322 記憶のない五人の女
「この辺りは、人拐い魔の出没する噂のあるところだそうです」
沙那は言った。
朱紫国の北辺と呼ばれる事実上の文明圏との境界を遥かに越えた辺境と呼ばれる妖魔地帯である。
もっとも、妖魔地帯といっても、人の住む部落なども点在し、人間は妖魔の侵入を防ぐ努力をしながら懸命に生きている。
そういう場所を辿りながら、さらに北の奥の妖魔の里と呼ばれている
その麒麟山という場所に妖魔城である
そこには、
賽太歳がなんのつもりで、宝玄仙の道術を奪うようなことをして、どうして、国都で宮廷魔導師をやっている
そして、あのお人よしの善人の
考えてみれば、宝玄仙が道術を失ってからの騒動は、二年間も晒し刑にされていた長女金を気まぐれで脱走させたことから始まっている。
彼女は、沙那たちが故郷に戻るように諭して、朱紫国の国都郊外の貸し家で別れてから姿を消した。
沙那は、宝玄仙が国都軍に捕らわれた日に行方がわからなくなっており、どうなったのかわからない。
彼女の行方も賽太歳に遭えばわかる気もする。
いま、沙那たち四人は、北域の辺境地帯のかなり奥地まで入っていた。
この辺りまでやってきても、人間の暮らす辺境部落はなくならない。
この旅が始まる前は、東帝国の愛陽という城郭から、ほとんど離れたことのなかった沙那には、改めて人間の逞しさというものに触れた気分だ。
「人拐い魔?」
宝玄仙だ。
沙那たち四人は、点在する人間の部落を辿るように北に向かっていたが、ここは南側の部落とも北側の部落とも離れた山の中だ。
北域と呼ばれる文明圏の端から最奥の北の地まで続く辺境道沿いにある。
その途中にある洞窟に四人で野宿の準備をし終えたところだ。
入口側で焚火をしながら、少し奥側に寝床の準備をして、そろそろ食事をしようというところである。
食事が終われば、寝る前のいつもの日課が始まるはずだ。
宝玄仙は、夜休む前に、ほとんど欠かさず、沙那、孫空女、朱姫の三人の誰か、あるいは、全員に伽をさせる。
伽といっても、普通に女同士の情事をするわけではなく、嗜虐だ。
裸にして拘束し、沙那が考えもつかないような破廉恥な行為や仕打ちを強要して、沙那たちが羞恥や恥辱、あるいは、快感に顔を歪ませるのを愉しむのだ。
なんともいいようのない変態趣味だが、その宝玄仙に従って旅をして三年だ。
そういう宝玄仙の嗜虐趣味に諦めのような感情で受けとめている自分が不思議でもある。
もっとも、避けることができれば避けたい。
恥ずかしいとか、屈辱的だとかいう前に疲れるのだ。
特に、このところ、沙那は、感じやすい身体をしているとかいって、よってたかって責められることが多かった。
どちらかというと自分の同じ立場の孫空女まで、からかうように沙那を責めるのも腹が立つ。
異常だとみんなが言うが、少しばかり感じやすいだけで普通だ。
いや、絶対に普通だ──。
「昨日、立ち寄った部落でそういう噂を耳にしました。用心した方がいいと思います。わたしは、焚火側で食事をしますので、皆さんは奥でどうぞ」
間接的に暗に食事後も今夜の痴態には参加しないと言ったつもりだ。
宝玄仙の頬が綻ぶ。
愉しみを見つけた子供のような表情だ。
思わず、心臓が締めつけられるような気分がした。
宝玄仙があの表情をしたときは要注意だ。
どうやら、やり方を間違えた。
嗜虐されるのを露骨に嫌がりすぎたのかもしれない。
嫌がると宝玄仙は、悦に入って責めかかる。
「……そうかい。そんなに嫌かい、沙那──。じゃあ、今夜は、お前を中心に宴をしてやるよ。素っ裸になって、真ん中に座りな。他の者は、服を着たままでいい……。今夜は、沙那の夜さ」
「そ、そんな、ご主人様──」
沙那は声をあげた。
「文句言うんじゃないよ、さっさとしな」
「そうですよ、沙那姉さん。ご主人様がそうおっしゃったら、もうどうしようもないことを知っているでしょう。さあ、脱ぐんですよ」
「あ、あんたまで、なにを言ってるのよ、朱姫……。だいたい、あんたって、いつも、当然のように、ご主人様側にいるけど……」
「いまはそんなことを言い合う場じゃないんじゃないですか、沙那姉さん。早く、服を脱いでください」
朱姫が得意顔で沙那を睨み返す。
なんだか腹が立つ。
「しょ、食事は……?」
まだ、夕食を終えていない。
鍋に煮込んだ野草と兎肉の汁がまだ手つかずだ。
「心配しなくても食べさせてやるよ、沙那。両手を手錠で拘束されても、口があれば食べるのに問題はないだろう?」
あの顔はなにかをたくんでいる顔だ。
間違いない。
また、おかしな思いつきで、食事についても嗜虐の材料にするつもりだ。
「ほらほら、服を脱いでください、沙那姉さん。夜は短いんです。ぐずぐずしていたら、愉しむ時間がなくなるじゃないですか」
朱姫が荷物から取り出した首輪を持ってきた。
いきなり、その首輪を沙那の首にがちゃりと嵌める。
「お、お前──」
思わずきっと朱姫を睨む。
「いいから、いいから……」
しかし、朱姫が沙那の服に手を伸ばして、強引にぼたんと紐を解いていく。
その手を振りほどくのは容易だが、宝玄仙が睨みつけているので、抵抗することができない。
あっという間に下袴を脱がされて、上衣も取りあげられた。
「わ、わかったわよ。自分で脱ぐわよ」
下着姿にされて、ついに観念して沙那は言った。
すでに身体が熱くなりかけている。
朱姫は沙那の服を脱がしながら、いつもの手管で沙那の敏感なところを触り続けている。
納得のいかない沙那が朱姫の手を思わず避けようとすると、沙那の感じる場所に指でちょこちょこと刺激を加えて、翻弄させるのだ。
そして、沙那の力が抜けたところで、衣服を緩めていく。
すでに、沙那はたじたじの状態になりかけていた。
下着などに触られたら、脱衣させられながら欲情の声をあげるという醜態を晒しそうだ。
「だったら脱いでください、沙那姉さん。手が止まったら、『影手』で沙那姉さんの気持ちのいい場所をいじくりまわしますからね」
沙那の足元に落ちた服をさっと取りあげて回収した朱姫がにやにやしながら沙那を見ている。
『影手』は朱姫の得意の道術だ。
この半妖の少女は、避けようのない黒い手をどこにでも無数に張りつけさせて責めかかる。
ただの影だから、手で防ぐこともできず、一方的にやられるだけだ。
その『影手』と『縛心術』で、朱姫は、沙那や孫空女を嗜虐して弄ぶ。
本来は、沙那たちと同じ立場の宝玄仙の「性奴隷」のようなものなのに、このところ宝玄仙が朱姫を道術の弟子扱いしているのをいいことに、嗜虐についても弟子のような振舞いで沙那たちに相対してくる。
「……あ、あたしは、念のために焚火の近くで番をしているよ。用があったら声をかけてよね──。沙那の言う通りに一応、誰か見張りをしておいた方がいいよ……。食事する段階になったら呼んでよ。取りに来るから」
いままで黙っていた孫空女がいそいそと腰をあげる。
「ああ、行ってきな、孫空女」
石に座ったまま、沙那と朱姫の様子を愉しそうに見ていた宝玄仙が言った。
「あっ、狡いわよ、孫女」
沙那は声をあげた。
もともと、見張りにかこつけて夜の情事を抜けようという考えは沙那の案だ。
「手がとまりましたね、沙那姉さん──。『影手』をあげます」
朱姫が言った。
沙那の両膝に黒い手の影が張り付いた。
それがじわじわと嫌がらせのように股間に向かってゆっくりと這い進んでくる。
「ひいっ」
思わず声をあげた。
くすぐったい……。
そして、もどかしい……。
なにか疼きのようなものが全身に走る。
『影手』だが、その手管は朱姫の手だ。なんでもないようなのに、確実に沙那の身体から快感を掘り起こしていく。
それが、全身を苛みながら、ゆっくりと沙那の一番敏感な場所に近づいてくる。
「ぬ、脱いでいるじゃないのよ、朱姫──。これ、やめてよ」
沙那は胸当てを慌てて外しながら声をあげた。
すでに、朱姫の『影手』は膝の上の内腿まで到達している。
「そんなに朱姫の『影手』が好きですか? じゃあ、増やしてあげますね」
上半身にもぞわぞわとした誰かに身体を触られる感触が起きた。
ふと身体を見ると、体側の括れた部分と肩に新しい『影手』が浮かんでいる。
それがじわじわと腰と乳房に向かって進んでいる。
「ひうっ……。あ、ああ……」
全身のあちこちを人の手に触られる感触に思わず沙那は甘い声をあげてしまった。
「相変わらず、玩具のような身体ですね、沙那姉さん──。ここなんかも感じますか?」
『影手』のひとつが沙那の内腿をくすぐるような刺激を送ってきた。
「ひうっ」
沙那は思わず声をあげて腰を落とした。
じわりと股間から愛液が垂れ出るのがわかった。
なんでこんなに自分の身体は感じやすいのか……。
本当に泣きそうになる。
これもそれも、すべては宝玄仙のせいだ。
この宝玄仙との旅が始まって一年以上も『女淫輪』という淫具を肉芽と乳首の根元につけられていた。
それは、沙那を四六時中、淫情に襲わせるという怖ろしい霊具で、沙那は、それにより途方もない快感に寝ても覚めても襲われるという日々をすごさせられたのだ。
もっとも、沙那は生まれついての修行で、全身の「気」を自在に制御できるという技がある。
沙那は、その「気功の技」で自分の身体が淫情に襲われるのを防いでいた。
だが、そのためか、やっと『女淫輪』を外されてからも、自分の身体が激しい快感を爆発させるのを制御できなくなってしまったのだ。
普段は大丈夫だ。
しかし、ひとたび、刺激を感じると、後は、まったく制御できなくなって、自分の身体が途方もなく欲情する。
全身のどこを刺激されても、股間が敏感に反応する。そんな身体になってしまった。
「……もう、濡れたんですか、沙那姉さん。あんまり、はしたなくないですか?」
沙那の痴態を見透かしている朱姫が笑った。
自分の顔が赤らむのが沙那にはわかった。
「あれっ? そう言えば、朱姫──。まだ、妖魔除けの結界を張っていないんじゃないのかい?」
孫空女がいなくなった後、宝玄仙が思い出したように言った。
「そう言えば……」
朱姫が我に返った声をあげた。
結界を張ることで、野宿をする周りに妖魔除けの結界を張り、道術が増幅できる力場をあらかじめ準備しておく。
それが決まった日課だ。
そうやって、情事に耽るあいだや、寝ているあいだに襲ってくる襲撃者を防ぐのだ。
以前は宝玄仙の役割だったが、このところ朱姫の役目になっていた。朱姫の『結界術』も宝玄仙の道術のものと遜色がなくなってきたからだ。
朱姫は、この数箇月に驚くほど道術が上達しているし、強力になっている。
沙那の眼から見てもそれがわかる。
すでに胸当てを朱姫から奪われて、足首から脱いだ下着も朱姫に取りあげられたところだった。
いま、沙那が身に着けているのは、脚に履いた革靴だけだ。
股間と乳房の直前まで這い進んでいたたくさんの『影手』が同時に消滅した。
沙那はほっとして腰を落としそうになった。
朱姫が洞窟の入口に向かって歩いていく。
「……こっちに来て両手を後ろに回しな、沙那」
宝玄仙に声をかけられた。
宝玄仙の手元には縄がある。
仕方なく、沙那は宝玄仙の前まで進んで後ろに手を回して、背中を向けた。
「沙那──」
突然、孫空女の大きな声が洞窟に響き渡った。
声は洞窟の入口側からだった。
「あ、あんた、誰よ──?」
朱姫の声もした。
誰か、侵入者──?
沙那もそっちを見る。
だが、不意に強い光が洞窟の入口からやってきて沙那たちの身体を通り抜けていった……。
沙那はなにもわからなくなった。
*
気がつくと、沙那は自分が地面に倒れていることがわかった。
びっくりした。
素っ裸だ。
驚いて、上半身を起こして裸身を手で覆う。
首にも違和感があった。手で触ると首輪のようなものを嵌めている。
これはいったいどういうことだろう……?
周りを見た。
どこかの洞窟のようだ。
そして、愕然とした──。
なにも覚えていない──。
ここにいた記憶がない。
いままでなにをどうして、そして、どうやってここにやってきたのかの記憶がないのだ。
沙那に浮かんだのは、生まれ育った愛陽の城郭のことだ。
しかし、ここが愛陽のどこの場所でもないことは確かだ。
愛陽は帝国の東側にある中原地帯の大きな城郭だ。
こんな洞窟など近傍にないはずだ。
愛陽のことは隅から隅まで郊外を含めて知っている。
記憶がない──。
理由はわからない。
しかし、すっぽりと持ち去られたかのように、色々なことが思い出せない。
まるで、頭からたくさんのことが奪い去られたような感じだ。
記憶が奪われた……?
なんとなく、その知覚はある。
ここでなにかをしていたに違いない。
そして、なにかが起こり、沙那の頭から記憶が抜き取られた。
そうとしか考えられない。
それは、いま、沙那が素裸でいることと関係があるのだろうか……?
そう思って、沙那は洞窟のあちこちに人が倒れているということに気がついた。
いずれも女だ。
しかし、見覚えがない。
みんな美しい顔立ちをしている。
特に、沙那に一番近い場所に倒れている黒髪の女は、沙那が見たこともないような美人だと思った。
「ちょ、ちょっと、起きてよ、あんた──」
とりあえず、眼の前の黒髪の女を揺り動かした。
「……あっ……。な、なに……?」
黒髪の美女が頭を擦りながら身体を起こす。紺色のゆったりとした上衣とくるぶし近くまでの丈の下袍を身に着けている。
起きあがりながら周囲を見渡し、沙那と眼が合うとぎょっとしたように、少しばかり後ずさりした。
「お、お前誰だい──? い、いや……。こ、これは……?」
「もしかしたら、あ、あんたも記憶がないの?」
沙那は言った。
「あんたもって……。お前も記憶が?」
黒髪の美女が言った。
「気がついたら、ここに倒れていて……。なにが起きたのか──。名前くらいしか思い出せないわ。どうして、わたしはここにいて、あなたが誰なのか……」
沙那は用心深く言った。
周りの女たちが敵なのか、仲間なのかわからない。
ふと周りを見て、洞窟の隅に、石で作った台に載せられている大き目の土鍋があることに気がついた。
中には食事が煮えていた。
そこ横に数名分の食器と箸もある。
これから食事をするところという感じだ。
……ということは、自分たちは食事をともにするくらいの仲ということだろうか。
つまり、周りにいる女たちは仲間……?
眼の前の女は途方に暮れた顔をしている。
そして、ほかの女たちも起きあがった。
「ここは?」
赤毛の女が沙那たちに気がついて視線を向けた。
赤毛の女もきれいな顔立ちをしている。
背が少し高い。
沙那の眼から見て、かなりの遣い手ということがわかる。
ちょっとした立ち振る舞いと見れば、武術に関してのある程度の実力を沙那は見抜ける。
沙那は武術についてはひととおり習熟していた。
愛陽の城郭では、若い女としては異例の千人隊長をしていたくらいなのだ。
すると、その横の少女も起きた。
やはり美少女だ。
いったい、これはどういう集団なのだろう?
少女は口を開かなかった。
少女の表情には、はっきりとした敵意と恐怖を感じる。
少女は、用心深く身体を移動させて、ほかの者から距離を取って向き合う態勢になった。
ひどく怯えている。
そんな感じだ。
彼女も記憶がないのだ。
それは直感でわかった。
「あんたらは誰?」
最後のひとりが眼を覚まして声をあげた。
黄金色の髪をしている。
やはり、若く綺麗な女だ。
この五人の中では、一番身なりがいい。
そう思った。
なにしろ、手首や髪を飾る装飾具が絢爛なものなのだ。
それに比べれば、ほかの四人は、大した装飾具を身に着けていない。
指に飾りのない指輪があるくらいだ。
赤毛の女だけは、首と手足首にひと揃いの赤い輪を嵌めている。
「お前こそ、誰だい?」
黒髪の女が返した。
金色の女もそれで黙り込んだ。
ほかの女たちも、押し黙っているが、わけがわかっていない様子だ。
しばらくすると、どの女たちからも、なぜか記憶が抜け落ちていることがわかった。
ここに五人の女がいる──。
そして、なぜか、全員が記憶を失っている──。
沙那はその事実を悟った。