「ここを逃げましょう、姫様」
「えっ?」
「逃げるんです。そのための準備をしています」
長女金は囁き声だがはっきりと言った。
そして、寝台の下に身体を潜り込ませて床板の下に隠しているものを引っ張り出した。
「こ、これは……?」
長女金が出したのは一個の木箱であり、中には敷布を裂いて編むことでこしらえた縄束、長細い鉄片を利用して作った大小の金属の棒状の武器類、小壺に入った薬液、その他、細々なものが入っている。
この一箇月の間にこれだけのものが揃えられた。
その材料になるものは、大抵は世話係の雌妖が与えてくれた。
そして、長女金は、それをひとつひとつ加工して、逃亡の道具として隠し持っていたのだ。
「機会をお待ちください。必ず、姫様を陛下のもとに連れ帰ります」
長女金はきっぱりと言った。
こんな妖魔の里で妖魔王の性奴隷として惨めな生活を送っている金聖姫に少しでも希望を与えてあげたいという一心だった。
しかし、金聖姫の反応は、長女金の予想していたものとは少し異なった。
「そ、そんなことできるわけがありません……。必要ありません、長女金……」
金聖姫の表情は希望でもなく、嬉しさでもなく、ましてや不安でもなかった。
長女金は当惑した。
金聖姫は、まるで迷惑なことをされたかのような顔だ。
「いえ、必ずや、姫様……」
「やめなさい。そんなこと無理です。ここを逃げるなんて……」
金聖姫は首を横に振った。
長女金は、それは長女金の逃亡の企てが信用ならないと金聖姫が考えているせいだと思った。
長女金は小壺を手に取って金聖姫に示した。
「姫様、これを見てください……。毒薬です。幾つかのなんでもない薬草を組み合わせて特別な調合をすると、一時的に道術力が麻痺する毒薬が作れます。命を奪うというところまでの効果はありませんが、これを金属の武器の先に塗って相手を傷つければ、妖魔たちの道術を防げるんです。これを隠し持って、わたしが賽太歳に近づきます……。次に、賽太歳がわたしを寵愛の相手に呼び出したとき、わたしは
道術を一時的に麻痺させる『魔女殺し』と呼ばれる薬液だ。
もちろん、道術遣いの女だけではなく、男の道術遣い、あるいは妖魔など、道術を遣うあらゆる存在に効果があるはずだ。
結界牢の中である男囚から教えてもらった技術であり、ひとつひとつは無害だが、それを組み合わせることでそういう毒液の精製が可能なのだ。
材料となる魔薬は疑うことを知らない猫猫が貴重らしい野草を採集してきてくれた。
できあがったものを試してはいないが、教わった通りのものはできている。
長女金は、死んだその男囚の言った効果があると信じている。
「ま、まさか、そんなこと……。殺されますよ、あなた──」
金聖姫が絶句している。
「万が一失敗したときはわたしだけのことです。姫様はなにもしないでください。わたしが、賽太歳を脅して強引に姫様を連れて来させます。失敗したときは、姫様はこんな計画は知らなかったと白を切り通してください。でも、わたしは成功すると思っています。この妖魔城の警戒は非常に緩いものです。わたしたちに対する警戒もほとんどないようなものです。わたしが先日、賽太歳に呼ばれたときも、妖魔王に近づくというのに、身体検査ひとつ受けませんでした……。姫様、わたしを信頼してください」
金聖姫はまじまじと長女金の顔を見た。
しかし、やがて、首を横に振った。
「……わたしは逃げません。逃げるならあなたひとりでお行きなさい……。いえ、わたしは、あなたに謝らなければなりませんね。あなたが、そんなことを考えていてくれているとは夢にも思いませんでした……。それなのに、わたしは八つ当たりのような失礼な態度をとってしまって……」
金聖姫は後手に拘束された身体で頭をさげた。
長女金は慌ててそれを止めさせた。
「そ、そんなことはどうでもいいんです……。と、とにかく、わたしは身命を賭します。わたしが、賽太歳に近づけるように協力してください。それだけでいいんです。後は、わたしがやります。失敗すれば、わたしは屍体になって戻ってこないだけです。でも、成功すれば、金聖姫様を陛下のもとに……」
「やめなさい。必要ないと言っているのです──」
金聖姫が少しだけ声を荒げた。
長女金はびっくりした。
「……ご、ごめんなさい、長女金。でも、わたしのための命を賭ける必要はありません。あなたが、朱紫国に戻れるようにわたしが賽太歳に頼みます……」
「そ、そんな、姫様……。な、ならば、もっと確かな計画を考えます。ですから、希望を捨てないでください」
長女金は言った。
「そ、そういうんじゃないんです……。わ、わたしは、戻りません……。わたしは何度も賽太歳に抱かれた身体です……。今更、王宮に戻っても……」
金聖姫はうつむいたまま呟くように言った。
「そ、そんなことがなんなのです。王陛下はいまでも、金聖姫様のことを探しておいでです」
「もういいと言っいてるじゃありませんか、長女金──。逃げるなら、ひとりで行ってください。このことは終わりです。きっぱりと言っておきます。わたしは、もう、王宮に戻るつもりはないのです」
金聖姫が顔をあげてはっきりと言った。
長女金は呆然とした。
「あ、あなたが、わたしのことを思ってやってくれているこというのはわかっています……。今更ながら感謝の気持ちでいっぱいです……。でも、もう、必要ないのです……。わ、わたしは、この妖魔の地に留まるつもりです……。ここで死にます。賽太歳がわたしを必要としなくなれば、過去に王家が行った蛮行のせめてもの償いとして、この妖魔の地にわたしの血を捧げてもらうつもりです……」
「そ、そんな……」
「あなたは、かつて王家の軍がこの地の妖魔に行った蛮行のことは耳にしましたか、長女金?」
金聖姫は言った。
長女金は頷いた。
三代前の朱紫国王の辺境征服については、国軍の将校としての必要な知識として持っていた。
そして、この妖魔城に来て、猫猫のような雌妖を通じて、それが知識として持っていたよりも遥かにおぞましい蛮行であったこともわかった。
賽太歳や
そして、
だが、それと金聖姫がその償いとするということとは違う。
いくら王家の血が流れているとはいえ、金聖姫に責任があることではない。
長女金はそう言った。
だが、金聖姫はさらに首を横に振った。
「……ならば、もうひとつ白状します。わたしは、あなたにそんな風に思ってもらうような資格のある女ではありません──。しょ、正直に言います。わたしは、このところ、あなたに失礼な態度をとっていましたよね……」
突然、金聖姫が言った。
「し、失礼な態度とか……そういうことは……。まあ、わたしがなにか気に入らないことをしたのかもしれないとは思っておりましたが……」
長女金は仕方なく言った。
「わたしはあなたに賽太歳の寵をとられると思っていたんです……。賽太歳は、あなたを抱いてから、事あるごとに、あなたの身体や技が素晴らしかったとわたしに言うんです。そ、それで……賽太歳は、わたしよりもあなたを気に入っているのだと……。いつか、賽太歳は、あなたばかりを呼ぶようになって、わたしには見向きもしてくれなくなるに違いないと……。そう思ったら、わたしはあなたに対して、つい苛々した態度をとってしまって……」
金聖姫がはにかんだように言った。
さすがに長女金は驚いた。
だが、金聖姫が賽太歳のことを憎からず思っているということを悟らざるを得なかった。
長女金としても、自分の鈍さに呆れる思いだったが、これで金聖姫が長女金の脱出計画を悦ばないことに合点がいった。
つまりはそういうことだったのだ。
金聖姫にとっては、賽太歳というのは、自分を浚った卑劣な妖魔には違いないが、同時に初めての相手であり、いまのところ唯一の相手ということだ。
長女金は力が抜ける思いだった。
そして、同時に安堵もした。
囚われ人のような生活だが、それは金聖姫にとっては悪いことばかりでもないのだ。
考えてみれば、一国の王姫の生活というのは生涯が囚われ人のようなものだ。
自由のない生活というものに抵抗はないのかもしれない。
自由がないという一点を除けば、ここでの生活はそれなりのものだ。
人前で辱められるという賽太歳の性癖はどうかと思うが、金聖姫が賽太歳を憎からず思っているならば、毎日のように相手が自分を抱いてくれる。
それはそれで女の幸せと言えるのかもしれない。
金聖姫がこの妖魔城の生活にもそれなりの幸せを感じつつあるのは、長女金には理解できた。
長女金自身がそうだった。
あの結界牢の晒し者としての生活に長女金はしっかりと生き甲斐を感じていた。
「賽太歳は……、いえ、妖魔王は、金聖姫様のことを大変お気に入りですよ。ちょっと意地悪な性癖なので、姫様につらい態度をとったり、嫌味のようなことを言うかもしれませんが、そういうことがお好きな殿方は珍しくありません。好きだから意地悪するんです。自分のものだという実感を得たいのですよ」
長女金は表情を緩めた。
「そ、そうでしょうか、長女金──。で、でも賽太歳はわたしのことが気に入らないとばかり……。それに、あなたのことばかり褒めるし……」
金聖姫がいきなりまくしたてるように声をあげた。
長女金は苦笑した。
「妖魔王が、姫様をお気に入りなのは丸わかりじゃないですか」
長女金は金聖姫に微笑みかけた。
そして、まだ床に拡げたままだった逃亡用の道具を箱にしまった。
もう、これは必要のないものになるだろう。
長女金は、もう一度寝台に潜り込んで箱を床下に隠した。
「で、でも、賽太歳は、あなたの技が素晴らしいと……。あれこそ、男を悦ばす技だと──」
長女金が寝台の下から出てくると、なおも金聖姫は言った。
なんだか、金聖姫が可愛く思えてくる。長女金は思わず頬を綻ばせてしまった。
「だったら、練習しますか、姫様?」
長女金は微笑んだまま言った。
「えっ?」
「だから、練習するんです。この長女金が姫様に教えます。次に妖魔王に呼び出しをされたときに驚かせてあげればよいのではありませんか」
「わ、わたしにできますか……? わ、わたしは性の技などまったくなにも知らないのですよ」
金聖姫がおずおずと言った。
「二年前まで、わたしもそうでした……。では、口づけから始めましょう……」
長女金は腕を伸ばして、金聖姫の身体を抱いて引き寄せた。金聖姫は後手の身体をびくりと竦ませた。
「力を抜いてください、姫様……」
「は、はい」
金聖姫が息を吐いた。長女金はその唇にちょんと自分の唇を合わせた。
「……別にこうという決まったやり方があるわけではありません……。これは、わたしのやり方です。まずは、相手の顔を見て、少しだけ唇を合わせます。でも、すぐ離してください」
「こ、こうですね……」
金聖姫が長女金の唇に唇を合わせ、そして離した。
「上手です。そして、賽太歳様の顔をじっと見てください……。それから賽太歳様の下の唇を舐めます……」
素直な金聖姫が長女金の下唇を舐めてきた。
羽毛のように柔らかい唇だと思った。
この眼の前の女性は本当に可愛い。
心の底から長女金は思った。
これが王宮なら、長女金のような身分の女が一国の姫君と女同士で口づけをするなど考えられもしないだろう。
しかし、ここでは妖魔王の虜囚同士──。
しかも、金聖姫は両腕を拘束され、長女金のなすがままだ。
そう思うと妖しい情欲が長女金を襲ってくる気がする。
ここで、金聖姫と生きる……。
ふたりで……。
賽太歳という妖魔王に仕える者として……。
それも悪くないのかもしれない……。
長女金は唇に金聖姫の甘美な唇を感じながらそう思った。
だんだんと心臓の鼓動が高鳴り、全身に小さな震えが走ってくる。
「そ、それからどうするのです、長女金……」
金聖姫が長女金の口から唇を離して言った。彼女の顔も赤い。金聖姫もまた長女金を相手に反応をしてくれているのだと思うと嬉しくなる。
「……もう一度、相手の顔を見ます。そして、また下の唇を吸います……。さらに相手の舌を舐めてください」
「こ、こうですか……」
金聖姫の唇が再び長女金の下唇に触れる。
そして、吸われる……。
すぐに金聖姫の舌先が長女金の口中に柔らかく侵入してきた。
長女金は思わず身体を震わせた。自分の大きな興奮を感じる。
長女金は、その興奮のまま、金聖姫の舌を舐めた。お互いの口の中で交互に舌を舐め回す。
だんだんと長女金もぼうっとしてよくわからなくなる。
金聖姫の甘くて溶けるような舌先は気持ちよかった。
舌先をからませ、強く吸う。
また、金聖姫に吸ってもらうために金聖姫の口の中に自分の舌を差し入れる。
お互いの鼻息が顔に当たり合う。
金聖姫の反応はだんだんと激しくなる。
いつの間にか、長女金の身体も悶えだす。
しばらく、そのまま濃厚な口づけを交わし合った。
長女金は、金聖姫に教えるように、自分の舌先で金聖姫の口の上を強くなぞった。
長女金が相手をした男たちは、みんなここを刺激すると気持ちよさそうな顔になった。
金聖姫の身体の震えが大きくなる。
金聖姫の身体がくねくねとうねり、脱力していくのがわかった。
やがて、金聖姫も長女金の口の中の同じ場所を舌で愛撫をしかえしてきた。
長女金も自分の身体をもどかしくくねらせながら、金聖姫の舌の奉仕を受けた。
「す、凄い……。口づけだけでこんなに熱くなれるなんて……」
やがてやっとお互いに口を離した。長女金に身体を抱かれている金聖姫がぼうっとした表情で言った。
「ひ、姫様も素晴らしかったです……。これなら、賽太歳様もお喜びになると思いますよ」
長女金が言うと、金聖姫が嬉しそうに破顔した。
思わず眼の前の可愛い女性を抱きしめたい衝動に長女金はかられた。
そして、なんとか、そんなおかしな気持ちを長女金は追い払った。
いったい自分はどうしたのだろう。
仮にも一国の王姫と抱き合いたいなどと……。
二年間、結界牢で男の相手をした。宝玄仙たちに助けられて、あの四人が女同士で幸せそうに抱き合うのに接した。
そして、長女金もまた、その性愛に参加した。
そんな経験が長女金の心を淫蕩なものに変えてしまったのだろうか。
「ね、ねえ、長女金……」
身体を離そうとした長女金を留めるように、金聖姫が言った。
「な、なんでしょう、姫様?」
「あ、あなたが嫌でなければ……、お願いがあるのですが……。い、いえ、本当に嫌なら嫌だと言ってください。遠慮しないで……」
金聖姫が言い難そうに言った。
「なんでしょうか、姫様?」
「じ、実は、賽太歳にあなたと愛し合うように命令されているのです。わ、わたしには、そ、そのう……、艶が足りないのだそうです……。だから、あなたと抱き合うことで、もっと艶っぽくなれと……。ちゃんと言いつけを守らないと、明日の朝に、折檻されることになっているのです。もちろん、そんなことはできないので、折檻を受けるつもりでいたのですが……。そ、その……長女金が嫌でないのなら……」
長女金は最後まで言わせなかった。
立ちあがると、その場で服を脱いで裸になった。
「……こんなわたしでよければ」
長女金は、全裸になった長女金を緊張した面持ちで見あげる金聖姫ににっこりと微笑みかけた。
「あ、ありがとう……、長女金……」
金聖姫は一度立ちあがって、横の寝台に腰掛けた。
長女金は手を伸ばして、金聖姫の衣類をゆっくりとくつろぎ始めた。
上衣の前ぼたんを外して布を後手に拘束されている背中側にやった。
金聖姫の丸い乳房が露わになった。
そして、下袍を脱がせ、下着も抜き取る。
長女金と金聖姫は裸と裸で向き合った。
「お、お願いします、長女金……」
金聖姫が緊張した面持ちで言った。
長女金は微笑むと、唇を金聖姫の唇に寄せてさっきの口づけを交わした。
お互いの身体がすぐに熱くなるのがわかった。
喘ぎ声もだんだん大きくなる。
お互いの舌をむさぼり合い、唾液をすすり合う。
すべての思考が消える。
この二年……。
色々なことがあった……。
しかし、それはすべてこの瞬間のために起きたことのようさえした。
結界牢で男囚たちに奉仕しながら、妖魔に浚われた金聖姫を心配しない日はなかった。
でも、金聖姫は生きていた。
妖魔王の奴隷となってもそれなりの幸せを見出だしていた。
かつての長女金のように……。
「す、素敵な口づけです、長女金……。も、もっと教えてください……。わたしを賽太斎が悦ぶような淫らな女にしてください……」
金聖姫がぼうっとした表情で言った。
「よ、横に、姫様……」
長女金は金聖姫を寝台に横にさせると、自分の乳房を金聖姫の乳房に擦り合せはじめた。
「ああっ……」
金聖姫が甘い声をあげた。
「はあっ、はっ、はっ……」
長女金も耐えられずに喘ぎ声を出しながら、さらに強く金聖姫の乳首に自分の乳首で愛撫を続けた。
金聖姫の股間に手を伸ばした。
そこは凄く熱くて、そして、たっぷりと濡れていた。
長女金の指が金聖姫の股間に触れたとき、金聖姫が電撃でも浴びたように声をあげて身体を仰け反らせた。
*
その夜、長女金は夢を見た。
国都の軍営の前の大通りだ。
長女金は両手を後手に手錠を嵌められ、足首にも鎖で繋がった足枷を嵌められていた。
長女金の眼の前で役人が大きな声で長女金の罪状を読みあげている。
それを護送の兵と大勢の群衆が見守っている。
「……よって、この長女金の将校としての身分と一切の権利を剥奪し、人としての尊厳を消失させ、晒し刑の後に国都の広場で吊るし刑とする。その執行は三年後……」
周囲がざわめいた。
ざわめきの理由は、死刑執行の時期だ。
三年後──。
この国の死刑囚は、処刑執行の前に晒し刑がある。
晒し方は様々だが、大抵は数日間であり、その間は結界牢と呼ばれる結界で囲まれた野外に晒されて放置される。
その後、処刑執行のために連れ出されるのだが、長女金に与えられた三年の晒し刑というのは異常な長さだ。
それだけ国王の怒りが激しいものだというのがわかった。
すぐには殺さずに、できるだけ女として辱しめてから処刑せよと国王が命じたというのも耳にしていた。
これは夢だ。
長女金はもう一度思った。
そして、これは二年前に自分が受けた刑罰の始まりの日の夢だということもわかった。
夢だが現実の出来事とまったく同じだった──。
やがて役人の罪状の読みあげが終わり、役人が横に退いた。
王軍の道術師が近づいて長女金の首に首輪をつけた。
この首輪の効果は知っている。
囚人の自殺と病死、そして、殺し合いを防止するとともに、結界牢からの脱走を防ぐための霊具だ。
これまでに長女金自身も罪人の逮捕や護送に数度立ち合ったことはある。
だが、まさか自分がそれを装着される日がくるとは思わなかった。
「……囚人の服を剥げ」
護送に当たる隊の指揮官が言った。
周囲の喧騒が大きくなる。
長女金は歯噛みした。
これから長女金はたった一枚の布片も許されずに国都を行進して、城門を超えた郊外に晒されることになる。
晒し期間が短い死刑囚は国都の広場に晒されるのだが、長期の晒し刑の囚人は、郊外の宿町の町外れに結界牢の晒し場に連れていかれ、そこに結界で拘束される。
牢といっても、ただの野原だ。
雨も降れば、風も吹く。そういう場所で三年をすごすことになるのだ。
長女金もそこに一度だけ行ったことがある。泥で汚れた素裸の男囚が獣のような姿で、その道術の力場に閉じ込められていた。
あまりもの醜悪な光景に二度行くつもりにはなれなかった。
近づいた兵たちが気の毒そうな顔をしながらも、少しだけ表情に好色が浮かんでいるのがわかった。
兵たちが長女金がまとっていた布を剥がす。
長女金の素肌が露わになり、乳房と秘毛が曝け出された。
左右の護送兵がちらちらと長女金の裸身を横目で見るのがわかった。
「出発──」
護送兵の長が宣言し、長女金の全裸行進が始まった。
「おおおっ──」
長女金が歩き出すと、左右からもの凄い歓声が襲ってきた。
割れるような歓声とはこのことを言うのだろう。
護送兵に鎖をとられて全裸で歩く長女金の姿に国都の民衆が身を乗り出してくる。
誰もいないと思うしかない……。
長女金は羞恥に顔をあげていられずに下を見ながら歩いた。
裸を見られる恥ずかしさを思うとつらくなる。
なるべく周りを見ないようにして一歩一歩と歩いた。
それでも後手に拘束されているために塞げない耳には、民衆の遠慮のない声がどうしても聞こえてくる。
乳房の形がどうとか、恥毛の繁みが多いとか、少ないとかいう声をどうしても聞こえてしまう。
そして、太腿を擦り合わせて歩く股間の秘肉が見えたとかいう大声がかけられると、
自分の肢ががくがくと震えるのもわかった。
しかし、同時に身体が熱くなるのを感じた。
その身体を熱くするものの正体がわからず長女金は戸惑った。
郊外までは一刻(約一時間)以上かかった。
どこまでいっても民衆がいなくなるということはなかった。
やっとのこと晒し刑の場所に着いたときには、びっしょりと羞恥と緊張の汗を全身にかいていた。
股間には汗以外のどろりとした体液も感じた。
「さて、ここだ──」
やがて、到着した晒し刑の場所には、ふたりの男囚が晒されていた。
これまでに集まっていた数よりずっと多い市民が野次馬として、結界牢の周りに集まっている。
同行した道術師たちが結界牢の四隅に立った。
つまり、これから長女金をそこに入れるために、一度結界を解除する。そのための態勢をとったのだ。
しかし、長女金はそれを見て驚愕した。
道術師が立ったのは、すでに男囚が入っている結界牢の四隅だ。
長女金はこの隣に結界牢が作られて、そこで晒されるものだと思っていたのだ。
しかし、すでにある結界牢の四隅に魔導師たちが立つということは、長女金を男囚を同じ結界牢に入れるということに違いない。
「な、なにを……」
長女金は初めて狼狽えた声をあげた。
「国王陛下の命令だ……。入れろ」
護送の指揮官が冷たく宣言した。
「ひいっ、いやっ、離して──」
長女金は抵抗した。しかし、四肢の鎖を外すと、長女金は蹴り入れられるように男囚のいる結界に放り入れられた。
すぐに周囲に結界が張り直されるがわかった。
気がつくと結界の周りにたくさんの民衆が張り付くように集まっていた。
「へへへ、愉しもうぜ──」
いきなり男囚が長女金に襲いかかった。
「いやああっ──」
しかし、血走った眼をした泥だらけの男囚たちが長女金の裸身に両側から肌を擦りつけてくる。
周囲から爆発するような歓声が起こった。
それが長女金の悲鳴をかき消した。
*
眼が覚めた──。
一本だけつけていた燭台の灯は消えていた。
部屋は全くの闇だった。長女金は闇の中で寝台に横になっていた。
長女金は自分がじっとりと汗をかいているのがわかった。
汗だけじゃない。股間がべとりと濡れている。
あのとき──。
全裸行進の姿を見られながらも、自分は感じていたのかもしれない。
それを思い出した。
いまにして思えば、確かに、長女金は見られることで感じていた……。
あんなものでも女は感じるのだと思った。
それとも、自分にはやはり淫乱な血が流れているのだろうか。
金聖姫と抱き合ってしまった。
かつての主君の娘を……。
護るべき対象の姫を……。
女同士で愛し合う行為を交わしたのだ。
沸き起こった情欲のままに……。
自分はやっぱり淫靡な女だ。
そう思った……。
「誰──?」
そのとき、なにかの気配を感じて長女金は声をあげた。
一瞬、金聖姫がやって来たのかと思った。
自分でもどうしてそんなことになったかわからないが金聖姫と肌を合わせた。
ふたりで乳房を擦り合わせ、股間と股間を擦り合わせて数回ずつ果てた。
そして、激しい絶頂でぐったりとなった金聖姫の服を整えさせて隣室の寝台に運んで休ませた。
そんなことがあったから、金聖姫が夜中に長女金の部屋にやってきたかとも考えたのだ。
しかし、金聖姫の気配ではない。
もっと別のなにかだ──。
「長女金殿ですね……?」
不意に部屋の隅の闇から声がした。
「だ、誰なの?」
長女金は鋭く声をあげた。
「大声を出さないでくれませんか。なにもしません。ただ、訊きたいことがあるんです」
意外に丁寧な喋り方だった。
聞き覚えのない声だったが、相手からは危険なものを感じなかった。
長女金は枕元の燭台に手を伸ばした。道術がなくても扱える火付け用の霊具がある。
蝋燭に灯をともすと部屋の隅に人の影が浮かびあがった。
いや、人ではない──。
妖魔だ。
すぐにわかった。
しかも、雄妖だ。
部屋の中に雄の妖魔がいる……。
血走ったような真っ赤な眼をしている以外は、ごく普通の人間の青年のように見えた。
同時に疑問が沸き起こる。
妖魔王の賽太斎はここに雄妖が入ることを厳重に禁止している。
廊下の警護兵も絶対に部屋には入らない。
妖魔王に背けば極刑だ。
それは、全妖魔兵に浸透しているはずだ。
しかも、目の前の青年妖魔に見覚えがない。
侵入者なのか?
しかし、どうやって……?
この妖魔城は、道術によって移動することができないように、妖魔王の結界が張り巡らされているはずだ。
まさに、目の前の雄妖のような侵入者を防ぐためだ。
だから、目の前の妖魔は警護兵のいる廊下からやって来たことになるのだが……。
「あなたは誰なの?」
警戒を緩めないまま長女金はその青年妖魔に言った。
「訊ねたいことというのは、まさにそのことです──」
青年妖魔は言った。
「えっ?」
「これはとても大切なことです。正直に言ってください。俺が非常にお世話になった人の危機かもしれないのです……。長女金殿、あなたは、俺のことを知っていますか?」
意外な言葉に長女金は驚いた。