「とにかく、お互いに、自己紹介をしませんか?」
黄金色の髪の女が言った。
ひとりだけ身なりがいいと孫空女は思った。
この五人の中ではいかにも頭目という感じだ。
次いで、身なりがいいのは黒髪の女だ。
しかし、黄金色の髪の女に比べれば、黒髪の女は言葉遣いや振る舞いが粗野に感じる。
ただ、口を開かなければ、別格な気品を感じるのは黒髪の女だ。
それくらい別格に美しい。
女の孫空女でさえもたじろぎを感じる程だ。
いや、そうじゃない……。
なんだかじっと顔を見ていると心臓の鼓動が次第に激しくなる気がする。
なぜだろう?
いずれにしても、この五人の集まりはなんだろうか。
孫空女を除けば、残りのふたりは、十六、七歳の娘と、なぜか素っ裸の女だ。
素っ裸の女は首に首輪までしている。そばには縄まである。
眺めていると、この女にも孫悟空はどぎまぎしてきた。
なぜか触りたいと思った。
あんな縄で縛ったまま、ぎゅっと抱き締めたいとも……。
いや、逆に自分も、あんな風に縛られて、あの女に抱き締められたい?
不可思議にも、そんな想像をしてしまい、なぜか急に落ち着かなくなった。
なにこれ?
どうして、縄で縛るなどと、とんでもないことを考えたのか……?
「そ、そうね……。わたしは、沙那よ」
まず、その裸の女が名乗った。
沙那というのだ。名を聞いても頭になにも思いつかない、
両手で身体を隠している。なかなかにいい身体をしていて、恥ずかしそうに身体をしきりに身体をくねらせている。
とても可愛らしいと思った。
いや、可愛らしい……?
やっぱり、どうして、そんな風に感じるのだろう。
だが、直感的に、この沙那とは、孫空女はとても親しいのではないかと思った。
理由などない。
しかし、おそらく間違いないと思う……。
ほかの女は?
「わたしは、宝玄仙だよ」
黒髪の美女が名乗った。
宝玄仙……。
孫空女は引っ掛かるものがあった。
「宝玄仙というのは本名?」
「どういうことだい?」
孫空女の言葉に、宝玄仙がいぶかしげな視線を送る。
「いや……。耳にしたことがあるような気がしてさ。天教の教団の偉い女八仙に同じ名があったから……」
喋りながら思い出した。“宝玄仙”というのは、「霊具作りの才女」という二つ名のある女八仙の名だ。
天教という帝国を中心として拡がっている教団の最高神官のひとりがそういう名だった。
「その宝玄仙だよ……」
宝玄仙が苦々しげな表情で言った。
孫空女は驚いた。
「宝玄仙……。わたしもその名は知っているわ。そんな偉い人があなた……? 本当?」
沙那もじろじろと宝玄仙を眺めまわして怪しむような視線を送っている。
「うるさいねえ。天教の話はしたくないんだよ。だいたい、お前はなんで裸なんだい? 首輪までしてさあ……。もしかして、奴隷かい?」
宝玄仙が言った。
「奴隷?」
声をあげたのは孫空女だ。
奴隷というのは、確か帝都の貴族が個人的に保有するもののはずだ。
逃亡を防ぐために屋敷内から出さないのがほとんどだ。
親に山に捨てられてからあちこちを旅してきた孫空女も世間はかなり知っているが、本物の奴隷には遭ったことはない。
「わ、わたしは、奴隷じゃないわよ」
沙那が叫んだ。
「なんでわかるんだよ。わたしと同じで、お前も記憶がないんだろう? 奴隷の象徴は自分では外せない首輪だ。奴隷でなければ外してみな」
宝玄仙が意地の悪そうな口調で言った。
宝玄仙が沙那のしている首輪が鍵穴のない特殊な構造の首輪だということを見抜いて意地悪を言っているのだとわかった。
孫空女にも、沙那がしている首輪が霊具であることはわかる。
霊具というのは、道術を込めた道具であり、沙那がしている首輪は、道術がなければ外せない機能を持っているに違いない。
「なに言ってんのよ──。あれっ? なにこれ……」
「ほら、外せないだろう。お前は奴隷さ。きれいな顔をしているから、さしずめ性奴隷というところかもね。わたしたち四人に奉仕するのがお前の役目さ」
宝玄仙と名乗った黒髪の美女がけらけらと笑った。
屈託のない邪気のない笑いだ。
その子供みたいな笑い声を聞いて、おそらく、この女は悪人ではないような気がした。
まあ、善人とはいえないかもしれないけど……。
少なくとも、悪意のようなものは感じない。
「ふざけないでよ──。なんで、わたしが性奴隷なのよ──」
沙那が真っ赤な顔して怒鳴った。
だが、懸命に首輪を外そうと試みているが、外せないでいる。
装着されている沙那自身にはわからないかもしれないけど、あの首輪は多分沙那には外せない。
道術的な首輪なのは間違いないのだ。
それにしても、黙っていれば品のある美女なのに、口を開けば端々に意地の悪さが滲み出るようで、宝玄仙に対して残念な思いがするのはなぜだろう。
一方で、沙那は、いまだに身体を隠していた両手を首に動かして、懸命に首輪を外そうとしている。
だが、外せなくて、顔を真っ赤にしてもがいている。
沙那には、霊気がない。
つまり、道術遣いではない。
道術遣いでないものには霊具は扱えない。
だから、沙那にはやはり首輪は外せない。
道術遣いでなくても扱える霊具はあるにはあるが、子供の玩具程度の使い道しかない他愛のないものが多い。
はやり、本格的な霊具というと道術遣いしか扱えないのだ。
そう思って、孫空女は自分が霊気の存在が見えるということに気がついて驚いた。
なぜか、自分は霊気が見える。
しかし、孫空女自身は道術が遣えないはずだ。
道術遣いでもない孫空女自身が霊気の存在を感じることができる理由は不明だ。
なぜだろう……?
まあいい……。
考えてもわからないことは、考えるのはやめだ。
それはともかく、宝玄仙からは強い霊気を感じる。
この五人で道術遣いは、宝玄仙のほかには、少し離れて用心深くこっちを探るような気配の娘だ。
霊気は驚くほど小さいが道術遣いには間違いがないのだろう。
「外せないわ」
愕然としたように沙那が声をあげた。
「ほら、奴隷だ。多分、お前はわたしの奴隷なのさ、沙那」
宝玄仙が笑い声をあげた。
本当の底意地の悪さが滲み出るような笑いだ。
腹を立てたらしい沙那が険しい視線で宝玄仙を睨んだ。
「まだ、わたしも名乗っていなかったわね。わたしは
黄金の髪の女も名乗った。
ひとりだけ名乗っていない少女……。
少し距離をとり、こちらを用心深く見守るようにしている少女に全員の注目が集まった。
「ふ、
少女がひと言だけ言った。
そのとき、なんとなく違和感があった。
嘘をついている──。
根拠はない。
ただの勘だ。
しかし、この娘はなにかを隠している。咄嗟にそう思った。
この芙蓉と名乗った娘は本当のことを話していない。
おそらく、間違いない……。
「これで、やっと、お互いの名がわかったということかい。それにしても、一体全体、これはどういうことなんだい。なんでここにいる人間の全員が記憶を失くしているんだい? それに、わたしたちはどういう関係なんだい?」
宝玄仙が不満げな声をあげた。
返事をする者はいない。
「……多分だけど、わたしたちは旅の仲間じゃないかしら」
ほんの少しの沈黙の後に沙那が言った。
裸身を両手で隠している。
ひとりだけ服を着ていないことが恥ずかしいのか、身体を小さくして手で身体を覆おうとしている。
その仕草は、やっぱり可愛らしい。
「なんで、そう思うんだい、お前?」
宝玄仙が訊ねた。
「食事の支度があるわ。数名分の食器も……。おそらく、ここで食事をしようとしていたに違いないわ。それに、争った形跡もないし……」
「なるほど」
沙那の返事に宝玄仙が頷いた。
確かに、沙那の言う通り、鍋が洞窟の隅の石で作った台の上に置いてある。
火からおろされて間もないのか、まだ温かそうだ。
「と、とにかく、わたしも服を着るわね」
沙那がさっと立ちあがった。
沙那の服らしきものは洞窟の奥に集めてある荷のところに畳んで置いてあった。横に細剣も立てかけてある。
あれは沙那の得物なのだろう。
服を着るのを許したら、それを身につけるだろう。
とりあえず、とめようと思った。
信頼してもいいとは頭がよぎったが、この女、さっきから、かなり気が短い気もするし……。
「待ちなよ、勝手なことをするのは」
孫空女は立ちあがって、沙那の行く手を阻んだ。
「な、なによ──。裸でいろというの──」
前を塞がれた沙那が顔を真っ赤にして怒鳴った。
「い、いや、そうじゃなくて……」
服はいいが得物を身につけるのは駄目だ。
そう言うつもりだった。
いま、五人の中で武器を身につけている者はいない。
沙那だけが武器を帯びるのは、まだ不安だし、ほかの女の疑心暗鬼を招くおそれがある。
「確かにそうだね。奴隷は裸でいな」
宝玄仙が大笑いをしながら冷やかしの声をあげた。
沙那の顔がますます怒りで真っ赤になった。
「ど、奴隷じゃないって、言ってるでしょう──」
沙那が孫空女の身体を払い除けて、強引に前に進もうとした。孫空女は沙那の手を掴んで、それを阻もうとした。
「う、うわっ」
風のようなものが頭の上をすぎていった。
それが沙那の腕だったとわかったのは、無意識に反応した自分が頭を低くして、沙那の腕を避けたのだと気がついてからだ。
考えるよりも早く身体が動く。
次の瞬間には、孫空女は沙那の脚を払っていた。沙那が尻から地面に倒れる。
沙那の顔が驚きに染まる。
だが、驚いたのは孫空女自身もだ。
自分がこんなにも速く動けるということが信じられない。
沙那の腕は、まるで風のように速かった。
しかし、孫空女はそれを避けて、しかも、足払いまでしてみせたのだ。
「お前たち、やめな──」
宝玄仙の大きな声が洞窟に響く。
それで我に返った。
敵なのか、味方なのかも判別せずに、戦うべきじゃない。
沙那も怒ってはいるが、すぐに冷静な表情に戻る。かなり自制心のある性格をしているようだ。
「どうしたんだい、孫空女? こいつが服を着るのが気に入らないのかい。まあ、確かに、いい身体をしているけどね。こいつがわたしの性奴隷というのは間違いないと思うね……。実は、わたしは男よりも女が情事の相手なのさ──。白状するとね。わたしは、わたし自身が沙那のような女を情事の相手にしたがるということは知っている。だから、こいつが裸だったのは、きっと、わたしとの情事の途中だったのさ……」
「じょ、情事って……」
沙那が当惑した様子で顔を真っ赤にした。
かなり動揺しているのがわかる。
「ついでに言えば、孫空女、お前もだ。わたしの性癖を考えれば、わたしはお前にも食指を伸ばす。沙那の言うことが正しく、わたしらが仲間だとすれば、お前たちとわたしが性的な関係でないわけがないよ」
宝玄仙が露骨な内容を真顔で言った。
「へ、変なこと言わないでよ」
沙那だ。
本当に顔が真っ赤だ。
しかし、顔が赤いのは、今度は怒りのためではないだろう。
「そ、そうだよ。あたしだって、女と情事をする趣味はないよ……。た、多分……」
女を相手にした記憶はない。
しかし、そう言った瞬間、宝玄仙や沙那なら、女が相手でも別にかまわないじゃないかという感情も湧いた。
その自分自身の心の動きには戸惑いしかない。
情事については、男を相手にした経験の記憶しかない。
だが、いま、宝玄仙の言葉で自分は確実に動揺した。
もしかしたら、宝玄仙の喋ったことはあながち間違いはないのかもしれない……。
「それで、孫空女、なんで、沙那をとめようとしたんだい?」
宝玄仙が訊ねた。
「裸でいろと言ったつもりはないよ。剣を佩くのはやめなと言うつもりだったんだ。ひとりだけ武器を持つのはよくないよ……。そうしたら、こいつがいきなり殴ってきたから……」
孫空女が腰を地面につけたままの沙那を見た。
沙那も罰の悪そうな表情になる。
「こいつの態度になにか怪しいものを感じたのかい?」
宝玄仙だ。
「いいや。でも、食器の数さ」
「食器の数?」
宝玄仙だけでなく、全員の視線が鍋の横に重ねてある椀と箸の数に集まった。
「あたしは馬鹿だけど、まるっきりの馬鹿じゃないんだ。沙那の言う通りに鍋の横には食器もあって、確かにみんなで仲良く食事でもしようかという感じだけど、その数は四人分じゃないか。そして、ここには五人だ。もしかしたら、ここには招かざる客も混じっているかもしれないと思ったのさ」
「招かざる客……?」
沙那の口から呟きが漏れるとともに、その表情が険しくなった。
「……本物の仲間は四人で、五人目は招かざる客ということかい?」
宝玄仙の口からも小さな呟きが漏れる。
そして、全員がお互いを見回した。
沙那が再び訪れた沈黙を破って言った。
「わ、わたしが、その招かざる客だと言いたいの、孫空女?」
「そうは言ってないけど……」
また、束の間の沈黙が流れる。
「と、とにかく、服を着させて。剣には触らないから」
沙那が言った。
今度は誰も反対しなかった。
沙那は服の場所まで行き、服を身に着け始めた。
「お前たちふたりは、とりあえず腕が立ちそうじゃないかい。ちょっと、外に行って来な。様子を見て来ておくれよ」
宝玄仙が、沙那が服を着終わるのを待って、孫空女と沙那に対して言った。
「ああ、じゃあ、行こうか、沙那」
「うん」
なんとなく、宝玄仙が命令することに違和感はなかった。
沙那もそんな感じに見えた。
素直に従い、孫空女のそばまで来る。。
五人がいたのは洞窟の突き当りで最奥だ。
これ以上奥側にはなにもない。
ふたりで並んで反対側に向かって歩き出す。
「ねえ、あんた……?」
すぐに沙那が声をかけてきた。
「なに?」
「本当に五人の中に仲間じゃない人間が混じっていると思う?」
「さあね……。あたしは、五人全員が仲間じゃない可能性があると思ったからそう言ったけど、逆に、残り四人が仲間と言った覚えはないよ。あたしは、わからないことはわからないとしか言わない。敵がいるかもしれないというさっきの言葉も、“かもしれない”という話だよ」
孫空女は応じた。
五人の中に敵がいるかどうかはともかく、全員が一度に記憶を失くすというような不自然なことが起きたとすれば、なんらかの作為があって当然だろう。
しかし、その手段も理由もわからない。
それでなにかの答えを出すのは難しい
「……あんたは、あの中で怪しいのは誰と思う?」
沙那が小声で言った。
「……もちろん、わたしを含めてよ」
そして、すぐに付け加えた。
「芙蓉と名乗った娘……。あいつはなにかを隠している。根拠はない。ただの勘だけど」
孫空女は言った。
「わたしもなにか違和感があった……」
沙那が前を見たまま言った。
少し歩いたところに焚火があった。
随分と火は小さくなっているが炎はなくなってはいないようだ。
煙は外に向かって漂っている。
さらに進むと、なぜか煙が再び後ろに向かって流れるように見え始めたことに孫空女は気がついた。
風は感じない。
それなのに、なぜ、煙が流れるのだろうか……。
「ところで、孫空女さん……」
沙那が声をかけてきた。
「呼び捨てでいいよ。なに?」
「実は、わたし、もうひとつ、おかしなことを感じているわ」
「おかしなこと……?」
「うん、実は──」
沙那がなにかを言いかけた。
だが、孫空女と沙那の前に奇妙な景色が現れた。
「あれっ?」
「な、なに?」
孫空女と沙那は同時に声をあげてしまった。
歩き進むと、なぜか再び、宝玄仙や芭蕉たちのいる場所に戻ってしまったのだ。
「外はどうだったんだい?」
宝玄仙が言った。
「ど、どうだったじゃないよ。なんで、戻って来たのさ?」
「そうよ。わたしたちは、真っ直ぐに洞窟の外に向かって歩いたのよ。そうしたら、いつの間にか戻ってきたのよ」
孫空女に続いて、沙那も叫んだ。
残った三人が驚いた表情をしている。
そして、沙那が説明した。
宝玄仙たちは半信半疑だったが、今度は、宝玄仙だけが洞窟の外にひとりで歩いていった。
待っていると、やがて宝玄仙がこっちに向かって戻ってきた。
目を丸くしている宝玄仙だったが、やがて、さっきと同じ場所に座り直すと、口を開いた。
「これは、『結界術』だね」
「『結界術』?」
応じたのは沙那だ。
「こんな風に空間を捻じ曲げる術は、わたしが知っている限り『結界術』というのさ。結界を作って、その中で道術を増幅して、普通ではあり得ないことを実現してしまうのさ。結界という限られた空間に限って行える術で、結界を作れる道術遣いは珍しくないけど、空間を曲げて出口を封鎖してしまうような『結界術』は珍しいよ。かなりの霊気の大きな道術遣いじゃないと無理だね」
宝玄仙がさらに説明する。
「……『結界術』……。つまり、ここは道術遣いによって封鎖された場所だということ?」
沙那が言った。
「あるいは、妖魔かしら……」
ずっと黙っていた芭蕉が口を開く。
「妖魔?」
孫空女は思わず声をあげた。
「そうよ。道術遣いも妖魔も、道術ということについては同じだわ」
芭蕉はさらに言った。
「いや、違うね。中の空間を捻じ曲げるような『結界術』は、内側に術者がいなければ無理なのさ。少なくともわたしが知る限りね──。さっき、孫空女が言ったことは正しいのさ。だから、この結界の術者はこの中にいる人間に限られるんだ。ここには妖魔はいない。だから妖魔の仕業じゃない」
宝玄仙が言った。
「あたしが言ったことって?」
孫空女は宝玄仙を見る。
「五人の中に招かざる者がいると言ったことだよ。この五人の中に、道術を隠して、ここを閉鎖した空間にしている存在がいる。そういうことだよ」
宝玄仙がほかの四人に構えるような仕草をした。
「どういうこと?」
「さっき言ったろう。これだけの結界は、術者が結界の中にいなければ作れないということさ。つまり、この中の道術遣いが、これをやっているのさ。もしかしたら、道術遣いでない振りをしているのかもしれない……」
宝玄仙は言った。
全員に緊張が走るのがわかった。
孫空女も用人深く、ほかの四人に相対する。
「この中の道術遣いなら……」
孫空女は呟いた。
霊気を感じることのできる孫空女には、この五人の中にいる道術遣いはわかっている。
『結界術』について言及した宝玄仙──。
もうひとりは、芙蓉と名乗った娘だ。
自然と孫空女の視線はその芙蓉に向けられていた。
「あ、あたしは……」
五人の中にこの不思議な現象を作っている者がいると言われて、ほかの者もそれぞれの理由で芙蓉のことを考えていたようだ。
さっきから、ほとんど口をきかずに、黙ったままの娘──。
この娘は確かに怪しい。
「宝玄仙は妖魔はここにはいないと言ってけど、もしも、妖魔がいたとしたらどう?」
不意に芭蕉が言った。
「妖魔?」
宝玄仙が眉間に皺を寄せた。
「そうよ……」
芭蕉はそう言うと、視線を芙蓉に向けた。
「ねえ、さっき思ったんだけど、あんた人間じゃないわよね。妖魔でしょう──」
そして、芭蕉が芙蓉に言った。
「妖魔だって?」
宝玄仙が声をあげた。
「あ、あたしは妖魔じゃないわ──」
芙蓉が怯えたように立ちあがった。
「そうね、あなたは半妖ね」
芭蕉が静かに言った。
「半妖?」
孫空女も立ちあがった。
半妖というのは人間と妖魔の間に産まれた子ということだ。
つまり、血の半分は妖魔──。
妖魔は人間の敵……。
人間に危害を加える存在。少なくとも、この帝国ではそうだ。
「半妖……。そういうことかい。だから、霊気がわからなかったんだね」
宝玄仙が言った。
次の瞬間、芙蓉が悲鳴をあげた。
小さな糸が芙蓉の身体に絡みついている。
芙蓉の四肢を胴体ごとぐるぐる巻きにして、地面に引き倒した。
宝玄仙の道術のようだ。
「オガアアアアア──」
雄叫びがあった。
芙蓉の身体が大きくなり、衣類とともに身体を縛っている糸を引き千切った。
芙蓉の身体が人間の娘から巨漢の妖魔そのものに変わる。
妖魔は洞窟の入口側に吠えながら跳躍した。
孫空女は咄嗟に前に立ち塞がった。
その孫空女の身体を妖魔の大きな腕が吹き飛ばした。
「あぐっ」
洞窟の壁に叩きつけられた。
しかし、同時に妖魔の泣くような叫び声が再びあった。
妖魔が倒れている。
ふと見ると、妖魔の足と足の間に、剣の鞘が挟まっている。
それで倒れたのだ。
壁に叩きつけられたまま、孫空女は荷物のところにいる沙那を見た。
沙那が荷のところにあった自分の細剣をとり、剣を抜いて細剣の鞘を妖魔の足の間に投げたのだとわかった。
再び糸が妖魔に絡まっていく。
孫空女は、地面に倒れた妖魔に飛びついた。
しかし、そのときには、妖魔の身体は小さくなり、少女の身体に戻りかけていた。沙那が剣を妖魔の喉元に突きつけたときには、さっきの少女の身体に完全に戻っていた。
千切れた衣類が布となってまとわりついただけで、芙蓉は半裸状態だ。
「ち、違う──。あ、あたしは、なにもしてないよ。う、嘘じゃない」
芙蓉が叫んだ。
「まあ、せいぜい白を切りなよ。雌妖だろうと、人間の女だろうと、この宝玄仙の色責めにかかればなんでも白状するさ……。さて、なんの目的でわたしらをこんな目に遭わせているのか白状してもらうよ、妖魔」
宝玄仙がそう言って近づいてきた。
「な、なによ?」
芙蓉はうつ伏せの状態で胴体に腕を縛られた状態で地面に倒れていたが、ぎょっとした声で叫んだ。
孫空女も驚いた。
芙蓉の身体の周りの地面からたくさんの触手が発生したのだ。
それが一斉に芙蓉の身体をまさぐりだした。
「あ、ああっ……ひ、ひいっ……た、助けて……あ、ああ……い、いやっ……」
十数本の触手に一斉に襲い掛かられた芙蓉が全身を赤くして悶えはじめる。
それはそうだろう。
地面から生えた触手は、芙蓉の乳房や股間や肛門はもちろん、考えられるあらゆる全身の性感帯を同時に襲い続けている。
唯一空いているのは口くらいで、他の部分はすべてが触手の刺激を受けている。
よく見れば、触手の先にはさらに小さな繊毛のようなものがあり、それが微妙な刺激を芙蓉に与えているようだ。
しばらく呆気にとられて、触手の束が芙蓉の裸身を襲うのを眺めていた。
やがて、芙蓉が大きな声をあげてぶるぶると震えた。
達したのだと思った。
孫空女は自分の股間がなぜか熱くなるのを感じた。
ふと、沙那を見ると、沙那もまた少し欲情したような表情で顔を赤くしていた。
沙那の腰が小さく動いている。
それを見て、孫空女は、自分の腰もなんとなく、もじもじと悶えるように動いていたということがわかった。
欲情している……。
自分自身の身体の反応に驚いた。
しかし、はっきりと女陰が濡れるのがわかった。
芙蓉はまだ全身を真っ赤にして悶えている。触手はまだ、芙蓉の裸身を襲い続けているのだ。
「……お前の弱い部分がわかったよ、芙蓉……。人一倍、お尻が弱いようだね。じゃあ、尻を中心に責めたてるよ。お前の悪さを白状したくなったら、言っておくれ。それまでは、連続して責めたてるからね」
宝玄仙が悪意そのもののような口調で言った。
その宝玄仙の前ですでに、触手によって仰向けにひっくり返されている芙蓉が二度目の絶頂の痴態を示しはじめる。
「……なにをしているのよ、宝玄仙。そいつは妖魔よ。わたしたちをここに閉じ込めている妖魔よ。さっさと、殺しなさい──」
突然、洞窟に芭蕉の声が響き渡った。
見ると凄い形相の芭蕉が宝玄仙を睨んでいる。
「なんだい、お前……」
宝玄仙が白けたような声をあげた。
芙蓉を襲っていた触手群が姿を消した。
全身を真っ赤にした芙蓉が解放される。
拘束をしていた糸もなくなり、芙蓉はがっくりと地面に倒れた。
「そいつは妖魔なのよ。わたしらの記憶を奪って、結界に閉じ込めている妖魔よ。早く、息の根を止めるべきよ──」
芭蕉が真っ赤な顔で怒鳴った。
「こいつを殺すのかい……?」
宝玄仙が困ったような声をあげた。
「そいつを殺さない限り、わたしたちは解放されないわ」
芭蕉がまた怒鳴った。
「ち、違います……。違う。あ、あたしじゃない……」
やっと芙蓉が口を開く。
「い、いや。芙蓉の言う通りだよ。そいつじゃない。違うよ……」
孫空女は言った。
さっきから気がついていたことだ。
芙蓉は違う。
「違う?」
宝玄仙が孫空女を見た。
「うん、あたしには、霊気がわかるんだよ。芙蓉じゃない──」
「なんで、そう思ううんだい?」
「だって、芙蓉はもう霊気を発散していないよ。記憶を失くしたり、結界に閉じ込められていることが、こいつの道術の仕業なら、まだ、霊気を発散しているはずだろう? だけど、こいつの霊気は、さっき妖魔の姿になったときに巨大化して、娘の姿に戻ったときに消滅した。多分、そいつは、霊気を遣いきったんだよ。それなのに、まだ、なんにも変っていないということは、あたしらを道術で閉じ込めているのはそいつじゃないということさ」
孫空女は言った。
「随分と霊気に詳しいじゃないか、孫空女」
宝玄仙が怪しむような声をあげた。
孫空女も喋りながら、どうして自分には、こんな知識があるのだろうと不思議に思った。
しかし、この眼の前の芙蓉の状態──。
これは、霊気を遣いきったときのものだ。
その知識が、なぜか頭に浮かんできてしまう。
だから、芙蓉じゃない──。
「お前の言うことは、お前が霊気に詳しい理由を説明してくれなければ納得できないね。わたしには、お前が道術遣いでないことはわかる。だけど、なんで、そんなに詳しいんだい?」
「そ、そんなのわからないよ。記憶を失っているんだ。あんたも、そうでしょう、宝玄仙さん?」
孫空女はいった。
「まあいい……。とにかく、こいつが、招かざる五人目じゃなければ、誰がそうだと思うんだい、孫空女?」
宝玄仙が言った。
「いまも説明したけど、道術は遣えないけど、あたしには、なぜか霊気の流れがわかるのさ。もしも、この洞窟内で霊気が流している者がいて、そいつが、この不思議な出来事を作っているのなら、それができるのは、もうひとりしかいないはずだよ」
孫空女は言った。
「はあ?」
宝玄仙がうんざりしたように言った。
「あんただよ、宝玄仙さん──。この五人の中で、いま霊気を放出しているのは、あんたしかいない」
孫空女は言った。