「本当になんでもするんだね、沙那?」
春嬌は言った。
「なんでもします」
沙那がはっきりと言った。
その表情に嘘はないように思える。
宝玄仙は、供を女奴隷のように虐げている女主人と聞いていたので、その供である沙那がそれほどまでに宝玄仙を庇おうとする態度をとるのは意外だった。
しかし、そうであるならば、宝玄仙を人質にして明日の奴隷披露の晩餐会でこのふたりに余興をやらせるという手もある。
「孫空女も同じかい? なんでもする覚悟はあるのかい?」
春嬌は孫空女に視線をやった。
「もちろんだよ。だから、ご主人様をもう痛めつけないでおくれよ」
孫空女も言った。孫空女の眼も真剣だ。
このふたりは、本当に宝玄仙のことを大事にしている。
それは驚くべきことだが、だったら都合がいい。
しかし、一方で、そんな健気な心根をたかが人間が持っているなど信じられないとも思った。
口先だけのことではないか。春嬌は疑った。
「だったら、明日の晩餐会で宝玄仙については、場を盛り上げるために、特別の演出を考えていたんだけど、お前たちが代わりに盛り上げ役をやるなら、宝玄仙については免除してやってもいい。どうだい?」
「わ、わたしたちが恥をかけば、ご主人様を明日の晩餐会には出さないということね?」
沙那が言った。
「そういうことさ。ただし、どんなことでもするんだ。できるかい?」
「な、なにをすればいいのよ……?」
沙那が不安そうに言った。
「なんでもするといったじゃないかい? 犬と性交しろと言われればするんだよ。客の吐いた嘔吐物を飲めと言われれば飲むんだよ──。それができるかどうか訊いているんだよ」
春嬌は怒鳴った。
沙那の顔が蒼白んで黙り込んだ。
おそらく、犬と交わり、客の嘔吐を口にする自分を想像したに違いない。
しかし、それとともに失望の感情も春嬌に湧き起こる。
やっぱり、なんでもするなどと口にする者は信じられない。
世の中には耐えることができないことなど幾らでもあるということを知らないただの世間知らずだからそんなことが言えるのだ。
「わかったかい。覚悟もないくせいに、なんでもするなんてことをおろそかに口にするんじゃないよ。人間風情が──」
腹がたった春嬌は声を張りあげた。
「や、やるよ……」
口を開いたのは孫空女だ。
「えっ?」
沙那が顔を孫空女に向けた。春嬌も孫空女に視線を送る。
「あ、あたしがやる……。犬の相手をする。嘔吐だって食べてみせる。だ、だから、ご主人様も、それから沙那のことも許してやってよ」
孫空女が言った。
「ま、待って、孫女。わ、わたしの言い出したことだから……」
沙那が慌てて言った。
「沙那はいいよ。あたしならできる──。ねえ、春嬌、いいじゃないか。明日は死ぬつもりで頑張る。だから、これ以上の嗜虐はあたしだけにしておくれよ」
「だ、駄目よ、孫女──。わたしが……」
沙那がおろおろと言った。
しかし、春嬌はそれを遮った。
「試してやるよ、孫空女──」
春嬌は孫空女が上半身をうつ伏せに拘束されている卓に近づいて、孫空女の顔のそばにいきなり唾を吐いた。
「舐めな、孫空女」
春嬌の言葉が終わると同時に、孫空女が舌を伸ばして春嬌の吐いた唾を舐めとった。
なんの躊躇もなかった。
ちょっとだけ、春嬌は感心した。
そして、ほんの少しだが孫空女という人間の女に興味を抱いた。
ほんの少しだが……。
「わたしが人間が嫌いというのは知ってるかい、お前たち?」
春嬌は言った。
沙那と孫空女が戸惑ったように首を横に降る。
「わたしの家族は、この麒麟山の南の小さな妖魔の部落で暮らしていたんだ。そこに人間の軍隊がある日突然やってきた。部落を焼き、大人たちはおろか、子妖や老妖、雌妖もみさかいなく連中は殺し回った。年端もいかない子妖が遊びのように両腕を切断されて死ぬまで放置され、あるいは、全身に油をかけられて生きながら焼かれる仲間を大勢見た。子をふたり並べられて、どっちかを殺さなければ両方殺すと脅されて、子殺しをさせられている母妖もいた。わたし自身の母も殺された。わたしの目の前で犯され、そして、身体をふたつに斬られたのさ。すべて人間のしたことだ」
春嬌は捲し立てた。
あの日のことはいまでも忘れていない。
頭に焼き付いていて、取り去ることができないのだ。
同胞が焼かれる肉の匂いとおびただしい血の香りを春嬌はいまそこにあるかのように思い出すことができる。
沙那と孫空女は黙っている。
なにを言っていいのかわからず途方に暮れている表情だ。
春嬌も彼女たちの言葉は期待していない。春嬌はただ、感情の爆発するまま喋っているだけだ。
「人間なん全部死ねばいい。わたしは心の底からそう思っているんだよ」
自分の血の半分は人間であることはわかっている。
しかし、春嬌の頭の中では母も妖魔の一族だ。
戻ろうと思えば人間の部落に戻れたのに、そうせずに妖魔の部落に留まり、妖魔として惨殺された。
だから、母は妖魔の一族だ。
「なんでもすると言ったね、お前ら。だったら死にな。お前らが自殺すれば宝玄仙は解放してやるよ」
春嬌は懐から丸薬をふたつ出し、沙那と孫空女の口が届く位置に置いた。
「これは、わたしが人間を殺すためにいつも持ち歩いている毒だ。これを飲めば一瞬で死ぬ。飲みな」
「えっ?」
声をあげたのは沙那だ。
顔に恐怖の色がある。
顔の前の丸薬を凝視している。
それに比べて孫空女は、またもためらわなかった。
もうすでに孫空女の顔の前にあった丸薬は孫空女の腹の中にある。
「そ、孫女──」
それに気がついて沙那が叫んだ。
春嬌は沙那が拘束されている卓の脚を思い切り蹴り飛ばした。
「お前の口先だけの心根が見えたよ、沙那。なんでもするというけど、なにもしないじゃないかい。死ぬ覚悟のない者が口にすべき言葉じゃないんだよ。それは──。いまのはわたしが常用している滋養の薬だ。毒じゃないよ。生憎、都合よく猛毒なんて持ってなくてね」
春嬌が蹴った卓が揺れて大きな音が鳴った。
沙那は恥じ入るような表情で顔を真っ赤にした。
「ほら、死にな、沙那。宝玄仙を助けたければね。息をとめれば死ねるだろう? ここで息を止めて死にな」
春嬌は怒鳴りあげた。
「もう、やめてよ、春嬌。みんなを助けてくれるなら、本当にあたしを殺していいよ。それであんたの気がすむなら……」
孫空女が叫んだ。春嬌は鼻を鳴らした。
「いいだろう、孫空女に免じて、明日の晩餐会にお前たちが大人しく舞台を務めれば宝玄仙は晩餐会には出さないことにしてやるよ。この春嬌が約束するよ」
「あ、ありがとう」
孫空女が安心したような笑顔になった。
どうしてこの女はここでこんなに屈託のない笑顔ができるのだろう。
春嬌は自分の内心にたじろぎの気持ちが湧くのを感じた。
「だけど、孫空女ひとりというのは認められない。沙那も一緒だ……。心配しなくても、犬と性交させたり、嘔吐物を喰わせたりしないよ。ただの性行為だ。お前たちには、最初の余興として、ふたりで客の前で愛し合うんだ。もちろん、それで終わりじゃない。とにかく、明日の晩餐会でわたしが命じるすべての“試し”がこなせたら、宝玄仙については晩餐会には出さない。それ以上、痛めつけるということもしない。それでどうだい?」
「そ、それでいいです」
沙那が言った。
「いいよ」
孫空女も頷いた。
「あ、あああ……あはああっ……」
横の宝玄仙が感極まった声をあげてまた欲情しきった声をあげた。
宝玄仙の舌付きの山触手の鉢で自慰をさせたままだったことを忘れていた。
春嬌は鉢を片づけさせた。
「いつまでもよがってんじゃないよ」
春嬌は宝玄仙の肉芽に繋がった鎖を引っ張った。
「あがああっ」
宝玄仙が泣くような声をあげて膝を折った。
「勝手に座り込むんじゃない」
今度は鎖を引き揚げる。
「ひぎいっ」
宝玄仙は泣き叫んだ。
「や、やめなよ。ご主人様を痛めつけないでよ」
「そ、そうよ、約束が違うわ」
孫空女と沙那が声をあげた。
「お前たちはなにを言っているんだい? わたしは明日の晩餐会でお前たちが素直な態度だったら宝玄仙に明日の余興をさせることはやめてもいいと言ったんだよ。お前たちは、なにもしていないじゃないか」
春嬌は部屋の隅で待機をしていた麗芳に合図をした。
天井から鎖が垂れてきた。
「な、なにするつもりだい?」
孫空女が叫んだ。
「もちろん、罰だよ。さっきも言っただろう。お前たちが麗芳と綺芳に逆らった罰は宝玄仙に受けさせるとね。そこで、自分たちのやったことがどんな風に宝玄仙が酷い目に遭うことに通じるのか見ておいで」
「そ、そんな」
声をあげたのは沙那だ。
春嬌はもう一度手で合図をした。
麗芳と綺芳のふたりが部屋の外から三角木馬を台車に載せて運んでくる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。ま、まさか、それをご主人様に使う気?」
「わ、わたしが悪かったです。ど、どうか、わたしに罰を与えてください」
孫空女と沙那が自分たちの視線の先にやってきた三角木馬を見て叫んだ。
三角木馬の頂上はほんの少し丸みを帯びているが、ほぼ錘状に尖っている。
それが春嬌と宝玄仙いる場所の横に設置された。
ちょうど天井からぶら下がっている鎖の真下だ。
「ひっ」
宝玄仙が蒼い顔をして叫んだ。
自分がそこに座らせられるのがわかっているのだ。
しかし、舌を切断した宝玄仙は言葉を喋れず、もう獣と同じだ。
唸り声のような音をあげていやがるのを肉芽に繋いだ鎖を引っ張ることで簡単に三角木馬を跨るように無理矢理に立たせる。
天井から垂れ下がっている鎖を後手に腕を組んで拘束されている宝玄仙に首輪の後ろに繋ぐ。
これで宝玄仙は三角木馬の上から動けなくなった。
沙那と孫空女が喚いている。
構わず春嬌は、三角木馬の足元にある留め具を踏む。
機械仕掛けの木馬がゆっくりと上昇していく。
「はがああぁぁぁぁ──」
宝玄仙の奇声が部屋に響いた。
三角木馬の頂点が上昇し、女陰につけた輪っかと鎖で剝き出しにさせている宝玄仙の女陰に三角木馬の先端が喰い込んだのだ。
宝玄仙の足が限界まで爪先立ちになる。
「ご主人様──」
「しゅ、春嬌、やめさせて。お願いよ」
孫空女と沙那が代わる代わる叫んだ。
「やかましいよ、お前たち。お前たちはやることがあるだろう──。麗芳と綺芳から性行為の練習をさせられていたけど、すぐに呆気なくいってしまって、叱られまくっていたそうじゃないか。いい機会だ。やりな。お前たちがいくたびに宝玄仙を痛めつけるよ。どこを痛めつけるか愉しみにしてな」
春嬌は怒鳴った。
「そ、そんなあ──」
とりわけ大きな声で悲鳴をあげたのは沙那だ。
「お、お願いだよ、春嬌。もう、ご主人様は許してあげてよ」
孫空女も泣くような声をあげた。
しかし、春嬌はそれを無視する。
さらに足で三角木馬を操作して上昇させる。
宝玄仙の足が宙に浮き、全体重が宝玄仙の股間にかかり、三角木馬の頂点が剝き出しの女陰に喰い込む。
宝玄仙が泣き叫んだ。
「……麗芳、綺芳、さあ始めるんだ。沙那と孫空女も、宝玄仙を苦しめたくなければ、死ぬ気で快感に耐えな。お前たちがいい気持ちになるたびに宝玄仙は苦しむんだ」
春嬌は言った。
そして、三角木馬の横を蹴り飛ばした。
この三角木馬は下部分が大きなばねの上に乗せられたようになっていて、蹴り飛ばせばゆらゆらと揺れる仕掛けになっている。
しかも、宝玄仙が苦しがってもがけば、それで体重が宝玄仙の股間にかかる。
「ひがあああぁぁぁ」
宝玄仙が吠えるような悲鳴をあげた。