332 【前日談】妖魔狩りの惨劇
もはや、戦いではなかった。
圧倒的な人間軍の大軍に、春嬌たちのいた小さな部落の自警団は、あっという間に崩壊したようだ。
そして、いつの間にか、部落全体に『逆結界』がかかっていて、『移動術』が遣えなくなっていた。
それは大人たちの叫びでわかった。
自警団が負けたという悲鳴のような伝令の報告は、部落中にあっという間に伝わった。
妖魔の自警団は、人間の軍がやってくる経路で待ち受けていたはずだ。
とにかく、人間の軍を少数の自警団で押し止めて時間を稼ぎ、その間に女と子どもと老人が、安全な場所に隠れる……。
それが酋長から伝えられた内容であり、春嬌はまだ、幼い
人間の軍が攻めてくるということはわかっていた。
妖魔である父親は、当然のように部落を守るために自警団に加わったが、父親は母に妖魔の里を出ることを願った。
ここは妖魔の部落だったが、母は人間だったのだ。
妖魔の部落を脱出さえすれば、生き延びられる。
事実、妖魔と人間の夫婦はほかにもいたが、人間の女たちの多くが、人間の軍がやって来る前に妖魔の部落を逃げていった。
父親もそうして欲しがったが、母親はそれを拒んだ。
子供がいたからだ。
姉弟は三人──。
春嬌と有来有去と
春嬌と有来有去は見た目が人間そっくりだったので、母親とともに人間の部落に逃げるという選択肢もあり得た。
父親もそうして欲しかったのだ。
しかし、賽太歳は父親と同じように額に角があり、どこから見ても妖魔の外見だった。
賽太歳は人間の里では暮らせない。
まだ、赤ん坊だが、連れて行けば、人間の部落にも入ってくる王軍の兵が、すぐに賽太歳を見つけて殺すだろう。
かといって、まだ赤ん坊の賽太歳がただひとりで生きてけるわけがない。
それがわかっていたから、母は妖魔の部落に残ったのだ。
母の選択肢には、賽太歳を残して逃げるということはなかったのだ。
そして、いよいよ、人間の軍がこの部落に近づいているという情報が伝わってきた。
辺境地帯からの妖魔の一掃──。
人間の軍が北進する理由はそれであり、南側にあった妖魔の部落は、ことごとく根絶やしにされていた。
この部落にももうすぐやってくる……。
その情報は確かのようだった。
父親を含む大人の雄妖たちは、家族の逃亡の時間を稼ぐために、少し南側の谷の狭隘路に向かった。
それが今朝のことだ。
人間の軍がやってくるのは数日後──。
そのはずだった。
しかし、陽が中天をすぎた頃、自警団が敗北したという報せが飛び込んできたのだ。
凶報に驚く暇もなく、いつの間にか部落全体が炎に包まれた。
風上に火をつけられたようだ。
油でも撒いたのか、炎はもの凄い勢いで部落を包んだ。
残っていた者たちは、先を争ってまだ火に包まれていない風下の方向に逃げようとした。
春嬌たちもその集団の中にいる。
残っていた部落の妖魔たちは先を争って逃げ惑った。
とにかく、炎から逃げなければ──。
「こっちよ、春嬌、有来有去──」
母親が金斬り声で叫んでいる。
そして、強い力で春嬌を引っ張って風下に走った。
風上はもう駄目だ。
春嬌の眼にも、逃げ場のない炎の壁が風上に迫っているのはわかった。
焼け死なないためには、炎が追いつくよりも速く、火焔の外に逃げ去るしかない。
春嬌たちだけではない。
みな懸命に逃げていた。
どうしてこんなことになったのか……。
春嬌にはわからなかった。
戦いなど無縁の小さな妖魔の部落だ。
近くには人間の部落もあったが、諍いなども起こしたことはなく、物々交換などの交流もあった。
人と妖魔の交流もあり、里には多くの人間もいた。
現に、春嬌の母親は人間の女だ。
妖魔だった父と結婚して生まれたのが春嬌であり、有来有去であり、賽太歳だった。
あちこちで妖魔の里の住民の妖魔たちが火を避けるために逃げている。
『移動術』が遣えないという悲鳴のような声があちこちから聞こえる。
みんな悲鳴をあげて逃げている。
逃げる妖魔の足は、倒れた仲間を踏み潰し、手を振り回して、前を塞ぐ邪魔な妖魔を突き飛ばした。
火は三方向から迫っていた。
炎の見えない方向は、狭い谷道に通じる風下の一箇所だけだ。
部落の妖魔たちの誰も彼もが、その一箇所に向かって駆けていた。
「もう少しよ、頑張るのよ」
母が叫んだ。
やっと火が背後と横から迫る一帯を抜けて、両側に切り立った崖が迫る部落の出口に辿りついた。
この先にはもう炎も煙も見えない。
助かったのだ。
安堵が春嬌に走る。
その谷の小道を駆け抜けて眼の前に広い景色が拡がったとき、いきなり眼を覆わんばかりの凶行の光景が出現した。
「ひゃああああ──」
「ひびいぃぃぃ」
「た、助けて──ひいいいっ」
「子供だけは……ああああぁぁぁ──」
「ぎゃあああああ──」
いきなり、眼の前に先に逃げていた妖魔たちの悲鳴と死骸が現れた。
その周りには、武器を振り回して次々に部落の妖魔たちを殺し回っている人間の兵の集団が待ち構えていた。
猛火を脱した谷の道を抜けたところに人間の軍の一隊が待ち受けていたのだ。
そこで、駆け抜けてきた妖魔の女子供を次々に惨殺をしていたのだ。
春嬌の手を引っ張って全力で駆けていた母親が慌てて立ちどまった。
「俺はその子供の右手だ──」
「じゃあ、俺は左手だ」
少し前を走っていた先の家族たちが五人ほどの兵に取り囲まれたのが見えた。
祖父と祖母らしき老いた妖魔の首のない屍体が地面に転がっている。
そのそばには雌の幼妖がいたが、その幼妖に兵が剣を向けている。
剣を構えているのはふたりで、どうやら、いま言った部位をどちらが先に切り離すかの賭けをしているようだ。
ほかの兵が笑いながらふたりの兵を囃し立てている。
まだ、やっと歩きはじめたばかりと思う幼妖だ。
春嬌の眼の前で、ほぼ同時に幼児の肩から先の両手が切断された。
ほかにも悲鳴をあげる妖魔を追いかけ回して剣で殺していく光景や、あるいは足を切って動けなくした妖魔をわざわざ石で顔を潰して笑っている一団──。
油をかけられて生きたまま火をかけられて火だるまになって転がりまわっている妖魔──。
とにかく、いたるところに妖魔の惨たらしい屍体と死にかけた妖魔が転がっている。
胴がふたつに分かれてはらわたがはみでていたり、胴体のない生首だけが十個ほど集められていたり、あるいは手足だけがなくて、それでもまだ息をしている身体もあった。
見渡す限りの場所で妖魔が死んでいる。
周囲からは凄まじい臭気が立ち込めている。
春嬌は子供ながらになにが行われようとしているのかを悟った。
人間の軍は、部落をすっかりと取り囲んでから、わざと狭い谷道を抜ける側だけを残して部落の周りに火をつけたのだ。
そして、猛火と煙に追い立てられて逃げてくる妖魔の里の住民を唯一の脱出口であるここで待ち受けて、惨殺をしているのだ。
「か、隠れて──」
母親が手を強く引っ張った。
しかし、隠れる場所などない。
両側は岩肌の谷だし、後方に戻れば火に包まれて焼け死ぬだけだ。
さらにいつの間にか、人間の兵たちが退路も遮断している。
「新しい獲物が来たぞ」
「雌妖と幼妖……。それに子供の妖魔二匹だ」
眼の前に剣が迫った。
剣を抜いた兵がふたり……。
春嬌たちを前後に囲んでいた。
「じゃあ、今度は俺が小僧の妖魔にするぜ、高」
「なら、俺は雌の妖魔だな、王」
ふたりの兵の剣がすぐ前に突きつけられる。
その剣は真っ赤な血が滴っていた。
「ま、待って──」
母親が春嬌と有来有去の前に立ち、兵たちの前に立ちはだかった。
「妖魔の母親か?」
王と呼ばれた側の兵が笑った。
母親に向かって剣が振りあげられた。
「うわああぁぁぁ──」
有来有去が火のついたように泣き始めた。
「わ、わたしは人間です──。人間なんです」
母親が叫んだ。
「痴れ者が。この後に及んで……」
剣を構えた
「待て、そうかもしれんぞ。見たところ、人間そっくりだし……。この前の部落でも人間がいたしなあ。紛れ込んでいた人間を間違って殺したら、また懲罰を受けるぞ」
もうひとりの兵が剣を構えている王を止めた。
「ほ、本当です、人間です──。この子たちもそうです。たまたま、この妖魔の部落に来ていただけで……」
母親が必死に言った。
春嬌は口を開かずに母親の腰にしがみついていた。
その横で有来有去は大声で泣き続けている。
見た目だけなら、母親はもちろん、春嬌も有来有去も人間の姿と同じだ。
ただ、身体を流れる血の半分に妖魔の血が流れるというだけだ。
「本当に人間か?」
少しだけ冷静さを戻したような高という兵が言った。
母親と春嬌と有来有去をしげしげと眺めている。
どこからどう見ても人間にしか見えないはずだ。
妖魔の里でも、半妖の春嬌と有来有去は、妖魔というよりは人間とみなされていた。
それは母親が人間であるということよりも、どうみても妖魔の種族には見えないというところからきていた。
「ま、間違いありません。この妖魔の部落には、商売で来ていたんです。そしたら、たまたま……」
母は言った。
「仕方ねえ、陣に連れて行こうや──。妖魔狩りの獲物はいくらでもある」
「そうだな」
ふたりが小さな声で話し合っている声が聞こえた。
「わかった……。来い」
やがて、王と高というふたりの兵が春嬌たちを前後に挟むように、その惨状の現場から連れ出した。
春嬌はいまだ有来有去の手を握ったまま母親とともに歩いた。
母親は布に包んだ賽太歳をしっかりと抱いている。
人間とそっくりの外見だから殺されないで済むのだ……。
歩きながらそう思った。
だが、母親が抱いている賽太歳の額には、明らかに妖魔であることを示す小さな角がある。
賽太歳を見られれば終わりだと春嬌は思っていたが、賽太歳は、母親に抱かれてまるで、この喧騒などなにもないかのように大人しく眠り続けている。
母親は、角が見られることがないように一生懸命に賽太歳の顔を布で覆って押さえている。
周りでは残酷な妖魔殺しの遊戯が繰り広げられていた。
妖魔には外見が獣にそっくりのものもあるし、あるいは、身体の一部だけが獣の部位を持つものもいる。
人間の兵は、自分たちとは外見の少し異なる妖魔を同朋と思わないのか、まるで兎や鼠でも屠るかのような気軽さで、あちらこちらで残酷に武器を振るっていた。
ここに追い込まれたのは、妖魔の中でも戦いをできない雌妖や老妖、あるいは幼妖だ。
人間の兵たちは、その眼を抉り、顔や身体の肌を剥ぎ、それとも四肢を切断して笑い合っている。
いたるところに胴から離された死骸や頭を潰された生首などがあり、春嬌は有来有去の手を握ながら、地面に流れる血で足を取られないように歩かなければならなかった。
その中には、これまで一緒に遊んだ子供妖魔や世話になった知り合いも混じっていた。
彼らが惨たらしく殺される場所を通り抜けて、狭い谷道をさらに進んだ方向に、兵の導くまま母親とともに歩いた。
「……さて、この辺りでいいだろうな。ここなら、邪魔は入らねえ」
やがて谷道からも外れて樹木の生い茂る繁みに連れてこられた。
陣に連れて行くと言っていたから、虜囚としてどこかに監禁するような場所に行かされるのだと思っていた。
しかし、ふたりの兵がここでいいと言ったのは、どう見てもさっきの惨状の現場とも、あるいは、兵の陣とも違う周囲を植生に覆われている場所だった。
次の瞬間、高がさっと母親から賽太歳を包んだ布を奪い取った。
「あっ──。な、なにをするんです──?」
母親が悲鳴をあげて取り戻そうとするのを蹴り飛ばして高という兵が母親を地面に倒した。
「か、母さんになにするのよ──」
春嬌は地面に通れた母親を庇うように駆け寄る。
有来有去はまた引きつけを起こしたような声で泣き始めた。
しかし、賽太歳は、まだ静かに眠ったままでいる。
その春嬌の高が賽太歳を包んでいた布を投げ捨てた。
「やっぱりだ──。俺はわかっていたぜ。この女は人間かもしれねえが、妖魔の母親でもあるというわけだ。これで、お前たちを殺してもお咎めなしだ。覚悟しな──」
高がせせら笑った。
「お、お願いです。この子たちだけでも……。お、お願いします──」
母親が泣き叫んだ。
「もちろん、そうしてやってもいいぜ。そのために、ほかの連中に邪魔されないところに連れ込んだんだ」
王が言った。
母親がきょとんとして涙に濡れた顔をふたりの兵たちに向けた。
高が母親から取りあげた賽太歳を地面に置いた。
「おい、坊主、そのお前は、その赤ん坊のそばで立っていろ」
王が泣きじゃくっている有来有去を賽太歳が置かれている地面の方向に突き飛ばした。
「うわあっ」
恐怖でおかしくなっているのか有来有去がおかしな呼吸をしながら地面に倒れる。
それでも、すぐにしゃがんだ姿勢になり、地面から拾いあげた賽太歳を抱きかかえた。
「わかっているな、女──。助けてやってもいい。ここなら、そのまま山を抜ければ、軍の囲みの外に行けるぜ。その代わり、俺たちの相手をしな。この戦役に参加して、相手するのは妖魔ばかりで、すっかりと人間の女とはご無沙汰なんだ。毛深くて筋肉質の雌妖も悪くはないが、そろそろ、柔らかい人間の女が恋しくてな──。高、俺から先にいかせてもらうぜ」
そして、がちゃがちゃと音を立てて、王が具足を外し始める。
「おう」
剣と装備を地面に置いて軍装の下袴をおろしはじめた王を母親が真っ蒼な顔で見ていた。
しかし、もうひとりの高という兵がしっかりと剣を構えて、その剣は地面に座り込んでいる有来有去と賽太歳に向けられている。
「早く、素っ裸になりな、女──。それとも、高に合図をするぜ。子供の手首から先がなくなれば、俺たちの相手をする気になるかい」
王がせせら笑った。
「お、お前たち……、しばらく、目をつぶっていなさい……」
母親が言った。
そして、立ちあがると春嬌と兵たちの眼の前で着衣を脱ぎ始めた。
服を脱いだ母親は、すぐに王に押し倒された。
脚を開かせた母親の股の前に座った王が母親の股間を弄りはじめる。
あまりもの衝撃で、春嬌は眼の前で始まった母親の痴態から眼を離せないでいた。
やがて、母親の食い縛った口から小さな声が漏れだす。
いつもの母親とは違う声に春嬌は呆気に呆然する思いだった。
「おい、早くしろよ、ほかの連中が感づいて来ちまうぜ」
「わかっているよ。だけど、滑りをよくしとかないとな……」
王が母親の股に顔を埋めた。
母親が胸を喘がせ始めた。
春嬌は王が母親の股間の舐めているということがわかった。
そして、母親がそれに女の反応をしているということも……。
自分の血が凍りのように冷たくなっていく気がした。
母親がはっきりとした喘ぎ声を出し始める。
春嬌はただ、それを凝視していた……。
「そろそろ、いいだろう、やるぜ」
王が上ずった声をあげた。
春嬌の視界に母親の股間に自分の腰を近づけた王の下肢が映った。
そこには男の勃起した怒張がった。
春嬌は生まれて初めて屹立した男根を見た。
王が自分の股間の一物を母親の股間に貫かせた。
「くうっ──」
母親が声をあげた。
王が腰を律動しはじめる。
母親が呻くような声を出した。
「あ、ああ……」
母親の声ではない。
それは甘えた女のような声だった。
「おい──」
突然、肩を掴まれた。
押さえつけられる。
眼の前にもうひとりの兵の身体があった。
確か高と呼ばれていた兵だ。その眼が血走っている。
「お前の相手はお前がしろ」
地面に押さえつけられた。
兵の手が春嬌の胸にかかった。
服が引き裂かれた。
「きゃあああああ──」
気がつくと悲鳴をあげていた。
狂ったように身体に覆いかぶさる男を蹴りあげようとした。
その足を笑いながら高が掴んで動きを封じる。
「そ、その子はまだ十歳なのよ──」
母親の我に返ったような声が周囲をつんざく。
「お前は俺の相手をしていればいいんだ」
母に抱きついていた王が笑いながら母親を押さえつける。
その間にも、春嬌の押さえている高が春嬌の衣服を引き裂いていく。
やがて、下着が破り取られた。
春嬌の股間に外気の冷たい風が当たる。
春嬌は恐怖に悲鳴をあげた。
暴れる春嬌を膝で押さえつけて、高が剣と具足を外す。
その軍装の下袴がさげられた。
春嬌の顔の前に高の怒張が迫る。
春嬌はもう一度悲鳴をあげた。
「うわああっ」
突然に隣で王の絶叫がした。
ふと、横を見る。
全裸の母親が王の喉笛に噛みついていた。
首から血を流して王が自分の喉に噛みついている母親を殴りつけている。
それでも母親は噛みついている口を離そうとしない。
「この女──」
春嬌に被さっていた高が身体からどいた。
王に噛みついている母親に掴みかかって無理矢理に王から引き離す。
王は血だらけだった。
そして、憤怒の表情で剣を地面にあった自分の剣を掴むと、母親に斬りつけた。
母親の右肩から当たった剣の刃先がそのまま胴体を貫き、反対側から出ていく。
ほとんどふたつに分かれた母親の身体が血飛沫とともに地面に落ちる。
「うわあああああっ──」
有来有去の狂ったような叫びがした。
その有来有去が抱いている賽太歳も突然に泣き始めた。
春嬌はほとんど無意識のうちだった。
眼の前には、春嬌を犯そうとした高の剣と具足がそのままに転がっている。
その剣を握っていた。
剣は妖魔の父親の手解きを受けていた。
春嬌も有来有去も、人間の身体と近いために身体が細く筋肉が弱い。
そのため武器を扱うことができなければならないと言われて、ほんの幼いころから、妖魔の父親に毎日稽古をつけてもらっていた。
もっとも、実際に生きている者を相手に武器を遣うのは初めてだ……。
「ぐはあぁ──」
母親を殺した王の首に春嬌の振り回した剣が当たった。
王が絶叫しながら地面に倒れた。噴水のように血が噴き出ている。
「なに?」
高がびっくりして振り返った。
しかし、その時には、春嬌の突き出した剣が具足を外した腹に突き刺さっていた。
春嬌が剣を離すと、腹に剣を突き刺したまま高が倒れた。
地面に倒れ落ちた高の身体を踏んで、剣を引き抜く。
大量の血が地面に流れ出して、高は呻き声をあげたまま動かなくなった。
「か、母さん──」
有来有去が賽太歳を抱えたまま、母親に駆け寄った。
母親はもうただの死骸になっている。
春嬌にはそれがわかった。
「行くわよ──。逃げるのよ、有来有去。賽太歳を連れてきなさい──」
春嬌は言った。
引き裂かれた下袴が脚にまとわりつていた。
春嬌は走りやすいように地面に垂れた部分の布を持っていた剣で取り去った。
「か、母さん──」
有来有去が母親の屍体の前で泣きじゃくっている。
春嬌はその身体を掴んで、頬を張り飛ばした。
有来有去は呆然として春嬌に振り返った。
「母さんは死んだわ──。それはもう母さんじゃない。ただの屍体よ──。それよりも、早く逃げないと、ほかの兵がやってくるわ。逃げるのよ、有来有去──。賽太歳を連れておいで」
有来有去は無言のまま頷いた。
春嬌は駆けた。
後ろに有来有去がついてくるのを確かめながら……。
そして、二十数年の歳月が流れた……。
*
そして、二十数年後──。
生き残った三姉弟のうち、妖力の強大な賽太歳が妖魔王となり、
そして、生き残った妖魔を支配するとともに、麒麟山の南側を封鎖して、人間を寄せつけないよう、火焔の壁を築く……。