「宝玄仙、口を開けろ。小便だ」
跪いている宝玄仙の顔の前に、闘勝仙の一物があった。
顔をあげて、素直に口を開く。
噛み千切ってやろうという衝動を抑えて、眼の前の闘勝仙の性器を口に咥える。
すぐに尿が宝玄仙の口の中に迸り始めた。
口の中に放たれる尿を口の外に漏らさないようにするためには、懸命に喉と舌を動かしてその醜悪な液体を身体に流し込まなければならなかった。
臭気や吐気を感じる余裕はない。
ただ、ひたすらに飲み下すことだけを考えるだけだ。
こんなことをずっと宝玉はやり続けたのだ……。
ただ一度だけの飲尿で気の遠くなるような恥辱を感じている宝玄仙は、改めて宝玉のつらさを思った。
確かに、宝玉の性癖は嗜虐ではなく被虐だ。
しかし、本質的に宝玉が求めているのは愛されることだ。
愛情が背景である被虐には途方もない快感を覚えるが、愛のない屈辱は、やはり屈辱でしかない。
宝玉だって、闘勝仙たちから与えられる辱めが愉しかったわけじゃないはずだ。
だが、宝玉は耐え続けた。
宝玄仙がいつか、この責め苦の日々から解放してくれることを信じて……。
そして、ふと思った。
いや、これはまた過去の記憶だ。
だが、これまでのように過去の宝玄仙の意識が支配する宝玄仙の身体に、いまの宝玄仙が憑依したという感じではない。
過去の宝玄仙がいまの宝玄仙そのものになっていた。
宝玄仙は、これがいつの自分の記憶なのかを見極めようとした。
この宝玄仙は、神官巫女としての服を着ていた。
両手首は背中側で手錠をかけられている。
その状態で宝玄仙は、宝玄仙の口に放たれる闘勝仙の尿を受け入れていた。
ここが闘勝仙の屋敷の私室だということは、すぐに思い出せた。
闘勝仙の家人はそばにはおらず、いつもの取り巻きの漢離仙や呂洞仙もいない。
部屋の中には宝玄仙と闘勝仙のふたりだけだ。
実のところ、二年間の責め苦の日々だったが、宝玄仙と闘勝仙がふたりきりという場面は多いものではなかったはずだ。
それは闘勝仙の男性器が不能であったことと関係がある。
闘勝仙は自分で直接に宝玄仙を責めたてるよりは誰かに責めさせて、それを眺めて愉しむというやり方を好んだものだ。
自分では直接には宝玄仙を犯せないからだろう。
従って、闘勝仙の周りには大抵誰か別の責め手がいたと思う。
もっとも、実際にずっと調教を受け続けたのは宝玉だ。
宝玄仙は宝玉を通じて、それを知っただけだ。
そして、闘勝仙が不能だったというのも宝玄仙の油断のひとつだ。
もとはと言えば、宝玄仙が闘勝仙に逆らえない奴隷のような立場になったのは、鳴智が仕組んだ罠により、宝玄仙が一時的に道術が遣えなくなり、そこにやってきた闘勝仙の脅迫と拷問に屈して、宝玄仙が闘勝仙と『真言の契い』を結んだことから始まっている。
乗り込んできた闘勝仙、漢離仙、呂洞仙と結んだ『真言の誓い』は、この三人が宝玄仙に精を放つことを認めるというもので、その間については、宝玄仙は道術で抵抗しないというものだった。
『真言契約』は、どんな道術遣いでも効力を発揮する絶対の約束であり、それで道術を遣わないと約束すれば、どんなに霊気に差があっても絶対に彼らには道術で抵抗はできなくなる。
宝玄仙としては、もう三人に犯されるのは覚悟し、さっさと済ませて追い払うくらいの気持ちだった。
まさか、二年もそのままとは、夢にも思わなかったのだ。
つまり、漢離仙と呂洞仙はその日のうちに、宝玄仙の身体に精を放った。
だが、実は闘勝仙は不能だったので、闘勝仙が宝玄仙に精を放つということが起こりえず、『真言契約』がずっと継続したということだ。
そして、その状況で、漢離仙の調合した呪術の仙薬を飲まされた。
それは、十日に一度、漢離仙と呂洞仙の精液と、この眼の前の闘勝仙の尿を身体に入れなければ、激しいいき狂いの発作に襲われるというものであり、道術で抵抗することを禁止された宝玄仙は、自分の道術でそれを解毒できなかった。
そのため、二年もの間、宝玄仙は、自分をいたぶり続けた三人の精と尿を飲むという生活をしなければならなかったのだ。
そして、はっとした。
突然に思い出したのだ。
これは最後の夜だ。
つまり、宝玄仙が闘勝仙に叛逆を起こした夜に間違いない。
宝玄仙が復讐の手段を完成し、闘勝仙を殺すために『服従の首輪』という霊具を装着させたあの日だ……。
──焦らないで……。
宝玄仙の心の中で誰かが呟いた気がした。
びっくりした……。
自分の身体にもうひとりの誰かがいる。
宝玄仙がいま感じていること、行動していることを誰かが見ている……。
「なかなか、生きた厠の役が堂に入ってきたな、宝玄仙」
最後のひと滴を宝玄仙の口中に放った闘勝仙が哄笑した。
それで宝玄仙の思念は、眼の前の闘勝仙に対するものに戻った。
「けほっ、けほっ……」
激しい咳が込みあげて宝玄仙は思わず口を離した。
「まだ、終わってはおらんぞ、宝玄仙」
闘勝仙が苛ついた口調で言った。
咳込みながら宝玄仙は、一瞬、なにを言われたのかわからなかった。
──舌で掃除をするのよ、宝玄仙……。闘勝仙は勃起しない自分の性器をそうやって奉仕させるのが好きなのよ……。
また、心の声がした。
宝玉……?
宝玄仙にその存在が思い出された。
宝玄仙には、ひとつの身体であるこの身体にふたりの人格が存在している。
ひとりは、この宝玄仙……。
そして、なぜか、突然出現したもうひとりの宝玄仙……。
それが宝玉だった。
宝玄仙は慌てて、顔の前にぶらさがっている闘勝仙の性器を口にした。
勃起しない闘勝仙の性器に対する奉仕はしばらく続いた。
やはり、宝玄仙の舌技を駆使してもそれは逞しくなることはなかった。
もしかしたら、そういう性に対する欠陥が女を陰湿にいたぶることに悦びを感じるというねじ曲がった欲望に繋がっているのかもしれない。
四半刻(約十五分)ほど奉仕を続け、やっと宝玄仙は解放された。
「……よかろう。一刻(約一時間)もすれば、漢離仙と呂洞仙が来る。いよいよ、今日からこの前に説明した施術を始めるからな。ついに、お前も人の親になることになる。嬉しいか?」
宝玄仙はなにも言わなかった。
ただ、意思を失くした人形のような振りをして、愉しそうな闘勝仙の顔を眺めていただけだ。
しかし、実際には、これから自分がやろうとしていることに沸騰するような興奮と激しい胸の鼓動を感じていた。
いよいよ、宝玄仙の復讐か成就する……。
その興奮を隠すのに必死だった。
宝玄仙は、闘勝仙の罠にかかって慰み者になり、二年間さまざまな恥獄を味あわされたが、この日から新しい施術を受けることになっていた。
つまり、宝玄仙を妊娠させようという企てだ。
子供を作らせようというのではない。誰の子供とわからないような子を宿らせて、胎児のうちに堕胎させる。その堕胎を張形に加工して、その胎児の張形でなければいけない身体にしてしまうというものだ。
そういう企てを始めることを教えられていた。
わざわざ、宝玄仙に前もって教えるのは、それにより宝玄仙の苦しみが拡大するからであり、どんなことがあっても、宝玄仙が抵抗できないからだ。
だが、それももうすぐ終わる……。
闘勝仙の人非人の計画には、宝玄仙を胎児の張形でしかいけない身体にした後、遅くとも一年後には大きな宴を開き、衆人の前で胎児のかたちをした張形でよがり狂う浅ましい宝玄仙の姿を帝都中に晒すというものまで含まれていた……。
その怖ろしい計画の第一日目がこの日だったのだ。
闘勝仙は、そんな企てを始めることを隠すこともせずに宝玄仙に笑いながら言ったものだ。闘勝仙は、どんなに怖ろしいことでも、宝玄仙が逆らえるわけがないと思っていたのだ。
そうであるはずだった──。
闘勝仙は、二重三重の『真言契約』で宝玄仙が、闘勝仙に抵抗する手段を奪っていた。
あらゆる方策で、闘勝仙やその取り巻きに叛逆どころか、命令に逆らうことさえできなくしたのだ。
しかし、実際には違っていた。
理由は不明だが、ある日突然、宝玄仙の人格はひとつの身体にふたつの宝玄仙の人格が存在するという状況になっていた。
経緯はわからない。
なぜか、いつの間にかそうなっていたのだ。
だが、そうなることで、抵抗できないはずの闘勝仙への抵抗が可能になったのだ。
ひとつの身体にふたつの人格──。
そんなことは、すぐには、受け入れられなかったが、実際にそうなっている。
受け入れるしかなかった……。
そして、自分の身体に存在するもうひとつの人格を認めたとき、お互いに気がついたのだ。
これを利用すれば、この状況を打破できると……。
なぜ、そういうことが起きたのかわからなかったが、やがて、宝玉と称するようになるもうひとつの人格と役割分担ができあがった。
つまり、闘勝仙たちから受ける恥獄は、宝玉が一身に受ける。
宝玉という人格は、宝玄仙に比べれば、他人からの恥辱や責め苦に耐性があった。
宝玄仙よりもずっと被虐の癖が強くて、屈辱を快感に変えて耐えることもできた。
なぜか、それまでに闘勝仙を結んだ『真言契約』は、この宝玉が結んだことになっていて、宝玄仙自身は、『真言契約』には拘束されなくなっていた。
それで、宝玄仙は、闘勝仙における嗜虐は、すべて宝玉に背負わせ、自分は闘勝仙への復讐に専念することにした。
ただ、それは簡単なことではなかった。
道術が通用するといっても、闘勝仙の道術は偉大なものだ。
簡単に屈服をさせられるものではない。
それに、道術が通用しようがしまいが、身体に染み込まされた呪術の仙薬のこともある。
ほかにもいろいろな細工を身体に受けている。
宝玄仙の人格になっても直接的な道術はこの三人には効かない可能性が高かった。
反撃は慎重に行われなければならなかった。
復讐をするのであれば、闘勝仙は殺さねばならなかった。
中途半端では、身体に植え付けられた『真言契約』を復活させられる可能性があった。
生かしておいて復讐を果たすということはありえなかった。
宝玄仙の肚は最初から決まっていた。
人を殺すということに躊躇いを示したのは宝玉だった。
しかし、闘勝仙は道術力だけではなく、権力においても危険な存在だった。殺さねば、今度はなにをするかわからない。
一度の叛逆に成功しても、いつか闘勝仙はさらに報復を宝玄仙に与えると思った。
そして、今度は、宝玄仙だけではなく、宝玄仙を取り巻くあらゆる人間に危害を及ぼす可能性がある。
どんな卑劣な手段を使おうとも闘勝仙は報復をしてくる。
『真言契約』を復活させられる可能性も高い。
そのときに、再び闘勝仙の陰謀に対抗できる自信はない。
宝玄仙は宝玉を説得した。
もとより、宝玄仙には、闘勝仙を生かしておくことについて、なんの理由も見出すことはできなかった。
宝玉は同意した。
そして、計画は実行された。
闘勝仙に対する罠は罠だと諭されないように注意深く行わなければならなかった。
復讐の道具は完成した。
『服従の首輪』──。
絶対に逆らえない、究極の支配霊具だ。
しかし、問題はどうやってそれを首に嵌めさせるかだ。
そこで、宝玄仙は完成したその霊具をあえて手放した。
一箇月前のことのことだ。
宝玄仙は密かに完成させた霊具を市に出し、それが何人かの手を通じて、闘勝仙に渡るように工作したのだ。
支配霊具としてではない。
人の霊気を無効化できるという強力な霊具としてだ。
それは首輪であり、それを嵌めることで、眼の前の相手の一切の霊気を一時的に喪失させることができる力を帯びさせた。
しかし、それは本来のその霊具の効果を偽装するためのものだった。
実際、そういう表向きの効果も発揮できるように細工もした。
本来の効果は宝玄仙によらなけれは、発揮しないように注意深く封印もした。
かくして、他人の霊気を喪失させることができる攻撃霊具……。
そういう強力な霊具が一箇月前に帝都に不意に出現した。
そういう強力な霊具の噂に接すれば、闘勝仙が見逃すわけがない。
あらゆる手段を駆使して手に入れようとするだろう。
闘勝仙というのはそういう男だ。
そして、数日前──。
闘勝仙がついにその霊具を自分のものにしたという情報に宝玄仙は接していた。
獲物は罠にかかった。
あとは宝玄仙の眼の前で、闘勝仙がその霊具を使おうとするのを待つだけだ。
しかし、宝玄仙は待つつもりはなかった。
闘勝仙がその霊具を使いたくなる話題を出す。
その話題になれば、闘勝仙は手にしたその霊具を使おうとするという確信もある。
──焦っては駄目よ、宝玄仙……。機会は一度だけよ。今夜が駄目なら始めないでね。これからも機会はいくらでもあるはずだから……。でも、一度失敗してしまえばそれで終わりよ。こいつはわたしたちが準備した復讐の手段を完全に奪ってしまうわ……。
また、心の声がした。
それとともに、心の中で感じていたもうひとりの意識が、やっぱり宝玉であることを確信した。
宝玉が宝玄仙に声をかけているのだ。
そう言えば、そうであったかもしれない。
あのときも宝玉は、宝玄仙に呼びかけていた気がする。
宝玄仙自身は、闘勝仙の直接的な調教についてほとんど知らない。
宝玄仙と宝玉の人格が入れ替わっていることを悟られないために、闘勝仙に尽くす作法を宝玉から教わらなければならなかったからだ。
「さて、こうしておっても退屈だ。今夜も、女八仙殿のよがり狂う姿を見せてもらおうかのう……。宝玄仙、立つがいい」
闘勝仙がそう言ってそばの椅子に座り直した。
そして、細い棒を取り出す。
宝玄仙は後ろ手に拘束された両手の拳をぎゅっと握って、闘勝仙が足を組んで座る椅子の前に立った。
闘勝仙が手を伸ばして、宝玄仙の巫女服の腰紐を解いた。
袴が足元に落ちて、宝玄仙の下半身が露わになる。
宝玄仙は許可なく下着をつけることを禁止されていた。
このときは、袴の下にはなにも身に着けていなかった。
いや、下着に限らず、宝玄仙の身に着けるものは一切が闘勝仙の手の者に管理されていた。
下着の代わりに股縄をされたり、張形を入れられたり、あるいはおかしな霊具でいたぶられたこともあった。
「脚を開け。許可なく動くな……」
闘勝仙が言った。
宝玄仙の脚が動く。
自分の意思で動かすというよりは、二年間で染みついた闘勝仙の声が勝手に宝玄仙の身体を動かしてしまうのだ。
闘勝仙の棒が宝玄仙の剝き出しの股間に触れた。
「うっ」
宝玄仙は必死に唇を噛みしめた。
棒の先が微妙な振動をしていた。
それが宝玄仙の内腿に触れてゆっくりと股間の中心に向かって這いあがってくる。
あっという間に快感に襲われる。
まだ、一番敏感な部分に刺激を加えられているわけではないが、指による刺激では考えられない微妙で繊細な棒の振動による刺激は、どんどん宝玄仙の性感を掘り起こす。
すぐに淫靡な反応を示してしまう自分の身体を恨めしく思いつつ、その惨めさに唇を噛みしめる。
すると内腿もゆっくりと舐め尽くしていた棒先が、すっと伸びて肛門の付近に伸びた。
「ああっ」
身体を大きく波打って露わな声をあげた。
「動くなと言っておるであろう──。漢離仙たちが来るまで、絶対に気をやるな。たった一刻(約一時間)くらいだ。もしも、はしたなくいってしまったら罰を与えるぞ……。そうだな。明日、法要の儀があるな。約千人近くの僧侶が集まる祭典だが、そこで全身にいつもの掻痒剤を塗って参加させてやろう。全身が千切れるような痒みに遭いながら、他の者にばれんように儀式の半日を耐え抜くのだ」
闘勝仙が笑った。
宝玄仙は歯噛みした。
罰とは言いながら、それは明日、そういう責め苦を与えるという宣言も同じだった。
宝玄仙が一刻(約一時間)も無抵抗に刺激を受け続けて、耐えられないことを知っていてそう言っているのだ。
闘勝仙たちに調教された身体は信じられないくらいに鋭敏で感じやすい肉体にもなっている。
そんな身体で、一方的な愛撫を一刻(約一時間)も我慢ができるわけがない。
いまも、激しく燃えあがった性感が、宝玄仙に襲いかかっている。
振動を続ける棒の先端が宝玄仙の肛門に這い進み、中に抉り入ってきた。
「あはああぁぁぁっ」
宝玄仙は後ろ手の身体の大きく仰け反らせて嬌声をあげた。
「そんなことで、一刻(約一時間)も耐えられるのか? 法要のときに襲うのは、掻痒剤の痒さの苦しみだけではないぞ。いつ襲うかわからない淫具の快感も加わるのだからな」
闘勝仙はさっと棒を宝玄仙の身体から離して笑った。
それでなんとか絶頂することを免れた宝玄仙だったが、闘勝仙の狙いは明らかだ。
闘勝仙からすれば、すっかり知りきっている宝玄仙を絶頂させるも、させないのも自在なのだ。
宝玄仙に耐えることを強要して、時間ぎりぎりのところで絶頂させて絶望させたいに違いない。
「そら、またいくぞ。漢離仙と闘勝仙がやってきたら、すぐに子種を宿す性具を女陰に入れなければならん。それまで、しっかりとほぐしておかねばな」
闘勝仙の棒が再び股間に迫った。
「で、でも、わ、わたしは……子は宿せないわ……。わたしの霊気が邪魔をするのよ……」
宝玄仙は小さく言った。
すると闘勝仙の持っている棒が、宝玄仙の股間の直前で停止した。
「そう言えば、そんなことを言っておったな。お前の強い霊気が遮断すると。しかし、わしの道術はお前には一切の抵抗ができないように『道術契約』を結んでおる。それで無効にさせる」
闘勝仙は笑った。
「わ、わたしの意思でやっていることじゃないから無理よ。わたしに流れている霊気そのものが子種を受け入れないわ。いわば、わたしの強い霊気の副作用だから……」
「なるほど、よいことを聞いた」
闘勝仙がにやりと笑った。
「いいこと?」
「ならば、お前の身体から霊気をすべて失わせればいいことであろう。そうすれば、一切の道術封じも意味がなくなるからのう」
闘勝仙が意味ありげに笑った。
宝玄仙は、自分の心臓の鼓動が大きくなるのを感じた。
獲物が罠に入ろうとしている。
その確信があった。
「そ、そんなことできるわけないわ」
宝玄仙は言った。
「ところができるのだ」
闘勝仙は懐からひとつの首輪を取り出した。
宝玄仙の心臓が早鐘のように動き出した。
ここで動揺してはならない。
宝玄仙がほんの少しでもおかしな素振りをすれば、この用心深い男は、宝玄仙の工作の可能性について気がつく。
宝玄仙はこの帝国随一の霊具作りの天才だ。
その能力で八仙までのしあがったのだ。
他人の霊気を喪失させることができるというような途方もない霊具があるとすれば、この宝玄仙でしか成しえないことに考えればわかるのだ。
だが、そうすると、闘勝仙はその霊具を使うことを躊躇うだろう。
宝玄仙が作った霊具なら、宝玄仙が闘勝仙に仕返しをするために細工をした可能性を考えるからだ。
だから、宝玄仙は敢えて、この世にひとつしかない強力な霊具を密かに手放したのだ。
まわりまわって、やがて闘勝仙の手に渡ることを期待して……。
そして、眼の前に闘勝仙が取り出した霊具……。
それは、紛れもなく、一箇月前に宝玄仙が手放した霊具の首輪であり、他人の霊気を一時的に喪失させることができるという表向きの機能を備えさせたあの霊具だ──。
「この霊具で、まずはお前の霊気を喪失させる。そうすれば、お前を守っているものはなくなり、子種を遮断する霊気の効果もなくなるはずだ……。よい子を作れよ」
闘勝仙はその銀色の首輪の霊具を無造作に首に嵌めた。
まずは、第一段階……。
もう少し……。
あと一歩──。
「ねえ、闘勝仙、その首輪はあなたのもの? その首輪の力をあなたは受け入れるの?」
宝玄仙は言った。
宝玄仙の緊張は最高度に達していた。
次の闘勝仙のひと言ですべてが決まる。
この宝玄仙の言葉に違和感を覚えて、この状態で首輪を外せば宝玄仙の工作は失敗したことになる。
首輪を受け入れる……。
その言葉を首輪を着けた者が自ら発することが、この首輪の本来の力を解放する鍵なのだ。
『服従の首輪』……。
宝玄仙の言葉に一切逆らえなくなる究極の支配霊具──。
事前に宝玄仙を「主人」とすることはあらかじめ刻んでいる。
だから、どんなかたちで嵌めてもいいのだ。
後は受け入れるだけ……。
首輪は、“この霊具を受け入れる”──という言葉で封印が解かれて本来の力を発揮する……。
宝玄仙を主人とするように特別に調整した操りの支配を……。
「おかしなことを言うな、宝玄仙……。もちろん、これはわしのものであり、この霊具を受け入れてお前の霊気を喪失させるさ──」
闘勝仙は確かに言った。
闘勝仙は自信満々だった。
この首輪を手に入れて、実際に何度か試して、本当に霊気喪失の攻撃効果があることは確かめているはずだ。
それで自信を持っているのだ。
「闘勝仙、わたしの命じた言葉以外の道術を遣うことを禁止する。命令だよ」
宝玄仙は確かに闘勝仙が首輪を嵌めたのを確認して叫んだ。
闘勝仙の表情が凍りついた。
そして、慌てて首輪を外そうとした。
「その首輪に触ることを禁止する。命令だ」
闘勝仙の手が空中で静止した。
「お、お前……。こ、これは……、ほ、宝玄仙……」
闘勝仙の顔が恐怖に引きつっている。
なにが起きたのかまだ理解できていないはずだ。
「これでお前はわたしの人形だよ。早く、手錠を外しな。命令だ……」
命令という言葉で、一切の抵抗を封じて、その言葉に従ってしまう。
そういう霊具だ。
それをこの男が受け入れた。
宝玄仙の復讐の工作は成就した。
背中側でがしゃんと音がして、宝玄仙を拘束していた手錠の霊具が床に落ちた。
宝玄仙は自由になった手でまずは足元に落ちていた袴を履き直す。
「……あのふたりが来るまで一刻(約一時間)かい……。連中がやってきたら、すぐにお前の道術で『縛心術』をかけてもらうけど、それまで遊んでいようかね。まずは、服を脱ぎな。素っ裸になるんだ。そしたら、四つん這いだ。椅子になるんだ。命令だ」
「や、やめんか……。い、いや、こ、これはなんなのだ。この首輪はお前の霊具か──」
やっと頭が回りだしたらしい闘勝仙は真っ蒼な顔をして声をあげた。
しかし、その間にも首輪に逆らえない闘勝仙の手足は身に着けているものを次々に脱ぎ捨てている。
「……さて、二年間の恨みつらみをどうやって晴らしてやろうかねえ……」
宝玄仙はおそらく二年間で初めてであろう、会心の微笑みを顔に浮かべた。
突然、眼の前が暗くなった……。