※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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287 女将軍調教[五日目・処刑前日]

 朝早く陳達の家を出た。

 表に出るのは数日振りだ。

 

 沙那と孫空女は、被り物をして髪を隠し陳達の部下にやつして後ろを歩いた。

 どうせ陳達(ちんたつ)の周囲は、しっかりと見張られている。

 沙那たち三人が居候のように、陳達の家で寝起きしていることもわかっているだろう。

 手配されているはずの沙那たちに対して軍が捕縛に動く気配がないのは、陳達が接触したのが、宿元女(しゅくげんじょ)という近衛軍団の女将軍であり、国王とその家族の安全が任務で国都の治安そのものに直接の責任がないからだ。

 

 陳達に宿元女からの呼び出しがあったのは、昨日のことだ。

 今日には宝玄仙が明日の処刑のために城郭の広場に晒される。

 動きがないかと思っていただけに、沙那はほっとしたところだ。

 

 もっとも正念場はこれからということになる。

 時間はない。

 残された時間は丸一日──。

 

 明日の朝には、宝玄仙は磔で晒される広場において、民衆の前で絞首刑になる。

 城郭軍と道術師隊が十重二十重に警戒していることは予想できる。

 強引な方法では、たった三人で、それを突破し、宝玄仙を救うことは難しいのだ……。

 

「まあ、幸先がいいと思おうよ、沙那」

 

 孫空女がささやいた。

 

「そうね」

 

 陳達の背中を歩きながら、沙那も小声で隣を歩く孫空女にささやき返した。

 三人で近衛軍の営舎に向かう。

 宝玄仙の捕らわれている軍営とは別の場所にあり、宮中に隣接している。

 近衛軍府の横門から入り、さらに小さな戸を三人並んで潜り抜けていく。

 出入りのときに止められることはない。

 一応、陳達から賂のための金を預かっていたが要求されることもないし、差し出しても受け取ってはもらえなかった。

 賂を受け取らない兵というのは、沙那は初めて接した気がした。

 

 まったく待たされることなく小さな部屋に通された。

 そこでもすぐに呼ばれた。

 部屋には、十人ほどの近衛兵がいた。

 壁沿いに並んでいて武器を持っている。

 近衛兵は城郭軍の兵に比べれば華奢な感じで装飾が鮮やかだ。

 

「道術の気配は……?」

 

 沙那は孫空女にささやく。

 孫空女は髪の毛を包んで、胸の膨らみを晒し布で隠している以外には、特に変装しているという程でもない。

 それは沙那も同じだ。

 本当は髪や胸を隠す必要もないとは思うが、余計な混乱をお互いに起こさないためだ。

 

 陳達の家に隠れている沙那たちのことは、陳達が宿元女に接触した時点ですでに探りを入れてわかっているはずだ。

 しかし、城郭軍は陳達の家に来なかった。

 そのことから、宿元女は沙那たちに利用価値があるかもしれないと考えており、城郭軍の軍府や道師隊には伝えていないに違いないと思った。

 

 宿元女が興味を抱くことを狙って、宝玄仙が金聖姫(きんせいき)の行方を知っている可能性があると情報を流したのだ。

 それだけではなく、それを訊問に当たっている有来有去(ゆうらいゆうきょ)が隠しているとも広めた。

 そのために、陳達を通じてかなりの情報工作をした。

 陳達が出入のできる軍営で噂をばら撒いただけではなく、有来有去が怪しいと信じられそうな、それらしい証拠もでっちあげた。

 

「ないね。朱姫を隠したのは正解だったんじゃないかな」

 

 孫空女が低い声で言った。

 宿元女が部屋に入ってきた。

 三人で拝礼する。

 

「あなたが陳達ね」

 

 宿元女は言った。

 

「そうです」

 

 宿元女は陳達を見ているようだ。

 沙那と孫空女は黙ったまま、頭を下げている。

 拝礼をしている三人の頭に宿元女の声が降る。

 

「宝玄仙が金聖姫様の行方を知っているという出鱈目の情報を流していたのはなぜ?」

 

「出鱈目?」

 

 陳達の頭があがった。

 沙那と孫空女もそれに合わせて頭をあげる。

 こっちを見ている宿元女と視線が合った。

 宿元女が陳達ではなく、沙那や孫空女を見ているということに気がついた。

 

「出鱈目ではありません。有来有去が隠しているのです」

 

 沙那は言った。

 陳達ではなく、沙那が口を開いたことについて、宿元女は表情も変えなかった。

 陳達に注いでいたわずかばかりの注意を沙那に集めただけだ。

 

「あなたが沙那ね」

 

 宿元女は何気ない口調で言った。宿元女の口調は質問ではなく、確認だった。

 沙那は、髪を隠していた布をとった。

 孫空女もとる。

 髪がばさりと肩の下に落ちる。

 

「あなたたちを道術師隊や城郭軍の兵が探し回っているのを知っている? 手配されているのよ。のこのこと近衛軍府にやってくるとは、かなりいい度胸じゃないの──。まあ、わたしもそういうのは好きだけどね」

 

 宿元女は言った。

 

「真実を有来有去が隠して葬っているのです。ご主人様……、いえ、宝玄仙を殺せば、また、真実が閉ざされます」

 

「面白いわね。説明してごらんなさい。最初に言っておくけど、この会談が終われば、わたしは、あなたたちを逮捕させるつもりよ。でも、わたしを愉しませてくれる間は、自由でいられるわ」

 

 宿元女は言った。

 

「わたしたちを捕えるのですか?」

 

「当然でしょう。結界牢から囚人を逃がすのは、死刑に値する重罪よ。しかも、城郭軍や道術師隊が捕縛のために囲んだのを蹴散らして突破したのでしょう? 連中が追い回しているわよ。わたしも近衛軍を預かる者として、手配犯とわかっている者を自由にさせるわけにはいかないわ」

 

 宿元女は横に立っている部下に手招きをして、なにかをささやいた。

 すると宿元女の座る椅子の手摺の上に砂時計が載せられた。

 

「この時計で三回分だけ待ってあげるわ。その間、好きなことを喋っていい。三回終われば、三人とも捕えて軍営に送るわ──。始めなさい」

 

 宿元女が砂時計をひっくり返した。

 砂時計の砂が落ち始める。

 

「わたしたちは罪など犯してはいません。無実の罪の長女金を解放しただけです」

 

「長女金は、陛下自らの裁により結界牢に入れられたのよ。しかも、晒し刑が終われば処刑される身よ。それを脱獄させて逃がすのは、陛下の意思に背くということよ。それを破るのは重要な罪だわ」

 

「でも、わたしたちは、長女金と話をしたのですよ。長女金は、金聖姫様が妖魔に浚われたというのは狂言だと判断していました。しかし、二年前の調べのときには、一切の弁明をする機会を得られなかったと申しておりました」

 

 二年前の賽太歳による金聖姫という王女の誘拐については、長女金から詳細を教えられている。

 陳達からも多くはないが当時の話や軍内の噂も聞いた。

 数日だけだったが、陳達に調べてもらった情報もある。

 

 二年前の金聖姫の誘拐には裏がある──。

 

 沙那は確信していた。

 ただ、そうであるとしても、宿元女がそれにどれくらいの興味があるかだ。

 それにより、宝玄仙の運命は変わる。

 沙那たちの運命も……。

 

「長女金は、およそ公平な調べを受けたといえるわね。わたしも当時の調書には目を通しているわ。弁明の機会も与えなかったというのはおかしいわね。仮にも王女の誘拐よ。それこそ、何日もかけて事実関係について質問を受けているわ。長女金は、一切の意味のある発言をしなかったようだけど」

 

 宿元女が言った。

 食いついた──とは思わなかったが、やはり、そうだと思った。

 

 長女金は、二年前の金聖姫誘拐のときに、金聖姫の様子がおかしかったことから、あれは金聖姫の狂言ではなかったかと疑っていたのだ。

 もしかしたら、春嬌(しゅんきょう)という女道術師も与していたかもしれないとも……。

 

 そんな大事な情報を当時の調べで訊ねもせずに、放っておくとは思えない。

 しかし、実際、長女金はなにが起こったのかを説明する機会は与えられなかったと言っていた。

 それは、とても不自然なことだと沙那は思った。

 

「残念ながら、それは事実とは違います、閣下。長女金と実際に話をしたのは、わたしたちです。閣下が読んだ調書になにが書いてあったにしろ、二年前に長女金の調べを担当した者は、なにも調べずに、一切の質問もせずに、陛下に裁を求めたのです。適当に作成した調書を添えて……」

 

「おかしなことを言うわね、あなた──」

 

 宿元女が笑った。

 丁度、一回目の砂が落ち切った。

 宿元女が砂時計を返す。

 砂が落ち始める。

 

「妖魔に関する調査をするのは、道術師隊の任──。二年前に長女金の調べを担任したのは、有来有去ではなかったのですか? いま、宝玄仙の調査に当たっているのと同じ……。お伺いしますが、筆頭道術師である有来有去が直接に罪人の調べに当たるなど、普通のことなのですか? 二年前の王女の誘拐のような重大事件ならいざ知らず、今回はただの結界牢破りの調べですよ。すでに調べが終わっているはずの……」

 

 沙那は言った。

 ほんの少しだけ宿元女が興味を抱いた表情になった。

 

「確かに、宝玄仙を調べているのは、有来有去という筆頭道術師よ。二年前も、今回もそうね……。有来有去が直接に罪人の調べをしたのは、金聖姫事件と今回の二回だけよ」

 

 宿元女は言った。

 

「不思議なことだと思いませんか、閣下? 有来有去は、なぜ、宝玄仙の調べを今回、自ら行うつもりになったんでしょうか? 長女金に接した者がいれば、ほじくり返したくない二年前のことを聞いた可能性があると考えたのではないでしょうか?」

 

 沙那は言った。

 しかし、沙那自身が実際にそう思っているわけじゃない。

 本当になにが起きているかを判断するには、情報がなさすぎる。

 沙那が懸命に話しているのは、宿元女が訊きたいと思っている言葉だ。

 陳達から聞いた軍営の噂から、この宿元女が有来有去のことを嫌っていて、なにかにつけて敵対視しているという事実は聞いていた。

 沙那は、それに合わせるように、有来有去を陥れるような屁理屈を言っているだけだ。

 

 人は、自分が信じたいと思うものを信じる。

 それがどんなに馬鹿馬鹿しい話でもだ。

 逆に、信じたくないと思うものは、どんな明白な証拠を突きつけられてもなかなか信じようとはしない──。

 

「有来有去がなにかを隠している……。そう言うのね、あなたは?」

 

 宿元女が言った。

 砂時計の二度目の砂が尽きた。

 宿元女は少し迷うような表情をしたが、結局、砂時計をひっくり返した。

 この砂が落ち切れば、会談は終わりだ。

 沙那たちを捕縛させるために、周りの兵たちに合図をするだろう。

 

「有来有去が怪しいのは明白です……。宝玄仙の処刑を待ってください。わたしたちが、金聖姫様の行方を探してみせます。わたしたちだけでは無理ですが、宝玄仙を解放してくれれば、賽太歳(さいたいさい)という妖魔の行方を探せると思います」

 

「賽太歳は金聖姫様を拐った妖魔ね。もちろん、そいつを追っているわ」

 

「宝玄仙の道術はもの凄いのです。宝玄仙なら賽太歳を見つけられます。宮廷道術師が束になってもできないようなこともできますし、気がつかない霊気の兆候を追うこともできます。宝玄仙を含めたわたしたちを雇ってください。その功績は宿元女様のものです」

 

 沙那は言った。

 

「話は終わりね、沙那──。残念ながら、あなたの提案には失望したと言わざるを得ないわね。もう少し、面白い話も聞けるのかと思ったけど、期待外れだったわ」

 

 宿元女が合図をした。

 部屋の中に大勢の人間が雪崩れ込んだ。

 全員が剣を抜いている。

 さらにふたりの長い外衣を身につけた男が宿元女の両側に立った。

 これまで黙っていた陳達の口が開いた。

 

「長い外衣のふたりとも、道術遣いです」

 

「結界を張っているのかしら、朱姫?」

 

 沙那は言った。

 

「そのようですね──。でも、もう遅いです、沙那姉さん。これだけの時間があれば、十分に準備をする時間がありました」

 

 陳達の姿に変化をしていた朱姫が『変化の指輪』に触れて、変身を解いた。

 陳達の姿が消えて朱姫が現れた。

 

「あら、三人目の娘がいないから、陳達の家にでも残してきたのかと思ったら、お前が陳達に変身していたということなのね。騙されたわ」

 

 宿元女が苦笑している。

 

「ねえ、宿元女様──。砂時計三回分の約束ですよ。まだ、もう少し時間が残っています」

 

 沙那は立ちあがった。

 朱姫と孫空女も身構えている。

 

「そうね──。だけど、あなたたちには失望したわ。なにかもっと情報を持っているかと探ったけど、あの宝玄仙同様になにも知らないようね。この先は、軍営で喋りなさい。わたしはもう興味がないから、あなたたちの身柄は、城郭軍に引き渡すことにするわ」

 

 宿元女と沙那たちの間に、どっと兵が入った。

 沙那たち三人を武器を構えた近衛兵が取り囲んだ。

 

「やれやれ、やっぱり、うまくいかなかったか」

 

 孫空女が肩をすくめるような仕草をした。

 

「第二案の策に切り替えるわ、孫女、朱姫」

 

 沙那は言った。

 孫空女が耳から『如意棒』を出して身構えた。

 いきなり、棒が出現したことに、周りの近衛兵からどよめきが起こった。

 

「驚いたわね。そんなところに武器を隠していたのね。今度から気をつけるわ」

 

 椅子に腰掛けたままの宿元女が言った。

 流石は、かつて、女ながらも戦場を縦横無尽に駆けたという百戦錬磨の女将軍だ。

 孫空女が武器を出しても、眉ひとつ動かさない。

 

「ところで、ご主人様と会ったのですか、宿元女閣下?」

 

 武器を向けている兵の向こうの宿元女に向かって沙那は声をあげた。

 

「会ったわ。宝玄仙は、金聖姫様の行方の手掛かりも、賽太歳のことも知らなかったわ。長女金を気まぐれで殺したということも自白した。つまらない女だったわ。さっき、その宝玄仙にかかれば賽太歳という妖魔の居場所を突き止められるとお前は言ったけど、あんな女にはなにもできないわね。むしろ、あなたの方がもう少しは骨がありそうよ」

 

 罪を自白した……?

 沙那は驚いた。

 そんなことがあるわけがない。

 

「わたしたちが長女金を殺すなどありえません。その理由などないじゃありませんか……。それよりも、長女金は軍営にいるのではないのですか?」

 

「長女金は宝玄仙が殺したのでしょう。もしかしたら、あなたたちも関与したのかしら……? まあ、わたしには、細かいことはどうでもいいことだけどね。わたしが興味があるのは、賽太歳という妖魔と浚われた金聖姫様の行方よ。それ以外のことは興味はないわ」

 

「長女金は軍営に囚われているのではないのですね?」

 

「なんど、同じことを訊くのよ、沙那。長女金が生きていれば、わたしは、長女金に訊問をしているわ。二年前にわたし自らそれをしなかったのは悔やまれるわ。よく考えれば、最大の生き証人だものね。賽太歳という妖魔を探すのであれば、長女金を調べるべきだったわ。いまとなっては、もう遅いけど……。わざわざ殺すために、結界牢を破るとはね……。あんたらには呆れるわ」

 

 宿元女は言った。宿元女の様子には嘘を言っている様子がない。

 ということは、本当に、長女金は軍営に捕らえられているわけではないということだろうか……。

 

 それにしても、宝玄仙が長女金の殺人を自白した?

 そんな馬鹿な……。

 

「もう、話し合いの時間は終わりよ──。お前たち、この三人を捕えなさい」

 

 宿元女が立ちあがった。

 

「話し合いは終わりだそうよ──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「行きます」

 

 朱姫が叫んだ。

 次の瞬間、朱姫の『影手』が宿元女の両隣りの道術遣いに張り付く……。

 

「うわっ──」

「なんだ──」

 

 あっという間に道術遣いが無力された。

 

「そ、そんな……。このふたりを無力化するなんて……」

 

 宿元女が眼を見張っている。

 この朱紫国では、能力の高い道術遣いだったのだろう。

 しかし、この部屋に入って以来、ずっと朱姫は、この部屋に自分の結界を拡げていた。

 このところの朱姫の道術遣いとしての能力が飛躍的にあがったのは沙那も知っていた。

 その朱姫が、自分に有利な結界をこの部屋全体に拡げている。

 だから、後からやってきた道術遣いがその上から結界を張ろうと思っても不完全だったのだ。

 

「朱姫、掴まんな」

 

 孫空女が大きく『如意棒』を振った。

 周囲から近衛兵が少し距離をとったので、三人の周りに空間が少しできる。

 『如意棒』の先を朱姫が両手で掴んだ。

 

「伸びろ──」

 

 孫空女が叫ぶ。

 朱姫が掴んでいる『如意棒』の先端が大きく伸びて、朱姫が天井近くまで持ちあがった。

 『如意棒』によって近衛兵たちの向こう側に進んだ朱姫の身体が、呆気にとられている周りの兵を飛び越えて、宿元女に向かって落ちる。

 

 近衛兵たちが慌てて阻止しようとする。

 しかし、間に合わない。

 朱姫が宿元女に向かって落ちるのが早い。

 

 頭から落ちる朱姫が、空中で宿元女を掴む仕草をした。

 宿元女の目が驚愕で見開いている。

 

 ぶつかった──。

 その瞬間、朱姫も宿元女も部屋から消滅した。

 

 『移動術』の道術が動いたのだ。

 爆発したような悲鳴があがった。

 

「宿元女将軍は、すでに道術で捕えたわ。術でどこかに跳ばした。わたしたちに触れると、将軍を殺すわよ──」

 

 混乱している近衛兵たちに向かって沙那は叫んだ。

 一瞬、部屋が鎮まり返る。

 しかし、すぐに冷静さを取り戻した近衛兵たちの殺気がこっちに向かうのがわかった。

 

「待て」

 

 大きな声がした。

 指揮官らしき男が近衛兵をなだめるようにして、こっちにやってくる。

 

「将軍をどこにやった?」

 

 その将校が声をあげた。

 

「きっちり、二刻(約二時間)よ。二刻で将軍は戻って来るわ。それまで待つのね。二刻以内に、なにか動けば将軍の命はないと思いなさい」

 

 沙那は言った。

 

「……沙那、朱姫の残した『移動術』の結界はここだよ」

 

 孫空女がささやいて、さっきまで朱姫が立っていた場所を視線で示した。

 朱姫は、ここから宿元女を浚う前に、沙那たちが逃げるための『移動術』の結界を刻み終わっている。

 沙那はその結界に足を踏み入れた。

 

 自分の身体が捩れる感覚があった。

 空間を跳躍しながら、沙那は自分のすぐ後を孫空女が追ってくるのを感じていた。

 

 

 *

 

 

 宿元女の裸身を吊っている縄がぎしぎしと音を立てた。

 河原に生えている樹木の大きな枝に両手首を吊られている宿元女は、沙那と孫空女と朱姫の三人掛かりで、媚薬や張形に責めたてられて、すっかりと抵抗の素振りもなくなり、悲鳴をあげ続けていたが、いまは、一刻(約一時間)も続いた連続絶頂に息も絶え絶えの状態だ。

 

 五十に近いというが、女であることに変わりはない。

 噂によれば、結婚せずにかなり、貞淑な生活を送っていたらしいから、女の部分を持て余していたのかもしれない。

 三人で寄ってたかって裸にして、宝玄仙に教えられた性技で責めたてると、あっという間に半狂乱になった。

 宿元女は、なぜ、こんな仕打ちをされるのかということも理解できず、ただ、羞恥に苛まれて、苦痛のような快感に狂った。

 

「約束の時間まで、残り一刻(約一時間)よ──。朱姫、どういう状況?」

 

「完全に仕上がっています。ここまで我を忘れさせれば、もう、『縛心術』にかかりきっている状態です」

 

 朱姫が宿元女の股間から少し口を離してそう言い、すぐに再び小枝の両端に足首を縛って閉じることのできなくなっている宿元女の股間を舐めはじめる。

 沙那は背後から張形を使って、宿元女のお尻を責めたてていた。

 孫空女は胸を、朱姫は股間をさっきから舌で責めている。

 

「ひうううっ──いぐううっ」

 

 宿元女が両腕を上にあげた状態で身体を仰け反らせて、十回目くらいの絶頂をした。

 

 ここは、長女金を結界牢から救いだした後、長女金の身体を朱姫と宝玄仙が洗って責めたてた樹木に隠された小さな河原だ。

 周囲を樹木に覆われているので、まず、他から見つかることはない。

 そこで、宿元女を責めたてることにした。

 

 目的は、宿元女に朱姫の『縛心術』を刻んでしまい役に立ちそうな情報を洗いざらい口にさせることと、宿元女の絶頂時の淫液を朱姫が飲むことで、宿元女の姿に朱姫が変身できるようにすることだ。

 宿元女の絶頂汁は、もう朱姫の『変化の指輪』に刻み終わり、いつでも変身できる。

 

 残りは『縛心術』の方だったが、それも終わったようだ。

 通常の道術遣いは、道術を持たない人間には、道術をかけることはできないが、朱姫は『縛心術』を普通の人間にかけることができた。

 しかし、それは、その対象が無防備な状態にならなければならず、朱姫は、相手を性的な絶頂に追い込んで、その心の解放に応じて、『縛心術』を刻むのを得意にしていた。

 

 百戦錬磨の女将軍の宿元女も、性的な責めにはひとたまりもなかった。

 あっという間に三人の軍門に下り、想像もしたことのない異様な快楽責めに泣き狂った。

 

 すでに陳達の家は後にしてきた。

 宿元女を責め陥すことで、宝玄仙を救出するための手段を確保しようというのは、沙那の策だが、評判も悪くない名声のある女将軍の宿元女を辱めるということについて、陳達は嫌がった。

 それで、この宿元女を責めたてる役目は、三人でやることにし、陳達は、少し離れた場所で周辺を見張っている。

 

 もっとも、沙那の策では、二刻(約二時間)後に、宿元女のふりをして、近衛軍府に戻るのは朱姫の役だ。

 それを沙那と孫空女が補佐して、宝玄仙を救出するまで、周囲に入れ替わりを気づかせないようにする。

 

 その間、本物の宿元女は、『縛心術』で意識のない状態にして、ここに隔離しておかなければならない。

 その役目は陳達に頼むしかない。

 それには同意してもらっている。

 

 すべてが終われば、宿元女からはすべての記憶を消失させてから解放するが、なにかの拍子で記憶が復活することは十分に考えられるらしい。

 残念ながら陳達には、このまま国都を捨ててどこかに逃げてもらうことになる。

 

 陳達は、西に頼れる友人がいるので、そこに向かうと言っているが、善良で真面目な仕立て職人だった陳達から、家も店もこれまでの人間関係もすべてを捨てさせて、逃亡者に仕立ててしまうことに、沙那は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 それについて、陳達はそれほど護りたい人生ではなかったと、あっけらかんと言ってくれる。

 それよりも、この数日の沙那たちとの生活がなによりも、これからの財産だと笑ってくれた。

 沙那は、孫空女や朱姫とともに、何度も礼と詫びを繰り返した。

 

 いずれにしても、いまは宿元女のことだ。

 残り一刻(約一時間)──。

 

 宿元女を浚われた宿元女の部下が、大人しくしているのは、それが限度だと思っていた。

 それ以上になると、近衛軍は動き出すだろう。

 すると、宿元女に災難があったことが知れ渡ってしまうことになる。

 

 それでも、計画は実行可能だが、さらに危険が増す策を採用することになる。

 とにかく、朱姫が宿元女に成りすますだけの情報を宿元女から引き出す。

 それができなければ、朱姫が宿元女に交替したことに気がつかれて、三人はかなり危険な状態になることになるだろう。

 まあ、そのときの第三案も、第四案も準備はしてあるが……。

 

「あぐうっ──も、もうやめてえっ──やめてぇ──」

 

 朱姫の舌でまた宿元女が絶頂して果てた。

 それとも、沙那がやっている張形による尻責めによるものであろうか……。

 沙那は、張形による尻責めを孫空女に代わった。

 沙那自身は、狂乱している宿元女の前に回る。

 

「なんでも質問していいですよ。すべてに正直に答えるように『縛心術』を刻んでありますから、沙那姉さん──」

 

 朱姫が言った。

 沙那は質問を始めた。

 沙那の問いは、宿元女の普段の生活から人間関係、信用している人物、敵視している人物、回りの人間との接し方、呼び掛けなどあらゆることに及んだ。

 もちろん、宝玄仙の状況についても宿元女が知る限りのことは白状させた。

 

 沙那はそれを頭に叩き込んだ。

 どうせ、朱姫には複雑な演技はできないし、朱姫には、ただ不機嫌なふりをしてできるだけ喋るなと言ってある。

 それを補佐するのが沙那と孫空女の役目だ。

 幸いにも宿元女には、有能だと思えば、すぐに部下として取り入れるという癖が以前からあるらしい。

 

 拐われたとはいえ、その犯人と意気投合して、そのまま部下にしてしまうというのは、いかにも宿元女がやりそうなことらしい。

 それでも面倒な者がいれば、朱姫が『縛心術』で強引に納得させる。

 それについては、沙那はなんとでもなると思うし、安心している。

 

 宿元女から聞き出した情報のうち、沙那がもっと重要視したのは、なんと、宿元女が近衛軍が宝玄仙を取り調べることに同意する王の命令書の発出に手を回していたことだ。

 宝玄仙の取り調べは、道術師隊の有来有去が一任されていたが、宿元女はひそかに国王に手を回し、有来有去を出し抜いて、宝玄仙の身柄を近衛軍府に移せという委任状を手に入れかけていた。

 そして、もう、宿元女自身が宰相にひと言告げれば、命令が出される手はずになっていたようだ。

 それを最終的にしなかったのは、宝玄仙の供述により、近衛軍府に移しても、なんの情報も得られないと判断した結果のようだ。

 

 沙那は、宿元女に成りすませた朱姫に、宰相府に行かせて、命令書の発出をさせるつもりだ。

 それがあれば、有来有去は、宿元女に宝玄仙を引き渡すしかない。

 

 そして、用済みになった宿元女をさんぜんに苛み、最後には完全に気を失わせるまで責め尽くした。

 その宿元女を強引に覚醒させ、朱姫が『縛心術』をさらに深くかけ、これまでの記憶を完全に消失させてから眠らせた。

 特に強い刺激がない限り、朱姫が起こすまで、このまま眠り続けるはずだと朱姫は言った。

 

 陳達を呼んだ。

 すでに朱姫は、宿元女の姿に変身して、宿元女の服を着こんでいる。

 宿元女本人は、陳達が準備した平服を着せてから縄で縛って岩に括りつけた。

 

「じゃあ、行きます、陳達さん」

 

 沙那は言った。

 

「ああ、気をつけてな。宿元女将軍に成りすまして、近衛軍を動かして、宝玄仙殿を引き取ってしまうなんて可能とは思わないけど、あんたらならできるのかもしれない。俺には応援しかできないが、ここで待っているよ」

 

 陳達は言った。

 

「そんなことはありません。陳達さんがいなければ、どうしようもありませんでした。とにかく行きます。それよりも、朱姫の『移動術』で三人のうちの誰かが二刻(約二時間)ごとに、ここに連絡をします。もしも、それが途絶えたら、なにかがあった証拠です。陳達さんは逃げてください。よろしくお願いします」

 

 沙那は言ったが、陳達は首を横に振った。

 

「俺の安全を確保するだけのためなら、連絡をとるために『移動術』は遣うな。道術のことは知らないが、そんなことをすれば、近衛軍府で宿元女将軍に成りすまそうとするお前らが危険になるはずだ。だから、すべてが終わるまで、ここには連絡を入れる必要はない。いいな──」

 

 陳達は強く言った。

 

「でも……」

 

「でもじゃない──。俺のことは放っておけ。事が終わって、お前たちが戻るのをここで待っている」

 

 沙那は頷いた。

 陳達の言っていることはその通りなのだ。

 沙那たちが近衛軍府で道術を不用意に遣えば、なにかの拍子で、嘘が発覚する可能性が高くなる。

 

「わかりました。そうします、陳達さん」

 

 沙那が言うと、陳達は満足そうに頷いた。

 

「じゃあ、行こうか、朱姫、孫空女──」

 

 沙那は待っていたふたりに顔を向けた。

 

「ねえ、沙那姉さん、やっぱり、あたし、宿元女将軍に成りすますなんて、まったく自信がありません」

 

 宿元女の姿の朱姫が弱音を吐いた。

 

「い、今更、なに言っているのよ、朱姫──。『縛心術』では、人を操るのは無理だから、宿元女に偽の命令をさせて近衛軍を動かし、ご主人様を引き取らせるには、『変化の指輪』じゃなければ無理だと言ったのはお前よ──」

 

 沙那は怒鳴った。

 

「そ、それはそうなんですよ。『縛心術』は操り術とは違うんです。意思に反して、なにかをさせるなんてできないんです。『縛心術』というのはありもしないものを実際にあるように錯覚させるとか、記憶を変えるとか、眠らせるとか……」

 

「わかった、わかった……。とにかく、お前が宿元女に成りすませて、ご主人様を受け取るんだ。その前に、宰相府にいって命令書も出させるんだろう。頑張んなよ、朱姫」

 

 孫空女が気楽な口調で言う。

 

「そんな、気楽に……、やるのはあたしなんですよ、孫姉さん」

 

「できるだけ、わたしたちが補佐するわ。その代わり、近衛軍府の連中に、わたしたち新入りがそばにいることを納得させてよね」

 

「でも……」

 

 朱姫はそれでも自信がなさそうだ。

 沙那は困ってしまった。

 宿元女は、自信の塊りのような強い女だ。

 朱姫が堂々としていなければ、不自然さですり替わりがばれてしまう。

 すると横で聞いていた孫空女が嘆息した。

 

「わかったよ、朱姫……。うまくいったら、あたしと沙那が一日ずつだ。その代わり延長は絶対になし。それでどう?」

 

 孫空女が言った。

 

「な、なによ、一日って──。また?」

 

 沙那は声をあげた。

 一日いうのは、朱姫の嗜虐趣味の相手になるのを一日間同意するということだ。

 一日間、なにをされても朱姫の性奴隷として朱姫の命令に従い、朱姫のことを“ご主人様”と呼ぶ──。

 

 以前に何度かやったが、朱姫の責めは容赦がなく、文字通り身心ともにずたずたになる。

 冗談じゃないと思った。

 そんなことを勝手に約束されては堪らない。

 

「やったあぁ──。あたし、俄然、やる気ができてきました」

 

 朱姫が嬉しそうに破顔した。

 

「わ、わたしは嫌よ。そんなの──」

 

 沙那は孫空女に視線を向けた。

 

「仕方ないじゃないか、沙那。今回は、こいつの頑張りに、ご主人様の命がかかっているんだ。もちろん、あたしらの運命もね。それに陳達さんの運命もだ。こいつのやる気を引き出すのは、これが一番だよ」

 

「ううう……」

 

 沙那は唸った。

 ふと気がつくと、そんな三人の様子を陳達がにやにやしながら見守っていた。

 

「わかったわ。じゃあ、行こう──」

 

 沙那は言った。

 朱姫の『移動術』が発動して、三人が跳ばされる。

 

 宿元女が戻ってくるのを待っている宿元女の側近を騙しおおせるか……。

 それにすべてがかかっている。

 

 どれだけ、朱姫が自然な宿元女を演じられるかだ──。

 孫空女の言う通り、確かに、朱姫の嗜虐に一日くらい付き合うのも仕方ないのかもしれない。

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