれを制した。
「な、なんだよ、沙那」
「わたしに話をさせて」
沙那は孫空女の前に出て、男に改めて視線を向けた。
「話はわかったわ。宝玄仙のところに連れていきなさい」
「沙那──」
後ろで孫空女が声をあげた。
だが、沙那はそれを無視した。
「話に乗るというのだな?」
男がにやりと笑う。
「そうね。この首輪を外してくれるなら、なんでも話を聞くわ」
「沙那──」
また、孫空女の声──。
今度ははっきりとした非難の響きがある。
沙那は後ろを振り返って、眼で「任せてくれ」という仕草をした。
孫空女は口をつぐむ。
そのときだった。
男の手から気の塊のようなものが発生するのがわかった。
振り向きざまに剣を縦に一閃する。
なにかを斬った手応えがあった。
沙那の両側でなにかが弾ける音がした。
「驚いたな。道術を剣で斬れるのか?」
男が呆気にとられた顔になった。
沙那は男を睨んだ。
「どういうこと? わたしは話に乗ると言っているのよ」
すると、男は気味の悪い笑い声をした。
「宝玄仙の供にしておくのは惜しいな。俺の部下になれ。それなりの報酬もする」
男が言った。
「ご主人様……宝玄仙のところに、わたしたちを連れていくのよ──」
怒鳴った。
「沙那だけだ。沙那だけが入って来い。ただし、武器は持って来るな。そうでなければ、宝玄仙は殺す」
男が消えた。
「な、なんなんだい、あいつ」
孫空女は不満そうな声をあげた。
*
「はあ、はあ、はあ」
宝玄仙は朦朧としていた。
自分が気を失いかけているのはわかった。
回転はもう二十回は超えただろう。
四肢は血の気を失い、頭には血が昇ってぐらぐらと視界が揺れている。
「そろそろ、言玉に言葉を入れる気になったんじゃないの?」
御影が手に人間の頭の倍ほどの球体を出現させたのが見えた。
なんだ、あれ?
思う間もなく。球体が首から上に被せられた。
水だと思ったときには、すでに顔全体を水球で覆われていた。
「んがっ、があっ」
必死になって首を振る。
だが、水球は完全に宝玄仙の首から上を包んでいて外れる気配はない。
ただでさえ呼吸が苦しいのに、水のために息を止められてしまい、宝玄仙はもがいた。
息を吸おうと必死になる。
しかし、水が口に入ってくるだけだ。
ほどなく、身体がぶるぶると痙攣を始めた。
手で水を取ろうとした。
もちろん、それは不可能だった。
手は背中側で両足首とともに縛られているのだ。
頭の中から意識がこぼれそうになる。
気がつくと、必死になって水を飲んでいた。
飲めばいいのだ。
全部の水がなくなれば、きっと息ができる。
考えるよりも、本能が宝玄仙を動かしたという感じだった。
「ぷはあっ、はああっ」
やがて、やっと水がなくなり息が吸えるようになった。
身体を反らせたまま、宝玄仙は激しい呼吸を繰り返した。飲み下した大量の水で、ぱんぱんに腹が張ったような状態になっている。
「どのくらい水を飲んだら、あんたは素直になるのかしらね、宝玄仙。いくらでもお代わりはあるのよ」
御影が笑いながら、さっそく次の球体を準備している。
宝玄仙はぞっとした。
すぐに、その球体が再び顔に被せられた。
*
注意深く洞窟の中を進んだ。
もちろん、ひとりだ。
御影の要求は、沙那がひとりでやって来ることだった。
もちろん、罠だとは思うが、宝玄仙が捕らわれている以上、罠だとわかっていても進まなければならない。
洞窟の中は明るかった。
壁に光り苔という発生体植物があり、それが洞窟の中を明るく照らしている。また、洞窟は最初は自然にできたという感じだったが、途中から断面が矩形になり、人工的に掘られた感じになった。
いずれにしても、中は迷路のように入り組んでいた。
「次は左だ」
男の声がする。
さっき洞窟の前に出てきた男の声だ。
おそらく、あれは御影の「影」なのだろう。
姿の見えないその男の声の誘導に従って、右に左にと進む。
やがて、行き止まりになった。
「行き止まりだわ」
壁に向かって叫んだ。
「慌てるな。目の前の壁は幻像だ。まずは頭から差して、腰から上をゆっくりと壁の向こう側に入れろ」
男の声──。
言われるとおりにする。
すると、すっと上体が通り抜けた。
壁の向こう側も同じような洞窟の通路になっている。
しかし、そのまま通り抜けようとすると、腰が抜けなくなった。
驚いて、上体を戻そうとしたが、今度は通り抜けたはずの壁に阻まれて動かない。
土壁を腰に挟まれて、上半身と下半身で内側と外側になった状態で身動きできなくなった。
「な、なに? 動かないわ」
怒鳴った。
すると、土壁の後ろ側に誰かがやって来たのがわかった。
「な、なにやってんのよ──」
悲鳴をあげた。
そのあいだにも、壁の後ろの下半身側に立つ誰かが、下袴を引き下ろしていく。股布に手がかかるのがわかった。
「落ち着きなさい。ちょっと弱ってもらうだけよ。道術を剣で斬ってしまう猛者なんて初めて会ったわ。このまま、御影のところに連れていくのは危険だしね。ここで体力を奪っておくわね」
目の前に女が出現した。
この女は知っている。
黒女だ。
少し離れた手の届かない位置で、こっちを見ながらにやにやと微笑んでいる。
「ご、ご主人様は無事なんでしょうねえ」
「命があるという意味ではね。殺すのは簡単だけど、あたしたちは、そんなことじゃ満足しないわ。あいつを奴隷にして、物のように扱ってやる。心の底から生まれたことを後悔するような目に合わせてから、完全に人としての感情を失ったとき、初めて息の根を止めるつもりよ。それまで生かしておくわ」
「な、なんで、そんなにご主人様を恨みに思っているの? ひいっ」
訊ねた。
そのとき、思わず声をあげてしまった。
壁の後ろの誰か──おそらく、さっき洞窟の前に出てきた男だと思うが、そいつが剥き出しにした股間を指で後ろから愛撫を始めたのだ。
そして、はっとした。
男の指は股間とアナルを入念な抽送をしているのだが、なにかを塗っている気配なのだ。
「あっ、い、いいっ、や、やめな……や、やめるのよ……」
じっと耐えるにはあまりにも屈辱感が大きかった。
「即効性の媚薬よ。それを塗られれば、腰も立たなくなるはずよ。大丈夫よ。
黒女が笑った。
股間に男の怒張が突き挿されたのがわかった。
すぐに激しい抽送が開始する。
媚薬のためだろうか。あっという間に、絶頂感がやって来て、気がついたときには最初の気をやってしまっていた。