*
「影女、なによ、これ……。ちょっと、やりすぎなんじゃないの……?」
声がした。
女のような喋り方だが声は男だ。
その男は、不満を言っているというよりは、面白がっている。
そんな口調だった。
「この女が生意気だったんですよ、御影様。だけど、しっかりと鞭の悦びは刻み込んでおきましたよ。十回目くらいの鞭打ちのときから、痛覚と淫情が区別できなくなって、一発打つたびによがりまくっていたくらいです。それが御影様の指示だったんですよね──」
宝玄は朦朧とした意識の中で、ぼんやりとその言葉を聞いていた。
やがて、身体に温かいものが流れてきた。
全身の苦痛が弱まるのを感じた。
その瞬間、やっと自分の状態を知覚することができた。
宝玄は、床の上で全身汗まみれになって、全裸で横倒しになっていた。
いつの間にか、逆さ吊りからは完全に解放されたようだ。
宝玄はゆっくりと身じろぎをした。
すると、がちゃりと鎖の音がした。
手を伸ばすと、首輪に鎖がついていた。
顔をさらにあげると、その鎖は天井の滑車に繋がっているのがわかった。
一方で、意識を失うまで足首に嵌っていた足首の枷がないことに気がついた。
どうやら、宝玄は、やっと逆さ吊りの体勢から解放されて、鎖を首輪に繋ぎ直されたようだ。
そして、はっとした。
手が動く──。
それだけじゃない。
さっきまで、宝玄を苦しめていた股間の痒みが消えている。
手を股間にやった。
はかされていた下着がない。
宝玄は身体を起こして、床に座り込む体勢になった。
「気がついたようね、宝玄ちゃん」
影女と御影が部屋の隅にある卓に腰掛けながらこっちを見ていた。
「み、御影──」
宝玄は両手で裸身を隠しながら声をあげた。
「随分とお愉しみだったようね。どう? 素敵な体験だったでしょう? この影女は、あたしの知り合いなのよ。まあ、同じ性癖を持つ仲間というところかしら。でも、だからこそ、困ったものでね……。あたしも影女も嗜虐癖なのよ。つまり、責め手と責め手……。だから、気が合うんだけど、性欲を解消するためには、ふたりだけでは困るのよね……。いつも、もうひとり、あたしたちが責める相手が必要というわけよ」
「な、なにをぐちゃぐちゃと……」
「そういう存在がいて初めて、あたしたちの仲は成り立つのよ……。それで、あなたのことを話したら、是非にあたしたちの仲間になってもらおうってことになったのよ……。それで、どうだった? 影女の責めも悪くなかったでしょう? まあ、その様子じゃあ、訊ねるまでもないと思うけどね……」
御影が宝玄を眺めながら嘲笑った。
「ふ、ふざけるんじゃないよ。とにかく、わたしを解放しな……。それで、今日のことは忘れてやるよ」
宝玄は御影を睨んだ。
この女男に言いたいことも、やってやりたいことも山ほどある。
しかし、それはとりあえず、身柄を解放されてからだ。
もう休みたい……。
それがいまの宝玄の心からの望みだった。
宝玄が受けた心労は、宝玄にとりあえず、休むことを要求していた。
どうやら、さっき身体に受けたのは、御影が宝玄に施した『治療術』のようだ。
宝玄は、繰り返された鞭責めで全身の肌を傷だらけにして、半死半生になり、ほとんど意識を保てない状態になっていたはずだ。
しかし、身体のすべての傷が治っている。
まるで鞭打ちなど、なかったかのようだ。
ついでに、あれだけ宝玄を苦しめた股間の痒みも消えている。
とにかく、宝玄にとって、こんなに屈辱を感じた日は初めてだった。
破廉恥な姿で、しかも、股間に振動を受けながら教団本部の廊下を歩かされた。
そして、そのまま戸外に連れ出され、股間の霊具と薬剤による痒みで責められながら、城郭を歩き回さられた。
しかも、見知らぬ通行人の前で、何度もはしたなく絶頂させられた。
この見知らぬ建物に連れてこられてからは、明らかに下層階級の住民だろうという男たちから寄ってたかって鞭責めを受けた。
そういう一連のすべての屈辱が、宝玄の心に重しのようにのしかかっている。
それを取り除きたい……。
そのためには、とにかく休みたいのだ。
御影や影女に対する恨みつらみは、その心労が回復してからだ……。
しかし、元の状態に戻り、この首のいまいましい道術封じの霊具からも解放されたら、御影はともかく、この女だけは許さない──。
そう宝玄は堅く誓った。
この女に受けた恥は、絶対に忘れない……。
この部屋ですごした半日……。
宝玄は、股間に発狂するような痒みが襲う薬剤が塗られた下着の霊具をはかせられっぱなしにされ、その痒みの苦しさに、怖ろしい鞭打ちの激痛を求め狂わされたのだ。
ほんの少しでも、鞭打ちを止められると、股間から地獄の痒みが襲った。
だから、宝玄は、皮膚が破けようと、血だらけになろうとも、鞭をねだって叫び続けた。
影女が連れてきた三人の男たちは、交替で宝玄の裸身を鞭打ち続けた。
しかし、その苦痛で意識を失うことも許されなかった。
宝玄が鞭打ちの苦痛で気絶しかけると、しばらく鞭打ちをやめさせて放置させるのだ。
すると股間の痒みが襲い、宝玄は失神することができなくなる。
そして、痒みに神経までも破壊されそうになると、再び鞭打ちを始める──。
それをひたすら繰り返された。
鞭打ちが中断するたびに、宝玄は泣きながら、この影女の前で喚いた。
鞭打ちという苦痛を慈悲としてねだった。
この宝玄が……。
自分は屈服したのだ。
鞭打ちの苦痛よりも、城郭内での羞恥責めの恥辱よりも、この影女に責め陥され、この女の責めにひれ伏したという事実が、宝玄に耐えられない苦痛を与えていた。
気絶するだけの鞭打ちをしてもらうために、宝玄は屈服した……。
つまり、自分はこの影女に負けたのだ。
影女は宝玄がついに屈服しても、宝玄を解放せずに、気絶寸前まで鞭打ちし、それを股間の痒みで覚醒させるということを繰り返した。
鞭打ちを再開するために、影女はさまざまな恥辱的な行為を宝玄に要求した。
最後の最後には、気の遠くなるような痒み責めの中で、影女の足の指さえも舐めた気がする。
もはや、宝玄は、自分が一体、どの時点で気絶することに成功したのかわからない。
とにかく、いま気がつくと、宝玄は逆さ吊りからも解放されて、鞭打ちによる傷もなくなり、股間の痒みも消滅していた。
しかも、動かなかった手の自由も戻っていた。
また、宝玄の拘束は、新たに首輪に繋がった鎖だけになり、足首の拘束はなくなっていた。
さらに、影女の指示で宝玄を責め続けた三人の男はいなくなっていて、その代わりに御影が影女とともにいたのだ。
「鞭打ちの傷も、股間の痒みも取り除いてくれたのは、御影様よ──。礼くらい言ったらどうなの、宝玄」
御影の横でにやにやと笑っていた影女が言った。
宝玄はぐっと唇を噛んだ。
この女を前にすると、宝玄が屈服して、泣き喚いた記憶が甦る。
さっきまでの自分の醜態を思い出して、自分の身体が怒りで熱くなるのを感じた。
「まあ、そこまで、たった一日で追いこんでも仕方ないじゃないの、影女」
御影が笑った。
その落ち着き払った態度が余計に腹立たしい。
「と、とにかく、わたしを解放しな……」
宝玄は言った。
「いいわよ」
御影はあっさり言った。
宝玄は逆に驚いてしまった。
「その代わりに、明日もここで調教を受けると誓いなさい。そうすれば、解放するわ。ただし、その首輪は外さないわ。その首輪の下の道術封じの首飾りもね……。あたしも、そこまで、お人よしじゃないのよ。それは、明日の朝、教団本部のあたしの部屋で外してあげるから、また来なさい。そして、明日からここで調教を受けるの。残り四日続けてね。今日も含めて五日間もあたしたちの調教を受ければ、あとは自由にしても、身体があたしたちの責めを求めるはずだからね──。どうする? 明日から、ここで調教を受けると誓う?」
「誓うよ」
宝玄は即答した。
二度と御影に付き合う気はないし、明日、御影の執務室を訪ねるつもりもない。
御影が握っている宝玄の弱みのことは、時間をかければどうにでもなる。
受け入れている道術のことはあるが、それも道術契約に対抗する霊具を作ることでなんとかなると思う。
とにかく、いま一度解放されたら、絶対に御影のところにはいかないと決めている。
この首輪は霊具であり、おそらく外れないようになっていると思うが、霊具のことなら、宝玄はそれがどんなものでも出し抜く自信はある。
なにしろ、霊具作りの天才と呼ばれている宝玄だ。
なんとかしてみせる……。
いずれにしても、とにかく、なんでもいいからいまを乗り切りたいのだ。
「いいわ……。じゃあ、これを着て帰るといいわ」
御影が卓の下にあった竹籠を蹴飛ばした。
床を滑って、その籠が宝玄の前に流れてきた。
その籠の中には、ひと揃いの女用の服と靴が入っていた。
驚いたことに上下の下着まで揃っている。
影女が立ちあがった。
宝玄は、一瞬びくりとした。
そして、それを後悔した。
こんな女に苦手意識を刻まれてしまった自分に腹が立った。
影女は、背後に準備していたらしい水の入った桶を宝玄の前に運んできた。何枚かの布もある。
「どっちにしても、それじゃあ、服なんて着られないでしょう。まずは、身体をその水で洗いなさい……。そして、また、明日、遊びましょうね、宝玄」
影女が宝玄の手の届くところに、水桶と布を置いた。
宝玄は内心で舌を出した。
冗談じゃない──。
次に会うときは、逆に宝玄が影女を酷い目に遭わせてやるときだと思った。
それにしても、この影女は、やっぱり御影と同一人物ではなかったようだ。
てっきり、御影が変身術で女になって、宝玄を弄んでいるのかと思ったが、違ったようだ。
「じゃあ、店側で待っているわ。服を着終わったら、壁を叩いて合図してよね。準備するから」
突然、がちゃんと首で音がした。
首輪に繋がれていた鎖が外れたのだ。
御影が立ちあがった。次いで、影女も立ちあがる。
ふたりが反対の壁に向かって歩いていく。
「ま、待ちなよ。店ってなんだい? それに準備って?」
宝玄は訊ねた。
すると御影が笑った。
「そんなに怯えなくていいわよ──。準備というのはあんたを店の外に出す準備ということよ。この壁の向こうは、居酒屋になっているのよ。あんたも見て来たでしょう。この辺りでは、ここはかなり人気の店でね。もう、集まってきた客でいっぱいよ」
「客?」
なんことかわからない。
客がどうしたというのだ?
「そうよ。あんたは、気絶していたからわからないかもしれないけど、いまは夜なのよ。あんたみたいな美人がのこのこと出て行ったら、絡んでくる酔客もいると思うからね。あんたは、ここから歩いて帰ることになると思うけど、影女にあんたの屋敷まで送らせようと思っているのよ。道術を封じられているあんたに、なにかあっても可哀想だしね。この辺は治安が悪いのよ。それに、あんたは、いつも道術でばかり移動しているから、この一帯は不案内でしょう?」
壁の前で、御影が言った。
確かに、ここに連れ込まれたとき、数個の卓がある小さな居酒屋らしき場所があった。
看板もないような店だったが、やはり、居酒屋だったようだ。
いずれにしても、影女に送ってもらうなど冗談じゃない。
「け、結構だよ。解放してくれさえすれば、ひとりで戻るよ」
「危ないわよ。あんたは、道術が遣えなければ、力のないただの女なんだから」
御影が言った。
「必要ないと言っているだろう──」
宝玄は怒鳴った。
そのとき、宝玄は自分の耳に、白い耳飾りがつけっぱなしだということがわかった。城郭を歩きはじめる前につけられた霊具だが、この霊具には、遠方から道術で声を伝える力がある。
宝玄は、その耳飾りを外して、御影に放り投げた。
「これも要らないよ。持っていきな」
宝玄は言った。
御影が空中でその耳飾りを受け取った。
そして、その耳飾りを眺めて、にやりと微笑んだ。
「あら……。『欺騙具』じゃないの。ああ……。影法師の霊具ね……。だけど、これは装着しておいた方がいいんじゃない、宝玄ちゃん?」
御影が言った。
「『欺騙具』?」
「そうよ。これは、耳首飾りをしている者の外見をあやふやにする霊具なのよ。外に連れ出されるあんたの顔を知っている者に見られても、わからないようにするものね。まあ、顔を隠したいときに使うものよ」
驚いた。
そんな霊具で宝玄の一応の外聞を守ってくれていたとは思わなかったのだ。
「……自分の屋敷に辿りつくまで、一応は、していた方がいいんじゃない、宝玄ちゃん」
「必要ないよ──」
宝玄は言った。
いずれにしても、こいつらの得体の知れない霊具を身につけておくなどご免だ。この霊具をしているということは、霊気の流れを通じて、居場所が御影たちにわかってしまうということでもあるのだ。
とにかく、こいつらと関わりのあるすべてから逃れたい。
「まあいいわ。忠告はしたわよ……」
御影は意味ありげな笑みを浮かべると、壁をとんと叩いた。
すると壁に人が通れる隙間だけの穴がぽっかりとできあがり、ふたりがその奥に消えた。
隙間が小さかったので、よくは見えなかったが、確かに、壁の向こうは、酒場のような雰囲気の場所に思えた。
だが、ふたりが出て行ってから壁が元に戻ると、その向こうの喧騒も完全に消滅した。
宝玄は、ただひとり部屋に残された。
すぐに首輪に指を入れて、首に装着されている『道術封じの首飾り』を外そうとした。
しかし、首飾りは首輪の下にあるのではなく、内皮と外皮の中心に埋め込まれてしまっているようだ。
これでは首輪が外れない限り、首飾りは取れない。
さっきは、ただ首輪を上からされただけだったので、宝玄が意識を失っているあいだに、装着され直されたのかもしれない。
宝玄は舌打ちした。
とにかく、宝玄は、汗まみれの身体を拭き、体液でべっとりと濡れた股間を洗った。
そして、籠の中に服を手に取る。
意外なことに、ここにやってきたような破廉恥な服ではなく、普通の生活着だ。下袍の丈も膝下くらいまである。
宝玄はほっとした。
ここで宝玄を解放するというのは、少々不気味だが、とにかく、これで終わったのだという安堵感が心に拡がる。
着替えが終わった。
宝玄は、さっき御影たちが出ていった壁まで歩み寄って、慎重にこちら側から戸を叩いた。
「み、御影……。わ、わたしだよ……」
宝玄は戸に口を接触するようにして、その向こう側に声を抑え気味にかけた。
すると、目の前の壁の全部がすっと消滅した。
強い光が当てられて、宝玄は一瞬だけ眼がくらんだ。
大きな歓声が響き渡った。
「あっ──」
宝玄は思わず声をあげた。
眼の前に拡がったのは、この建物に連れ込まれるときに、通過してきた狭い居酒屋などではなかったのだ。
もっと広くて、見世物小屋のような場所がそこにあった。
集まっている客は五十人はいるだろう。
ほとんどが男だ。
その視線が宝玄に集中していた。
しかも、宝玄は客席側ではなく、見世物を演じる数段高くなった台側に立っている。
宝玄は驚愕した。
どういうことなのかわからなかったが、おそらく、最初に入った壁とは、そもそも違う壁から出たに違いないと思った。
つまり、御影たちの簡単な仕掛けに騙されたのだ。建物の外に向かう壁に向かうと思わされて、さらに奥に向かう壁に進んだのだろう。
しかし、それ以上、考える暇もなく、両脇から腕を男の手に掴まれていた。
いなくなったと思った赤毛と太っちょだ。宝玄をさんざんに鞭打って半死半生の目に遭わせた連中だ。
すぐ横に痘痕面もいる。彼らは上半身が裸だった。
その三人に宝玄はいきなり捕まえられて、台の中央に引っ張り出された。
「待ちかねたぜ、あんた」
「へへ、だけど、こんな顔だったかな……? さっきの雰囲気が違うな」
「まあ、気にすんなよ。貴族女であることには変わりねえんだ」
さっきは、『欺騙具』を装着していたから、それを装着していない今とは見た目が異なるのだろう。
それに気がついて、宝玄は愕然とした。
だったら、いまは宝玄は素顔を晒してしまっているということだ。
「それでは、今夜の特別芸妓を紹介します」
いきなり口上が告げられた。
声は影女だった。
少し離れた台上に立っていて、宝玄を紹介するような仕草をした。場内の割れんばかりの拍手が宝玄に注がれた。
騙された──。
宝玄は自分の顔からさっと血が引くのがわかった。
とにかく、この場から逃げようと思った。
「は、離せ──」
宝玄は暴れまくったが、三人がかりの男たちに敵うわけがない。
あっという間に宝玄の両足首に鎖付きの足枷が装着された。
「お前は、やっぱり、逆さ吊りが似合うよ、宝玄。さんざんに逆さ吊りをしたのは、今夜の練習のようなものさ……。それに、解放されたと思ったのに、そうじゃないとわかるのは、堪らない衝撃でしょう? ふふ……、その悔しそうな顔……。ぞくぞく、しちゃう……」
影女が寄ってきて、宝玄の耳元でささやいた。
「な、なんだと──」
かっとして、平手で影女を引っぱたこうとした。
しかし、影女はさっと離れていく。影女だけではなく、三人の男たちも台の隅に移動した。
宝玄は大勢の見物客が見ている台上の中心でただひとり残された。
すると、足首の枷に繋がる両方の鎖が徐々に天井方向に上昇しはじめる。
「う、うわっ」
両方の足の裏が同時に床から離されて、宝玄はその場に尻餅をついた。
そのまま、さらに鎖は上昇して、宝玄は両脚を左右から引っ張られた完全な逆さ吊り状態になった。
吊られた身体がくるりと回転して、顔が観客側を向くように固定される。
さっきはいたばかりの下袍が腰から胸に垂れ下がった。
「おおおっ──」
露わになった下着に、観客たちが歓声をあげた。
宝玄は慌てて、両手で下袍の裾を押さえた。
それでも、隠せるのは股間の部分だけで、そこから上は完全に剝き出しになった太腿が露出している。
逆さ吊りになった視界から御影の姿が見えた。
床の上に直接座って演台を注目している観客に対して、御影は壁際に準備された椅子に腰かけていた。
その横には、影法師と名乗った男もいる。
ふたりは、談笑しながら台の上で逆さ吊りにされた宝玄の姿を笑っていた。
「さ、最初から、これが魂胆だったんだね……。ゆ、許さないからね……。お、覚えてなよ、影女……」
宝玄は同じ台上にいる影女を罵った。
「お前って、本当になかなかくじけないわねえ……。実際のところ、この夜の見世物に出すときには、すっかりと心が折れていると思ったわ。さすがに、御影様が性奴隷にしようと考えた女だけあるわね。外見もきれいだけど、その気の強さは、まさに被虐を受けるために生きていたようなものね……。とにかく、忘れられない夜にしてあげるわ。それだけは約束する」
影女は懐からなにかを出した。
宝玄は逆さ吊りの目を大きく見開いた。
影女が持っていたいのは、小さな刃物だった。
それを持った影女が両脚を吊られている宝玄の背後に回った。
そして、宝玄がはいている股布に手をかけると、布を切り裂いて、宝玄から下着を取り去った。
「なっ」
宝玄は股間に触れる外気に、思わず悲鳴をあげそうになり、それをかろうじて飲み込んだ。
影女がこれ見よがしに、宝玄から取り去った下着を観客にかざしながら放り投げた。
観客席から大歓声が起きた。
「さあ、準備ができたわ。せいぜい頑張ってちょうだい──。さあ、あんたたち──」
影女が宝玄に意味ありげな声をかけてから、台上の横に声をかけた。
すると、さっき、台上の横に引っ込んだ男たちがなにかを持って戻ってきた。
先頭は太っちょであり、手錠を持っている。
その手錠が、下袍の裾を押さえている宝玄の両手首に嵌められた。
「な、なんだい?」
なにが始まるのかわからなかった。
とにかく、わかっているのは、宝玄が押さえている下袍の下は、すでになにもはいておらず、この両手を離した瞬間に、宝玄の股間が露わになるという事実だ。
そして、太っちょが引っ込み、赤毛が宝玄の前に出てきたとき、宝玄はこの演出の意地の悪さがわかった。
赤毛が持っていたのは丸い留め金のついている金属の塊りだ。
その留め金をたったいまかけられた宝玄の手首に嵌っている手錠の鎖に引っ掛けた。
「あくっ」
ずんという重さを感じて、思わず宝玄は声をあげた。
宝玄は女としての力のない方だろう。下袍を押さえている宝玄の手が金属の重しのために下に引っ張られる。
「もうひとつだぜ」
痘痕面が出てきて、同じ重りをやはり手錠の中央に掛けた。
「ひ、卑怯者……」
さらに強い力が宝玄の両手を下にさげる方向にかかる。
宝玄はうめき声をあげた。
「お前の腕が力を失って、下袍が全部垂れ下がったら、それが演目の開始の合図よ。こんなところで、恥をかきたくなければ、せいぜい頑張るのね、宝玄──」
影女が大きな声で言った。
「宝玄……?」
「天教の巫女の……?」
「まさか……」
その影女の言葉で、大きくなりかけていた歓声が一時止み、その代わりに観客の中からどよめきのような声が起こった。
そして、そのざわめきが次第に大きくなる。
「か、影女、お前……」
宝玄は両手にかかる負荷に耐えて下袍を押さえながら、宝玄の名をばらした影女を睨みつけた。