※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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334 妖魔の土地

「皆さんの性的特徴は実に面白いし、多彩ですね。俺にはそれがよくわかりましたよ。そして、素晴らしい女性方です。俺は、おそらく運が良かったのだと思います。なにせ、皆様のような性の列女を最初の経験にすることができたのですから」

 

 羅刹(らせつ)が喋り続ける。

 麒麟(きりん)山の南側にある炎の城壁を越えて、妖魔の土地と呼ばれる場所を歩いていた。

 歩いているのは整備された街道だ。

 

 妖魔の土地だというから、どんな場所なのだろうと沙那は思っていたが、拍子抜けするくらいに普通の光景が拡がっていた。

 山があり、川があり、樹木が茂っている。

 畠すらあり、道路も整備されていて、そこを歩くこともできる。ここが朱紫国の北側の妖魔の土地らしい。

 その妖魔の国を羅刹の道案内で、獬豸洞(かいしどう)という名の妖魔城に向かっている。

 いまのところ、特に咎められるとか、追われるというようなことはない。

 人間がここに入り込むのは御法度だと思っていたから、人目を避けて妖魔城に向かうことを考えていたのだが、羅刹に言わせれば、そんな必要はないだろうということだった。

 

 それに、羅刹もまた麒麟山の内側に棲む妖魔なのだが、考えてみれば、あまり人間に対する敵意というものがない。

 もちろん、性技を教えてくれたという感謝の気持ちがあるのだろうが、こうやって妖魔城に近づくための道案内をしてくれるくらい友好的でもある。

 さすがに妖魔の部落に立ち寄るのは避けているので、大勢の妖魔に接触することはないが、それでも道を行き交う妖魔と出遭うことはある。

 しかし、彼らの誰も沙那たち四人のことを気にする様子もない。

 

 羅刹曰く、妖魔には、角が目立たないほどに小さくて、見た目が人間と同じ妖魔も多いので、あえて人間だと言わなければ、誰も人間だと思わないし、大部分の妖魔は人間のことを気にしていないとも言った。

 ここに集まっている妖魔たちは、基本的には本当に平和的な種族なのだ。沙那は改めてそれがわかった。

 

 妖魔城に辿り着いてどうするかの方針はまだ定まっていない。

 とにかく、賽太歳(さいたいさい)という若い妖魔王が奪っていった宝玄仙の道術を取り戻す。

 それが最終目的だ。

 

 朱姫の『縛心術』と、あの多目怪(たもくかい)の光の術のおかげで、幾らかの宝玄仙の道術は快復していたが、それでも本来の宝玄仙の道術力とはほど遠い。

 なんとか賽太歳を倒すか、話し合いで納得させるかして、道術を返してもらうということになると思う。

 羅刹によれば、若い妖魔王は優しい人格であり、ここに集まっている多くの平和的な妖魔の住人たちに慕われているようだ。

 そうであれば、案外あっさりと話し合いで解決するのではないか。そんなことも沙那は思ったりもしている。

 

「へえ、じゃあ、羅刹、わたしらの性的特徴とはなんだい?」

 

 歩きながら宝玄仙が言った。

 

「そうですねえ……。では、最初に抱いた沙那さん──」

 

 羅刹が言った。

 

「わ、わたし?」

 

 いきなり名を出された沙那は戸惑った。

 

「俺には生涯の最初の女性となりましたが、実に感じやすい身体を持っておられます。どこをどう刺激しても響くような反応は、まさに男が抱くために存在すると言っても過言ではないでしょう」

 

 羅刹が説明を始めた。

 沙那は閉口した。

 自分の感じやすい身体のことをとやかく言われるのは嫌だ。

 

 それにしても、淫魔だから仕方ないのかもしれないが、この羅刹は歩いている間に話すのは性の話だけだ。

 のべつまくなしに、よくもここまで性談義だけを続けることができるものだと感心するほどだ。

 

「皆さんが休んでおられる間に、俺も人間界に戻って数名の女を抱いて来ましたが、だんだんと沙那さんのような女性は特別だということがわかってきましたよ。頭のてっぺんから足の指の先まですべての場所が性感帯というのは、どうやら途方もない能力のようですよ。自信をもって自慢してよいのですよ、沙那さん」

 

 羅刹が得意気に語った。

 淫魔というのは夜寝る必要がないのか、羅刹は昼間は沙那たちの旅の道案内を務め、夜になれば、『移動術』で辺境地帯に戻り、人間の女を相手に性交をしてくるということを続けている。

 この妖魔の土地に入って三日だが、その三日とも、羅刹は人間の女を抱くために、夜はいなくなり、朝に戻ってくるということをしていた。

 

「な、なんで、それが自慢になるのよ。馬鹿馬鹿しい──」

 

 沙那は怒って声をあげた。

 なにがおかしかったのかわからないが、ほかの三人が一斉に声をあげて笑った。

 

「次は朱姫殿ですね」

 

「今度はあたし?」

 

「そうです。弱点はお尻。まあ、あれだけ、お尻が弱いというのは実に素晴らしいですねえ。四人の方々は、みなさん共通でお尻が弱いということはわかりましたが、朱姫殿のお尻は特別です。指一本でちょっと刺激するだけで、あれだけ連続で達してしまうということは簡単にできることではありません。どうかそのお尻を大切になさってください」

 

「う、うるさい──」

 

 朱姫が真っ赤な顔で叫んだ。朱姫の恥ずかしそうな様子に沙那はぷっと噴いた。

 なるほど、他人のことなら笑えるのだと思った。

 

「孫空女さんの抱き心地も格別でしたね。あんなにお強いあなたが、淫らで可愛らしい仕草をする女性に豹変するというのは、世の男は誰も彼もあなたの虜になるでしょうね。それに、孫空女さんには、女性との情事の大切なことを教えてもらいましたし……」

 

「なになに? その大切なことって……?」

 

 朱姫が口を挟んだ。

 

「……孫空女さんは、心の性感帯が異常に豊かなのです。女が感じる場所を触らなくても言葉だけで達することができるのですよ。これは貴重な経験でした」

 

「なにさ、その言葉だけで達するって? もっと詳しく教えてよ、羅刹」

 

 朱姫が言った。

 

「詳しく説明する必要ない──。それ以上、あたしのことを喋ったら、その大口に拳を叩き込むよ──」

 

 先頭を歩く孫空女が振り返って、羅刹を睨みつけた。

 

「怒らせるつもりはないのですよ、孫空女さん……。というよりは、なぜ、皆さん、お怒りになるのです。いま語ったのは、お三方が素晴らしいということです。おそらく、どんな男が相手にしても、皆さんの素晴らしさに驚嘆し、心の底からの賛辞を贈るに違いありません。それでいて、皆さんもまた、男との情事で愉しむことができる。素晴らしいじゃないですか……」

 

「お、お願いだから、わたしたちのことで性談をするのはやめてよ」

 

 ついに沙那は言った。

 羅刹は当惑した様子になった。

 すると宝玄仙が不意に笑った。

 

「沙那、この羅刹に性のこと以外を考えろというのは無理なことさ。女と性をすることだけに生きているような種族なんだ。こいつの価値観では、情事を愉しみ、相手を愉しませることができるというのは最高の能力であり、人としての値打ちなんだ。逆に言えば、情事に向かない身体や精神を持っている人間は、なんの価値のない不具者ということになるんだよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「だったら、ご主人様のことを語ってもらおうよ」

 

 孫空女が言った。

 

「そうね、ご主人様のことだったら、いつまでも喋っていいそうよ、羅刹さん」

 

 沙那も言った。

 

「わ、わたしもかい?」

 

 宝玄仙だ。

 

「当たり前だろう、ご主人様。ゆっくり聞こうよ──。羅刹によるご主人様の身体の評価をさあ」

 

 孫空女が愉快そうに言った。

 

「宝玄仙さんの身体は格別です。さすがの淫魔のわたしでも、宝玄仙さんの身体には、欲情してしまうし、精を放ちたくなります。淫魔が精を放つというのは恥ですから、さすがに自重しましたが、何度か本気で出しそうになる場面もありました。感触といい、味わいといい、湿りといい、絞まりといい本当に最高の身体をお持ちです。外面の美しさ以上に内面は最高です。女性としてこれ程の理想体はほかの女性では求められないでしょう」

 

 羅刹が言った。

 

「へえ、お前、精を放つことは恥なのかい? それは知らなかったよ」

 

 孫空女があっけらかんと言った。よくもそんな恥ずかしいことを堂々と質問するなあと思ったが、正直沙那も好奇心はある。

 羅刹が精を出さないようにしているのは知らなかった。

 そう言えば、沙那の中には一度も出さなかったと思ったが……。

 

「女性を悦ばすために意図的に出すのはいいのです。しかし、女性に溺れて思わず出す精は恥なのです。それは負けですからね」

 

「なにが負けだい──。それほどのものかい。ついこの間まで童貞で、女の身体に触れるのを怖がっていたお前が、随分と語るようになったじゃないかい」

 

 宝玄仙が呆れた声をあげた。

 

「それを言われると淫魔としてはつらいですねえ……。お願いですから、この羅刹に性行為を教えたなどということは秘密にしてくれませんか。本当は、俺たちが獲物にする人間の女から逆に性行為の手解きを受けたというのはとてつもない恥なのです。こんなことが知られたら、俺はもう、淫魔界の笑い者ですから」

 

「なら、秘密にしてやるから頑張って道案内をしな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「それはもう悦んで──。それで、宝玄仙さんの身体ですけどね……」

 

「まだ、わたしの身体の話は続くのかい」

 

 宝玄仙だ。

 

「まあまあ、ご主人様、聞こうよ」

 

「そうですね。あたしたちだけ恥ずかしい思いは狡いですよ──。ねえ、淫魔、ご主人様の性感帯はどこ? 沙那姉さんの身体を基準の十にすると、それぞれの感度は数字でどのくらい?」

 

 孫空女に続いて朱姫も言った。

 

「な、なんで、わたしの身体が基準なのよ」

 

 沙那は朱姫に叫んだ。

 

「だって、どの場所であろうと、沙那姉さんの身体が一番感度がいいに決まっているじゃないですか。だから、沙那姉さんが十段階の十なんです」

 

「いや、そんなことはありませんよ、朱姫殿。ほかの部分はそうですが、お尻は別です。沙那さんを十にすれば、朱姫殿は二十三、四くらいだと思いますよ」

 

 羅刹が言った。

 

「ええっ? そ、そんなに違うの?」

 

 朱姫が驚いたような仕草をした。

 

「当たり前じゃないか、朱姫──。お前、自覚がなかったのかい?」

 

 孫空女が冷やかしの声をあげた。

 また、朱姫以外の三人が笑い声をあげた。

 

 しばらく、ここについては、誰が十だ……。いや、八か七だ。それとも十二だとか、そんな話を続けた。

 それが終わったのは、太陽が中天をすぎて少し西側に傾きかけてきてからだ。

 健脚揃いの四人だったが、そろそろ休息を取ろうということになった。

 

「……そう言えば、約束の地点にもうすぐ到着しますよ、皆さん」

 

 五人で街道から外れた樹木の陰に車座に座っていた。

 そこで水筒を回しながら喉を潤していると、突然、思い出したように羅刹がそう言ったのだ。

 

「約束の地点? もう妖魔城に到着するの?」

 

 沙那は訊き返した。

 

「妖魔城にはもう少しありますよ。遠くはありませんけどね。そうじゃなくて、皆さんを次の案内人に引き渡す場所ですよ。妖魔城のことは、実は俺も詳しくありませんから、たまたま、あなた方を知っていて、妖魔城についても詳しいという女性から連絡があったのですよ。例の鉄扇仙(てつおうせん)を通じて」

 

 鉄扇仙というのは、羅刹の母親の友人で、性行為の修行に出されていた羅刹の修行終了の合否判定を担う雌妖だと羅刹が説明した淫魔だ。

 沙那たちは会ってはいないが、沙那たち四人と性行為の修行をした羅刹はその鉄扇仙と性交をして、淫魔として合格させられる性技を得たと判定されたのだ。

 羅刹が言うには、そのときに、妖魔城に向かう途中のこの辺りで沙那たちの案内人を交替すると申し出た女性がいるというのだ。

 

「次の道案内って……。お前、なんで、そんな大事なことを説明しないんだよ」

 

 さすがに宝玄仙が怒った。

 宝玄仙が言うなら、本当に沙那たちだけでなく、羅刹はそれを伝えるのを忘れていたのだろう。

 

「おや、俺は、もしかしたら、皆さんにそれを言っていなかったのですか?」

 

「もしかしてじゃないよ、羅刹──。お前は一度も言っていないよ。つまらない性談義をするばかりで……」

 

「つ、つまらないは酷いですよ、宝玄仙さん──。さっき、淫魔の俺が性談義をするのは当然だと言ってくれたじゃないですか」

 

 羅刹が言った。

 

「それはちゃんとやるべきことをやっているときの話だよ」

 

 宝玄仙がさらに声を荒げた。

 

「それで、誰と案内人を交替するの?」

 

 沙那は横から口を出した。

 いまさら、とやかく言っても仕方がないのだ。

 

「そうでした。俺もよくは知りませんが、妖魔城に務める人間の女性だと聞いています」

 

 羅刹が言った。

 

「誰だい?」

 

 宝玄仙だ。

 

「名は……」

 

 羅刹が言葉を続けようとしたとき、沙那たちが座っている場所に誰かが近づく気配があった。

 沙那だけでなく、全員が近づいてくる気配に集中した。

 また、孫空女がさっと耳の中に隠している『如意棒』を拳に移したのに気づいた。

 沙那も細剣の柄にそっと手をやる。

 

「皆さん、もしかしてと思いましたが、久しぶりですね」

 

 樹木の草陰を掻き分けて姿を表したのは、あの長女金(ちょうじょきん)だ。

 沙那は驚いた。

 

「ちょ、長女金──」

 

「長女金さんなの?」

 

「お前、元気だったのかい──?」

 

「どうしてここに?」

 

 四人が一斉に喋った。

 長女金が苦笑した。

 

「おや、知り合いでしたか? 初めまして。俺が羅刹です。あなたが鉄扇仙に伝言を頼んだ長女金殿ですか?」

 

「いかにも、長女金よ。羅刹だったわね。ここから先は、わたしが四人を預かるわ」

 

 長女金が言った。

 羅刹の説明によれば、伝言により羅刹と案内人を交替することになっていたのは、この長女金だったようだ。

 どうしてここに長女金がいるかとか、どういう伝手で羅刹の知り合いの鉄扇仙に伝言を頼んだのかというようなことについて、羅刹は承知していなかった。

 ましてや、そもそも、なぜ、長女金が沙那たち四人が麒麟山にやってきたことを知ったのかということも知らない。

 羅刹は、ただ、沙那たちの案内を引き受けたがっている人間の女がいるということだけを鉄扇仙から言われただけのようだ。

 

 それにしても、それを伝えるのを忘れていたようだが……。

 羅刹は、長女金に沙那たちを託すようなことを言うと、四人に代わる代わる感謝の言葉を告げてから、『移動術』で姿を消した。

 

「さて、長女金、説明してもらえるかい? なんで、お前がここにいるんだい?」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 考えてみれば長女金との縁は随分と奇妙なものだ。

 

 結界牢で晒し刑を受けていたこの長女金を気まぐれで助けたことから、今回の宝玄仙の騒動は始まっている。

 その罪により四人は軍の襲撃を受け、宝玄仙だけが捕えられた。

 なんとか沙那たち三人で救出には成功したが、牢で訊問されている間に、宝玄仙の中の第二の人格の宝玉が狂って深層意識に閉じこもるような打撃を受けただけでなく、賽太歳という妖魔に道術力を奪われるというようなことがあった。

 それで、賽太歳から奪われた道術力を取り戻すためにひたすら北を目指してきたが、その間にも何度も危ない目に遭った。

 閉じこもったはずの宝玉が不意に出現して、四人を危うくするというようなことまであった。

 

 いずれにしても、この長女金とは、最初に朱紫国の国都で襲撃を受ける直前に別れたままだったので、

 それから長女金がどうなったのかわからないでいた。

 長女金と別れた時期と、軍の襲撃があった時期が合致し、長女金が逃亡する前に一度国都に入ることを仄めかしたりしていたから、もしかしたら、軍に捕らえられたのではないかとも思っていた。

 しかし、国都の軍営に長女金が捕えられている気配はなく、そのまま長女金の足取りは途絶えていた。

 

 宝玄仙によれば、宝玄仙が道術を失ったその瞬間に、宝玄仙の前から姿を消す若い妖魔の姿と鈴の音──。

 そして、その妖魔が肩に担ぐ女の姿を見たような気がしたと言っていたので、もしかしたら、妖魔城に賽太歳が連れていった可能性も沙那は考えてはいた。

 

「わたしは、妖魔城にいます。わたし自身は、特に自由を奪われているというかたちではありませんが、自由を奪われている金聖姫(きんせいき)様の侍女をしているのです」

 

 長女金は言った。

 

「金聖姫といえば、お前が結界牢に晒される原因になった気紛れ姫のことだろう? お前、まだ、そいつと関わっているのかい?」

 

 宝玄仙が呆れた声をあげた。

 

「そんなことを言わずに、金聖姫様を救出するのに協力してください、皆さん──。金聖姫様は操られて、妖魔王に浚われたのです。金聖姫様を陛下のもとに送り返すための協力を──」

 

 長女金は頭を下げた。

 

「お前のお人よしも呆れるよ。その国王は、罪もないお前のことをただの腹癒せのために、全裸で男囚と同じ結界牢に入れて晒すような人でなしなんだよ。その娘の姫なんか、もう放っておきな」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そ、そんなことを言わずに……」

 

 長女金が困ったような表情になった。

 

「まあ、話だけでも聞きましょうよ、ご主人様。とにかく、妖魔城のことや賽太歳という妖魔王のことを知ることは必要です。話の中で、長女金さんの言うことを引き受けるかどうかを判断すればいいと思いますし……」

 

 沙那はとりあえず宝玄仙をたしなめた。

 もっとも、沙那も金聖姫を救出するという長女金の申し出につき合う気持ちはほとんどない。

 賽太歳が奪った宝玄仙の道術を取り戻すことが簡単なのか、それとも、金聖姫を奪い返すのが容易であるかは、いまは判断できないが、金聖姫を助けることが道術を取り戻すことに繋がるというようなことでもない限り、いま少し、金聖姫という姫を助けてあげたいという気持ちが起きない。

 

「詳しい話は、ここではなんですので、ある屋敷に案内します。そこで、わたしがここに連れてこられた詳しい経緯もご説明します」

 

 長女金は言った。

 それからしばらく長女金の案内で街道をさらに北に進んだ。

 

 妖魔の部落を掠めるようなかたちで進み、やがて丘の上の大きな屋敷に辿りついた。

 周りには建物も樹木もない。背の低い草の拡がる台上に平屋の屋敷がある。

 門のようなものはなく、街道がそのまま屋敷の玄関に繋がっている。

 

「ここはどこなの、長女金さん?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「それも中でお話します。玄関の前に立つと、『結界罠』が作動して中に跳躍させられますから、驚かないでくださいね」

 

 長女金は言った。

 『結界罠』というのは、あらかじめ『移動術』をかけておいた結界を準備しておいて、そこに入った者を自動的にどこかに跳躍させてしまうという道術だ。

 長女金の説明によれば、屋敷の内部に入るには、玄関からではなく、その『結界罠』を使った跳躍でなければ入れないというのだ。

 

「わかったよ」

 

 宝玄仙が頷いた。

 やがて、屋敷の玄関の前に立った。

 『移動術』特有の腹が捻じれるような感触があり、沙那はほかの者と一緒にどこかに跳ばされた。

 

「どこだい、ここは?」

 

 宝玄仙の声がした。

 そこはまったく光がなかった。

 玄関の前からどこかに『移動術』で跳ばされたということはわかったが、跳躍先はどこかの密室であり、まったく光がない真っ暗闇の場所だったのだ。。

 

「み、みんな、息吸っちゃ駄目──。早く、『移動術』でどこかに跳んで──」

 

 孫空女の切羽詰ったような声がした。

 それで沙那は、だんだんと全身の筋肉が弛緩しようとしているということを悟った。おかしな毒の空気がこの密室に立ち込めている。

 

「ちょ、長女金、どこ──?」

 

 沙那は口を鼻を手で押さえたまま叫んだ。

 返事はない……。

 

「ご、ご主人様、『移動術』が遣えません──。道術封じが部屋中にかかっています」

 

 朱姫の悲鳴のような声が暗闇に響いた。

 

「そのようだね……。どうやら、罠にかかったよ」

 

 意外に冷静な宝玄仙の声が戻ってきた。

 それが最後だった。

 

 沙那は遠くなる意識の中で、自分の身体が床に倒れていくのがわかった。

 最後に知覚したのは、ほかの仲間もまた、沙那と同じように、ばたばたと床に倒れていく気配だった。

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