※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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 第6話    「呪い」の里【お蘭(らん)】
32  真言の誓約


 やってきたのは、浮屠(ふと)という山だ。

 西の国境に向かう街道からかなり外れており、脇道というよりは獣道のようなうっそうと茂った草のあいだを進んでかなりになる。

 先頭を進むのは孫空女だが、方向を示すのは宝玄仙だ。

 孫空女は、如意棒(にょいぼう)を片手に、遮る樹木や草を払いながら、宝玄仙の指示で道を作りながら進んでいる。

 

「本当に方向は合っているのですか、ご主人様? これは、道というよりは、ただの森地ですけど」

 

 沙那は後ろから荷を担いでついていきながら言った。

 孫空女が広めに道を開いてくれるのだが、さすがに道なき道を重い荷を背負って歩くのは重労働だ。沙那の背中には背負子(しょいこ)に結び付けた六個の葛籠(つづら)が乗っている。

 

「心配ない。大丈夫だよ。それにしても、あいつめ……。わざわざ、道を消してしまいやがって……。わたしがやって来るというのは手紙で知らせてあっただろうに」

 

 宝玄仙がぶつぶつと文句を言っている。

 沙那はその内容に気を留めた。

 

「ご主人様は、これから行く場所を知っているのですか?」

 

 訊ねた。

 

「ここには以前に二度やって来た……。そのたびに大喧嘩になってね。そして、どうやら二度と近づけないように、こうやって道を消してしまったようさ。まあ、そんなことじゃあ、この宝玄仙を追い払うことはできないけどね」

 

 なにがおかしいのか宝玄仙が声をあげて笑い出した。

 沙那はひとりで肩を竦めた。

 そのときだった。

 前を進む孫空女が急に立ち止まって、息を吐いたのがわかった。

 

「どうしたの、孫女(そんじょ)?」

 

 沙那は声をかけた。

 あの御影の襲撃から約一箇月ほどが過ぎている。

 宝玄仙から、日がな一日中淫らな調教や悪戯を受けながら旅をする毎日は相変わらずだが、そのあいだに、沙那は孫空女のことを“孫女”と呼ぶようになっていた。

 まあ、なんだかんだと、孫空女とは裸体を重ね合ったり、並べられて宝玄仙の嗜虐を受けたり、ときには宝玄仙の命令で、お互いを責めさせられあったりしている仲だ。

 これだけ、身体を重ね合えば、女同士であろうとも情のようなものも感じるようになる。

 親しい呼びかけになったのは、その表れのようなものだ。

 

「どうやら、終わりだよ。道が出てきた」

 

 孫空女が如意棒を大きく振って、目の前の背の高い草を打ち払った。

 すると、一変に景色が変わり、きちんと草刈りをされた山道が現われた。その先には田畑のある集落が見える。

 

 いま進んでいるのは、宝玄仙の知り合いだという人物のいる隠し村に行くためだ。

 宝玄仙によれば、その隠し村にいる人物は、宝玄仙に勝るとも劣らない大変な道術の持ち主であり、その道術師に頼んで、「魔法石」という魔石を作ってもらうのだそうだ。

 その魔法石を使えば、道術を遣えない沙那でも、身体に霊気を帯びて、ある程度の霊具を使いこなせるようになるらしい。

 

 宝玄仙はいずれ、あの御影は復活すると思っている。

 御影は復讐の権化のような男であり、復活すれば間違いなく、宝玄仙だけでなく、孫空女や沙那も標的にするだろうと言っている。

 そのときに、道術に対抗できるくらいの準備をしておこうということだった。

 孫空女は、五行山の騒動のときに、宝玄仙の霊気を帯びる身体になっているので、宝玄仙の道術の加護を身につけているが、沙那は霊気を帯びないただの人間だ。だから、宝玄仙は、この先の集落に住む仙人の手を借りて、沙那も宝玄仙の霊気を帯びさせたいと思っているようだ。

 そして、そのためには、その仙人の作る「魔法石」が必要らしい。

 

「あれ?」

 

 如意棒を耳にしまって進み始めた孫空女が、再び立ち止まって不審そうな声をあげた。

 

「どうかしたの?」

 

 沙那は声をかけた。

 振り返った孫空女は警戒したような表情になっている。

 

「ご主人様、結界だよ。しかも、とんでもなく強烈なやつだ。それが里全体を覆っている」

 

「ええ?」

 

 沙那は荷を下ろして剣を抜こうとした。

 だが、宝玄仙がそれを静止した。

 

「そうだよ。結界だよ。あの里全体が、そいつの結界で覆われているのさ。つまりは、ここから先は、さすがのわたしでも道術は制限される。あいつの独壇場ということだ」

 

 宝玄仙は溜息をついた。

 だが、沙那は驚いた。

 結界というのは、宝玄仙がいつも寝泊りをするときに作ってくれるが、術師のいる場所からある程度の範囲を包んで、侵入を制限したり、他者の道術を制限したり、あるいは力場そのものを操って、中にいるものを拘束したりすることのできる霊気が満ちた空間のことである。

 しかし、里全体を覆うような巨大な結界など、道術に詳しくない沙那でも、それがとんでもないことだというのはわかる。

 

「これ……。このまま進んでも、大丈夫なのかい、ご主人様?」

 

 孫空女が心配そうに言った。

 

「もちろん大丈夫じゃないね。言っていくけど、これから会いにいく相手は、相当の変わり者だからね。そのくせ、道術については、わたしを上回るくらいの力を持っているんだ。まあ、ちょっとくらいの面倒は覚悟するさ。なにせ、魔法石は必要だしね」

 

 宝玄仙が先を促した。

 孫空女が進み始める。

 それにしても、宝玄仙が自分よりも力があるとはっきりと認めるというのは珍しいと思った。そもそも、宝玄仙自身が沙那からすれば、桁外れの道術遣いだ。その宝玄仙が自分よりも上だというのは、もはや沙那には想像もつかない。

 

「ところで、その道術師様は、なんというお方ですか?」

 

 沙那は歩きながら訊ねた。

 宝玄仙は、いまだにその人物の名を語らないのだ。

 しかし、宝玄仙は沙那に背を向けたまま、首を竦めた。

 

「さあね。今度はなんという名に変わっているんだろうね。なにしろ、わたしが訪問するたびに、次に行くときには姿も名も変えてしまうんだ。本当に変わり者なのさ」

 

 宝玄仙は言った。

 沙那は唖然としてしまった。

 

 集落にやってきた。

 村にある建物のほとんどはすべて平屋であり、沙那たちが進む道に沿って両側に二十軒ずつほど並んでいる。さらにその外側には、耕作をしている田畠が拡がっており、向かって右側が田園であり、左側が畠だ。

 だが、それほど大きくはない。

 田畑の広さと、家の数から、この里の住民の人数は、百人から二百人程度ではないかと推測した。

 里の住民たちの中で、家の外や田畠で働いていた者については、やっていた仕事の手を休めて、物珍し気にわらわらとこっちにやって来た。

 男もいるし、女もいる。

 だが、不思議なことに老人や子供はいない。

 それはいいのだが、沙那たちを眺める住民の視線が気になった。

 

 なんとなくいやらしいのだ。

 まるで、服の下を覗かれているような嫌な気分になる。

 しかも、男だけじゃなくて、女もだ。

 どことなく、表情が卑猥だ。

 

「なんか、気味の悪い視線を向けてくるような気がするんだけど、ご主人様……。気のせいかい?」

 

 孫空女が振り返って、小声で言った。

 どうやら、孫空女も同じことを感じていたようだ。

 

「気のせいじゃないよ。この里の連中は、どいつもこいつも、この隠し里の主人の影響を受けているからね。もしかしたら、この結界に長く居続けると、おかしくなるのかもしれない。隙を見せれば、容赦なくお前らを強姦しようとするからね。絶対に気を許すんじゃないよ」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那は驚愕した。

 

「や、やめましょうよ、ご主人様……。危険です」

 

 沙那は言った。

 

「大丈夫さ。あいつの結界内といっても、わたしだって道術は遣えるし、お前たちだって、男の十人や二十人に襲われても、軽くあしらえるだろう」

 

「でも……」

 

「でもじゃない──。もう、遅い。着いたよ」

 

 宝玄仙が道の先にある建物を指さした。

 低い丘上になっている道の先に、この里の中で唯一の二階建ての建物がある。

 かなり立派な屋敷だ。

 ただし、柵のようなものはない。

 道がそのまま、その屋敷の入口のような場所に繋がっている。

 そこにひとりの老いた男が立っていた。

 屋敷の前に仁王立ちになり、真っ直ぐにこっちを眺めている。

 

「久しぶりじゃな、お宝。もう、ここには来ないと言ったんじゃなかったか?」

 

 その老人がむっとした表情のまま言った。

 

「用件は手紙で伝えたろ。こいつが沙那だ……。お前の魂の術で魔法石を作っておくれ。それを沙那の身体に入れる。それで沙那に霊気が帯びるはずだ。せめて、霊具くらいは使える身体にしたくってね。さっさとしな。終われば、すぐに帰ってやるよ。そして、二度と来ないと約束してやる」

 

 沙那は横で聞いていて、びっくりした。

 なんという無礼な物言いだと思ったのだ。

 案の定、目の前の老人は明らかに気分を害したように、顔を真っ赤にした。

 

「それが五年ぶりにやっと訪ねて来て、口にする言葉か」

 

 老人が奮然とした表情のまま言った。

 

「そんなになるかねえ……。それにしても、その姿はお前には似合わないよ。元の姿になりな。目障りだ」

 

 元の姿?

 つまり、目の前の老人の姿は、道術かなにかで変身している姿ということ?

 

「わしは、烏巣禅(うそうぜん)じゃ」

 

 老人が言った。

 

「烏巣禅?」

 

 宝玄仙が訝しむような声を出した。

 

「そうじゃ。烏巣禅じゃ。いまはそう名乗っておる。わしの意思に反して、それ以外の名を呼べば、お前の頼みなど知らん。金輪際、魔法石など作らんことを約束する。お前の頼みなど知ったことか──。その代償として、お前がわしを烏巣禅と呼ぶ限り、この里の滞在を認めよう」

 

 烏巣禅が片手をさっとあげたのがわかった。

 なにをしたのかはわからない。

 しかし、大きな気の塊のようなものが烏巣禅の身体から放たれた気がする。

 

「あっ、お前、呪いを放ったね。ふざけるなよ」

 

 すると、宝玄仙が焦ったような声で叫んだ。

 だが、呪い──?

 それはなんだろう……。

 

「ご主人様、いまのなにさ? 大きな理力が飛んだよね。危ないよ。こいつ、なにかしたよ──」

 

 孫空女が叫んで如意棒を出した。

 烏巣禅が孫空女を見ることなく、さっと手のひらだけを孫空女に向ける。

 

「孫女、危ない──」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 いや、実際にはなにかをみたわけではない。

 ただ、巨大な気の塊が孫空女に向いたのがわかったのだ。

 

「うわっ」

 

 次の瞬間、孫空女の身体が吹き飛んだ。

 いや、ひっくり返ったのだ。

 しかも、足を仰向けの頭の横に持ってきた、いわゆる“まんぐり返し”の体勢だ。

 そして、ぎょっとした。

 孫空女の両手が肩の付け根からなくなっているのだ。

 着ていた服の袖の部分がぷらんと垂れ下がり、なんにもなくなっている。

 

「そ、孫女──」

 

 沙那は孫空女に駆け寄った。

 

「うわっ、重いのう。こんなものを振り回しておったのか。こりゃあ、堪らん」

 

 ずどんとなにかが地面に落ちる音がした。

 ふと見ると、烏巣禅の腕が四本になっている。そのうちの二本は紛れもなく孫空女の腕だ。どうやら、その腕が握っていた如意棒を地面に放り投げたようだ。

 

「ここはわしの結界じゃぞ。なにを勝手なことをしておる」

 

 烏巣禅が高笑いした。

 道術で孫空女の両腕を奪い取ったということか?

 沙那は孫空女を抱え起こしながら、目を丸くした。

 

「な、なにすんだよ、この糞じじい──」

 

 腕のない孫空女が悪態をついた。

 すると、烏巣禅がさっとまた手を振った。

 とっさに、沙那は孫空女を庇う体勢になる。

 だが、予想していた念のようなものは襲ってこなかった。

 その代わりに、烏巣禅の手に、手のひらくらいの大きさの真っ白い人形が握られている。

 

「生意気な女じゃな。それ以上、わしを愚弄するような口をきけば、この人形をどうするかわからんぞ。火にでも放り込んで焼いてしまうか? それとも、尖った針で突きまわすか?」

 

 烏巣禅が笑いながら、人形の股の部分をぺろりと舐めた。

 

「うふうっ」

 

 すると、沙那の腕の中の孫空女がびくりと身体を跳ねさせて、身体を弓なりにした。そして、いきなり淫らな声を発し始める。

 

「ほう、ほう、随分と感じやすい身体じゃのう。さすがは。お宝の供じゃな。これは愉しい」

 

 烏巣禅は人形の股間を舌で舐め続ける。

 

「や、やめてよお」

 

 孫空女が真っ赤な顔をして、腰を左右に悶えさせる。

 もしかして、あの人形に与えられる刺激が、孫空女の実際の身体に飛んでいるのか?

 沙那は呆気にとられた。

 

「なに、わたしの玩具どもに、勝手なことをやってんだい──」

 

 そのとき、宝玄仙の不機嫌な声が飛んでいた。

 今度は宝玄仙から念のようなものが飛んだ。

 

「あっ、戻った……」

 

 すると、孫空女の身体に両腕が戻った。

 一方で、烏巣禅の腕は二本に戻っているし、手に持っていた得体の知れない人形は消滅している。

 烏巣禅の舌打ちが聞こえた。

 

「お宝の玩具──? こいつらが……?」

 

 烏巣禅は不満そうに言った。

 

「そうだよ……。沙那に孫空女だ。あたしの旅の供だ。それよりも、さっきの話はよろしく頼むよ。沙那に魔法石を作っておくれ……、烏巣禅」

 

 宝玄仙が老人を烏巣禅と呼んだ。

 すると、一応は満足したのか、老人が鼻を鳴らして、顎を屋敷の方向に向かった。

 「入れ」という意味だろう。

 沙那は、並んで屋敷に向かっている烏巣禅と宝玄仙の後ろから、孫空女とともについていった。

 

 入った部屋にはなにもなかった。

 ただの板張りがあるだけの広い部屋だ。

 先に入っていった宝玄仙と烏巣禅が入り口で履き物を脱いで素足になったので、沙那と孫空女も同じように中に入った。

 

 烏巣禅が入口の反対側になる奥側に胡坐をかいて座る。

 宝玄仙がその向かい側に腰をおろした。やはり胡坐だ。

 沙那と孫空女は無言のまま、宝玄仙の後ろ側に腰をおろした。

 

「それにしても、随分と変わったじゃないかい、烏巣禅。里の人間も増えたかい? 前にやって来たときには、この半分もいなかったかと思うけどねえ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「五年も遊びに来んからじゃ。結界を使って苦労して隠しておるのに、噂を聞いて時折、この隠し里を探し当てて入って来る者がおるのじゃ。それがだんだんと増えていって、このざまじゃ」

 

「噂ってなんだい?」

 

「税も払わん──、徴兵にも行かんですむ隠し里が、この浮屠(ふと)山あるという噂じゃ。ここには役人もおらんし、盗賊も寄りつかん。ついでにいえば、天教といかいう性質(たち)の悪い教団もない。そんな場所に行きたいという者はいくらでもおるということじゃ」

 

「それで、居ついたってわけかい。ここに住むということは、お前の奴隷になるということことを知らないでね。気の毒なことだ」

 

 宝玄仙は烏巣禅のからかいを無視して、からからと笑った。

 

「別に問題無用に奴隷にしているわけじゃない。ちゃんとした正当な勝負の末に奴隷にしているわけだからのう」

 

「正当な勝負?」

 

「呪いじゃ、呪い──。わしと勝負をして、勝った方が負けた方を奴隷にできるという勝負じゃ。それをせねば、ここには住めんという誓約を里の大地に刻んでおる。その代わり、わしも負ければ、その者の奴隷になるというわけじゃ。一方的な強制では呪いの術式は完成せんからのう。呪いを敷くのに相応しい代償──。それをもってせねば、呪いは成立せん。わしだって、やって来た連中を相手に、一対一の勝負をしておるのだ」

 

 烏巣禅も笑った。

 それにしても、一時はどうなることかと思ったが、どうやら宝玄仙と烏巣禅は随分と親しそうだ。沙那はほっとしていた。

 一方で、隣の孫空女は大人しい。

 おそらく、なにもできずに腕を消失させられたことに、かなりの衝撃を受けているようだ。

 まだ動揺している感じで、かなり息も荒い。

 

 それにしても、さっきから、ちょっと気になっているのが、「呪い」というのはなんだろう?

 この屋敷に入る前にも、「烏巣禅の名で呼ばなければ里を追放するが、その名で呼べば屋敷に招く」と烏巣禅が唱えていた。その通り、宝玄仙が「烏巣禅」と呼びかけた途端に、屋敷に入ることを許された。

 なんとなく「呪い」というのは、言葉通りの意味ではない気がする。

 それで、話が途切れたのを狙って、「呪い」とはなにかを訊ねてみた。

 

「呪いの術じゃ。真言(しんごん)の刻みとも呼ぶ。つまりは、一定の地域全部に効力を及ぼす広域術じゃな。わしはこの里全体に結界を作って、この中に逆らうことができん“真言の刻み”を刻んだということだ」

 

 烏巣禅が屋敷の外とは打って変わって、機嫌よさそうに言った。

 

「真言の刻みって、なにさ?」

 

 孫空女が横から言った。

 すると、今度は宝玄仙が口を開く。

 

「真言の刻みというのは、何人といえども、半永久的に破ることのできない道術の誓いのことさ。ふつうは道術師が一対一で結ぶものだが、こいつは、それを里全体というような途方もない広さで刻んでしまうのさ。それで、その地域に存在する者は、全員がその約束事に支配されてしまうということさ」

 

「真言の刻みのことは知っています。でも、それを地域全体にかけることなどできるのですか? そもそも、真言の刻みというのは相互誓約ではないのですか?」

 

 沙那は道術師ではないか、それくらいの知識なら書物で得ている。

 道術師というのは、なにかの約束事をするときに、それを言の葉に乗せて、お互いに道術で誓い合うのだ。すると、それぞれの身体にある霊気がその行動を束縛し、絶対に破ることのできない約束事が成立するという仕組みだ。

 しかし、それが地域全体に及ぼすなどということは知らない。

 それに、真言の刻みというのは、相互に誓い合うものだ。どちらか一方だけの誓いでは成立しない。約束を結ぶ者の両者が誓い合わなければ、刻みは成立しないはずなのだ。

 

「へえ、よく知っておるのう。察するところ、平民のようじゃがな。ただ、その赤毛は道術遣いだな。身体に霊気が充満しておる」

 

「いや、孫空女も平民だよ。わけあって、身体をわたしの霊気で満ちさせているのさ。それで、沙那にも同じことをしたいと思ってね。わたしの魂の欠片で魔法石を作っておくれよ。それを沙那の身体に入れるんだ」

 

 烏巣禅と宝玄仙が言った。

 やっぱり、このふたりは仲がいいのだろうか。

 随分と親しい感じだし、昔からの知り合いという感じだ。

  

「……とにかく、沙那。“呪い”というのは、その真言の誓いを大地そのものと結ぶんだよ。まあ、そんなことができるのは、わたしはこいつ以外じゃ知らないけどね。わたしはもちろん、天教の八仙にもできるやつはいなかったよ。まあ、天才なのさ」

 

 宝玄仙が笑った。

 沙那は眼を丸くした。

 宝玄仙を越える道術遣いというのも驚きだが、なによりも、この宝玄仙がこれだけ堂々と他人を褒めるのに接したことはない。

 

「だが、簡単ではないのじゃ。真言の誓約を大地に刻むためには、それに匹敵する誓いを代償として結ばねばならんのだ。たとえば、わしは、この里に入った者と勝負をして、勝った者が負けた者に従うという呪い、すなわち真言を刻んでおる。この場合は、わしが負けた場合は、このわしも相手の支配に入らねばならん。これが呪いの術の厄介なとこでな。問答無用で全員を奴隷扱いはできん」

 

「なんの勝負であろうと、お前の結界の中で、お前に勝てる者などいるかよ。そうやって、対等の勝負のように錯覚させて、次々に奴隷にしているんだろう……。まあいいさ。そんなことよりも、早く、魂の術をやりなよ。できあがった魔法石を沙那に入れるんだからね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「残念ながら、それはできんな、宝玄仙」

 

 烏巣禅が白い歯をこっちに向けた。

 すると、宝玄仙が明らかにむっとしたのが後ろからでもわかった。

 

「な、なんでだい──。代金なら支払うよ。いくらでも吹っ掛けな。言い値で支払ってやる。教団に支払わせるけどね。西方巡礼の必要経費だ」

 

 だが、烏巣禅は首を横に振った。

 

「金銭はいらん。間に合っておる。そもそも、そんなものが欲しいなら、こんなところに世捨て人のようにこもってはおらん……。それと、どうせ、ならば地位と言ってくるかもしれんが、それもいらん。天教になど入らん。これまでに何度も誘いはあったがのう」

 

「そうかい? じゃあ、金銭でも地位でないなら、なにが望みだい。まさか、作る気はないとか言わないだろうねえ。こんな辺鄙なところに、わざわざ来てやったんだい。手ぶらで帰らせりゃあ、このわたしもちょっと怒るよ」

 

「ご、ご主人様、その言い方は……」

 

 沙那はさすがにたしなめた。

 宝玄仙の物言いは、とても人にものを頼む態度のものではない。

 

「まあ、ほかならぬ、お宝の頼みだから、きいてやりたいのはやまやまなんだけど、こっちとしても、以前に厄介な呪いをかけてしまってね。このわしから魔法石を作ってもらうには、わしと勝負をしてもらわねばならんのだ。わしに勝てば、無条件で魔法石を作る。……というよりも、魔法石を望む者とは、必ず勝負の末にそれを行うというのは、このわし自身でも破ることのできない真言の誓いなのでな。勝負なしに魔法石を作ってやることはできんということじゃ」

 

 烏巣禅が笑った。

 宝玄仙が舌打ちしたのが聞こえた。

 

「つまらない呪いをかけるじゃないかい──。まあいいや。なんの勝負かしらないが、勝てばいいんだろう──。勝負しようじゃないかい。それで、なんの勝負なんだい──?」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 だが、烏巣禅は余裕あり気ににこにこしている。

 

「まあまあ、焦るな……。では、正式に勝負を挑むということでよいのじゃな、お宝? お前が勝てば魔法石、わしが勝てば、お前はわしの言うことにひとつ従うということにしようか──。その勝負でよいな」

 

「ああ、いいよ──。それで、なんの勝負かって訊いてんじゃないかい」

 

 宝玄仙が苛ついた口調で言った。

 沙那は、慌てて口を挟む。

 

「ご主人様、先になんの勝負かを聞いた方が……」

 

「よし、受けよう──」

 

 烏巣禅がすかさず叫んだ。

 そのときだった。

 部屋一帯に、なにかの衝撃のようなものが襲った気がした。

 

「ご主人様、腕に紋様が──」

 

 すると孫空女が声をあげた。

 ふと見ると、宝玄仙の右腕に、赤い螺旋模様が浮きあがっている。さらに見れば、烏巣禅の手にも同じものがあった。

 あれは、真言の誓いが成立した証の道術の縛りだ。真言の誓いが成立しているあいだは消えないはずだ。

 

「宝玄仙との勝負は、宝玄仙が勝負を挑んだ者として、ここに成立した。この里にかけられた呪いの誓約により、勝負の内容は、挑戦をされた者が選択することができる。さて、なんの勝負にしようかのう」

 

 烏巣禅がにんまりと笑った。

 

 

 *

 

 

「勝負の方法は、挑戦を受けた側が決定するだって?」

 

 宝玄仙は呆気にとられた。

 そんなのは、いま初めて聞いた。

 それなら、挑戦を受ける側が圧倒的に有利なのは決まっている。

 なにしろ、自分が得意なやり方で勝負をすればいいのだ。

 

「もう逃れられんぞ、お宝。すでに、呪いの誓約は結ばれている。勝負を拒否してもお前の負けだ。お宝が負ければ、なんでも言うことをひとつ従うのだったな。お前がわしの奴隷となる誓約を結ぶように命令してやる。お前が勝てば、魔法石を作ってやろう」

 

 烏巣禅と名乗っているこいつが得意気に笑った。

 宝玄仙はかっとなった。

 しかし、すでに右手には真言の誓いが成立しているという螺旋の紋様がついている。確かに、勝負をしないという選択肢は、もはや許されない。

 

「なにが、奴隷だよ。勝負に勝てばいいんだろう、勝てば──」

 

 宝玄仙は吐き捨てた。

 

「まあ、そういうことだ。じゃあ、勝負の方法を言うぞ。これから三日間、お宝は道術を遣えないことを受け入れる。わしに道術を一時的に譲渡するのだ。それを返すのは勝負が終わった後だ……」

 

「ふざけるなよ。三日も、お前に道術を渡すだって──。三日も、道術なしで、この結界ですごせるかよ──。そんなのは受け入れられるわけないだろう」

 

 怒鳴った。

 こいつのからくりがやっとわかった。

 対等の勝負をするような出任せを言って、相手に挑戦の言葉を口にさせ、あとは出鱈目な勝負で無理矢理、訪問者を奴隷にしてきたのだろう。

 なんという奴だ。

 

「落ち着かんか、お宝。お前はもう勝負を受け入れるしかないのだ。勝負のやり方を決めるのは、挑戦を受けた側の権利でな。この里に刻んだ呪いでそうなっておる」

 

 烏巣禅が平然と言った。

 宝玄仙は唸るしかなかった。

 そのとおりだからだ。

 

「……そして、その三日間のあいだに、お宝がわしに“奴隷となることを誓う”と真言の誓約を結べば、お前の勝ちだ。だが、お前が誘惑に勝ち、奴隷となるという真言をあくまでも拒否すれば、わしの勝ちということにしよう」

 

「なんだって?」

 

 意味がよくわからず、宝玄仙は首を捻った。

 

「そ、そんなの狡いです──。無効です──。それでは、勝っても負けても、いずれにしても、ご主人様が奴隷となる誓約を結ぶことになります」

 

 沙那が叫んだ。

 宝玄仙は耳を疑った。

 だが、まだよく理解できない。

 

「その顔はわかっとらんな。つまりは、お前が勝つということは、奴隷の誓約を受け入れるということだ。そのときは、お前は奴隷になるが、誓約に従って魔法石は作ってやる。だが、お前が頑張り抜いて、三日間、奴隷となる誓約を結ばねば、わしの勝ちだ。そのときには、わしは、お前に奴隷の誓約を結べと命じてやる」

 

 烏巣禅が大笑いした。

 宝玄仙はやっと、この勝負の馬鹿さ加減がわかった。

 

「じょ、冗談じゃない──」

 

 立ちあがった。

 無理矢理にでも、こいつを黙らせようとした。

 こうなったら、拷問にかけてでも……。

 

「問答無用じゃ。勝負開始──。期限は三日後のいま──」

 

 烏巣禅が叫んだ。

 全身に痺れのようなものが走った。

 はっとした。

 道術が抜き取られたのだ。

 宝玄仙は自分が完全に道術が遣えない状態になっていることを悟った。

 

「ほうほう、なかかなに強烈な道術じゃな。いいもん貰ったわい。まあ、三日後に返してやろうぞ。それとも、勝負が終わったらな。勝たしてやるから、わしの奴隷となると誓え、お宝」

 

 烏巣禅が満足気に笑った。

 

「お、お前──」

 

 宝玄仙は歯ぎしりした。

 

「ご主人様、烏巣禅殿の本当の名を喋ってください。そうすれば、さっきの呪いにより、ご主人様は、この里にいることができなくなります。里の外に出れば、呪いの効果はなくなり、勝負は無効です」

 

 沙那が素早く言った。

 とっさには意味がわからなかったが、すぐに理解した。

 この屋敷に入る直前に、烏巣禅と名乗っているこいつは、宝玄仙がこいつが烏巣禅であることを認めれば屋敷に入れるが、そうでないほかの名を口にすれば、里から出すと呪いをかけた。

 だったら、沙那の言うとおり、本当の名を口にすれば、その瞬間に、宝玄仙は里から出されることになる。

 里の外に逃げてしまえば、もう呪いの誓約の影響の外だ。

 

「わしの本当の名を口にすることを許す──」

 

 しかし、宝玄仙がその名を出すよりも早く、烏巣禅──すなわち、お蘭がそう言った。

 宝玄仙はしまったと思った。

 それもまた、呪いだ。お蘭は、あのとき、「わしの意思に反して」という言葉を使っていた。だから、お蘭が認めれば、宝玄仙がその名を口にしても、呪いは動かない。

 

「危ないところだったな……。お蘭(らん)というのが、わしの本名じゃ。まあ、烏巣禅でも、お蘭でも好きな方で呼ぶとよいぞ」

 

 お蘭が大笑いした。

 もう、我慢できない──。

 宝玄仙の腹は煮え返っている。

 

「冗談はやめな、お蘭──。お前のおかげで、とんでもない目に遭っているんだ。そもそも、御影の馬鹿垂れに、魂の欠片を作ってやったのはお前だろう──。あの道術はお前にしかできない。だから、あいつがころころと、何度も死んでも生き返ってくるんだ。あいつは、生き返るたびに、わたしに復讐をしようと、つきまとってくるんだよ」

 

「えっ、そうなの?」

 

 孫空女の呆気にとられたような声がした。

 

「そう言うな。いろいろあったんじゃ。まあ、寝物語で頼まれては、わしも嫌とは言えずにな」

 

 お蘭が悪びれることなく言った。

 ますます、宝玄仙は腹がたってきた。

 お蘭のつくる作る「魔法石」は、別名「魂の欠片(かけら)」ともいわれ、道術師にとっては、蘇りの源にもなる。つまり、もしも、魂の欠片を事前に作って、特別な方法でどこかに隠しておけば、本体が死んでも、その欠片が核となり、やがて復活するのだ。

 御影は、お蘭と知り合いになり、自分自身の魂の欠片をいくつか作ってもらっている。

 あいつがなかなか死なないのは、そういうからくりがあるのだ。

 

「あ、あのう、この烏巣禅様は、本名はお蘭様で、ご主人様のお知り合いということですよね……。お蘭様ということは、女の方? つまりは、どういうご関係で?」

 

 沙那だ。

 

「妹だよ」

 

 宝玄仙は仕方なく言った。

 沙那と孫空女はびっくりしている。

 

「縁は切られたがな。わしこそ、お宝姉さんには恨みもある。それを晴らすことのできる機会など、逃さんぞ。聞いたところによると、魔域に巡礼を命じられたそうじゃないかい。そんな馬鹿げたこと不可能に決まっておろう。くだらん。それよりも、わしが奴隷として飼ってやる。観念せい」

 

「お前がわたしを奴隷にするなんて、千年早いんだよ。一昨日(おととい)来な」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 孫空女と沙那のひそひそ声が聞こえる。

 

「……つまり、これって、姉妹(きょうだい)喧嘩ってこと……?」

 

「……そうみたいね……」

 

 宝玄仙は咳払いした。

 

「とにかく、馬鹿げた勝負は終わりだ。さっさと、魔法石を作りな──。それで立ち去ってやる」

 

「姉さんもわからないわねえ。すでに呪いの誓約は始まっているのよ。それを終わらずして、なにもできないのはわかっているじゃないのよ。終わらせたいなら、このわたしと奴隷の誓約を結ぶのね。それで、姉さんの勝ちが決まって、誓約の勝負は終了になるわ」

 

 お蘭が烏巣禅としての言葉でなく、女言葉で応じた。

 

「うう……」

 

 宝玄仙は唸った。

 確かに、お蘭との勝負は始まっている。

 宝玄仙に勝ち目のない馬鹿げた勝負だが、呪いの誓約はこの勝負を認めてしまったようだ。

 勝負から逃げることはできない。

 

「まあ、話は終わりだ。ところで、面白いことをしてやろう。さっき、話に出てきた御影だがな。この御影がこの里にやって来たとき、やはり、わしと勝負をしたのじゃ」

 

 再びお蘭は、烏巣禅の言葉遣いで喋り出した。

 

「……御影がどうしたんだよ……」

 

 宝玄仙は言った。

 だが、次の瞬間、突然に全身が金縛りになったようになり、直立不動の恰好から動かなくなった。

 お蘭の道術だ。

 

「う、うう……。や、やめな……」

 

 宝玄仙はやっとのこと言った。

 だが、強い力で全身を押さえつけられたような感じが続いていて、うまく声も出せない。

 

「一度吸いとれば、わしはその者の道術を写しとれる能力もある。御影の道術には面白いものがあるのう。分身を操る術じゃ。あいつは一度に三個の分身しか操れんが、わしには、その倍は動かせる。お前の手足をわしの分身にしてやる。それ」

 

「や、やめな──。そんなこと──」

 

 叫んだが、もう遅い。

 御影に拷問されたときのように、自分の手足が他人のものになる感覚が襲いかかる。

 すると、宝玄仙の両手は勝手に、身に着けている巫女服を脱ぎ始めた。

 

「や、やめておくれ、お蘭──。お蘭──」

 

 宝玄仙は悲鳴混じりの抗議をするが、どうにもならない。宝玄仙の意思とは外れた宝玄仙の手はどんどんと衣服を剥ぎ取っている。足もお蘭に動かされているために、まったく抵抗しない。

 

「ちっ、伸びろ──」

 

 そのときだった。

 孫空女が吠えるような声をあげて、如意棒を抜いてお蘭に飛びかかっていた。

 静止のいとまもなかった。

 一瞬後には、孫空女の手足が消滅して、犬のような短い手足だけになって、如意棒だけがころころと床に転がっていた。

 

「うわっ、な、なにこれ──?」

 

 さすがに孫空女が愕然とした表情になった。孫空女の腕は肘の手前で消滅し、脚も腿の途中で消えている。四つん這いの「人犬」だ。

 お蘭が首輪を取り出して、ぽいと沙那にそれを投げた。

 

「お宝と一緒に、お前らも調教してやろう。沙那だったな……。その犬に首輪をつけよ」

 

 首輪を受け取った沙那は呆気に取られている。

 

「ふざけるなよ」

 

 すると、またもや孫空女がお蘭に飛びかかった。

 手足を奪われたが、それでも噛みつこうと思ったようだ。

 すごい形相で襲いかかろうとした。

 だが、やはり呆気なく潰された。

 お蘭の結界で無謀すぎる。

 

 一方でそのときには、宝玄仙の腕は宝玄仙を素っ裸にしてしまった。

 一糸まとわぬ裸になった宝玄仙の身体に、今度は両手が股間と胸をまさぐりだした。

 自慰をさせようというのだろう。

 

「や、やめないか、お蘭……。う、ううっ」

 

 宝玄仙は歯を食い縛りながら言った。

 抵抗のしようのない愛撫が襲うことで、宝玄仙の身体はあっという間に被虐の火がついたようになってきたのだ。

 口惜しいが全身が疼くような快感がだんだんと込みあがる。

 

「少しばかり、お前の供の相手をしようと思ってな。そのあいだ、退屈だろうから、自分の手足と遊んでくれ。気が向かんなら、抵抗すればよかろう、お宝姉さん」

 

 お蘭がけらけらと笑った。

 

 

 *

 

 

 沙那は呆然としてしまっていた。

 呪いの誓約という広域誓約によって、拒否することのできない勝負をすることになった宝玄仙は、烏巣禅こと、実の妹らしいお蘭の罠により、勝っても負けても、奴隷の誓約を結ぶしかない勝負をさせられることになった。

 しかも、すでに宝玄仙の道術は、一時的とはいえお蘭に奪われてしまっている。

 

 さらに、分身の術という得体の知れない道術により、宝玄仙の手足はお蘭に乗っ取られてしまったらしい。

 宝玄仙は、自分の手足に服を脱がせられて、いまは自慰の真っ最中だ。

 正確にいえば、宝玄仙の手はいまはお蘭のものなので、自慰ではないのだろうが、やっている行為は自慰そのものである。

 

「なにをしておる、沙那。孫空女の首に首輪を嵌めんか。心配せんでも、ただの首輪だ。霊具などではない。ただの犬用の首輪だ」

 

 お蘭だ。

 しかし、いくらなんでも……。

 沙那は首輪を持ったままでいた。

 そのときだった。

 

「んがあああっ、ああああああっ、んぎいいいい」

 

 ものすごい苦痛が全身に襲いがかってきた。

 まさに「苦しみ」そのものだった。

 それが全身で暴れまわる。

 

「ひぎいいいっ、あがががががが──」

 

 沙那はなにをすることもできずに、のたうち回った。

 

「さ、沙那──」

 

「やめないか、お蘭──」

 

 孫空女と宝玄仙の声がする。

 だが、沙那は獣のような声をあげて暴れることしかできない。

 全身に襲いかかる苦痛は、とても耐えられるものじゃない。

 やがて、床に仰向けに貼りつけられた。

 沙那は床に縛りつけられたまま、悲鳴をあげ続けた。

 

「犬、手を一本戻してやる。自分で服を脱げ。そうすれば、沙那の苦しみをとめてやる」

 

 お蘭の声が聞こえた。

 「畜生──」という孫空女の罵り声もする。

 しかし、次の瞬間、その孫空女の絶叫もした。

 

「なにをしておるか。勝手に身体を起こすな。お前は犬だ。四つん這い以外の恰好になったら、いまのような電撃が飛ぶからな。犬の姿勢のまま服を脱ぐんじゃ」

 

 再びお蘭の声。

 だが、それから先は、もう自分の悲鳴でなにも聞こえなくなった。

 永遠とも思える時間がすぎて、突如として苦痛が収まった。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 身体を縛りつけていたような感覚も消える。

 だが、沙那は動けないでいた。

 そして、気がついた。

 股間が冷たかった。

 ふと見ると、いつの間にか失禁をしていた。

 また、横で孫空女が裸になっている。相変わらず、短くなった手足のままだ。

 

「小便を垂らしたか……。犬、掃除しろ。舌でな。掃除は犬の仕事じゃ」

 

 お蘭の酷薄な声がした。

 

「な、なんだって──」

 

 よせばいいのに、孫空女が悪態をついた。

 すぐさま、お蘭の電撃が襲われたようだ。

 しばらく、孫空女の悲鳴も続いた。

 沙那は慌てて起きあがる。

 

「わ、わたしがします。わたしが舌で掃除をしますから」

 

 仕方なく言った。

 だが、お蘭の侮蔑の言葉が戻ってくる。

 

「なにを言う。お前は言われたことだけをしておればいい。さっき、言ったであろうか。犬の首輪をつけろとな」

 

 沙那はそばに落としていた首輪を拾う。

 逆らうことは無意味だ。

 とりあえず、しばらく様子を見て、状況の変化を狙う機会を待つしかないと思った。

 

「ご、ごめん、孫女……」

 

 沙那は沙那のおしっこを懸命に舌で舐め取っている孫空女の首に首輪をつける。

 

「い、いいよ……」

 

 孫空女が顔をあげた。

 

「んぎいいっ」

 

 その瞬間、またもや、孫空女が苦痛に呻いた。

 

「犬、勝手にやめるな。掃除を続けんか、馬鹿犬め──」

 

 孫空女の顔が口惜しさに曲がる。

 だが、今度はなにも言わずに、床を舐める作業に戻った。

 

「うう、うう、んふうううっ」

 

 そのとき、自分の手に愛撫されている宝玄仙が立ったまま全身をぶるぶると震わせた。

 ついに達したようだ。

 

「やっと達したか。姉さんは、三日間、家畜ということにしてやろう。家畜、汚れた床を掃除するので水を汲んで来い。井戸は里の入口近くにある。場所がわからんなら、里の者に教えてもらえ」

 

 お蘭が一個の木桶を出現させた。

 宝玄仙のところに、その桶がするすると流れ進んでいく。

 手元にやってきた桶を見て、宝玄仙が呆気に取られている。

 

「水? お、お前、まさか、この恰好で行けと言っているんじゃないだろうねえ──?」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「拒否できると思っているの、姉さん? 男好きの姉さんじゃないのよ。せいぜい見せつけてやるといいわ。まあいいわ。わたしだって、慈悲はあるしね。姉さんが里の者に犯されまくるのは心が咎めるかも……。それだけは勘弁してあげる──。沙那──」

 

 お蘭が突然に沙那の名を呼んだ。

 今度はなんだと思っていると、突然に手の中に真っ白い大小の二本の張形が出現していた。刺激臭のする油剤の入った小壺も一緒にだ。

 

「それで家畜の股と尻の穴を塞げ。そうすれば、犯されんですむ。それと、その油剤を塗るんじゃぞ。余れば、そっちの赤毛の犬の股にも塗れ。とにかく、ふたりの股に塗りたくって、壺の油剤を使い切るんじゃ。拒否は許さん」

 

 お蘭が言った。

 

「なんですか、この油剤は?」

 

 呆気にとられて訊ねた。

 

「ただの媚薬だ。塗れば、恐ろしいほどの痒みが襲い、身体がただれるほど疼くことになる。塗り足せば塗り足すほど、効き目が大きくなり、持続時間も長くなる。わかったら、家畜と犬に塗れ。どっちに、どれだけ塗るかは沙那に任せる」

 

 お蘭がけらけらと笑った。

 沙那は愕然とした。

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