315 女妖魔の悔悟
辺境に入って一日経った。
四人の野宿は馴れたものだったが、今夜は違う。
四人は四人でも、宝玄仙がいないのだ。その代わり、宝玄仙が浚われた原因を作った
沙那は、四人分の牛の乾し肉を焚火で炙った。
脂が溶けていい匂いが漂い始めた。
闇の中で燃える火の中に滴った脂がじゅっと燃えて気持ちのいい音を立てるとともに、炎が大きくなる。
「さあ、調教の時間ですよ、七雌妖さん」
朱姫が愉しそうに声をあげて、立木に縛られている七雌妖に詰め寄った。
「ひいっ──。も、もう、勘弁しなよ、朱姫」
「なに言ってんですか。まだまだ、なんにもしてないじゃないですか」
朱姫はくすくすと笑いながら、七雌妖の耳元でなにかの呪文のような言葉をささやいた。
七雌妖の顔が悔しそうに歪んだ。
おそらく、朱姫がささやいたのは、なにかの暗示の言葉なのだろう。
その言葉をささやかれたが最後、朱姫の言葉に一切逆らえなくなるのだ。
朱姫の『縛心術』だ。
沙那もさんざんに、同じようにされて朱姫に弄ばれた。
もしかしたら、朱姫はそういう鍵となる暗示の言葉を沙那の身体にもまだ残しているのかもしれない。
朱姫という少女は、そういう娘なのだ。
もっとも、見た目が十六の朱姫も、実際の年齢は二十に近い。
本当は娘という年齢でもないのだが、あの無邪気さは、やはり、見た目そのものの精神年齢に間違いない。
「ふふふ、悔しいですか、七雌妖さん? あたしの言葉に逆らえないというのが……。膝を立てて、大きく脚を開くんですよ。そうしなければならないような気持ちになるでしょう?」
朱姫が立木に胴体と両手を縛られている七雌妖の前で手のひらを左右に大きく開く仕草をした。
七雌妖の立て膝がその手の動きに合わせて、大きく開かれていく。
「あっ……ああ、こ、こんな……く、くそっ」
操られているという事実に七雌妖の顔に悔しさが浮かんでいる。
七雌妖が身に着けている服は、左右から合わせた布を腰帯で留めただけの着物だ。
下着など一切を身に着けていない。
膝立てをして開いたりすれば、腰から下の部分は、左右にまくれ上がり無防備な股間を晒すことになる。
実際、七雌妖のてらてらと光る股間が焚火の灯りの前に曝け出された。
「そんなに時間は経っていないけど、だいぶ、朱姫の手業に馴れて来たんじゃないですか、七雌妖さん?」
「そ、その薬はもうやめてえっ」
七雌妖が引きつった声をあげている。
ふと見ると、朱姫の手には小さな白い小瓶がある。
北辺の町に到着するまでに、買い溜めていた責め具のひとつで、他愛のない催淫剤だ。
それを塗られれば、濡れられた部分がどうしようもなく熱くなり、刺激が欲しくて堪らなくなるらしい。
沙那に言わせれば、宝玄仙の責め具の中では、一番緩いものであり、大したものじゃない。
宝玄仙の使う薬剤には、疼きよりも痒みが激しくなるという薬剤もある。
あれだけは堪らない。
あの掻痒剤を塗られれば、沙那も泣き叫んで哀願するしかなくなるが、性的な疼きが発生する薬くらいどうということはないと思う。
もっとも、そう言ったら、孫空女は笑ったものだ。
沙那が敏感すぎる身体をしているから、身体が淫乱になる催淫剤が効かないだけだというのだ。
そんなものを使われなくても、沙那の身体があっという間に興奮してしまうくらいに感じ易いから、薬剤を使われても身体の変化がわからないのだと孫空女は言う。
そうかもしれないが、沙那と大して変わらないくらいに敏感な孫空女に言われたくはないものだ。
朱姫が、その催淫剤を塗っているのは、七雌妖の淫肉の頂点の肉芽だ。
宝玄仙が多目怪という七雌妖の育ての親の妖魔に浚われてから一日以上が経っている。
七雌妖を連れてそれを追う旅が始まっているが、その間、七雌妖は沙那たちの人質のようなかたちになっている。
その旅の途中、少しでも暇があれば、朱姫は七雌妖の身体を責めては性的ないたぶりをするということを続けている。
宝玄仙を数日間監禁して嗜虐したばかりではなく、沙那たちの記憶を操って宝玄仙から遠ざけようとしたことに対する罰として、沙那は朱姫のこういう嗜虐を許している。
それに、七雌妖という相手がいれば、沙那も孫空女も楽ができる。
この宝玄仙の嗜虐癖の愛弟子のような朱姫は、宝玄仙がいなくても、隙があれば、道術を遣って沙那や孫空女に嗜虐の相手をさせようとする。
しかし、七雌妖がいることで、そういう朱姫の嗜虐癖の一切を七雌妖に押し付けることができるのだ。
沙那としては、それもありがたい。
「肉は、そろそろいい感じだね」
孫空女が炙っていた肉の向きを変えながら、軽く塩をふりかけた。
「もう、食べられるわよ、朱姫……。どうするの?」
沙那は、まだ七雌妖の股間に薬剤を塗りたてて、七雌妖を悶えさせている朱姫に声をかけた。
「ちょっと待ってください、沙那姉さん。責め環だけ、嵌めてしまいますから」
七雌妖の曝け出している股間に顔を埋めたような態勢の朱姫が、こちらに視線を向けることなく言った。
朱姫の手には、小さな金属の指輪のようなものが握られていて、金属の輪の三方向には、これも小さな細い鎖が取り付けてある。
あれは、宝玄仙や朱姫が『責め環』と呼んでいる淫具だ。
あの輪を肉芽の根元に嵌めて締めつけて鎖で固定するのだ。
「ひいいっ、な、なにするつもりなのよ、朱姫──」
七雌妖が引きつったような声で叫んでいる。
しかし、朱姫の『縛心術』にかけられている身体はほとんど動かない。
朱姫は鼻唄をうたいながら、七雌妖の股間に顔を沈めている。
「沙那姉さんも孫姉さんも、こっちにきてよく見てみませんか? この『責め環』がどんな風に股間を苛むのか知りたくないですか?」
朱姫が言った。
「まあ、確かにそうかなあ……。見にいく、沙那?」
孫空女が炙りあがった肉を焦げないように石に離して置き直しながら沙那に視線を向けた。
「そうね……。見てみようか……」
沙那も応じた。
完全なる好奇心だ。
それに、あの淫具を宝玄仙たちが購ってきてから日が浅い。
沙那はまだされたことはないが、そのうちに、装着させられることもあるのだろう。
どんな淫具なのか知っておくことも必要だと思った。
沙那と孫空女も朱姫の両脇から七雌妖の股間を覗きこむような態勢になる。
薬剤のせいか、すでに七雌妖の股間は熟れきっていて、女が激しく淫情したとき特有の匂いを放って、陰部が真っ赤に蕩けたようになっていた。
朱姫が陰毛を掻き分けた頂点には小さな肉芽が露呈していて、鮮やかな桃色をそそりたてている。
「身体に似合って大き目ですね。締め甲斐がありますよ。たっぷりと泣いてくださいね、七雌妖さん」
朱姫が七雌妖の勃起した肉芽を軽く爪の先で弾いた。
「ひぎうっ」
七雌妖の身体が大きく弾んだ。
それとともに、女陰の割れ目から淫液がどろりと滴る。
「……あ、あんた覚えてなさいよ、朱姫──。こ、このあたしにこんなことするなんて、ただで置かないからね」
「ただで置かなければどうするんですか、七雌妖さん? あたしたちのご主人様に同じようなことをしたんでしょう?」
朱姫が繰り返し、指で肉芽を弾くように刺激を与える。
そのたびに七雌妖はあられのない声をあげた。
そして、朱姫が手に持って金属の輪を七雌妖の尖りに被せた。二本の鎖は腰に回し、もう一本の鎖は地面に接している股を器用に潜らせて腰の後ろに回している。
朱姫は被せた輪がずれないように手で押さえながら、腰の後ろで三本の鎖の長さを調整しているようだ。
「こ、これは──ひうぅ」
手先の器用な朱姫の作業はあっという間に終わった。
最後にぎゅっと鎖が引き絞られたとき、七雌妖は大きな悲鳴をあげて、全身を震わせた。
「……もう、動いていいですよ、七雌妖さん──」
朱姫が再び、七雌妖の耳元でなにかをささやいた。
七雌妖を拘束していた見えない拘束具が消滅したかのように、大きく開いていた七雌妖の肢がさっと閉じられる。
しかし、その動きで大きな刺激を受けたのか、七雌妖の身体はびくりと跳ねて静止した。
「あ、あたしに、なにをしたんだい?」
顔を真っ赤に紅潮させた七雌妖が朱姫を睨みつけた。
「『責め環』ですよ。別名、『
「そ、そんな……」
七雌妖は膝をもじもじと動かして股間を擦りつけるように腰を動かしている。
どうやら、少しもじっとしていられないくらいにつらいようだ。
沙那は思わず唾を飲んだ。
「ど、どんな感じなのさ、七雌妖?」
魅せられたように朱姫の作業を凝視していた孫空女が甘い息を吐きながら言った。
「痛い……というか……。痒いというか……じっとしていられないんだよ。お、お前たち、こんなの外しなよ──」
七雌妖が情けない声をあげた。
「まあ、わたしたちのご主人様を酷い目に遭わせた罰だしね。朱姫の洗礼を受けるといいわ。明日、多目怪からご主人様を引き取った後にでも、ご主人様があんたを許したら、解放してあげるわよ」
沙那は言った。
「そ、そんな……。だ、駄目よ……。こ、これは駄目……。頼むよ。これはつらい……」
時間が経つにつれて、七雌妖の腰の悶えは大きくなる。
立木を背にした身体を右に左に動かしながら、しきりに股間をもじつかせている。
「は、外して……お願い……くうっ……」
七雌妖の鳴らす歯の音が微かに聞こえ出す。七雌妖は顔を真っ赤にして額に汗を浮かべだした。
それで沙那は、七雌妖の受けている仕打ちのつらさがわかってきた。
自分がこれを装着されるときのことを想像して、思わず身体が身震いする。
あれだけの気の強い七雌妖が、いまにも泣きそうな顔をするまでに追いつめられるのだ。
沙那のような敏感な身体でこれを装着されたらどうなってしまうのだろう。
しかし、こんな強烈な責め具を宝玄仙が使わないわけがない。
絶対にいつかやられる。
考えただけで怖い。
「ふふ……、堪らないでしょう、七雌妖さん……? 実は、これを購って最初に装着したのは、ご主人様なんですよ。ご主人様も泣き叫びましたから、まさに悍馬馴らしですよね」
朱姫が真っ赤な顔で悶える七雌妖の頬を突いてからかうように言った。
「ほ、宝玄仙を?」
七雌妖が意外な言葉を耳にしたかのように眼を見開いた。
そういえば、そうだったと沙那も思い出した。
三人でよってたかって、ありとあらゆることをして宝玄仙を責めた晩のことだ。
朱姫がやったのでよく覚えてなかったが、宝玄仙が特に泣き悶えた淫具があった気がしたが、これだったに違いない。
あの晩のことは、四人の定期的な約束事のようなものであり、思い付く限りの嗜虐を宝玄仙に行った。
翌朝、宝玄仙の仕返しを怖れ、小狡くも逃げた沙那は、ばちが当たったのか、黒倫という変態武芸者の罠にはまり酷い目に逢った。
十日ほど前のことだ。
「そうですよ。ご主人様も、こうやってそれを装着してから悪戯をしてあげたら、それはそれは、激しく悶え泣いたんですから」
朱姫が七雌妖の膝に身体を入れるようにして股を抉じ開け、根元を絞られている肉芽を軽く手で回すように刺激した。
「あううううっ──」
七雌妖が顔を仰け反らせて声をあげる。
「どうです、七雌妖さん。意識しないようにしても無駄ですよ。どんどん、追い詰められますから。この責め具を装着している限り、肉芽の勃起は萎えることはなく、ずっと疼き続けます」
朱姫がくすくすと笑った。
真っ赤な顔をした七雌妖が歯を喰い縛っている。
「……明日の夕方に、多目怪のところからご主人様を引き取って、再会する頃には、すっかりと大人しくなるはずです。外すのはご主人様にお願いするといいです。それまでは外してあげません」
朱姫が道術をかける仕草をした。
おそらく、『道術錠』だ。
宝玄仙でなければ、装着された淫具が外せないように道術の錠を施したに違いない。
「……これでよしと。もう、ご主人様じゃないと、あたしでも外せません。外して欲しければご主人様の解放に協力するんです」
朱姫が七雌妖に乳房に手を伸ばした。
腰帯で留めただけの七雌妖の着物は合わせ目から手を差し込めば簡単に乳房に手が届く。
朱姫が七雌妖の乳首の片方を持って、意地悪く左右に大きく動かす。
「ひぎいっ……」
七雌妖が悶絶せんばかりに顎を突きあげて歯を剥く。
「ほら、なにをされても肉芽が責めたてられる気がするでしょう、七雌妖さん? ご主人様が戻らなければ、これが一生外れないんですよ。それが嫌なら、多目怪にご主人様を返すよう説得するんですね」
「そうだね、朱姫の言う通りさ──。ご主人様じゃなければ外れないように『道術錠』をするなんて、いい考えじゃないか……。ねえ、沙那」
孫空女が感心したように口を挟んだ。
「確かにね……。反省にもなるしね」
沙那も朱姫の真似をして、七雌妖の太腿に手を当てて軽く擦るようにした。
すると、七雌妖が狂気したように反応して全身を仰け反らせる。
「あひいっ──。も、もう、観念したと何度も言っているじゃないか……。わかったから……。なんでもするよ。だから、これを外して──。こ、これは酷いよ」
七雌妖が顔を左右に振りたてる。
「なにが酷いものかい……。ご主人様を勝手にあたしらから奪ったお前こそ酷いじゃないか。挙句の果てに、育ての親かなにか知らないけど、ご主人様を連れて行くのを許したりして」
孫空女も怒ったように七雌妖に股間に手をやって動かし始める。
朱姫と沙那だけでなく、孫空女の責めまで受けることになった七雌妖が悲鳴をあげた。
「は、反省してる。反省しているよ──、ひいいいいっ──。そ、それに連れていくのを許したわけじゃないよ。お前が打ちかかったから勝手に逃げたんじゃないかあ、孫空女──」
三人がかりで責めたてると、七雌妖の全身がついに震えだした。
「……沙那姉さんも孫姉さんも、もういいですよ。あんまり責めると、気をやっちゃいますから。気持ちよく気をやるなんてさせてあげるつもりはないんです。『責め環』を嵌めることで、身体中熱くなってぼうっとなりながらも、快感を発散できなくて悶え苦しめばいいんです」
朱姫がそう言って、七雌妖への刺激を止めさせてから、さらに催淫剤を肉芽に塗り直し始めた。
沙那は、この状態の七雌妖をさらに追い詰めようという朱姫の残酷さに感嘆した。
逃げようにも、膝と膝の間に朱姫がいるので、七雌妖は開いた股間を閉じることができない。
それに、どうやら、あまり身悶えすれば、締めあげてる輪がさらに強い刺激を七雌妖に与えるようであり、抵抗したくてもできないようだ。
新しい薬剤を肉芽に受けながら、七雌妖は進退窮まったような身体を震わせた。
“悍馬馴らし”とはよくも名付けたものだ。
「さあ、これくらいでいいでしょう。肉を食べましょうか」
やっと七雌妖の身体から離れた朱姫が言った。
孫空女が胴体を縛っていた七雌妖の縄を一度解き、後ろ手に腕を組ませて縛り直してから、その縄尻を余長をとって木の幹に結んだ。
七雌妖は後手の縄を樹に繋がれているものの、ある程度は身体を横に倒せるくらいの自由がきく態勢になる。
もっとも、股間の責め具が効いている七雌妖は、あまり動くと股間を責められてしまうらしく、その動きは小さい。
「ほら、食べなさい」
沙那は皿に載せた肉を七雌妖の前に置いた。
七雌妖は上気した顔を時折しかめながら、身体を屈めて地面に置いた皿に口を持っていって肉を口に入れた。
沙那もそれを確かめて食事をする。
食事が終わって片づけが終わると寝る態勢になる。
また、朱姫がひとしきり七雌妖をさらに責めたてて、嬌声と激しい悶えを繰り返させる。
一帯に朱姫が結界を張っている。四人同時に休んでも危険が及ぶことはない。
朱姫のいたぶりがひと段落して終わった。
沙那と孫空女は、七雌妖の縄がしっかりと結わえられていて、絶対に樹木に結んだ縄が解けないのを確認して横になることにした。
「……ねえ」
四人が横になると、すぐに七雌妖が声をかけてきた。
「なによ、七雌妖……。もう、寝なさい。その淫具のことなら、いくら頼んでも無駄よ。『道術錠』というのは、一度かけてしまえば、術者でも錠は解けないわ。条件を満たすしかないのよ。あんたの淫具は、ご主人様が戻るまでそのままよ」
沙那は横になったまま言った。
「そ、そうじゃない……。こ、これは、つ、つらいんだけど、訊きたいのは、なんで、あんたらが宝玄仙を救いだすのに、そんなに一生懸命なのかということだよ」
七雌妖が言った。
「なんで一生懸命かだって……? 馬鹿じゃないか、お前」
声をあげたのは孫空女だ。
沙那と孫空女が七雌妖を挟むように左右に寝そべり、朱姫は七雌妖の足元側に横になっている。
温かい気候なので、毛布などは必要ない。
ただ、横になって休むだけだ。
「い、いや……あんたら、宝玄仙の奴隷なんだろう? せっかく解放されたのに、どうして逃げなかったんだい? それどころか、危険を冒して宝玄仙を救出しようとまでして……」
七雌妖が言った。
時折、甘い息と声が混じる。責め具はかなりつらいのだろう。
それでも、七雌妖は真面目な口調だ。
「あたしらが奴隷だって……? ああ、そう言えば、そんなこと言ったよねえ」
孫空女が笑い声をあげた。
「ち、違うのかい?」
七雌妖の声に驚きの響きがある。
「まあ、違いはしないけど、多分、お前が思っているような関係じゃないよ、あたしらは」
孫空女の声には笑いが混じっている。
「どういうことさ?」
「つまりは、あたしらはご主人様の奴隷には違いないけど、それは、ご主人様がそう言っているだけのことだということさ」
「言っているだけ?」
「そうだよ、七雌妖──。つまりは、ご主人様はあたしらを奴隷と呼んで、命令に逆らえないように調教していると思っている。だけど、あたしらは、別に強要されているからとか、調教されてすっかりと逆らう気持ちがないからとか、そういう理由でご主人様と一緒にいるわけじゃないんだ」
「そ、そうなのかい?」
七雌妖は眉をひそめた。
「ああ、別に逆らいたいときは逆らうし、命令に従いたくないときは従わない。でも、逆らいたくないし、命令には従ってあげたいと思う。だから、そうするのさ」
「えっ?」
七雌妖はびっくりしたようだ。
沙那も聞いていて思わずほくそ笑んだ。
孫空女の喋ったことは、沙那にはよく理解できる。
朱姫もそうかもしれない。
しかし、他人が聞けば、まったくなんのことなのか理解できないに違いない。
「さっぱりなにを言っているか、わからないけど、沙那も同じ気持ちなのかい?」
「まあね」
沙那はそれだけを言った。
最初の頃は、確かに『服従の首輪』という怖ろしい支配霊具を嵌められて、宝玄仙に絶対服従の道術で支配されていた。
自分をそんな風に扱い、あまつさえ、調教と言いながら性的な虐待を繰り返す宝玄仙を必ずいつか殺してやろうとさえ思っていた。
だが、おかしなことに、いつの間にかそういうことを考えないようになった。
純粋な孫空女ほどに、打算のない感情を宝玄仙に抱くわけでもないが、沙那もやはり、あれだけの道術を遣えながらも、無邪気で子供のようなあの宝玄仙に尽くしてあげたいと思う。
それに、接すれば接するほど、宝玄仙が隠している強い孤独感や寂しさが伝わっている気がする。
そんな宝玄仙に仕えてあげたい。
望むことをしてあげたいし、
実現させてあげたい──。
それはいまの沙那の偽りのない気持ちだ。
激しい嗜虐癖だって、馴れてしまえば愛情の裏返しと思えないことはない。
孫空女のように、単純に気持ちいいことはいいことなのだと、思い定める域にまではいかないが、しっかりと宝玄仙の責めを快感として受け止めている自分がいることも確かだ。
宝玄仙と離れれば、この快感を与えてくれる者が現れることもないだろう。
それはそれで寂しいかもしれない。
もっとも、こういう感情を抱くようにすることを“調教”というのかもしれない。
沙那はなんとなくそう思って、思わず笑みが込みあがる気がした。
足元から朱姫の寝息が聞こえてくる。
どうやら朱姫は、もうすっかりと寝入っているようだ。
「……そう、あんたらは奴隷ではなかったのね。だったら、あんたらから宝玄仙を取りあげようとしたあたしは、悪いことをしたことになるのかもね」
やがて七雌妖が独り言のような声を発した。
「いいや、奴隷だよ」
孫空女が言った。
「やっぱり奴隷なのかい、孫空女?」
七雌妖だ。もうすっかり混乱している口調だ。
「そうだよ。そういうことにしとかないと、あのご主人様は怖がりだからね」
「怖がり?」
七雌妖の声にはますます疑問のような感情が混ざる。
「そうさ」
「宝玄仙が怖がりというのはどういうことさ、孫空女?」
七雌妖の声はさっぱりわけがわからないという感じだ。
「そういう強い言葉を使わなければ、あたしらがいなくなるかもしれないと思っているんじゃないのかな」
孫空女はそう言って笑った。
七雌妖は黙り込んだ。
すぐに、孫空女の大きな欠伸をした音がした。
怖がり……。
そうかもしれない。
沙那は思った。あまり、宝玄仙との関係のことを深く考えたことはなかったが、ある意味で、孫空女はかなり深い部分で達観しているのだと沙那は思った。
従いたいから従う──。
理不尽な命令でも、命令されればそれを実行したくなるからそうする。
奴隷であろうが、そうでなかろうが、尽くしたいから尽くす──。
それは自由意志であり、そうしたいからそうしているだけ……。
孫空女の言葉は、沙那の中にも響くものがあった。
そして、宝玄仙は怖がり……。
沙那のようにあれこれ考えない孫空女には、一発で物事の本質を見抜く鋭さがある。
宝玄仙が怖がりだと言われれば、それは正しいという気がする。
極端にこの四人の関係が終わることを怖れている。
その怖さの裏返しが、沙那たちに対する厳しい態度や言葉になる。
「多目怪……おじきには、事情を説明して、宝玄仙を解放するようにあたしから説得するわ。あのとき、孫空女が打ちかかったときのことについても、あたしが悪いことをしかたら、多目怪に攻撃したのだとも言うわ……。でも、あの多目怪は少しだけ、面倒なところもあって……」
「とにかく、よろしく頼むわよ、七雌妖……」
睡魔が襲ってきた。
やがてやってきた深い眠りの誘いに沙那は身を任せた。