「……五十一、五十二、五十三──、あっ、出た」
朱姫が声をあげながら、男根をしごいていた手をさっと離して、
鴨居に両手を吊られて、青竹により開脚縛りで廃小屋の真ん中に立たされている黒倫の怒張から白濁液の塊りが飛んで床を汚す。
「た、頼む。も、もう、やめてくれぇ──」
黒倫が泣き声をあげた。
「情けない声を出すんじゃないよ。これだけの美人が揃いも揃って交替で、お前の肉棒を刺激してやってんだよ。嬉し泣きするならともかく、やめてくれはないじゃないか。ほれっ、頑張って道具を勃たせな。次だよ、黒倫」
宝玄仙が手にしている細い竹棒で、だらりと力を失った黒倫の肉棒を持ちあげるように動かした。
しかし、力を失った黒倫の肉棒は完全に柔らかくなり、もう勃起の気配はないように沙那には思えた。
「次は誰の番だったかねえ……。ああ、沙那かい。じゃあ、沙那がやりな。こいつが憎いだろう。たっぷりと復讐しな。これからが仕置きだよ。いままでは、ただ気持ちよくて精を出していただけだからね」
「で、でも……」
沙那はすっかりと意気消沈してうな垂れている黒倫に視線を向けた。
全裸で手を上方に吊られて、両脚を拡げられている黒倫の股間のものは、黒倫本人と同じように、完全にうな垂れている。
この状態から手でこすって精を出させろと命じられても、どうしていいかわからない。
「とりあえず、擦ってみな、沙那」
「わかりました、ご主人様」
柔らかいままの黒倫の肉棒を摘まんで手で擦ってみた。
「ううっ」
黒倫がびくりと身体を震わせて情けない声を出した。
沙那は、宝玄仙の命じるまま、しばらく手で包むように擦ったが、なかなか黒倫の一物は硬さを取り戻さない。
それはそうだろう。
沙那も男の生理についてはよく知らないが、女とは違って、男は連続では精は出せないはずだ。
朱姫、沙那、孫空女の順で繰り返し、拘束した黒倫の男根を刺激して精を強制的に出させているが、もう三周り目だ。
つまり、ここで黒倫は、七回の精を床に吐き出さされたことになる。
男がどれくらいで精を出せなくなるのかはよくわからないが、さすがに、もう限界ではないのだろうか。
沙那が安丘の城郭で路銀を稼ぐために、宝玄仙ら三人を置いて、ひとりでこの廃小屋を出掛けていったのは、昨日の早朝のことだ。
路銀については、城郭で体術の野試合をすることで十分に稼いだのだが、そのときに黒倫と騒動を起こし、その黒倫が沙那にやられた腹癒せとして、沙那を罠にかけて浚い、輪姦したうえに妓楼に売ろうとした。
沙那は、浚われてひと晩経った今朝に、宝玄仙と孫空女と朱姫により救出されたのだが、そのとき、宝玄仙は黒倫だけを連れて、朱姫の『移動術』でここに戻ってきたのだ。
朱姫の『移動術』により不意に消えたので、道場に残された門弟たちは、まず、この場所はわからないだろう。
わかったとしても、いまは以前の宝玄仙並に道術が強力になりつつある朱姫が、この廃小屋全体に結界を張っている。
道術なしに外からでは侵入できないし、この廃小屋の気配が外に漏れることはない。
沙那としては、ひと晩も自分を好き勝手にいたぶってくれた黒倫をどうしてやろうかと復讐の心を燃やしていたが、面白がった宝玄仙が、連れてきた全裸の黒倫を小屋の真ん中に立位で拘束し、男根を玩具にして精を出させ始めると、その気も小さくなっていった。
黒倫が気の毒とは露ほども考えてはいないが、できればこれ以上の関わりをやめたい。
そんな気持ちだ。
宝玄仙は、黒倫を動けなくして、股間にぶらさがった一物をさんざんに弄くっては、黒倫から情けない声を絞り出させていたが、やがて、沙那たち三人に順番に黒倫から精を出させることを強要したのだ。
最初は快感に顔を歪めていた黒倫も、ふた周り目になるとその表情が苦痛に染まったものに変化した。
いま、三周り目で沙那が出させれば連続八回目の精ということになる。
もっとも、いま現在では、沙那がどんなに擦っても、これ以上勃起しそうにはない。
「ご、ご主人様、これはもう無理なのでは……?」
沙那は視線を宝玄仙に向けた。
「仕方ないねえ──。こら、お前、安丘では、よく知られた悪党だったようだけど、それにしちゃあ情けないんじゃないのかい。十回目でも、二十回でも精を出してみせな」
宝玄仙はそう言って、いきなり黒倫の股間に手を伸ばすと、その睾丸をわし掴みした。
沙那はびっくりした。
「ぐわああっ──。はがあああっ──。や、やめてくれっ──た、頼むうっ」
黒倫が全身を激しく反り返らせて絶叫した。
それでも宝玄仙は、睾丸を握りしめた手を離さない。
どうやら掴んだ睾丸を力を込めて握り揺らしているようだ。
黒倫が発狂したような声をあげて拘束された身体を暴れさせた。
「ちっ、髄分とでかい玉を持っているくせに、もう、射ち止めかい。どうしても勃たないようだね──。こんなに刺激してやっても、硬くなりやしない」
やがて、やっと宝玄仙が舌打ちして手を離した。
ほとんど悶絶寸前だった黒倫が全身に脂汗をかいたまま、がくりと脱力した。
「だけど、こんなものじゃあ、まだ、肚の虫は収まらないだろう、沙那? これで終わっちゃあ、こいつは美女四人に責められて、いい気持ちをしただけで終わってしまうだけだしね。殺しはしないけど、きっちり、心に傷をつけてやるつもりなんだ。まだまだ、仕置きは足りないよ、そう思うだろう、沙那?」
「そ、そうでしょうか……」
沙那は言い淀んだ。沙那の眼には、完全に黒倫には、もうすでに心の傷ができたように思う。
かなり、自尊心の強そうな男だったが、女に拘束されて性器を弄ばれるという屈辱を受けて、いまは見る影もなく情けない声をあげている。
「まあ、しょうがないね、じゃあ、これ以上、一物を責めるのは勘弁してやるよ。ところで、お前、尻で遊んだことはあるのかい?」
宝玄仙が黒倫に言った。
まだ、黒倫への責めを続けるつもりらしい。
沙那は鼻白んだ。
「はっ?」
黒倫が顔をあげた。質問の意味がわからなかったのか、それとも、聞いていなかったのかわからないが、呆気にとられた表情をしている。
すると、宝玄仙がぶらさがっている睾丸を下側から竹棒で打ち据えた。
「はがああぁぁ──」
黒倫が発狂したような悲鳴をあげて全身を揺すぶった。
「ちゃんと、緊張していないかい。質問には即答だよ、黒倫。女の尻で遊んだことはあるんだろうけど、逆にこの尻をほじられたことはあるかと訊いているんだよ」
宝玄仙は立ちあがると、黒倫の背後にまわり、尻の孔を竹棒の先でつつきだす。
「ひ、ひひおおっ、そ、そんなこと……」
黒倫の口調は恐怖に包まれている。
「あるのか、ないのか、はっきりしな──」
「な、ない……」
黒倫はいまにも泣きそうな顔になった。
「そうかい。初めてかい。それはいいねえ」
宝玄仙は棒を引いて笑い声をあげた。
そして、その黒倫の情けない表情に、宝玄仙がますます悦に浸った表情になる。
その顔には、昂ぶる嗜虐心がありありと浮かび出している。
宝玄仙がこの顔になったら、もう始末には終えないことを沙那は知っている。
ただ、幸いなことは、今日は、その対象に黒倫がいる。
それだけは救いだ。
「じゃあ、沙那と孫空女で、こいつの尻にこの油を塗ってやりな」
「こ、これは?」
宝玄仙が差し出したのは、陶器の瓶に入ったなにかの液体だった。
「あの道場にあったものさ。ただの菜種油だよ。経験がないんじゃあ、いきなり張形を挿せば肉が裂けるかもしれないからね。それでも構いはしないんだけど、まあ、情けだよ」
宝玄仙が沙那に油瓶を押しつけた。
「ねえ、あたしもやるのかい、ご主人様」
孫空女が嫌な顔をしている。
「当たり前だよ。駄々をこねると、こいつの尻を舌で舐めさせるよ。こんな男の尻なんて舐めたくないだろうから、張形でほじるだけにしてやっているんだ。勉強だと思って、こいつの尻を張形を受け入れられるように調教してみな」
宝玄仙がぴしゃりと言う。
「や、やめてくれ」
これから本当に尻をいたぶられると悟って、黒倫が悲鳴に近い声で喚きだす。
「しょうがない、やろうか、沙那。気が進まないけど……」
「うん」
沙那は孫空女とともに、黒倫の背後に回って、しゃがみ込んだ。
こんな尻に触るなんてまったく気が進まず、自分たちが嗜虐されている気分になるが、拒否すれば宝玄仙に今度はなにをさせられるかわからない。
大人しく命令されたことをするしかない。
孫空女とふたりで、黒倫の尻たぶをつかんで、左右に開いた。
油瓶の蓋を開けて、小皿に取り、油を指にまぶして代わる代わる黒倫の肛門に指を入れて、油を塗り始めた。
「よ、よせ……あ、ああ……よさんか……あううっ」
女に尻をいじくられるのが、恥辱であるのか、それとも快美であるのかわからないが、黒倫の身体を左右に悶えさせる仕草は、明らかに快感を示しているように沙那には思えた。
孫空女とふたりで、粘り強く肛門に油を塗りいれていくと、だんだんと奥にまで指を受け入れるようになり、驚いたことにまったく垂れたままでいた性器の屹立がむくりと大きくなった。
「おお、元気になったじゃないか。じゃあ、朱姫、もう一発、抜いときな」
宝玄仙が手を叩いて喜んでそう言った。
「じゃあ、沙那姉さん、あたしにも油をください」
朱姫がそう言って黒倫の前側にしゃがんだ。
沙那は、大きく開脚している黒倫の股越しに油の入った小皿を手渡す、
朱姫が油を手にたっぷりとつけて、大きくなった黒倫の怒張の先端の皮がむけた部分に油をまぶし始める。
黒倫には、もう反撥の気力もないようで、快感に染まった声を出し始めた。
「じゃあ、いきますよ、黒倫さん……。一、二、三……」
朱姫は、さっきと同じように黒倫の恥辱感を呷るように数をかぞえながら黒倫の男根をしごきだす。
黒倫がまた泣くような声をあげて身体を震わせはじめる。
「ほら、どうしたんだい、黒倫──。沙那の話によれば、お前はうちの沙那の手足を縛って、体術の試合をさせていたぶったそうじゃないかい。お前も武術家の端くれなら、女相手に責められて情けない声を出すばかりじゃなくて、少しでも抵抗するか、せめて、啖呵でも切ったらどうなんだい」
宝玄仙がまた竹棒を伸ばして、無防備な睾丸をつつき出した。
抵抗しろと言っても、さすがにそれは不可能だ。
黒倫の両手は束ねて天井からしっかりと吊っているし、両脚は竹竿で開脚して、その竹竿も床から離れないように木杭で固定しているのだ。
そうやって前後から黒倫を責めるうちに、黒倫の肛門は、次第に柔らかくなり、ついには、沙那の人差し指の付け根まで受け入れるようになった。
沙那が新しい油を指につけて、黒倫の肛門の奥側を回すように伸ばしていると、黒倫がひと際大きな声をあげて身体をびくりと動かした。
「……三十一、きゃあっ──」
黒倫の怒張を擦っていた朱姫が悲鳴あげた。
どうやら飛び出した精を正面から顔に受けてしまったようだ。
「も、もう、冗談じゃないですよ──。出すなら、出すって言ってよ」
朱姫が腹を立てて、黒倫の男根の鞘の部分を力いっぱい握った。
「はがああっ」
黒倫が絶叫した。
そして、小刻みに身体を震わせはじめた。
「おやおや、こいつ、泣きだしちゃったよ。つくづく、情けない男だねえ」
宝玄仙が呆れた声をあげた。
沙那も顔をあげた。背後からはよくわからないが、どうやら黒倫は泣き出したらしい。
「汚いなあ、もう……。ご主人様、ちょっと、拭いてきますね」
朱姫が立ちあがった。
「ついでに、こいつが床にぶちまけた精も拭いておくれよ、朱姫」
「はい、ご主人様」
朱姫が部屋の隅にある荷物置きから水筒の水と布を出して、顔を拭くとともに、床を掃除し始めた。
「お前たちは、そろそろ、いいんじゃないかね。次は張形を入れてやりな」
宝玄仙が言った。
「どれにする、沙那?」
性具を集めた葛籠はそばに置いていた。
孫空女が中から三本ほどの張形を出す。一本は尻用の細めの凹凸のあるもので、残りは大人の男根を模したものだ。一本は通常の黒倫のものと同じくらいの太さで、もう一本はさらにひと回り太い。
「さあ……」
沙那たちだったら、一番太いものでも受け入れることはできるとは思うが、黒倫にはどれを使えばいいのだろうか。
やっぱり、一番細い尻用のものを使えばいいのだろうか……?
「一番、太いのでいいよ。少しは痛いだろうけど、これは沙那に手を出した罰だからね。他のじゃあ、気持ちよくなって、罰じゃなくて褒美になっちまうよ」
宝玄仙が口を出した。
「じゃあ、これだね」
孫空女が一番太い張形に菜種油を垂らしてからそれを手で伸ばし、黒倫の肛門の入口にあてがった。
「うおおっ」
黒倫が昂ぶった声をあげて、全身を痙攣させはじめた。
「血が出るくらいは我慢しなよ、黒倫。今度からは、相手を確かめてから女に手を出すんだね。言っておくけど、これくらいで済めば、宝玄仙の仕返しとしては生ぬるいくらいさ。道術が遣えれば、その一物を斬り落としてやるところだけどね」
宝玄仙がせせら笑った。
「ぐおおっ……も、もう、それ以上は……ああっ」
孫空女が力任せにどんどん張形を黒倫の肛門深くに押し入れていく。
それでも、油をしっかりと塗っていた十分な潤滑のお陰で、黒倫は苦痛の呻きとともに、太い張形を受け入れていく。
「おあ、ああっ……」
黒倫の身体の震えが大きくなる。
「女みたいな声を出すんじゃないよ、黒倫」
宝玄仙がまた竹棒で睾丸を叩く。
さらに黒倫の泣き声が大きくなった。
「まだ入るのかな……」
孫空女がそう言いながら、さらにぐいと挿した。
「ほおおっ」
黒倫が身体を仰け反らして奇声をあげた。
孫空女が張形を深くまで強引に突き挿したとこで、張形を咥えている肛門に隙間から血が滲み始めた。
「おや、やるじゃないか、黒倫。また、勃ったじゃないかい──。朱姫、出番だよ」
驚いたことに黒倫の怒張は、張形を突き挿されることで、また反応を示して、天井に向かってそそり勃ったのだ。
床を拭き終っていた朱姫が、また、黒倫の前にやってくる。
「今度は、出す前にちゃんと言うのよ」
朱姫が黒倫の男根の付け根をぎゅっと握って上下に強く動かした。黒倫は悲鳴をあげる。
「一、二……」
朱姫が数を数えながら男根をしごきはじめる。
「これで九発目かい? 大したもんじゃないかい。見なおしたよ、黒倫」
朱姫が刺激を与えている横から、宝玄仙が竹棒で黒倫の睾丸を突く。
黒倫が激しい嗚咽をしはじめた。沙那はさすがに驚いた。
「ほら、後ろのお前たちも、休むんじゃないよ。今度は沙那がやりな。ゆっくりと出して、また、奥まで入れるんだよ。それをふたりで繰り返すんだ」
「で、でも、ご主人様、血が……」
張形の隙間から血がぽたぽたと落ち始めている。どこかを切ってしまったかもない。
「血なんか関係あるものかい。お前を痛い目に遭わせた悪党じゃないかい。お前以外にもどれだけの女が、こいつに犯された挙句に売り飛ばされたかわかりゃしないんだ」
「で、でも……」
沙那はうんざりした。
もう、やめたい。
いまは、沙那たちが嗜虐されている気分だ。
「それに、こいつはこいつで気分出しているんだよ。男は快感を覚えなければ、絶対に勃たないんだ。ましてや、こいつは、これで九回目だよ。明日からは、尻をほじられなければ精を出すことができなくなったかもしれないよ。それくらい被虐の酔いに染まっているんだよ」
宝玄仙がさらに大きな声をあげた。
それはそうかもしれないが……。
とにかく、情けなく泣いている黒倫は、屈辱に震えているというよりは、確かに、快感に酔っているようにも思える。
言われてみると、悶えるような腰の動きは、黒倫に芽生え始めた被虐性の快感が込みあがっている現れにも見えないことはない。
「三十一、三十二……。ねえ、ご主人様、十回まで精を出すことができたら、ご褒美に黒倫のこのお毛々を剃ってしまいませんか?」
朱姫が手を動かしながら笑って言った。
「いいねえ──じゃあ、その役は沙那にやらせるかね」
宝玄仙が悦んだ。
「で、出る──」
黒倫が呻いた。
そして、九発目の精を床に飛ばした。
*
早朝といえる時間だった。
なにかの見世物でもしているのかと思ったが、それにしては怖ろしく早い時間だ。
まだ、夜が明けてから一刻(約一時間)も経っていない。
この時間に、これだけの人間が集まっているというのも奇妙だ。
小二郎は、愉快そうに笑ったり、あるいは、指を差してなにかを喋っている見物人を割って入り、その人だかりの中心に近づいた。
「あっ」
思わず声をあげてしまった。
輪の中心にいるのは、あの黒倫だった。
だが、大勢の人間が見物しているのは、その奇妙な姿だ。
左右の手首をそれぞれ左右の足首に縛られて尻を空に向けている。
しかも全裸だ。
首には鎖が巻きつけてあり、首が石畳の地面から離れないように、金属の小さな杭が首の両側に打ちつけてあり、首に巻いた鎖が地面に固定している。
しかも、尻には太い張形が突き挿さっていて、声が出せないように黒倫の口には布片が押し込まれて猿ぐつわがしてある。
つまり、黒倫は大通りの真ん中で、顔を石畳につけて、尻を高くあげたみっともない恰好で全裸で晒されているのだ。
しかも、その尻に張形が突き挿さっているという仕打ちまでされてある。
これ以上恥辱的な恰好というのは、小二郎もさすがに思いつかなかった。
黒倫は泣いているような表情だったが、その視線と小二郎の視線がぶつかった。
黒倫は、猿ぐつわ越しに、なにかを懸命に叫び出した。
その姿があまりにも珍妙で哀れなので、集まった見物人がさらに笑い合った。
平素、威張り散らして市民に迷惑をかけながら歩いているような男である。
集まった民衆は、笑い者にはすれ、同情する者は皆無のようだ。
「黒師範の旦那、いま、助けますから──」
小二郎は駆け寄った。
しかし、なにかに阻まれて近づけなくなった。
小二郎と黒倫の距離は、ほんの少しで間にはなにもない。
しかし、ある一定のところまでは近づけるのだが、そこから先には進めないのだ。
「なんだ?」
思わず小二郎は声をあげた。
「無理だよ。さっきから、何人かが試したけど、透明の壁のようなものがあって近づけないんだよ。なにかの道術じゃねえかって、みんなで言ってんだけどな」
小二郎のたまたまそばにいた男が言った。
「道術?」
小二郎は声をあげた。
道術といわれて、思い出すのは霊具だが、これはそういうものとは違って、術遣いが施した本物の道術のようだ。
術遣いは、国都の宮廷にいる道術師隊が有名だが、この辺りの城郭では、行政府付の道術師がひとりいるだけだ。
道術だということは、その道術師がいなければ、誰も黒倫をあの姿から解放することができないということになる。
「なんで、こんなことになってんだ?」
小二郎はその男に訊ねた。
「さあね。とにかく、夜が明けたときには、ああやって奇妙な恰好で晒されていたらしいな。黒師範を解放して事情が訊ければ、誰の仕業かわかるのだろうが、さっきも言った通り、誰も近づけないんだ」
「役人に誰か知らせに行ったのか?」
「さあね。そんな親切な奴がここにいるかなあ。はた迷惑な男だからな。もう少し恥を晒せばいいんじゃないか」
男がそう言って笑ったとき、小二郎は、ふと、昨日のこの場所で体術の野試合をしていた沙那とかいう女のことを思い出した。
昨日のことだ──。
小二郎は、黒倫に命じられて、小金をもらって沙那の後をつけてから、城郭を出ていったことを黒倫の門弟に教えたのだ。
それからどうなったかは知らないが、黒倫は、時折、若い女を浚っては道場に連れ込んで、弄んだ挙句に妓楼に売り飛ばすということをやっていた。
もしかしたら、あれから黒倫は、あの沙那を相手にそれをやり、逆に仕返しをされて、こうやって晒されたのではないだろうか──。
そのとき、小二郎は急に恐ろしさを感じた。
そうだとすれば、沙那を黒倫が拐ったことについて、小二郎も一枚噛んでいないことはない。
沙那、あるいは、その仲間は、小二郎にも復讐をしようとしないだろうか……。
小二郎は慌ててその場を立ち去ることにした。
その背中に、懸命になにかを訴えようとしている黒倫の声が浴びせられた。
小二郎はそのまま逃げた。
振り返ることなく。
(第48話『卑怯者の報復』終わり)