「二度とここには来るなと言ったはずよ、宝玉……。いや、いまは宝玄仙士様だったね、神官長殿」
母親が言った。
今度は、宝玄仙は再び自分の中に戻っていた。
これがいつの自分なのかすぐにわかった。
二十一歳のときだ。
十二歳で家を飛び出してから九年後になる。
宝玄仙が、天教でもっとも若い仙士となり、故郷を含めた地方を管轄する天教の神殿の神殿長として、隣町に戻ってきたときだ。
天教には、階級があり、最高位は八仙だが、その下は「仙士」、「斎士」、「高士」、「上士」、そして、「坊士」となる。
階級に応じて、帝国全土に拡がる僧院の長となれるが、それは、長となる神官の階級に応じて、呼び名が変わった。
宝玄仙は、その大きな道術力で、瞬く間に出世して、女ながらも、わずか二十一にして仙士の階級を手に入れて、故郷に近い神殿の神官長として着任することになったのだ。
その神殿は、かつて、自分が
若い宝玄仙の身体に入っている宝玄仙は、もうひとつの視線として、眼の前の母親と向かい合っていた。
「挨拶よ。故郷の神官長になったんだもの。素通りというわけにはいかないでしょう。一応は、あんたも地元の名士のひとりなんだし、これは娘として来たんじゃなくて、天教の神殿長として訪問したと思ってちょうだい」
宝玄仙……、当時は、仙士だったので、宝玄仙士だったはずだが、その宝玄仙士の自分が皮肉を込めた口調で言った。
「はいはい、神殿長ねえ……。いずれにしても、ここは、お前さんのような天教の偉いお方が来るような場所じゃないよ──。“淫靡の館”。そう呼ばれているんだよ……。いや、そう言えば、妙な噂を聞いたけどねえ。新しい神殿長様は、女のくせに若い女がお好きなようじゃないかい。何人かの猫を飼っているということを耳にしたねえ」
母親がにやりと笑った。
「ただの噂よ……」
宝玄仙は苦笑した。
もっとも、それは事実だった。
当時の宝玄仙は、すでにふたりの巫女娘を自分の同性愛の相手として調教していた。
十二歳のとき、そういうことが嫌で飛び出したこの屋敷だったが、二十一歳の宝玄仙はかつての初心な子供ではない。
自分には淫靡な血が流れている……。
そのことに気がつくのに長い時間はかからなかった。
性に貪欲な自分を持て余し、気がつくと激しい淫欲を求め狂う自分がいた。
宝玄仙には、毎日のように性の相手をしてくれる相手が必要なのだ。
そうでなければ、火照った身体がおかしくなってしまう。
淫情に狂うのだ。
そして、結局、自分の部下でもある巫女をたらしこみ、性奴隷のように自分に奉仕させたりするようになった。
性愛などなにも知らない巫女娘を調教して、淫欲の虜にして自分の相手をさせるのだ。
自分の性欲を満たすために……。
そんな自分を蔑んでいる自分もいる。
「それで、用件は挨拶だけ? だったら、もう、いいんじゃない。これでも、忙しい身なのよね。今日も宴があるのよ。たくさんの恋人が集まるの。今日の趣向は、男二十人と女二人……。勢力旺盛な二十人の男の相手をわたしと蘭だけでするのよ。きっと、わたしも蘭もただではすまないわ。死んだように息絶え絶えになってしまうわね……。もしかしたら、いきすぎて死んでしまうかも。性の猛者たち二十人の前に差し出された哀れな生贄の女二人よ。考えられる? 愉しみだわ……」
母親はくすくすと笑った。
宝玄仙は肩をすくめた。
やっぱりこの女はどうしようもない……。
とにかく快楽に結び付きさえすれば、なんでもいいのだ。
慎みも倫理もない。
女の欲望こそすべて……。
それが正義……。
途方もない嗜虐者でありながら、同時に被虐される性愛も好きなこの母親は、性愛に名がつくものであれば、どんなことに対しても貪欲だ。
良くも悪くも、それが宝玄仙の母親だ。
この屋敷も相変わらず妖魔の気配が色濃く漂っている。
本当は天教の神官として、帝国に入り込んだ妖魔は駆逐させる義務があるのだ。
だが、この女はいまも、行き場のない妖魔を受け入れて自分の相手をさせたりしているのに違いなかった。
そういえば、宝玄仙が幼い頃は、屋敷そのものが淫魔だという途方もない妖魔を屋敷のそばに二匹もいさせたこともあった。
とにかく、性愛に関してはいつもびっくりさせるようなことばかりしていた。
いまでは、あれ程、忌み嫌っていた母親も、自分と同じ淫乱の血が流れている者として親しみも感じる。
だが、もう、母親ではない……。
縁は正式に切れている。
しかし、独立した女同士として向き合えば、それほど嫌な女ではないという気もする。
別に誰に迷惑をかけるわけでもない。
母親の屋敷に集まる者は、男でも女でも、あるいは、妖魔でもそういうことが好きな者ばかりだ。
この女は誰に対しても公平で、分け隔てのない振る舞いをする。
自分自身が貴族の血を引いていて、望めば高貴な出身の人間としてそれなりの生き方もできるのだが、そうしなかった。
この女は本当にどんな相手でも身体と心を開く。
宝玄仙はすでに死んだこの地域の領主の娘だが、妹の蘭玉は名もない農夫の娘だ。
数ある男の中からこのふたりの子を産む決心をしたのは、ふたりともいい道具を持っていたからだそうだ。
いずれの父親も屋敷には受け入れず、宝玄仙と蘭玉の姉妹だけがこの屋敷で育った。
蘭玉が産まれてすぐにはやり病がこの地方を襲い、あっという間にふたりの父親は鬼籍に入ったらしい。
父親が誰かを教えられたのは、それからかなり経ってからだ。
隠していたのでなく、訊ねなかったからだけのようだ。
宝玄仙が十くらいのとき父親のことを訊いたら、確か、あっさり教えてくれた気がする。
あの母親はそれが大事な情報とはまったく考えなかった節がある。
あの女にとっては、子供の父親が貴族だろうが、農夫だろうが、どうでもいいことだったのだ。
それに比べれば、天教の教団という場所は、差別と理不尽さばかりだ。天教の階級などほとんど流れている血の高貴さで決まる。
宝玄仙のように、単純に実力だけで出世した者は珍しいのだ。お互いに足を引っ張り合い、競争者を蹴落として出世する。そういう場所だ。
宝玄仙自身が、ここまで出世するのにかなりえげつない手段を使ってきたし、それができない者は天教の高位にはつけない。
いまは、眼の前の女の純粋さこそが眩しい気もする……。
性愛についてもそうだ。
この女は、誰にでも同じように振る舞う。
途方もない淫乱ということを除けば、博愛主義者といえるのだろう。
本来は王侯貴族しか性の相手にしないような血の女が、平気で市井の男とも寝るし、この国では人ではないとして迫害されている妖魔を相手することも平気だ。
むしろ、気にいった可愛い娘を無理矢理に性の技でたらしこんで性奴隷にしてしまう宝玄仙の方が性悪かもしれない……。
「じゃあ、娘としての要件を言うわね」
宝玄仙が言った。
「娘はひとりよ……。蘭玉というわ。うちの屋敷の最下層の性奴隷よ」
母親は皮肉を込めた口調で言った。
二十一歳の宝玄仙自身が鼻白んだのがわかった。
九年前……。
宝玄仙がこの屋敷を出てから母親との間には埋められない溝ができてしまった。
いまの宝玄仙だったら、この純朴な女を受け入れ、酒でも飲みながらお互いの性癖について笑いながら語り合い、時には女同士の倒錯した性愛に耽るということもできる仲になれたかもしれない……。
しかし、その機会はもう来ないだろう。
宝玄仙自身がそれを断ち切った。
そして、今日この日──。
当時の宝玄仙は完全に母娘の縁を断絶しようとしている。
あの当時の宝玄仙には敵が多かったのだ。
妖魔を平気で受け入れるような女が肉親であるというのは都合が悪かった。
縁も切れているし、どんなに調査をしても、宝玄仙の親がこの女であるということには辿りつかないようにもしているが、どんなきっかけでそれが知られるかわからない。
それがどんな風に競争相手の武器として使われるかも……。
なによりも、この女自身が危ない。天教における宝玄仙の敵は、なにをするかわからない連中ばかりだ。
後ろ盾のない実力だけでのしあがった女神官──。
それだけで天教では、宝玄仙の立身出世を妬む者があらゆる手段で宝玄仙を排除してもいいという納得できる理由になるのだ。
この女は権謀術数とは無縁の女だ。
面と向かって訊ねられれば、宝玄仙が実の娘であると平気で誰にでも教えるだろう。
この女の感覚では、天教の神官としての宝玄仙の地位など、守るに値する価値があるものとは考えない。
そういう女だ──。
若い頃の宝玄仙が口を開いた。
「蘭玉は引き取るわ。九年前に約束していたのよ……。ここに連れてきてくれるかしら。九年前には果たせなかったけど、いまのわたしには、それだけの力がある。これからはわたしが面倒を看るわ」
すると母親がせせら笑った。
「どの口でそんなことを言うのかと思ったら……。九年前に勝手にここを出て行き、いつの間に手を回して縁を切ってしまったのはお前だろう。色々と教えてやったのに、なにが気に入らないのか、わたしのことを人でなしみたいに罵ってさあ……。用件がそれだけなら、お帰りいただけますか、神官長様。もう、ご挨拶は結構ですよ。最初に言いましたけど、今夜は宴があるんです」
母親が席を立ち、宝玄仙を見送るような仕草をした。
「そう言わないでよ、
かつて、この母親は、娘たちに“母”とは呼ばせずに、他人の母を差す言葉である“母御前”という言葉を使わせていた。
宝玄仙も蘭玉も“御前”と呼んだものだ。
いまでも、お蘭は、この女のことを“母御前”と呼んでいるのだろうか……。
それとも、“ご主人様”だろうか──。
「お前ねえ──」
母親の顔に怒りの色が映った。
「取引きしましょうよ」
若い宝玄仙の口がそう言った。
「取引き?」
母親の額に皺が寄った。
その眼もとに皺がある。
まだまだ美しいが、人間である限り人は歳をとる。
それは免れることはできない。
神にも喩えられた美貌の持ち主の母だが、寄る年波には勝てないとみえ、その顔には押し寄せている年齢の影響が出ている。
だが、相変わらずの美貌ではある。
いったいこの女は何歳なのだろうか……。
実の母親でありながら宝玄仙は、この女の本当の年齢を知らなかった。
魔性の女……。
それは、こういう女のことを指す言葉ではないだろうか……。
「このわたしを見てよ」
宝玄仙が言った。
「あんたがどうしたのよ?」
「若いでしょう?」
「そりゃあそうよ。まだ、二十一でしょう」
母親が鼻を鳴らした。
年齢の話をするのが不快そうだ。
一方、当時の宝玄仙が内心でたじろぎを覚えたということもわかった。母親があっさりと、当時の宝玄仙の年齢を口にしたことについてだ。
絶対、宝玄仙の年齢など忘れていると思っていたのだ。
「……でも、今後、二十一年経っても同じ姿なのよ。わたしは歳をとらないの。もちろん、見た目の姿だけのことだけどね。いつまでも若さを保つことができるわ。道術の力でね……。それどころか、百年経っても同じなのよ。おそらく、老衰で死ぬ瞬間まで、この若い肌と見た目のままに違いないわ……」
母親の眼が動いた。
座り直して宝玄仙の話をじっくりと聞く態勢に戻った。
「……あんたが望むなら、わたしの道術であんたを若い頃の姿に戻せるわ。そして、歳をとらない身体にもできるし……」
眼の前の女の表情が一変した。
「早くしなさいよ。実の娘でしょう──。もったいぶんじゃないわよ。あんたって、若返りの道術まで遣えるようになったの? そう言えば、道術にかけては小さい頃から途方もなかったわね。そして、天教の修行でそれが開花したんだね──。それを早く言いなよ──。ほら、やるんだよ。すぐにね」
母親はすべてを宝玄仙に喋らせなかった。
立ちあがると宝玄仙に身体を近づけて叫んだ。
その権幕に宝玄仙の方がたじろぐほどだった。
「た、ただし条件があるわ……。蘭玉はわたしが連れていく。それと、あんたの記憶から、わたしと蘭玉の記憶を奪う。それが条件よ……」
「そんなもの……。ふたつとも持っていきな。どんな条件を出すのかと思ったら、そんなくだらないもの……」
母親が大きな声で笑った。
「いいの? わたしのことも、蘭玉のことも忘れるのよ。自分に娘がいたという記憶を永遠に失うことになるのよ。あなたの中から、わたしたちという存在が消えるのよ」
「そんなことどうでもいいよ──。それより、何歳の頃の姿に戻るかは望みのままかい? 一度道術をかけてもらった後、若い姿を維持するためになにかをする必要があるのかい?」
「……むしろ、一度若い姿になったら、それを元に戻す方が大変よ。わたしと同じくらいの道術遣いが、かなりの時間をかけて刻んでいる道術を読み解かなければ道術は破れないわね。事実上、不可能よ──。それをできるのはわたしだけ……」
「それを聞いて安心したよ、宝玉──」
母親が嬉しそうに笑った。
*
寝台の四隅に四肢を拘束されている蘭玉が身体の下にいる。
宝玄仙……当時は、宝玄仙士……が故郷を管轄とする神殿の神殿長として赴任していた頃のようだ。
ここは、当時の宝玄仙の寝室だ。
若い時代の自分の中にいるもうひとりの宝玄仙は思った。
どうやら、異父妹の蘭玉と愛し合っている最中らしい。
どのくらいの時間、寝台に拘束されている蘭玉が当時の宝玄仙の愛撫を受け続けているのかわからないが、脂汗をたっぷりと滲ませ、可愛らしい裸身を艶めかしく悶えさせる蘭玉の姿から、かなり長くしつこい宝玄仙の手管を受け続けていたのだろうということがわかる。
蘭玉と一緒に暮らしたのは、母親から蘭玉を引き取って五年間だった。
宝玄仙が故郷の神官長を務めたのが五年であり、その任が終わって宝玄仙は帝都に戻ったのだが、蘭玉は帝都には連れていかなかった。
そして、一度別れてから、次に再会したのは、十年ほどの年月が必要だった。
喧嘩別れしたのだ。
だから、いま、繰り広げられている性愛は、宝玄仙の神官長時代の五年間のいずれかであるはずだ。
しかし、その五年間、いまのような性愛は毎夜のようにやっていた。この光景がその五年の間のいつの時期かの見当はつかない。
「あ、ああ……お、お宝姉さん……き、気持ちいい……」
蘭玉が口を半開きにして切なそうに言った。
「すっかりと、わたしとの性愛が病みつきになったわね、お蘭。今夜もお前が失神するまで続けてあげるわよ……」
当時の宝玄仙がそう言って、ねっとりと脂汗にまみれている蘭玉のうなじに舌を這わせる。さ
らに波打つ乳房と乳首にも口づけをする……。
「あはあっ」
蘭玉の身体が跳ねた。
宝玄仙は一瞬浮いた蘭玉の股間に手を這わせる。
それこそ、蘭玉の柔らかい桃色の女陰の外襞を一枚一枚剥がすように愛撫するのだ。
そして、宝玄仙の手により無毛にされた恥丘で真っ赤に充血して膨らんでいる小さな勃起をくすぐるように指を動かす。
蘭玉の乱れはますます激しいものになる。
しかし、ここまでだ……。
もう、蘭玉は切羽詰った状態になっている。全身に溢れかえった淫情が沸騰しそうになって、身体を渦巻いているはずだ。
こうしておいてしばらく待つのだ。
少し時間が経てば、火照りきった蘭玉の身体も少しだけ落ち着いてくる。
そうしたら、また熱っぽい愛撫を再開する。
これを繰り返すのだ。
それこそ──しつこく……。
限りなく……。
どんなに蘭玉が狂って、もっと欲しいと喚いても──。
失神寸前になるまで……。
あるいは失神しても許さない。
宝玄仙のぎりぎりまでの愛撫が繰り返される……。
「も、もうだめえぇ……。い、いかせて……。い、一度でいいから……、お宝姉さん……い、いかせて──」
またしても絶頂を寸前で取りあげられてしまった蘭玉が半狂乱の様子で叫んだ。
「まあ、可愛いわねえ……。だったら、身も心もわたしの性奴隷になる? わたしをご主人様と呼べる?」
宝玄仙が笑いながらはっきりと顔を覗かせている蘭玉の菊の蕾を指先でいたぶった。
「はあああぁ──。ご主人様──。ひぐううっ──。ご主人様……き、気持ちいい──」
蘭玉は首を激しく左右に振って悶えた。
だが、またしても宝玄仙は最後まで蘭玉を到達させることなく愛撫を中断した。
蘭玉が泣き叫んだ。
「本当に可愛いわねえ、お蘭。こうなったら、明日の夜まで続けない? 明日は丸一日、非番なのよ。だから、ふたりでここに閉じこもって、性愛に耽ろうよ。それまで、お前は一度もいくことなく、ひたすら寸止め責めをされるのよ……。面白いでしょう」
当時の自分がその思いつきに悦んでいる。
しかし、当の蘭玉には、官能に燃えたぎるような表情でありながら、これを一日続けると言われて、顔に恐怖の色を浮かべている。
「そ、そんな、お宝姉さん……い、いえ、ご主人様、丸一日なんて、そんなことをされたら蘭は死んでしまいます」
「女は性愛では死なないわ。死ぬか死なないか、体験してみるといいわ」
そして、宝玄仙は横の台に置いてある幾つかの淫具から一本の張形を取り出した。
これは霊具だろう。
宝玄仙自身が作ったものだ。道術を込めて操作をすれば張形自身が淫らに振動をするのだ。
その振動は強くもできるし、弱くもできる。
若い宝玄仙が宝玉の身体にその張形の霊具を蘭玉の股間に這わせ始めた。
しかも、肝心な部分には触れずに、その周辺をじっくりと動かしている。
「あはあっ──はっ、はっ、はああぁぁぁ──」
蘭玉が背骨まで突き刺されたかのような悲鳴をあげて全身を仰け反らせた。
宝玄仙の操作する霊具は先端を大きく振動させながら、蘭玉の菊の蕾の周りを這い、肛門と女陰の間の土手をゆっくりと進み、女陰の周りをゆっくりと動いて、さらに肉芽に皮一枚隔てるくらい近づけたかと思うと、すっと肛門に向かって退がっていく……。そういう動きを繰り返す。
蘭玉は半狂乱だ。
女陰からはおびただしい愛液が垂れ流れる。
蘭玉の優美な身体が霊具の振動に合わせるように痙攣を起こし出す。
真っ赤に充血して開花した女陰は、霊具をわずかでも近づけるとそれを呑み込もうとするかのようにうねり動く。
そして、宝玄仙がすっと霊具を離すと、涙を流すかのようにどろりと淫液が垂れ落ちる。
宝玄仙は飽きる程それを繰り返している。
蘭玉の鼻息が不規則で荒い。
これだけ続ければ、肝心な部分に当てなくても絶頂してしまいそうだ。
それくらい、蘭玉は追い詰められている。
宝玄仙は霊具をさっと引き揚げた。
蘭玉が泣き出した。
「お預けよ……。夜は長いわ。明日の一日もある……。明日の夜も……。愉しみましょう、お蘭」
宝玄仙が冷酷な響きをさせて笑った。
やがて、蘭玉の身体が少し落ち着くと、また若い宝玄仙は愛撫を再開する。
それを見ているもうひとりの宝玄仙も、この宝玄仙が本当に丸一日の焦らし責めを続けるつもりなのがわかった。
こうやって客観的に眺めているとその残酷さに鼻白むほどだ。
これはまさに性の拷問だろう。
女同士の性愛でなければ考えられない淫靡な拷問だ。
それでも宝玄仙はしつこいいたぶりを継続した。
蘭玉の恍惚感をできるだけ長引かせるようにぎりぎりのところを責めあげて、それでもどうしようもなく昇りつめてしまい、蘭玉が頂上を極めかかると愛撫そのものをやめてしまう。
あるいは、そうかと思えば、いきなり肉芽や肛門に霊具を当てて、一気に昇りあがらせたりもする。
共通するのは、絶対に最後までいかせないことだ。
九合目どころか、まさに頂上の一歩手前まで引き揚げておいて、さっと責め具を蘭玉の身体から離してしまうその手管には、もうひとりの宝玄仙も感心した。
「や、やめないで、ご主人様──やめないで──」
蘭玉が狂ったように首を振って号泣した。
しかし、責めている宝玄仙はまたもや、意地悪く霊具を引き揚げた。
「い、意地悪しないで──」
蘭玉が叫んだ。
「お尻までぐっしょり……。ふ、ふ、ふ、本当に苦しそうね、お蘭──。ちょっと拭いてあげるわ。きれいになったら、今度は薬剤を塗ってあげるわ。痒くなるあの薬剤をね。そして、さっきのを最初からやるわ」
蘭玉はもう泣くばかりだ。だが、身体は宝玄仙に洪水のような淫液を拭き取られる快感で、仕切りに火照りきった身体を悶えさせている。
「い、いかせて……もう、いかせて……」
蘭玉がすすり泣きながら言った。
「いくのは明日の夜と言ったでしょう……」
宝玄仙が残酷に笑いながら、また蘭玉の身体に責め具を這わせ始めた……。
不意に眼の前が暗くなった。
*
場面が変わった。
眼の前に蘭玉がいる。
さっきと同じ宝玄仙の私室のようだが、性愛の最中という雰囲気ではない。
蘭玉は、きちんと服を着ているし、なによりも険しい顔をしている。
「別れるというのはどういうことよ、お宝姉さん」
蘭玉が宝玄仙を睨みつけた。
あの日か……。
すぐに宝玄仙は、この日がいつなのかわかった。
宝玄仙が故郷の神官長となって五年目の頃だ。
しかも、もう数日後に帝都に戻ることが決まっている。
交替の神官長も決まっている。
宝玄仙よりもずっと年長の仙士であり、引き継ぎの書類もできている。
後は、数日後にやってくる次の神官長との交替の儀という行事があるだけだ。
そして、それが終われば宝玄仙は、帝都に赴任することになっている。
宝玄仙の霊具つくりの才が認められて、その技術を教団本部で発揮すること求められたのだ。
帝都の教団本部で役職が与えられることになっている。教団本部といえば、帝国最大の権力であり、その地位は、宮廷府よりもずっと格上だ。
その頂点に立つ八仙と呼ばれる最高神官ともなれば、皇帝そのものよりも高い権威を持つといわれている。
そもそも八仙というのは、八人が上限であり、八席の最高位の席のいずれかが空位にならなければ新しい八仙が選ばれることはなかった。
そして、当時は八仙のすべてが揃っていて、彼らは無限と言われるような道術を発揮して不老の存在だった。
八仙は、自らが望まなければ退くことがない。この五年後に闘勝仙、次いで数名の交代があり、さらに四年後に宝玄仙も八仙に選ばれたが、その前は、百年近くも新しい八仙というのは生まれていなかったはずだ。
当時の宝玄仙は、すでに仙士の地位にあり、その上位階級というのは、その八仙しかなく、教団本部の仙士というのは、求め得る最高位と考えてよい。
それを宝玄仙は三十にならずして成し遂げてしまったのだ。
結局、やがてさらに出世して、宝玄仙は八仙のひとりとなるが、当時の自分はこのときから十年後に自分が八仙になることなど想像すらしていなかった。
むしろ、その宝玄仙の地位を追い落とすために襲いかかってくるだろう陰謀に立ち向かうことしか考えていなかった。
実際、この地位を得るまでに宝玄仙は色々なものと戦ってきた。
この頃までに宝玄仙を罠にかけようとした者は両手では足りない。
「別れるとは言っていないわ、お蘭──。ただ、帝都には連れて行けないと言っただけよ」
宝玄仙は言った。
当時の宝玄仙と蘭玉が言い争いをしているのは、宝玄仙が帝都に赴任することになったことで、蘭玉をどうするかということだった。
母親のもとから蘭玉を引き取って以来、宝玄仙は、この故郷に近い神殿に蘭玉を住まわせてきた。
この五年の間、蘭玉は宝玄仙の性愛の相手でもあった。
蘭玉としては、宝玄仙が帝都に行こうとどうしようと、当然、自分を連れて行くと考えていたようだ。
しかし、逆に宝玄仙はまったくその気がなかった。
宝玄仙は、これだけ若くして教団本部において上級幹部として遇されることになった自分が教団内において、妬み嫉みの対象であることを知り抜いている。
自分ひとりならどうにでもなるし、それらを振り払う自信もあるが、蘭玉はどうだろうか。
生まれてからずっと母親に調教され、実の母親に奴隷のように扱われてきた。
そして、宝玄仙が引き取ってからは宝玄仙が蘭玉の支配者の役を担った。
人に支配されることしか知らない女だ。
そんな女が宝玄仙の異父妹として帝都に行く……。
隠したとしても宝玄仙の肉親であることはすぐにばれる。
当然、 宝玄仙に向かう陰謀の矛先は、蘭玉にも向かうだろうし、ふたりの親に天教の幹部たちの注目がいくのは間違いない。
そして、あの淫行だけが生き甲斐の無邪気な女に辿りつく……。
宝玄仙は天涯孤独ということになっているが、妖魔を屋敷に自由に出入りをさせているような女が実の母親ということになれば、宝玄仙は当然だが、母親が危険なのだ。
妖魔を屋敷に置くことは帝国の法では罪ではないが、天教の教団法でははっきりと罪だ。
この天教教団だったら、誰かが手を回して宝玄仙を陥れるためだけの目的で、母親に宗教上の死刑宣告をしかねない。
「連れていけなければ、わたしはどうしたらいいのよ?」
「ひとりで生きなさい。お前の道術力があれば、どうにでもなるわ……。そうだ。お前が望むなら、わたしのように教団に出家したらどうなの。もちろん、わたしと肉親だということは公表することはできないけど、お前の力だったら、すぐに……」
「勝手なことを言わないでよ、お宝姉さん──。わたしのことを手放すなら、なんでわたしを引き取ったのよ」
蘭玉は叫んだ。凄く怒っている──。
いや、実は怯えている。
いまの宝玄仙にはそれがわかる。
蘭玉はひとりで生きたことがない。
常に誰かに支配されてしか生きてこなかった。
それがいきなり、これからはひとりで生きろと言われているのだ。
それは恐怖に違いなかった。
しかし、当時の宝玄仙には、そういう妹の心の機微はわからなかった。
人は本質的に自由でありたいと思うものだと信じていた。
誰かに支配されたいと心の底からを望む者がいるなどとは考えなかった。
ましてや、自分の妹が……。
「なんでって……。わたしは、お前をあの屋敷から助けたのよ……」
十五になった蘭玉を引き取ったとき、蘭玉はあの屋敷における最下層の奴隷という扱いだった。
腰を屈めなければ休めないような小さな檻が彼女の部屋であり、常に首輪をつけられて裸で暮らすことを強要されていたのだ。
求められれば、すぐに母親やその愛人たちに身体を差し出す。
どんな理不尽な命令にも逆らってはならない。
宝玄仙と同じくらいの高い道術遣いでありながら、道術契約で母親たちに道術を封じられて、性奴隷にされていた。
そういう立場から救い出してやったのだ。
「わたしは救って欲しくなかった……。いいわ。お宝姉さんがわたしをいらないと思うなら、わたしは御前のところに……前のご主人様のところに戻る──」
蘭玉は不貞腐れるように言った。
宝玄仙──つまり、当時の宝玄仙は驚愕した。
蘭玉は母親のところに戻りたいと言っているのだ。あの惨めな立場になりに……。
「じょ、冗談じゃないわよ。そんなことできないくらいわかっているんでしょう。あいつからは、わたしたちについての記憶を失くさせたのよ。同時にわたしたちを他人としても受け入れない暗示をかけているわ。お前のことを受け入れることなんてないわ」
母親と宝玄仙の縁を完全に断ち切るための処置だ。
記憶だけではなく、二度と接触させないように、間違っても今後、宝玄仙や蘭玉に関わって来ないように暗示もかけたのだ。蘭玉もそれを知っているはずだ……。
「道術で戻せばいいでしょう。お宝姉さんの道術じゃないの」
蘭玉は言った。
「駄目だと言ってるじゃない──」
宝玄仙は声をあげた。
すると蘭玉の表情がさらに険しいものになった。
もうお前は自由だからどこにでも行け……。
そのことがどうして、これほどに蘭玉を怒らせるのか理解できなかった。
いま、これを観察している現在の宝玄仙には、生まれながらに奴隷的な心を持った蘭玉のような人間の感情も理解できる……。
人は本質的に他人に支配されたいと考える──。
誰でも自由でありたいと思うのと同じように、それもまた人間の本質なのだ。
矛盾するようだがそれが真実だ。
だが、当時の宝玄仙には、それがわからなかった。
自分の性癖を満足させるために、五年間も蘭玉を性奴隷のように扱ってきたという負い目もあった。
蘭玉に申し訳ないと考えていた。
「この話は終わりよ。数日すればわたしは帝都に向かうことになるわ。それで別れましょう……。お前が望むなら、落ち着き先を世話もしてあげるけど……」
「結構よ──。それくらい、ひとりでできるわ」
蘭玉が叫んだ。
その顔にははっきりとした憤怒が浮かんでいる。
当時の宝玄仙が当惑している。
「……お宝姉さんは、きっと誰とでも本気の関係など築けない人なのね。実の母親を捨て……わたしを捨て……友達も作らず……人と心を通わせようとはしない……」
「な、なんですって──」
宝玄仙の心に怒りが湧いた。
いや、これは当時の宝玄仙の心だ。
いまの宝玄仙には、なんとなく蘭玉のいうことが正しいようにも思う。
これまでに宝玄仙が心から気を許せる人間がいただろうか……。
そういう人間を作ることを避け続けていた。
そんな気もする。
沙那……孫空女……朱姫……。
三人の顔が不意に浮かんだ。
そして、それを自分で否定した。
宝玄仙の気持ちに関わらず、卑怯な手段で強引に供にした女たちだ。
あの連中が宝玄仙のことを心から認めることはないだろう。
「ねえ、お宝姉さんが捨てるなら、わたしを御前のところに戻してよ──。お願いよ」
蘭玉が絶叫した。
「その話は終わりだと言ったはずよ、お蘭」
宝玄仙が冷たく言い放った。
「……だいたい、あいつのところに戻りたいなんて呆れるわよ。せっかく、あの悪女から助け出してやったのに……」
するといきなり蘭玉が宝玄仙の頬を張った。
痛みよりも、蘭玉がそんな態度をとるということに宝玄仙は驚愕した。
「そんな言い方はやめて、お宝姉さん──。わたしたちの実の母親よ」
蘭玉が毅然と言った。
「母親? あいつが……? 実の娘を調教して性奴隷のように扱おうとした女が? 一番の犠牲者の当のお前がそんなことを言うなんて信じられないわ」
「愛情を抱くという能力に欠けたお宝姉さんには、あんなに愛情に溢れた御前のことが理解できないのよ」
「愛情に溢れた? あの女が?」
心の底から当時の宝玄仙がびっくりしている。
あの屋敷に一番縁のないのが“愛情”だ。
宝玄仙はそう思っていた。
「お宝姉さんは、寂しい人ね。きっとお宝姉さんみたいな女は、いつかすべての人間に嫌われて、そして、裏切られて、独りぼっちで死ぬに違いないわ」
「もう一度言ってごらん、お蘭──。承知しないわよ」
かっとして、宝玄仙も怒鳴り返した。
しかし、いまの宝玄仙はそれが正しかったことを知っている。
周りのすべての人間に裏切られて、闘勝仙の奴隷になり、その闘勝仙を殺すことですべてを失って、いまだに見知らぬ異国を逃げ回っている……。
考えてみれば、このとき蘭玉は、宝玄仙を罵ったのではなく、予言をしたのではなかったろうか。
蘭玉は予言をする能力のある珍しい道術遣いだった。
結局、あのときの蘭玉の言葉通りになったのだから……。
「……じゃあね、お宝姉さん」
蘭玉が消えた。
『移動術』だ。
直前の蘭玉の表情には、はっきりとした宝玄仙に対する憎しみが浮かんでいた……。
当時の宝玄仙が嘆息した。
そのときの宝玄仙は、怒ってどこかに立ち去った蘭玉はすぐに戻るだろうと思っていた。
結局、宝玄仙が帝都に出立する日になっても蘭玉は戻らず、それからも宝玄仙の前に現れることはなかった。
宝玄仙自身も敢えて探し出そうとはせず、蘭玉が帝国の西側に隠れ里を作って暮らしているという噂に接しても、赴こうとはしなかった。
結局のところ、蘭玉と再会するまでに十年かかった……。
そして、また視界が暗くなった。