※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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357 嗜虐者逆転

「一気に内部に跳べないの、羅刹(らせつ)?」

 

 長女金(ちょうじょきん)はささやいた。

 夜闇に大きな平屋の建物が浮かんでいる。

 あれが春嬌(しゅんきょう)の屋敷らしい。

 塀のようなものはなにもない。

 周りには樹木もなく、隠れて近づくということもできそうにない。

 長女金と羅刹は、細かな雨に濡れながら草むらに身を隠して春嬌の屋敷を見ていた。

 

「俺の能力は、濃い淫気に結界を刻むことなんです。淫気が薄まってしまえば、通常の『移動術』しか遣えません。あの屋敷にも侵入者防止のための道術封じは張り巡らされています。いまは無理です。前半夜であれば妖魔の客が集まった宴で、たっぷりの淫気が一階の広間に充満していたのですが……」

 

 長女金の横の羅刹が言った。

 羅刹によれば、数刻前まで開かれていた春嬌の屋敷の宴では、宝玄仙たち四人が宴の余興として公開拷問をされていたらしい。

 彼の言葉が事実であれば、あの朱姫が下半身を剝き出しにされて会場の真ん中で立小便をさせられ、宝玄仙は馬に尻を犯されて正気を失った声をあげるばかりになり、沙那と孫空女は狂ったように女同士の性愛をさせられていたらしい。

 しかも、宝玄仙と朱姫については、道術を遣えない状態にされている気配だったということだ。

 

 羅刹は招かれた妖魔の客ではなかったが、得意の術で消えたり現れたりしながら、宴の会場の隅で四人の様子を伺っていたようだ。

 羅刹としては、親しそうに長女金と同行した宝玄仙たちが、春嬌の屋敷に入って数日間も外に出て来ずに、しかも、春嬌がいつものように、仲間に人間の奴隷を公開するという噂に接して心配になったようだ。

 それで、春嬌の客に紛れて四人の様子を伺ったらしい。

 

 だが、どう見ても、拷問を受けているとしか思えず、宝玄仙の様子もおかしかったので、妖魔城にいるはずの長女金に確かめにやってきたようだ。

 春嬌の宴のことは、長女金も猫猫(まおまお)たちから話だけは聞いていた。

 春嬌が捕えた人間の奴隷を残酷に殺したり、あるいは傷つけたりする見世物であり、多くの麒麟山の妖魔族は、その悪趣味な集まりを嫌悪しているようだ。

 だが、妖魔族の一部にも、春嬌のように人間を忌み嫌っている集団もいて、彼らは春嬌の活動に同調しており、そういう妖魔が集まる集会のようなものらしい。

 

 もっとも、あくまでも少数派であり、大部分の妖魔族が望んでいるのは、平和そのものであり、妖魔族の平和を守ってくれる賽太歳は、妖魔族にかけがえのない存在だとしきりに言っていた。

 猫猫の言葉に嘘はない気がした。

 

「中に道術で入り込めないとすれば、一気に突破するしかないわね。あの屋敷にいるのは、春嬌様のほかには、麗芳(れいほう)と綺芳(きほう)という二匹の雌妖だけなのね、羅刹?」

 

「そうです。でも、屋敷の周りには、侵入者除けの罠があるらしいですよ。『結界罠』もあちらこちらにあるようです」

 

「『結界罠』ってなに?」

 

「長女金さんと俺がさっき遣った『移動術』を遣った罠です。あらかじめ刻んだ場所に誰かが踏み入れれば、自動的に道術が動いて、離れた場所にある檻などに強制的に跳躍させられるというものです」

 

「どこにあるかわかる?」

 

「俺にはわかります……。比較的、屋敷の裏には少ないですね。玄関側には集中しているようです」

 

「わかったわ。だったら、裏から近づきましょう……。とりあえずわたしが先導するけど、あなたはすぐ後ろからついて来て、なにかを感じたら教えてちょうだい」

 

 長女金は言った。

 

「……屋敷に近づいたら、まずは、麗芳と綺芳が出てくると思います。あのふたりは攻撃道術もそれなりに遣えます……」

 

「わたしには道術は効かないわ。人間だから……。知っているでしょう?」

 

「でも、遣い手ですよ。それに春嬌様に至っては、おそらく、この妖魔の里で一番の腕かもしれません」

 

 羅刹が不安そうに言った。

 

「それでも行くしかないわ──。わたしは、宝玄仙さんたちに、命をもらったの。命をもらったら、そのお返しには、命を捧げるしかないわ」

 

 長女金は持ってきた金属の棒を手にした。

 長さは短剣ほどで、その先を尖らせたただの棒だ。

 だが、金属全体に『魔女殺し』と呼ばれる道術力を一時的に麻痺させる毒薬を塗っている。

 道術を遣う者には有効な毒だ。

 この武器ひとつで突破するしかない。

 

 いま、長女金が伏せている草むらから屋敷までは、二十間(約二百メートル)ほどだ。

 長女金は立ちあがると、もうためらわずにまっしぐらに屋敷に向かって駆けた。

 屋敷の周りになにかの気配のようなものを感じた。

 

 気にしなかった。

 もう、進むしかない──。

 

 羅刹はついてきている。

 少し離れた背中からその呼吸を感じていた。

 

 屋敷が眼の前になった。

 裏庭に駆け込む。

 そのまま突破しようと思って、長女金は足を緩めた。

 裏庭のあちこちに害意を感じたからだ。

 殺気に対しては戦えばいいが、罠は避けるしかない。

 

「しょ、正面に『結界罠』が……」

 

 追いついてきた羅刹が後ろから叫んだ。

 羅刹の誘導に従い右に大きく避ける。

 

「……あとは屋敷まで真っ直ぐの方向に道術の気配はありません」

 

 建物の裏口まで二間(約二十メートル)ほどだ。

 長女金は、少し進んで再び速度を落とした。なにかを肌に感じたのだ。

 

「羅刹、とまって」

 

 長女金は跳躍した。

 着地したときに、後ろの地面が崩れた。

 

 落とし穴だった。

 罠は道術によるものだけじゃなかったのだ。

 深い落とし穴の底には、尖った竹槍の先が上を向いていた。

 

「罠は道術によるものだけじゃないようね」

 

 長女金は落とし穴の手前で呆気にとられている羅刹に顔を向けた。

 

「どうして、わかったんです?」

 

 回り込んできた羅刹が長女金にささやいた。

 

「勘よ」

 

 もう罠はない気がする。

 長女金はそのまま裏口に向かって足を向けた。

 その扉が不意に開いた。

 

 雌妖だ。

 羅刹から事前に聞いていた風貌から考えて、あれが麗芳か綺芳だろう。

 ぎょっとした表情で雌妖が長女金を見た。

 

 しかし、そのときには、すでに長女金はその雌妖の懐に飛び込んでいた。

 持っていた金属の刃先が雌妖の首に掠る。

 雌妖の首から血が少し噴いたが、雌妖はそのまま横に跳躍した。

 長女金のふた振り目は宙を切った。

 

「お前、誰?」

 

 雌妖が首を押さえながら剣を抜いた。

 確かに手練れだ。

 長女金は思った。

 

 武器を構える。

 剣とただの金属の棒では圧倒的にこっちが不利だ。

 向かい合った雌妖が首から手を離して剣を構えなおした。

 対峙したまま膠着する。

 

 長女金は前に出た。

 わざと誘うように隙を見せた。

 雌妖の剣が動いた。

 

 その瞬間、なにかを背中に感じた。

 とっさに前に一気に跳んで距離を詰める。

 雌妖の剣が長女金の腕を掠ったが、長女金の棒は雌妖の右肩を貫いていた。

 一方で、さっきまで長女金がいた場所に矢が刺さったのがわかった。

 

「綺芳──」

 

 遠くでほかの雌妖の叫びが聞こえた。

 長女金の膝蹴りが肩を刺されてうずくまった雌妖の腹に喰い込む。

 雌妖の身体が一度跳ねあがり、そのまま地面に倒れて動かなくなった。

 

「ひいっ」

 

 怯えたような悲鳴は羅刹の声だ。

 こういう闘いには馴れていないのだろう。

 隅で身体を硬直させている。

 長女金は無視して、倒れた雌妖の手から剣を奪った。

 倒れている雌妖の肩を踏んで、貫いている金属の棒を抜いた。

 

 血が噴き出し雌妖がうずくまったまま呻き声を出し始めた。

 矢が飛んできた方向に視線をやった。

 もう、矢を射てきた雌妖の姿は消えている。

 

 すぐに背負い袋から『魔女殺し』の薬剤を出す。

 金属の棒の血を自分の服で拭くと薬剤を塗り直した。さらに奪った剣先にも塗る。

 

「持っていて──」

 

 小瓶を羅刹に放った。

 金属の武器は腰に下げた布鞘にしまい、剣を持った。

 そのまま裏口から内部に飛び込んだ。

 中に入ったところで頭上になにかを感じた。横に転がって避けた。

 

 網だ──。

 床に落ちた網は、床に当たると勝手に丸まった。

 どうやら、道術のこもった網だったようだ。

 

「うわっ」

 

 いきなり床が固さを失い膝下がめり込んだ。

 そして、まるで粘土に絡まれたかのように肢が抜けなくなる。

 道術だ──。

 

 そこに矢が来た。次々に来る。

 剣を回転させて払う。

 

 三本は避けたが一本は太腿に当たった。

 少し矢の間隔が開いた。

 

 長女金は持っていた剣を膝下にめり込んでいる部分に叩き込んだ。

 板が割れて穴が拡がる。脚が自由になって抜け出せた。

 部屋の隅に矢をつがえている雌妖がいる。

 さっき、庭で倒した雌妖にそっくりだ。

 長女金はそっちに向かって走る。

 

 二本同時に矢が来た。

 剣を払って飛んできた矢を飛ばす。

 

 距離がもう半分──。

 雌妖が必死の形相で次の二本の矢を小弓につがえた。

 腰にぶらさげていた金属の棒を抜いて投げた。

 金属棒が雌妖の胸の中心に命中して、雌妖の身体が後ろに跳んだ。

 

 駆け寄った。

 雌妖は床に倒れたまま動かない。

 まだ、息はあるようだ。

 

「し、死んだんですか……?」

 

 怯えきった羅刹の声がすぐ後ろで聞こえた。

 

「いいえ、死んでないわ」

 

 当たったのは胸の中央の乳房と乳房の真ん中だ。

 これが少しずれていれば心臓に当たって死んでいただろう。

 

 長女金は羅刹に持たせていた『魔女殺し』を雌妖の傷口に垂らした。

 そして、太股に刺さったままの矢を引き抜く。

 大したことはない。

 多少、血がでるだけだ。

 

 雌妖が倒れている後ろの壁にわずかな隙間があった。

 そこを押すとただの壁だと思っていた部分がゆっくりと押されて、奥に地下に通じる階段が現われた。

 階段の下を覗くと、奥に光が見えた。

 人の気配もする。

 

「行くわ……」

 

 長女金は、薬剤の小瓶を自分の背負い袋にしまった。

 剣を構えたまま用心深く、階段を降りた。

 

 階段の下は廊下になっていて、すぐ手前の部屋が開かれていてそこから灯りが漏れている。

 大きな殺気もそこから感じる。

 

 残るは春嬌だけのはずだ。

 その部屋に春嬌がいるに違いない。

 

「……羅刹、もしも、下でわたしが戦うことになったら、あなたはこの屋敷を探って四人を助け出して……」

 

 長女金は階段を降りながら羅刹にささやいた。

 

「わ、わかりました……」

 

 後ろで羅刹が頷く気配がした。

 灯りが漏れていた部屋に入った。

 その部屋のさらに奥の部屋に人影があった。

 

「驚いたわね……。長女金、あんただったの?」

 

 声が聞こえた。

 春嬌だった。

 剣を抜いている。

 

 そして、その後ろにあるものに長女金はぎょっとした。

 天井から腕を吊られて立たされている沙那と孫空女だ。

 しかも、隣り合う乳房に鉄串を突き刺されて乳房と乳房を繋げられている。

 ふたりともぐったりとしている。

 ここからでは生きてるのか死んでいるのかはよくわからない。

 

「春嬌様……、わたしは、ここであなたと戦う必要性を感じていません。四人を解放してください。それでわたしは去ります」

 

 床に注意しながら長女金は部屋を進んだ。

 

「わたしはお前を殺す理由を幾らでも思いつくね。まず、第一は、お前が人間だということだよ」

 

 春嬌が剣を構えて、こっちに歩いてきた。

 

「もう一度、言います。四人を解放してください。わたしの恩人なんです……」

 

 長女金も前に進みながら距離を詰める。

 

「国都で拷問してやったとき、あのままお前を殺しておけばよかったよ。賽太歳が情けをかけるから、こんな風に刃向うのさ……。いまさら、降伏しても遅いよ、長女金。およそ人間には思いつかないような残酷な方法で殺してやるからね」

 

 春嬌の歩みが止まった。剣を構えて待ち構える態勢になった。

 長女金は構わず前に出る。

 

 春嬌の腕は知っている。

 道術師隊に所属していて、金聖姫の専属警護人だったが、武術の腕は道術よりもずっと群を抜いていると言われていた。

 それに比べれば、道術はそれほどでもないと評価されていたのを思い出した。

 長女金は剣先が触れるか触れないかの位置で歩みをとめた。

 

「わたしにかなうと思っているのかい、長女金……。あのときの拷問は愉しかったよねえ。顔面をぐらぐらと煮たつ熱湯に浸けてやったら、お前は泣き喚いたものだったね……」

 

 春嬌が冷たく笑った。

 

「でも、春嬌様もわたしが剣を遣うところを見たことがないですよね……」

 

 長女金は真面目が取り柄の実直なだけの女将校として知られていた。

 剣の腕を人前で見せたことはない。

 殺し合うような場面に遭遇したことがなかったからだ。

 人に敢えて武術の腕を見せて力を誇示しようとしたこともない。

 

「なるほど、それなりにやるんだね」

 

 春嬌の表情が変わった。

 対峙をすればお互いの腕はある程度はわかる。

 春嬌も長女金の構えに尋常じゃないものを感じたようだ。

 

 その春嬌の身体が動いた。

 風のようなものが当たった気がした。

 長女金はなにも考えずに身体を沈めて剣を動かす。

 頭の横を春嬌の剣が通り過ぎていった。

 

 横に動き、距離を保つ。

 春嬌はさらには出てこなかった。

 

 隙はない。

 春嬌の腿に血が滲んでいる。

 長女金の剣が掠ったのだ。

 そして、なにか汗のようなものが、自分の顔を垂れていたのがわかった。

 血だった。頭を切ったようだ。

 

「お前、剣になにかを塗っているね……?」

 

 春嬌は言った。

 長女金はなにも応じない。

 ただ、ひたすら春嬌の隙を待っていた。

 

 膠着は長くはなかった。

 春嬌が跳躍した。

 剣と剣が当たる。

 

「ひぐっ」

 

 長女金の剣が春嬌の肩を捉えた。

 また距離が開く。

 

 脚に痛みが走る。

 膝の下を切られたようだ。

 しかし、春嬌の左肩からはかなり大量の血が滴り落ちている。

 

「ちっ」

 

 春嬌の顔色が変わった。

 そして、転がるように部屋を駆けて、奥に吊っている沙那と孫空女の裸身に向かった。

 そして、ふたりの喉に剣を向けた。

 

「お、お前、それ以上逆らうとこいつらを殺すよ。助けにきたんだろう──。殺していいのかい──」

 

 春嬌が血走った目で奇声をあげた。

 長女金は、激しい興奮状態の春嬌の声に常軌を逸したものを感じた。

 

 脅しじゃない……。

 はっきりとした殺意を感じる。

 長女金は硬直した。

 

 しかし、次の瞬間、いきなり孫空女の頭が動いて、春嬌の頭に振り動いた。

 もの凄い音がした。

 

「ほごっ」

 

 春嬌の身体がうずくまった。

 長女金は走った。

 

 春嬌の顔面に力一杯拳を叩き込む──。

 春嬌が壁にふっ飛び動かなくなった。

 

「ちょ、長女金……。ど、どうして、ここに……?」

 

「ほ、本物?」

 

 沙那が顔をあげた。

 孫空女も驚いた表情をしている。

 

「た、助けにきました……。だ、大丈夫ですか……?」

 

 長女金は、春嬌が完全に気を失っているのを確認しながらふたりに笑顔を見せた。

 

「久しぶりだね。お人よし女じゃないかい……」

 

 背後から声がした。

 振り返ると、裸身に布をまとった宝玄仙と朱姫がいた。

 羅刹もいる。

 

「ほ、宝玄仙さん──」

 

 長女金は声をあげた。

 元気そうだ。

 よかった……。

 間に合ったのだ。

 力が抜けた。

 当然、身体のあちこちが痛みだした。

 

「このおふたりは大丈夫そうです、長女金殿。閉じ込められていた檻は、道術ではなくて、錠前でした」

 

 羅刹だ。

 

「ご、ご主人様……」

 

 孫空女がぎこちない笑みを浮かべて宝玄仙の名を呼んだ。

 長女金は、ふいに自分の身体が温かいもので包まれている感触を感じた。

 すぐに宝玄仙の道術だとわかった。

 戦いで受けた傷があっという間に塞がれていく。

 

「朱姫、まずは、こいつらの乳房の鉄串を抜いてやりな。それから、鎖を外すんだ」

 

 宝玄仙が沙那と孫空女に近づいて鉄串の刺さっている乳房に手をかざした。

 ふたりの苦痛の表情が少しだけ和らいだ。

 朱姫が鉄串を伸ばして、ゆっくりと抜いていく。

 血は出るが量はそれほどでもない。

 苦痛もないようだ。

 長女金は、宝玄仙が道術を込めてふたりから痛みを取り除いているのだとわかった。

 

「ご、ご主人様……、道術が戻ったんですか……?」

 

 沙那が驚いた顔をしている。

 

「『治療術』だけさ──。やっぱり、全部の道術については、ここの妖魔王から取り戻すしかないようさ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「道術を取り戻す?」

 

 長女金は思わず聞き返した。

 

「まあ、詳しく話すさ。お前にも色々と妖魔王のことを教えて欲しいからね」

 

 宝玄仙が言った。

 すでに沙那と孫空女の乳房から鉄串が抜かれている。

 すでに、ふたりの身体からは傷が消えて、沙那と孫空女は真っ白い肌を取り戻していた。

 

 

 *

 

 

 けたたましい悲鳴で意識が戻った。

 同時に冷たいものが肌に当たり続けるのがわかった。

 春嬌には、これがどういう状況なのかすぐにはわからなかったが、ここが屋敷の広間に繋がった中庭だということがわかった。

 

 空が薄っすらと明るい。

 朝──?

 夜明けなのだろうか……。

 

 全身が動かない。

 縄で縛られているのだ。

 後手に組まされた両腕を樹の枝に吊られて立たされている。

 しかも外だ。

 両足は微かに爪先が届く程度で、ほとんど宙に浮いている状態だ。

 

 しかも、素っ裸だ──。

 冷たいのは雨だ。

 しとしとと降る雨が春嬌の肌に当たり続けている。

 

「ご主人様、春嬌が気がついたみたいだよ」

 

 孫空女の声がした。

 顔をあげた。

 別の方向に視線を送っていた宝玄仙が春嬌に顔を向けた。

 

「やっと、気がついたかい、春嬌。お前らの怪我は治しておいたよ。感謝しな」

 

 宝玄仙は、きちんと服を着て、縁台にせりだしたひさしの下に椅子を置いてそこに足を組んで座っていた。

 

 春嬌は状況を理解しようと周囲を見回した。

 ここは周囲を建物に囲まれた中庭であり、屋敷の外からは隔離されている。まと、縁台の内側は屋敷の一階の広間で、そこで昨夜は客を集めて宴をやった。

 昨夜は使わなかったが、捕らえた人間をいたぶるときは、この中庭を使うときも多い。

 

「お前の服は、どうも胸が窮屈だとみんな文句を言っているよ、春嬌。確かに、少しばかり、女にしては胸が平らじゃないかい」

 

 どうやら、宝玄仙が身に着けている服は春嬌のもののようだ。ふたりの横には沙那と孫空女も立っている。ふたりが着ている服も春嬌のものだ。

 

「ひゃがあぁぁぁ──あぎいいぃぃ──」

「うわああぁぁぁ──、た、助けてぇぇ──ひいいぃぃぃ──」

 

 麗芳と綺芳のけたたましい悲鳴が聞こえた。

 慌てて首をそちらに向けた。

 びっくりした。

 麗芳と綺芳は、ふたりとも素っ裸にされて、地面に木杭を打たれて手足を拡げて地面に仰向けに寝かされていた。

 なにか全身を黒い砂のようなものにびっしりと全身を覆われていた。

 

「この辺には念入りに垂らしときますね」

 

 ふたりの横には朱姫がいる。

 なにかを麗芳と綺芳の股間に垂らしながらくすくすと笑っている。

 

「な、なにをしているのよ、朱姫──?」

 

 春嬌はぎょっとして声をあげた。朱姫もまた、春嬌の居室から漁った服を着ている。

 

「朱姫だけは、胸が苦しくないそうさ。少しばかり、丈が長いらしいけどね」

 

 宝玄仙が哄笑した。

 

「酷いですよ、ご主人様……。そりゃあ、沙那姉さんや孫姉さんみたいに胸は大きくないけど……」

 

「いいえ、朱姫さんも魅力的な身体をしていますよ」

 

「まったくです。それに淫気に溢れておられます。素晴らしい身体です」

 

 今度は背後から声がした。

 首を後ろに向けて、木の根元に長女金が立っているのがわかった。

 その横には赤い目をした雄妖がいる。知らない顔だ。

 

 それでやっとこれがどういう状況なのか思い出してきた。

 奴隷披露の宴が終わり、余興で責め足りなかった沙那と孫空女を調教部屋で責めていた。

 そのとき、裏庭に侵入者が入ったという警報に接して、麗芳と綺芳が対応した。

 最初は裏庭にやってきた山犬かなにかだと思って気にも留めていなかったが、本物の侵入者だった。

 あっという間に麗芳と綺芳が倒された気配に、春嬌は慌てた。

 態勢を整えようとしたときには、その侵入者はもう春嬌のいる調教部屋までやってきていた。

 

 そして、驚いたことに侵入者は長女金だった。

 賽太歳のところに捕らえられて、金聖姫の侍女をしている長女金が、なぜこんなところにこられるのか、まったく理解できなかった。

 とにかく、剣で向かえた。

 しかし、長女金は春嬌が思った以上の手練れだった。

 剣の腕で春嬌を圧倒し、春嬌は敗北の予感を感じた。

 肩を大きく斬られて血が昇り、拘束していた沙那と孫空女に剣を向けて長女金を脅した。

 だが、次の瞬間、拘束していた孫空女の頭突きを感じた。後はわからない。

 気がつくと、こうして外に連れ出されて中庭の立木に全裸で吊られていたのだ。

 

「こいつらが知っているのは、お前が妖魔王の賽太歳の実の姉で、しかも、妖魔王の少年時代に姉のお前が妖魔王を調教していたというどうでもいい事実だけだったよ……。やっぱり、どうやったら、妖魔王からわたしの道術が取り戻せるかについては、お前に訊かないとわからないようだね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「あら、ほかにも白状させましたよ、ご主人様……。多分、春嬌は、雌妖を除けば、性の相手をしたことがある男は賽太歳だけじゃないかって、さっき麗芳が言ったじゃないですか」

 

 朱姫が不満そうに言った。

 その足元では、麗芳と綺芳がけたたましい悲鳴をまだあげている。

 

「それをどうでもいい情報というのよ、朱姫」

 

 沙那が声をあげた。

 そのとき、やっと麗芳と綺芳のふたりの裸身にうごめいている黒いものが無数の蟻ということがわかった。

 朱姫は二匹の裸身になにかの薬剤を塗って、意図的に蟻をたからせているのだ。

 

「雨が降ってるから屋敷の中で訊問しようかと思ったんだけど、朱姫が中庭ででかい蟻の巣を見つけたものだから、どうしてもその蟻の巣の真上にこいつらを拘束してやりたいと聞かなくてね」

 

 宝玄仙が笑った。

 思わず顔がひきつるのを感じた。

 つまり、麗芳と綺芳は蟻の巣の真上に裸で拘束されているのだ。

 よく見ると、蟻は二匹の顔から足の先までびっしりとたかっている。

 特に、股間が凄い。

 恐らく、そこには特別なものを塗っているに違いない。

 

「次は顔ですよ」

 

 朱姫がくすくすと笑いながら小瓶の汁を麗芳と綺芳の顔に垂らした。

 しかも、強引に眼を開けさせて、薬剤が眼の中に入るようにした。

 すると、一気に肌が見えないくらいに顔に蟻が集まる。

 薬剤の入った眼の中にもどんどん侵入しようとしている。

 二匹が発狂したような声をあげた。

 

「頑張って眼を閉じるんですよ、ふたりとも……。ちょっとでも瞬きしたら、蟻に眼を食い破られますよ」

 

 朱姫が愉しそうに言った。

 春嬌はぞっとした。

 

「さて、お前には恨みつらみがあるけど、一応は『治療術』て怪我で身体は治してやったよ。最初に訊問するのは朱姫だ。それで大人しくなんでも喋らなけりゃあ、次は、沙那──。最後はわたしだ。わたしの番になったら、最初にやるのは、眼の玉を抉りだすことだ。本当はわたしがやられたみたいに、舌を切り取ってやりたいけど、舌を切ったら喋れないだろうからね……。だから、最初のうちになんでも喋った方がいいよ、春嬌」

 

 宝玄仙が言った。

 その声に冷酷な響きがあった。

 春嬌は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

「な、なにを訊きたいのさ──」

 

 春嬌は自分の感じた恐怖に腹が立って怒鳴った。

 

「まあまあ、焦らないでね、春嬌。すぐに喋んないでくださいよ。あたしの持ち時間は一刻(約一時間)なんですから。あたしはたっぷり質問したいんです」

 

 朱姫が瓶を地面に置いて、こっちにやってきた。

 その朱姫が春嬌の前に立ち、背後の長女金たちになにかの合図をした。

 すると、春嬌の片脚だけが浮きあがり大きく引き揚げさせられた。

 

「まずは、味見をしようかな……。男の経験は実の弟の妖魔王だけというのは本当ですかあ?」

 

 朱姫が笑いながら春嬌の恥毛に手を伸ばした。

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